新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1568、2014/12/05 12:00
【民事、最高裁昭和58年3月24日判決、最高裁平成7年12月15日判決】
建物賃借人の敷地利用について取得時効を回避する方法
質問:
私の所有地が時効取得されてしまわないかという相談です。20年以上前になりますが、私は相続により元々親が所有していた土地とその土地上の建物を取得しました。私は他の場所に自宅があったので、建物は希望者に賃貸することとし、その後、同じ賃借人が20年に渡り建物に居住し続けています。賃貸の対象は建物のみとし、その旨の賃貸借契約書も交わしていますが、賃借人は入居直後から土地の一部を無断で家庭菜園などに使用しており、そのことが原因で度々トラブルになることがありました。賃借人の言い分は「建物を借りる時に土地使用の承諾を得ている。」というものですが、私は土地使用の許可をした覚えはありません。この度、賃貸の対象でない土地の占有を20年間継続されると時効取得されてしまうような話を聞き、無断使用されている土地が時効取得されてしまうのではないか不安を感じています。
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回答:
1、 本件では、民法162条1項による土地所有権の取得時効の成否が問題となり、時効の成否は主として賃借人が土地の一部を「所有の意思」をもって占有していたかどうかに拠ることになります。所有の意思については推定規定が置かれているので(民法186条1項)、本件が裁判上の争いとなった場合、あなたは建物賃借人に所有の意思がないことを示す証拠を提出し、本推定を覆す必要が生じることになります。
2、 確立した判例によれば、所有の意思についての推定を覆すためには、(1)占有者が、その性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実(他主占有権原)、(2)占有者が占有中、真の所有者であれば通常はとらない態度を示し、または所有者であれば当然とるべき行動に出なかったなど、外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかったものと解される占有に関する事情(他主占有事情)のいずれかを立証する必要があります。
3、 「他主占有権原」は、典型的には賃貸借契約や使用貸借契約に基づく目的物の占有がこれに該当します。すなわち、本件では、賃借人に土地部分の占有が建物と合せた賃貸借契約や無償での使用貸借契約に基づくものであることを認めてもらい、賃貸借契約書や使用貸借契約書を新たに作成するなどして合意によって土地部分の占有にかかる法律関係を確定することができれば、その後の時効取得を巡る紛争に発展する事態を回避することが可能となります。したがって、賃借人による時効取得の主張を回避するためには、まずは賃貸借等の契約書作成を目指して交渉を行うことが有効といえるでしょう。
4、 「他主占有事情」の典型例としては、原所有権者による固定資産税の負担が挙げられますが、必ずしも決定的な事情となるわけではありません。もし交渉の過程で賃借人より時効取得の主張がなされるようであれば、他主占有権原を推認させる事情や他主占有事情に該当し得る事実を交渉の過程で引き出して証拠化しておき、その上で本件が所有の意思が認められない事案であることを丁寧に説明・説得することが必要でしょう。
5、 問題の土地部分が賃貸建物での生活の一環として用いられていること、土地利用が賃貸建物の使用の過程で開始されたという占有開始の経緯、賃貸建物と占有されている土地部分との位置関係、建物賃借時に土地使用の承諾を得ている旨の賃借人の言い分等に照らせば、建物と敷地の一部が一体となって賃貸されていると見るのが実態に即していると考えられるため、土地の時効取得が認められる可能性は低いと思われます。
6、 もっとも、そもそも本件が訴訟等に移行して土地の時効取得が争われる事態を防ぐためには、早期に契約締結交渉を行い、賃貸借等の法律関係を確認・確定させることが不可欠となります。法的にポイントとなる事情を的確に押さえた上での交渉が必要となること、合意書等作成の際も後の紛争を回避できるような定め方が求められることから、弁護士を代理人に選任すべき必要性が高い事案と思われますので、まずは具体的事情を踏まえた事案の見通しや対応方法について一度専門家にご相談されることをお勧めいたします。
7、 時効取得関連事例集 1423番、308番参照。
解説:
1.(所有権の取得時効)
まず、建物賃借人による土地の時効取得の主張を回避するための対応を検討する前提として、所有権の取得時効の要件について確認しておく必要があります。所有権の取得時効とは、物の占有を一定期間継続することにより、当該物の所有権を取得する制度であり、その制度趣旨は、主として、長期間継続した事実状態を法律上も尊重し、法律関係の安定を図る点にあります。所有権の取得時効については、民法162条が定めを置いています。
民法第162条(所有権の取得時効)
第1項 20年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
第2項 10年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。
民法162条のうち第2項は、占有者が物の占有時に自己に所有権があるものと信じ(善意)、かつ、そのように信じることにつき過失がなかった場合に第1項の定める20年間の時効期間よりも短い10年間での取得時効を認める規定です。もっとも、本件では土地・建物共にあなたの所有物であることを前提に賃貸借がなされており、賃借人が善意・無過失であるとの主張は想定されない上、占有期間も20年間に渡っているため、原則通り民法162条のうち第1項による20年間での取得時効の成否を検討すべきことになります。
民法162条1項による取得時効の成立要件は、@他人の物を、A20年間、B平穏かつ公然と、C所有の意思をもって占有すること、とされていますが、本件で@〜Bは特段問題とならないため、取得時効の成否は、C賃借人が土地の一部を所有の意思をもって占有していたかどうかに拠ることになります。ただし、民法上「占有者は、所有の意思をもって・・・占有をするものと推定する。」とされていますので(民法186条1項)、本件が裁判上の争いとなった場合、あなたは建物賃借人に所有の意思がないことを立証し、本推定を覆す必要が生じることになります。
確立した判例(最判昭和58年3月24日・民集37巻2号131頁)によれば、所有の意思が否定されるためには、次のいずれかを立証する必要があります。
(1)占有者が、その性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実(「他主占有権原」といいます。)
(2)占有者が占有中、真の所有者であれば通常はとらない態度を示し、または所有者であれば当然とるべき行動に出なかったなど、外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかったものと解される占有に関する事情(「他主占有事情」といいます。)
2.(他主占有権原の有無について)
上記(1)の他主占有権原は、典型的には賃貸借契約に基づく賃貸目的物の占有がこれに該当します。賃借人は他人の所有物を使用する目的で占有するのであって、自己が所有するために占有するわけではないからです。そして、所有の意思の不存在は、占有取得の原因又は占有に関する事情により外形的客観的に定められるため(最判昭和58年3月24日・民集37巻2号131頁、最判平成7年12月15日・民集49巻10号3088頁等)、賃借人がいくら内心で自分の所有物だと思っていたとしても、所有の意思が認められることはなく、したがって、賃貸借契約の目的である建物を賃借人が長年占有しているとしても、建物につき取得時効が成立することはありません。他方、無効な売買契約に基づいて買主が土地を占有している場合や、不法占拠による占有を開始して明渡通告を受けたもののこれを拒絶して占有を継続した場合のように、自己の物としての事実的支配を意図した占有の場合、他主占有権原が否定される(所有の意思が肯定される)ことになります。
本件で、仮に建物賃借人から土地の時効取得が主張されるとした場合、次のような具体的主張が予想されるところです。すなわち、賃貸借契約書上、賃貸の対象は建物のみとされており、土地は含まれていないので、賃貸借契約上あなたの所有物を使用するという前提が存在する建物と、そうでない土地とでは、占有権原に差異があり、土地部分については、上記の不法占拠者の例と同様、他主占有権原が否定される、という理論構成が考えられます。本件では問題の土地上に賃貸建物が建っているので占有権原の差異をイメージしにくいかもしれませんが、例えば、貸室の賃借人が賃貸期間中、賃貸人の所有する、賃貸物件とは無関係な土地を無断で占有開始して20年経過したような場合をイメージして頂くと分かり易いかと思います。
もっとも、かかる主張によって時効取得が実際に認められるかというと、その可能性は低いように思われます。建物の賃借人が生活する建物のある敷地の一部を家庭用菜園等の生活の一環としての用途に用いているという状況、賃借人による土地利用が賃貸建物の使用の過程で開始されたという土地の占有に至る経緯、賃貸建物と賃借人によって占有されている土地の一部との位置関係、「建物を借りる時に土地使用の承諾を得ている。」という賃借人の従前の主張内容等に照らせば、建物と敷地の一部を合せて賃借していると考える方が自然であり社会観念に合致すると考えられるからです。あなたの話によれば、土地使用の許可をした覚えはないとのことですが、許可していない土地が使用されている状況を長年放置していたことは、法的には土地を賃貸借の目的とすることに黙示的に同意したものと評価することが可能でしょう。
したがって、あなたのケースでは、賃借人による土地の時効取得が認められる可能性は低いと考えられますので、土地を失うこと自体をそれほど心配される必要はないかと思います。もっとも、賃借人が従前の言い分を翻して時効取得を主張してくる可能性は否定できませんが、後述するように然るべき対応を行えば、本件が時効取得の成否を巡って訴訟となることを回避し、交渉によって本件の円満解決を目指すことも十分可能と思われます。
3.(他主占有事情について)
上記(2)の他主占有事情における「所有者であれば通常とるべき行動」の典型的な事情としては、固定資産税の負担が挙げられます。ただし、固定資産税を支払っていなかったからといって、必ずしも所有の意思を否定する決定的な事情となるわけではなく(前掲・最判平成7年12月15日・民集49巻10号3088頁)、他の事情と合せて主張すべき事柄になろうかと思われます。例えば、賃借人が長年にわたって土地部分について自己への移転登記を求めていなかったこと、その他の従前の賃借人の言動等、他主占有事情として主張し得る事実をよく法的に分析・整理した上で交渉に臨む必要があるでしょう。
4.(具体的対応)
本件のように時効取得の成否が問題となるに至った原因は、元をたどれば土地の占有についての合意書等が存在しないにもかかわらず占有が継続しているという、占有の法律上の原因が不明確な状況を長年継続させてしまったことにあるといえます。このような場合、賃借人による時効取得の主張を回避する最良の方法は、賃借人に土地部分の占有が建物と合せた賃貸借契約や無償での使用貸借契約に基づくものであること(他主占有権原)を確認してもらい、建物と土地とを目的とする賃貸借契約書や土地部分の使用貸借契約書を新たに作成するなどして、あなたと賃借人間の合意によって土地部分の占有にかかる法律関係を確定させてしまうことです。賃借人の従前の言い分によれば、「建物を借りる時に土地使用の承諾を得ている。」とのことですが、かかる賃借人の主張に乗っかる形で交渉を行うことによって、早期に合意によって法律関係を確定させ、その後の時効取得を巡る紛争に発展するリスクを回避できる可能性も十分見込まれるように思います。
他方、交渉の過程で賃借人より時効取得の主張がなされる可能性もありますので、時効取得の主張がなされた場合の対応につき十分準備した上で交渉に臨む必要があります。具体的には、他主占有権原、すなわち占有している土地部分が「借りた」ものであることを推認させる事情や他主占有事情に該当し得る事実を交渉の過程で引き出して証拠化しておき、後に訴訟(例えば、所有権に基づく移転登記請求)等に発展した場合に所有の意思の推定(民法186条1項)を覆せるよう備えるべきことになるでしょう。そのためには、賃借人が土地を占有するに至った経緯や従前の折衝の経緯等を詳細に分析し、所有の意思を否定するにあたって如何なる事情が重要なポイントとなるのか、十分検討した上で交渉に臨む必要があります。仮に賃借人が時効取得の主張をしてきたとしても、かかる準備を踏まえた上、具体的な事実関係に照らして、所有の意思が否定され、取得時効が成立しないことを丁寧に説得することで、新たな賃貸借契約書作成等の合意成立に至ることも十分期待できるでしょう。
以上はあくまでお聞きした事情の範囲で一般論としての回答になります。当然、事情が異なれば見通しや対応方法も異なってくることがあります。法的にポイントとなる事情を的確に押さえた上での交渉が必要となること、合意書等作成の際も後の紛争を回避できるような定め方が求められることから、弁護士を代理人に選任すべき必要性が高い事案と思われますので、まずは具体的事情を踏まえた事案の見通しや対応方法について一度専門家にご相談されると良いでしょう。
≪参照条文≫
民法
(所有権の取得時効)
第百六十二条 二十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。
2 十年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。
(占有の態様等に関する推定)
第百八十六条 占有者は、所有の意思をもって、善意で、平穏に、かつ、公然と占有をするものと推定する。
2 前後の両時点において占有をした証拠があるときは、占有は、その間継続したものと推定する。
(使用貸借)
第五百九十三条 使用貸借は、当事者の一方が無償で使用及び収益をした後に返還をすることを約して相手方からある物を受け取ることによって、その効力を生ずる。
(賃貸借)
第六百一条 賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。
≪参照判例≫
最判昭和58年3月24日・民集37巻2号131頁
「ところで、民法一八六条一項の規定は、占有者は所有の意思で占有するものと推定しており、占有者の占有が自主占有にあたらないことを理由に取得時効の成立を争う者は右占有が所有の意思のない占有にあたることについての立証責任を負うのであるが(最高裁昭和五四年(オ)第一九号同年七月三一日第三小法廷判決・裁判集民事一二七号三一七頁参照)、右の所有の意思は、占有者の内心の意思によつてではなく、占有取得の原因である権原又は占有に関する事情により外形的客観的に定められるべきものであるから(最高裁昭和四五年(オ)第三一五号同年六月一八日第一小法廷判決・裁判集民事九九号三七五頁、最高裁昭和四五年(オ)第二六五号同四七年九月八日第二小法廷判決・民集二六巻七号一三四八頁参照)、占有者がその性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実が証明されるか、又は占有者が占有中、真の所有者であれば通常はとらない態度を示し、若しくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかつたなど、外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかつたものと解される事情が証明されるときは、占有者の内心の意思のいかんを問わず、その所有の意思を否定し、時効による所有権取得の主張を排斥しなければならないものである。」
最判平成7年12月15日・民集49巻10号3088頁
「民法一八六条一項の規定は、占有者は所有の意思で占有するものと推定しており、占有者の占有が自主占有に当たらないことを理由に取得時効の成立を争う者は、右占有が所有の意思のない占有に当たることについての立証責任を負うのであるが、右の所有の意思は、占有者の内心の意思によってではなく、占有取得の原因である権原又は占有に関する事情により外形的客観的に定められるべきものであるから、占有者の内心の意思のいかんを問わず、占有者がその性質上所有の意思のないものとされる権原に基づき占有を取得した事実が証明されるか、又は占有者が占有中、真の所有者であれば通常はとらない態度を示し、若しくは所有者であれば当然とるべき行動に出なかったなど、外形的客観的にみて占有者が他人の所有権を排斥して占有する意思を有していなかったものと解される事情(このような事情を以下「他主占有事情」という。)が証明されて初めて、その所有の意思を否定することができるものというべきである(最高裁昭和五七年(オ)第五四八号同五八年三月二四日第一小法廷判決・民集三七巻二号一三一頁参照)。」
「原審の(2)の判断は、亀吉及び上告人らが本件土地の登記簿上の所有名義人であった倉太郎又は謹一に対し長期間にわたって移転登記手続を求めなかったこと、及び本件土地の固定資産税を全く負担しなかったことをもって他主占有事情に当たると判断したものである。まず、所有権移転登記手続を求めないことについてみると、この事実は、基本的には占有者の悪意を推認させる事情として考慮されるものであり、他主占有事情として考慮される場合においても、占有者と登記簿上の所有名義人との間の人的関係等によっては、所有者として異常な態度であるとはいえないこともある。次に、固定資産税を負担しないことについてみると、固定資産税の納税義務者は「登記簿に所有者として登記されている者」である(地方税法三四三条一、二項)から、他主占有事情として通常問題になるのは、占有者において登記簿上の所有名義人に対し固定資産税が賦課されていることを知りながら、自分が負担すると申し出ないことであるが、これについても所有権移転登記手続を求めないことと大筋において異なるところはなく、当該不動産に賦課される税額等の事情によっては、所有者として異常な態度であるとはいえないこともある。すなわち、これらの事実は、他主占有事情の存否の判断において占有に関する外形的客観的な事実の一つとして意味のある場合もあるが、常に決定的な事実であるわけではない。」