否認事件における保釈請求
刑事|最高裁平成26年11月18日決定|最高裁平成26年11月17日決定
目次
質問:
私の息子は,第三者と共謀して詐欺行為を行ったということで,詐欺罪で起訴されました。
先日,第1回公判手続が終了したため,弁護人の先生に保釈請求をしてくれるようお願いしたのですが,息子が否認している以上,検察官申請の証拠調べが全て終了するまでは,保釈請求をしても許可されることはない,と言って取り合ってくれません。
許可されることがない,とのことですが,本当にそうなのでしょうか?
回答:
1、 保釈は,「罪証隠滅のおそれ」が高いと,請求しても許可されません(刑訴法89条4項参照)。そして,本件では,息子さんが否認しており,かつ証拠調べは全て終了していないとのことですので,「罪証隠滅のおそれ」が高いと判断される可能性があります。
しかし、「罪証隠滅のおそれ」が高いと言えるか否かは具体的に検討され、否認事件だから罪障隠滅のおそれが高いとは一概には言えません。弁護人としては否認事件であっても「罪証隠滅のおそれ」が高いとは言えない事情を裁判所に説明して保釈が認められように活動すべきです。
例えば、具体的な方法として、証拠隠滅を行わないという誓約書を弁護人、身元引受人等と連名で作成しこれを検察庁、裁判所、関係者(関係者、共犯者、被害者には事件の内容により特に違約金を付けることも考える。)に事前に提出する方法もあります。詐欺事件の関係者と今後一切接触をしないという内容を具体的に記載する必要があります。
なお近時,最高裁には「罪証隠滅のおそれ」の有無を具体的に検討する傾向が見られることが指摘されています(最高裁平成26年11月18日決定、最高裁平成26年11月17日決定等)。いずれの事件も否認事件であり被告人にとって極めて重要な判例でしょう。
2、 保釈に関する関連事例集参照。
解説:
1 保釈
(1) 意義
保釈とは,保釈保証金の納付等を条件として,被告人に対する勾留の執行を停止して,その身柄拘束を解く裁判及びその執行をいいます(刑訴法93条,同法94条)。
刑事裁判は、原則として被告人が裁判所に出頭しないと開廷することはできません(刑訴法286条)。そこで、起訴された被告人を法廷に出頭させることは裁判所の義務であり権限であるといえ、被告人の出頭を確保するもっとも有効な手段として被告人の身柄を裁判所の管理下に置く勾留が認められています(起訴前の被疑者の勾留とは異なります)。
しかし、被告人が起訴されたからとって有罪が確定しているわけではありませんから、勾留されて自由を制限されるような事態は最小限に留められなくてはなりません。また刑事裁判は、対等な立場にいる検察官と被告人が主張立証を行うことにより真実を発見するという当事者主義の訴訟構造を基本理念としていますから、一方当事者である被告人が裁判所により拘束されて自由を奪われていることは、それ自体、被告人を取り調べの対象としていることになり、避けるべきことです。
起訴の時点ですでに当該公訴事実に関する捜査、証拠収集は終了しているのですから適正、公正な裁判を侵害するような特別な事情がない限り身柄を解放する必要があります。また、裁判を行っていく上にも身柄を拘束されていたのでは十分な弁護活動ができないことになり不公平です。以上刑事訴訟法の理想から、被告人の身柄はできる限り不拘束であることが望ましいといえます。
保釈制度は,被告人の裁判への出頭を確保するための勾留がやむを得ないとしても、被告人の自由を尊重してその執行を停止し、被告人が召喚を受けても出頭しなかったり,逃亡したりした場合等には保証金を没取することとして,被告人に経済的・精神的負担を与えて被告人の出頭を確保することにより,上記2つの要請を調和させる制度となります。
勾留されている被告人又はその弁護人,法定代理人,保佐人,配偶者,直系の親族若しくは兄弟姉妹は,保釈の請求をすることができます(同法88条1項)。
(2) 種類
保釈には,権利保釈(刑訴法89条)と裁量保釈(同法90条)があります。
ア 権利保釈
(ア) 権利保釈とは,保釈の請求(刑訴法88条)があったときは,一定の例外的場合を除いては,これを許さなければならない,という保釈をいいます(同法89条)。やむを得ず勾留が認められるとしても、保釈を原則とするのが刑事訴訟法の建前です。
(イ) 例外的場合は,以下のとおりです。
① 被告人が死刑又は無期若しくは短期1年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪を犯したものであるとき。
② 被告人が前に死刑又は無期若しくは長期10年を超える懲役若しくは禁錮に当たる罪につき有罪の宣告を受けたことがあるとき。
③ 被告人が常習として長期3年以上の懲役又は禁錮に当たる罪を犯したものであるとき。
④ 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
⑤ 被告人が,被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏い怖させる行為をすると疑うに足りる相当な理由があるとき。
⑥ 被告人の氏名又は住居が分からないとき。上記①ないし③及び⑥は,該当性の判断はある程度明らかですから,実際に該当するか否かが問題となるのは上記④となります(上記⑤は,上記④の一場面といえるでしょう。)。
イ 裁量保釈
上記の権利保釈の例外事由がある場合でも,裁判所が,適当と認めるときは,職権で許すことができる保釈をいいます(刑訴法90条)。権利保釈(上記ア)における例外的場合に当たるとしても,裁判所の裁量により許可され得るということで裁量保釈と呼ばれます。
2 「罪証隠滅のおそれ」の有無の判断
(1) 問題点
実務上は「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」(以下「罪証隠滅のおそれ」といいます。)があるという理由により,保釈請求が却下されることが最も多いといえます。
そして,特に否認事件では,罪証隠滅のおそれが強いとされ,検察官請求の証拠調べが終了するまでは,保釈が認められないことが多いです。そのため,保釈を得るために否認をあきらめるという事態が生じているのですが,このような事態は真実の発見という刑事裁判の目的に反し、冤罪を生む危険性が存することはもちろん、ことの真否を問わず被告人にはいわゆる黙秘権が保障されていること(憲法38条1項,刑訴法198条2項)からすると,このような事態は深刻な問題があることは明らかといえます(いわゆる「人質司法」の問題)。
また、裁判員裁判においては裁判が開かれる前から事前の準備手続きの充実が必要とされていることから、第1回公判前から被告人の身柄を解放する必要性が指摘されています。
このような流れを受けて、近年,裁判所は「人質司法」から脱却しつつあるのではないかと思われる判例が出ており,その1つが最高裁平成26年11月18日決定となります。
(2) 最高裁平成26年11月18日決定
最高裁平成26年11月18日決定は,共謀して詐欺行為が行われたという事案で,原々審(受訴裁判所)が保釈を許可し,原審(抗告審)がその保釈を許可した原々審の決定を取り消したという状況において,以下のように述べました。
まず,「抗告審は,原決定の当否を事後的に審査するものであり,被告人を保釈するかどうかの判断が現に審理を担当している裁判所の裁量に委ねられていること(刑訴法90条)に鑑みれば,抗告審としては,受訴裁判所の判断が,委ねられた裁量の範囲を逸脱していないかどうか,すなわち,不合理でないかどうかを審査すべきであり,受訴裁判所の判断を覆す場合には,その判断が不合理であることを具体的に示す必要があるというべきである。」
として一般的な規範を示しました。
同決定は,その上で,具体的事案について,
「原決定は,これまでの公判審理の経過及び罪証隠滅のおそれの程度を勘案してなされたとみられる原々審の判断が不合理であることを具体的に示していない。本件の審理経過等に鑑みると,保証金額を300万円とし,共犯者その他の関係者との接触禁止等の条件を付した上で被告人の保釈を許可した原々審の判断が不合理であるとはいえないのであって,このように不合理とはいえない原々決定を,裁量の範囲を超えたものとして取り消し,保釈請求を却下した原決定には,刑訴法90条,426条の解釈適用を誤った違法があり,これが決定に影響を及ぼし,原決定を取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる。」
として,原決定を取り消しました。
(3) 私見
ア 上記最高裁決定は,保釈請求を却下した原決定を取り消したものであり,被告人の身柄を解放する方向での結論といえます。
イ もっとも,このことだけを捉えて,裁判所が身柄解放に積極的になったと直ちに判断することはできません。
すなわち,上記最高裁決定は,
① 「受訴裁判所の判断を覆す場合には,その判断が不合理であることを具体的に示す必要がある」との一般論を示し,これを具体的事案に当てはめたに過ぎません(受訴裁判所が勾留請求を却下した場合でも,上記最高裁決定の一般論は当てはまります)。
公判を担当している裁判所が被告人の出頭については責任があるわけですから、その裁判所が保釈を認めている以上その意見を尊重するのは当然のことで、保釈決定を取り消す判断をするには決定が不合理な理由を具体的に示す必要がある、とする判断は当然のことと言えますし、これにより公判を担当する裁判所が、検察官により抗告されるのではないかという危惧が亡くなり、保釈決定の判断をすることが多くなることは予想されます。
② 第1回公判手続後の保釈請求について判断したに過ぎない(第1回公判手続前の保釈請求については何ら判断したものではない)ため、保釈が広く認められるか否かは不明である、
ともいえるわけです。
ウ もっとも,上記最高裁決定の評価については,同決定が出る前日に,最高裁平成26年11月17日決定が出されていることを加味して考える必要があると考えます。
同決定は,被疑者の勾留請求に関し、否認事件においても、罪障隠滅の可能性について具体的な検討を要求しています。
最高裁平成26年11月17日決定
「被疑者は,前科前歴がない会社員であり,原決定によっても逃亡のおそれが否定されていることなどに照らせば,本件において勾留の必要性の判断を左右する要素は,罪証隠滅の現実的可能性の程度と考えられ,原々審が,勾留の理由があることを前提に勾留の必要性を否定したのは,この可能性が低いと判断したものと考えられる。本件事案の性質に加え,本件が京都市内の中心部を走る朝の通勤通学時間帯の地下鉄車両内で発生したもので,被疑者が被害少女に接触する可能性が高いことを示すような具体的な事情がうかがわれないことからすると,原々審の上記判断が不合理であるとはいえないところ,原決定の説示をみても,被害少女に対する現実的な働きかけの可能性もあるというのみで,その可能性の程度について原々審と異なる判断をした理由が何ら示されていない。
そうすると,勾留の必要性を否定した原々審の裁判を取り消して,勾留を認めた原決定には,刑訴法60条1項,426条の解釈適用を誤った違法があり,これが決定に影響を及ぼし,原決定を取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる。」
として,原決定を取り消しました。
同決定は,特に一般論を示しておらず(上記イ①参照),また起訴前の段階の身柄解放手続について判断を下したものです(上記イ②参照)。
同決定が「被疑者は,前科前歴がない会社員であり,原決定によっても逃亡のおそれが否定されていることなどに照らせば,本件において勾留の必要性の判断を左右する要素は,罪証隠滅の現実的可能性の程度と考えられる」とした上で,「本件が京都市内の中心部を走る朝の通勤通学時間帯の地下鉄車両内で発生したもので,被疑者が被害少女に接触する可能性が高いことを示すような具体的な事情がうかがわれない」等,当てはめについて具体的に検討している点は,注目すべきことといえるでしょう。本件が,いわゆる電車内の痴漢の事案であり,かつ,被疑者と被害少女の供述が真っ向から対立していた状況であったことに鑑みると,なおさらのことといえます。
最高裁平成26年11月18日決定は,このような最高裁平成26年11月17日決定の翌日に出されていることも併せて考えるならば,裁判所は身柄解放に積極的になりつつある(いわゆる人質司法から脱却しつつある)といえるのではないでしょうか。個別事案について,保釈の可否について現在の担当弁護士の意見に疑問がある場合は,経験のある他の弁護士にもご相談なさってみると良いでしょう。
以上