新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1594、2015/4/15 15:39 https://www.shinginza.com/qa-fudousan.htm
【民事、信頼関係破壊法理、占有移転禁止仮処分、即決和解、建物明渡強制執行】
家賃滞納を原因とする賃貸借契約解除と建物明渡しの実現
質問:
私は,不動産の賃貸等を業とする会社の経営者です。10年程前から,持ちビルの一室を会社経営者に賃貸してきました。借主は,飲食店を営んでいたようですが,年に何回か賃料支払いの延滞がありました。私としては,多少遅くなってもしっかりと払ってもらえていたので,多めに見て,賃貸借契約の更新を続けてきました。
ところが,昨年辺りから経営が苦しくなったとのことで,急に延滞が著しくなり,現在,半年分の賃料200万円程度を滞納されている状態です。借主からは,融資の目処が立てば滞納家賃を支払うので,解除しないでほしいと言われています。しかしこちらとしても,融資を本当に受けられるのか不透明な部分もありますし,今後の安定した家賃収入の確保も現実的に厳しいと考えますので,何とか契約を解除して,明渡しを実現できないでしょうか。
回答:
1 結論から申しますと,ご相談いただいたケースでは,賃貸借契約を解除できる可能性が高いと言えます。
2 解除できれば明渡しも実現できることになりますが,その実現方法には,任意の交渉で明け渡してもらう方法と法的手続によって明渡しを強制的に実現する方法が考えられます。
本件のケースですと,相手方が任意の交渉で明渡しに応じてくれる可能性は低いと思われるので,法的手続きを検討する必要があるといえるでしょう。具体的には,建物明渡請求訴訟を提起し,勝訴判決を獲得し,明渡しの強制執行が可能な状態を作り出すことが考えられます。また,口頭弁論終結までの間に第三者にのれんを引き継いでしまうと,判決が無意味になってしまうので,念のため,占有移転禁止仮処分命令の申立てを行うことが望ましいといえるでしょう。
3 これらの法的手続は,いずれも煩雑かつ専門的で,日中仕事をしながら手続きを進めることは非常に困難だと思われます。弁護士に一任されることを強くお勧めいたします。
以下,本件で考えられる手続きについて,順を追って解説いたします。
4 建物明渡 強制執行,保全処分,関連書式集について当事務所事例集1448番,1182番,1000番,978番,973番,966番,487番,14番参照。
その他即決和解に関して1156番,977番,824番,741番を参照してください。
解説:
1 賃料不払いを理由とする賃貸借契約の解除
(1)債務不履行解除と信頼関係破壊法理
ア 解説
契約解除の一類型として,債務不履行解除が挙げられます。このうち,履行不能を原因とする解除は民法543条に,その他の履行遅滞や不完全履行を原因とする解除は同法541条に規定があります。
賃料不払いは,賃料支払債務の遅滞と考えることができますから,本件の場合,541条に規定する履行遅滞解除を行うことが考えられます。条文の文言を素直に読む限り,1回でも賃料を滞納すれば,相当期間を定めた賃料支払催告をした上で,すぐに解除することができるように思えます。
しかし,判例上,不動産賃貸借契約のような当事者間の高度な信頼関係を基礎とする継続的契約においては,当事者間の信頼関係を破壊したといえる程度の債務不履行がなければその契約を解除することはできないとの法理(信頼関係破壊法理)が確立しています(最判昭和27年4月25日,最判昭和28年9月25日,最判昭和39年7月28日等)。
そのため,賃料不払いのケースでも,1ヶ月滞納したからといってすぐに解除できるわけではなく,ある程度の期間継続的に滞納していなければ,解除が認められないことになります。この点に関して明確な滞納期間の基準があるわけではなく,具体的事案によるところが大きいですが,概ね3ヶ月以上の滞納が続くと,10日程度の支払い猶予期間を定めて催告した後、解除が認められる可能性が出てくるようです。なお、契約書には1か月でも賃料の支払いがない場合無催告で解除ができる旨定められている場合が多くみられますが、信頼関係破壊法理に違反する特約は無効とされ、無催告での解除については認められないこともありますので、やはり上記の手順を踏んで解除の通知をするのが通常です。
なお,判例は,「背信行為と認めるに足りない特段の事情」があれば解除が制限されるとしており,特段の事情の立証責任を被告に課しています。そのため,解除の意思表示を賃借人にした結果,賃借人が任意に退去してくれるのであれば,解除の有効性については特段問題は生じないと言えるでしょう。あくまでも,解除の効力を争ってきた場合に問題となるということを付言いたします。
イ 本件について
本件では,滞納期間が6ヶ月にも及び,その金額も200万円と高額であることから,信頼関係が破壊されていると評価される可能性が高いでしょう。その他,賃借人の側に背信行為と認めるに足りない特段の事情があるようにも見受けられないので,解除の効力を争われた時に裁判所によって解除が制限される可能性は低いと考えられます。
そこで,以下のとおり,まずは内容証明郵便によって解除の意思表示を行うべきです。
(2)解除の意思表示
債務不履行を理由とする契約解除を行うためには,相当期間(通常は10日程度)を定めて賃料支払催告をした上で,催告期間経過後に解除の意思表示を相手方に行う必要があります。ここで,催告期間内に支払がなければ解除の意思表示をする旨記載した通知書を送ってしまえば,催告後に改めて解除の意思表示を行う必要はなくなります。また,客観的な証拠を残すという意味でも,書面(できれば内容証明郵便)で意思表示を行うのが望ましいでしょう。
内容証明には,@契約締結の事実,A賃料滞納状況,B信頼関係破壊の事実,C催告期間を定めた滞納家賃の催促D催告期間の経過をもって解除を行う旨の意思表示、を記載する必要があり,時効援用の意思表示等と比べると,ある程度複雑な文書作成となって参ります。万全を期すためには,弁護士に依頼されることをお勧めします。この段階から弁護士に依頼すれば,明渡しの達成と賃料回収をスムーズに実現できる可能性が飛躍的に高まるといえます。その結果,次なる賃借人との契約も早期に達成でき,将来の家賃収入の確保にも繋がるといえます。
2 建物明渡しの実現手段
(1)交渉による実現
契約解除の意思表示をしたら,次は明渡しを実現する方法を考えることになります。建物明渡しを実現するための方策として,まずは賃借人との任意の交渉が考えられます。
賃借人と直接交渉をすることに不安を覚えられる方は,弁護士に依頼することもできます。弁護士が交渉事件として介入し,書面でのやり取りを行うことで,任意に退去していただける場合もございます。穏当な解決手段ということができます。
本件では,賃借人が解除しないよう要求しているとのことですから,交渉で解決することは難しいかもしれません。まずは相手の出方を見て,交渉が難しいのであれば,以下のように法的手続に基づく強制的な明渡しの実現を図ることになります。しかし、強制執行には時間(判決、強制執行までは早くても4カ月位はかかります)も費用(最低でも判決をえる費用として30万円程度、明け渡しの強制執行には30万程度、仮処分の費用は別途)もかかりますから、任意の退去による明け渡しを第一に検討すべきです。
(2)法的手続きによる実現
ア 解説
任意の退去に応じていただけない場合は,日本では自力救済が禁じられているため,法的手続きを採らざるを得ません。具体的には,建物の所在地を管轄する裁判所に,建物明渡請求訴訟を提起することになります。
当該訴訟で勝訴判決を得ると,当該判決を債務名義として,明渡しの強制執行を行うことができます(民事執行法22条1号,25条)。しかし,口頭弁論終結までの間に賃借人が第三者に占有を移転してしまうと,判決の効力が当該第三者に及ばない結果,新たに当該第三者を被告とする建物明渡請求訴訟を提起して判決を取得し直さないと,強制執行を行うことができなくなってしまいます。これを利用して,占有屋にわざと占有を移転させ,執行妨害を図るような悪質なケースもございます。
このような二度手間を避けるために,訴訟提起前あるいは訴訟提起と同時に,裁判所に対し,占有移転禁止仮処分命令の申立てを行うことが考えられます(民事保全法23条参照)。当該申立てが認められて占有移転禁止の仮処分命令が発令されると,賃借人が第三者に占有を移転させていても,当該第三者に本案判決の効力を主張できる結果,第三者に対する明渡しの強制執行が可能となります(民事保全法62条1項)。
イ 本件について
本件のケースですと,賃借人は現在も飲食店を経営されているようですから,占有を第三者に移転させてしまう可能性はそれ程高くはないと言えます。しかし,第三者にのれんを引き継いでしまうような事態が考えられないわけでもないので,最悪の事態を回避すべく,念のために訴訟提起と共に占有移転禁止仮処分命令の申立てを行うのが望ましいと言えます。ただ,占有移転禁止仮処分命令の発令には,後述のとおり賃料3か月分程度の担保金を一時的に供託する必要があり,執行にも幾ばくかの費用を要するので,保全手続を行うか否かは,占有移転の蓋然性と相談者の経済事情を考慮し,相談の上お決めさせて頂いております。
以下,占有移転禁止仮処分及び建物明渡請求訴訟それぞれの手続きの流れを解説します。
3 占有移転禁止の仮処分
(1)申立書の提出
ア 解説
保全命令の申立ては,被保全債権と保全の必要性を明らかにして行う必要があり(民事保全法13条1項),これらは疎明しなければならないとされています(同条2項)。具体的には,申立書に被保全債権の存在と保全の必要性を示す事実を記載し,それを裏付ける疎明資料を提出することになります。なお,申立てに当たっては,当事者一人当たり2000円分の印紙を申立書に貼る必要があります。
イ 本件について
本件において,申立書には,被保全債権の存在を示す事情として,賃貸借契約締結の事実,解除の原因となった事実,契約解除の意思表示を行った事実及び債務者が現在も占有を継続している事実を記載することになります。また,保全の必要性を示す事情として,債務者の資力が乏しく第三者に占有を移転されてしまう高度の危険性があることを記載することになります。
そして,疎明資料としては,賃貸借契約書,賃料の振込状況を示す預金通帳等,解除の意思表示を行った書面等を提出することが考えられます。
(2)裁判官面談と担保金決定
申立書の記載のみでは被保全権利や保全の必要性の判断が十分にできない場合,日程調整の上,裁判官との面談が行われます(債権者審尋)。占有移転禁止の仮処分の場合,債権者審尋が行われる場合が多いです。
債権者審尋の結果,疎明十分と判断されれば,占有移転禁止仮処分命令の発令手続に入ります。ただし,占有移転禁止仮処分命令の発令に当たっては,ほとんどの場合,賃料1〜3か月分程度の担保金を一時的に供託する必要があります。保全命令は,本案訴訟の判決が出る前から相手の財産処分を禁じる強力な制度であるところ,債務者保護の観点から理由のない申立てに一定の歯止めをかける趣旨で要求されるものです。具体的な手続きとしては,債権者審尋において,裁判官が具体的な担保金額を決めた上で,担保決定を行う運用となっています。
本件でも,賃料の1〜3ヶ月程度の担保金決定が出されることが予想されます。
(3)供託
担保決定が出ると,担保金を担保提供期間内に(通常は1週間で,期間内に担保が立てられないと申立てが却下されてしまいます。)法務局に供託することになります。具体的には,供託者,被供託者,担保金額,法令条項(本件では民事保全法14条1項),事件番号等の必要事項を供託書に記載した上で,担保金を窓口に納めます。その後の仮処分命令の執行申立てにあたって,供託書正本とその写しを提出することが必要ですから,供託書正本は絶対に紛失しないようにする必要があります。
(4)仮処分決定正本の交付と執行申立て
供託手続が終わると,再度裁判所に赴き,保全の申立てを行った窓口にて供託書正本とその写しを提出することになります。確認が終わると,保全命令の発令手続に入り,遅くとも翌日には決定正本の交付を受けることができます。
決定正本を受け取ると,それに加えて執行申立書,物件目録及び当事者目録を用意した上で(東京地裁では,執行申立書が窓口に用意されており,その場で書くこともできます。),執行申立てを行うことになります。執行申立書が受理されると,担当執行官との打合せの日程調整が行われます。東京地裁の運用では,執行官との打合せは,執行官のスケジュールとの関係で朝早くから行われることとなっていますので,事前に予定を確認しておく必要があるでしょう。
(5)執行官との打合せ
執行官との打合せでは,執行場所の情報を共有すると共に,具体的な執行日のスケジュール調整や合鍵がない場合の鍵屋(解錠技術者)の手配等を行うことになります。鍵屋(解錠技術者)の手配には3万円前後かかるようです。
本件では,賃借人が飲食店を経営されているとのことなので,客の出入りに影響を与えない時間帯(開店前等)を選ぶ必要があるでしょう。
(6)執行期日への立会いと注意点
仮処分の執行方法については,民事保全法24条に規定があり,「債務者に対し一定の行為を命じ、若しくは禁止し、若しくは給付を命じ、又は保管人に目的物を保管させる処分その他の必要な処分をすることができる」とされています。占有移転禁止仮処分命令の執行は,多くの場合,債務者に占有を許した上で,当該建物を他の者に使わせてはならないと書いた公示書を部屋の中の見えやすい所に貼ることによって完了します。
執行期日には,当事者又は代理人の立会いが認められています(内部への立入りは制限される場合があります)。立ち会う場合は,執行官との待ち合わせ場所や待ち合わせ時間等をしっかりと決めておく必要があります。また,鍵屋の手配をしていないと,鍵が閉まっていた場合に執行できなくなってしまう危険性があるので,注意が必要です。合鍵がある場合でも,鍵を変えられている可能性がある場合は,鍵屋の手配をしておくのが無難でしょう。
本件では,債務者の営業活動に配慮し,開店前に本件建物に赴き,まずは呼び鈴を鳴らすことになるでしょう。その上で,応答がなければ執行官が強制的に内部に立ち入り,公示書を貼り付けることになります。
(7)弁護士へ依頼するメリット
このように,占有移転禁止仮処分命令の申立手続は非常に煩雑でかつ専門的であって,これらを全て本人が行おうとすると,大変な手間が掛かるといえます。特に,裁判所は平日の朝から17時までしか開いておらず,日中仕事をしている方がこれらの手続を行うことは非常に困難と言えます。
弁護士に依頼すれば,これらの手続を最短で行うことができ,明渡しの実現を早期に達成できるため,結果的には将来の家賃収入を多く確保することに繋がると言えます。保全手続に精通した弁護士に依頼されることを強くお勧めします。
4 建物明渡請求訴訟
(1)訴状提出
ア 手続
建物明渡請求訴訟を提起する場合,まずは不動産所在地を管轄する裁判所に訴状と附属書類を提出する必要があります。印紙代は,不動産の価格(固定資産評価証明額)の2分の1を訴額として計算することになります。建物の一室を貸しているような場合,全体の床面積に占める割合を乗じて計算する必要があることに注意が必要です。また,予納郵券代も幾ばくかかることに留意する必要があります。
イ 訴状の記載内容
建物明渡請求には,所有権に基づく返還請求権として構成する方法と賃貸借契約終了に基づく構成の二通りがあります。ただし,契約書が手元にあって契約関係の立証が明白である場合,賃貸借契約終了に基づく建物明渡請求訴訟を提起するのが一般的でしょう。
本件の場合,請求の趣旨には,建物明渡請求と滞納賃料の支払請求の双方を記載すべきでしょう。次に請求の原因においては,賃貸借契約締結の事実,契約解除の原因となった賃料滞納の事実と滞納額,契約解除の意思表示を行った事実,被告が現在も占有を継続している事実等を記載することになります。
証拠方法としては,証拠説明書を作成した上で,契約書,家賃管理通帳,解除の意思表示を記載した書面等を提出することになります(実際には,原本は手元に置いた上で,コピーを裁判所に提出することになります。)。
ウ 附属書類
附属書類としては,訴状副本,甲号証写し,証拠説明書,資格証明書(当事者が会社の場合に必要),全部事項証明書,固定資産税評価証明書等が挙げられるでしょう。
(2)口頭弁論期日と裁判上の和解の可能性
訴状が被告に送達されると,第1回口頭弁論期日の日程が裁判所から伝えられます。被告が第1回期日に欠席すると,原告の請求が認容され,2週間で判決が確定します(民事訴訟法285条1項)。他方,相手方が第1回期日までに答弁書を提出すると,第1回期日において訴状と答弁書がそれぞれ陳述されることになり,次回期日が指定されることになります。
裁判官が解除の効力を認めた場合,基本的には認容判決が下されることになりますが,判決前に和解期日を設定した上で,和解を勧められることもあります。和解は柔軟な解決が可能というメリットがあり,たとえば,滞納賃料を減額する代わりに○月△日までに必ず明け渡すというような和解が成立することが良くあります。
本件でも,相手方の出方次第では,和解による解決もあり得ると思います。賃料の支払いもないのですから和解の必要はないはずですが、仮に判決強制執行となると日数と費用がかかってしまいますから、経済的な点から和解をして任意に退去してもらう方が有利な場合もあります。もちろん和解の場合は任意に退去しない場合は賃料等の免除は無くなりますし約束を守らない場合の違約金を科すことになります。
(3)判決と強制執行
認容判決が下され,2週間の経過によって判決が確定すると,当該判決を債務名義として,建物明渡し等の強制執行を行うことができるようになります(民事執行法22条1号,25条)(賃料未払いによる解約明渡の場合は仮執行宣言がついて判決確定前にも強制執行の申し立てができる場合もあります)。
建物明け渡しの強制執行の申し立てをする場合は、通常未払い賃料債権に基づいて建物内にある動産の執行の申し立てをします。建物の明渡だけですと建物ないある動産を他に移して保管する必要が生じてしまい保管費用等が生じてしまうのでこれを避けるため、建物内にある動産を執行して貸主が買い取り、処分する必要があるからです。
強制執行の申し立てがあると執行官が一定の期限(おおよそ1か月)を定めて明渡しの催告を行い(民事執行法168条の2第1項),その期限までに明渡しがなされない場合は、執行官が実力で占有者を排除することになります(同法168条1項)。この排除は実際には執行官が行うことはできませんから執行官の補助者として荷物の移転を行う人間が必要になります。しかも、執行官は現場に数時間しかいませんからその間に十分な人数で撤去を行う必要があります。先に説明したように、動産を差押えて貸主が建物内の荷物を取得すれば何時でも処分して良いのですが、そのような手続きができない場合は、執行官の補助者の手配、費用の負担と撤去した荷物の保管場所の確保が必要になります。建物の規模にもよりますが、費用として最低でも50万円程度はかかると考えておいた方が良いでしょう。
口頭弁論終結後に債務者以外の者に占有が移転しても、執行官はその者に対し、強制執行をなすことができます(民事執行法第168条の2第1項,第2項,第6項)。
ただし,ここまでの大事に至るケースは稀で,認容判決出たら,明渡しに任意に応じてもらえる場合が多いといえるでしょう。
本件ケースでも,明渡しの強制執行にまで至る可能性は低いと言えるでしょう。
以上の他、建物明渡訴訟提起の手間を省くものとして、即決和解があります。即決和解(起訴前和解,訴え提起前の和解、民事訴訟法275条)は,当事者双方が期日に簡易裁判所に出頭し(本人の委任に基づいて弁護士が出頭することも可能です。このほうが安全でしょう。),裁判所において和解手続をするものです。具体的には,管轄の簡易裁判所に和解条項を添付した申立書を提出し,裁判所の期日呼出しに応じて裁判所に出頭し,当事者双方の和解の意思の確認がなされ,合意成立の場合には和解調書が作成されることになります。当事者双方(本人あるいは代理人弁護士)の出頭が必要となりますので,和解内容について事前に十分に協議しておくことに加え,相手方が期日当日に裁判所に出頭するように事前の確認を怠らないように注意が必要です。不誠実な相手方に利用されてしまう場合があり弁護士との打ち合わせ、協議が必要です。
(4)弁護士へ依頼するメリット
訴状や証拠の作成は,法律家でない限り,通常はあまり経験することがないでしょう。そのため,いざ自分でやってみようと思っても,なかなか上手くいくものではありません。また,訴状の記載に誤りがあった結果,思いもよらぬ判決が出てしまう可能性も否めません。簡単なようですが判決によっては強制執行できないことになってしまうという危険もあります。何よりも,慣れない手続であるため,弁護士が手続を進める場合に比べて時間が非常に掛かってしまうおそれが高いです。結果的に,将来の家賃収入を失うことになりかねないので,弁護士に全て一任してしまうことをお勧めします。
【参考判例】
○最二小判昭和27年4月25日
「およそ,賃貸借は,当事者相互の信頼関係を基礎とする継続的契約であるから,賃貸借の継続中に,当事者の一方に,その信頼関係を裏切つて,賃貸借関係の継続を著しく困難ならしめるような不信行為のあつた場合には,相手方は,賃貸借を将来に向つて,解除することができるものと解しなければならない」
○最二小判昭和28年9月25日
「賃借人が賃貸人の承諾なく第三者をして賃借物の使用収益を為さしめた場合においても,賃借人の当該行為が賃貸人に対する背信的行為と認めるに足らない特段の事情がある場合においては,同条の解除権は発生しないものと解するを相当とする」
○最三小判昭和39年7月28日
「同被上告人にはいまだ本件賃貸借の基調である相互の信頼関係を破壊するに至る程度の不誠意があると断定することはできないとして,上告人の本件解除権の行使を信義則に反し許されないと判断しているのであって,右判断は正当として是認するに足りる」
【参照条文】
民法
(履行遅滞等による解除権)
第五百四十一条 当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。
(履行不能による解除権)
第五百四十三条 履行の全部又は一部が不能となったときは、債権者は、契約の解除をすることができる。ただし、その債務の不履行が債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
民事執行法
(債務名義)
第二十二条 強制執行は、次に掲げるもの(以下「債務名義」という。)により行う。
一 確定判決
二 仮執行の宣言を付した判決
三 抗告によらなければ不服を申し立てることができない裁判(確定しなければその効力を生じない裁判にあつては、確定したものに限る。)
三の二 仮執行の宣言を付した損害賠償命令
四 仮執行の宣言を付した支払督促
四の二 訴訟費用、和解の費用若しくは非訟事件(他の法令の規定により非訟事件手続法
(平成二十三年法律第五十一号)の規定を準用することとされる事件を含む。)若しくは家事事件の手続の費用の負担の額を定める裁判所書記官の処分又は第四十二条第四項に規定する執行費用及び返還すべき金銭の額を定める裁判所書記官の処分(後者の処分にあつては、確定したものに限る。)
五 金銭の一定の額の支払又はその他の代替物若しくは有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求について公証人が作成した公正証書で、債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載されているもの(以下「執行証書」という。)
六 確定した執行判決のある外国裁判所の判決
六の二 確定した執行決定のある仲裁判断
七 確定判決と同一の効力を有するもの(第三号に掲げる裁判を除く。)
(強制執行の実施)
第二十五条 強制執行は、執行文の付された債務名義の正本に基づいて実施する。ただし、少額訴訟における確定判決又は仮執行の宣言を付した少額訴訟の判決若しくは支払督促により、これに表示された当事者に対し、又はその者のためにする強制執行は、その正本に基づいて実施する。
(不動産の引渡し等の強制執行)
第百六十八条 不動産等(不動産又は人の居住する船舶等をいう。以下この条及び次条において同じ。)の引渡し又は明渡しの強制執行は、執行官が債務者の不動産等に対する占有を解いて債権者にその占有を取得させる方法により行う。
2 執行官は、前項の強制執行をするため同項の不動産等の占有者を特定する必要があるときは、当該不動産等に在る者に対し、当該不動産等又はこれに近接する場所において、質問をし、又は文書の提示を求めることができる。
3 第一項の強制執行は、債権者又はその代理人が執行の場所に出頭したときに限り、することができる。
4 執行官は、第一項の強制執行をするに際し、債務者の占有する不動産等に立ち入り、必要があるときは、閉鎖した戸を開くため必要な処分をすることができる。
5 執行官は、第一項の強制執行においては、その目的物でない動産を取り除いて、債務者、その代理人又は同居の親族若しくは使用人その他の従業者で相当のわきまえのあるものに引き渡さなければならない。この場合において、その動産をこれらの者に引き渡すことができないときは、執行官は、最高裁判所規則で定めるところにより、これを売却することができる。
6 執行官は、前項の動産のうちに同項の規定による引渡し又は売却をしなかつたものがあるときは、これを保管しなければならない。この場合においては、前項後段の規定を準用する。
7 前項の規定による保管の費用は、執行費用とする。
8 第五項(第六項後段において準用する場合を含む。)の規定により動産を売却したときは、執行官は、その売得金から売却及び保管に要した費用を控除し、その残余を供託しなければならない。
9 第五十七条第五項の規定は、第一項の強制執行について準用する。
(明渡しの催告)
第百六十八条の二 執行官は、不動産等の引渡し又は明渡しの強制執行の申立てがあつた場合において、当該強制執行を開始することができるときは、次項に規定する引渡し期限を定めて、明渡しの催告(不動産等の引渡し又は明渡しの催告をいう。以下この条において同じ。)をすることができる。ただし、債務者が当該不動産等を占有していないときは、この限りでない。
2 引渡し期限(明渡しの催告に基づき第六項の規定による強制執行をすることができる期限をいう。以下この条において同じ。)は、明渡しの催告があつた日から一月を経過する日とする。ただし、執行官は、執行裁判所の許可を得て、当該日以後の日を引渡し期限とすることができる。
3 執行官は、明渡しの催告をしたときは、その旨、引渡し期限及び第五項の規定により債務者が不動産等の占有を移転することを禁止されている旨を、当該不動産等の所在する場所に公示書その他の標識を掲示する方法により、公示しなければならない。
4 執行官は、引渡し期限が経過するまでの間においては、執行裁判所の許可を得て、引渡し期限を延長することができる。この場合においては、執行官は、引渡し期限の変更があつた旨及び変更後の引渡し期限を、当該不動産等の所在する場所に公示書その他の標識を掲示する方法により、公示しなければならない。
5 明渡しの催告があつたときは、債務者は、不動産等の占有を移転してはならない。ただし、債権者に対して不動産等の引渡し又は明渡しをする場合は、この限りでない。
6 明渡しの催告後に不動産等の占有の移転があつたときは、引渡し期限が経過するまでの間においては、占有者(第一項の不動産等を占有する者であつて債務者以外のものをいう。以下この条において同じ。)に対して、第一項の申立てに基づく強制執行をすることができる。この場合において、第四十二条及び前条の規定の適用については、当該占有者を債務者とみなす。
7 明渡しの催告後に不動産等の占有の移転があつたときは、占有者は、明渡しの催告があつたことを知らず、かつ、債務者の占有の承継人でないことを理由として、債権者に対し、強制執行の不許を求める訴えを提起することができる。この場合においては、第三十六条、第三十七条及び第三十八条第三項の規定を準用する。
8 明渡しの催告後に不動産等を占有した占有者は、明渡しの催告があつたことを知つて占有したものと推定する。
9 第六項の規定により占有者に対して強制執行がされたときは、当該占有者は、執行異議の申立てにおいて、債権者に対抗することができる権原により目的物を占有していること、又は明渡しの催告があつたことを知らず、かつ、債務者の占有の承継人でないことを理由とすることができる。
10 明渡しの催告に要した費用は、執行費用とする。
民事保全法
(申立て及び疎明)
第十三条 保全命令の申立ては、その趣旨並びに保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性を明らかにして、これをしなければならない。
2 保全すべき権利又は権利関係及び保全の必要性は、疎明しなければならない。
(保全命令の担保)
第十四条 保全命令は、担保を立てさせて、若しくは相当と認める一定の期間内に担保を立てることを保全執行の実施の条件として、又は担保を立てさせないで発することができる。
2 前項の担保を立てる場合において、遅滞なく第四条第一項の供託所に供託することが困難な事由があるときは、裁判所の許可を得て、債権者の住所地又は事務所の所在地その他裁判所が相当と認める地を管轄する地方裁判所の管轄区域内の供託所に供託することができる。
(仮処分命令の必要性等)
第二十三条 係争物に関する仮処分命令は、その現状の変更により、債権者が権利を実行することができなくなるおそれがあるとき、又は権利を実行するのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができる。
2 仮の地位を定める仮処分命令は、争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためこれを必要とするときに発することができる。
3 第二十条第二項の規定は、仮処分命令について準用する。
4 第二項の仮処分命令は、口頭弁論又は債務者が立ち会うことができる審尋の期日を経なければ、これを発することができない。ただし、その期日を経ることにより仮処分命令の申立ての目的を達することができない事情があるときは、この限りでない。
(仮処分の方法)
第二十四条 裁判所は、仮処分命令の申立ての目的を達するため、債務者に対し一定の行為を命じ、若しくは禁止し、若しくは給付を命じ、又は保管人に目的物を保管させる処分その他の必要な処分をすることができる。
(占有移転禁止の仮処分命令の効力)
第六十二条 占有移転禁止の仮処分命令の執行がされたときは、債権者は、本案の債務名義に基づき、次に掲げる者に対し、係争物の引渡し又は明渡しの強制執行をすることができる。
一 当該占有移転禁止の仮処分命令の執行がされたことを知って当該係争物を占有した者
二 当該占有移転禁止の仮処分命令の執行後にその執行がされたことを知らないで当該係争物について債務者の占有を承継した者
2 占有移転禁止の仮処分命令の執行後に当該係争物を占有した者は、その執行がされたことを知って占有したものと推定する。
民事訴訟法
(控訴期間)
第二百八十五条 控訴は、判決書又は第二百五十四条第二項の調書の送達を受けた日から二週間の不変期間内に提起しなければならない。ただし、その期間前に提起した控訴の効力を妨げない。