新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1558、2014/10/31 12:00
【民事 貸与した他人によるクレジットカード無断利用による本人の責任範囲 全額負担するか 名古屋地裁平成12年8月29日判決】
他人によるクレジットカード無断利用
相談:
私は,知人Aに頼まれ,パソコン購入のために私のクレジットカードを貸しました。ところが,Aは,私にカードを返還するまでの1週間ほどの間にクラブやホテル等を含め計19回94万3178円分を無断でクレジットカードで支払っていました。クレジットカードの裏面には私の署名がありますが売上票には,A自身が署名をしていたようです。
私は,Aに無断で利用された分も,信販会社からの請求の全額を支払わなければならないでしょうか。
なお、信販会社のカード会員規約には,以下のような規定があります。
1)会員は、カードを他人に貸与・譲渡・質入れ・寄託してはならず、また理由のいかんを問わず、カードを他人に使用させ、もしくは使用のために占有を移転させてはならない(2条3項)
2)右の違反に起因してカードが不正に利用された場合、会員はカード利用代金についてすべて支払いの責を負う(2条4項)
3)会員は、加盟店において、商品の購入その他の取引を行うに際し、カードを呈示して所定の売上票に署名することにより、当該取引によって会員が負担した債務の決済手段とすることができる。ただし、売上票の署名がカード裏面の署名と同一のものと認められない場合は、カードの利用ができないことがある(26条1項)
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回答:
1、クレジットカードを他人に使用させて買い物をした場合、その代金の支払いについては会員本人に責任があり、クレジット会社からの請求には応じる必要があります。通常、クレジットカードの会員規約にその旨の記載がありますし、そのような特約がないとしても、自己のカードの利用を許諾している場合は、カード会員名義でカードを使った取引を行うことについて、代理権を与えていると考えることができるので、このような結論になることは当然でしょう。
2、しかし,本件のように,カード会員が自らの意思で他人にカードを貸与してはいるものの,その他人が,会員から許諾された範囲を超えて無断利用した場合についても会員本人はその全額について責任を負うことになるのか検討が必要です。確かに、会員規約の文言上は、「カードを他人に使用させ」それにより「カードが不正に使用された」場合は、カード会員はすべての支払い責任を負うことになっていますから、会員規約によればカード会員は不正使用分全額について責任を負うことになります。しかし、会員規則はクレジット会社が一方的に定めた規定であり常に、カード会員が不正使用の全額を負担するという結論には疑問が残ります。
裁判例には、無断利用分の2分の1について、カード会社の会員への請求は権利濫用になるとして,これを認めなかったものもあります。
この裁判では、カードの裏面にあるサインと支払伝票に記載されたサインが明らかに別人であるという事実を前提に、クレジット会社の請求を権利の濫用であるとして2分の1だけに制限しました。
3、ご相談の場合も、カード会社の請求が権利濫用となるような事実関係がある場合は、請求が減額される可能性があります。
4、クレジットカードの無断使用に関連する関連事例集1089番、767番、751番、719番、590番、350番、327番、302番、262番、228番、227番、149番、140番、120番、39番参照。
解説:
1 クレジットカードによる支払いを簡単に法律構成すると、カード会社とカード会員との関係は、カード会員はカード会社に支払いを委託し、その委託によりカード会社が立て替えて支払った代金を後日カード会員がカード会社に返済する、ということになります。個々の支払いの委託はカード加盟店である売主にクレジットカードを提示してクレジットで支払うという意思表示をし、それについてカード会社が立替払いを承諾するという方法で行われます。
2 そこで、クレジットカードの提示が重要な意味を持つことになります。カード会社とすればクレジットカードが提示されたことによりカード会員から支払いの委託があったと判断し、信用して立替払いをするわけですから支払いの際にカードの提示があった場合は、支払いの委託があったと判断することになります。そのため、カードを他人に貸すことは禁止されていますし、仮に貸したカードで買い物がされた場合は、カード会員がカードで買い物をしたと同様にカード会員に支払い義務が課せられることカード会社が定める会員規則に定められ、カード会員はこの規約を了承して会員になっているためこの規約に拘束されることになります。
この規約に違反して自己のカードの利用を許諾した場合は、カード会員は、貸与したカードの使用による責任を全部負うことを前提に、その上でカードの貸与を認めたよことになり、その責任を負うことはやむを得ないと考えられます。
但し、カード会員が特定の買い物等に限定して貸与し、承諾していた買い物の代金を支払うという場合は、この様な結論は当然としても、承諾以上の買い物をした場合も全額負担しなければならないか、については検討の余地があります。というのは、カード会社としても立替払いをすることにより手数料を得ていること、多額の手数料を得るためにはカードの使用を容易にし、その結果不正使用の危険性が増加することから、カードの貸与による不正使用についても責任が限定される必要があると考えられるからです。この点に関して、カード貸与した場合の不正使用について、カード会社の請求を請求額の2分の1しか認めなかった裁判例がありますので参考になります。
2 裁判例
本件と同様の事案において,判例(名古屋地裁平成12年8月29日判決)は,大要,以下のように判断し,無断利用分の2分の1について、カード会社の会員への請求は権利濫用になるとして,これを認めませんでした。
(判例の要旨)
一般に、クレジットカードの利用について、本件規約26条1項により、加盟店において、カード利用者が会員本人であることを確認する手段として、カード利用者が売上票に署名を行う方法が用いられているが、本件規約2条3、4項は、署名のみではカード利用者が会員本人であることを確認するには十分でなく、不正利用を完全に防ぐことはできないため、カードを無断で貸与したという帰責性ある会員の側にかかる不正利用の場合の危険を負担させた条項と解される。そして、実際にカード利用の際に、カードの署名と伝票等の署名を比較するのみでは、完全にカードの利用者が会員本人であることを確認するのは困難であることにかんがみれば、右条項は合理性を有すると認められる。
本件におけるカード会員は、本件規約2条4項に基づき、本件無断利用分について、支払義務があると認められるが、右売上票には、一見明白にカード会員以外の署名と認められる署名がなされていて、加盟店としては、署名の同一性を比較することにより、カード会員のカードの利用者が、会員本人でないことを容易に知ることができ、カード会員のカードの利用を拒絶できて、カードの不正利用を防ぐことが可能であったと認められる。
そうすると、加盟店がかかる義務を怠った結果、発生した本件無断利用分のうち2分の1については、信販会社がカード会員に対し、規約2条4項に基づき支払いを請求することは、権利の濫用として許されないというべきである。
3 検討
カードの利用による立替払いについて、原則はカード会員本人からカード会社に支払いについての委託があって初めて成立する契約です。カード会員からの委託か否かを判断するのはカード会社ですから、原則からすればカード会員以外の者がカードを提示して支払の委託を申し出たとしてもカード会員に責任は無いはずです。しかし、カード使用のたびにカード会員本人か否かを確認することは不可能ですし、それを求めるとカードの利便性が失われてしまいます。そこで、カードの提示とカードの裏に記載されている署名で本人確認をすることになっています。従って、会員から許諾された範囲を超えて、カードの貸与を受けた者がカードを無断利用した場合について,その無断利用分をカード会員の責任とする特約も、そのような本人確認を前提としたうえで有効な規定であると考えるべきです。この点に関し加盟店とカード会社との間の加盟店契約では、売上票への署名とカード記載の署名の同一性の確認義務が加盟店に負わされています。明らかに同一性を疑われる場合は、加盟店において買い物の際にクレジットカードの使用を拒否しなくてはならずそれを怠った場合には加盟店に非があるということができます。特約の有効性を認め自動的に全額をカード会員の負担とすることは、クレジットカードというシステムから生じうる不正利用のリスクの配分として合理性を欠くからです。
この点、一般に、わが国では、署名はあまり重視されておらず、クレジットカードについても、「日本文字による署名の照合を大量かつ迅速な商取引の過程で行うことは極めて困難」であるとして、加盟店における確認には重きをおかない傾向も見られますが(東京地判昭和59年4月20日),本件判決は、カード会員にはカード貸与という重大な帰責事由があるにもかかわらず、カード会員には2分の1しか責任を負わせませんでした。これは,カードの名義人と売上票に署名された名前がまったく異なっているという本件の特殊性が影響しているものと考えられます。
4 結論
あなたの場合も,上記の判決を前提とすると,カード使用の際の署名によっては、支払い義務が限定される可能性がありますので,弁護士に相談することをお勧めします。
※ 参照条文(民法)
(基本原則)
第一条 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
3 権利の濫用は、これを許さない。