少年事件・逆送後の対応
刑事|少年法|逆送後|福岡地裁小倉支部平成26年3月27日決定
目次
質問:
現在私には,もうすぐ19歳になる息子がいます。これまで刑事事件等は起こしたことがありませんでした。
息子は既に働いていて,一人で暮らしていますが,先日,息子が強盗致傷罪の容疑で逮捕された,という連絡がありました。
その後息子は鑑別所というところに行きましたが,昨日,家庭裁判所から,再度検察官に送致する,という決定がされたと聞きました。調べてみると,息子は刑事裁判によって裁かれる,ということのようです。この決定によって息子はどのようになるのでしょうか。
なお,まだ被害者の方との間で,示談等はしておりません。この点をどうしたら良いかも併せて教えてください。
回答:
通常,未成年者の刑事事件は,成人の手続とは異なる特別な手続き・処分が予定されています。しかし,一定の場合,基本的に未成年者(少年)であっても,成人と同じ手続の流れで同種の処分になることがあります。
今回の再度検察官に送致するという決定は,いわゆる「逆送」という手続きで,まさに少年であっても成人と同様の手続き・処分をおこなう前提となる決定です。この決定を受けた検察官は,基本的に家庭裁判所ではなく地方裁判所に起訴することになり,起訴をされた地方裁判所は,成人と基本的には同じ手続きで,成人と同じような刑事処分を決することになります。そのため,本件のような強盗致傷罪の場合は,お子様のような少年であっても,裁判員裁判となります。
ただし,「逆送」された少年の場合,起訴された地方裁判所が,事件を家庭裁判所に再度移送する決定をすることができます。その場合,再度少年事件として,家庭裁判所の判断(審判)により,成人とは異なる処分を受けることになります。
この移送がなされるかどうかは,少年法の趣旨に係るところですが,そもそも少年審判を目指して移送を主張した方が良いのか,あるいはこのまま裁判員裁判を進行させた方が良いのかについては,それぞれの場合に予測される処分によっても変わってきます(下記で詳述します)。
また,被害者との間の示談が未了である点も問題です。移送を求めるとしても,そのまま進行させるとしても,本件で示談は必須であるところです。たとえ、強盗致傷罪でも、少年であり前科がないと思われますので、示談ができれば執行猶予付き判決の可能性が大きいからです。本件が逆送されてしまったのは、肝心かなめの示談、被害者の上申書が取れなかったことが大きく影響しているからでしょう。被害者のある犯罪(個人法益保護の犯罪)では、刑事事件の本質(刑事裁判による処罰は、自力救済禁止による被害者の処罰請求権を根拠にしています。)から示談なくして弁護活動により少年被疑者、被告人を有利に導くことはほぼ不可能です。何故、被疑者段階、家裁送致後逆送まで担当弁護士による示談ができなかったのかその原因を徹底的に分析しなければないけません。今からでも遅くありません。示談をし、被害者の上申書を獲得できれば再度家庭裁判所に移送される可能性が十分あります(少年法55条の再移送)。
その場合、執行猶予も十分望めるようであれば、判決を求めてもよいかもしれませんので柔軟な対応ができるでしょう。
いずれにいたしましても,少年事件と成年の刑事事件の両方に経験のある示談ができる弁護士に今後の進行について至急ご相談されることをお勧めいたします。
少年事件に関する関連事例集参照。
解説:
1 はじめに
本件の強盗致傷罪は,刑法第240条に規定があり,その法定刑は無期または6年以上の懲役となっています。そのため,裁判員裁判の対象事件となります(裁判員法第2条1項1号)。
しかし,これは成人が強盗致傷の罪に問われた場合です。未成年者による犯罪は少年法の適用を受けますから(少年法第2条),成人の刑事事件とは異なる観点から異なる手続が進められ,異なる処分が決されることになります(少年法第40条参照)。少年に対する処分のことを,「保護処分」といいます。
ただし,特定の事件については,少年法による保護処分ではなく,上記のとおり成人の場合の手続・処分の流れに付されることがあります。
以下では,①未成年者に成人と異なる手続・処分が妥当する根拠(少年法の趣旨)を前提としてご説明した上で,②未成年者であっても成人と同じ手続・処分の流れに付されるための特別な手続(いわゆる「逆送」といわれる手続です)及びその要件とそれに対する対応を踏まえた上で,③本件に関して想定しうる具体的な弁護活動についてご説明します。
なお,本稿では主に「逆送」とその対応について説明いたしますので,少年事件一般についての弁護活動(付添人としての活動)については当事務所のホームページ事例集1572番,1591番等をご参照ください。
2 少年法の趣旨について
(1)少年法は,その目的を「少年の健全な育成を期し,非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行うとともに,少年の刑事事件について特別の措置を講ずること」としています(少年法第1条)。すなわち,少年の場合は刑罰ではなく「健全な育成」をおこなうため,「保護処分」という特別な措置(処分)をおこなうということです。
あくまでも少年の「健全な育成」を目的とするため,成人に対するものとは,処分に至る手続や処分の内容も異なる,ということになります。
このような目的によって,少年による犯罪(非行)について成人に対する刑罰と異なる措置をとるのは,主に,年少者は成人と異なり環境や性格を教育によって矯正することが可能である,という理由によるものです。この少年の教育による矯正可能性を「可塑性」といいます。少年には可塑性があって,しっかりとした教育がなされることによって更生が可能なのであれば,単に刑罰を与えるよりも,環境を変えて教育を施すことでかえって再非行等が防止できる(刑罰を課するよりも,社会にとってプラスになる)という考え方です。
ここで、少年の刑事事件についてどうして刑法の他に少年法が規定されているのか簡単に説明しておきます。刑法とは犯罪と刑罰に関する法律の総称であり,刑罰は犯罪に対する法律上の効果として行為者に科せられる法益の剥奪,制裁を内容とする強制処分です。刑法の最終目的は国家という社会の適正な法的秩序を維持するために存在します。どうして罪を犯した者が刑罰を受けるかという理論的根拠ですが,刑罰は,国家が行為者の法益を強制的に奪うわけですから,近代立憲主義の原則である個人の尊厳の保障,自由主義,(本来人間は自由であり,その個人に責任がない以上社会的に個々の人が国家権力によっても最大限尊重されるという考え方)個人主義(全ての価値の根源を社会全体ではなく個人自身に求めるもの,民主主義の前提です)の見地から,刑罰の本質は個人たる行為者自身に不利益を受ける合理的理由が不可欠です。その理由とは,自由に判断できる意思能力を前提として犯罪行為者が犯罪行為のような悪いことをしてはいけないという社会規範(決まり)を守り,適法な行為を選択できるにもかかわらずあえて違法行動に出た態度,行為に求める事が出来ます(刑法38条1項)。そして,その様な自分を形成し生きて来た犯罪者自身の全人格それ自体が刑事上の不利益を受ける根拠となります(これを刑法上道義的責任論といいます。判例も同様です。対立する考え方に犯罪行為者の社会的危険性を根拠とし,社会を守るために刑罰があるとする社会的責任論があります)。
すなわち,刑事責任の大前提は行為者の自由意志である是非善悪を弁別し,その弁別にしたがって行動する能力(責任能力)の存在が不可欠なのです。この能力は,画一的に刑法上14歳以上と規定されていますから,少年であっても理論的には直ちに刑罰を科すことが出来るはずです。しかし,少年は刑事的責任能力としての最低限の是非善悪の弁別能力があったとしても総合的に見れば精神的,肉体的な発達は不十分,未成熟であり,周りの環境に影響を受けやすく人格的には成長過程にあります。従って,少年に対して形式上犯罪行為に該当するからといって直ちに成人と同様に刑罰を科するよりは,人格形成の程度原因を明らかにして犯罪の動機,原因,実体を解明し少年の性格,環境を是正して適正な成長を助けることが少年の人間としての尊厳を保障し,刑法の最終目的である適正な法社会秩序の維持に合致します。又,道義的責任論の根拠は,元々その人間が違法行為をするような全人格を形成してきた態度にあり,未だ成長過程にある未成熟な少年に刑罰を直ちに科す事は道義的責任論からも妥当ではありません。そこで,人格性格の矯正が可能な少年については処罰よりも性格の矯正,環境の整備,健全な教育育成を主な目的とした保護処分制度(保護観察,少年院送致等)及び少年に特別な手続(観護措置,鑑別所送致)が優先的に必要となるのです。更に少年の捜査等の刑事手続,家庭裁判所の裁判等の判断、少年法の解釈についても以上の観点から適正な解釈が求められます。
(2)このような考え方に基づく少年事件の手続・処分に関する特殊性については,当事務所のホームページ事例集1572番,1591番に詳しい記載がありますが,本件との関係では,①(現在,お子様もこの措置を受けている状況のようですが)処分が出るまでの間の身体拘束として少年鑑別所による観護措置といわれるものがあること(少年法第17条),②裁判ではなく審判といわれる,非公開の審理手続によって処分が決まること(少年法第22条2項),③上記のとおり,刑罰ではなく保護処分が付されること(大きく①不処分,②保護観察,③少年院送致に分かれます。少年法第24条)が重要です。
(3)以上が,本件の前提となる少年事件の基本的な考え方です。これを踏まえた上で,本件での家庭裁判所の決定に対する対応をご説明していきます。
3 「逆送」という制度について
(1)「逆送」について
ア 上記のとおり,原則として少年事件は刑事事件と異なる手続・処分が予定されていますが,家庭裁判所は刑事処分を科すことが相当であると考えた場合,事件を検察官に送る決定が可能です(少年法第20条)。
通常の少年事件の場合,①警察による逮捕→②検察官による勾留→③検察官による家庭裁判所への送致→④家庭裁判所による観護措置決定→⑤家庭裁判所による審判→⑥家庭裁判所による保護処分という流れを辿るところ,送致を受けた裁判所が再度事件を検察官に戻すため,この決定を一般的には「逆送」(送致を受けた裁判所が逆に検察官に送致をする)といわれています。
イ この「逆送」を受けた検察官は,成人における刑事事件と同様に,起訴・不起訴の判断をすることになります。家庭裁判所が逆走するということは刑罰を科すのが相当という判断ですから、検察官もこれをうけて起訴するのが一般的です。起訴された場合,通常の刑事裁判が開かれるため,公開の法廷で裁判が実施されます。また,本件のような強盗致傷事件も含まれるところですが,対象事件の場合,裁判員裁判が開かれることになります。
また,検察官による起訴から判決までの間は,勾留がなされることになります。この勾留は,観護措置のように少年鑑別所ではなく,成人と同じように拘置所でなされるため,少年に対する教育的な処遇はなされません。
なお,少年に対する刑事罰については,①死刑及び無期懲役刑相当の場合の刑罰の緩和(少年法51条),②「懲役3年以上,5年以下」といった不定期刑罰の存在(少年法52条)等の特殊な規定がありますが,上記少年院送致等の保護処分はなく,基本的には基本的に成人と同じ刑罰が科されることになります。
このように「逆送」された少年事件は,少年法の趣旨に基づく特殊な手続・処分が原則として排除されることになります。
ウ このように取り扱いが大きく変わりますから,当然,少年を「逆送」するためには,要件が必要です。
まず,事件係属中に少年が20歳以上に達した場合,家庭裁判所は「逆送」決定をすることになります。これを「年齢超過逆送」といいます(少年法第23条3項,法第19条2項)。
「年齢超過逆送」は無条件ですが,これとは別に「刑事処分相当逆送」が規定されています(少年法第23条1項,法第20条)。これは,①死刑,懲役または禁固に当たる罪で,②当該犯罪(非行)事実を認定できる場合でかつ,③その罪質及び情状に照らして刑事処分が相当であること(「刑事処分相当性」)を要件とするものです。
ここで重要なのは,「刑事処分相当性」です。「刑事処分相当性」の具体的な内容は規定がないため,解釈によることになるのですが,上記のとおり,本来少年については健全な育成のために保護処分という特別な処分(保護処分)がなされるべきである以上,「逆送」して刑事処分を科すということは,保護処分による「健全な育成」が見込めない場合か,少なくとも「健全な育成」を目的とする保護処分を科すことが適当でないこと(保護処分によることを社会が許容しないこと)が必要です。
この判断をするための要素は多岐に亘りますが,これまでの裁判例上は,年齢や家庭環境,これまでの非行歴や,当該事件の行為態様やその動機,被害者の被害感情や少年の反省状況,今後の再非行可能性等が挙げられます。これらの要素は個別ではなく総合的に判断されることになります。
(2)「逆送」への対応について
ア 以上が「逆送」の制度と要件ですが,以下では本件のように「逆送」決定がなされた場合の対応について,説明していきます。
「逆送」の決定に対しては,不服申し立てができない,というのが判例です(最決平成17年8月23日刑集59巻6号720頁)。
この点,「逆送」に端を発する刑事処分を回避する方法として,少年法には,保護処分が相当であるとして,再度裁判所が家庭裁判所に事件を移送する決定が規定されています。この決定は少年法第55条に規定されていることから,「55条移送」といわれています。
少年法第55条は,55条移送の要件として「保護処分に付するのが相当であると認めるとき」としています。この「保護処分相当性」は,上記「逆送」と表裏の関係(保護処分が相当であれば,逆送する必要はなく,要件を充足しないという関係)にあるため,「保護処分相当性」の判断要素は,上記「逆送」の判断要素と共通となります。これらの要素を個別に検討するのではなく,総合的に考慮して決する点も変わりません。
加えて,実際の裁判例(下記参考裁判例参照)では,保護処分相当性の他に,保護処分に付することが社会的に許容されること,すなわち「保護処分許容性」も必要とされています。例えば下記参考裁判例①では,犯罪の種類や,被害額や被害感情等の事情から,「被害感情や正義観念」の観点から保護処分に付することが許容されないとはいえない,として「保護処分許容性」を認めています。
イ なお,上記の対応は,あくまでも「逆送」されてしまった場合の手続です。「逆送」を回避するのであれば,そもそも家庭裁判所に「逆送」決定されないように,事前に裁判所や調査官に働きかけておくことが重要です(この意味でも,早期対応が必要となります)。
4 本件における具体的対応
(1)上記のとおり本件においては,すでに「逆送」決定がなされており,「逆送」決定自体について不服申し立てができないため,この時点で、検察官による起訴、裁判員裁判は避けられません(55条移送は裁判員裁判によって判断されることになります)。
そのため,裁判の中で主張をしていくほかありません。ここで主張するべきなのは,自ずと①保護処分が相当であるため,少年法第55条に基づく移送決定が相当であること,あるいは②執行猶予判決が相当であることのいずれかになります。
もっとも,年齢超過による「逆送」ではない場合は,前科を回避するとともに,少年法の趣旨に基づく教育的配慮がなされる①少年法第55条に基づく移送を求めることを第1に考えるべきです。
(2)原則としては上記のとおりなのですが,①このまま刑事裁判を進めていけば,実刑ではなく執行猶予判決(あるいは罰金刑)が下される可能性が極めて高く,他方②家庭裁判所の保護処分としては少年院送致が見込まれるような場合には,むしろ保護処分による方が社会復帰の時期が延びるため,あえて刑事裁判を進めて執行猶予判決(あるいは罰金刑)を目指すことも考えられるところです。
もっとも,①刑事裁判による執行猶予は「前科」となる,②必ず執行猶予判決が得られる保証はない,③刑事処分によっては教育的な配慮がなされないため,少年の将来にとってかえってよくない(更生の機会を逸する)等のリスクはあるため,慎重な検討が必要です。
(3)少年法第55条に基づく移送がなされるためには,上記のとおり保護処分相当性を裁判の中で主張していくことになります。特に本件では裁判員裁判となるため,難しい概念である少年法の趣旨と保護処分の相当性(許容性)を裁判員に説得的に主張することが要求されるところです。
また,主張するだけではなく,例えば少年の反省や更生の状況,家庭環境等を明らかにするため,本人の日記等を証拠提出することも考えられるところです。
ただし,本件のような裁判員裁判では,主張・証拠の内容や期限が厳密に定められているため,早期の準備が必要です。
(4)なお,本件のような強盗致傷事件で執行猶予の可能性を高めるためには,示談の成立は必須です。保護処分を決するにおいても,示談の成否は刑事処分に比して決定的な要素ではないものの,大きな要素として取り上げられます。
また,参考裁判例①では,「保護処分の許容性」を判断するための要素として,被害回復(示談)を挙げているため,少年法第55条に基づく移送決定を得るためにも,示談は必要だ,ということになります。
かかる観点からすると,いずれの手段を選択するにしても,早急に示談交渉を進める必要があることは明白です。
(5)以上のとおり,本件においては,まず示談を成立させたうえで,第1に55条移送を求めながら,予備的に執行猶予付きの判決を求めていくことになります。
ただし,上記のとおり執行猶予判決の可能性や少年院送致の可能性等によっては,刑事処分の方がかえって負担が軽くなるケースもあるため,その見極めも必要になってきます。
専門的な判断や対応が必要になってくるため,早期の専門家へのご相談をお勧めいたします。
以上