新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1611、2015/06/06 16:21
【民事、一部引渡済みの土地に関する留置権の担保する債権の範囲と不可分性の原則、最判平成3年7月16日民集45巻6号1101頁、大阪高判昭和63年8月4日民集45巻6号1117頁】
留置権を主張して請負代金を回収する方法
質問:
私は、Aから、その所有する竹藪を宅地へ造成する工事と、プレハブ事務所の建築を請け負いました。
造成工事についての代金は2000万円で、契約時に300万円、その後500万円、工事完成時に残りの1200万円を支払うこととしました。
プレハブ事務所については、いったん私の名義で保存登記をした後、造成工事の完成後、Aへ100万円で売却することとし、それまでは造成工事のための事務所として使用することの許可をもらっています。プレハブ事務所はすでに完成し、保存登記をして、現在私が所有・占有しています。
Aは造成工事の代金について、契約時の300万円、その後の500万円の合計800万円の支払いは受けています。
土地は1200平米あり、現在では全部について造成工事は完了していますが、Aがなるべく早く使用したい、造成工事がある程度の段階に進んだら、工事の完了した部分を引き渡して欲しい、というので、工事完了部分を順次引き渡していき、全体の約4分の3に当たる900平米ほどはAに引渡済みとなりました。なお、引渡しの済んでいない部分にプレハブ事務所は建っています。
全部の造成工事が完了したので、Aに対して代金残額の1200万円の支払いを求めたところ、Aから今は支払いのできる状況にないので待って欲しいと懇願されてしまったので、支払いを半年ほど猶予しました。しかし、Aはこれを奇貨として、土地をBに売却して、所有権の移転登記もしてしまっていました。
ほどなくしてBから、建物を取り壊して、即刻残りの土地を明け渡すよう言われました。もちろん私は、代金残額の1200万円が未払いであるため、この全額の支払いがなされない限り、残りの土地を引き渡すことはできないと告げました。
Bは、それはAとの話であって自分には関係ないことだから、すぐに建物を壊して、残りの土地を引渡せと言いつつも、土地の引渡しを拒みたい状況にあるのも分からなくもないと言います。ただ、仮に引渡しを拒めるとしても、未払いの1200万円全額についてでなく、請負代金全額2000万円に対して、引渡しをしていない部分の面積300平米に相当する500万円の支払いについてであり、この500万円の支払いがなされれば、もう引渡しを拒むことはできなくなるはずだというのです。そして、引渡しがなされないことで、その土地の部分を自分が使用できないのだから使用料を支払って欲しいくらいだ、とも言います。
私は、Bの言うようにするしかないのでしょうか?
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回答:
お伺いした限りの状況からは、あなたには現在占有している土地について留置権という権利が発生しており、代金の支払いを受けるまで、残りの土地の引渡しを拒むことのできる状況にあると考えられます。
ご相談のケースにおいては、Bの主張するように、留置権の担保する債権の範囲が問題となり得ます。実際にご相談類似の事案において、大阪高裁は、Bの主張同様、引渡しの済んでいない部分に相当する土地の面積分についてしか債権を担保しないと判示しました(大阪高判昭和63年8月4日民集45巻6号1117頁参照)。
しかし、この事案の上訴審(上告審)において、最高裁は、土地を一部引き渡したことによって占有を喪失した部分について留置権が失われたとしても、その喪失部分に伴って留置権による担保を失うことを認めたなどの事情がない限りは、留置権は残代金全額に及ぶとして、大阪高裁の判断を誤りであるとしました(最三小判平成3年7月16日民集45巻6号1101頁参照)。留置権の不可分性の原則から妥当な結論と思われます。
したがって、ご相談のケースにおいても、請負算代金1200万円全額の支払いを受けるまで、あなたは残りの土地の引渡しを拒むことが可能となると思われます。
解説:
1 留置権の成立要件
(1)ご相談のケースであなたがBに対して現在占有している土地の引き渡しを拒否する理由として主張し得るものとして考えられるのは、留置権という権利です。
留置権とは、他人の物の占有者が、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる権利として民法に規定されています(民法295条1項本文)。簡単にいえば、債権全額の支払いがなされないうちは、その物の引渡しを拒絶することのできるという権利です。例えば、時計の修理を請け負って修理完成させた場合に、修理代金の支払いを受けるまでは時計の返還を拒むことができる、という権利です。
この留置権は、取引関係に入った当事者の公平から認められる法定担保物権です。法律の規定により当然に認められる権利であって、抵当権や質権のように設定契約を要しません。公平上認められるので第三者に対しても効力があり成立さえすれば不動産でも登記等の対抗力は必要としません。
留置権の成立要件としては、a他人の物を占有していること(295条1項本文)、bその物に関して生じた債権を有すること(295条1項本文)、cその債権が弁済期にあること(295条1項ただし書き)、d占有が不法行為によって始まった場合でないこと(295条2項)、の4つが挙げられます。
(2) 他人の物を占有していること
留置権が成立するためには、他人の物を占有している必要があります(295条1項本文)。留置権において、「占有」は、成立要件であるとともに、存続要件でもあり(302条本文)、また、対抗要件でもあります。
すなわち、占有なくして留置権は発生せず、占有を失えば留置権は消滅し、占有がなければ第三者に対して留置権の主張ができないということです。
ご相談のケースにおいては、造成工事が完了した部分の土地を順次引き渡していき、それが900平米に達しています。この900平米の部分については、あなたは占有を失っていますから留置権を主張することはできません。ただ、少なくとも、現に占有している部分(300平米)が存在するわけですから、この限度において留置権が発生し得ることに問題はないと思われます。
(3) その物に関して生じた債権を有すること
留置権は、その物に関して生じた債権を有する場合でなければ成立しないとされています。これを留置権の目的物と被担保債権との間に牽連関係、牽連性が要求される、といわれたりします。
この牽連性が認められるのは、学説上争いがあるものの、その制度趣旨から被担保債権がその物自体から発生した場合はもちろんのこと、被担保債権がその物の返還請求権と同一の法律関係または事実関係から発生した場合についても牽連性を認めるとする見解が一般的に採られています。
例えば、前者(物自体から発生した場合)については、物に加えた必要費や有益費の償還請求権(196条、608条)がこれに該当します。
後者については、同一の法律関係から生じるものとして、物の修理代金債権と物の返還義務や、売買契約から生じた代金債権と物の引渡義務が、同一の事実関係から生じるものとして、二人の者が互いに自分の物を取り違えて持ち帰ってしまった場合の相互の返還請求権と物の返還義務がこれに該当します。
ご相談のケースについて見てみると、前者の被担保債権が物自体から生じたといえるかという見地から考えると、請負工事残代金1200万円は、その全額が、現にあなたが占有している土地のみから生じたものとはいえず、牽連性ありといえるのは、現にあなたが占有している土地の造成工事に要した費用に限定されそうです(土地の場合は登記簿の一筆の土地を1個の物として考えますから一筆の土地全体を単位に留置権の範囲を限定することになると考えられます)。
一方、後者の見地をも含めて考えると、造成工事が完了した部分の土地を順次引き渡していっていることと、代金を三分割して支払うこととの間には、特に対応した関係はありませんから、請負工事代金2000万円は造成地全体について関して生じた債権であって、債権が返還請求権と同一の法律関係から生じた場合に該当するとして、物と債権との牽連性が認められるものといって良いと考えます。
したがって、前者のみの見地から考えても、後者の見地をも含めて考えても、いずれにしても牽連性は認められることになると思われます。但し、被担保債権の範囲がどうなるかということの検討は残されています。
(4) その債権が弁済期にあること
留置権は、被担保債権が弁済期にない場合には成立しないとされています(295条1項ただし書)。つまり、物の引渡しを先に履行するとの特約がある場合には、留置権は成立しません。簡単にいえば、物の引渡しをして欲しかったら、きちんとお金を支払ってくださいね、という心理的プレッシャーを与える関係にある場面であるということです。
ご相談のケースでは、造成工事はすべて完了しており、被担保債権である請負工事残代金1200万円の弁済期は到来していますので、この点の問題はありません。
(5) 占有が不法行為によって始まった場合でないこと
留置権は、占有が不法行為によって始まった場合には成立しないとされています(295条2項)。先に述べたとおり、留置権は当事者の公平から認められる権利ですから、違法な行為によって開始された占有の場合にまで認める必要はありません。
ご相談のケースでは、あなたは、現在、プレハブ事務所を占有することで、土地の占有をしている状況ですが、このプレハブ事務所は、土地の造成工事完成後にAへ100万円で売却するが、それまでの間は造成工事のための事務所として使用しても良いとの許可をAからもらっています。
したがって、あなたは、Aから適法に土地の利用権を与えられているといえ、占有が不法行為によって始まった場合ではないといえます。
2 対第三者効(対世効)
Bは、それはAとの話であって自分には関係ないことだから、すぐに建物を壊して、残りの土地を引渡せと言っていますが、果たして、この点はどうなのでしょうか。
留置権は、前述したとおり、取引関係に入った当事者の公平から認められる(法定担保)物権です。その趣旨から対世効を認め、留置権は、いったん発生すれば消滅しない限り、第三者に対しても主張することが可能です。不動産であっても登記は不要です。登記していなくても、現実の留置という外形があるので第三者の保護に欠けるところが無いからです。
ご相談のケースでは、あなたが留置している部分を含む土地が、その所有者であるAからBへ譲渡されていますが、留置権が物権であることの帰結として、当然に第三者であるBに対しても留置権を主張することができます。自分には関係ないことだから、とのBの主張は認められないことになります。
3 不可分性
(1)ここまで見たように、あなたの留置権の主張自体は認められそうですが、問題はその留置権によって担保される被担保債権の範囲です。
ご相談のケースでBは、請負代金全額2000万円に対して、引渡しをしていない部分の面積300平米に相当する500万円についてしか担保しないということを言っていますが、果たして、Bの主張するようになるのでしょうか。
この点、ご相談類似の事案において、大阪高裁は次のように判示しています。
「右代金は、本件造成地全体に対する請負代金の残金であり、それが総て本件土地そのものの費用、即ち、民法二九五条にいう「その物に関して生じた債権」に該当するとはいえないのであり、また、……Yは、造成を完了した土地を順次Aに引き渡していったこと……によれば、この部分の土地については、Yは、その都度、占有を放棄し、従って、これについての留置権を放棄していったと解せられるから、この点からも、その全額を本件留置権の被担保債権とすることは適当ではなく、……本件土地についての留置権によって担保されるべき被担保債権の額は、本件請負代金のうち、本件造成地に占める本件土地の面積分に相当する金額と解するのが適当である。」(大阪高判昭和63年8月4日民集45巻6号1117頁。以下、大阪高裁判例といいます。)。
前半部分については、先に見た、留置権の目的物と被担保債権との間の牽連性についての話です。上記大阪高裁判例は、被担保債権がその物自体から発生した場合に牽連性が認められるとの見地に立ち、請負代金残金の全てが本件土地そのものの費用ではないと言っています。「本件土地」というのは、ご相談のケースでいうところの、現在あなたが占有している残りの土地に該当します。
つまり、ご相談のケースに照らして考えると、請負工事残代金1200万円は、その全額が、現にあなたが占有している土地のみから生じたものとはいえないため、牽連性があるといえるのは、現にあなたが占有している残りの土地の造成工事に要した費用、すなわちBの主張する500万円に限定されるということになります。
また、後半部分においては、造成が完了した土地を順次引き渡していったことは、その都度、留置権を放棄していったということであり、その放棄した部分に相当する債権額についても担保されなくなるとしています。
(2)しかし、ここで今一度確認しなければならないのは、留置権という権利が、前述したとおり、(法定)担保物権であるということです。
担保物権には通有性という性質が備わっており、そのうちの一つとして、不可分性という性質があります。不可分性とは、被担保債権の全部の弁済があるまでは、目的物の全部の上にその効力を及ぼすことのできるという性質のことをいいます。担保物権である留置権にも、この不可分性という性質が備わっています。
留置権者は、債権の全部の弁済を受けるまでは、留置物の全部についてその権利を行使することができるとして、民法にも規定されているところです(296条)。これは、留置物の各部をもって被担保債権の全部を担保し、また、留置物の全部をもって被担保債権の各部を担保するということを意味しています。
したがって、仮に、留置物の一部が滅失してしまっても、留置権が消滅してしまうことはなく、留置物の残部をもって被担保債権の全部を担保するし、また、被担保債権の一部が弁済などにより消滅しても、留置権はなお被担保債権の残額のために留置物の全部について行使することができるということです。
そうであるならば、上記大阪高裁判例の判断には疑問が生じるところです。そして、実際にも、上記大阪高裁判例の上訴審(上告審)において、最高裁は以下のように判示しています。
「民法二九六条は、留置権者は債権の全部の弁済を受けるまで留置物の全部につきその権利を行使し得る旨を規定しているが、留置権者が留置物の一部の占有を喪失した場合にもなお右規定の適用があるのであって、この場合、留置権者は、占有喪失部分につき留置権を失うのは格別として、その債権の全部の弁済を受けるまで留置物の残部につき留置権を行使し得るものと解するのが相当である。そして、その理は、土地の宅地造成工事を請け負った債権者が造成工事の完成した土地部分を順次債務者に引き渡した場合においても妥当するというべきであって、債権者が右引渡しに伴い宅地造成工事代金の一部につき留置権による担保を失うことを承認した等の特段の事情がない限り、債権者は、宅地造成工事残代金の全額の支払を受けるに至るまで、残余の土地につきその留置権を行使することができるものといわなければならない。」(最三小判平成3年7月16日民集45巻6号1101頁。以下、最高裁判例といいます。)。
このように判示して、原審である大阪高裁の判断を否定しました。すなわち、大阪高裁判例の留置権を失った部分に相当する債権額ついて担保されなくなるとの判断は、留置権の持つ不可分性という性質と相容れないのだということです。不可分性の原則からまた、留置権の認められた趣旨である当事者の公平という見地から妥当な結論でしょう。
(3)ご相談のケースについて見てみると、あなたは、土地1200平米のうち、工事完了部分を順次引き渡していったことで、土地全体の約4分の3に当たる900平米ほどはAに引渡済みとなっており、その部分については、土地の占有を失い、留置権もまた失われている状態です。ただ、いまだ引渡しの済んでいない残りの300平米については、占有は継続中であり、留置権も存続している状態です。
そして、上記最高裁判例によれば、そのような状態であっても、留置権には不可分性があるのであり、その担保するところは残代金全額に及ぶのだというのですから、ご相談のケースでは1200万円全額の支払いを受けるまでは、残りの土地300平米を留置することができるということになります。
ただし、引渡しに伴って、被担保債権の一部について、留置権による担保を失うことを承認した等の特段の事情がある場合には、この限りではないというのですが、ご相談のケースにおいては、そのような特段の事情もない訳ですから、やはり残代金全額の支払いを受けるまで留置可能であることに変わりはありません。
4(1)仮に訴訟になった場合ですが、被担保債権である請負残代金の支払義務者はBではなく、あくまでAですから、裁判所としては、Aから残代金全額の支払いを受けるのと引き換えに、現在占有している残りの土地を引渡せ、との引換給付判決がなされるものと思われます。
ただ、この残代金債務というのは、債務者、ここでいうところのA自身で給付しなければならない性質のものとはいえませんので、BがAに代わって第三者弁済を行うことによって、あなたの留置権を消滅させることも可能だと思われます(474条)。
(2)土地そのものについては、このような状況なのですが、建物に関しては、現状Bが取壊せと言っている以上、あなたとしては取り壊さなくてはなりません。
解決方法としては一つにとどまらないと思いますが、土地の工事残代金は1200万円のところ、少し減額する代わりに、建物を引き取ってもらうなど、土地と建物とを一括して解決することも可能なのではないかと思います。一度、お近くの法律事務所へご相談なさってみてください。
<参照条文>
民法
(占有者による費用の償還請求)
第百九十六条 占有者が占有物を返還する場合には、その物の保存のために支出した金額その他の必要費を回復者から償還させることができる。ただし、占有者が果実を取得したときは、通常の必要費は、占有者の負担に帰する。
2 占有者が占有物の改良のために支出した金額その他の有益費については、その価格の増加が現存する場合に限り、回復者の選択に従い、その支出した金額又は増加額を償還させることができる。ただし、悪意の占有者に対しては、裁判所は、回復者の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。
(留置権の内容)
第二百九十五条 他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。ただし、その債権が弁済期にないときは、この限りでない。
2 前項の規定は、占有が不法行為によって始まった場合には、適用しない。
(留置権の不可分性)
第二百九十六条 留置権者は、債権の全部の弁済を受けるまでは、留置物の全部についてその権利を行使することができる。
(占有の喪失による留置権の消滅)
第三百二条 留置権は、留置権者が留置物の占有を失うことによって、消滅する。ただし、第二百九十八条第二項の規定により留置物を賃貸し、又は質権の目的としたときは、この限りでない。
(第三者の弁済)
第四百七十四条 債務の弁済は、第三者もすることができる。ただし、その債務の性質がこれを許さないとき、又は当事者が反対の意思を表示したときは、この限りでない。
2 利害関係を有しない第三者は、債務者の意思に反して弁済をすることができない。
(賃借人による費用の償還請求)
第六百八条 賃借人は、賃借物について賃貸人の負担に属する必要費を支出したときは、賃貸人に対し、直ちにその償還を請求することができる。
2 賃借人が賃借物について有益費を支出したときは、賃貸借の終了の時に、第百九十六条第二項の規定に従い、その償還をしなければならない。ただし、裁判所は、賃貸人の請求により、その償還について相当の期限を許与することができる。