新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1561、2014/11/11 12:00 https://www.shinginza.com/qa-sarakin.htm

【民事、異議なき承諾の法的性質、最高裁平成9年11月11日判決】

賭博による借金を原因とする抵当権設定とその後の異議をとどめない債権譲渡の効力

質問:
 友人と賭け麻雀をして負けてしまいました。いつかは取り返せると思い続けるうち負け金は1000万円に達してしまいました。さすがにすぐに支払える金額ではないので,借金ということにして、自宅に抵当権を設定することで何とか許してもらいましたが,まったく返済はできず、そのうち友人はこの債権を別の人に譲渡してしまいました。その人から債権譲渡についての了解を求められ書面も要求されたので、了解した旨の書面をその人に渡しました。しかしその後も返済はできませんでした。
 私が返済できないので、とうとう抵当権の実行をちらつかせ始めているのですが、身から出た錆とはいえ、どうしたものかと途方に暮れています。
 自分でやっておきながら虫のいい話だとは思いましたが、家を失うかどうかのところまで来ており、背に腹は代えられないので、賭博債権というのは公序良俗に反するものであり無効だから支払わなくて良いはずだ、との主張をしました。しかし、私が債権譲渡について異議をとどめずに承諾しているから、その主張はできない、だから支払ってください、と言われてしまいました。
 私はその人の言うように、支払わなくてはならないのでしょうか?



回答:

1 金銭を賭けたマージャンは刑法の賭博罪(刑法185条)に該当します。賭けごとで負けたら支払うという約束は、当事者の合意で成立しますが、そのような約束は民法上は公序良俗違反として無効となります(民法90条)。

2 従って、それだけでしたら問題なく負けたお金の返済を法律的に強制されるということはありません。しかし、負けたお金の返済について借金として抵当権を設定し、その後債権譲渡がなされ、債権譲渡について承諾をしたということですので、それらの行為により返済が法律上強制されることにならないか検討が必要です。

3 まず、賭博の負け金の支払い債務について抵当権を設定することはできません。そこで、通常は借金とし(金銭消費貸借契約)、借金の担保として抵当権の設定登記をすることになります。外形上は借金となりますから、債権を譲り受けた人も通常の貸金と考えて譲り受けたのではないかということになり、債権の譲受人の保護の必要性が問題となります。
 その上、あなたは債務者として特に異議なく承諾したということですから、債権譲渡において、異議をとどめない承諾をした債務者はそれまでに債権に対して対抗できた事由をもって譲受人に対抗できないと定められていることから(民法468条)、賭博の負けの支払い債務であり、公序良俗違反を主張できなくなるのではないか、問題となります。

4 この点については本件のような賭博債権であるときは、特段の事情のない限り、異議をとどめない承諾をしていたとしても、譲受人に対して公序良俗違反による無効を主張することができ、したがって、その履行を拒むことができる、と考えられます。同様の最高裁判所の判断もあります。

5 1000万円の支払いについては上記のように返済の必要はありませんが、自宅に抵当権を設定しているということですから、抵当権設定登記の抹消を請求する必要があります。

6 当事務所関連事例集1532番948番参照。


解説:

1.債権譲渡とは

 債権の譲渡とは、債権をその同一性を保ちながら移転させる契約のことをいいます。債権は、原則として債権者と債権を譲り受けようとする人との間で自由に譲渡することができます(民法466条1項本文)。そして、この債権の譲渡を債務者その他の第三者に対抗するには、譲渡人が債務者に通知をするか、または、債務者が承諾をしなければならないとして、債務者と第三者の保護が図られています(民法467条1項)。

 譲渡人が譲渡の通知をしたにとどまるときには、債務者は、その通知を受けるまでに譲渡人に対して生じた事由をもって譲受人に対抗することができるとされています(民法468条2項)。譲渡人に対抗することができる事由としては、譲渡された債権の不成立、弁済、取消し、時効や解除による消滅、相殺、同時履行その他の抗弁権を伴うもの等が挙げられます。
 しかし、債務者が異議をとどめない承諾をしたときは、これらの譲渡人に対抗することができた事由があっても、これをもって譲受人に対抗することができなくなります(抗弁の切断。民法468条1項前段)。

2.異議をとどめない承諾の法的性質

 この異議をとどめない承諾が法的にどのような性質をもつものなのかについては、異議なき承諾を新たな債務承認の意思表示とみる見解(債務承認説)や、民法468条1項が異議をとどめない承諾に抗弁切断の効果を与えているのは、異議をとどめない承諾に公信力を与えて取引の安全を保護し、異議をとどめない承諾を信頼した譲受人を保護するところにあるとする見解(公信力説)などがあります。

 異議をとどめない承諾の法的性質について論じた最高裁判例は現在のところ存在しませんが、最二小判昭和42年10月27日民集21巻8号2161頁は、公信力説に近い見解をとったものと考えられているようです。

 該当の部分のみご紹介しておきます。

 「民法468条1項本文が指名債権の譲渡につき債務者の異議をとどめない承諾に抗弁喪失の効果を認めているのは,債権譲受人の利益を保護し一般債権取引の安全を保障するため法律が附与した法律上の効果と解すべきであつて、悪意の譲受人に対してこのような保護を与えることを要しない」(最二小判昭和42年10月27日民集21巻8号2161頁)。

3.本件について検討

(1)公信力説や最高裁判例の立場を前提とすると、譲受人が悪意の場合においては、債務者が異議をとどめない承諾をしていたとしても抗弁は切断されないことになりますが、譲受人が善意であった場合には、抗弁が切断されることになります。この場合の悪意とは、知っていることを意味します。通常使用される悪意のようにことさら害する意思とは異なります。

  ご相談のケースにおいては、債権の譲受人が善意であるのか(借金と思っており賭博の負け金であったことは知らなかった)、悪意であるのか定かではありませんが、譲受人は善意であるということで抗弁の切断を主張していると考えられます。

  もっとも、ご相談のケースは、債権が賭博によって生じたものであるという特殊性を有しており、賭博債権はあなたも主張されているように、いわゆる公序良俗違反に該当し、無効です(民法90条)。

  このように、民法468条1項の異議をとどめない承諾による抗弁切断と、民法90条違反による無効の抗弁がぶつかり合った状態となっていますが、このどちらが優先するのかが問題となります。

  なお、債権譲受人としては金銭消費貸借により生じた貸金返還請求権であるということをまず、主張するものと考えられます。抵当権設定登記がされているわけですから、金銭消費貸借契約書等が作成されていると思われますが、金銭消費貸借契約が成立していると認められためには契約書の成立だけでなく、どのようにお金を渡したのかについての証拠が必要になります。賭博の負け金の返済について金銭消費貸借契約をした場合は金銭の受け渡しがないため、この点について立証することは難しいと考えられますから、裁判になっても賭博の負け金の支払いであることをある程度証明できれば、たとえ契約書があっても貸金ではないと判断してもらえることになるでしょう。

(2)賭博の負け金の債務であることが明らかになったとしても、債権譲渡について異議なき承諾をした点どのような影響があるのか、民法468条1項により抗弁切断が認められるか問題となります。この点、ご相談の事案と類似の事案における最高裁判例があり、次のように判示して、抗弁の切断がないとしています。

  「賭博の勝ち負けによって生じた債権が譲渡された場合においては,右債権の債務者が異議をとどめずに右債権譲渡を承諾したときであっても,債務者に信義則に反する行為があるなどの特段の事情のない限り,債務者は右債権の発生に係る契約の公序良俗違反による無効を主張してその履行を拒むことができるというべきである。けだし,賭博行為は公の秩序及び善良の風俗に反すること甚だしく,賭博債権が直接的にせよ間接的にせよ満足を受けることを禁止すべきことは法の強い要請であって,この要請は,債務者の異議なき承諾による抗弁喪失の制度の基礎にある債権譲受人の利益保護の要請を上回るものと解されるからである。」(最三小判平成9年11月11日民集51巻10号4077頁)。

  理論的に考えても、そもそも賭博行為が公序良俗に違反する行為であり、賭博に基づく負け金返還債務を支払うという約束が無効である以上、債務自体が発生しないことになり、譲渡する債権がそもそも発生していないと考えると、抗弁の切断を言うまでもなく債権譲渡は効力がないということになりますから、最高裁の判例の見解は妥当と言えます。

(3)このように、異議をとどめない承諾による債権譲受人の保護よりも、賭博行為によって利益を受けさせるということを防止することの方が重要であるとの価値判断に立ち、異議をとどめない承諾をしていたとしても、公序良俗違反による無効を主張し履行を拒めるとしました。

  もし、異議をとどめない承諾による抗弁切断の方を優先させてしまった場合、本来、公序良俗違反により無効となる債権も、債権譲渡をして、異議をとどめない承諾を受けさえすれば、無効とならなくなるという状況が生じてしまうことから、そのような結論になる判断をとることはできなかったといえます。

(4)ただ、最高裁は常に公序良俗違反を主張できるとはしていません。「債務者に信義則に反する行為があるなどの特段の事情のない限り」との限定を付しています。自分が関与した行為、本件では賭博行為が公序良俗に違反し無効として法的な救済を求めるわけですから、そのような主張が正義に反するような場合は法的な救済を与えることはできないわけですから、この点については問題がないと言えます。具体的にどのような場合が正義に反すると言えるかなかなか想定し辛いかもしれませんが、今回のご相談の事案を例にすると、賭け麻雀をした友人とあなたとで通謀して、第三者から対価をとろうと画策したようなケースが考えられます。もし、常に民法90条違反の主張ができるとした場合、債権譲渡というのは、つまりは債権の売買ですから、債権の売主である友人は買主である第三者から債権譲渡によって対価を得ることになります。この時、あなたは第三者を安心させる意味でも異議をとどめない承諾をします。その後、あなたは民法90条違反を理由に無効主張し、債務の支払いを拒み、友人との間で友人が第三者から得た対価を山分けする、というように、正義に反する場合は「特段の事情」にがいとうすると言ってよいでしょう。

(5)ご相談のケースにおいては、友人と第三者から利益を得ようなどとの通謀はないようですし、したがって、賭博債権を譲り受けた人に対して、公序良俗違反による無効を主張して、支払いを拒むことができることになるでしょう。

  また、被担保債権が無効ということですので、抵当権も担保する債権がないということで、抵当権の附従性により成立していないことになります。抵当権の設定登記をしているのであれば、この抹消を請求することもできることになります。具体的な法的手続としては、抵当権について処分禁止仮処分の保全申立をした上で、抵当権抹消登記請求訴訟を提起することが考えられます。弁護士事務所にご相談なさると良いでしょう。


<参照条文>
民法
(公序良俗)
第九十条 公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。
(指名債権の譲渡の対抗要件)
第四百六十七条 指名債権の譲渡は、譲渡人が債務者に通知をし、又は債務者が承諾をしなければ、債務者その他の第三者に対抗することができない。
2 前項の通知又は承諾は、確定日付のある証書によってしなければ、債務者以外の第三者に対抗することができない。
(指名債権の譲渡における債務者の抗弁)
第四百六十八条 債務者が異議をとどめないで前条の承諾をしたときは、譲渡人に対抗することができた事由があっても、これをもって譲受人に対抗することができない。この場合において、債務者がその債務を消滅させるために譲渡人に払い渡したものがあるときはこれを取り戻し、譲渡人に対して負担した債務があるときはこれを成立しないものとみなすことができる。
2 譲渡人が譲渡の通知をしたにとどまるときは、債務者は、その通知を受けるまでに譲渡人に対して生じた事由をもって譲受人に対抗することができる。

刑法
(賭博)
第百八十五条 賭博をした者は、五十万円以下の罰金又は科料に処する。ただし、一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは、この限りでない。


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