ごみ集積所の移転と輪番制
民事|自治会が設置したゴミ集積場の移転と輪番制導入の可否|所有権に基づく妨害廃除請求と受忍限度論|大分地裁平成20年12月12日判決他
目次
質問
私は小さな賃貸アパートを経営しています。アパートの入り口脇の道路には周辺の家庭で出すためのゴミ集積所があります。この集積所は自治会が以前に設置したと聞いております。このゴミ集積所から生ゴミの臭いが生じ、また、猫やカラスがゴミを食い散らかすためアパートの住人からの苦情が私に寄せられています。また、ゴミ集積所が近すぎるため、現在の入居者が引越しをしてしまったり、新規に入居を考えている人に避けられている恐れもあります。
私はアパート収入で生活を維持しているため、苦情によって空室を生じると収入も減り、私の生活設計にもかかわります。
ごみ集積所は必要だとはおもいますが、せめてもう少し離れた場所への移設を自治会に求めることはできるのでしょうか。
回答
1 アパートの所有権に基づく妨害排除請求として、近隣住民に対してゴミ集積所の使用の禁止を請求できる可能性があります。あなたはアパートの所有権に基づいて、賃借人と建物賃貸借契約を締結して収益を得ていますから、ゴミ集積所の存在により賃貸契約が阻害され損害を受けているのであれば、所有権が侵害されていると言えます。そこで、所有権の保護するために妨害排除請求としてごみ集積所にごみを出さないよう請求することができます。
2 ただし、被害があるからと言って常に差し止めを請求できるというわけではなく、受忍限度を超えるような相手方の行為がある場合に限り、法的な請求が認められます。判例上、受忍限度を超えるか否かについては、「単に被害の程度、内容のみにとどまらず、被害回避のための代替措置の有無、その難易等の観点のほか、関係者間の公平等諸般の事情を総合した上で行われるべきもの」であり、「輪番制等をとってごみ集積場を順次移動し、集積場を利用する者全員によって被害を分け合うことが容易に可能である」のに、そのことを「拒否し、特定の者にのみ被害を受け続けさせることは当該被害者にとって受忍限度を超えることとなる」と考えられています。
3 廃棄物の処理に関する法律第2条の3はごみを排出する利用者全員が適切なごみ処理ができるように相互に協力すべきとして、市民の相互協力義務を規定しています。判例でも、ゴミ集積所の移動や輪番制の導入を選択肢として提示しているものがあります。どうしてもお困りの場合は、弁護士事務所に相談し、ゴミ集積所の移動や輪番制について交渉してもらうと良いでしょう。
4 その他本件に関連する事例集はこちらをご覧ください。
解説
第1 所有権絶対の原則
ご相談者様は自ら所有しているアパートを賃貸して収入を得ています。自らの所有物を賃貸し収入を得ることは、所有権の行使の一環として、具体的には目的物からの収益を得る行為として認められ、法的に保護されるものです。
近代私法の三大原則として、「契約自由の原則」、「所有権絶対の原則」、「過失責任の原則」があります。これらの原則は、自由主義社会において、円滑に権利や義務の生成消滅や行使を行っていくために必要となる基本原則です。
この中で「所有権絶対の原則」は、所有権者が、所有物に対して、直接に、排他的に、所有物の使用、収益、処分をすることができる権利を有しているという原則です。所有権者は、誰にも邪魔されずに、所有権を行使することができるという考え方です。
憲法29条1項は「財産権は、これを侵してはならない」と規定し、私有財産制を保障し、我が国の民法206条で「所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物の使用、収益及び処分をする権利を有する」と規定し、所有権絶対の原則を定めています。
第2 所有権に基づく妨害排除請求
このように自ら所有するアパートを賃貸して収益を得ている場合に、ご相談のように隣接するごみ置場から不快な景観、悪臭等により被害を受けているときにごみ置場の撤去や移転を自治会に請求できるのでしょうか。いわゆる所有権侵害による妨害排除請求の可否の問題です。
なお、ごみ置き場の撤去や移転を判決として求めることは具体的は判決の内容が特定できないためできませんので(誰が設置したのか不明ですし移転となるとどこへ移転するのか明らかにしなくてはならないという問題があります)、被告として個人を特定し、当該ごみ置き場にごみを出していはいけない、という仮処分なり判決を求めることになります。
所有権は目的物を直接支配し、所有権者が自由に使用・収益・処分ができ、第三者の行為により所有権の十分な行使が侵害されている場合には、その侵害の排除を求めることができます。所有権に基づく妨害排除請求権は、民法に明文の規定はありませんが、憲法や民法の基本規定や、占有訴権に関する民法198条や、所有権に基づく請求について「本件の訴え」と言及する民法202条1項などを根拠に当然の権利として認められています。
民法
第198条(占有保持の訴え)
占有者がその占有を妨害されたときは、占有保持の訴えにより、その妨害の停止及び損害の賠償を請求することができる。第202条(本権の訴えとの関係)
第1項 占有の訴えは本権の訴えを妨げず、また、本権の訴えは占有の訴えを妨げない。
第2項 占有の訴えについては、本権に関する理由に基づいて裁判をすることができない。
ご相談者様も、所有するアパートに隣接するごみ置場により被害を受けている場合には、所有権の侵害があったと認められること間違いはありません。そして、後述する裁判例には、所有者である原告がごみ置場の利用者である被告らに対し一般廃棄物の差し止めを求めた事例があります。
しかし、侵害の排除を求めることができるか否か、については検討が必要です。現実社会は常に権利関係の衝突する場ですから互いに権利が制約される場面が生じることになり、権利の調整が必要になります。権利調整の基準としては、裁判では権利の侵害が受忍限度を超えているか否か、という点から検討されます。
第3 受忍限度論について
これまで説明したように、所有権が権利として保障されるとしても、個人が日常生活を送るにあたって他者との利益衝突が生ずる可能性があります。「あちらを立てれば、こちらが立たない」という状態です。そこで、判例では、他人により所有権者が被害を受けている場合でも、その被害が所有権者の「受忍限度」を超えている場合にのみ損害賠償や差止請求ができるとして、「受忍限度」という基準を超えているか否かにより判断しています。本件においてもごみ置き場による被害が受忍限度を超えるか否かという点が問題となりますので、受忍限度について説明します。
受任限度論に関する基本判例となっている昭和56年12月16日最高裁判決(大阪国際空港夜間飛行禁止等請求事件)を引用します。これは飛行機の騒音問題に関する裁判例です。飛行場近隣住民の平穏に生活する権利と、航空会社の営業の自由が衝突したため、その調整が必要となった事案でした。
「行為が損害賠償責任の要件としての違法性を帯びるかどうかは、これによって被るとされる被害が社会生活を営む上において受忍すべきものと考えられる程度、すなわちいわゆる受忍限度を超えるものかどうかによって決せられる」として、さらに受忍限度を超えたかどうかを決する基準について、「これを決するについては、侵害行為の態様と程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為の公共性の内容と程度、被害の防止又は軽減のため加害者が講じた措置の内容と程度についての全体的な総合考察を必要とするものである」としています。
ご相談者様の質問のように、ごみ集積所の移設・輪番制が問題となった判例もあります。この裁判はごみ集積所の輪番制に反対する人を相手として、現在のごみ集積場へのごみの排出を差し止める訴えを提起した事例ですが、原告の被害がどのような場合に受忍限度を超えるかどうかという「受忍限度」の基準について次のように説明しています。(東京高等裁判所平成8年2月28日判決・一般廃棄物排出禁止請求事件)。
同判決は、ごみ集積場へのごみ排出による被害は当然に受忍限度を超えるものとはいえないとした上で、ごみ集積場の存在によって被っている被害が受忍限度を超えるものであるかどうかの判断は、「単に被害の程度、内容のみにとどまらず、被害回避のための代替措置の有無、その難易等の観点のほか、関係者間の公平等諸般の事情を総合した上で行われるべきもの」であり、「輪番制等をとってごみ集積場を順次移動し、集積場を利用する者全員によって被害を分け合うことが容易に可能である」のに、そのことを「拒否し、特定の者にのみ被害を受け続けさせることは当該被害者にとって受忍限度を超えることとなる」と判断し、「判決確定後6か月を経過した日以降本件集積場にごみ(一般廃棄物)を排出はしてはならない」としています(判例時報1575号54頁)。
廃棄物の処理に関する法律第2条の3はごみを排出する利用者全員が適切なごみ処理ができるように相互に協力すべきとして、市民の相互協力義務を規定しています。その意味で、被害態様だけではなく、関係者間の公平等の事情を加えて「受忍限度」を判断するという判決の基準は妥当と考えられます。この法律はゴミ集積場の悪臭等の受忍限度に関して具体的な基準を設けた法律ではありませんが、ゴミ処理問題についての基本的な考え方を示すものとして重要な法律であり、条文は次のとおりです。
廃棄物の処理及び清掃に関する法律
第2条の3(国民の責務) 国民は、廃棄物の排出を抑制し、再生品の使用等により廃棄物の再生利用を図り、廃棄物を分別して排出し、その生じた廃棄物をなるべく自ら処分すること等により、廃棄物の減量その他その適正な処理に関し国及び地方公共団体の施策に協力しなければならない。
第4 本件類似の裁判例
ご相談の問題と同様の裁判例として、大分地方裁判所平成20年12月12日判決(一般廃棄物排出差止請求事件)がありますので紹介します。
1 事案
裁判の事実関係は「自らの所有するアパートに隣接する道路上にごみ集積場所が設置されている原告が、大量のごみによる不潔な景観や悪臭等にアパート住民や所有者である原告が悩まされているとして、ごみ集積場所にごみを排出している被告らに対し、アパートの所有権に基づき、一般廃棄物の排出差止めを求めた」というものです。
2 裁判例の判断
裁判所は次のように、一般論としてごみ集積場所の存在による被害が受忍限度を超える場合には、所有権に基づいて差し止め請求ができることを認めています。
大分地方裁判所平成20年12月12日判決本件集積場所に隣接する本件建物を所有している原告は、ごみ集積場所が存在することで被害を被り、その所有権の十全な行使が妨げられることもありうるといえるから、受忍限度を超える被害を受けている場合には、所有権に基づき、一般廃棄物の排出の差止めを求めることもできるものと解される。
但し、結論としては次のように述べて、受忍限度の範囲内の被害であるとして差し止め請求を棄却しました。判断の基準となるのは、被害が特定の人の負担となっているといえるか、被害を被っている人のごみ置き場の利用状況が他の利用者と比較してどうか、周囲の状況からして適当な場所と言えるか、移転先として適当な場所があるか、という点からでした。
大分地方裁判所平成20年12月12日判決悪臭も、客観的なデータはなく、一般廃棄物処理のためにごみ集積場所が存在することは現在の社会生活上やむを得ないものであって、その周辺では当然一定程度の悪臭等の被害はあるものである。その具体的位置関係からすれば、本件建物住民と本件集積場所の周囲の住民の被害の程度には大きな差はなく、本件建物の住民にのみ負担を強いているとはいえない。よって、所有者である原告にのみ負担を強いているともいえない。
また、本件建物は8世帯が入居可能であり、大分市のごみ集積場所設置の基準である25世帯の3分の1に当たることになることからすれば、具体的な設置場所がどこになるかは措くとしても、本件建物の入居者がごみを排出するごみ集積場所は、本件土地に隣接する道路上となることは十分予見されるところである。
さらに、前記のとおり、周囲に幅員の狭い道路が多いことを考えると、本件建物南側の道路沿いにごみ集積場所を設けることには一定の合理性があり、中でも角切りがされていることから本件集積場所が利用されることには合理性があるといえるし、本件集積場所に代わるごみ集積場所として適切な場所を見いだすのは必ずしも容易ではない。
そして、少なくとも、本件口頭弁論終了時点において、原告側で、具体的に、支障が少なく関係者の同意が得られる移転場所を示すことはできていない。
このように結論としては、差し止め請求を認めませんでしたが、更に関係者で協議しできるだけ、被害が特定の人に及ばないようにすべきであることも付言し、今後も特定の人だけが被害を込むっているような場合は受忍限度を超えるようになる場合もあることを示唆しています。
上記であげた東京高等裁判所平成8年2月28日判決では、受忍限度を超えるかどうかの判断基準を次のように述べ、悪臭等の被害の程度の他に被害回避のためにどのような方法があるかという点から特定の人だけに被害が及んでいる場合は受忍限度を超える、という基準を示しています。
東京高等裁判所平成8年2月28日判決原告が本件集積場所によって被っている悪臭、ごみの飛散、不潔な景観による不快感その他による有形、無形の被害が、受忍限度を超えるかどうかの判断にあたっては、単に被害の程度、内容のみにとどまらず、被害回避のための代替措置の有無、その難易等の観点の他、さらには関係者間の公平その他諸般の見地を総合した上でされるべきものであると解される。
第5 まとめ
近隣にごみ集積所が存在することにより、ごみの散乱などによる不快な景観やごみによる悪臭の被害が生じます。物権的妨害排除請求権に基づき、不動産の所有者の立場でも、ゴミ集積所の移動や輪番制を求めることができる場合があります。
しかし、ごみは日常生活を送るにあたって必然的に生じ、ごみの収集を地方公共団体が効率的に行うためには、ごみ集積所の設置が不可欠となります。ご質問者様のように、隣接するごみ集積所により被害を受けている場合、近隣住民の方たちや自治会との話し合いが必要となります。
悪臭のレベルや景観の状況によっては、ゴミ集積場の移動や輪番制の実施を求めることができる可能性もありますが、判例を見て分かる通り、受忍限度の範囲内かどうかはゴミ集積場の運営状況などについて詳細に検討してみないと判断がつきません。お困りの場合には、具体的な資料をお持ちの上でお近くの法律事務所にご相談されるとよいでしょう。
以上