新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1565、2014/11/19 18:27 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

【刑事、刑事事件における被害届け提出前後の示談、対策と方法、自首と示談の関係】

被害届け提出前の弁護活動


質問:
都内に住む大手企業に勤務する会社員です。先日、仕事帰りによく立ち寄る自宅近くのレンタルビデオ店店内で会計後、出来心から店内にいたレジ待ちの女性のスカート内を手鏡で覗き込もうとしてしまいました。スカート内を見ることはできませんでしたが、女性に気付かれ、大声で店員を呼ばれたので、驚いて店外に逃げ出してしまいました。少し離れたところから様子を見ていたところ、すぐに警察車両が駆けつけ、女性から事情を聞いていたようでした。女性に謝罪はしたいのですが、警察に名乗り出ることで逮捕されたりしないか心配です。かといって、黙っているのも、何時警察に犯人と判ってしまうか大変不安です。そこで、ある法律事務所に相談しようとしましたが、「今後あなたが犯人と特定されるかどうかはわからないし、被害届が出ているかどうかも分からない。実際に警察から呼び出しが来てから相談に来てください。」という回答でした。現時点でできることはないのでしょうか。



回答:

1. あなたが女性のスカート内を鏡で覗き込もうとした行為は、東京都のいわゆる迷惑防止条例によって刑事処罰の対象とされている「卑わいな言動」に該当すると考えられます。法定刑は6月以下の懲役又は50万円以下の罰金とされていますが、実務上おおよその処分相場が存在しており、初犯の場合であれば、被害者と示談が成立すれば不起訴、示談不成立であれば略式起訴された上、30万円程度の罰金刑が科されることが通常です。

2. あなたのケースでは、警察が捜査開始した場合、レンタルビデオ店内の監視カメラの映像、被害女性、その他目撃者の供述、あなたが店内で会計した際に使用した会員カードの情報等から、あなたが犯人と特定される可能性は極めて高いと思われます。かかる状況下で捜査機関に出頭せず、何もせずにいた場合、情状を悪化させるだけでなく、示談成立の可能性を低下させ、逮捕の可能性を高めるなど、あなたにとって利益になることは何もありません。その意味で、あなたが相談した弁護士の回答には大いに疑問が残ります。

3. 何時警察から呼び出しを受けるか、刑事処罰を受けるか、不安な気持ちは良く分かりますが、何もしないでいたところで、不安が解消されることはないでしょう。被害女性に謝罪したい気持があるのであれば、早期に警察に出頭し(又はビデオ店を通じて示談交渉の方法もあります。後述のようにまだ捜査機関に被害届が提出していない場合もさらに事件化防止の効果があります。)、被害女性に対して謝罪と被害弁償(示談)の申入れを行うことが人としても筋の通った行動ではないでしょうか。

4. 被害女性と示談が成立すれば、刑事処分としては不起訴となることが通常ですし、もし被害届の提出前に示談成立となれば(この場合はビデオ店を通じて示談を行います。この方法は事件化防止のため安易にできませんので弁護人と詳細な協議が必要でしょう。)、刑事事件化自体を回避できる可能性もあります。また、あなたのケースであれば、必要な準備をきちんと行えば、逮捕等の身柄拘束の回避も十分可能と思われますので、過度に心配する必要はないでしょう。勤務先との関係から考えても早め、早めの対策が必要でしょう。

5. 相談された弁護士の言うように「実際に警察から連絡があるまで何もせずにいる」というのでは、結局のところ、何時警察から呼び出しを受けるか分からない不安定な状況を解消し、被害女性に謝罪したいというあなたの希望に対して、何の解決にもなっていません。専門家の協力の下、必要な準備を行って所管の警察署に出頭し、直ちに示談申入れを行ってもらうべき事案と思われますので、直ちに弁護活動を開始してくれる経験のある弁護士に速やかにご依頼されることをお勧めいたします。

6. 関連事例集1422番1424番1454番1522番参照。


解説:

1.(迷惑防止条例違反の成否)

 はじめに、あなたの行為が如何なる犯罪に該当するかについて確認しておきます。あなたがレンタルビデオ店店内で女性のスカート内を手鏡で覗き込もうとした行為は、以下のいわゆる迷惑防止条例によって刑事処罰の対象とされている「卑わいな言動」に該当すると考えられます。

公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(東京都)
第5条(粗暴行為の禁止)
1項 何人も、人に対し、公共の場所又は公共の乗物において、人を著しくしゆう恥させ、又は人に不安を覚えさせるような卑わいな言動をしてはならない。
第8条(罰則)
1項 次の各号のいずれかに該当する者は、六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
2 第5条第1項の規定に違反した者

 女性のスカート内を覗き込もうとする行為自体、人を著しく羞恥させるとともに、人に不安を覚えさせる行為といえるため、実際にスカート内を見ることができたかどうかは犯罪の成否に影響しません。したがって、以下ではあなたの行為が迷惑防止条例違反の構成要件に該当していることを前提に刑事手続の流れ等について説明いたします。

2.(刑事手続の流れ)

 捜査機関が犯罪を覚知すると、捜査が開始します(刑事訴訟法189条2項)。規定上は、被害届の提出の有無にかかわらず捜査開始できることになっていますが、特に迷惑防止条例違反のような比較的軽微な犯罪の場合、実務上は捜査の開始にあたって被害者に被害届を提出させることが通例です。

 本件の場合、被害届の提出によって警察が捜査を開始すると、犯行時の状況の捜査と並行して、犯人を特定するための捜査がなされると考えられます。具体的には、レンタルビデオ店内の監視カメラの映像、被害女性、その他目撃者の供述、あなたが店内で会計した際に使用した会員カードの情報等から犯人特定が進められていくものと予想されます。伺った犯行時の状況からすると、捜査が開始した場合、捜査機関はそう遅くない時期にあなたを犯人と特定する可能性が高いものと考えられます。

 警察があなたを犯人と特定した場合、あなたに対する取調べ等の必要な捜査を行った上で、事件が検察庁に送致され(刑事訴訟法246条)、検察官によって刑事処分(起訴するか不起訴にするか、起訴するとして正式裁判を請求するか略式起訴にするか)が決定されることになります(刑事訴訟法247条、248条)。あなたのような迷惑防止条例違反のケースでは、実務上おおよその処分相場が形成されており、初犯の場合であれば、被害者と示談が成立すれば不起訴、示談不成立であれば略式起訴された上、30万円程度の罰金刑が科されることが通常です。したがって、前科の回避を確実なものにしようとすれば、被害女性との示談が必須の条件になります。

 なお、捜査機関による逮捕の可能性についてですが、迷惑防止条例違反の場合、犯行時に現行犯逮捕されるケースはよく目にしますが、犯行から時間が経過してから通常逮捕(裁判官の発付する逮捕状を呈示しての逮捕)されるケースはそう多くはありません。ただ、あなたが犯行後現場から逃走したという事情は、今後あなたが逃亡するおそれがあることを客観的に示す事実であり、逮捕の必要性を高める事情であることは間違いありませんので、身柄拘束の回避を確実なものとするためには逮捕の必要性を低下させるような事情を積極的に作っていく必要があります。この点の詳細は項目を改めて説明いたします。

3.(弁護士の説明の妥当性)

 あなたが相談した弁護士によれば、「今後あなたが犯人と特定されるかどうかはわからないし、被害届が出ているかどうかも分からない。実際に警察から呼び出しが来てから相談に来てください。」という趣旨の回答であったとのことですが、正直なところ、かかる回答内容には疑問を持たざるを得ないところです。

 まず、あなたが何もせずにいた場合、時間の経過に伴い、被害者によって被害届が提出される可能性が高まるとともに、被害感情を悪化させ、示談の成立が困難となる可能性が高まります。前記のとおり、捜査機関が捜査を開始するに際しては被害者に被害届を提出させることが通例です。このことは、裏を返せば、被害届が提出されるよりも前に被害者と示談(謝罪と被害弁償)を行えば、刑事事件化を回避できる(すなわち、警察が捜査を開始することがなく、あなたが被疑者として取調べを受けたり、身柄拘束や刑事処罰等の不利益を受けることがなくなる)可能性が高いことを意味しています。本件では、レンタルビデオ店を介して被害女性に謝罪と被害弁償の意思があることを伝えることが可能と思われるところ、かかる謝罪申入れを行うことなく漫然と放置するとなれば、捜査機関による取調べ、逮捕等の身柄拘束、捜索差押え、刑事処罰等の刑事事件化に伴う不利益を抜本的に回避することができる可能性を自ら摘む結果になりかねません。

 また、上記のとおり、本件では捜査機関によって捜査が行われれば、犯人があなたであると特定される可能性が相当程度高いといえます。捜査機関に自主的に出頭することをせず、警察の捜査の進行に身を任せていた場合、情状を悪化させるだけでなく、逮捕の可能性を高めることにもなります。捜査機関が通常逮捕を行うためには、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由(「逮捕の理由」といいます。)に加え、明らかに逮捕の必要がない(被疑者の年齢及び境遇並びに犯罪の軽重及びその態様その他初犯の事情に照らし、被疑者が逃亡するおそれがなく、かつ、罪証隠滅するおそれがないこと等の事情を指します。刑事訴訟規則143条の3)とはいえないこと(「逮捕の必要性」といいます。)が必要とされるところ(刑事訴訟法199条2項)、自ら犯人と名乗り出ることなく漫然と過ごしていることは、逃亡のおそれや罪証隠滅のおそれを高める方向の事情となります。

 以上のとおり、被害女性に対する謝罪申入れ等必要な活動をせずにいた場合、刑事手続に伴う不利益という点からは、時間の経過に伴ってあなたの置かれている状況を悪化させるだけであり、あなたにとって利益となることは何もありません。

 何時警察から呼び出しを受けるか、刑事処罰を受けるか、不安な気持ちは良く分かりますが、何もしないでいたところで、そのような不安定な状態が解消されることはありません。もしあなたが不安な気持ちを解消し、被害女性にきちんと謝罪をしたいという気持ちがあるのであれば、自ら名乗り出て謝罪の申入れを行うことが人としても筋の通った行動といえるのではないでしょうか。

4.(行うべき活動)

(1)示談交渉

 被害女性による被害届提出の有無や捜査機関の捜査の進捗状況の如何に関わらず、行うべき活動の目標ははっきりしています。それは被害女性に対して謝罪と被害弁償を行い、示談を成立させることです。もし、被害届が未提出の時点で被害女性と示談が成立し、被害届の提出を行わないことを合意内容として盛り込むことができれば、刑事手続自体を回避することが十分見込めます。また、仮に被害届が提出された後であっても、警察においては、被害届の取下げによって当初から遡って被害の届け出がされていなかったものとして扱い、送検することなく刑事手続きを終了させるという処理が実務上行われることがあり、早急な示談により送検を待つことなく刑事手続を終了させることができる可能性も十分残されていますので、諦めてはいけません。万が一、送検される事態になったとしても(刑事訴訟法246条)、本件のような被害者が存在する犯罪では、処分の決定にあたって被害者の処罰感情と被害弁償の有無が重視されるため、十分な被害弁償をし、被害者の宥恕を得ることができれば、例えば同種前歴が複数あるといった特別な事情がない限り、刑事手続上の終局処分としては、不起訴処分となることが通常ですから(刑事訴訟法248条参照)、前科を回避することは十分可能といえます。

 前記のとおり、時間の経過に伴い、被害届が提出されるリスクや被害者感情の悪化による示談交渉難航のリスクが高まっていきますので、可能な限り速やかに謝罪と被害弁償の準備を行う必要があります。なお、被害者は加害者に直接接触したり、連絡先等の情報を知られることに強い抵抗感を抱くことが通常ですので、実際上はあなたの代理人として活動してくれる弁護士に依頼をして示談交渉にあたってもらう必要があるでしょう。

 示談交渉を開始するにあたって、被害女性の連絡先を入手する必要がありますが、その手段としては、@警察を通して被害女性の了解を得て情報開示を受ける方法、Aレンタルビデオ店を通して被害女性の了解を得て情報開示を受ける方法の2通りが考えられます。これは、被害届提出前であれば事件化を誘発する危険性もありますので交渉方法など経験のある弁護士との協議が必要でしょう。捜査機関が覚知した事件で被害者に対する示談申入れを行う場合、一般的に捜査機関を通じて連絡先開示を受けることが多いですが、被害者がかかわり合いになりたくないということで連絡先の開示を拒否する場合もあります。また、担当警察官によっては、示談に伴う被害届取下げ等によって事件が潰されることを嫌って、被害者への連絡に協力してくれないことがあります。そこで速やかな示談のためには並行してレンタルビデオ店を通した連絡を試みるべきでしょう。レンタルビデオ店からすれば加害者であるあなたも被害者である被害女性も同じ顧客であるため、柔軟な対応により被害弁償に協力してくれることもままあります。もちろんあなたが自分でレンタルビデオ店に被害者の連絡先を聞き出すことは無理ですし、すべきではありません。弁護士を依頼して、被害者に迷惑をかけないこと約束した上で、連絡先を教えてもらうようお願いすることになります。

(2)身柄拘束の回避等

 警察に出頭することで逮捕されないか不安を感じておられるようですが、前記のとおり、警察に自ら出頭することは、逮捕の必要性(罪証隠滅のおそれや逃亡のおそれ)を低下させる事情であり、実際には逮捕等の身柄拘束を回避する方向に作用することになります。その上で、身柄拘束の回避をより確実なものとするためには、@被害女性に接近しない旨の誓約書、A家族等による身元引受書、B弁護士を通じた謝罪と被害弁償の準備があることを示す書類(謝罪金の預り証や謝罪文等)、C自らが行った迷惑行為を自認する内容の上申書等、罪証隠滅のおそれや逃亡のおそれがないことを示す資料の作成・提出が有効となります。示談交渉活動を含めて弁護士に依頼し、適切な指導の下、具体的事情に即した形で作成してもらうことが不可欠でしょう。

 警察への出頭のタイミングで被害女性による被害届の提出の有無や刑事手続の状況を確認しておくと良いでしょう。被害女性と示談交渉を行う際、示談書の内容に影響します。また、被害者情報開示の要請と併せて、あなたの職場やマスコミに対する情報提供を阻止するための上申を行うべきなのもこのタイミングです。弁護士からこのような上申がなされることは少ないようですが、弁護士より正式な書面で上申がなされれば、捜査機関でも一定の配慮をしてくれることが通常です。刑事事件としては比較的軽微な類型であっても、万が一、報道や職場での懲戒処分といった事態になると社会的不利益が甚大ですので、手を抜けないところです。

5.(最後に)

 相談された弁護士の言うように「実際に警察から連絡があるまで何もせずにいる」というのでは、結局のところ、何時警察から呼び出しを受けるか分からない不安定な状況を解消し、被害女性に謝罪したいというあなたの希望に対して、何の解決にもなりません。弁護士はどうすれば相談者の希望を最良の形で実現できるかを第一に考えるべきであり、かかる観点からは、弁護士の回答には大いに疑問が残るところです。

 前記のとおり、あなたの置かれている現状で無為に過ごすことは、被害届の提出による刑事事件化のリスクや身柄拘束のリスク、示談不成立のリスクを高め、自らの首を絞める結果となりかねません。また、職場連絡や実名報道等のリスクを考えると、できるだけ早期に名乗り出た方があなたの精神的負担も少なくて済むのではないでしょうか。専門家の協力の下、必要な準備を行って所管の警察署に出頭し、直ちに示談申入れを行ってもらうべき事案と思われますので、直ちに弁護活動を開始してくれる経験のある弁護士に速やかにご依頼されることをお勧め致します。


≪参照条文≫
公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(東京都)
第5条(粗暴行為の禁止)
1項 何人も、人に対し、公共の場所又は公共の乗物において、人を著しくしゆう恥させ、又は人に不安を覚えさせるような卑わいな言動をしてはならない。
第8条(罰則)
1項 次の各号のいずれかに該当する者は、六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
2 第5条第1項の規定に違反した者

刑事訴訟法
第百八十九条  警察官は、それぞれ、他の法律又は国家公安委員会若しくは都道府県公安委員会の定めるところにより、司法警察職員として職務を行う。
○2  司法警察職員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査するものとする。
第百九十九条  検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状により、これを逮捕することができる。ただし、三十万円(刑法 、暴力行為等処罰に関する法律及び経済関係罰則の整備に関する法律の罪以外の罪については、当分の間、二万円)以下の罰金、拘留又は科料に当たる罪については、被疑者が定まつた住居を有しない場合又は正当な理由がなく前条の規定による出頭の求めに応じない場合に限る。
○2  裁判官は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると認めるときは、検察官又は司法警察員(警察官たる司法警察員については、国家公安委員会又は都道府県公安委員会が指定する警部以上の者に限る。以下本条において同じ。)の請求により、前項の逮捕状を発する。但し、明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、この限りでない。
第二百四十六条  司法警察員は、犯罪の捜査をしたときは、この法律に特別の定のある場合を除いては、速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない。但し、検察官が指定した事件については、この限りでない。
第二百四十七条  公訴は、検察官がこれを行う。
第二百四十八条  犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。

刑事訴訟規則
第143条の3(明らかに逮捕の必要がない場合)
 逮捕状の請求を受けた裁判官は、逮捕の理由があると認める場合においても、被疑者の年齢及び境遇並びに犯罪の軽重及び態様その他諸般の事情に照らし、被疑者が逃亡する虞がなく、かつ、罪証を隠滅する虞がない等明らかに逮捕の必要がないと認めるときは、逮捕状の請求を却下しなければならない。


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