店舗内における公然わいせつ罪
刑事|複数示談の必要性|示談の対象|公務員の特殊性|東京高裁昭和33年7月23日判決
目次
質問:
質問: 私は,近所の整体院の待合室で,整体師の女性1名に対して,出来心で履いていた短パンの裾から性器を露出し見せつけてしまいました。その際,他の客はおらず,他の従業員の方も別の部屋にいました。
後日,その整体院に再度行ったところ,警察がおり,公然わいせつの容疑で取調べを受けました。本当に申し訳ないことをしたと思っています。
その後検察官からも取調べを受けましたが,検察官曰く,整体院の店長さんがお店に悪評が立つと非常にお怒りであり,罰金刑は避けられないとのことでした。
何とか罰金を回避し,前科をつかないようにすることはできないでしょうか。また,私は市役所に勤務する公務員であり,懲戒処分も心配です。
示談すると不起訴になることが多いと聞きましたが,店長さんと示談すれば不起訴になって懲戒処分にもならないでしょうか。
回答:
1 整体院の待合室で性器を露出する行為は,通常人の性的羞恥心を害する行為であり、公然わいせつ罪が成立することになります。
初犯の公然わいせつ罪の場合,20万円程度の罰金刑となる可能性が非常に高いものといえます。
2 罰金刑により前科がつくことを回避するためには,被害者と示談することが必要です。
公然わいせつ罪の保護法益は,健全な性秩序・性道徳及び社会風俗という社会的法益と考えられています。一方で,実際にわいせつ行為を目撃した被害者がいる場合は,刑事処分の決定にあたっては,被害者の被害感情や処罰意思が大きな意味を持ちます。
実務上,特定の被害者(わいせつ行為を目撃した人)がいる公然わいせつ罪の場合は,被害者と示談することによって不起訴処分となった例が多く存在します。
3 その際,誰と示談すべきかは,難しい問題です。まず,実際に行為を目撃した被害者との示談は必須となります。加えて本件の場合は,店舗内という特定の団体が管理している場所で行われた犯罪ですから,その店舗の管理者,すなわち店長等との示談も検討すべきでしょう。
特に店が休業するなどの実損害を被っていた場合や,目撃した店員の示談の成否に上司である店長の意向の影響が大きい場合等は,店舗との示談を申し出た方が良い場合があります。
また,あなたのように刑事事件で不起訴処分となった後に懲戒処分を受ける可能性がある立場の場合には,より十分な被害弁償を行っておくことが,懲戒処分においても有利に取り扱われるための備えとなります。
刑事事件及び懲戒処分の双方に精通した弁護士に早急に相談し,適切な対応を依頼すると良いでしょう。
4 公然わいせつに関する関連事例集参照。
解説:
1 公然わいせつ罪の成否
まず,今回あなたが容疑をかけられている公然わいせつ罪について解説します。公然わいせつ罪は,「公然とわいせつな行為」をした場合に成立する犯罪です。 今回、あなたの行為を目撃したのは、整体師1名ですので、このような場合、要件である、公然といえるかが問題となります。
ここでいう「公然と」の意味について,判例は,「不特定又は多数の人が認識することのできる状態をいう」としています(最決昭和33年5月22日)。
さらに「不特定の人が認識することのできる状態」とは,判定によれば,実際に不特定又は多数の人物がわいせつ行為を目撃する必要はなく,「不特定の人が目撃できるような場所」であれば,公然性が肯定されるとされています。
判例においても,「公然猥褻罪における公然とは不特定又は多数人の認識し得る状態をいうものであることは所論のとおりであるが、この場合現実に認識されなくとも、認識の可能性があれば足りるものと解すべく、また行為者において自己乃至関係者の行為が公然性を有することについての認識は必ずしもこれを必要とせず、客観的にその行為の行われる環境が公然性を有すれば足りる」としており,他に歩行者のいなかった海岸でのわいせつ行為の公然性を肯定しています(最判昭和32年10月1日)。
また,外部の出入りを遮断した密室内において,わいせつ行為を特定少人数の客(会員制)に見せていた事例でも,勧誘行為が不特定多数を相手に行われていたとして,公然性が肯定されています(東京高判昭和33年7月23日)
上記の各裁判例からすると,公然わいせつ罪における「不特定」は,特別に許可された者だけが入場できるような限定が付されておらず,限定されない人が認識し得る可能性がある場合を,広く含んでいると解されます。
本件のような整体院であれば,当然患者である他のお客さんが入ってくる可能性は常に存在するため,限定されない人物がわいせつ行為を認識する可能性が認められる場所ですから,公然性が認められる可能性は高いといえるでしょう。
なお,わいせつ行為を認識する人物が特定されている場合でも,それが多数であれば公然わいせつ罪は成立します。
ここでいる「多数」について,明確な線引きは存在しませんが,裁判例の中には,特定された30数名の場合について「多数」に該当するとしたものや(大阪高判昭和31年2月9日),友人6名の場合を少人数であって不特定ともいえない判断した例(広島高判昭和25年7月24日)があります。
これらの裁判例からすると,10名以上の人数であれば,多数とされる危険は否定できません。
次に,「わいせつな行為」の意味ですが,これについて判例は,「徒らに性慾を興奮又は刺激せしめ且つ普通人の正常な性的羞恥心を害し善良な性的道義観念に反するもの」としています(最判昭和26年5月10日)。
性器を露出する行為は,通常人にとって正常な性的羞恥心を害するものであり,わいせつ性は肯定されることに実務上争いはありません。
そのため,本件におけるあなたの行為は,客観的には公然わいせつ罪に該当することになります。
2 示談の方法
(1)公然わいせつ罪の保護法益と示談の必要性
公然わいせつとして処罰される場合,初犯であれば,略式手続による罰金刑となる可能性が非常に高いものといえます。罰金刑といえども法律上は前科に該当してしまうため,可能な限り回避に努めた方が良いでしょう。特に公務員ということですから罰金となると懲戒処分の対象となりますから不起訴処分となるメリットは大きいと言えます。
罰金刑を免れるための方法として具体的には,わいせつ行為を目撃した被害者と示談をすることが考えられます。示談交渉の相手方は被害者ですが、公然わいせつ罪の被害者が誰なのかについては同罪の保護法益から検討する必要があります。
公然わいせつ罪の保護法益は,「健全な性秩序,性道徳ないし性的風俗」という社会的法益であると考えるのが,通説となります。
一方で,公然わいせつ罪は,わいせつな行為を「見たくない者の性的な自由」も副次的な保護法益であると考えることもできます。なぜならば,強制わいせつ罪等において個人の性的自由も重要な保護法益として規定されており,公然としたわいせつ行為の目撃によってそれを見たくない個人の性的自由が侵害されている以上,保護の対象とすべきであると考えられるためです(保護法益に関する詳細な解説は,事例集1034番等を参照下さい。)。
また,公然わいせつ罪の中には,商業的なわいせつ興行が摘発される例もあり,そのような態様の場合は当然社会的法益の侵害を理由に処罰されることになりますが,そのような社会的影響が少なく,むしろ特定の被害者の性的自由の侵害の度合いの方が大きい場合には,被害感情が解消されれば,あえて処罰すべき理由はありません。
加えて,このような場合に示談の成否を考慮要素とした方が,被疑者からの示談申しれを促進し,結果として被害者救済に資するという裏側からの視点も考慮されます。
その結果,実務上は,本件のように特定の被害者が存在する場合は,検察官が起訴するか否かの判断において,被害者の被害感情の有無は大きな意味を持っています。
そのため本件も,被害者と早急に示談を成立させることができれば,不起訴処分となる可能性が非常に大きい事案であるといえます。
(2)示談の相手方についての検討
それでは本件の場合,具体的には誰を相手方として示談をすべきでしょうか。まず,当然わいせつ行為を目撃した整体師の方と示談を成立させる必要があります。目撃した被害者と示談が成立すれば,不起訴処分となる可能性が非常に大きくなるといえます。
一方本件では,検察官から,「整体院の店長が強い被害感情を持っていること」を理由に,罰金刑となる旨が告げられているとのことです。本体,本件の被害者はあくまでわいせつ行為を目撃した被害者のみであり,店長の被害感情は処分に当たって重視すべきではありません。
しかし実際には,本件のような店舗において反省が行われた場合,被害者本人ではなく,当時勤務していた他の従業員や,店の責任者である店長も警察の事情聴取を受けることになります。また,本件ではあなたが次に店に行った際に警察が待っていたことからしても,店舗全体で警察に被害を申し出ていたと考えるのが妥当でしょう。その為に店の営業を中止していたことや,他の従業員も不安感によりカウンセリング等の治療を必要とした等の事情がある場合には,やはり店舗自体や他の従業員の被害を無視することができない場合もあります。
また,直接の被害者である従業員が示談に応じるか否か考えるにあたって,店舗としての意向が大きく影響している可能性も否定できません。直接の被害者の被害感情が個人的に強い場合でも,まず店長と示談交渉を行い,店長を通じて被害者に訴えかけることで,円滑な示談が成立することもまま存在します。
そして,大きな事情として,懲戒処分を見据えた示談活動という側面も存在します。刑事事件においては,目撃した被害者本人との示談のみで不起訴処分になる可能性が高い場合であっても,その後勤務先での懲戒手続きにより,懲戒処分を受けてしまうことは十分考えられます。特に公務員の場合は、罰金刑となると懲戒処分になると考えられます。また公務員ではないとしても罰金刑となった場合はその事実が職場に知れると懲戒処分となることが考えられます。
公務員の方が犯罪となる行為をしてしまった場合,警察から勤務先に対して事件の通報が為されてしまう場合が多く,その通報を端緒に,懲戒手続を取られることが多いのが実情です。しかし,早期に示談を成立させ,また被害者全員との示談が完了すれば,例外的に勤務先への連絡を回避できる場合があります(この点については,関連事例集1454番,1456番,1465番,1508番等をご参照下さい。)。
加えて,仮に職場への通報が為されてしまったとしても,行為を目撃した被害者本人だけでなく,店舗の店長や他の従業員から,勤務先における懲戒処分を受けることを望まない旨の嘆願がもらえれば,懲戒処分をさせる大きな事情の一つになります。
そのため,懲戒処分が見込まれる場合には,早い段階から被害者本人以外にも嘆願をお願いする形での示談の申し入れをしておいた方が良いと言えるでしょう。
これらの事情からすると,本件では,状況によって直接目撃した者だけでなく,店舗関係者との示談も念頭に入れる必要があるでしょう。
3 まとめ
本件のような公然わいせつ事案の場合,適切な初期対応を迅速に行う必要があります。初動対応は、早ければ早いほど良いと言えます。
特に誰とどの範囲で示談を行う必要があるのかについては,費用も伴うことですので,後の懲戒処分のことも見据えた上で,刑事処分と懲戒処分の両方に通じた弁護士によく相談して,十分な対応を検討する必要があるでしょう。
以上