新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1563、2012/11/14 12:00 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

【刑事、検察官事務取扱検察事務官の略式起訴手続の相当性、検察官事務取扱検察事務官の問題点】

盗撮事件で被害者不明で証拠画像が存在しない場合

質問:私は,一般企業に勤務する会社員です。先日,勤務先近くの書店において,スマートフォンで女性のスカートの中を撮影してしまい,その場で居合わせた別の客に捕まってしまいました。しかし,被害者の女性は,私に撮影されていたことに気づいておらず,その場からいなくなってしまいました。
 私を捕まえたお客さんが警察を呼び,警察署で事情聴取を受け,携帯電話の画像を確認しましたが,女性の下着の画像は確認できませんでした。
 当日は,妻に迎えに来てもらい,逮捕されずに帰りましたが,警察からはまた事情を聞くといわれています。
 携帯電話には画像が残っていませんし,警察が今から被害者を探すのは難しいと思いますが,被害者が見付からなかった場合でも,私は刑事処罰を受けるのでしょうか。前科がつくのを避けるためには,どのように対応したら良いでしょうか。



回答:

1 書店等での盗撮は,各都道府県が定めている,いわゆる迷惑防止条例違反として処罰されます。近年,悪質な盗撮行為に関する規制の強化のために多くの都道府県の条例が改正され,下着を「撮影する行為」だけでなく,「撮影する目的で写真機を差し向ける行為」も処罰の対象とされています(例:東京都迷惑防止条例5条1項2号)。
 そのため,例え被害者が不明であったり,撮影した写真が証拠として残っていない場合であっても,目撃した第三者の証言に基づいて刑事処罰が行われる可能性は存在します。
初犯であれば,検察庁に送致され罰金刑を受ける可能性が高いと言えます。

2 なお,盗撮行為の現場が,公衆便所や公共の場所等,条例指定の場所以外である場合(会社や学校の建物内の便所等の場合)は,迷惑防止条例の規制対象とはなりません。
この場合は,軽犯罪法1条28号違反として処罰されることになります。

3 罰金刑となり前科がつくことを避けるためには,処分を決定する検察官に対して,あなたに有利な情状を主張する必要があります。
初犯の盗撮事件の場合,被害者の方と示談が成立すれば,不起訴処分となる可能性が大きく高まります。仮に被害者の方が不明であっても,弁護人を通じて謝罪と賠償の準備を具体的に整えて反省の意を示し,賠償に替えて贖罪寄付等の措置を行えば,一般的には不起訴処分の可能性が十分あります。本罪は第一義的に個人の性的羞恥心を保護法益としているので被害者の処罰感情を確認することができなければ量刑を決められず起訴が難しいからです(例えば、被害者が承諾していれば被害自体がないので起訴されることはありません。窃盗で被害届が出ない場合と同じです。)。しかし、被害者が特定できないのですからこれに替えて贖罪寄付を行うことになります。この点被害者がいなくても略式起訴が可能であるという捜査官(検察官事務取扱検察事務官)もいますが個人法益保護という法理論を理解していませんし、刑訴248条起訴便宜主義(起訴の判断要素として被害者の意思が非常に重要)、刑法の謙抑主義からも不相当、妥当性を欠く処分といえます。検察官事務取扱検察事務官(検取官と言われます。検察庁法36条)は検察庁内部の検察官の人員不足から正式の検察官(検事、副検事 検察庁法3条)に代わり軽微な事件について起訴権限を有していますが、この制度自体についても以前から弁護士会等で公益の代表として起訴裁量権を与えることが疑問視されています。日本弁護士連合会平成25年7月18日の廃止を求める意見書参照。検察官、副検事は司法試験等の試験を受けなければならず、このような正式試験もなされないまま起訴裁量権を与えることは資質的に問題ですし、少額事件でも結果的に権限を濫用し被疑者に対し不利益を与える可能性が十分ありますので注意が必要です。盗撮等罰金相当事件でも職場の関係で被疑者が退職に追い込まれたりする可能性がありその効果は意外と大きい場合もあるからです。検察庁は、検取官の権限濫用を抑止するため弁護人から不相当意見が出た場合上席検察官による厳格なチェックが必要不可欠と思われます。
 いずれにせよ,ご本人の反省の弁だけでは,検察官が有利な情状として考慮することは殆どありません。可能な限り弁護士に相談し,客観的な資料の準備を依頼する必要があるでしょう。

4 被害者不詳の事件の場合,早期に警察対応を行う事で,事件が検察庁に送致されず,厳重注意に留まる場合も極稀に存在します。
 できる限り早期に弁護人に相談し,迅速かつ適切な対応を依頼すべきでしょう。

5 盗撮の関連事例集1522番1493番1370番1328番1323番1257番1248番827番826番784番691番686番622番415番390番参照。検察官事務取扱検事事務官に付いて1031番参照。

解説:

1 盗撮事件の刑事処分について

(1) 迷惑防止条例による処罰

ア 証拠画像の要否
 盗撮事件については,各都道府県が制定するいわゆる迷惑防止条例違反事件として刑事処分が科されることとなります。
 例えば,神奈川県の場合,迷惑行為防止条例の第3条に,盗撮行為に関する規制が規定されています。

 この点,警察や検察が盗撮行為を立証するためには,通常,現に盗撮された被害者の申告や,盗撮に使用されたカメラ等に撮影した証拠画像が残っていることが必要です。

 では,今回の相談の様に,証拠画像が残されておらず,被害者自身が被害を訴えていない場合は,盗撮事件が成立しないのでしょうか。この点について,かつて神奈川県等の多くの県では,「写真機その他これに類する機器を使用して、人の下着又は身体の映像を記録すること」が処罰対象とされており,単に撮影機器の設置等をしただけでは,処罰の対象とならない場合がありました。

 しかし,近年,撮影機器の小型化等により盗撮事件が増加傾向にあることから,多くの都道府県において,盗撮しようとする行為そのものを処罰できるよう,条文の改正が進められています。

 前記神奈川県の迷惑行為防止条例も,平成26年7月の改正により,処罰の対象が「人の下着若しくは身体を見、又は人の下着等を見、若しくはその映像を記録する目的で写真機その他これに類する機器を設置し、若しくは人に向けること。」と拡大されており,証拠画像がない盗撮行為も,比較的容易に立件される事となっています。

 東京都の迷惑防止条例も,平成24年3月の改正により,「人の通常衣服で隠されている下着又は身体を、写真機その他の機器を用いて撮影し、又は撮影する目的で写真機その他の機器を差し向け、若しくは設置すること。」との内容が追加され,処罰の対象が拡大しています。

 そのため,現在では,例え証拠画像が存在していなくとも,迷惑防止条例違反により刑事処分を受ける可能性は高いといえるでしょう。

 なお,東京都の条例を例に挙げると,盗撮行為の刑罰は六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金とされていますが,現に撮影をした場合には,一年以下の懲役又は百万円以下の罰金となります(東京都迷惑防止条例第8条)。

 まずは適用される条例を確認した上で,適切な対応を取ることが必要です。

イ 被害者特定の要否について

 また,条例違反の場合,被害者が特定されていなくても,処罰の対象となることは多く存在します。そもそも,迷惑防止条例は,「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等を防止し、もつて都民生活の平穏を保持することを目的とする(東京都迷惑防止条例第1条)」とされており,その保護法益は,迷惑を蒙る被害者となる特定個人だけではなく,社会全体の公益性も対象となっています。上記改正の経緯には,このような法の趣旨も背景にあると考えられます。

 そのため,法の趣旨からしても,例え被害者が特定されていなくとも,処罰の根拠は存在することになります。担当検察官によってはこの点を強調する場合もあるので注意が必要です。ただ実務上は、被害者が存在しない場合被害感情を確認できないとして起訴猶予となることもあります。被害差者の性的羞恥心を法益保護の対象としている以上被害者の処罰意思を確認できないのですから理論的にも当然の帰結と思われます。又、被害者が特定できる場合は示談により不処分にすることができるわけですから(起訴便宜主義、刑訴248条)、特定できない場合を処罰することになると被疑者、弁護人は示談しようとしても示談できず被害者の処罰意思が明らかな場合と比較して不利益を蒙ることになり不公平でしょう。

 このことは,後述のように,贖罪寄付等の弁護活動においても多少意義を有することになります。

ウ 撮影場所について

  なお,近年の改正においては,盗撮行為の場所についても,改正が行われています。以前は,処罰の対象となる盗撮行為は,「公共の場所又は公共の乗物」に限られていたため,公衆便所や公衆浴場に撮影機器を設置する行為等が迷惑防止条例違反により処罰されることは多くありませんでした。しかし現在では,盗撮行為の処罰の対象が,「公衆便所、公衆浴場、公衆が使用することができる更衣室その他公衆が通常衣服の全部若しくは一部を着けない状態でいる場所又は公共の場所若しくは公共の乗物において(東京都迷惑防止条例第5条)」と拡大されているため,これらの場所における盗撮行為も処罰の対象とされています。

(2) 軽犯罪法違反による処罰

  盗撮行為については,上記迷惑防止条例の他,刑犯罪法違反による処罰の可能性があります。各都道府県の条例では,民間の会社の建物内のトイレ等,公共性のない場所での盗撮行為が,規制の対象に含まれていない場合が存在します。

  そのような場合は,軽犯罪法1条28号違反として処罰されることになります。同法では,公共性を問わず,「人の住居、浴場、更衣場、便所その他人が通常衣服をつけないでいるような場所をひそかにのぞき見た者」を処罰の対象としているため,会社や学校のトイレでの撮影は,同法で処罰されることになります。

  同条違反の罰則は,拘留(1日以上30日未満の間、刑事施設に拘置する刑罰。刑法16条)又は科料(1000円以上1万円未満の金銭を剥奪する刑罰。刑法17条)とされています(軽犯罪法1条柱書)。

  しかし,同法違反の場合,場所に公共性がないことから,別途建造物侵入罪等で処罰される場合も多く存在します。

  この点については,弊所事例集1493番で詳述されておりますので,ご参照ください。

2 被害者不詳の場合の弁護活動について

(1) 不起訴処分に向けた活動

 では,盗撮事件として捜査を受ける場合,どのように対応したら良いで しょうか。迷惑防止条例違反で処罰される場合,初犯であれば罰金刑が科されるのが通常ですが,適切な弁護活動を行えば,不起訴処分となり前科がつくのを避けることも可能です。

 この点,被害者が特定されている場合は,被害者と示談することによっ て,不起訴処分となる可能性が非常に大きくなりますが,被害者が特定されていない場合は,現実に示談を行うことはできません。しかし,この場合でも,示談の為の具体的準備をすることが非常に重要となります。

 後から警察が被害者を特定したり,被害者が名乗り出た場合に備え,被 害者宛ての謝罪文や不接近誓約書,示談金準備した上で弁護人に預けていることの証明書を準備します。本件では,事件の現場が書店とのことですから,不接近誓約書には,現場となった書店を今後利用しない旨の誓約をすると良いでしょう。

 これらの証拠を整ええておくことにより,被害者が特定されず示談がでできない場合であっても,反省の情が顕著として有利な情状と認められることになります。

 それでも検察官が起訴を予定する場合には,示談の代替手段として贖罪寄 付を行うことも重要です。

 贖罪寄付とは,被疑者が罪を犯したことを反省し,その罪を償うために,弁護士会等の公益団体に一定の金銭の寄付を行うことを言い,道路交通違反や覚せい剤取締法違反等,主に社会全体に対する罪において行われる弁護活動です。刑事事件においては被疑者の量刑を軽くする有利な情状と認識されています。

 一方で,盗撮事件のような,通常被害者が存在する犯罪の場合には,金  銭による贖罪は被害者に対する被害弁償で行われることが原則であるため,検察官によっては,贖罪寄付をしても有利な情状として考慮しない場合が存在します。

 しかし,上述のとおり,迷惑防止条例は,社会全体の公益の保護をその趣旨としており,その趣旨からすれば,道路交通法違反や覚せい剤取締法違反と同様,寄付による贖罪を行うことも合理的であると認められるでしょう。
 贖罪寄付を行う場合には,このような理論的な側面からも検察官を説得する必要があります。

(2) 検察官不送致の可能性

 警察官が事件を認知した場合,法律上,全件を検察官に送致する必要があります(刑事訴訟法246条)。

 しかし盗撮事件で被害者が確知されていない場合,例外的に警察で厳重注意を受けるに留まり,警備事案として事件が検察庁に送致されることを防ぐことができる場合もあります。

 あくまで例外的な措置ですが,検察庁への装置を防ぐためには,事件後ただちに警察官と交渉することが必要です。

3 まとめ

 軽微な盗撮事件であっても,何の対応もしなければ,容易に前科が残り,今後の生活に大きな負担を残すことになります。

 どのような法律によりどのような処罰を受けるか,弁護士に相談したうえで適切な対応を依頼した方が良いでしょう。

《参照条文》
○ 公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(東京都)
(粗暴行為(ぐれん隊行為等)の禁止)
第五条 何人も、正当な理由なく、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為であつて、次に掲げるものをしてはならない。
一 公共の場所又は公共の乗物において、衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること。
二 公衆便所、公衆浴場、公衆が使用することができる更衣室その他公衆が通常衣服の全部若しくは一部を着けない状態でいる場所又は公共の場所若しくは公共の乗物において、人の通常衣服で隠されている下着又は身体を、写真機その他の機器を用いて撮影し、又は撮影する目的で写真機その他の機器を差し向け、若しくは設置すること。
三 前二号に掲げるもののほか、人に対し、公共の場所又は公共の乗物において、卑わいな言動をすること。
第八条 次の各号のいずれかに該当する者は、六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一 第二条の規定に違反した者
二 第五条第一項又は第二項の規定に違反した者(次項に該当する者を除く。)
三 第五条の二第一項の規定に違反した者
2 第五条第一項(第二号に係る部分に限る。)の規定に違反して撮影した者は、一年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する

○神奈川県迷惑行為防止条例
(卑わい行為の禁止)
第3条 何人も、公共の場所にいる人又は公共の乗物に乗つている人に対し、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような方法で、次に掲げる行為をしてはならない。
(1) 衣服その他の身に着ける物(以下「衣服等」という。)の上から、又は直接に人の身体に触れること。
(2) 人の下着若しくは身体(これらのうち衣服等で覆われている部分に限る。以下「下着等」という。)を見、又は人の下着等を見、若しくはその映像を記録する目的で写真機その他これに類する機器(以下「写真機等」という。)を設置し、若しくは人に向けること。
(3) 前各号に掲げるもののほか、卑わいな言動をすること。
2 何人も、人を著しく羞恥させ、若しくは人に不安を覚えさせるような方法で住居、浴場、更衣場、便所その他人が通常衣服等の全部若しくは一部を着けないでいるような場所にいる人の姿態を見、又は、正当な理由がないのに、衣服等の全部若しくは一部を着けないで当該場所にいる人の姿態を見、若しくはその映像を記録する目的で、写真機等を設置し、若しくは人に向けてはならない。
第15条 第3条の規定に違反した者は、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。

○軽犯罪法
第一条  左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。
二十三  正当な理由がなくて人の住居、浴場、更衣場、便所その他人


検察庁法

第三条  検察官は、検事総長、次長検事、検事長、検事及び副検事とする。


第三十六条  法務大臣は、当分の間、検察官が足りないため必要と認めるときは、区検察庁の検察事務官にその庁の検察官の事務を取り扱わせることができる。

※ 日本弁護士連合会平成25年7月18日意見書。
http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/opinion/year/2013/130718_4.html

検察官事務取扱検察事務官制度の廃止を求める意見書

2013年(平成25年)7月18日
日本弁護士連合会

第1意見の趣旨
検察庁法附則36条を直ちに削除し,検察官事務取扱検察事務官制度を廃止すべきである。

第2意見の理由
1はじめに
長年,検察庁では,本来検察官が取り扱うべき事務の一部を,検察事務官に取り扱わせてきた。
このことが,これまで問題視されることは少なかった。ところが,近時,千葉県弁護士会が平成24年2月15日付け「検察官事務取扱検察事務官』制度の廃止を求める意見書」において,この問題を指摘した。また,同意見書では検察事務官が検察官事務を取り扱う中で生じた問題事例が紹介されている。

この問題事例は,被疑者と被害者の言い分が重要部分で食い違っていたにもかかわらず,検察官事務を取り扱った検察事務官が,被害者や目撃者から事情聴取せず,必要な裏付け捜査も行わないまま,略式起訴に同意するよう被疑者を説得した上で,略式起訴したという事例であった(同事例の被疑者は,その後の正式裁判で無罪となっている。)。

さらに,平成25年4月,千葉県内で発生した自動車運転過失致傷被疑事件の被疑者について,検察官事務を取り扱った検察事務官が略式起訴した後,正式裁判において「過失を認定することができない」として無罪判決が言い渡されるという事案が発生している。

このように制度の問題点が指摘され,問題事例の発生も報告されている現状を踏まえ,当連合会も,前記取扱いには本質的な欠陥が存在すると考え,本意見書を公表するに至った。

なお,副検事に本来予定されている区検察庁の検察官の職(検察庁法16条2項)を超えて,地方検察庁の事務を取り扱わせていることの問題点(同12条参照)については,検察事務官とは別に副検事特有の議論が必要となるため,本意見書では取り扱わない。

2検察官の職責とその重要性
検察官は,刑事について公訴を行い,裁判所に法の正当な適用を請求し,かつ,裁判の執行を監督し,また,裁判所の権限に属するその他の事項についても職務上必要と認めるときは,裁判所に通知を求め,又は意見を述べ,公益の代表者として他の法令がその権限に属させた事務を行う(検察庁法4条。そして,検察官の任命資格は,司法修習生の修習を終えた者,裁判官の職にあった者,三年以上政令で定める大学において法律学の教授又は准教授の職に在った者等に限定されるなど,高い水準におかれている(検察庁法18条,同19条)

元来,検察官はいかなる犯罪についても捜査を行うことができ(検察庁法6条,司法警察職員に対する指示権・指揮権を有する(刑事訴訟法193条)など,捜査全般を掌握する立場にある。また,検察官には原則として公訴権が独占的に付与され(刑事訴訟法247条,さらに公訴を提起した場合にはこれを維持する役割を担うなど,その職務内容は重要である。不適切な取調べ,不適切な勾留請求は直ちに被疑者の人権を侵害することとなり,不適切な不起訴処分・略式命令・公判請求は適正な刑事司法の実現を阻害する。

このような検察官の職務内容の重要さに鑑みれば適正な刑事裁判を実現し,国民の基本的人権を擁護する上で検察官の任命資格を高い水準に置くことは,必要不可欠である(広島高裁昭和47年5月29日判決同旨。)

3 検察庁法附則36条の趣旨

前記のように,検察官の職責は極めて重要である。ところが,現実には,本来検察官が取り扱うべき事務の一部を,検察事務官に取り扱わせている(この事務を取り扱う検察事務官を,以下「検取事務官」という。)。
検取事務官制度の法文上の根拠は,検察庁法附則36条にある。同条は,「法務大臣は,当分の間,検察官が足りないため必要と認めるときは,区検察庁の検察事務官にその庁の検察官の事務を取り扱わせることができる」と規定する。

検取事務官制度は,検察庁法が施行された昭和22年当時,検察官の人員が不足していたことから,検察官事務のうち比較的軽微なものについて,例外的かつ暫定的に検察事務官に取り扱わせることを許容したものである。

検取事務官制度が例外的かつ暫定的制度であり,いずれ廃止することが予定されていたことは,立法者によっても明らかにされている。すなわち,同条は検察庁法の本則ではなく附則に位置づけられているが,これは検取事務官制度がいずれ廃止されることが予定されていたからにほかならない。また,法文上,「当分の間,検察官が足りないため必要と認めるとき」との留保が付されていることも,同制度が例外的かつ暫定的な措置であることを示している。

検取事務官制度が例外的かつ暫定的制度であることは,過去の判例や学説等によっても確認されてきた。

例えば,広島高裁昭和47年5月29日判決は「同法(検察庁法)制定当時における国家財政及び検察事務量の累増に見合う検察官の増員,充足が困難な実情に鑑みるときは同法が附則36条で比較的軽微な事件のみを取り扱うとされている区検察庁に限り,暫定的に検察事務官をして検察官の事務を取り扱わせることが出来ると定めたのは例外的措置としてけだしやむをえない」と判示する。また「新版検察庁法逐条解説(伊藤栄樹著)173頁においても,「区検察庁においても,検察官の事務は,本来の検察官が取り扱うことが原則であり,また,望ましいことであるが,予算上の制約等から,事務量の累増に見合う検察官の増員が困難な実情にかんがみて,比較的軽微な事件のみを取り
扱うものとされている区検察庁にかぎり,暫定的に検察事務官が検察官の事務を取り扱うことができるものとされている」と説明されている。

このように,本来,検察官の事務は,検察官自身が取り扱うことが原則である。そして,検取事務官制度は,検察庁法が施行された昭和22年当時の実情に鑑み,例外的かつ暫定的に認められた制度であり,いずれ廃止されることが予定されていたものである。

4 検取事務官制度の問題点

例外的かつ暫定的に認められた検取事務官制度は,本質的な欠陥を抱える制度でもある。そして,同制度を永続させることは,被疑者・被告人の人権保障,適正手続の実現,真実の発見という刑事訴訟法の目的を後退させるとともに,刑事司法に対する国民の信頼を失わせることとなる。

以下,検取事務官制度の問題点を詳述する。

第一に,検取事務官に一定以上の能力が備わっていることについて,制度的担保は一切存在しない。

先述のとおり,検察官の任命資格は高い水準に置かれており(検察庁法18条,同19条,一定以上の能力が備わっていることが制度的に担保されている。一方,検取事務官は検察事務官として採用されて事務官の業務に従事してきたにすぎず,司法試験等によってその適性が担保された検察官ではない。検察事務官に一定以上の能力が備わっていることについて,制度的担保はない。

さらに,検察事務官の中から検取事務官を任命する際の基準も,法律上定まっていない。そのため,一定以上の能力の備わった検察事務官が検取事務官に任命されることに関しても,制度的担保は存在しない。

このように,検取事務官に一定以上の能力が備わっていることに関し,制度的な担保は一切存在しない。

そして,この点は,検取事務官が取り扱う事件が比較的軽微な事件に限定されても,正当化されない。なぜなら,たとえ軽微な事件であっても,被疑者・被告人の人権保障や適正手続の保障は厳格に守られなければならず,また,軽微な事件だからといって真実発見がおろそかであってはならないからである。

どれ程軽微な事件でも,被疑者・被告人にとっては重大事である。また,どれ程軽微な事件でも,被疑者・被告人には無罪推定原則が及ぶなど,人権保障や適正手続保障の程度に変わりはない。それにもかかわらず,軽微な事件であることを理由に,検察官事務の処理水準の低下を許容することはできない。

第二に,身分保障のない検取事務官が検察官事務を取り扱うのでは,検察官事務の適正な遂行は制度的に担保されない。

元来検察官は独任制官庁であり,例外的場面を除いて,その意思に反してその官を失い,職務を停止され,又は俸給を減額されることはないなど(検察庁法25条,手厚い身分保障を受けている。)

そして,検察官が高度の身分保障を受けていることは,検察官事務が適正に遂行されることを制度的に担保するものである。すなわち,高度の身分保障を受けているからこそ,不適切な干渉に屈することなく,適正に法を執行することが可能となる。その反面,検察官には強大な権限が付与され,また,高度の職業倫理が課せられている。

一方,検取事務官にはこれらの身分保障が付与されておらず,その地位は専ら法務大臣の指定に委ねられている。したがって,検取事務官は,ひとたび法務大臣が「検察官事務取扱を免ずる」とその権限を発動すれば,職務遂行が許されなくなる不安定な立場にある。これでは,検取事務官が最後まで自己の良心に従って職務を遂行できないおそれがあり,検察官事務が適正に遂行されることが制度的に担保されない。

このように,検取事務官には,検察官と異なり高度の身分保障が付与されていない。そして,身分保障のない検取事務官の下では,検察官事務が適正に遂行されることは,制度的に担保されなくなる。

以上のとおり,検取事務官制度は,第一に検取事務官の能力が制度的に担保されていない点,第二に検取事務官に身分保障がない結果,検察官事務の適正な遂行が制度的に担保されない点で,本質的な欠陥を抱えている。そして,このような欠陥を抱えた制度の下では,被疑者・被告人の人権保障,適正手続の保障に問題が生じる危険性は高まり,真実発見もおろそかとなりかねない。それと同時に,検察官事務が高い水準で適正に処理されることに疑問が生じ,刑事司法に対する国民の信頼をも失わせることとなる。

検取事務官制度は,あくまでも例外的かつ暫定的に認められた制度にすぎない。同制度が永続することは,被疑者・被告人の人権保障,適正手続の実現,真実の発見という刑事訴訟法の目的を後退させることとなる。

5 検取事務官制度に関する国の姿勢

以上のとおり,検取事務官制度には本質的な欠陥が存在する。同制度は,検察庁法が施行された昭和22年当時の実情に鑑み,例外的かつ暫定的に認められた制度にすぎない。
この点,現時点で検察庁法の施行から既に65年以上が経過しており,検察事務量の累増に対応するため,検察官の態勢を整備する時間は十分にあった。

また,この間に国家予算の規模が大幅に増大し,法曹人口も激増するなど,時代情勢は大きく変化している。

よって,検取事務官制度を例外的かつ暫定的に許容せざるを得なかった昭和22年当時の実情が現時点で変わらずに存続し続けているとは考えられない。

ところが,今なお検取事務官制度は存続し,これまで制度の廃止に向けた動きも認められない。

また,これまでの検取事務官制度の実際の運用状況も公表されていない。例えば,いかなる基準に基づいて,検察事務官の中から検取事務官が任命されているか,また,検取事務官が取り扱う検察官事務がどのように選別されているかについて,国はこれらの点を公表していない。

これらの点を把握すべく,当連合会は,平成24年3月,法務省に対し,検察官事務取扱の発令を受けた検察事務官の過去5年間の人数,各地方(区)検察庁ごとの検取事務官の人数,検取事務官を選任する基準等について照会を行った。ところが,法務省はこれらの照会事項に回答しなかった。これでは,検取事務官の能力が一定程度以上に保たれているかなど,検取事務官制度が適切に運用されていることを検証することはできない。

他方,法務省のホームページ(http://www.moj.go.jp/keiji1/keiji_keiji0
8.html)には「検察官事務取扱を命ぜられた捜査官は,被疑者の取調べをし,起訴,不起訴の処分を行います。取り扱う事件は,主に自動車運転過失致死傷事件や道路交通法違反事件ですが,最近は,窃盗・傷害事件等の刑法犯や専門的知識を必要とする海事関係事件等の特別法犯も数多く担当しています」と記されており,検取事務官制度が積極活用されている実態が公にされている。

この実態は検取事務官制度を廃止する方向性とは完全に逆行するものである。

以上の状況から判断する限り,これまでの時代情勢の変化にもかかわらず,国はこれまで検取事務官制度を廃止する努力を全くしておらず,今後も同制度を廃止する予定はないものと思われる。

しかし,かかる国の姿勢は,検取事務官制度に本質的欠陥が存在し,同制度が例外的かつ暫定的に認められたにすぎないことを無視するものであるまた,同制度の廃止を予定していた立法意図にも反するものである。

6 結論

以上のとおり,検取事務官制度には本質的な欠陥があり,同制度は例外的かつ暫定的に認められたものにすぎない。そして,検察庁法施行から65年以上が経過した現時点において,なお検取事務官制度を維持する必要は認められない。逆に,今後も検取事務官制度を存続させることは,被疑者・被告人の人権保障,適正手続の実現,真実の発見という刑事訴訟法の目的を後退させるとともに,国民の刑事司法に対する信頼を失わせることとなる。

よって,検察庁法附則36条を直ちに削除し,検取事務官制度を廃止すべきである。

なお,仮に全ての検取事務官の指定を直ちに解くことが現実的に困難だとしても,このことは検取事務官制度を維持する理由とはならない。この場合,例えば,3年間の猶予期間を設け,その間段階的に指定を解き,最終的に全ての検取事務官の指定を解くなどの方策が検討されるべきである。本質的な欠陥を抱える検取事務官制度の廃止に向けて具体的な施策を採ることは,国家の責務であり,この責務は直ちに果たされなければならない。

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