新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1584、2015/03/03 16:06 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

【刑事 被疑者、被告人の勤務先から検察官に対し刑事処分の問い合わせがあった場合、検察官は回答することができるか 最高裁判所昭和53年5月31日判決 最高裁平成6年2月8日判決】

略式命令について勤務先からの問い合わせについて

質問:
通勤電車の中の痴漢行為で検挙されて略式命令の罰金刑を受けました。逮捕されましたが、すぐに罪を認めたので3日目に釈放され職場復帰しました。被害者に被害弁償金として慰謝料の支払いを提案しましたが、それは拒否されてしまいました。その後、職場で私が痴漢行為を働いたらしいという噂が流れ、人事部から問い合わせを受けています。私は、交通違反と同じ軽微な罰金刑なので、これを職場に明かしたくありません。担当だった検事(検察官事務取扱検察事務官)に問い合わせをしたところ、「職場からの問い合わせがあった場合は、真正な問い合わせであれば回答する」と言われてしまいました。このような検事の対応は仕方ないことなのでしょうか。

回答:
1、 刑事事件終結後の前科に関する情報は、法令でも判例でも、厳重に取り扱うべきことが定められています。職場からの問い合わせについては、公務員を除き、担当検察官事務取扱検察事務官(起訴状には検察官副検事と記載されますが、検察事務官が附則36条で検察官、すなわち副検事の起訴権限を例外的に与えられた検察事務官でその地位は事務官であり本来の副検事ではありません。例えば、司法試験に合格した副検事とは異なる。検察官事務取扱検察事務官、検取事務官ともいう。)が回答するということは違法な取扱いになります。
2、 なお、罰金刑を受けてしまった場合に、職場との関係で、懲戒処分を受けるかどうか、職場に対する説明と交渉を、弁護士に依頼することができます。同時に、「職場に対して略式命令について回答する」と主張している検事に対しても、法令に従った運用を行うよう、弁護士による働きかけが必要でしょう。
3、 又、公共性の強い公務員とみなされる特定独立行政法人の職員の場合(例えば造幣局)は、刑事処分の問い合わせに回答されると思います。勿論単なる独立行政法人の職員は入りません。例えば国立大学等です。
4、 関連事例集1563番1031番参照。

解説:

1、 刑事事件終結後の前科に関する情報は、法令でも判例でも、厳重に取り扱うべきことが定められています。公務員を除き、職場からの問い合わせに、担当検事(検取官)が回答するということは違法な取扱いになります。

2、法律による行政の原理

(1)検察庁も行政官庁のひとつですから、「法律による行政の原理」が適用されますので、検察庁の職務遂行にあたって、常に法律の根拠に基づいて職務運用していく認識が必要です。

法律による行政の原理は、日本国憲法に定められた、法治主義、法の支配に基づく基本的な考え方です。憲法73条1号で内閣の職務として「内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。一号 法律を誠実に執行し、国務を総理すること。」と規定され、また、31条で「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定されているのが憲法上の根拠になります。

ご相談の件の様に、略式命令を受けて、これが確定しているような場合には、原則として、検察庁は、これを第三者に開示することは認められません。

(2)前科についての職場からの問い合わせに関係して、直接定めた規定はありませんませんので関連する法令を検討する必要があります。関連する法令は、国家公務員法100条、行政機関の保有する個人情報に関する法律8条、刑事確定訴訟記録法4条です。

(3)具体的な法令の根拠、国家公務員法

国家公務員法第100条(秘密を守る義務)
第1項 職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする。
第2項 法令による証人、鑑定人等となり、職務上の秘密に属する事項を発表するには、所轄庁の長(退職者については、その退職した官職又はこれに相当する官職の所轄庁の長)の許可を要する。
第3項 前項の許可は、法律又は政令の定める条件及び手続に係る場合を除いては、これを拒むことができない。
第4項 前三項の規定は、人事院で扱われる調査又は審理の際人事院から求められる情報に関しては、これを適用しない。何人も、人事院の権限によつて行われる調査又は審理に際して、秘密の又は公表を制限された情報を陳述し又は証言することを人事院から求められた場合には、何人からも許可を受ける必要がない。人事院が正式に要求した情報について、人事院に対して、陳述及び証言を行わなかつた者は、この法律の罰則の適用を受けなければならない。
第5項 前項の規定は、第十八条の四の規定により権限の委任を受けた再就職等監視委員会が行う調査について準用する。この場合において、同項中「人事院」とあるのは「再就職等監視委員会」と、「調査又は審理」とあるのは「調査」と読み替えるものとする。

ここで、「秘密」とは、「非公知の事実であつて、実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるもの」を意味します。職務上の機密事項だけでなく、個人情報であっても、非公知の前科などは、この秘密に含まれるものと解釈することができます。判例を引用します。

最高裁判所昭和53年5月31日判決(外務省秘密漏洩事件判決)「国家公務員法一〇九条一二号、一〇〇条一項にいう秘密とは、非公知の事実であつて、実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるものをいい(最高裁昭和四八年(あ)第二七一六号同五二年一二月一九日第二小法廷決定)、その判定は司法判断に服するものである。」

(4)行政機関が保有する個人情報の保護に関する法律

第2条第2項 この法律において「個人情報」とは、生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)をいう。

第8条(利用及び提供の制限)
第1項 行政機関の長は、法令に基づく場合を除き、利用目的以外の目的のために保有個人情報を自ら利用し、又は提供してはならない。
第2項 前項の規定にかかわらず、行政機関の長は、次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、利用目的以外の目的のために保有個人情報を自ら利用し、又は提供することができる。ただし、保有個人情報を利用目的以外の目的のために自ら利用し、又は提供することによって、本人又は第三者の権利利益を不当に侵害するおそれがあると認められるときは、この限りでない。
一号 本人の同意があるとき、又は本人に提供するとき。
二号 行政機関が法令の定める所掌事務の遂行に必要な限度で保有個人情報を内部で利用する場合であって、当該保有個人情報を利用することについて相当な理由のあるとき。
三号 他の行政機関、独立行政法人等、地方公共団体又は地方独立行政法人に保有個人情報を提供する場合において、保有個人情報の提供を受ける者が、法令の定める事務又は業務の遂行に必要な限度で提供に係る個人情報を利用し、かつ、当該個人情報を利用することについて相当な理由のあるとき。
四号 前三号に掲げる場合のほか、専ら統計の作成又は学術研究の目的のために保有個人情報を提供するとき、本人以外の者に提供することが明らかに本人の利益になるとき、その他保有個人情報を提供することについて特別の理由のあるとき。
第3項 前項の規定は、保有個人情報の利用又は提供を制限する他の法令の規定の適用を妨げるものではない。
第4項 行政機関の長は、個人の権利利益を保護するため特に必要があると認めるときは、保有個人情報の利用目的以外の目的のための行政機関の内部における利用を特定の部局又は機関に限るものとする。

この法律では、国家公務員法100条の「秘密」にはあたらない個人情報であっても、行政機関の職務遂行の利用目的以外に、当該個人情報を利用したり第三者に個人情報を提供することを原則として禁止しています。個人の前科に関わる情報について、たとえ勤務先からの正式な照会であっても回答することは許されないことになります。

(5)刑事確定訴訟記録法

刑事訴訟終了後の刑事記録の取扱いについて定めた「刑事確定訴訟記録法」では,4条と6条で,刑事事件終結後3年を経過した場合は原則として閲覧させないこと,閲覧した者は「犯人の改善及び更生を妨げ,又は関係人の名誉若しくは生活の平穏を害する行為をしてはならない」ことが規定されています。刑事記録ではなくても,人の過去の刑事事件に関する事実を知った者には,被告人の権利を保護するために,同様の注意義務が求められていると言えるでしょう。

刑事記録の閲覧については、憲法82条で保障された「裁判の公開」の原則に基づき、次の様に考えることができます。裁判の公開は、国民の権利義務を裁定する司法作用について、国民が適切に内容を知り、必要に応じて批評することにより、司法判断の公平性を担保させようとするものです。歴史的に、欠席裁判や非公開裁判で不公正な裁判が横行したことの反省に基づいて近代憲法の多くで定められている原則です。

あ)裁判の公開が必要なので刑事記録の閲覧も原則として可能

い)例外として、犯人の改善及び更生を著しく妨げることとなるおそれがある と認められるとき、関係人の名誉又は生活の平穏を著しく害することとなるおそれがあると認められるときは、保管検察官の判断により閲覧させない取扱いとする。

う)その例外として、訴訟関係人又は閲覧につき正当な理由があると認められる 者から閲覧の請求があつた場合については、この限りでない。(例えば、法律学を含む学術研究者や報道関係者などが正当な閲覧目的を示して申請した場合など。)

条文を参照します。

刑事確定訴訟記録法4条(保管記録の閲覧)
第1項 保管検察官は,請求があつたときは,保管記録(刑事訴訟法第五十三条第一項 の訴訟記録に限る。次項において同じ。)を閲覧させなければならない。ただし,同条第一項 ただし書に規定する事由がある場合は,この限りでない。
第2項 保管検察官は,保管記録が刑事訴訟法第五十三条第三項 に規定する事件のものである場合を除き,次に掲げる場合には,保管記録(第二号の場合にあつては,終局裁判の裁判書を除く。)を閲覧させないものとする。ただし,訴訟関係人又は閲覧につき正当な理由があると認められる者から閲覧の請求があつた場合については,この限りでない。
一号 保管記録が弁論の公開を禁止した事件のものであるとき。
二号 保管記録に係る被告事件が終結した後三年を経過したとき。
三号 保管記録を閲覧させることが公の秩序又は善良の風俗を害することとなるおそれがあると認められるとき。
四号 保管記録を閲覧させることが犯人の改善及び更生を著しく妨げることとなるおそれがあると認められるとき。
五号 保管記録を閲覧させることが関係人の名誉又は生活の平穏を著しく害することとなるおそれがあると認められるとき。
六号 保管記録を閲覧させることが裁判員,補充裁判員,選任予定裁判員又は裁判員候補者の個人を特定させることとなるおそれがあると認められるとき。
第3項 第一項の規定は,刑事訴訟法第五十三条第一項 の訴訟記録以外の保管記録について,訴訟関係人又は閲覧につき正当な理由があると認められる者から閲覧の請求があつた場合に準用する。
第4項 保管検察官は,保管記録を閲覧させる場合において,その保存のため適当と認めるときは,原本の閲覧が必要である場合を除き,その謄本を閲覧させることができる。

第6条(閲覧者の義務) 保管記録又は再審保存記録を閲覧した者は,閲覧により知り得た事項をみだりに用いて,公の秩序若しくは善良の風俗を害し,犯人の改善及び更生を妨げ,又は関係人の名誉若しくは生活の平穏を害する行為をしてはならない。


(6)裁判例

また、判例も、過去の刑事事件については,最高裁昭和56年4月14日判決で「前科及び犯罪経歴は,人の名誉,信用に直接かかわる事項であり,前科等のある者もこれをみだりに公開されないという法律上の保護に値する利益を有する」と判示しており、最高裁平成6年2月8日判決(ノンフィクション「逆転」訴訟最高裁判決)では、「ある者が刑事事件につき被疑者とされ、さらには被告人として公訴を提起されて判決を受け、とりわけ有罪判決を受け、服役したという事実は、その者の名誉あるいは信用に直接関わる事項であるから、その者は、みだりに右の前科等にかかわる事実を公表されないことにつき、法的保護に値する利益を有するものというべきである。(中略)そして、その者が有罪判決を受けた後あるいは服役を終えた後においては、一市民として社会に復帰することが期待されるのであるから、その者は、前科等にかかわる事実の公表によって、新しく形成している社会生活の平穏を害されその更生を妨げられない利益を有するというべきである。」と判断しています。

(7)公務員について、まとめ

従って、真正な職場からの問い合わせであっても、略式命令確定後に検察庁がこれを正当な理由なく回答することは、該当者の法的に保護された利益を侵害することとなり、法的に許される行為ではありません。当事務所から、東京地方検察庁の企画調査課にこの点について問い合わせを行ったところ、「原則として回答しないが、正当な理由がある場合は回答する。正当な理由とは、懲戒処分が法令に規定がある場合です。例えば、国家公務員法、地方公務員法には懲戒の規定があります。」という回答を得ています。

国家公務員法第82条(懲戒の場合)
第1項 職員が、次の各号のいずれかに該当する場合においては、これに対し懲戒処分として、免職、停職、減給又は戒告の処分をすることができる。
一号 この法律若しくは国家公務員倫理法 又はこれらの法律に基づく命令(国家公務員倫理法第五条第三項 の規定に基づく訓令及び同条第四項 の規定に基づく規則を含む。)に違反した場合
二号 職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合
三号 国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合

地方公務員法第29条(懲戒)
第1項 職員が次の各号の一に該当する場合においては、これに対し懲戒処分として戒告、減給、停職又は免職の処分をすることができる。
一号 この法律若しくは第五十七条に規定する特例を定めた法律又はこれに基く条例、地方公共団体の規則若しくは地方公共団体の機関の定める規程に違反した場合
二号 職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合
三号 全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合


その他、特定独立行政法人の職員も国家公務員とみなされますので(独立行政法人通則法51条)、同じ様に職場からの照会に回答されてしまいます。単なる独立行政法人はその範囲外ですから、検察官が回答すると違法になります。

特定独立行政法人(国家公務員型といわれる独立行政法人、公共性の色彩が強いもの。通則法2条2項の定義参照。)の一覧は次の通りです。
内閣府、国立公文書館
総務省、統計センター
財務省、国立印刷局
財務省、造幣局
厚生労働省、国立病院機構
農林水産省、農林水産消費安全技術センター
経済産業省、製品評価技術基盤機構(NITE)
防衛省、駐留軍等労働者労務管理機構

従って、国家公務員、地方公務員、特定独立行政法人の職員である場合は、職場からの問い合わせに対して回答がなされてしまう可能性が高いでしょう。(勿論、上記外の単なる独立行政法人の職員はその対象になりません。非公務員型独立行政法人と言われています。)

(8)公務員以外の場合

他方、これら以外の職場からの問い合わせについては、法令に明確な根拠がないことから、そのような問い合わせに正当な理由がないと言えるでしょうか。一般企業において懲戒処分が就業規則で定まっている場合、公務員のように法令があるのと同様に考える必要があるのではないか疑問が残ります。しかし、この問題は懲戒処分により守られる私企業の利益と懲戒処分の対象となる個人の利益のどちらを尊重すべきかという問題であり、公務員のように一概には言えない問題となります。企業の業務の内容や前科となった犯罪の内容について具体的に検討し、懲戒処分の必要性を検討して初めて回答して良いのか否か結論が出る問題と言えます。検察官はこれらの点について検討して回答すべきか否かを判断する必要があります。しかし、そのような判断は具体的な事実関係を把握した上でなくては不可能であり、検察官が安易に回答することはできませんし、その判断を誤り、不当に前科について公表されないという個人の利益を侵害した場合は取り返しがつかないことになってしまいます。従って、検察官としては安易に問い合わせに回答すべきでないという結論になるはずです。


3、 罰金刑を受けてしまった場合に、職場との関係で、懲戒処分を受けるかどうか、職場に対する説明と交渉を、弁護士に依頼することができます。それぞれの勤務先の懲戒規定を検討し、懲戒免職を回避できるよう交渉する必要があります。

  同時に、「職場に対して略式命令について回答する」と主張している担当検事に対しても、法令に従った運用を行うよう、弁護士による働きかけが必要でしょう。

  なお、担当の検察官が本来検察事務官であり区検の副検事と同様の権限を有しますので副検事について説明します。刑事訴訟法では、被告人を起訴することができるのは検察官と定められています(刑訴247条)。しかし、検察官が不足していることから、検事とは任命の資格が異なる副検事をを設けています。簡単に言うと、司法試験合格者が司法修習を終えて検事に任命され検察官となるのが原則なのですが、検事志望者が少なく検察官が不足したことから、検察事務官(検察庁法27条)等を副検事に任命し、検察官として認めたのです。さらに検察庁法18条2項の副検事の他副検事ではありませんが本件の検察官事務取扱検察事務官も検察事務官でありながら副検事と同様の起訴権限を有しています(検察庁法27条、附則36条)。これを略して「検取事務官」と言います。


検取事務官制度については従来から問題点が指摘されています。

検察庁法附則
第三十三条  この法律は、日本国憲法施行の日から、これを施行する。
(昭和22年5月3日が憲法施行の日です。)
第三十六条  法務大臣は、当分の間、検察官が足りないため必要と認めるときは、区検察庁の検察事務官にその庁の検察官の事務を取り扱わせることができる。

  太平洋戦争終戦直後の昭和22年当時に検察官が不足していたことは理解できますが、一般論として「当分の間」という期間は既に過ぎ去っているものと言えます。このような規定の運用が、戦後60年以上経過した現在にまで継続しているのは、決して好ましい状態ではありません。法曹一元の原則から外れてしまうからです。

  法曹一元制とは、裁判官や検察官を任官するには、弁護士経験者の中から行うべきであるとする英米法系の考え方です。我が国でも、憲法80条で「下級裁判所の裁判官は、最高裁判所の指名した者の名簿によつて、内閣でこれを任命する。その裁判官は、任期を十年とし、再任されることができる。但し、法律の定める年齢に達した時には退官する。」と規定し、これを採用しています。実務上は、裁判官も検察官も弁護士も、同一の司法試験を受験し、司法修習所で同じ研修を受けて、その後に、それぞれの職務を行う運用がなされています。それぞれの職務に就いた後も、弁護士の任官制度や、裁判官や検察官の弁護士事務所勤務制度も試みられています。

  このような法曹一元制度の制度趣旨は、社会正義の実現、真実の探求にあります。裁判は、原告と被告が最大限の主張立証を行い、これを裁判官が裁定する仕組みですが、特に刑事裁判では、治安維持のために懲役刑や重ければ死刑まで科する重大な判断を下さなければなりませんから、事実認定や、法令解釈や、量刑選択において、真実に最も接近して決定を下す必要があります。その際、原告と被告と裁判所の3者に、知識や経験や能力の面でバランスが不足していると、どれか一方の恣意に傾いた決定が為されてしまう可能性があります。原告(検察官)も、被告(弁護士)も、裁判所(裁判官)も、それぞれが、同じ試験を受けて同じ研修を受けて職務に当たる、また、一旦職務に就いた後でも人事交流の努力をするというのは、このバランスを維持し、真実探求に最も近づくことができるようにする制度ということができます。

  従って、国民の権利義務を預かる司法作用の各場面において、法曹一元の制度趣旨は遍く実現されるべきと考えられます。この、検察官事務取扱検察事務官の制度や、簡易裁判所判事(裁判所法45条)の様な例外規定は、抑制的に運用されてしかるべきでしょう。日弁連や千葉県弁護士会などから、この制度の運用について廃止すべきという意見が提言されています。


参考pdf、日弁連の意見書
http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2013/opinion_130718_4.pdf  後記引用参照

参考pdf、千葉県弁護士会の意見書
http://www.chiba-ben.or.jp/wp-content/uploads/2012/02/18b108d7d246c9d902a453d6a94b26a3.pdf

※参照条文

独立行政法人通則法
第一章 総則
    第一節 通則
(目的等)
第一条  この法律は、独立行政法人の運営の基本その他の制度の基本となる共通の事項を定め、各独立行政法人の名称、目的、業務の範囲等に関する事項を定める法律(以下「個別法」という。)と相まって、独立行政法人制度の確立並びに独立行政法人が公共上の見地から行う事務及び事業の確実な実施を図り、もって国民生活の安定及び社会経済の健全な発展に資することを目的とする。
2  各独立行政法人の組織、運営及び管理については、個別法に定めるもののほか、この法律の定めるところによる。
(定義)
第二条  この法律において「独立行政法人」とは、国民生活及び社会経済の安定等の公共上の見地から確実に実施されることが必要な事務及び事業であって、国が自ら主体となって直接に実施する必要のないもののうち、民間の主体にゆだねた場合には必ずしも実施されないおそれがあるもの又は一の主体に独占して行わせることが必要であるものを効率的かつ効果的に行わせることを目的として、この法律及び個別法の定めるところにより設立される法人をいう。
2  この法律において「特定独立行政法人」とは、独立行政法人のうち、その業務の停滞が国民生活又は社会経済の安定に直接かつ著しい支障を及ぼすと認められるものその他当該独立行政法人の目的、業務の性質等を総合的に勘案して、その役員及び職員に国家公務員の身分を与えることが必要と認められるものとして個別法で定めるものをいう。
(業務の公共性、透明性及び自主性)
第三条  独立行政法人は、その行う事務及び事業が国民生活及び社会経済の安定等の公共上の見地から確実に実施されることが必要なものであることにかんがみ、適正かつ効率的にその業務を運営するよう努めなければならない。
2  独立行政法人は、この法律の定めるところによりその業務の内容を公表すること等を通じて、その組織及び運営の状況を国民に明らかにするよう努めなければならない。
3  この法律及び個別法の運用に当たっては、独立行政法人の業務運営における自主性は、十分配慮されなければならない。
(名称)
第四条  各独立行政法人の名称は、個別法で定める。


第51条(役員及び職員の身分)特定独立行政法人の役員及び職員は、国家公務員とする。


検察庁法

第三条  検察官は、検事総長、次長検事、検事長、検事及び副検事とする。
第十八条  二級の検察官の任命及び叙級は、左の資格の一を有する者に就いてこれを行う。
一  司法修習生の修習を終えた者
二  裁判官の職に在つた者
三  三年以上政令で定める大学において法律学の教授又は准教授の職に在つた者
○2  副検事は、前項の規定にかかわらず、次の各号のいずれかに該当する者で政令で定める審議会等(国家行政組織法 (昭和二十三年法律第百二十号)第八条 に規定する機関をいう。)の選考を経たものの中からもこれを任命することができる。
一  裁判所法 (昭和二十二年法律第五十九号)第六十六条第一項 の試験に合格した者
二  三年以上政令で定める二級官吏その他の公務員の職に在つた者
○3  三年以上副検事の職に在つて政令で定める考試を経た者は、第一項の規定にかかわらず、これを二級の検事に任命及び叙級することができる。

第二十七条  検察庁に検察事務官を置く。
○2  検察事務官は、二級又は三級とする。
○3  検察事務官は、上官の命を受けて検察庁の事務を掌り、又、検察官を補佐し、又はその指揮を受けて捜査を行う。


附則第三十六条  法務大臣は、当分の間、検察官が足りないため必要と認めるときは、区検察庁の検察事務官にその庁の検察官の事務を取り扱わせることができる。

国家行政組織法
(審議会等)
第八条  第三条の国の行政機関には、法律の定める所掌事務の範囲内で、法律又は政令の定めるところにより、重要事項に関する調査審議、不服審査その他学識経験を有する者等の合議により処理することが適当な事務をつかさどらせるための合議制の機関を置くことができる。


検察官事務取扱検察事務官制度の廃止を求める意見書
2013年(平成25年)7月18日
日本弁護士連合会
第1 意見の趣旨
検察庁法附則36条を直ちに削除し,検察官事務取扱検察事務官制度を廃止
すべきである。
第2 意見の理由
1 はじめに
長年,検察庁では,本来検察官が取り扱うべき事務の一部を,検察事務官に
取り扱わせてきた。
このことが,これまで問題視されることは少なかった。ところが,近時,千
葉県弁護士会が平成24年2月15日付け「『検察官事務取扱検察事務官』制
度の廃止を求める意見書」において,この問題を指摘した。また,同意見書で
は,検察事務官が検察官事務を取り扱う中で生じた問題事例が紹介されている。
この問題事例は,被疑者と被害者の言い分が重要部分で食い違っていたにも
かかわらず,検察官事務を取り扱った検察事務官が,被害者や目撃者から事情
聴取せず,必要な裏付け捜査も行わないまま,略式起訴に同意するよう被疑者
を説得した上で,略式起訴したという事例であった(同事例の被疑者は,その
後の正式裁判で無罪となっている。)。
さらに,平成25年4月,千葉県内で発生した自動車運転過失致傷被疑事件
の被疑者について,検察官事務を取り扱った検察事務官が略式起訴した後,正
式裁判において「過失を認定することができない」として無罪判決が言い渡さ
れるという事案が発生している。
このように制度の問題点が指摘され,問題事例の発生も報告されている現状
を踏まえ,当連合会も,前記取扱いには本質的な欠陥が存在すると考え,本意
見書を公表するに至った。
なお,副検事に本来予定されている区検察庁の検察官の職(検察庁法16条
2項)を超えて,地方検察庁の事務を取り扱わせていることの問題点(同12
条参照)については,検察事務官とは別に副検事特有の議論が必要となるため,
本意見書では取り扱わない。

2 検察官の職責とその重要性
検察官は,刑事について公訴を行い,裁判所に法の正当な適用を請求し,か
つ,裁判の執行を監督し,また,裁判所の権限に属するその他の事項について
も職務上必要と認めるときは,裁判所に通知を求め,又は意見を述べ,公益の
代表者として他の法令がその権限に属させた事務を行う(検察庁法4条)。そ
して,検察官の任命資格は,司法修習生の修習を終えた者,裁判官の職にあっ
た者,三年以上政令で定める大学において法律学の教授又は准教授の職に在っ
た者等に限定されるなど,高い水準におかれている(検察庁法18条,同19
条)。
元来,検察官はいかなる犯罪についても捜査を行うことができ(検察庁法6
条),司法警察職員に対する指示権・指揮権を有する(刑事訴訟法193条)
など,捜査全般を掌握する立場にある。また,検察官には原則として公訴権が
独占的に付与され(刑事訴訟法247条),さらに公訴を提起した場合にはこ
れを維持する役割を担うなど,その職務内容は重要である。不適切な取調べ,
不適切な勾留請求は直ちに被疑者の人権を侵害することとなり,不適切な不起
訴処分・略式命令・公判請求は適正な刑事司法の実現を阻害する。
このような検察官の職務内容の重要さに鑑みれば,適正な刑事裁判を実現し,
国民の基本的人権を擁護する上で,検察官の任命資格を高い水準に置くことは,
必要不可欠である(広島高裁昭和47年5月29日判決同旨)。
3 検察庁法附則36条の趣旨
前記のように,検察官の職責は極めて重要である。ところが,現実には,本
来検察官が取り扱うべき事務の一部を,検察事務官に取り扱わせている(この
事務を取り扱う検察事務官を,以下「検取事務官」という。)。
検取事務官制度の法文上の根拠は,検察庁法附則36条にある。同条は,「法
務大臣は,当分の間,検察官が足りないため必要と認めるときは,区検察庁の
検察事務官にその庁の検察官の事務を取り扱わせることができる。」と規定す
る。
検取事務官制度は,検察庁法が施行された昭和22年当時,検察官の人員が
不足していたことから,検察官事務のうち比較的軽微なものについて,例外的
かつ暫定的に検察事務官に取り扱わせることを許容したものである。
検取事務官制度が例外的かつ暫定的制度であり,いずれ廃止することが予定
されていたことは,立法者によっても明らかにされている。すなわち,同条は
検察庁法の本則ではなく附則に位置づけられているが,これは検取事務官制度
がいずれ廃止されることが予定されていたからにほかならない。また,法文上,
「当分の間,検察官が足りないため必要と認めるとき」との留保が付されてい
ることも,同制度が例外的かつ暫定的な措置であることを示している。
検取事務官制度が例外的かつ暫定的制度であることは,過去の判例や学説等
によっても確認されてきた。
例えば,広島高裁昭和47年5月29日判決は,「同法(検察庁法)制定当
時における国家財政及び検察事務量の累増に見合う検察官の増員,充足が困難
な実情に鑑みるときは同法が附則36条で比較的軽微な事件のみを取り扱うと
されている区検察庁に限り,暫定的に検察事務官をして検察官の事務を取り扱
わせることが出来ると定めたのは例外的措置としてけだしやむをえない」と判
示する。また,「新版検察庁法逐条解説」(伊藤栄樹著)173頁においても,
「区検察庁においても,検察官の事務は,本来の検察官が取り扱うことが原則
であり,また,望ましいことであるが,予算上の制約等から,事務量の累増に
見合う検察官の増員が困難な実情にかんがみて,比較的軽微な事件のみを取り
扱うものとされている区検察庁にかぎり,暫定的に検察事務官が検察官の事務
を取り扱うことができるものとされている」と説明されている。
このように,本来,検察官の事務は,検察官自身が取り扱うことが原則であ
る。そして,検取事務官制度は,検察庁法が施行された昭和22年当時の実情
に鑑み,例外的かつ暫定的に認められた制度であり,いずれ廃止されることが
予定されていたものである。
4 検取事務官制度の問題点
例外的かつ暫定的に認められた検取事務官制度は,本質的な欠陥を抱える制
度でもある。そして,同制度を永続させることは,被疑者・被告人の人権保障,
適正手続の実現,真実の発見という刑事訴訟法の目的を後退させるとともに,
刑事司法に対する国民の信頼を失わせることとなる。
以下,検取事務官制度の問題点を詳述する。
第一に,検取事務官に一定以上の能力が備わっていることについて,制度的
担保は一切存在しない。
先述のとおり,検察官の任命資格は高い水準に置かれており(検察庁法18
条,同19条),一定以上の能力が備わっていることが制度的に担保されてい
る。一方,検取事務官は検察事務官として採用されて事務官の業務に従事して
きたにすぎず,司法試験等によってその適性が担保された検察官ではない。検
察事務官に一定以上の能力が備わっていることについて,制度的担保はない。
さらに,検察事務官の中から検取事務官を任命する際の基準も,法律上定ま
っていない。そのため,一定以上の能力の備わった検察事務官が検取事務官に
任命されることに関しても,制度的担保は存在しない。
このように,検取事務官に一定以上の能力が備わっていることに関し,制度
的な担保は一切存在しない。
そして,この点は,検取事務官が取り扱う事件が比較的軽微な事件に限定さ
れても,正当化されない。なぜなら,たとえ軽微な事件であっても,被疑者・
被告人の人権保障や適正手続の保障は厳格に守られなければならず,また,軽
微な事件だからといって真実発見がおろそかであってはならないからである。
どれ程軽微な事件でも,被疑者・被告人にとっては重大事である。また,ど
れ程軽微な事件でも,被疑者・被告人には無罪推定原則が及ぶなど,人権保障
や適正手続保障の程度に変わりはない。それにもかかわらず,軽微な事件であ
ることを理由に,検察官事務の処理水準の低下を許容することはできない。
第二に,身分保障のない検取事務官が検察官事務を取り扱うのでは,検察官
事務の適正な遂行は制度的に担保されない。
元来検察官は独任制官庁であり,例外的場面を除いて,その意思に反してそ
の官を失い,職務を停止され,又は俸給を減額されることはないなど(検察庁
法25条),手厚い身分保障を受けている。
そして,検察官が高度の身分保障を受けていることは,検察官事務が適正に
遂行されることを制度的に担保するものである。すなわち,高度の身分保障を
受けているからこそ,不適切な干渉に屈することなく,適正に法を執行するこ
とが可能となる。その反面,検察官には強大な権限が付与され,また,高度の
職業倫理が課せられている。
一方,検取事務官にはこれらの身分保障が付与されておらず,その地位は専
ら法務大臣の指定に委ねられている。したがって,検取事務官は,ひとたび法
務大臣が「検察官事務取扱を免ずる」とその権限を発動すれば,職務遂行が許
されなくなる不安定な立場にある。これでは,検取事務官が最後まで自己の良
心に従って職務を遂行できないおそれがあり,検察官事務が適正に遂行される
ことが制度的に担保されない。
このように,検取事務官には,検察官と異なり高度の身分保障が付与されて
いない。そして,身分保障のない検取事務官の下では,検察官事務が適正に遂
行されることは,制度的に担保されなくなる。
以上のとおり,検取事務官制度は,第一に検取事務官の能力が制度的に担保
されていない点,第二に検取事務官に身分保障がない結果,検察官事務の適正
な遂行が制度的に担保されない点で,本質的な欠陥を抱えている。そして,こ
のような欠陥を抱えた制度の下では,被疑者・被告人の人権保障,適正手続の
保障に問題が生じる危険性は高まり,真実発見もおろそかとなりかねない。そ
れと同時に,検察官事務が高い水準で適正に処理されることに疑問が生じ,刑
事司法に対する国民の信頼をも失わせることとなる。
検取事務官制度は,あくまでも例外的かつ暫定的に認められた制度にすぎな
い。同制度が永続することは,被疑者・被告人の人権保障,適正手続の実現,
真実の発見という刑事訴訟法の目的を後退させることとなる。
5 検取事務官制度に関する国の姿勢
以上のとおり,検取事務官制度には本質的な欠陥が存在する。同制度は,検
察庁法が施行された昭和22年当時の実情に鑑み,例外的かつ暫定的に認めら
れた制度にすぎない。
この点,現時点で検察庁法の施行から既に65年以上が経過しており,検察
事務量の累増に対応するため,検察官の態勢を整備する時間は十分にあった。
また,この間に国家予算の規模が大幅に増大し,法曹人口も激増するなど,時
代情勢は大きく変化している。
よって,検取事務官制度を例外的かつ暫定的に許容せざるを得なかった昭和
22年当時の実情が,現時点で変わらずに存続し続けているとは考えられない。
ところが,今なお検取事務官制度は存続し,これまで制度の廃止に向けた動
きも認められない。
また,これまでの検取事務官制度の実際の運用状況も公表されていない。例
えば,いかなる基準に基づいて,検察事務官の中から検取事務官が任命されて
いるか,また,検取事務官が取り扱う検察官事務がどのように選別されている
かについて,国はこれらの点を公表していない。
これらの点を把握すべく,当連合会は,平成24年3月,法務省に対し,検
察官事務取扱の発令を受けた検察事務官の過去5年間の人数,各地方(区)検
察庁ごとの検取事務官の人数,検取事務官を選任する基準等について照会を行
った。ところが,法務省はこれらの照会事項に回答しなかった。これでは,検
取事務官の能力が一定程度以上に保たれているかなど,検取事務官制度が適切
に運用されていることを検証することはできない。
他方,法務省のホームページ(http://www.moj.go.jp/keiji1/keiji_keiji0
8.html)には,「検察官事務取扱を命ぜられた捜査官は,被疑者の取調べをし,
起訴,不起訴の処分を行います。取り扱う事件は,主に自動車運転過失致死傷
事件や道路交通法違反事件ですが,最近は,窃盗・傷害事件等の刑法犯や専門
的知識を必要とする海事関係事件等の特別法犯も数多く担当しています。」と
記されており,検取事務官制度が積極活用されている実態が公にされている。
この実態は,検取事務官制度を廃止する方向性とは完全に逆行するものである。
以上の状況から判断する限り,これまでの時代情勢の変化にもかかわらず,
国はこれまで検取事務官制度を廃止する努力を全くしておらず,今後も同制度
を廃止する予定はないものと思われる。
しかし,かかる国の姿勢は,検取事務官制度に本質的欠陥が存在し,同制度
が例外的かつ暫定的に認められたにすぎないことを無視するものである。また,
同制度の廃止を予定していた立法意図にも反するものである。
6 結論
以上のとおり,検取事務官制度には本質的な欠陥があり,同制度は例外的か
つ暫定的に認められたものにすぎない。そして,検察庁法施行から65年以上
が経過した現時点において,なお検取事務官制度を維持する必要は認められな
い。逆に,今後も検取事務官制度を存続させることは,被疑者・被告人の人権
保障,適正手続の実現,真実の発見という刑事訴訟法の目的を後退させるとと
もに,国民の刑事司法に対する信頼を失わせることとなる。
よって,検察庁法附則36条を直ちに削除し,検取事務官制度を廃止すべき
である。
なお,仮に全ての検取事務官の指定を直ちに解くことが現実的に困難だとし
ても,このことは検取事務官制度を維持する理由とはならない。この場合,例
えば,3年間の猶予期間を設け,その間段階的に指定を解き,最終的に全ての
検取事務官の指定を解くなどの方策が検討されるべきである。本質的な欠陥を
抱える検取事務官制度の廃止に向けて具体的な施策を採ることは,国家の責務
であり,この責務は直ちに果たされなければならない。


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