新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1627、2015/08/14 12:00 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm
【刑事、執行猶予の条件】

複数回目の窃盗事案における不起訴処分の可能性


質問:
 私の息子が,窃盗未遂罪で逮捕されてしまいました。何でも,近所のリサイクルショップで,商品についていた防犯タグを剥がそうとして防犯ブザーがなり,店の警備員に取り押さえられたそうです。
 実は息子には前科があり,以前には傷害で刑務所に行って,4年ほど前に出所しています。そのあとも,一昨年,昨年とそれぞれ万引きの窃盗を犯してしまい,それぞれ略式手続により30万円,50万円の罰金刑になっています。
 今後,息子の処分はどうなるでしょうか。刑務所行きを免れることはできないでしょうか。また,息子は自営業で建築関係の中請けをしているのですが,事件が長引くと多方面に多大な迷惑を掛けてしまいます。早期に釈放してもらうことは難しいでしょうか。



回答:

1 本件のような万引きに近い窃盗未遂罪の場合,通常では逮捕・勾留や正式裁判になることは多くありません。ほとんどが略式命令により罰金刑に処せられることになります。

  しかし,あなたの息子さんの場合,一昨年は30万円の罰金に処せられ、昨年は50万円という罰金の上限額の処分を受けておりますので,今回は,罰金刑に留まらず,正式裁判(公判請求)となってしまう可能性が非常に高いものといえます。

  その場合,公判では検察官から懲役刑の求刑を受けることが予想されますが,その場合,息子さんは前回の懲役刑の執行から5年が経過しておりませんので,法律上刑の執行が猶予されず,実刑となってしまいます。このような法的効果から、検察官としては略式罰金ではなく、正式裁判にする場合もありますので予断を許しません。検察官の任務は、刑事処罰を行い法的社会秩序を維持することにあるからです。

2 しかし,近い時期に上限額の罰金刑の前科がある場合でも,事件後の対応により再度略式手続による罰金刑又は不起訴処分となる可能性も存在します。

  そのために最も重要なのは,被害者(店舗)と示談を行うことです。被害店舗から被害届の取り下げを得た上で,その後の具体的な再犯防止策(窃盗癖の医学的治療等)を示すことができれば,実刑を回避できる可能性が生じます。個人法益における刑事処罰の主な理論的根拠は、自力救済禁止に基づく被害者の国家(検察官)に対する抽象的刑事処罰請求権に求めることができるからです。

3 早期に身柄を釈放するためには,本件で勾留による不利益が大きい(本人の更生の障害となってしまう)ことを,弁護士を通じて積極的に主張する必要があります。

  息子さんのように,自ら事業を営んでおり,他人の代役が効かない仕事をされている場合には,勾留請求の却下や勾留決定に対する準抗告が認められる可能性があります。

  また,仮に即時の釈放が難しい場合でも,早期に示談が成立すれば,上述のように実刑とならない可能性もあるため,釈放が認められる可能性が大きく上昇します。

4 いずれにせよ,実刑となることを回避するためには,可及的速やかに示談を含めた弁護活動を開始する必要があります。同種事案の経験の多い弁護士に相談し,至急対応を要請すると良いでしょう。

5 関連事例集論文1582番1559番1541番1536番1402番1367番1349番1324番1307番1258番1164番1106番1089番1063番1031番896番595番459番386番359番319番258番158番など参照。


解説:

1 予想される処分について

(1)段階的な処分の傾向

  本件は,リサイクルショップ内での窃盗未遂事件とのことです。本件のような万引き類似の窃盗事件の場合,初犯であれば逮捕や勾留等の身体拘束を受けることは余り多くありませんが,前科・前歴がある場合や,逃亡の危険が高い場合等は,これらの身体拘束が実行されてしまう傾向にあります。

  終局的な刑事処分についても,初犯であれば,微罪処分又は低額の罰金刑となりますが,罰金の前科がある場合には,次はさらに高額な罰金又は正式裁判の請求(公判請求)となってしまう危険が高まります。

  その理由は,比較的軽微な初犯であれば,軽い刑事処罰での更生を期待できますが,一度刑事処分を受けているにも関わらずそれでもなお最判を犯してしまう者に対しては,より重い刑事処分を科さなければ,再犯の防止が図れない,という特別予防の見地が大きいと考えられます。

  本件のあなたの息子さんの場合,直近での前科として,昨年に略式手続による50万円の罰金刑があるとのことです。この50万円という金額は,窃盗罪(刑法235)の法律上の罰金刑の上限ですから,今回はそれより重い処分,すなわち公判請求の可能性が非常に高いと言えます。本件は窃盗の未遂罪ですが,検察官としては,防犯タグを外そうとしている点などを悪質と評価し,前掲をよりも重い処分を請求するでしょう。

(2)執行猶予の可能性

  検察官が公判請求を行った場合,裁判では懲役刑が求刑される可能性が非常に高いと言えます。では,仮に本件で公判請求の結果懲役刑となった場合,刑の執行が猶予される可能性はあるでしょうか。

  この点,息子さんが,以前に懲役刑の実刑を受けた経験があることが大きな障害となります。
刑法25条では,刑の執行が猶予される場合の条件について,「前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から五年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者(刑法25条1項2号)」としています。

  懲役刑は,禁固以上の刑であり,息子さんは以前の懲役刑の執行が終わった日から5年以内に禁固以上の刑に処せられることになりますから,法律上,執行猶予を付すことができません。

  そのため,本件では,公判請求をされた場合,ほぼ確実に実刑となり刑務所に服役する結果となってしまいます。但し、5年以内かどうかは判決を言い渡すときを基準としますので、執行猶予を得るためには最高裁の判決言い渡しまで1年以上の審理期間が必要とされることになり、特別争点がなければ、通常逮捕から第一審終結まで 4ヶ月程度、控訴審、最高裁言い渡しまで同じく各4ヶ月程度と考えられぎりぎり実刑となってしまうものと予想されます。 以上から例外的に争点があれば起訴されても執行猶予を求め争う利益があるかもしれません。

  したがって,本件で実刑を回避するためには,なんとしても公判請求されること自体を回避するしかありません。

  では,本件で公判請求自体を回避するためには,どのような対策を取るべきでしょうか。

2 実刑回避の方策について

(1)示談について

  本件で実刑を回避するために最も重要なことは,まず被害店舗と示談を成立させることです。被害店舗から被害届の取り下げを得た上で,その後の具体的な再犯防止策(窃盗癖の医学的治療等)を示すことができれば,実刑を回避できる可能性が生じます。

  窃盗罪は,法律上の親告罪ではありませんが,その保護法益は個人の財産権にありますので,その処分内容の決定にあたっては被害者の処罰感情が最も重視されます。本件のように,公判請求が基本線となる事案で実刑を回避するためには,示談の成立が必須であると言えるでしょう。

  加えて,示談の際には,ある程度十分な金額の示談金を提供する必要があります。その理由は,息子さんへの懲罰的効果を自主的に確保する点にあります。息子さんは,前回50万円の罰金刑を受けていますから,一般的には,本件でそれ以上の処罰を受ける必要性があると考えられてしまうのは,前述のとおりです。そのため,本件で数万円程度の示談金で示談を成立させても,それでは息子さんの負担が小さく,懲罰的効果・再犯防止効果が不十分であるとみなされ,結果として公判請求されてしまう危険があります。このような危険を回避するためには,実質的な制裁といえるだけの負担を,示談金という形で表明することも考えるべきでしょう。

  本件では,被害店舗は近所のリサイクルショップであるとのことです。個人事業に近い形で経営されている店舗であれば,店長(事業主)の方に示談に応じてもらえる可能性があります。示談の際には,今後,当該店舗を利用しない旨を誓約する誓約書を作成する等,店舗側が納得できるだけの条件を整える必要があります。また,本件では防犯タグを外そうしたところを逮捕されたとのことですので,上述の観点も含め,示談の際には,防犯タグの弁償代等を含めた十分な金額を準備すべきでしょう。

  被害店舗がチェーン展開する大規模店舗の場合,一般的に示談の成立するケースは少ないのが現状です。しかし,チェーン店の場合でも,上述の利用を禁止する不接近誓約の対象を,チェーンの全店を対象にして強く誓約する等,積極的に被害店舗に示談のメリットを提示することで,示談に応じてもらえる場合も多く存在します。

  いずれにしても,万引きの被害を受けた店舗は,自ら示談に協力的であることは多くありません。弁護士に依頼する等して,被疑者側から積極的な示談交渉を進めるべきでしょう。

  十分な金額で示談が成立すれば,本件が未遂罪に留まっていること等からしても,不起訴処分となる可能性も存在します。

(2)その他

  不起訴処分となるためには,示談の成立に加え,具体的な再犯防止策を準備することも必要です。近年では,窃盗癖のある方について,一種の精神障害として,専門的な治療を行う病院も存在します。こういった医療機関の予約を実行する等,目に見える形で具体的な対応を取ることを検討すべきです。

  本件は,想定されうる刑罰の種類の幅が非常に広い事案であるといえますので,示談の経験の豊富な弁護士に早期に弁護活動を進めてもらうべきであると言えます。

3 早期釈放の方法

(1)本件で息子さんは,自ら事業を営んでいるとのことですが,本件では,前科等との関係から,基本的には逮捕後勾留の処分を受ける可能性が高いと言えます。これを回避する為には,勾留を請求する検察官又は勾留決定を出す裁判官に対して,本件で勾留による不利益が大きいことを,弁護士を通じて積極的に主張する必要があります。

  息子さんのように,自ら事業を営んでおり,代役が効かない仕事をされている場合には,勾留請求の却下や勾留決定に対する準抗告が認められる可能性があります。また,息子さんは,中請け業者として営業を行っているとのことですので,仮に勾留により営業がストップした場合,元請け業者や下請け業者にも不利益が及ぶと推察されます。

  勾留の必要性の判断においては,勾留によって生じる不利益について,本人に対する不利益だけではなく,周囲の人間に及ぶ不利益についても考慮されることになります。仕事が間近に迫っているなどの事情があれば,その資料(契約書,予定表等)を差支えの無い範囲で証拠として提出すべきです。

(2)また,仮に勾留の決定が出てしまった場合でも,裁判所に対する不服申し立てとして,準抗告を行うこともできます。

  示談が成立すれば,それを理由に勾留の取消しを申し立てることも考えられます。本件のような単純な万引きに近い事案で勾留の決定が出てしまう理由の一つには,前科等からして公判請求の重い処分となる可能性が高いことが挙げられます。そのため,示談成立により処分が相当程度軽減する見込みが立てば,勾留取消が認められる可能性は十分存在するでしょう。

  さらに,仮に勾留取消等が認められずとも,示談が成立すれば,勾留の延長等をせずに,早期に終局処分を出してもらうよう検察官と交渉することも可能です。単純な事案であれば,追加捜査の必要性もないでしょうから,検察官としても,拘留期間を長引かせる必要はありません。罰金等の処分が見込まれる場合には,検察官に早期の処分を上申することが考えられます。

4 まとめ

  上述のように,本件のように複数の前科が存在する方の示談では,終局処分の結果として,実刑から不起訴処分まで幅広い処分が想定されます。そのため,示談の成否も含めた弁護活動により,その結果が大きく左右される度合いの大きい事案であると言えるでしょう。

  早期の身体拘束解除の実現の為にも,同種事案の経験の多い弁護士に至急相談することをお薦め致します。
 
【参照条文】
≪刑法≫
(執行猶予)
第二十五条  次に掲げる者が三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金の言渡しを受けたときは、情状により、裁判が確定した日から一年以上五年以下の期間、その執行を猶予することができる。
一  前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
二  前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から五年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
2  前に禁錮以上の刑に処せられたことがあってもその執行を猶予された者が一年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受け、情状に特に酌量すべきものがあるときも、前項と同様とする。ただし、次条第一項の規定により保護観察に付せられ、その期間内に更に罪を犯した者については、この限りでない。
(未遂減免)
第四十三条  犯罪の実行に着手してこれを遂げなかった者は、その刑を減軽することができる。ただし、自己の意思により犯罪を中止したときは、その刑を減軽し、又は免除する。
(窃盗)
第二百三十五条  他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
(未遂罪)
第二百四十三条  第二百三十五条から第二百三十六条まで及び第二百三十八条から第二百四十一条までの罪の未遂は、罰する。



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