保証人の時効主張
民事|連帯保証人の債務承認後の主たる債務の時効援用はできるか|大阪高裁平成5年10月4日決定|最高裁昭和41年4月20日判決
目次
質問:
私は,15年ほど前に,兄が銀行から借金をする際に連帯保証人になったところ,最近になって,その銀行から,連帯保証人として残債の支払を要請する旨の通知書が届きました。私は,銀行に連絡して,一定額は支払うので,残額は免除して欲しい旨お願いしました。
しかし、後になって消滅時効期間が経過しているので支払う義務はないのではと疑問になりました。銀行に対し,連帯保証人として残債を支払わなければならないのでしょうか。
なお,通知書によると,兄は借金をして1年ほどは返済を続けたようですが,それ以降は全く返済をしていないとのことです。兄は,借金をした直後に家出をして,現在に至るまで音信不通です。住民票も,家出した当時のまま,動いていません。
また,今回の通知書が届くまで,銀行からは何ら連絡はありませんでした。私の住所は,連帯保証人になった時から現在に至るまで変更はないので,銀行が私に連絡を取れなかったということはないはずです。
回答:
1 銀行に対する債務の消滅時効の期間は,期限が到来してから5年間です(商法522条本文,商法5条,銀行法4条の2柱書)。
2 本件の事情からすると,15年前に借金をして1年間くらいしか返済していないことから5年の消滅時効期間が経過していること、銀行から主たる債務者であるお兄さんにもあなたにも,「請求」がなく、また、お兄さんやあなたから銀行に対して「承認」などしたこともないことから時効中断事由(民法147条)が生じている可能性は低く,時効期間は経過していると考えられます。
3 もっとも,あなたは,「銀行に連絡して,一定額は支払うので,残額は免除して欲しい旨お願いしました」とのことなので,この行為により,あなたの銀行に対する保証債務につき消滅時効を援用する権利(時効援用権。民法145条)は,喪失してしまったと判断される可能性が高いです。
4 しかしながら,あなたの銀行に対する保証債務についての時効援用権が喪失してしまったとしても,あなたは,お兄さんの銀行に対する主たる債務についても時効援用権を行使することができ,このことにより,主たる債務のみならず,保証債務も消滅する(民法457条1項)という結果を享受することができると判断される可能性が高いです。
5 弁護士等の法律専門家に具体的に相談されることをお勧めいたします。
6 時効援用に関する関連事例集参照。
解説:
1 保証について
保証人が債務の履行を請求された場合の消滅時効の問題については、保証債務についての消滅時効の検討のほかに、主たる債務についての消滅時効の検討が必要になります。保証債務は主たる債務に附従し、主たる債務が消滅すれば保証債務も消滅することになっているため主たる債務の消滅時効の完成と援用についての検討が必要になります。この点を理解するため、まず、保証債務の性質について説明します。
(1) 意義・性質
ア 意義
保証人は,主たる債務者がその債務を履行しないときに,その履行をする責任を負います(民法446条1項)。この保証人の債務を保証債務と呼び主たる債務者の主債務と区別されます。
そして,保証人が主たる債務者に代わって弁済等をしたときは,主たる債務者に対して求償することができます(民法459条,462条)。
イ 附従性
主たる債務者に対する履行の請求その他の事由による時効の中断は,保証人に対しても,その効力を生じます(民法457条1項)。
また,保証人は,主たる債務者の債権による相殺をもって債権者に対抗することができます(同条2項)。
以上のような保証の性質を,保証の附従性といいます。
ウ 催告・検索の抗弁権
保証人は,催告の抗弁と検索の抗弁を有します。
(ア) まず,債権者が保証人に債務の履行を請求したときは,保証人は,まず主たる債務者に催告をすべき旨を請求することができます(民法452条)。この保証人の権利を催告の抗弁といいます。
(イ) また,債権者が主たる債務者に催告をした後であっても,保証人が主たる債務者に弁済をする資力があり,かつ,執行が容易であることを証明したときは,債権者は,まず主たる債務者の財産について執行をしなければなりません(民法453条)。この保証人の権利を検索の抗弁といいます。
(2) 連帯保証
保証人が主たる債務者と連帯して債務を負担したとき(いわゆる連帯保証)は,保証人が催告の抗弁と検索の抗弁を有しません(民法454条)。
実社会における保証の多くは,この連帯保証といえるでしょう。
2 消滅時効について
(1) 意義・性質
ア 民法上の原則
債権は,原則として,10年間行使しないときは,消滅し(消滅時効。民法167条1項),消滅時効は,権利を行使することができる時から進行する(同法166条1項)とされています。
もっとも,時効は,当事者が援用しなければ(いわゆる時効援用権の行使),裁判所がこれによって裁判をすることはできません(民法145条)。「当時者」が援用できるとして、条文上、債務者が援用できるとは限定していませんし、時効制度、並びに補償制度の趣旨からも債務者の保証人や物上保証人も当事者として消滅時効を援用できるとされています。
イ 商事債権の特例
商行為によって生じた債権については,消滅時効期間は,10年間ではなく,5年間とされています(商法522条本文)。
そして,銀行の貸付債権は,商行為によって生じた債権に当たるため,時効期間は5年となります(商法5条,銀行法4条の2柱書)。
(2) 時効の中断
ア 時効は,「請求」や「承認」などにより中断し(民法147条),中断した時効は,その中断の事由が終了した時から,新たにその進行を始めます(同法157条)。
「請求」は,債権者側の行為による中断事由であり,中断の効力を確定的に生じさせるためには,裁判上の請求をする必要があります(民法149条以下参照)。
他方,「承認」は,債務者側の行為による中断事由であり,この具体例としては,支払猶予・免除の要請や一部弁済などが挙げられます。
イ 時効の中断は,その中断の事由が生じた当事者及びその承継人の間においてのみ,その効力を有します(同法148条)。
(3) 時効援用権の喪失
ア 時効期間(前記(1)参照)が経過する前の「承認」は,時効の中断事由となります(前記(2)参照)。
イ ご相談の場合は、時効期間が経過した(いわゆる「時効の完成」)のちに保証債務の履行を約束しているとのことですので、時効期間経過前の時効の中断には該当しません。しかし、時効期間完成後に「承認」に該当する行為があった場合,債務者は時効援用権を行使することができるのでしょうか。
この点,最高裁昭和41年4月20日大法廷判決は,「債務者が,自己の負担する債務について時効が完成したのちに,債権者に対し債務の承認をした以上,時効完成の事実を知らなかつたときでも,爾後その債務についてその完成した消滅時効の援用をすることは許されないものと解するのが相当である。」とします(いわゆる時効援用権の喪失)。
そして,同判決は,その理由につき,「時効の完成後,債務者が債務の承認をすることは,時効による債務消滅の主張と相容れない行為であり,相手方においても債務者はもはや時効の援用をしない趣旨であると考えるであろうから,その後においては債務者に時効の援用を認めないものと解するのが,信義則に照らし,相当であるからである。また,かく解しても,永続した社会秩序の維持を目的とする時効制度の存在理由に反するものでもない。」と述べます。
そこで、ご相談の場合、保証債務の消滅時効については時効完成後に債務の承認があったとして、その援用は認められないことになります。
3 保証人による主たる債務の消滅時効の援用
(1) 時効期間経過前に保証人の「承認」行為があった場合
時効期間経過前に保証人による「承認」に該当する行為があった場合でも,「承認」としての時効中断は,主たる債務者に対しては,その効力が及びません(民法148条,前記2(2)イ参照)。なお,これに対し,主たる債務者が承認をした場合については、主たる債務に対する保証債務の附従性から時効中断の効力が生じます(前記1(1)イ参照)。
そして,主たる債務につき時効中断事由がなく時効期間が経過した場合,保証人は,(保証債務については時効を援用することができなくても,)主たる債務について当事者として主たる債務の消滅時効を援用することができるとされています(大審院昭和7年6月21日判決,最高裁平成7年9月8日判決)。消滅時効援用の結果主たる債務が消滅し保証債務附従性により,主たる債務のみならず,保証債務も消滅する(民法457条1項,前記1(1)イ参照)という結果を享受することができます。
(2) 時効期間経過後に保証人の「承認」行為があった場合
ご相談の場合は、消滅時効期間経過後に保証人の「承認」行為があった場合、保証人は主たる債務の消滅時効を援用することができるか、という問題です。保証債務については信義則から消滅時効の援用を制限されことになっていますから、主たる債務の消滅時効も援用できないのでは、という疑問が生じます。
ア まず,時効期間経過前の「承認」行為は時効中断の問題となること(前記2(2)参照),さらにこの「承認」行為が保証人によってなされた場合,保証人は主たる債務について消滅時効を援用することができること(前記(1)参照)は,前記のとおりです。
イ では,時効期間経過後に保証人により「承認」に該当する行為がなされた場合は,どうなるのでしょうか。
(ア) まず,時効期間経過後の「承認」行為は,時効援用権の喪失の問題となります(前記2(3)参照)。
(イ) では,この「承認」行為が保証人によってなされた場合,保証人は主たる債務について消滅時効を援用することができることはできるのでしょうか。
この点,大阪高裁平成5年10月4日決定は,以下のように判示して,肯定に解します。
「一般的に消滅時効が完成した後に債務者が自己の負担する債務を承認した場合,債権者ももはや債務者において時効の援用をしない趣旨であると考えるのが通常であるから,その後は債務者に時効の援用を認めないのが信義則に照らし相当である。しかし,本件のように主債務について時効が完成した後に保証人が保証債務を承認した場合に主債務の時効消滅を主張しうるかどうかは別の問題である。
本来保証人としてはその保証債務を履行した場合主債務者に対して求償することができるのに,主債務の時効が完成し主債務者がこれを援用してその債務を免れた場合には求償の途を絶たれることになり,保証債務は主債務が消滅した場合これに付従して消滅する性質の債務である(尤も,時効消滅の場合その援用が相対的であるから,保証人において援用しない限り保証人に対する請求は可能である。)ことを考えると,保証人は主債務の時効消滅後に自己の保証債務を承認したとしても,改めて主債務の消滅時効を援用することができると解するのが相当である。」
(ウ) 上記大阪高裁決定によればご相談の場合、既に金融機関にその支払いを約束していたとしても主たる債務の消滅時効を援用して保証債務も消滅していることを主張し支払いを拒否できることになります。
この裁判例は,時効期間経過後の「承認」行為を時効援用権の喪失の問題と捉えつつ,この「承認」行為が保証人によってなされた場合,保証人は主たる債務について消滅時効を援用することができるとしていますが、時効完成後の債務の承認があった場合、信義則を理由に時効の援用を制限する判例の立場(時効援用権の喪失につき最高裁昭和41年4月20日大法廷判決,保証人による「承認」行為につき大審院昭和7年6月21日判決,最高裁平成7年9月8日判決)からすると、支払いを約束しながら支払いを拒否するというのは信義に反することは同様のようにも考えられますが、主たる債務の消滅を理由として支払いを拒否するのは、保証債務の附従性からして信義に反することではないと考え、整合性を保っていると考えることができます。
また,結論を導き出すにおいて,保証人の主たる債務者に対する求償権確保の観点から検討されている点は,説得的といえるのではないでしょうか。連帯保証人は、あくまで保証人であり本来自らの債務ではないのですから、保証人として弁済する以上その求償権を理論的に確実なものにする必要があります。従って、援用権を認めないと求償に対し主たる債務所の時効援用による遡及的主たる債務の消滅の結果、保証人は、架空の主たる債務を保証人として弁済したことになり求償の前提がなくなり求償が不可能となるわけです。さらに、主たる債務と、連帯保証人の債務は、本来別個独立の債務ですから、保証人が、自らの債務に時効完成後債務の承認をしても、利害関係人として主たる債務の援用権がある以上、主たる債務の時効援用に何ら影響はないと考えるのが理論的です。
以上