窃盗罪での罰金前科が2件ある場合に起こした窃盗未遂罪の起訴前弁護
刑事|窃盗の前科が2件ある場合における起訴猶予の獲得可能性
目次
質問
息子が大手量販店でパソコンのメモリを万引きしようとして、逮捕されてしまいました。警察の方の話によると、商品には防犯ブザーが付いており、息子が店内でケースを開けようとした瞬間にブザーが鳴ってしまったとのことです。驚いて店外に逃げたものの、自動車を店の駐車場に置きっぱなしにしていたため、戻ったところで、通報を受けていた警察官に捕まったようです。なお、商品は店に置いてきたとのことです。
息子は以前にも2回万引きで罰金刑を受けたことがあります。万引きも、繰り返すうちに実刑となって収監されることがあると聞いたことがあるのですが、息子は今後どうなってしまうのでしょうか。息子は自営業者であり、取引先にも迷惑をかけているようで、不安でたまりません。
回答
1 息子様は、盗もうとした商品を店内でケースを開けただけでそのまま置いてきていることから、占有移転がなく、窃盗既遂罪ではなく窃盗未遂罪が成立するに止まっていると考えられます。
2 息子様は現在逮捕されていることから、このまま何もしなければ検察官に勾留請求され、逮捕に引き続いて最短でも10日間の身体拘束が予想されます(刑事訴訟法(以下「刑訴法」と呼びます。)208条1項)。事案の複雑さ次第では、10日間の勾留延長もされてしまいかねません(刑訴法208条2項)。そこで、弁護人を選任した上で、まずは身柄の解放に向けた活動を行うべきでしょう。具体的には検察官の勾留請求を阻止する活動を行う(既に勾留請求されている場合、裁判官の決定前であれば勾留請求却下を求める上申書を提出し、許可決定後であれば勾留許可決定に対する準抗告の申立て(刑訴法429条1項2号)を行う。)こととなります。
3 万引きの終局処分については、あくまで一般的基準ですが、罰金が2回続けば、次は公判請求されるのが実務上の運用とされているようです。しかし、これは窃盗既遂罪が3回続いた場合の運用で、窃盗未遂罪の扱い(特に3回目が未遂罪である場合)については処理が確立しているわけではないようです。既に2件罰金前科があるからといって、3回目が未遂罪の場合、必ず公判請求されるというわけではないので、諦める必要はありません。
もちろん、何もしなければかなりの確率で公判請求され、執行猶予付きの懲役刑が言い渡されることになるでしょう。しかし、弁護人を早期に選任した上で、謝罪や示談交渉を適切に進めれば、公判請求を回避できる可能性が出てきます。実際に、当事務所で担当した同種事案において、万引きによる罰金前科が2件続いた後の窃盗未遂罪について、起訴猶予となった例もございます。
4 正式裁判となると、身柄を解放できなければ勾留による長期間の身体拘束を余儀なくされ、そうでなくとも裁判への出頭の時間的・精神的負担が想定されます。直ちに弁護人を選任して公判請求を回避する活動を行うべきでしょう。
5 その他本件に関連する事例集はこちらをご覧ください。
解説
第1 本件で成立する犯罪
他人の財物を窃取すると窃盗罪が成立し、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられます(刑法235条)。窃盗罪の実行行為である「窃取」とは、他人の意思に反して財物の占有を自己に移転させることを意味するところ、当該実行行為に着手(占有移転という結果が発生する現実的危険性を有する行為を開始したこと。)したものの占有移転を遂げなかった場合は窃盗未遂罪が成立するに止まります(刑法43条1項本文、243条、235条)。未遂罪の量刑上の扱いについては、「刑を減軽することができる」とされており、具体的には長期(多額)及び短期(寡額)の2分の1を減ずることができることとなります(刑法68条3号・4号、43条1項本文)。
本件では、防犯ブザーのついた商品ケースを開けようとした時点で、占有移転の現実的危険を有する行為を開始したものと評価でき、窃盗の実行の着手が認められます。そして、実際には商品ケースを開けた段階でその店に置いてきたとのことなので、自分のポケット等に入れた事実はないため占有が移転しているとは言えず、息子様には窃盗未遂罪が成立するに止まります。
第2 刑事手続の流れ
1 逮捕
逮捕とは、捜査機関または私人が被疑者の逃亡及び罪証隠滅を防止するため強制的に身柄を拘束する行為をいいます。
警察官によって逮捕された被疑者は48時間以内に検察官へ送致され(刑訴法203条1項)、検察官は、釈放するか24時間以内に勾留請求するか選択することになります(刑訴法205条1項)。
検察官が逮捕されている被疑者を自らの判断で釈放することがないわけではありませんが、実務上、正当な弁解等何もしなければほぼ機械的に勾留請求されてしまいます。取調べの時間は、東京地検の場合は、多人数の被疑者を限られた時間で調べますので10分乃至20分程度といわれています。
勾留請求されてしまうと、裁判官が勾留許可決定を出すためのハードルが低いため、かなりの確率で勾留許可決定が出てしまいます。後述するとおり、勾留許可決定後に当該決定を争うことは可能ですが、申立て等に時間が掛かることは自明であり、事前に手を回して勾留を回避する活動を行うことが賢明といえます。
具体的には、検察官が勾留請求をする前であれば勾留請求阻止の上申書を検察官に提出し、勾留請求後かつ決定前であれば裁判官に勾留請求却下を求める上申書を提出することになります。弁護人が適正な上申書を提出することで、勾留を回避できる確率はかなり高いと思われます。上申書には、以下で述べるような勾留の理由や必要性を否定する事情を先取りして記載することになります。
2 被疑者勾留
勾留とは、被疑者もしくは被告人を刑事施設に拘禁する旨の裁判官もしくは裁判所の裁判、または当該裁判に基づき被疑者もしくは被告人を拘禁することをいいます。被疑者勾留については、以下で述べる勾留の理由及び勾留の必要性が認められた場合に、裁判官による勾留決定が下されることになります(刑訴法207条1項、60条1項)。勾留期間は原則10日間ですが(刑訴法208条1項)、「やむを得ない事由」が存在する時は、更に10日間延長することが可能とされています(刑訴法208条2項)。
(1)勾留の理由
勾留の理由があるというためには、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由(刑訴法60条1項柱書)があると共に、同条項各号のいずれかを満たす必要があります。
息子様が万引きしようとしているところを店員に目撃され、警察に通報されていること、防犯カメラの映像に一部始終が映っている可能性が高いこと等に鑑みれば、罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると判断されることはほぼ確実といえるでしょう。
次に、各号該当性ですが、本件では2号(罪証隠滅のおそれ)ないし3号(逃亡のおそれ)が問題となるでしょう。息子様は、一度店外に逃げ出しているため、3号を満たすと判断される可能性が極めて高いでしょう。また、同種前科が複数あることから、実刑を避ける意図で店員等に虚偽の供述を働きかけるおそれがあると判断され、やはり2号も満たすと判断される可能性が高いでしょう。
(2)勾留の必要性
勾留の理由が認められても、事案の軽重、勾留による不利益の程度、捜査の実情等を総合的に判断し、被疑者を勾留することが実質的に相当でない場合は、勾留の必要性を欠き、勾留請求が却下される可能性があります(刑訴法87条参照)。
息子様の場合、事案自体は窃盗未遂罪という比較的軽微な事案であるものの、一度現場から大胆に逃走していることから、罪証隠滅や逃亡を防ぐために身柄を拘束する必要性が高いと判断されることが予想されます。したがって、勾留の必要性を欠くことを理由として勾留請求が却下される可能性は低いと言わざるを得ません。
しかし、長期の勾留が息子様の仕事に与える影響が甚大といえるような場合、前記事情を考慮してもなお勾留の必要性を欠くと判断される可能性が無いではありません。近年の勾留要件判断の傾向として、罪証隠滅や逃亡のおそれを抽象的ではなく具体的に判断するようになってきたことも併せ考えれば、事件当日現場から逃亡した事実があっても、仕事や家庭の状況次第では、現段階において罪証隠滅や逃亡を図るおそれは実質的に低いと判断してもらえる可能性があります。そこで、勾留許可決定が出てしまった場合、以下のとおり準抗告の申立てや勾留取消請求を行うことが考えられます。
(3)勾留許可決定を争う手段
勾留許可決定が出たとしても、準抗告を申し立てることで、身柄の解放を達成できる可能性が残されています(刑訴法429条1項2号)。
また、後述する謝罪文の作成や弁護人を通じた示談交渉によって、事後的に勾留の要件を否定する事情を作り出すことで、勾留の取消請求をすることもできます(刑訴法207条1項、87条1項)。
なお、裁判官が勾留を取り消す決定をするにあたっては、原則的に検察官の意見を聴かなければならないとされており(刑訴法92条2項・1項、207条1項、87条1項)、休日を挟む場合は事実上判断が遅れます。この問題を解決するためには、準抗告の手続きで新事情を主張することが考えられます。ここで、準抗告審という事後審的な手続きにおいて原裁判後に生じた事情を斟酌してもらうことができるのか問題となり得ますが、勾留決定後の示談成立という新事情が考慮されて準抗告が認容された先例も存在するようです。詳しくは事例集『逮捕勾留後、連休中に示談が成立した場合の身柄解放の手続き』を参照してください。
(3)「やむを得ない事由」
「やむを得ない事由」とは、事件の複雑困難、証拠収集の遅延又は困難等により、勾留期間を延長して更に捜査をするのでなければ起訴又は不起訴の決定をすることが困難な場合をいうとされています(最高裁昭和37年7月3日判決)。
息子様は事実関係を認めているようですし、証拠関係も複雑な事案ではなさそうですので、勾留延長決定がなされる可能性はそこまで高くないと思われます。いずれにせよ本件は、最初の勾留自体の阻止を狙うべき事案といえるでしょう。
(4)小括
以上のように、本件は弁護人を選任して勾留阻止の活動をすれば、早期に身柄の解放を実現できる可能性があります。仕事への影響を最小限にするためにも、早期に弁護人を選任する必要性が高いといえるでしょう。
第3 示談交渉と起訴猶予の獲得
1 示談が終局処分へ与える影響
(1)一般論
一般的に、被害者がいる犯罪においては、被害者との間で示談が成立すれば、検察官の終局処分に事実上影響して、必ず処分が軽減されます。
示談といっても、検察官に具体的な資料を提示する関係上、口頭ではなく、被害者の方に複数の書面に署名・捺印してもらう必要があります。弁護人が示談交渉をする際は、示談合意書という客観的な書面を作成し、被疑者のことを許す旨の宥恕文言を取り入れます。また、可能であれば、被害届取下げと告訴取消を確約する誓約書に署名してもらうことで、万全を期します。
これらの書面を揃えることで、被害者がもはや処罰を望んでいないことを示すことができ、検察官の終局処分に影響を与えることができます。影響を与えることができると表現したのは、被害者の告訴が訴訟条件である親告罪(たとえば、強姦罪(刑法177条、180条1項)等が挙げられます。)以外の犯罪については、たとえ告訴の取消しがあっても、検察官は起訴・不起訴の決定を自由にできるためです。しかし、示談合意書等の書類の写しを検察官に提出すれば、終局処分を一定程度軽くする効果があることは、実務上の慣行となっています。
(2)罰金同種前科が複数ある場合
示談の成立が終局処分に影響を及ぼすとはいっても、何度も同種犯罪を繰り返す人がいつまで不起訴処分や略式手続による罰金刑で済むわけではありません。一般論ですが、万引きに限って言えば、窃盗罪での罰金刑が2件続いた後に再度万引きをした場合、次は公判請求されるというのが実務の運用となっているようです。罰金を2回受けても犯罪が止められないということで罰金では効果がないことが明らかになったことにより、その後は公判請求し懲役刑(執行猶予も含む)により犯罪を犯さないようにするためです。このように、ある程度処分の相場のようなものが出来上がっているのは、同じような犯罪を犯した人を比較した時に、人によって処分を殊更に重くしたり軽くしたりするのは平等原則からして好ましくないとの判断に基づくものと思われます。
しかし、そうはいっても所詮目安に過ぎません。大量の余罪が判明していて情状が極めて重いような場合、最初から公判請求されてもおかしくありませんし、2回目の処分で公判請求される例もあります。
逆に、3回目の万引き行為に軽微性を基礎付ける特別な事情が存在するのであれば、起訴猶予ないし罰金刑に止まる可能性がないわけではありません。未遂罪は刑を任意的に減軽することができるとされている(刑法43条1項本文)ことからわかるように、既遂罪と比べて犯情が軽いです。窃盗未遂罪単独で公判請求する例もそこまで多い訳ではないようです。実際に当事務所で担当した事件の中でも、万引きによる罰金前科が2件ある方の窃盗未遂という本件同種事案において、被害店舗との間で示談が成立したことをもって起訴猶予を獲得できた事案がございます。
2 本件の見通し
本件でも、被害店舗との間で示談を進めれば、起訴猶予ないし罰金刑に止まる可能性がないわけではありません。
ここで、示談交渉を開始する前提として、被害店舗が本件のようなチェーン店である場合、本社のルールで示談を一切受け付けない方針を採用していることが多いことから示談の可能性が低いのではという疑問が生じます。しかし、チェーン店だからといって一切望みがないわけではありません。本社直営店ではないフランチャイズ店舗の場合、店長にある程度の独立性が与えられていることが多く、示談に応じるか否かも店長の自己判断で決定できる場合があるのです。また、仮に示談が難しい場合でも、被害弁償金を法務局に供託することも可能です。
以上の示談交渉活動に加えて、示談の際に店長に渡す謝罪文やお店への不接近誓約書、さらには身元引受人(通常は家族)による監督誓約書等を準備する必要があります。その上で、示談が無事に成立すれば、検察官宛てに終局処分に関する弁護人の意見書を提出し、少しでも起訴猶予や罰金で済む可能性を高める活動を行います。
第4 まとめ
以上述べてきたとおり、息子様は必ず公判請求されて刑事裁判になってしまうような状況ではありません。弁護人を選任してできる限りの起訴前弁護活動を行えば、起訴猶予ないし罰金刑で済む可能性が十分残されています。どのような事案においても、事案固有の特徴があるものです。一度お近くの法律事務所まで相談してみてください。想定しているよりも軽い処分で済むかもしれません。
以上