新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1615、2015/06/26 12:00 https://www.shinginza.com/goukan.htm

【刑事、強姦罪】

強姦被疑事件における示談交渉の進め方


質問:
 先日,私の自宅宛に弁護士から内容証明郵便が届きました。私が親戚の女性に対して強姦をしたことを理由に300万円の慰謝料請求を行うといった内容でした。
 私が当該女性と性交渉をしたことは間違いありませんが、女性の合意のうえでの性交渉であって強姦などと言われるのは心外です。しかし、私の仕事は警察官で、相手の女性は私より40歳年下ですので、できれば穏便に解決したいと思っています。300万円支払って示談したほうが良いのでしょうか。

 なお、詳しい事情は次のとおりです。相手の女性は遠い親戚に当たる人で事件の数日前に,お金を貸してほしいという内容の電話が架かってきたのです。私は,純粋に困っている親戚を助けてあげようと思い,家までお金を借りに来るように伝えたのです。事件当日,女性が家に来たので,15万円であれば貸し付けることができると伝え,その場で借用書を作成することにしました。ところが,借用書を作成する際,つい下心が出てしまい,「あなたとやりたい」と言ってしまったのです。女性からは,「30万円貸してくれるならいいよ」と返答がありました。そこで,30万円を手渡した上で,借用書を作成し,寝室へと向かいました。確かに興奮していたこともあって,多少女性を押してしまったかもしれませんが,無理矢理服を脱がせたり押さえつけたまま行為に及んだりした訳でもありません。女性は特段嫌がる素振りも見せなかったので,私の中では和姦と考えていました。

 和姦とはいえ,40歳も年の離れた親戚の女性と淫らな行為をすること自体,倫理的に許されることでないことは重々承知しておりますし,お金を対価として体の関係を持つことも道義的に非難されてしかるべきだと思います。私は,内容証明が届いた後,責任を取るつもりで,警察官の職を辞しました。ただ,そうはいっても生活費を確保する必要もありますから,本件を穏便に済ませた上で,再就職に向けた活動をしたいとも思っております。その関係上,刑事事件になることだけは何としても避けていただきたいのですが,可能でしょうか。早急かつ穏便に解決することを第一に考えていますので,相手方が主張する金額の一部を支払う覚悟もございます。先生,どうぞよろしくお願いいたします。


回答:

1 相手方代理人弁護士から届いた内容証明を前提にすると,相手方女性は,あなたに対し,強姦という不法行為を理由として,民法709条に基づく損害賠償請求(慰謝料請求)を行っているものといえます。内容証明には、支払わなければ法的な手続きをとることが記載されているのが通常ですが、法的な手続きには損害賠償と言う民事上の手続と、強姦罪で告訴するという刑事上の手続きがあります。

2 強姦罪(刑法177条)は親告罪ですから,告訴がなければ公訴提起できないとされています(刑法180条1項)。そのため,相手方が刑事事件化を狙うのであれば,まずは警察署や検察庁に被害届と告訴状を提出することが予想されます。これらが仮に受理されれば,警察の捜査が開始され,あなたは取調べを受けることになるでしょう。捜査の結果,検察官が,強姦の事実の立証が十分可能と判断すれば,起訴されることになります。

 一般的に,性犯罪の立証においては,被害者の供述が重視される傾向にあります。しかしながら,検察官としても,被害者の供述以外に何らの証拠もない場合や和姦の可能性を排斥できないような事情が存在する場合,起訴できないでしょうし,そのような場合告訴状の受理自体にも慎重になります。

 このような観点から,本件が刑事事件化する危険があるかどうかを判断するためには,相手方女性が現在告訴等の準備までしているのか,証拠関係的に受理されそうか,といったことを考える必要があります。

 なお,被害届や告訴状が受理されて既に被疑者として扱われているか否かといった情報は,通常は本人が問い合わせても開示されません。早急に確認を取りたい場合は,弁護人を選任した上で,弁護人 が警察署 担当刑事と協議、交渉する過程で明らかに していきます。

3 あなたの希望としては,刑事事件化を防ぐことが第一目標でしょうから,たとえ証拠関係的に告訴が受理される可能性が高くないといえる場合であっても,一定の金額を支払うことで示談交渉することが必要です。示談交渉においては金額を決めることも大切ですが、既に被害届や告訴状が受理されている場合は、告訴の取消状を提出してもらうこと、まだ被害届や告訴をしていない場合は今後も被害届出や告訴をしない旨を示談書に明記することが必要です。既に事件化していても,示談が成立して,告訴取消状を得ることができれば不起訴になります。

4 示談交渉においては示談金の金額が問題となりますが、事実関係や証拠上から告訴状の受理や起訴が難しそうであれば,相手方に支払う金額の交渉において有利に働きます。示談金の相場というものはありませんが300万円と言う金額は高いとは言えません。但し、弁護士が請求金額として具体的に300万円と内容証明に記載する場合は通常は減額が可能と考えて良いでしょう。

5 相手方に代理人が就いている場合,示談交渉をご自身で進めるのは,お勧めいたしかねます。なぜなら,事案の性質上,告訴状が受理される可能性が高いのかどうか,検察官が起訴するに足りるだけの証拠関係なのかどうかといった判断は法律の専門家でなければ判断しかねるところですし,示談合意書や被害届取下げ及び告訴取消書を獲得してそれを検察庁に提出するような作業を被疑者自身が行うことには,かなり無理があるからです。せっかく相手方の主張する慰謝料を支払ったのに,検察官が不起訴にするだけの材料を揃えることができないといった事態にもなりかねません。早急に刑事事件と民事示談交渉に精通した弁護士に相談すべきです。

6 冤罪の容疑がかけられた時の関連事例集論文1481番1414番1371番1257番1010番947番817番555番249番参照。


解説:

第1 強姦行為を対象とする刑事手続と民事手続の説明

 1 刑事手続の説明

 (1)強姦罪の成立要件

   暴行又は脅迫を用いて十三歳以上の女子を姦淫した者には強姦罪が成立し,三年以上の有期懲役に処せられます(刑法177条)。強姦罪における暴行・脅迫は,相手方の反抗を著しく困難にする程度のものである必要があります。

 (2)親告罪

    強姦罪は,告訴がなければ公訴提起できないとされています(親告罪,刑法180条1項)。そのため,被害届と告訴状が受理された段階で初めて,刑事事件として立件されることになります。

 (3)強姦罪の立証と起訴

   ア 被害者供述の重要性

     性犯罪の立証においては,被害者の供述が重視される傾向にあります。これは,性犯罪の被害に遭ったことを主張する者があえて虚偽の供述を行うことは一般的に考え難く,供述の信用性が高いと考えられているからだと思われます。

     しかしそうはいっても,以下のように,和姦の可能性を払拭できないような場合や被害者供述以外にめぼしい証拠がないような場合,起訴に至らないことが多いといえます。

   イ 和姦の主張

     強姦罪の成否を巡って,女性の同意が存在したか否かが問題となることがよくあります。刑事裁判は「疑わしきは被告人の利益に」扱うのが原則ですから,仮に和姦の可能性を排斥できない事情がある場合,無罪という評価になります。そのため,検察官は,そのような事情がある場合は,そもそも起訴しないですし,告訴の受理にも慎重になる傾向にあります。

   ウ 暴行・脅迫の有無

     相手方の反抗を著しく困難にする程度の暴行・脅迫が存在したことについて,検察官が立証できなければ,やはり無罪となります。そのため,被害者の体に傷跡や痣等の客観証拠が残っていない場合,被害者供述だけに頼らざるを得なくなり,立証の困難性が生じます。そのような場合,よほど被害者供述の信用性が高いといえない限り,起訴を断念するでしょうし,告訴の受理にも慎重になる傾向にあります。

 (4)示談の成立が及ぼす影響

    前述のとおり,強姦罪は親告罪ですから,被害者との間で示談が成立して,告訴取消状が提出できれば,もはや処罰条件を欠くことになり,不起訴となります。

 2 民事手続の説明

   強姦行為は犯罪行為ですから,民法709条の不法行為の対象となります。慰謝料請求の方法としては,まずは内容証明郵便等で任意での支払いを求め,応じないようであれば訴訟提起を検討することになります。

   訴訟提起をする場合,不法行為の立証責任は原告にありますから,強姦の事実を被害者が証拠で立証していく必要があります。医師の診断書等の客観的証拠に加え,場合によっては,被害者自身の本人尋問等も必要となってきます。既に刑事裁判が終わっていれば,判決謄本も証拠として提出できます。

   なお,一般的に,刑事事件化している方が,示談交渉を有利に進めやすいとされています。被疑者が前科が付くのを恐れて,不起訴処分にすべく,高額な慰謝料を払ってでも示談をまとめたいと思う傾向にあるからです。

   そのため、慰謝料請求で解決するつもりであっても、あえて民事上の慰謝料請求の前に刑事告訴をする場合もあります。

 3 注意点

   刑事手続上,強姦罪で立件されなかったからといって,直ちに慰謝料請求を免れることができるわけではありません。刑法上の強姦罪に当たらないことを理由として起訴されなかった場合,強姦罪には当たらないけれどもそれに近い態様で女性に精神的苦痛を与えたと民事裁判上の評価がされてしまう可能性は十分にあり得るところです。また,一般的に,刑事での立証のハードルよりも民事での立証のハードルの方が低いとされているため,嫌疑不十分で起訴されなかった場合であっても,民事の慰謝料請求で当該強姦の事実があったと認定されてしまうことも十分にあり得るところです。強姦罪が成立するためには裁判官が合理的な疑いを持たないまでの立証が必要ですが、民事上の慰謝料請求の場合は強姦の可能性が高いという程度の立証で強姦による慰謝料請求が認められます。また、強姦までの強い違法性がないとしても民事上の慰謝料が認められることになります。


第2 強姦被害者の代理人弁護士が行う活動

 1 被害届及び告訴状の提出

   あなたは加害者として被害者の弁護士から慰謝料を請求されていますが、相手の弁護士と交渉する場合、加害者の弁護士がどのような行動をするのか理解しておく必要があります。

   強姦被害者の代理人弁護士は,被害者に処罰感情がある限り,被害届と告訴状の提出の準備をします。仮に,民事上の慰謝料請求だけを望んだとしても,告訴をした方が示談交渉を有利に進められる点を伝えて,告訴を勧めるでしょう。ただ,警察や検察での事情聴取等による心理的負担があることは確かですから,被害者とよく話し合って,どのように進めるかを検討することになります。

   証拠関係上,告訴状の受理が難しいと思われる事案の場合,その旨被害者によく伝えておくことになります。

 2 慰謝料請求

   その上で,被害者が望めば,加害者に対する慰謝料請求を行うことになります。慰謝料請求の時期については,色々あり得るところです。たとえば,加害者に対する刑事処罰を第一に考える場合,加害者に対する刑事処分(判決)が出るまでは示談交渉に応じないという判断もあり得るところです。その場合,加害者が不起訴を狙って示談交渉に応じるインセンティブが無くなりますから,訴訟提起せざるを得ないことになります。加害者が実刑となれば,加害者が出所するまでの間訴訟もできないでしょうから,慰謝料請求までに時間がかかってしまいます。逆に,慰謝料請求を第一に考える場合は,加害者から示談交渉を持ち掛けられる前に内容証明等で請求をしてしまう場合もあります。加害者側に弁護人が就く前であれば,金額の交渉をすることなく,請求金額の全額を払ってくる可能性があるからです。

   なお,前述のとおり,既に告訴している場合であっても、示談交渉はれば,示談交渉は有利に進めることができます。


第3 被疑者の弁護人の活動内容

1 はじめに

   弁護人の活動としては,刑事弁護活動と民事示談交渉の双方が考えられます。強姦罪の刑事手続上,同罪が親告罪であって示談交渉が極めて重要であることから,通常は双方の活動をまとめて受任することになります(示談交渉は刑事弁護活動の一環として考えることもできます)。

2 事案の概要と証拠関係の把握

   弁護方針を決める上で,事案の概要と証拠関係の把握は極めて重要となって参ります。

   たとえば,被疑者の話を聞く限り強姦罪の要件を満たしていないことが明らかで,証拠としても被害者の供述しかなさそうな場合,不起訴処分や無罪を狙う弁護活動を行うことも十分にあり得るところです。

   逆に,被疑者が強姦をしたことが明らかで,客観証拠も想定されるような場合,直ちに示談交渉をして被害届取下げ及び告訴取消書を獲得する必要があります。

   また,被疑者としては強姦に身に覚えがない場合で(和姦を含む),証拠関係上強姦をしたことの立証が困難であるような場合であっても,刑事事件化を確実に防ぐために,示談交渉に応じるという考え方もあり得ます。

   このように,事案や証拠関係を把握した上で,依頼者の意向も踏まえ,弁護方針を決定する必要があります。

3 本件について

   本件において,あなたは和姦を主張しておられます。また,証拠関係上,被害者の供述以外に強姦を基礎付けるような証拠もありません。加えて,相手方女性はお金を受け取っており,和姦を推認させるようなこちらに有利な証拠もあります。更に,女性の態度等から供述に変遷や矛盾が生じる可能性も十分にあります。このような状況下において,不起訴処分を十分に狙える事案かと思います。

   しかしながら,仮に告訴状が受理されてしまった場合,あなたは警察署や検察庁で取調べを受けることになり,その意味では刑事事件に巻き込まれてしまうのです。あなたが一番に考えるのが刑事事件化を防ぐことなのであれば,相手方の主張する金額の一部を支払う形で示談をまとめ,被害届取下げ及び告訴取消書を獲得して検察庁に提出するのも一つの方法です。その際,告訴状の受理や起訴が難しいと思われる上記事情を材料として,弁護人が減額交渉を行うことは十分に可能と思います。


第4 まとめ

   以上述べてきたように,強姦罪の刑事手続の見通しを立てるのは困難を伴います。事案の性質上,告訴状が受理される可能性が高いのかどうか,検察官が起訴するに足りるだけの証拠関係なのかどうかといった判断は法律の専門家でなければ判断しかねるところですし,示談合意書や被害届取下げ及び告訴取消書を獲得してそれを検察庁に提出するような作業を被疑者自身が行うことには,かなり無理があるように思います。

   せっかく相手方の主張する慰謝料を支払ったのに,検察官が不起訴にするだけの材料を揃えることができないといった事態にもなりかねません。

   早急に刑事事件と民事示談交渉に精通した弁護士に相談すべきでしょう。


【参照条文】
刑法
(強姦)
第百七十七条  暴行又は脅迫を用いて十三歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、三年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。
(親告罪)
第百八十条  第百七十六条から第百七十八条までの罪及びこれらの罪の未遂罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
2  前項の規定は、二人以上の者が現場において共同して犯した第百七十六条若しくは第百七十八条第一項の罪又はこれらの罪の未遂罪については、適用しない。


刑事訴訟法
第二百三十条  犯罪により害を被つた者は、告訴をすることができる。
第二百三十一条  被害者の法定代理人は、独立して告訴をすることができる。
○2  被害者が死亡したときは、その配偶者、直系の親族又は兄弟姉妹は、告訴をすることができる。但し、被害者の明示した意思に反することはできない。
第二百三十二条  被害者の法定代理人が被疑者であるとき、被疑者の配偶者であるとき、又は被疑者の四親等内の血族若しくは三親等内の姻族であるときは、被害者の親族は、独立して告訴をすることができる。
第二百三十三条  死者の名誉を毀損した罪については、死者の親族又は子孫は、告訴をすることができる。
○2  名誉を毀損した罪について被害者が告訴をしないで死亡したときも、前項と同様である。但し、被害者の明示した意思に反することはできない。
第二百三十四条  親告罪について告訴をすることができる者がない場合には、検察官は、利害関係人の申立により告訴をすることができる者を指定することができる。
第二百三十五条  親告罪の告訴は、犯人を知つた日から六箇月を経過したときは、これをすることができない。ただし、次に掲げる告訴については、この限りでない。
一  刑法第百七十六条 から第百七十八条 まで、第二百二十五条若しくは第二百二十七条第一項(第二百二十五条の罪を犯した者を幇助する目的に係る部分に限る。)若しくは第三項の罪又はこれらの罪に係る未遂罪につき行う告訴
二  刑法第二百三十二条第二項 の規定により外国の代表者が行う告訴及び日本国に派遣された外国の使節に対する同法第二百三十条 又は第二百三十一条 の罪につきその使節が行う告訴
○2  刑法第二百二十九条 但書の場合における告訴は、婚姻の無効又は取消の裁判が確定した日から六箇月以内にこれをしなければ、その効力がない。
第二百三十六条  告訴をすることができる者が数人ある場合には、一人の期間の徒過は、他の者に対しその効力を及ぼさない。
第二百三十七条  告訴は、公訴の提起があるまでこれを取り消すことができる。
○2  告訴の取消をした者は、更に告訴をすることができない。
○3  前二項の規定は、請求を待つて受理すべき事件についての請求についてこれを準用する。
第二百三十八条  親告罪について共犯の一人又は数人に対してした告訴又はその取消は、他の共犯に対しても、その効力を生ずる。
○2  前項の規定は、告発又は請求を待つて受理すべき事件についての告発若しくは請求又はその取消についてこれを準用する。
第二百三十九条  何人でも、犯罪があると思料するときは、告発をすることができる。
○2  官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない。
第二百四十条  告訴は、代理人によりこれをすることができる。告訴の取消についても、同様である。
第二百四十一条  告訴又は告発は、書面又は口頭で検察官又は司法警察員にこれをしなければならない。
○2  検察官又は司法警察員は、口頭による告訴又は告発を受けたときは調書を作らなければならない。
第二百四十二条  司法警察員は、告訴又は告発を受けたときは、速やかにこれに関する書類及び証拠物を検察官に送付しなければならない。
第二百四十三条  前二条の規定は、告訴又は告発の取消についてこれを準用する。



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