新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1575、2014/12/29 13:51 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【家事、相続、最高裁昭和40年5月27日判決、東京高裁昭和34年4月23日決定】

相続放棄の取消手続き、方法

質問:母が亡くなってからすっかり疎遠となっていた叔母(母の妹)が亡くなりました。葬儀の際、叔母は亡くなったときは一人身で子どももいなかったので姪である私も相続人になる、と同じように叔母の相続人になった伯父(母の兄)から聞かされました。伯父は生前の叔母と親交があり、叔母には目ぼしい財産はなく借金だけが残っている、借金を相続したくないのならのなら早めに相続放棄をしたほうがいい、と言ってきました。私は、その言葉を信じて相続放棄の手続きをしました。その手続きで家庭裁判所に提出した財産目録にも財産なしと記載してあります。しかし、その後の法事の席で、叔母はそれなりの財産を残していて、伯父がその相続財産を独り占めしたいがために私に嘘をついて相続放棄をさせたことが発覚しました。私のした相続放棄の申述を取り消し、伯父に改めて遺産分割をするように求めることはできますか。



回答:
1、 相続放棄の申述を受理した家庭裁判所に対して、相続放棄取消の申述の申し立てをして、相続放棄を取り消すことができます(民法919条2項、4項)。但し、この取消権の行使は追認ができる時から6カ月、あるいは放棄の時から10年で時効により消滅します(同条3項)。

 相続放棄の申述の取消しの申し立てがあると、申し立てを受けた家庭裁判所は、取り消しの申し立てが申述人の真意に基づくものであるか、申立書記載されている理由が取消しの根拠となるのか、取消権が法定の期間内に行使されているかを審理して受理するか否かを決定するに留まり、本当に申述通りの取り消し事由が存在するのかという実質的な側面について審理しないのが家庭裁判所の取り扱いです。

2、 そこで、あなたが家庭裁判所に、相続放棄の取消の申述の申し立てをすると、家庭裁判所はそれらの点について確認しただけでして受理することになります。

3、 相続放棄の取消の申述が受理されると、相続放棄はなかったことになり、初めから相続人とになりますから、遺産分割協議等が完了していた場合はそのやり直しを求めることになります。やり直しを求める方法は、第1には伯父を含めた共同相続人との協議となります。

4、 再度の遺産分割協議において注意が必要なことは、相続放棄の取消が有効か否かは家庭裁判所が受理しただけでは確定しないということです。伯父が虚偽の事実を告げたことを否定して相続放棄の取り消しの効果を争うようなこととなった場合には、別途民事訴訟の中で、伯父が本当に虚偽の事実を告げたのか、伯父の行為によって貴女が相続放棄をすることにしたのかなどの事実関係を判断されることになります。

5、 民事訴訟の方法ですが、相続放棄の無効確認の訴えはできないとされています。具体的な相続財産の請求において(例えば不動産が相続登記されいている場合は、その登記の無効を理由に共有持分の更正登記を請求する等)相続放棄の無効を主張することになります。

6、 相続放棄事務所関連事例集1425番1093番参照。

解説:

1 相続放棄とは

   相続放棄とは、相続の開始により発生した包括承継の法的効力を全て消滅させる行為のことをいいます。包括承継とは、被相続人(亡くなった方)の法的な地位が、権利も義務も全て相続人に引き継がれるということです。相続放棄は相続人の自由な意思によって行われその理由の如何をといませんが、被相続人が多額の負債を残して亡くなった場合、あるいは、一人の相続人に全部を相続させる場合などに利用されます。相続放棄をすることにより、初めから相続人ではなかったことになり、被相続人の残した負債を返済する義務を免れますが、同時に不動産や預貯金などの財産を受け取ることができなくなります。

   相続放棄は、相続の開始の日から3ヶ月以内に行う必要があります(民法915条)。この「3ヶ月以内」とは、被相続人の死亡を知り、かつ、自分が具体的に相続人となったことを知った時であるとされています。貴女の場合には、葬儀の時に自分が相続人であることを知ったのですから、その時点が起算点となり、そこから3ヶ月以内となります。この期間のことを、熟慮期間と言います。

   3ヶ月の起算点については、正当な理由があれば、相続人が相続財産の全部又は一部を認識した時、又は通常認識しうべき時から起算する、とされています。離婚した夫婦の間に子供があり、音信不通だった父親の死は知らされたものの、相続財産の有無については認識できない状態において突然債権者から催告状が届いたような場合が考えられます。

(相続の承認又は放棄をすべき期間)
第九百十五条 相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。
2 相続人は、相続の承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができる。

2 相続放棄の取消および無効主張

   一度した相続放棄は、915条の定める3ヶ月以内の期間であっても、「撤回(一度した相続放棄の意思表示を無効とすること)」することはできません(民法919条1項)。これは、相続人に自由な「相続放棄」やその「撤回」を認めてしまうと、成立した遺産分割協議をやり直す必要が生じたり、当該放棄により順位が繰り上がって相続人となった者の相続人としての地位が不安定なものとなったり、それに伴い、相続債権者等にも損害を与えたりするので、相続放棄や承認の効果を早期に確定させる必要があるからです。しかし、理由のない撤回はできないとしても、今回のご相談のように、相続放棄の申述が第三者による詐欺や脅迫による場合や、制限行為能力者(未成年者、被後見人、被保佐人が保佐人の同意を得ずにした場合、被補助人が相続放棄について補助人の同意が必要な審判を受けながら同意を得ずにした場合)による場合には、その申述を取り消すことができるとされています(民法919条2項)。また、相続放棄は財産上の法律行為であるとして、表意者の錯誤による無効(民法95条)主張もできるとされています(最判40.5.27、最判昭和30.9.30)。

(錯誤)
第九十五条 意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。ただし、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない。
(相続の承認及び放棄の撤回及び取消し)
第九百十九条 相続の承認及び放棄は、第九百十五条第一項の期間内でも、撤回することができない。
2 前項の規定は、第一編(総則)及び前編(親族)の規定により相続の承認又は放棄の取消しをすることを妨げない。
3 前項の取消権は、追認をすることができる時から六箇月間行使しないときは、時効によって消滅する。相続の承認又は放棄の時から十年を経過したときも、同様とする。
4 第二項の規定により限定承認又は相続の放棄の取消しをしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。

  相続放棄の申述が錯誤により無効となりうることを認めた判例を紹介します。

土地所有権確認等請求事件
最高裁判所昭和40年5月27日判決

 「相続放棄は家庭裁判所がその申述を受理することによりその効力を生ずるものであるが、その性質は私法上の財産法上の法律行為であるから、これにつき民法九五条の規定の適用があることは当然であり(昭和二七年(オ)第七四三号・同三〇年九月三〇日第二小法廷判決・裁判集民事一九号七三一頁参照),従つて、これに反する見解を主張する論旨は理由がなく、また、原審確定の事実関係に照らせば、被上告人川村かよを除くその余の被上告人らの本件相続放棄に関する錯誤は単なる縁由に関するものにすぎなかつた旨の原審の判断は、是認するに足りる。」

3 相続放棄の取消の方法とその理由

   貴女は、共同相続人である伯父に、亡くなった叔母には財産はなく負債だけが残っていると聞かされて相続放棄の申述をしたのですから、上述の通り、詐欺あるいは錯誤を理由に家庭裁判所に相続放棄の取消の申述することにより、その意思表示を取り消すことができます。この取消は必ず家庭裁判所へ申述することが必要で、それ以外で取消を主張しても認められないとされています。

   また、家庭裁判所では取り消しの実質的な理由があるか否かについては判断せず、申立期間が経過していないこと、申述の理由が形式的に成立しているかだけを確認して受理することになっています。なお、学説は、取り消しの実質的要件の有無についても家庭裁判所が審理して決定するのが妥当であり、これにより取り消しの申述の受理により生じる混乱を防ぐことができるとする積極説が多数を占めています。これは裁判所の総合的な業務量を削減させて適正な審査遂行を維持させるという訴訟経済の観点から、理解しうる考え方です。しかし、取り消しが実質的な理由まで備えている否かは、事実関係の認定が前提となるため訴訟事件として地方裁判所で判断するというのがこれまでの裁判実務です(離婚訴訟等家庭裁判所でも当事者間に争いの事実について認定をすることになっている傾向をみると、将来的に取り扱いが変わる可能性はありますが、それは立法論として考えるべきでしょう。)

4 放棄の取消が有効か否かの判断

   このように、実務上、家庭裁判所の判断が実質的な取り消しの理由の有無に及ばないことから、判例は「右申述の不存在又は無効を主張する者は、後日訴訟によつてそのことを主張することを妨げず、むしろ放棄の有効か無効かは民事訴訟による裁判によつてのみ終局的に解決する(東京高裁 昭34.4.23決定)」「原裁判所としては、よろしく同抗告人が果してその主張の理由でさきにした放棄の意思表示を取り消す真意があるかどうかを審理し、右取消の申述を受理するか否やを決すべきものであつたといわなくてはならない。(家庭裁判所の審判は単に右取消の申述を受理すべきや否やを決するにとどまり、進んでその取消の原因があるかどうかなど、ひいてはさきになされた放棄の効果のいかんについては、終局的には民事訴訟によつて判断さるべきであり、家庭裁判所の審判によつて決せらるべきものではない。)(同決定)」としており、取り消しの申述を受けた家庭裁判所が審理し、決定するのは、貴女が本心から相続放棄の取り消すことを望んでいるのかどうかであり、実際に伯父による欺罔行為があり、それによって貴女が相続放棄をすることにしたのか否かについては、伯父が貴女の主張を否定し、改めて遺産分割協議を行うことを拒んできた場合に別途遺産分割に関する訴訟の中で判断されるものとしています。

※相続放棄申述受理の取消申立事件の審判に対する即時抗告申立事件

東京高裁 昭和34年4月23日決定

 「相続放棄の申述が受理された後に、非訟事件手続法第一九条第一項により受理の審判を取り消し又は変更することは、右審判の法律上の性質にかんがみ、許されないものといわなくてはならない(東京高等裁判所第四民事部昭和二九年五月七日決定、高等裁判所判例集第七巻第三号九七頁以下参照)。そして、このように解しても、右申述の不存在又は無効を主張する者は、後日訴訟によつてそのことを主張することを妨げず、むしろ放棄の有効か無効かは民事訴訟による裁判によつてのみ終局的に解決するのであるから(最高裁判所第三小法廷昭和二九年一二月二四日判決、最高裁判所判例集第八巻第一二号一八四頁以下及び東京高等裁判所第一民事部昭和二七年一一月二五日判決、高等裁判所判例集第五巻第一二号一〇頁以下参照)、その者の権利の保護について何ら憂うべきところがない。」
「原裁判所としては、よろしく同抗告人が果してその主張の理由でさきにした放棄の意思表示を取り消す真意があるかどうかを審理し、右取消の申述を受理するか否やを決すべきものであつたといわなくてはならない。(家庭裁判所の審判は単に右取消の申述を受理すべきや否やを決するにとどまり、進んでその取消の原因があるかどうかなど、ひいてはさきになされた放棄の効果のいかんについては、終局的には民事訴訟によつて判断さるべきであり、家庭裁判所の審判によつて決せらるべきものではない。)」

※相続放棄取消申述受理申立却下審判に対する即時抗告申立事件
札幌高等裁判所 昭和55年7月16日決定

 「相続放棄取消の申述の受理は、審判ではあつても、適式な申述がされたことを公証する実質を有するものにすぎないのであつて、真に取消事由があるか否かを終局的に確定するものではない。
 また、家庭裁判所が取消の申述を却下した場合には、申述者にはこれを争う方法として即時抗告しかなく、民事訴訟において取消の申述の有効、無効を争うことは不可能になるのであるが、取消事由の有無というような事項については、即時抗告による救済では不十分な場合が考えられるのであつて、申述者の権利保護に欠けることになるおそれがある。
 したがつて、家庭裁判所は、右申述申立審判事件においては、申述書の形式的要件のほか、申述が本人の真意に基づくものか否か、取消権が法定の期間内に行使されているか否か等について一応の審査をすることはともかくとして、真に取消事由が存在するか否かについて審理することはできないものと解するのが相当である。
 ところが、原裁判所は、抗告人においてその後見人によつてされた相続放棄の申述は強迫によるものであると主張したのに対して、実質的審理をした上で、審理の結果認定された事実は民法九六条一項にいう強迫には該らないとして、抗告人の相続放棄取消の申述を却下したものである。なるほど、抗告人は、強迫者が相続放棄を迫つたとは主張していないから、強迫者に相続放棄させようとする故意があつたといえるか疑問であり、抗告人の主張事実は、それ自体民法九六条一項の強迫には該らないという解釈も可能であろう。しかし、民法九一九条二項に定める取消事由を何ら主張していない場合は格別、取消事由として強迫によるとの主張をしている以上、家庭裁判所は、相続放棄が真に強迫によるものであるか否かを審理、判断することはできないものというべきである。」

5 まとめ

   以上の通り、貴女のした相続放棄の申述の取り消しは、家庭裁判所にその旨を申述することにより受理され、決定が出るものと思われますが、実際には、それだけでは問題の解決にはなりません。相続の放棄が取り消されたことを伝えて伯父や他の共同相続人と遺産分割について話し合いをすることが必要になります。その場合相続放棄の取り消しを認めないであろう伯父やその他の相続人との争いとなることは容易に想像がつきます。貴女としては、伯父が叔母の財産が無いと話していたことについて、今からでも面談して記録を残すなど追加の証拠資料を収集したり、相続放棄手続時に提出した叔母の相続財産目録の記載(めぼしい財産がなく借金だけが残っている)などを根拠として、伯父に騙されていたことを主張していくことになろうかと思われます。

   なお、既に遺産分割協議終了して現実に分割が完了している場合はその取り戻しが必要となります。未分割としても伯父はあなたの放棄を主張して協議に応じない場合も考えられます。このような場合は裁判で解決する他に方法はありませんが、その場合も相続放棄の無効について確認するような裁判はできないとされています(判例を最後に紹介していますので参考にして下さい)。そこで方法としては未分割であれば遺産分割の調停を申し立てることになります。調停でも放棄を主張するようであれば遺産分割の審判となり、その後で放棄の取消について有効か否かを裁判でやり直すことになります。遺産分割が終了している場合は、遺産の取り戻しを請求する訴訟を提起することになります。

   いずれにしても相続放棄の取り消しには、取り消し期間の制限もありますので(民法919条3項、追認することができる時から6ヶ月)、取り消し後の遺産分割の件も含めて、早めに弁護士に相談をされることをお勧めします。

※参考判例
相続放棄無効確認請求事件
最高裁第二小法廷昭和30年9月30日判決

 「およそ、確認訴訟は、特段の規定のないかぎり、特定の権利又は法律関係の存在又は不存在の確認を求める訴である。本件において上告人(原告)等は、その請求の趣旨として「原告等が昭和二五年八月二三日にした岡山県○○郡○○村○○番地被相続人HMの相続放棄は無効とする」との判決を求めたこと、そして、その訴旨は、右のごとき趣旨の確認判決を求めるものであることはその主張自体から明らかであるにかかわらず、当該相続放棄の無効なるに因つていかなる具体的な権利又は法律関係の存在、若しくは不存在の確認を求める趣意であるかは、明確でないのである。相続のごとき複雑広汎な法律関係を伴うものについて、本件確認の対象となるべき法律関係は、少しも具体化されていないのである(もとより、全般的にかかる相続放棄無効確認の訴を許す特別法規も存在しない。)。すなわち、かかる確認の訴は、適法な「訴の対象」を欠くものといわざるを得ないのであつてかかる上告人(原告)の請求に対し本件第一審若しくは原審の口頭弁論期日において、被上告人(被告)特別代理人が「原告請求通りの判決を求める」旨の陳述をしたからといつて民事訴訟法上、「請求ノ認諾」たる効力を生ずるに由ないものといわなければならない。されば、第一審若しくは原審が右特別代理人の陳述をもつて「請求ノ認諾」にあたるものと解せず、従つて、認諾に因る訴訟終了の措置を採らなかつたことをもつて、所論のように違法とすることはできない。論旨は採るを得ない。」


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