離婚に伴う子供の取り戻し方法と手続き
家事|別居中の母親が子どもを連れ去った事案|子の利益の判断要素|東京家裁平成8年3月28日審判他
目次
質問
私には妻と12歳の子供がおりますが、現在、妻とは別居しています。原因は妻の浮気や浪費です。この点については妻も認めており、離婚に関しては同意してもらっています。妻は一人で家を出たので、これまで両親の力を借りながら、私が子供を育ててきました。
しかし先日、妻が、私の留守中に家に来て、子供を連れ去ってしまいました。慌てて妻に連絡しましたが、妻は取り合ってくれません。私はどうすれば良いのでしょうか。
回答
1 お子さんが連れ去られてしまって現在母親のもとで生活しているということですが、その場合ご自分で子供さんを取り戻すことは認められていません。そのため、法的な手段を用いて「子の引渡し」を請求することになります。法的な手段による子の引渡しについては、大きく分けて①どのような手段を採るべきであるか(そもそも、どのような手段を採ることができるか)、②子の引渡しが認められる際に重視される要素は何か、③子の引渡しが法的に認められた後、どのような行動を採ることができるか(どのような強制執行手続きを申し立てるか)、という3点がポイントになります。
2 詳細は後述いたしますが、今回のケースでは、まずは①「子の引渡し調停(ないし審判)」及び「監護者指定の調停(ないし審判)」と「保全処分の申立て」をおこなうことが考えられるところです。調停手続によるか、審判手続によるかについては、相手方のこれまでの対応等に合わせた検討が必要です。また、②これらの請求は、「子の利益(子の福祉)」を基準にしてその当否が決められることになりますので、手続においては、「自分のところで育てたほうが、いかに子の利益に資するか」を主張する必要があります。
3 最後の③請求が認められた後の実現手段ですが、これを「執行」といいます。執行には間接強制と直接強制があり、従来は子の引渡しについて間接強制しか認められないとも考えられていましたが、現在は直接強制を認める運用がなされています。もっとも、直接強制といっても、力づくで奪うことはできないため、執行のタイミング等に注意が必要です。
4 このように、子の引渡しにおいて考慮するべき要素は多岐に渡り、また実際にお子さんが連れ去られている以上、迅速に進めていく必要があります。早い段階での弁護士へ相談し、手続を進めることをお勧めいたします。
5 本事例集論文は、家事事件手続法の施行に伴い『離婚問題に伴う子どもの取り戻し』を修正したものです。その他関連する事例集はこちらをご覧ください。
解説
第1 はじめに
離婚が成立していない段階で、あなたが直接お子さんを連れ戻すと、未成年者拐取(略取・誘拐)として、刑事処分の対象(刑法224条違反)となる可能性があります(本ホームページ事例集『離婚問題に伴う子どもの取り戻し』参照)。なお、この場合、理論的には最初に連れ去った母親(妻)にも未成年者拐取が成立するのですが、あなたが仮に告訴をしても、警察は事件として取り扱いをしないのが実務上の運用になっています。
そのため、法的な手続きに則って「子の引渡し」を求めていくことになります。
ここでは、①子の引渡しを実際に裁判所に請求する手段、②裁判所が請求を認めるかどうかを判断する際に考慮する要素、③子の引渡しが認められた場合に、どのように実現するか、に分けて説明していきます。
第2 請求手続
1 調停
(1)まず考えられる手続は、「子の引渡し調停」です。ここでいう「調停」とは、裁判所内の非公開の場所で、裁判所が用意する調停委員という公平中立な第三者の下で、話し合いによって事件を解決する手続のことを指します。
なお本件では、「子の引渡し調停」と併せて、「子の監護者の指定調停」を申立てる必要があります。これは、離婚前の夫婦は、共同で親権を有しているため(民法818条3項)、子の引渡しを認めてもらうためには、「(相手方ではなく)あなたが監護権者(子供の養育権を有する者)である」と認めてもらう必要があるためです。
(2)この調停手続は、話し合いで解決を図るというものであるため、相手方が子の引渡しに同意しない場合、あるいはそもそも話し合い自体を拒否する場合には、奏功しません。そのため、話し合いでまとまる余地がおよそない、といった場合は、調停をしても「不成立」(結論が出ない)となり時間の無駄になってしまう、ということがあります。
一方で、後述のとおり審判では、審判官(裁判官)が強制的に判断を下すので、あなたにとって不利益な判断(お子さんを取り戻せないという判断)が下されてしまう恐れがあります。
つまり、「裁判所の手続を踏み、調査官という第三者の説得があれば、話し合いに応じてくれる可能性もあるが、審判になった場合に生じる、こちらが負けるリスクは回避したい」という場合には、まずは調停、ということも考えられるところです。
(3)話し合いである調停は、結論が出るまである程度時間がかかるものですので、調停を申し立てる際は、併せて「保全処分の申立て」をおこなう必要があります。
保全処分とは、最終的な判断が出るまでの間、お子さんを仮に確保する(取り戻しておく)という手続です。この「保全処分」については、後述します。
2 審判
(1)上記のとおり審判は、双方当事者の主張を踏まえて、裁判官の判断が下される点で調停と異なります。すなわち、仮に相手が話し合いに応じなくとも、裁判官が夫婦のいずれが子供を監護するべきか(監護権者になるか)、が判断されることになります(「不成立」がない)。
本件の場合は、調停の場合と同様「子の引き渡しを求める審判」と「子の監護者を定める審判」を併せて提起することになります。緊急を要する本件のような場合には、併せて「保全処分」を申し立てるべきであることも、上記のとおりです。
なお、上記調停と審判の関係ですが、法律上その先後は定められていません(審判については家事事件手続法257条のような規定がないため)。そのため、本件のような場合は、調停と審判のいずれを先に提起しても構いません。いきなり審判を申し立てた場合、職権で調停に付されることもあります(家事事件手続法274条1項)が、本件のようなケースで、ある程度の緊急性が求められる場合には、調停に付される可能性は高くありません。
また、上記調停が不成立に終わった場合には、そのまま審判に移行することになります(家事事件手続法272条4項)。
(2)本件のように、お子さんが連れ去られてから間もない状況で、一刻も早い取戻しが必要だ(かつ話し合いで解決する見込みはない)、というような場合は、審判手続をまず考えるべきところです。「負けてしまう」リスクについては、後述の判断要素から算出していくことになります。
3 保全処分
(1)ここで、「保全処分」について説明していきます。この「保全処分」は、「審判前の保全処分」ともいわれており、家事事件手続法105条1項、同157条に規定があります。
上記調停や審判の効力が生じる前に、子供に危険が生じたり、あなたの手に届かないところに子供が連れて行かれたりした場合、子の引き渡しが認められても、その権利の行使は困難ですから、何の意味もありません。そのような事態を避ける為に、「仮の処分」としてとりあえず子供の引き渡し等の処分を求める手続になります。
なお、確かに以前の家事審判法の下では、審判が継続していないと申立てができなかったのですが、現在の家事事件手続法の下では、調停申立て時点から保全処分の申立てが認められるようになりました(家事事件手続法157条1項)。「審判前」という表現は分かりづらいのですが、この表現は調停時点での申立てでも、あくまで審判を本案とすることによるものです。
(2)この「保全処分」が認められるためには、①本案が認容される一定程度の蓋然性(確からしさ)と、②保全の必要性が必要です。
まず、①本案が認容される一定程度の蓋然性とは、審判で請求が認められるある程度の蓋然性、すなわち申立人が子の監護者として適格であると審判で認められる可能性が一定程度あること、を意味します。これは、「保全処分」が、審判等で正式に判断される前の暫定的な処分であるにもかかわらず、強制力をもって認められることの帰結です。
②保全の必要性については、家事事件手続法157条1項によれば「強制執行を保全し、又は子その他の利害関係人の急迫の危険を防止するため必要があるとき」と定められています。この点について、裁判例は、「子の福祉が害されているため、早急にその状態を解消する必要があるときや、本案の審判を待っていては、仮に本案で子の引渡しを命じる審判がされてもその目的を達することができないような場合がこれに当たり、具体的には、子に対する虐待、放任等が現になされている場合、子が相手方の監護が原因で発達遅滞や情緒不安を起こしている場合な」(東京高裁決定平成15年1月20日家裁月報55巻6号122頁)と判示しています。
「保全処分」が認められるためには、上記の要件を充足するような事情を疎明(家事事件手続法109条1項)する必要があります。
(3)上記のとおり、「保全処分」が認められるハードルは低くありません。もっとも、強引な連れ去り等があって間もないような場合で、連れ去り先で十分な監護環境が整っていないような事情があれば、十分に認められる可能性はありますので、検討が必要です。
4 人身保護請求
(1)人身保護請求は、上記の調停、審判と少し異なる特殊な手続です。人身保護請求は、不当な人身の拘束からの解放を目的とする請求です(本件のような子の引き渡しのケースでは、連れ去った妻が「拘束者」、子が「被拘束者」となり、あなたが拘束者の拘束を解くよう求める「請求者」となります)。
子の人身保護請求は、調停、審判に比しても極短期間に結果が出ますし、拘束者に対して勾引・勾留(強制的に拘束者の身柄を確保する)ができ(人身保護法18条)、守らない場合には刑事罰も定められています(人身保護法26条)。
(2)以上の特徴から、人身保護請求が極めて強い強制力をもっている手段であることが分かります。
もっとも、本件のようなケースでいきなり人身保護請求を用いることは困難です。人身保護請求が認められる要件として、被拘束者とされる者が、「法律上正当な手続によらないで、身体の自由を拘束されている者」(人身保護法2条1項)である必要があります。すなわち、本件のように共同親権者(監護権者)である夫婦間の子の奪い合いの場面においては、連れ去った側も「監護者」である以上、その監護は「法律上正当な手続」による拘束と判断されてしまう可能性が高いのです。
また、強い効力を有する人身保護請求は他の手段によって解決できない事態に用いることが求められます(補充性の原則、人身保護規則4条但書)。そのため、調停や審判手続(及び保全処分)によって解決可能である場合には、人身保護請求が認められることはありません。
(3)そのため、人身保護請求は最後の手段、例えば、審判及び保全処分によって、あなたの監護権が認められたにも関わらず、相手がそれに応じず、また子の引き渡しの執行ができないような状況に子を置いているような状況(例えば、子をどこかへ連れて行ってしまう等)に用いることになります。
もちろん、連れ去り後の監護の状況等に鑑みて、いきなり人身保護請求を提起するべきケースもあるため、事案に応じた検討が必要です。
なお、人身保護請求は特段の事情がない限り弁護士を代理人としなければならない点にも注意が必要です(人身保護法3条)。
5 小括
以上のとおり、本件のような連れ去りの場合、まずは、①「子の監護者指定の審判」、②「子の引き渡しを求める審判」、③「審判前の保全処分」の申立てを基本として、各事情によってその請求方法を柔軟に検討するべきです。
第3 子の利益の判断要素
1 基本的な原則
(1)続いて、上記各請求の適否を裁判所が判断する際の判断要素(判断基準)について説明していきます。基本的には、審判における裁判官、強制的な決定権限はないものの、調停の際の調停委員も以下の判断要素にしたがって手続を進めていくことになります。
まず、本件のような子の引渡しや監護者指定に際しては、「子の利益」(子の福祉ともいいます。)が根本的な判断要素になることを理解する必要があります(民法766条2項、同法819条6項参照)。
例えば、離婚の適否や、離婚に伴う慰謝料請求を判断する際には、本件のような「夫婦どちらか一方の不貞」はもちろん重要な要素になりますが、子の引渡しや監護者指定においては、それ自体が重要な要素になるわけではありません。子の利益に直接影響しないからです。つまり、本件において「相手方である妻は不貞をおこなった」という主張だけでは必ずしも十分ではない、ということになります。
仮に妻の不貞を有利な事情として主張するのであれば、不貞の事実が子の生育環境に影響を及ぼしている旨、具体的には不貞相手の子に対する暴力の事実や、不貞のため家を良く空け、子とのコミュニケーションが不足している事実等を挙げていく必要があります。
(2)夫婦のいずれの下で監護することが「子の利益」に資するか、を判断する上で、従来から重要だと考えられている原則を5つ挙げて説明していきます。なお、「原則」の数は諸説あるのですが、以下は代表的なものとなります。
ア 継続性の原則
その時点で子を監護している親元で生活が安定しているのであれば、その安定を尊重し、継続させるべき、というのが継続性の原則です。
だからこそ、本件のように連れ去りがあったケースでは、手段を早く講じる必要があるのです。時間をかけすぎてしまうと、連れ去った親元での生活が「安定」してしまい、継続性の原則の適用を許してしまう可能性があるからです。
もっとも、この継続性の原則は、近年その適用範囲を制限するべき、という判断傾向に変わってきているところです。この点については、後述します。
イ 子の意思の尊重の原則
家庭裁判所は、審判に際して、子の意思を把握するように努め、審判をするにあたって子の年齢及び発達の程度に応じて、その意思を考慮しなければならないことになっていること(家事事件手続法65条)からも明らかなとおり、監護権者を決定するにあたって、子の意思は重視されます。
もっとも、子の意見のまま審判がなされるわけではありません。特に年齢が低い場合等、現在同居している親の意向が色濃く反映されること等により、子の発言が本当に子の「真意」であるか疑わしいケースも多く、発達状況や年齢に応じて柔軟に斟酌されています。
ウ フレンドリー・ペアレント・ルール
これは、「面会交流(子と別居している親と子を定期的に会わせること)に協力的な親の方がより監護者として望ましい」という考え方です。
この考え方は、暴力等の例外はあるものの、基本的に夫婦が離婚した後も、別居している親と子は定期的に会うことが子の利益に資すると考えられていることの帰結です。
エ 兄弟姉妹不分離の原則
両親の別離だけでも苦痛を受ける子にとって、兄弟(姉妹)との別離を伴う場合、二重の苦痛を受けることになってしまいます。また、兄弟(姉妹)と共に生活して得られる体験はまさに「子の利益」に資するものです。
そのため、兄弟(姉妹)は同じ親元で生活させることを基本とするべき、という考え方があります。
オ 母性優先の原則
従来、特に乳幼児期においては、子の成熟・成長にとって母親の存在が不可欠であるとされていました。そのため、乳幼児期の監護権(親権)の獲得においては、「母親であること」が有利な事情として取り扱われていたのです。
(3)しかし、近年においてはこれらの原則も時代に合わせて変遷してきております。
例えば、母性優先の原則は、現在では性差別であるとして、子と適切な関係を築いている「主たる監護者」、つまり母性的な役割を有している親が夫婦のいずれかであるのか、を重視する傾向に変化しております。
また、継続性の原則についても、上記適切な関係の形成という観点からは重視される(長く監護している方が、より適切な関係を築いていると考えられる)一方で、実力行使による連れ去り等の違法性を帯びた態様により同居を始め、それが継続しているような場合に、継続の事実を重視することは、強引な子の奪い合いを助長する(連れ去ったもの勝ち)ことになりかねないとして、特段の事情がない限り継続性の原則を適用しない、とする傾向に移行しつつあるところです。
このように、上記の各原則も、子の利益に資する、という観点から導かれたものなので、絶対的なものではないことに注意が必要です。
2 具体的な判断要素
したがって、判断の際に用いられる具体的な事情が問題となってきます。実際は事件ごとに異なる事情が加味されることになりますが、例えば①監護能力(監護の意欲を含む)、②資産・収入等の家庭環境、③就労状況、④これまでの監護において果たした役割、⑤監護補助者(親族等が監護を助けることができるか)等が一般に問われる事情になります。
これらの父母の事情に、年齢や兄弟の有無、意向等の子側の事情を加味していくことになります。重要なのは、あくまでも「子の利益」に資する事情ということです。
3 小括
監護者としての適格性を裁判所(あるいは調停委員)に認めてもらうためには、上記のようなポイントを外さずに主張をおこなう必要があります。例えば本件において、怒りにまかせて「不貞をするような妻は監護者としてふさわしくない。今後子どもを引き取った際には、妻に会わせるつもりはない。」などと主張してしまえば、監護者を決めるにあたってはマイナスの効果しか生まないことになります。
第4 執行手続
1 引き渡しの実現方法
以上は、あくまでも「子の引き渡し」を法的に求める手段です。あなたへ子を引き渡すという法的判断がなされたとしても、それは単にあなたに子を引き渡してもらえる(監護をすることができる)という権利が決せられた過ぎません。
そのため、次の段階として、権利の実現手段に進まなければなりません。この権利の実現方法についても、いくつか方法があり、事案によって使い分けることになります。
以下では考えられる方法を説明していきます。
2 任意の履行と裁判所による履行勧告
(1)まずは、審判を得たことを踏まえて、改めて任意での引き渡しを求める方法が当然考えられるところです。当事者同士の話し合いでは平行線でも、正式に審判が下されたことにより、態度が軟化しているケースもあるため、後述の法的手続を採るよりかえって早く権利の実現が見込める、ということもあり得ます。もっとも、当然任意で求めるだけですので、強制力はありません。相手が拒否をすればそこで失敗、ということになります。
(2)任意の履行を少し進めたものとして、家庭裁判所による履行勧告(家事事件手続法289条)があります。これは、家庭裁判所の審判官ないし調査官が適当な方法により、義務(本件の場合は子の引き渡し)の履行を求める、というものです。口頭(電話)でも申立てが可能である上、裁判所からの履行勧告なので、単に当事者が求めるよりも相手の履行を期待できるところです。
ただし、この履行勧告もあくまで勧告なので、何の法的効力も有しておらず、やはり相手の拒否されてしまえばそれ以上の効果はない、ということになります。
3 間接強制
(1)上記の手段と異なり、法的な強制力を有する手段として、強制執行があります。強制執行には、間接強制と直接強制がありますが、まずは間接強制です。
間接強制とは「債務を履行しない義務者に対し、一定の期間内に履行しなければその債務とは別に間接強制金を課すことを警告(決定)することで義務者に心理的圧迫を加え、自発的な支払を促すもの」で、具体的には、「子を引き渡すまで一日につき~円支払え」等という命令を下すことになります。
(2)従来、子の引き渡しという場面ではこの間接強制しか認められない、と解され、実務上もそのような運用がなされていました。これは、一つの人格である子どもを物のように直接奪うこと(後述の直接強制を参照)は許されない、と考えられていたからです。
しかし、間接強制とは上記のとおりあくまでも「心理的圧迫を加え」るだけの強制執行手続です。そのため、相手が金銭的負担に頓着しない場合(そもそも所有する財産がないから気にならない場合や、逆に金銭的に余裕がある場合)には全く意味をなさないことになります。
4 直接強制
(1)そこで、現在では子の引き渡しの場面においても直接強制が可能である、というのが一般的な見解で、実務もそれを認めています。
直接強制とは、「間接強制とは異なり、執行官という裁判所職員が、義務者(債務者)の意思と無関係に義務(債務)の内容を実現するもの」です。本件のような場合でいうと、「妻がどのような意思を持っていようと、執行官が子を連れて夫であるあなたのところに戻す」ということになります。この中に子の意思が含まれていないことから分かるように、本来直接強制の対象となる目的物は、義務者の排他的支配下に置かれている「物」であることが前提であったため、子をその対象とすることについて議論があったのです。
しかし、そのような理由で直接強制ができない方が、より子の利益を害する結果になる、として現在は直接強制が基本となっているのです(例えば東京家審平成8年3月28日は、「直接強制こそが、子の福祉に叶うものであると考えている」としています)。
(2)もっとも、いかなる場合も直接的に子を連れ戻すことができるか、というとそうではありません。執行により子が傷つくような事態になれば、かえって子の利益に反することになってしまうからです。
そのため、例えば自由意思のある子が自ら拒絶をしたり、相手が子を抱えて離さないような場合に、執行官が無理やり連れてくることはできない、と考えられていますし、執行場所も学校や通学路は避け、居住場所で行うことが実務上の原則となっています。
直接強制が上記のような事情でできない(執行不能)場合には、最後の手段として人身保護請求によるべきことは上述のとおりです。
5 小括
したがって、本件のようなケースにおける引き渡しの実現方法としては、まず任意の引き渡し請求や履行勧告に応じるタイプであるかを考えた上で、基本的には直接強制により、直接強制執行が不能になるような事態が生じれば人身保護請求、ということになります。
第5 まとめ
以上のとおり、この引き渡しを求め、実現する方法は多岐に亘る上、迅速性が求められます。実務上の運用や判断要素が重要であることに鑑みても、弁護士に早く相談した上で、手続に進むことをお勧めいたします。
以上