医学生の刑事事件|略式起訴同意後の弁護活動
刑事|略式同意後に不起訴処分を獲得できるか|罰金刑を受けた場合の医師免許への影響|医学部学生の傷害事件
目次
質問
私は某国立大学の医学部6年生・25歳です。3か月ほど前、電車内でたまたま近くに居合わせた乗客と口論になった際、勢い余って顔面を手拳で殴打し、全治2週間の打撲傷を負わせる傷害事件を起こしてしまい、在宅の被疑者として警察の取調べを受けました。警察から被害者の連絡先等の開示を断られたため、謝罪や被害弁償の意思はあるものの未だできずにいます。
本日、検察庁より呼び出しを受け、略式起訴に同意する内容の書類への署名・押印を求められ、これに応じました。しかし、帰宅して調べてみたところ、前科があると医師免許取得の手続きに支障が生じることがあると知り、今になって大変不安に感じています。
今から何かできることはないでしょうか。
回答
1 あなたは傷害罪(刑法204条)の嫌疑がかけられており、検察官による終局処分を間近に控えている状況です。あなたが略式起訴への同意書に署名・押印したということは、近日中に略式起訴され(通常同意してから1週間前後と思われます。各地検の事情により異なります。)、裁判所によって罰金刑を内容とする略式命令が下され見込みであることを意味します。
2 医師法4条3号は罰金以上の刑に処せられた者に対しては、厚生労働大臣が医師免許を与えない(医籍に登録させない)ことがある旨規定しています。前科の内容が罰金刑に止まっている場合であれば、実際にはほぼ例外なく医師免許が付与されてはいるようですが、医師免許付与の可否の審査のため、厚生労働大臣の判断が相当期間留保されることが通例です。例えば、傷害罪で罰金30万円の前科の場合、医師免許付与が通常よりも3か月程度遅れることになり、就職等、職業生活設計の面での影響は思った以上に大ききものがありますし、医籍登録が遅れることで事実上前科の存在が周囲に分かってしまうことになるため、その後の社会生活上の支障も懸念されるところです。
3 かかる事態を回避するためには刑事手続を不起訴処分で終了させる必要があり、そのためには直ちに弁護人を選任して、検察官に対して処分延期の申し入れを行うとともに、速やかに被害者と示談交渉を開始し、何としても示談を成立させる必要があります。未だ略式起訴されていない状況であれば、まだ不起訴処分獲得に向けて活動する余地は十分残されているといえます。もっとも、一度略式起訴に同意してしまっている以上、示談交渉のための(終局処分までの)時間的猶予は多くは望めないため(検察官により異なります。)、直ちに活動開始することができ、かつ、短期間で確実に示談を成立させることができる見込みの高い経験のある弁護士を選任する必要があります。
4 謝罪や被害弁償の意思があるものの、警察から被害者の連絡先等の開示を断られているとのことですが、犯罪の被害者は加害者との繋がりができてしまうことへの不安から、加害者に対する直接の情報開示を嫌うことが通常です。弁護人を選任の上、被害者情報の開示を弁護人限りとすることで、示談のため被害者と接触することのできる可能性は格段に上がりますので、そのような意味でも本件は弁護人の選任が必須の事案といえます。
5 医学生に前科が付された場合、それに伴う不利益は一般の人よりも遥かに大きいものがありますので、不起訴処分の獲得を確実なものとするため、刑事手続の初期段階から弁護人を選任の上、必要な対処をしていくことが求められます。医学生が刑事事件の被疑者となった場合、可能な限り早期に弁護士に相談することをお勧めいたします。
6 医学生の刑事事件と医師免許への影響については関連事例集もご覧ください。
解説
1 刑事処分の見通しについて
あなたは傷害罪(刑法204条)の嫌疑がかけられており、検察官による終局処分を間近に控えている状況であると考えられます。あなたが署名・押印した略式起訴に対する同意書というのは、検察官があなたを略式起訴(一定の比較的軽微な犯罪について適用される起訴手続の一種であり、正式裁判とは異なり、簡易な書面審理によって100万円以下の罰金または科料が科されることになります。)するにあたって、手続上必要となる書面です(刑事訴訟法461条、461条の2、462条2項)。検察官が被疑者を不起訴処分にしようとする場合、わざわざ手続上不要な略式同意を取ることはありませんから、検察官があなたに略式起訴への同意を求めたということは、検察官が間もなくあなたを略式起訴し、裁判所によって罰金刑を内容とする略式命令が下されるであろうことを意味します。
傷害罪の罰金刑の上限は50万円とされていますが(刑法204条)、被害者の傷害の程度が全治2週間程度の軽微なものである場合、被疑者に前科がある等の事情がなければ30万円程度の罰金刑となるのが通例です。事案が比較的軽微であるとはいっても、罰金刑が刑罰であることに変わりはなく、罰金刑を受けた事実は前科として記録に残されることになります。
2 罰金刑が医師免許取得に影響するか
前科情報は、検察官や検察事務官が刑事事件の処理に必要な限度で照会する場合や、選挙資格の調査等、限られた場合以外にアクセスできないよう、厳重に管理されているため、前科の存在が特定の機関や団体に知れてしまうといった事態は通常生じることはありません。一般の人で、前科を有していながら、その存在が周囲に知れることなく日常生活を送っている人は大勢います。しかし、あなたのような医学生の場合、事情は大きく異なってきます。
医師法4条3号は、次のような規定を置いています。
医師法
第四条 次の各号のいずれかに該当する者には、免許を与えないことがある。
三 罰金以上の刑に処せられた者
本条は、医師国家試験に合格した者から申請があった場合であっても、罰金以上の刑に処せられた者に対しては、厚生労働大臣が医師免許を与えない(医籍に登録させない)ことがある旨を明記したものです。もっとも、罰金以上の刑に処せられたことがあるからといって、一律に医師免許が付与されなくなるというわけではなく、刑事処分の軽重や刑事処分の対象となった事案の内容、本人の反省の程度等から、医師としての適格性が個別具体的に判断されることになります。
如何なる場合に医師免許が付与されなくなるかについては、事例の蓄積が不十分であり、明確な基準を挙げることは困難ですが、刑事処罰を受けた医師が受ける医師免許制限の行政処分例(医師法7条2項各号、4条3号参照)が1つの参考になるものと思われます(例えば、殺人や強姦等の医師免許取消相当のケースについては医師免許が付与されない可能性が高く、逆に過失犯や軽微な傷害等の戒告または比較的短期の医業停止処分相当のケースでは医師免許が付与される可能性が極めて高いものと推測されます。)。事実、前科の内容が罰金刑に止まっている場合であれば、ほぼ例外なく医師免許自体は付与されているようです。
しかし、注意しなければならないのは、たとえ軽微事案の前科であっても、最終的に医師免許自体は付与されるものの、医師免許付与の可否の審査のため、厚生労働大臣の判断が相当期間留保されるということです。
例えば、傷害罪で罰金30万円の前科の場合、医師免許付与が通常よりも3か月程度遅れることが想定されます。医道審議会医道分科会が取りまとめている、医師及び歯科医師に対する行政処分に関する平成14年12月13日付ガイドラインの中でも、「本来、人の命や身体の安全を守るべき立場にある医師、歯科医師が、殺人や傷害の罪を犯した場合には厳正な処分をすべきと考える」旨明記されているとおり、世間一般で比較的軽微とされている傷害事案であっても、医師としての適格性という観点からは重く捉えられることが多いため、医師免許付与の段になって思いもよらない足止めを余儀なくされるケースも多々あります。
最終的に医師免許自体は付与されるものの、相当期間医師としての活動ができなくなるため、就職等、職業生活設計の面での影響は重大であるといえます。また、医師免許付与が遅れることによって、事実上前科の存在が周囲に分かってしまうことになるため、その後の社会生活上の支障も懸念されるところです。
かかる事態を回避するためには、刑事手続のできる限り早期の段階から不起訴処分を獲得するための活動を十分に尽くし、前科回避に向けて注力していく他ありません。
3 略式手続同意後の具体的対応
(1)処分延期の上申
あなたは、既に略式起訴に同意してしまっている状態ではありますが、現時点で起訴の手続きが執られていないのであれば、まだ起訴を回避する方法は残されています。その唯一の方法は、直ちに弁護人を選任し、まず終局処分延期の上申をしてもらうことです。在宅事件であれば、弁護人が選任され、示談交渉を試みようとしているということであれば、検察官も刑事処分決定の重要な判断要素となる示談交渉の帰趨を見守るため、示談に必要な最低限の期間(通常、長くても2~3週間程度でしょう。)は処分を保留してくれるのが通常です。その間に弁護人を通して被害者と示談を行い、不起訴処分の獲得に必要となる良情状を作り出せばよいのです。
いずれにしても、弁護人が就かなければ何も始まりませんので、直ちに検察官と交渉開始し、示談交渉を開始することのできるフットワークの軽い弁護士を速やかに探し出し、依頼することがまず重要です。
なお、略式命令に対する同意の撤回という方法も検討できますが、撤回できるか否かについて疑問もありますし、仮に撤回が認められたとしても正式起訴されてしまう危険性も残ります。示談と不起訴処分を目的とするのであれば処分延期の上申という方法が妥当なものと考えられます。
(2)示談交渉
前述のとおり、あなたは現状をそのまま放置するとなると、略式起訴された上、30万円程度の罰金刑となることが見込まれます。もっとも、あなたの深い反省の情が前提にはなりますが、弁護人を通じて被害者と示談し、十分な被害弁償をし、被害者の宥恕を得ることができれば、略式起訴を回避し、不起訴処分を獲得することも十分可能と思われます(刑事訴訟法248条参照)。傷害のような被害者が存在する犯罪では、処分の決定にあたって被害者の処罰感情と被害弁償の有無が最重要視されるため、傷害結果が軽微であり、被疑者に前科がなければ、被害者と示談成立したケースは殆どが不起訴処分となって手続終結しています。
あなたは、謝罪や被害弁償の意思があるものの、警察から被害者の連絡先等の開示を断られているとのことですが、その大きな原因の1つとして、あなたが弁護人を介してではなく、被害者との直接の接触を試みていたことが挙げられます。示談のため、被害者と接触するにあたっては、まず捜査機関を通じて被害者に対する連絡先開示の要請を行い、被害者の了解の上で捜査機関を通じて情報開示を受ける、という過程を経る必要があります。しかし、犯罪の被害者は加害者との繋がりができてしまうことへの不安から、加害者に対する直接の情報開示を嫌うことが通常です。弁護人を選任の上、被害者情報の開示を弁護人限りとすることで、示談のため被害者と接触することのできる可能性は格段に上がりますので、そのような意味でも本件は弁護人の選任が必須の事案といえます。
なお、本件は、仮に検察官に略式起訴を延期してもらうことができたとしても、一度略式起訴に同意してしまっている以上、示談交渉のための時間的猶予はかなり厳しいものになると思われます。筆者の経験上、2週間程度から長くて1か月程度で処分時期を区切られることも多く、如何に早く被害者と接触し、如何に早く示談を成立させることができるかが、本件の帰趨を大きく左右することになると思われます。弁護人のとなる弁護士の経験の差が結果を左右し得る面も否定できませんので、弁護人選任にあたっては、同種事案の経験のある弁護士を吟味して選任することが望ましいでしょう。
4 最後に
以上のように、あなたは医師免許付与の遅れやそれに伴う不利益を受けることになるか否かのまさに瀬戸際に立たされているといえます。不利益を回避するためには、弁護人の選任が必須であり、しかも弁護人は直ちに活動開始することができ、かつ、短期間で確実に示談をまとめることのできるだけの経験を有している必要があります。条件は厳しいですが、適任者を直ちに探し出し、活動開始してもらうことで、今からでも不起訴処分の獲得を目指すことは十分可能です。まだ諦めてはいけません。
ところで、振り返ってみれば、そもそもあなたにとって最善の対処法は、本件発生後、速やかに弁護人を選任し、示談交渉を開始してもらうことだったと思われます。時間が経過し、送検され、略式起訴への同意を求められ、と、刑事手続が進んでいくにつれ、状況が不利になっていることは実感としてもお分かりいただけるかと思います。終局処分までの時間的余裕がなくなると、略式起訴の可能性が高まっていくばかりでなく、示談の際の合意内容(例えば示談金額)も不利なものになりがちです。
医学生に前科が付された場合、それに伴う不利益は一般の人よりも遥かに大きいものがありますので、不起訴処分の獲得を確実なものとするため、刑事手続の初期段階から弁護人を選任の上、必要な対処をしていくことが求められます。医学生が刑事事件の被疑者となった場合、可能な限り早期に弁護士に相談することが重要といえるでしょう。
以上