地方公務員の刑事事件に関連する懲戒処分とその軽減交渉,退職金の支給の交渉
刑事|行政処分|懲戒免職|退職金不支給|秋田地方裁判所平成26年10月31日判決
目次
質問:
私は,市役所勤務の地方公務員です。20年以上勤務しており,課長という役職に就いています。この度,スーパーで食料品を万引きしてしまったということで,警備員の方に現行犯逮捕されてしまいました。日頃の激務による精神的なストレス,うつ病を患うようになってしまったことが原因で,当日は服薬していた薬の影響もあって,あまり意識が明確でないままにバッグに惣菜品を入れてしまったのです。身柄拘束されることもなく自宅には戻れたのですが,警察から職場に連絡が行ってしまったようです。人事課の人からは,事情聴取を行いたいので,すぐに来てください,懲戒免職を含めた懲戒処分を予定しています,ということで連絡がありました。仮に懲戒免職となってしまった場合には,退職金が不支給になってしまうという話を聞いたのですが,退職後の生活設計が崩れてしまうので,そのようなことは絶対に避けたいと思っています。今後,職場からの事情聴取や懲戒処分に当たって,どのようにしたらよいでしょうか。弁護士の方に依頼すると,どのような活動をしていただけるのでしょうか。
回答:
1 現在,あなたは窃盗罪で刑事処分を受けうる地位にありますが,刑事事件を犯した場合,地方公務員としての非違行為を行ったものとして,懲戒処分の対象になり得ます。その内容は免職,停職,減給,戒告の4種類ですが,懲戒免職となった場合職を失うだけではなく,退職金も支給されないのが一般的であり,大きな経済的打撃を被ることになります。そのため,代理人弁護士を通じて,以下のように懲戒処分の軽減交渉(退職金交渉含む。)をしてもらうことが有用と思われます。
2 懲戒処分の内容をできるだけ軽くするには,まずは,刑事処分の内容をできるだけ有利なもの(可能であれば不起訴処分)にすることを目指すべきでしょう。両者は,密接に関連しているためです。また,職場からの事情聴取に当たっては,事実関係について報告する顛末書を提出することになりますが,その内容はこちらに不利にならないように,行為の原因から含めて詳細かつ誤りのない記載をしておく必要があります。顛末書に記載された事実関係を基に,懲戒処分が決定されることになりますので,慎重に作成する必要があるでしょう。
3 また,懲戒処分を決定するには,行為の原因,動機,性質,態様,結果,社会的影響など様々な事情を考慮して決定します(判例の基準)が,懲戒処分権者には広範な裁量が認められていますので,一度出てしまった処分を後の裁判などで覆すのは難しことから,実際に懲戒処分が出る前の活動が極めて重要になります。
まずは,代理人弁護士から,担当者に対して弁明(反論)の機会を付与してもらうように交渉を行います。そして,懲戒処分に関する法的な意見書を作成・提出した上で,人事担当者と面談,交渉を行い,有利な事情を懲戒処分に当たって積極的に考慮してもらうように説得することで,重い懲戒処分を回避するように交渉します。法的専門家である弁護士の同席は必要不可欠と考えられます。地方公共団体において役所のように一般的行政事務を行う地方公務員の場合、憲法上地方公共団体に自治権が尊重される関係上(憲法92条以下)懲戒処分においてもその地方自治体の独自の判断が行われ対応の仕方により大きな差が生じる可能性があります。
以上の交渉を通じて,懲戒免職を回避できた場合には,将来の得られる利益(給与)と地位,退職金を確保することが可能です。懲戒処分が実際に出るまで,時間の猶予はほとんどありません。懲戒処分に当たって,主張すべき事柄は事案によって異なりますので,刑事事件に関連して懲戒処分を受けそうな場合には,可能な限り早くお近くの法律事務所に相談されることを強くお勧めします。
4 その他、公務員の懲戒処分に関する関連事例集参照。
解説:
第1 現在置かれている法的な地位,立場
まずは,あなたが現在どのような法的立場に置かれているかという点について説明します。
1 スーパーにて惣菜品を無断で持ち去った行為は,商品の管理者である店舗側の意思に反して,その管理にしている商品の占有を奪う行為ですから,刑法上窃盗罪(刑法235条)に該当しうる犯罪行為となります。
現行犯逮捕後,警察に身柄拘束されることはなかったとのことですので,今後は,在宅事件として必要な捜査(取調べなど)を経た後,事件が検察庁に送致され,最終的な刑事処分が出されることとなります。
刑事処分の内容としては,法律上の前科になる場合として懲役刑,罰金刑のいずれかが選択されることとなります。もちろん、起訴猶予と言うことで不起訴処分となることもあります。
一般的に,このような万引き事案の場合,前科があるなどの事情がなければ,示談が成立しているなどの有利な情状が認められない限り,重くても罰金刑が選択されることが多いといえます。罰金刑が選択される場合,公開法廷における正式裁判手続で裁かれるのではなく,略式手続といって,書面のみの簡易な裁判で罰金刑及びその金額が定まることになります。裁判所が発行した略式命令書に記載された罰金を納付すれば,刑事事件としては終結することになります。
もっとも,次の懲戒処分との関係もあわせ考えると,刑事事件について何もせずにいるのは全くもって得策ではなく,不起訴処分を求めることが極めて重要です。具体的な対処については,後述します。
2 次に,人事課の方から懲戒免職を含めた懲戒処分を行う,事情聴取を行いたいという話があった,という点について説明します。
地方公務員が刑事事件に該当する行為を行った場合,地方公務員法29条1項の「二 職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合,三 全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合」に該当するものとして,当該地方公務員は懲戒処分を受ける対象になります。
懲戒処分の内容については,同29条に規定されており,重い順から,免職,停職,減給,戒告処分となっています。人事課の方が言っている「懲戒免職」とはこの免職処分のことを指します。免職は,あなたの意向に関わりなく,処分行政庁(最終的な処分は知事等が行います。)によって一方的に公務員としての職を免じられるという,懲戒処分の中でも最も不利益なものです。
そして,懲戒免職処分がなされてしまった場合,公務員の地位を失うという不利益だけではなく,本来自主退職の場合に受け取ることのできた退職金が,全額受け取れない(全額不支給)可能性が極めて高いのです。実際の運用としても,懲戒免職となった場合には,退職金はそのまま全額不支給とする処分が下されることが多いです。
なお,懲戒免職と公務員の退職金の不支給を処分後に争うことも可能ですが,この点に関する問題については,当事務所事例集1434番を参照して下さい。
3 以上より,懲戒免職処分となった場合には,職を失うことに加えて,退職金の全額不支給という重大な経済的不利益を被ることになります。そして,後述のとおり,懲戒処分の判断は,基本的に懲戒処分権者(処分行政庁)の広範な裁量に委ねられているところであり,一旦懲戒処分が出てしまった場合には,これを争う手段は,行政上の不服申立てか行政訴訟(懲戒免職処分の取消請求訴訟)を提起するしかありません。
しかしながら,広範な裁量がある以上,裁判所はその判断を尊重しますので,一般的にこれらの手続によって判断が覆る可能性は低くなっています。
したがって,懲戒処分の内容を可能な限り軽くするためには,懲戒処分が出る前にどのような活動をするかが極めて重要になりますが,懲戒処分が出るまで時間の猶予はなく,迅速な行動が重要になってくるでしょう。
そのためには,処分行政庁(実際には人事担当者)に対し,あなたにとって有利な様々な事情を主張しておく必要があります。具体的には,以下のとおり人事課担当者に詳細に経緯を説明し,資料を提出し,説得的な主張を行うことが極めて重要になるでしょう。詳細については,以下で検討していきます。
第2 懲戒処分を行う際の判断要素
1 判例上の指標
まず前提として,処分行政庁が,当該公務員が行った非違行為(本件では万引き行為)に対して懲戒処分をどのような判断を経て決定するのか,その判断の際の考慮要素,指針について検討していきます。
参考になる裁判例として,秋田地方裁判所平成26年10月31日判決を挙げます。この事案は,地方公務員が酒気帯び運転を行ったことに対して知事から懲戒免職処分を受けたことに対し,その処分が重きに失するとしてその取消しを求めた裁判です。
同判決は,地方公務員の懲戒処分の基準について,以下のとおり判示しています。
「地方公務員法は,同法29条1項所定の懲戒事由がある場合に,懲戒処分をすることができる旨規定するが,懲戒処分をすべきかどうか,また,懲戒処分をするときにいかなる処分を選択すべきかについては,公正でなければならないこと(同法27条1項),平等に取り扱われなければならないこと(同法13条)等,一般的な規定を設けるのみで具体的な基準を設けていない。」
したがって,地方公務員における懲戒処分は,法律上の規定上は明確な基準は認められないところです。各地方自治体等が一定の場合には,非違行為の類型ごとに参考となる懲戒処分の具体例(懲戒処分の指針)を規定しているところですが,これに必ずしも拘泥される必要はないといえます。もちろん,参考にすること自体は否定されるわけではありませんが,他の自治体の基準との比較は後述します。
次に,懲戒処分に際して,どのような要素,事情が考慮されるのかについては,以下のとおり判示されています。
「懲戒権者は,懲戒事由に該当すると認められる行為の原因,動機,性質,態様,結果,影響等のほか,当該公務員の当該行為の前後における態度,懲戒処分等の処分歴,選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等,諸般の事情を考慮して,懲戒処分をすべきかどうか,また,懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定することができ,その判断は,上記のような広範な事情を総合的に考慮してされるものである以上,平素から庁内の事情に通暁し,部下職員の指揮監督の衝に当たる懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきである。」
上記のとおり,懲戒処分に際しては,非違行為の内容,結果にとどまらず,行為の原因や動機などの背景事情や公務員の態度,社会に与える影響などの様々な事情を考慮するものとされています。そしてこれらの様々な要素を考慮に入れつつ,基本的に懲戒処分を選択するのは当該懲戒権者(処分行政庁)の広範な裁量に委ねられているのです。
2 懲戒処分と刑事事件の関係
次に,行政が行う懲戒処分と刑事処分の関係について検討していきます。結論から述べると,刑事処分の内容の軽重と懲戒処分の内容は,大きく関連することになります。具体的には,当該刑事処分が不起訴処分であったのか,罰金刑であったのか,懲役刑であったのか,刑が科されたとすれば罰金の金額,懲役刑の期間がどれくらいであったのか,といった点が懲戒処分選択の際に考慮され,もちろん,最も望ましいのは刑事処分が不起訴処分であることです。
(1)上に述べたように,行政の懲戒処分の判断においては,懲戒事由に該当すると認められる行為の態様,結果,影響といった点が考慮対象になります。刑事処分が処罰の対象になるか判断する際の行為も,基本的には懲戒処分の判断対象行為と同一のものになります。すなわち,両者の判断対象となる事実はほぼ同一です。
また,検察庁(担当検察官)は,最終的な刑事処分の内容を決めるに当たって,犯罪の内容,結果,行為の原因,事後的な情状(示談)などの様々な事情を,総合的に考慮して決定します。検察庁も懲戒処分と同様な事情を総合的に考慮するという判断過程を経た上で,最終的な刑事処分として不起訴処分,罰金刑(及びその金額)を決めることになるのですから,懲戒処分における判断過程と極めて類似したものとなります。
仮に刑事処分の内容が不起訴処分など軽微なものであれば,検察庁としてはその行為の悪質性が高くないことを判断したことになります。懲戒処分も同様の判断過程を経るわけですから,刑事処分の結果が軽微であったことは,懲戒処分の対象となる事実の内容,結果の悪質性が低いことを強く推認・推測させる事情となります。
以上より,犯罪行為を理由として懲戒処分を行う場合,その内容は,刑事事件の処分内容を十分に考慮されたものでなくてはならないでしょう。事後的な情状を含め,総合的に事情を判断して検察庁が不起訴処分と判断したのであれば,当該行政庁(懲戒権者)もその判断過程を尊重し,重い懲戒処分はなすべきではない,という主張をすることができます。
(2)また,懲戒処分の選択において,当該非違行為の社会的影響の大きさが考慮されることは上記判例の述べているとおりです。例えば,刑事処分の内容が不起訴処分であれば,法律上の前科には該当しない軽微な事実なのですから,その分社会的な影響も少ないということを推測させることになります。
(3)以上より,行政庁の行う懲戒処分の内容は,刑事事件の処分内容を十分に考慮したものである必要があります。
第3 懲戒処分を受けそうな場合の具体的な活動について
1 刑事処分についての対策
上述のとおり,懲戒処分の内容は刑事処分と密接に関連しているのですから,懲戒処分に先だって、または、並行して刑事処分の内容を可能な限り軽くするように活動をすることが必要です。この点については,適切な弁護人を選任して,被害店舗との示談交渉,検察庁との処分に関する交渉を行っていく必要があるでしょう。窃盗罪における起訴前弁護については,主に以下の活動を行っていく必要があります。
(1)被害店舗との示談交渉
窃盗(万引き)のような被害者のいる犯罪においては,被害者に対して金銭の賠償を行ったか,被害者が謝罪を受け入れ刑事処罰を求めない旨の意思を示しているか,といった点が,最終的な刑事処分の選択において極めて重要な意味を持ちます。
したがって,まずは,被害店舗との示談交渉を速やかに行い,示談の成立を目指すことが必要でしょう。このような示談交渉に際しては,真摯な謝罪の意思を示すため,被害店舗に対する謝罪の意思を記載した謝罪文や,被害店舗を二度と利用しないことを誓約した文書の交付をし,被害弁償金を受け取っていただく必要があります。可能であれば,示談金の授受に際して,一切の刑事処罰を求めない旨の意思表示をいただければ,極めて有効となります。被害弁償金を受け取っていただけないような場合には,被害弁償に準じた供託という手続を行うことも可能です。さらに行政処分を一切求めないという上申書を被害者に書いていただければさらに有効でしょう。地方自治体は一般的に行政権行使を迅速、合理的に行うため一体として行動していますので連帯意識が強く互いに助け合う要素がありますので、処分担当者も正当な理由があれば耳を傾ける傾向があるようです。従って、不起訴処分の前提となる示談書の文言、被害者の上申書は有効です。
(2)検察庁との処分に関する交渉
上記の被害店舗との示談交渉に並行して,検察庁との交渉も必要です。上記のとおり,検察庁は様々な事情を考慮して最終的な刑事処分を下すのですから,犯行に至った原因などに酌むべき点があること,被害者との間で示談が成立していること,犯行に対する反省状況など,といった有利な事情を弁護人を通じて主張し,検察官に対して可能な限り軽い刑事処分を行うように,交渉していく必要があります。万が一示談成立にもかかわらず罰金を選択するようであれば担当の検察官、上席検察官と直接、順番に起訴便宜主義(刑訴248条)の観点から正当な理由開示を求め説得を繰り返す必要があります。この点については,起訴前弁護について専門的な知見,経験を有する弁護人への依頼を強くお勧めします。
2 懲戒処分の前提となる事情聴取への対策(顛末書の作成)
次に,懲戒処分にあたって職場からの事情聴取がなされる予定とのことですので,その点についての対策も必要になります。
(1)処分行政庁は,懲戒処分の前提となる事実関係(処分対象事実といいます。)を確定する必要がありますが,その前提となる情報は,懲戒処分を受ける者が提出する顛末書(報告書)が基本となります。顛末書の記載を基に,事情聴取の場が設けられ,記載事項についての質疑応答が行われ,最終的な処分対象事実が確定することになるのです。
したがって,事実関係について報告する顛末書の作成が極めて重要になります。この事実関係については,自分の経験した事実を元に嘘偽りなく記憶のとおりに記載する必要があります。仮に第三者から不利になる記載を求められ,真実とは異なる事実関係を記載してしまったとしても,その事実関係を元に事実認定されてしまい不利になる可能性もありますので,細心の注意を払いながら作成する必要があります。
懲戒処分の選択には,行為の原因,動機も重要な考慮要素になることは既に述べたとおりですが,顛末書にも,なぜこのようなことをしてしまったのか,原因に酌むべき事情,やむにやまれぬ事情があるのであれば,十分な記載を行う必要があります。例えば,本件では過重な労働が原因となっていたこと,服薬量が多く無意識に犯行を行ってしまったなどの酌むべき事情があることなどの,有利な事情を主張する必要があります。
(2)また,刑事処分が既に行われてしまった場合で,その際に抜けていた事実関係,誤っている事実関係があれば,このときに訂正しておく必要があります。不利益な事実が認定されてしまうと,これを争うのは非常に難しくなります。
公務員の非違行為は報道機関による報道がなされていることもあり,処分側はこの情報をベースに事実認定を行おうとすることもあります。報道に関する情報が事実と異なるというのであれば,ここで明確に否定しておく必要があるでしょう。
(3)事情聴取については,上記のとおり詳細な顛末書を作成し,誤りがある点については是正し,かつ,原因に酌むべき事情があるなど有利な事実関係についても記載して提出する必要があります。また,実際の事情聴取においても,不利益な事実関係を認定されないように対策しておく必要があります。場合によっては,行政処分について経験を有する弁護士に同席を求め,事実関係に関する陳述を行ってもらうことも必要・有効でしょう。同席を認めるかどうかは代理人弁護士との協議によって変わる可能性を常に有しています。この点明確な規定がないので処分者が側の裁量によります。
3 懲戒処分の選択に関する意見の主張(法的な意見書の提出,交渉)
(1)弁明の機会付与
事実関係について,上記のように適切かつ真実に沿って主張することが必要です。さらに,懲戒処分の選択は法律的な判断事項ですから,事実関係について法的評価を加えた意見を適切に主張していく必要があります。既に述べたとおり,懲戒処分において一度事実認定・最終的な判断が出てしまうと,その内容は処分行政庁の広範な裁量権が認められることになってしまうので,後々裁判等により処分の違法性を争うことは一般的には難しいでしょう。したがって,懲戒処分が出る前の段階において,処分行政庁に有利な事情を積極的に提出し,法律的な意見についても述べておくことが極めて重要になります。
そして,懲戒処分はいうまでもなく対象者にとって不利益な処分ですから,適正な手続に則って懲戒処分がなされる必要があります(憲法31条,行政手続法参照)。適正な手続に則って懲戒処分手続がなされたかどうかについて最も重要なことは,処分対象者及びその代理人弁護士に対して適正な反論,弁明の機会が与えられているかどうかという点です。適正な弁明の機会が与えられていないで行われた懲戒処分は,手続的公正を欠き,違法性を帯びる処分になる可能性があります。
したがって,まず,処分行政庁に対しては,自己に有利な事情を提出し,また,代理人弁護士から法的な見解について主張する機会を設けていただくよう,交渉していく必要があります。
(2)意見書の作成,処分行政庁との交渉
次に,弁明の機会が与えられたとして,何を主張するかが極めて重要な問題となります。上記の懲戒処分における判例上の判断基準に則り,適切な主張を行っていく必要があるでしょう。意見の際のポイントとなる事項は,以下のとおりです。もちろん,具体的な事案によって主張すべき事柄は異なりますので,実際には,専門的経験を有する弁護士への相談をお薦めします。
ア 刑事処分との比較
上で述べたとおり,仮に刑事処分が不起訴処分など軽微なものに終わっている場合(もしくは軽微な処分が強く見込まれる場合),それと密接に関連する懲戒処分の処分対象事実の悪質性を低いことを推測させる,極めて重要な事実になります。刑事処分の経過について,検察官との交渉の経過(不起訴処分を求めた経過),最終的な処分内容の法的な意味について,処分行政庁に主張していく必要があるでしょう。
イ 有利な情状資料の提出
また,公正な弁明の機会が与えられたというためには,処分対象者に不利な事実だけではなく,当然,有利な事実についても主張の機会が当たられる必要があり,有利な事実を根拠づける証拠資料については提出の機会が与えられてしかるべきです。
したがって,こちらに有利な情状資料,証拠がある場合には可能な限り多数提出し,処分行政庁を説得する必要があるでしょう。ここにいう有利な事情とは,上記判例の基準における「諸般の事情」を指します。
したがって,行為の原因,動機に関する事情,例えば,今回の犯行が心理的な要因(うつ病)にあるのであれば,その点に関する心療内科の診断書,通院経過を示す資料を提出すべきです。
また,行為の態様,結果について最も重要となるのは被害結果に対する弁償が適切になされていることを示す資料(示談の経過を示す資料)が極めて重要になります。具体的には,被害店舗との示談合意書,被害者に宛てた謝罪文,店舗への不接近の誓約書,供託書などの資料です。
事後的にですが被害結果が回復されたことを示す資料として,行為及び結果の悪質性を軽減する事情,本人の反省状況が示されることになります。
これらの有利な情状資料は積極的に提出しておくべきですし,仮に資料の提出がなされて有利な事情を主張したのにもかかわらず,処分行政庁が殊更これを無視して重い懲戒処分を下した場合には,懲戒処分の判断選択において考慮すべき事情を考慮しなかったものとして,裁量権の逸脱・濫用となり,違法な処分となる可能性もあります。
ウ 他の処分基準,処分事例との比較
参考判例が述べるように,地方公務員法上,地方公務員の具体的な懲戒処分基準を設けているわけではありませんが,地方公務員法27条1項や憲法14条1項に定められているとおり,懲戒処分の選択においても平等的な取扱いが要求されますので,他の自治体の処分基準や実際の処分事例との比較も有用と思われます。
他の自治体で,本件のような万引き行為が停職以下の処分しか定めていないのであれば,よほどの悪質性を持った非違行為でなければ,懲戒免職処分を選択することは平等的な取扱いとは評価できないでしょう。したがって,他の自治体の処分基準を示しておく必要があります。
また,同種の懲戒処分事案との比較も,平等的取扱いという見地から比較検討が有用です。他の事案で,停職以下の処分がなされているのであれば,平等的取扱いの見地からは,懲戒免職処分を選択することには謙抑的であるべき,という主張はあり得るところです。
エ 動機,原因などにやむをえない事情があったこと(有利な考慮要素の主張)
事実関係については顛末書を作成する必要がありますが,行為の原因,動機についてやむを得ない事情(心理的な要因が影響しているのであれば,その旨の診断書など)があれば,有利な情状資料提出と共に,意見書の中でも主張しておくことが有効です。
行為の原因,動機についても懲戒処分選択の際の考慮要素となり得るからです。事情聴取の際に主張できなかった事実関係についても,弁明の機会が与えられた際に,本人若しくは代理人弁護士を通じて主張しておくべきでしょう。
(3)意見書の提出,面談による懲戒処分の交渉
上記の点については,詳細な意見書を準備し,処分行政庁に提出,主張しておくことが必要です。場合によっては,弁明の機会の付与の観点から,代理人弁護士を通じて処分行政庁に赴き,面談の機会も受けてもらい,意見書を補充して口頭の主張を行うことも必要でしょう。
弁明の機会の付与の際に,実際の懲戒処分の内容,見込みについても協議しておく必要もあります。懲戒免職を回避できることが最も望ましいですが,仮に有利な事情を如何に提出・主張しても懲戒免職を回避できそうにない場合、そのまま処分を待っていることは避けるべきです。担当者との協議の内容からして懲戒免職を避けられないと判断した場合は,非違行為の責任を取り自主的な退職をすることを条件に懲戒免職を回避すること(諭旨免職)も場合によっては可能であり,このような場合,退職金の全額不支給を避けることができる場合があります。
4 終わりに
以上のとおり,懲戒処分がなされそうな場合にも,代理人弁護士を通じて有利な情状資料を積極的に提出し,また,判例及び他の自治体の基準等に照らして懲戒処分としては軽減ないし回避できるように処分行政庁と交渉することは十分に可能です。また,並行して刑事処分についても,可能な限り軽い処分にするように活動を行っていく必要があるでしょう。代理人弁護士の活動によって,実際の懲戒処分の内容も変わってくるところですので,刑事事件に関連して懲戒処分を受けそうな場合,弁護士に一度相談されることを強くお勧めします。
以上