万引きと再度の執行猶予(摂食障害がある場合)
民事|奈良地裁平成26年2月3日判決|京都地裁平成26年10月16日判決|執行猶予の裁量的取消|東京高裁昭和30年11月8日決定
目次
質問:
実は私は,これまでに何度も万引きをして捕まっていて,一昨年は罰金30万円,そして去年はついに正式な裁判で懲役1年,執行猶予3年の刑を受けているのです。このようなことは駄目だ,と分かっているのですが,ずっと患っている摂食障害の影響で,自分を止められないのです。実刑はなんとか避けたいのですが,執行猶予中の犯罪なので難しいのでしょうか。
回答:
1.一般論として,執行猶予中の同種事犯の場合,再度の執行猶予が付され可能性は低いといえます。しかし,今回の件で執行猶予がつかない実刑判決を受けてしまえば,前刑についても執行猶予が取り消されることになりますので,今回の刑に前刑の懲役1年が追加されることになります。
そのため,何としても今回の実刑を回避する必要があります。
方法としては,①そもそも起訴されること自体を回避する(起訴猶予を得る),②起訴後,再度の執行猶予を得る,③起訴猶予が無理だとしても略式罰金にしてもらう。という三つが考えられるところですが,上記のとおり再度の執行猶予が付されることはかなり困難ですから,まずは①起訴自体の回避を目指すことが重要です。どうしても無理であれば最低限でも③の罰金に止めていただき執行猶予の取り消し回避の手続き(裁量的取消、刑法26条の2第1項、 刑訴349条及び、349条の2)を行うことも可能です。
ただし,通常であれば実刑相当なのですから,起訴自体の回避も通常では極めて困難です。
2.他方,あなたのように摂食障害に伴う食料品の万引きである場合は,起訴・不起訴や再度の執行猶予の判断をするにあたって特別な主張が可能です。特に最近は検察官や裁判所も摂食障害と万引きの関連性に配慮した判断がなされる傾向にあります。
起訴猶予は裁判外で検察官に,再度の執行猶予は裁判において裁判官にそれぞれ働きかける必要がありますが,主張内容に大きな違いはありません。
①摂食障害該当性と摂食障害による万引きの特殊性,②再犯防止に向けた有効な治療継続の事実を主張していくことになります。
主張できる程度の治療環境の整備・構築には時間がかかりますし,一刻も早い段階での対応が不可欠です。
3.窃盗に関する関連事例集参照。
解説:
1 はじめに
あなたの行為は窃盗罪(刑法235条)に該当するものです。窃盗罪は10年以下の懲役または50万円以下の罰金刑ですが,あなたの場合,前回の刑の執行猶予期間中の行為ですから,起訴され,裁判になってしまえば,再度の執行猶予(刑法25条)の要件を充たさなければ実刑になります。
再度の執行猶予の要件は,①前回の刑で保護観察が付されていないこと,②今回の刑が1年以下の懲役刑,あるいは禁固刑であること,③「情状に特に酌量すべきものがある」こと,が必要です(刑法25条2項)。あなたの場合,前回の刑で保護観察は付されていないようですので,②及び③の該当性が問題となります。
前回の刑も今回の行為も,同じ万引きによる窃盗ですから一般的に情状は重く,③「情状に特に酌量すべきものがある」という要件を充たすのは原則として困難です。
しかし,あなたと同じ様に,摂食障害によって食料品の万引きを繰り返してしまう人については,近時,比較的多くの再度の執行猶予判決が出されており,ニュース等でも話題になっています(奈良地裁平成26年2月3日判決,京都地裁平成26年10月16日判決等,いずれも判例集未収録)。
これらの判決は,精神疾患を理由とした責任能力の否定(犯罪不成立),あるいは低下(減刑)については否定しているところに特徴があり,摂食障害による万引き(特に食料品)事案の特殊性からまさに「情状に特に酌量すべきもの」を判断したものです。
以下では,本件とそれらの事案に共通する「特殊性」すなわち摂食障害と万引きの関係について説明した上で,具体的な弁護活動について説明していきます。
なお,上記再度の執行猶予一般については,本ホームページ事例集1040番,1446番もご参照ください。
2 摂食障害と万引き
(1)一般的な精神疾患と犯罪についての考え方
一般的に精神疾患と犯罪の関係は,責任能力の存否と関連付けて論じられています。つまり,精神的な疾患により心身喪失あるいは心神耗弱状態にあった,として,無罪(喪失の場合:刑法39条1項)あるいは減刑(耗弱の場合:同条2項)の該当性が問題となっていました。
すなわち,法的には心神喪失や心神耗弱は,「精神の障害等の事由により事の是非善悪を弁識する能力又はそれに従って行動する能力が失われた状態」(心神喪失),「精神の障害等の事由により事の是非善悪を弁識する能力又はそれに従って行動する能力が著しく減退している状態」(心神耗弱)と定義されていますから,行為者の精神疾患がこれらの要件(事理弁識能力と行動制御能力の欠如)を充たす場合には,無罪あるいは減刑となるため,これらの要件の充足性を主張していくのが,通常の流れです。
(2)摂食障害における万引きの考え方
ア もちろん,あなたのように摂食障害による万引きの場合についても,責任能力の問題は生じます。
例えば東京高等裁判所平成22年10月28日判決は,摂食障害に罹患していた被告人の食料品の万引きについて,責任能力の欠如が主張されていますが,①行為時の態様が発覚を避けるようなものであり,②行為発覚後,店員に対して謝罪をしていること等から,万引きが犯罪であることの自覚をした上で,自らの行動を制御して発覚を避ける合理的な行動に出ているとして,責任能力を認めています。
また,大阪高等裁判所平成26年10月21日判決は,摂食障害とアルコール依存症に罹患した被告人が,デパートで万引きしたという事案で,責任能力も争点の一つとなっていますが,やはり被告人の言動や行動から,完全な責任能力が認められています。
これらの裁判例からも分かるとおり,他の精神疾患を併発している場合は除いて,摂食障害だけを理由に責任能力が否定されることは一般的に困難です。
イ しかし,上記の東京高等裁判所平成22年10月28日判決では,執行猶予期間中の万引き(前刑も同種の事案)で,実刑を選択した第1審判決を破棄して,再度の執行猶予が付されています。
これは,責任能力の問題ではなく,「情状に特に酌量すべきもの」の存在を裁判所が認定したことによるのですが,この裁判例をみると,被害弁償の成立のほかに,摂食障害と万引きの密接な関連を前提としたうえで,専門医による治療計画の準備があり,被告人や家族が治療を決意していることが「情状に特に酌量すべきもの」として挙げられています。
ウ そもそもなぜ,治療(予定)の事実によって刑が減刑されるか,というと,これは刑罰の趣旨が関係してきます。
刑罰の趣旨は,大きく分けて①刑罰によって他の一般人の犯罪を抑止する目的と②刑罰を受けた人の再犯を防止する目的,そして③一定の犯罪については,一定の罰が与えられるべきである,というものに分けることができます。このうち①を「一般予防」,②を「特別予防」(①と②を併せて目的刑論といいます),③を「応報刑論」というのですが,このうち目的刑論が成立するためには,「刑罰によって再犯が防止される」という前提が必要です。
上記東京高判のような摂食障害による万引きのケースでは,この前提が妥当しないという判断だったと思われます。すなわち,同判決は,「本件においては、被告人を直ちに服役させるよりも、最後の機会として、社会内において治療を受けさせながら更生の道を歩ませるのが相当である」と判示していますが,これは,「収監等の刑事処分を科するよりも,治療をおこなった方が再犯防止の観点から良い」という考えによるものです。
(3)小括
以上が,摂食障害に罹患している方の万引きについての特殊性です。しかし,摂食障害に罹患していることを証明すれば必ず再度の執行猶予を含む減刑がなされるわけではありません。上記のとおり,①一般予防の観点が抜けていますし,そもそも応報刑論の観点からは刑罰の減刑理由にはなりません。
現に,上記大阪高判においては,東京高判と同様に摂食障害の治療について主張がなされていますが,刑の減軽が否定されています。
このように,裁判所ごと,事件ごとに判断が分かれるところですが,少なくとも本件のようなケースでは,責任能力に関する主張では足りず,上記観点を意識した対応が求められることになります。
この点を踏まえて,以下では,あなたの場合に考えられる,実際の弁護活動についてご説明します。
3 具体的な活動
(1)前提
具体的な弁護活動の内容としては,時期的に①起訴前と②起訴後に分けることができます。①起訴前とは,事件が捜査機関(本件の場合,警察)に発覚したあと検察官に送致され(送検といいます),検察官が起訴・不起訴の判断をするまでをいいます。起訴処分とは,検察官による刑事処分の審判を求める行為で,内容としては正式な裁判の請求(正式裁判といいます),略式命令という罰金の請求を含みます。不起訴処分とは,刑事処分の審判を求めないことで,犯罪の立証が不十分である場合や,刑事処分には相当しないと検察官が判断した場合になされます。
以下では,①起訴前と②起訴後に分けて具体的な弁護活動について説明をしていきます。
(2)起訴されるまで
ア 上記のとおり執行猶予中の犯罪は実刑が原則ですので,立証ができる限り検察官は正式裁判を求めて起訴することになります。
しかし,上記のとおり本件の特殊性について検察官に主張し説得することができれば,刑事処分には相当しないとの判断で,不起訴処分を得ることができるケースがあります。
イ 上記のとおり,本件は①摂食障害に罹患していること,②万引きが摂食障害の症状の一つと評価できる程,密接に関連していること(行為時に,摂食障害影響下にあったこと),③摂食障害の治療により,再度の万引きを防止できること,④治療の具体的な予定していること,あるいは現に開始していること,を主張する必要があります。
これらの主張のためには,専門家である医師の協力が欠かせません。治療計画を進めることはもちろんのこと,現状摂食障害と万引きとの関連と治療による再犯防止可能性については争いがあるため,診断書だけでは足りず,医師の意見書も必要になってくることも十分に考えられるところです。
治療や意見書の作成には時間がかかるため,できるだけ早いタイミングで,経験のある医師と接触し,診断や具体的な治療計画及び意見書の作成依頼等を進めていく必要があります。
なお,あなたの場合は特に逮捕等の身柄拘束を受けていないため,医師の治療を受けることは容易ですが,身柄拘束を受けているような場合,そもそも診断自体が困難です。その場合は,身柄拘束からの解放を目指すと同時に,検察官に対して起訴前鑑定(刑事訴訟法223条参照)を要求することが考えられるところです。
ウ また,本件の特殊性についての主張と並行して,一般的な万引きにおける弁護活動をおこなうことが必要です。具体的には,被害店舗との示談交渉です。再度の執行猶予を付するための「情状に特に酌量すべきもの」の有無(ひいては,検察官による起訴・不起訴の判断)は,全ての事情を総合して判断されるため,あなたにとって良い事情は全ておこなっておく必要があります。実際,上記東京高判においても,再度の執行猶予を付するための情状として,摂食障害の治療等と併せて,被害弁償の事実について挙げています。
スーパー等における示談交渉一般については,当ホームページ事例集182番,595番,1063番,1258番をご参照ください。
また,示談交渉の際にも,被害店舗に対して摂食障害等の事実について報告することが有効な場合があります。通常の万引きとは異なる動機・経緯による万引きであり,いたずら等の悪質性の高いものとは異なること,治療により再犯が防止できること等を説明することによって,被害感情が低減されることがあり得るところです。
一方で,これらの事情は万引きの被害者にとって無関係な事情でもあります。これらの事情を話すことで「責任逃れ」と取られてしまわないように,交渉の際は事情を話すかどうかも含めて,慎重な判断が必要です。
エ 以上のとおりに収集したあなたに有利な事情を整理して,検察官に対して不起訴処分(起訴猶予処分)を求めていくことになります。
身体拘束されている場合は逮捕から起訴まで最大でも23日間ですから,上記活動は一刻を争うものであることはもちろんのこと,身体拘束されていない場合でも,起訴・不起訴のタイミングは検察官の判断によるものですから,迅速に対応する必要があります。
また,随時検察官に対して状況を報告し,起訴・不起訴の判断やタイミングを探りながら進めていくことが重要です。
尚、正式起訴される前に、略式罰金を求めることが残されていますので、罰金により、執行猶予の裁量的取消の対象とされてもこれを示談、摂食障害等の特別な事情を書面にて事前に主張し、執行猶予取消を回避できる可能性は高いと思われます(本件は、万引きという同種犯罪であり安心はできませんが)。実務上も罰金で裁量的に取り消し請求することは少ないとされています(但し、東京高裁昭和30年11月8日決定 は東京地裁の執行猶予取消を是認し即時抗告を棄却しています。業務上横領により懲役1年執行猶予4年の罪に処せられ猶予期間中に脅迫、傷害で罰金1万円になった事案です)。手続的には検察官の裁判所に対する取り消し請求により行われるので(刑訴349条及び349条の2)、事前に検察官に詳細な取消回避の上申書を提出し説得することが肝要です。万が一取り消し請求がなされたら必ず意見陳述の機会があるので裁判所に対しても弁護人を通じて積極的に具体的証拠資料を添付した上申書を提出し取消回避(請求却下)を求める必要があります。示談、被害者側の取消回避の上申書取得(これは難しいのですが専門家に相談し何とかしなければならないでしょう。)は不可欠と思われます。
(3)起訴された後
検察官に起訴され,正式裁判に付されることになった場合も,主張するべきことは起訴前と変わりません(鑑定については,刑事訴訟法165条以下に規定があります)。
なお,通常の窃盗事件であれば,裁判の審理は1回から2回が通常ですから,診断(鑑定)治療等に時間がかかる場合には,その旨主張して,裁判の開廷日(審理の日)を先延ばしにしてもらう等の工夫が必要です。
4 まとめ
以上のとおり,本件では示談交渉等の一般的な弁護活動と特殊な活動とを並行して進める必要がある上,十分な認知・判断基準の無い問題点を検察官あるいは裁判所に認めてもらわなければならず,慎重な交渉を迅速におこなうことが求められるところです。
いずれにしてもこのままでは前刑と併せての実刑は避けられないため,すぐにでも弁護士にご相談されることをお勧めいたします。
以上