新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1632、2015/09/18 12:00 https://www.shinginza.com/rikon/qa-rikon-zaisanbunyo.htm
【相続、名古屋高裁昭和27年7月3日判決、東京高裁平成16年6月14日判決】
財産分与請求権の相続性について
質問:
母は、私と姉が成人してから再婚し、約20年間夫の会社を手伝っていましたが、夫の不貞によって半年前に離婚し、先月亡くなってしまいました。私達姉妹は、母の再婚相手とは養子縁組していません。母の遺品を整理しましたが、預貯金も不動産も遺産と呼べるようなものはほとんどありませんでした。「あんなに仕事していたのにおかしいじゃないか」と母の再婚相手に抗議しましたが、何の返答もありません。私達姉妹は、母の相続人として、母の20年間の貢献に対する対価を請求できないのでしょうか。また、母が離婚する前に死亡していた場合はどうなりますか。
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回答:
夫婦が離婚した場合、婚姻中に形成した財産を清算する手段として財産分与という制度があります(民法768条)。財産分与は原則として夫婦間の協議のよって決まるものです。協議によって財産の分与の方法が決まらない場合は家庭裁判所の審判によって決せられることになっています。そこで、協議の成立、あるいは審判の確定によって初めて具体的な権利として財産分与請求権が成立します。このように財産分与請求権は夫婦関係に起因して生ずる権利であることから、一身専属的権利であると考えることができますので、財産分与の権利者が死亡してしまった場合は、その相続人が権利主張できるかどうか、問題となりますが、判例は、名古屋高裁昭和27年7月3日判決で、財産分与の意思が表示された後の財産分与請求権は普通の財産権と化しており相続性が認められるとしています。財産分与の意思が表示される前に死亡した事案について明確に判示した判例はありません、この名古屋高裁の判決からすると、財産分与の意思表示がなされていない場合は財産分与の請求はできないとも考えられます。しかし、不法行為に関する慰謝料請求権の相続性を認めた最高裁昭和42年11月1日判決を参考にすれば、慰謝料請求の主張をすることは十分可能と思われます。さらに、清算的意味の財産分与請求権の相続も同様と思われます。
配偶者が離婚することなく死亡した場合は、財産分与請求権は発生せず、これを相続することもできないという判例があります(東京高裁平成16年6月14日判決)。長年の労務や貢献に対する報酬が払われていないとか、母親の資産が夫に移転して夫名義になっている、あるいは母親から夫に対する金銭の貸し付けがあったのではないか、というような特別の事情がある場合は、それぞれの法的主張について証拠も含めて慎重に検討したうえで、母親の相続人として、財産分与請求権の相続という理論構成ではなく、夫に対して個別的理由をもとに請求権を行使していくことになります。これは一般に困難な請求ですから、弁護士に御相談の上で手続きされることをお勧め致します。
解説:
1、 財産分与請求権とは、主として夫婦が婚姻期間中に形成した夫婦共有財産を、その名義に関わらず、貢献度に応じて(通常は半分ずつに)分割を求める請求権です(民法768条)。
民法第768条(財産分与)
第1項 協議上の離婚をした者の一方は、相手方に対して財産の分与を請求することができる。
第2項 前項の規定による財産の分与について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、当事者は、家庭裁判所に対して協議に代わる処分を請求することができる。ただし、離婚の時から二年を経過したときは、この限りでない。
第3項 前項の場合には、家庭裁判所は、当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して、分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定める。
法律には明記されていませんが、解釈上財産分与の法的性格として、@婚姻期間中に形成された夫婦財産関係の清算、A離婚後における配偶者の扶養、B離婚による慰藉料、の3つの性格があると言われています。
参考判例、大阪高裁昭和40年7月6日判決
『財産分与の請求には、(1)夫婦共同生活中の共通財産の清算、(2)離婚を惹起した有責配偶者の離婚そのものに起因する相手方配偶者の損害の賠償、(3)離婚後の生活についての扶養の三つの内容を含み、家庭裁判所が財産分与の審判をなすときは、前記三つの事情を審理して審判をするのが相当であると解せられ、右審判が確定した後は、慰藉料の請求は許されないものと解すべきものであつて』
夫婦は生活全般に亘って相互に協力しあって家計を維持していくものと考えられますから、例えば妻が長年家事に専念する専業主婦であって、夫が会社員や自営業をやって資産を形成してきていたとしても、夫と妻の貢献度は半々ずつを基本として清算されることになります。そのうえで、配偶者の一方の特別の技能や資格などが収入に対する貢献度が大きいと判断された場合に、この分配の割合が6対4とか7対3などに修正されることになります。これは私見となりますが、どんなに夫側の貢献度が高かったとしても、相続段階における遺留分割合(法定相続分2分の1の半分で4分の1)を下回る財産分与割合は夫婦の公平に反するので原則として認められないと考えることができます。
2、 財産分与の制度は、離婚に際して夫婦の財産を公平に分配しようとする制度ですが、他方では夫婦の財産は別々に形成されるべきであるという原則もあります。しかし、一般的には夫婦の一方の名義で財産が形成されているのが現実です。それをどのように公平に分配するか、というのは夫婦が一番よく知っていることですから、夫婦で協議して具体的に財産分与の内容を決めるというのが原則です。従って、財産分与請求権というのは内容が決まらない以上は具体的な権利とは言えないということになります。
夫婦の協議ができない場合は、財産分与について家庭裁判所の審判で決める、と定めているのも権利があるかないかを判断する地方裁判所では財産分与について決められないという前提があるからです。このように考えると、財産分与を請求するか否かも夫婦が離婚に際して決めることで、たとえ相続人であっても当然には財産分与請求権を行使することはできないということになります。このような権利を一身専属的権利(帰属上の一身専属権と言われ 特定の権利主体だけが享有できる権利。 民法896条但し書き。例えば扶養請求権。その他、特定の者だけが行使できる行使上の一身専属権があります。例えば、慰謝料請求権。)と呼びます。
そこで、財産分与の権利者が財産分与の具体的内容を確定させる前に死亡してしまった場合は、その相続人が権利主張できるかどうか問題となりますが、判例は、名古屋高裁昭和27年7月3日判決で、財産分与の意思が表示された後の財産分与請求権は普通の財産権と化しており相続性が認められるとしています。
参考判例、名古屋高裁昭和27年7月3日判決
『法が財産分与の制度を設けたのは単に配偶者の扶養の手段を与えようとする理由だけからではなく配偶者に相続権を認めたのに対応し離婚の当事者間の公平なる財産分配の意図も亦之を包蔵するものなることは民法第七百六十八条第三項が当事者双方が其の協力によつて得た財産の額を考慮すべき一切の事情の一として之を掲げているに徴しても明かであつて仮令未だ具体的な債権取得に至らずとするも既に分与請求の意思が表示された後の財産分与請求権は調停又は協議の成立若くは協議に代る裁判所の処分を経て一定の金銭又は財物の給付請求権の取得に至るべきものであるから其の性質は普通の財産権と化しているのであつて一般の金銭債権と同様相続され得べき権利であると解するのを相当とする。』
財産分与の意思が表示される前に死亡した事案について明確に判示した判例はありませんが、先の名古屋高裁の判決を反対解釈すれば分与請求の意思が表示されない場合は財産分与請求権は普通の財産権とはなっていないことになり相続の対象とはならないと考えられます。
しかし、不法行為に関する慰謝料請求権の相続性を認めた最高裁昭和42年11月1日判決を参考にすれば、慰謝料については主張することは十分可能と思われます。財産分与にも慰謝料的な要素があるという理屈からは財産分与も請求できると考える余地はありますが、裁判所で認めるか否かは疑問が残ります。
ご相談の場合、離婚による慰謝料請求権が認められるか否かについては離婚の原因等検討が必要になります。
参考判例、最高裁昭和42年11月1日判決
『案ずるに、ある者が他人の故意過失によつて財産以外の損害を被つた場合には、その者は、財産上の損害を被つた場合と同様、損害の発生と同時にその賠償を請求する権利すなわち慰藉料請求権を取得し、右請求権を放棄したものと解しうる特別の事情がないかぎり、これを行使することができ、その損害の賠償を請求する意思を表明するなど格別の行為をすることを必要とするものではない。そして、当該被害者が死亡したときは、その相続人は当然に慰藉料請求権を相続するものと解するのが相当である。けだし、損害賠償請求権発生の時点について、民法は、その損害が財産上のものであるか、財産以外のものであるかによつて、別異の取扱いをしていないし、慰藉料請求権が発生する場合における被害法益は当該被害者の一身に専属するものであるけれども、これを侵害したことによつて生ずる慰藉料請求権そのものは、財産上の損害賠償請求権と同様、単純な金銭債権であり、相続の対象となりえないものと解すべき法的根拠はなく、民法七一一条によれば、生命を害された被害者と一定の身分関係にある者は、被害者の取得する慰藉料請求権とは別に、固有の慰藉料請求権を取得しうるが、この両者の請求権は被害法益を異にし、併存しうるものであり、かつ、被害者の相続人は、必ずしも、同条の規定により慰藉料請求権を取得しうるものとは限らないのであるから、同条があるからといつて、慰藉料請求権が相続の対象となりえないものと解すべきではないからである。』
さらに、清算的意味の財産分与請求権も一身専属権の性格がないとして、扶養的性格の部分のみ相続を否定することになると考えられます。
但し、大分地裁昭和62年7月14日判決は、財産分与請求義務の相続の観点からの判断ですが、財産分与請求扶養的部分の相続性も認めています。
3、 配偶者が離婚することなく死亡した場合は、財産分与請求権は発生せず、これを相続することもできないという判例があります(東京高裁平成16年6月14日判決)。
参考判例、東京高裁平成16年6月14日判決
『夫婦が離婚したときは、その一方は、他方に対し、財産分与を請求することができる(民法768条、771条)。この財産分与の権利義務の内容は、当事者の協議、家庭裁判所の調停若しくは審判又は婚姻関係の人事訴訟の付帯処分として判決で具体的に確定されるが、上記権利そのものは、離婚の成立によって発生し、実体的権利義務として存在するに至り、前記当事者の協議等は、単にその内容を具体的に確定するものであるにすぎない(以上につき、最高裁判所第三小法廷昭和50年5月27日判決・民集29巻5号641頁参照)。そして、財産分与に関する規定及び相続に関する規定を総合すれば、民法は、法律上の夫婦の婚姻解消時における財産関係の清算及び婚姻解消後の扶養については、離婚による解消と当事者の一方の死亡による解消とを区別し、前者の場合には財産分与の方法を用意し、後者の場合には相続により財産を承継させることでこれを処理するものとしていると解するのが相当である(最高裁判所第一小法廷平成12年3月10日決定・民集54巻3号1040頁参照)。したがって、離婚が成立するより前に夫婦の一方が死亡した場合には、離婚が成立する余地はないから、財産分与請求権も発生することはないものである。そのことは、夫婦の一方の死亡前に、その者から家庭裁判所に離婚を求めて調停が申し立てられ、調停申立ての趣旨の中に財産分与を求める趣旨が明確にされていた場合でも同様である。』
これは最高裁判例ではありませんが、死亡により夫婦関係が解消された場合は、相続問題として処理すべきであるという論旨は明確であり、離婚前に配偶者が死亡した事案において、財産分与請求権を行使したり、民法768条の類推適用を求めることは困難と考えられます。
従って、長年の労務や貢献に対する報酬が一切支払われていないとか(報酬請求)、母親の資産が夫に移転して夫名義になっている(名義貸しに基づく返還請求)、あるいは母親から夫に対する金銭の貸し付けがあったのではないか(貸金返還請求)、というような特別の事情がある場合は、それぞれの法的主張について証拠も含めて慎重に検討したうえで、母親の相続人として、夫に対して請求権を行使していくことになります。これは一般に困難な請求ですから、弁護士に御相談の上で手続きされることをお勧め致します。(以上)
≪条文参照≫
民法
(相続の一般的効力)
第八百九十六条 相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。
≪判例参照≫
大分地裁昭和62年7月14日判決
財産分与請求権不存在確認請求事件
理 由
(被告の本案前の主張に対する判断)
被告に財産分与請求権が存するか否かを最終的に確定することは正に純然たる訴訟事件であって、地方裁判所の管轄事項と認められる(婚姻費用の分担に関する最大決昭和四〇年六月三〇日民集一五巻一一一四頁以下参照)から、被告の本案前の主張は理由がない。
(請求原因について)
第一 財産分与義務の相続について
一 被告が原告らに対し、別件の当庁昭和五五年(ワ)第八〇一号慰藉料請求事件で、離婚自体に基づく金五〇〇〇万円の慰藉料を請求していること(右事実は当裁判所に顕著である。)に鑑みると、原告が不存在の確認を求める本件財産分与請求権は、所謂夫婦共同財産の清算(潜在的持分の取戻し)と離婚後昭和五三年一一月二四日に訴外丙川と再婚するまでの半年間の扶養を内容とするものと認められるが、仮に、訴外一郎が被告に対し、このような財産分与義務を負担していたとしても、これが原告らに相続されないのであれば、その余について判断するまでもなく、原告の請求は理由があるといわなければならない。
二 ところで、所謂清算的財産分与義務に関しては、それが財産的請求権であることに鑑みると、その相続を否定する理由はない(民法八九六条参照)。
三 一方、扶養的財産分与義務については、原告主張のように、該義務の一身専属性を肯定しつつ、被相続人の生前に財産分与請求の意思表示がなされたか否かで決する考えもあるが、俄に採用しがたいといわなければならない(慰藉料の相続に関する最判昭和四二年一一月一日民集二一巻九号二二四九頁以下参照)。
むしろ、第一に、民法上の相続制度の趣旨は、同法八八七条以下所定の相続人に対し、相続財産中に存在するその潜在的持分の取戻しを認めるとともに、その生活保障を図ることなどにあると解されるところ、配偶者の場合、このような要請は、離婚の場合にも存在し、これを規定したのが同法七六八条であると解することもでき、このような見地によると、扶養的財産分与義務は、その相続を認めるのが相当と考えられること、第二に、相続人が、その承継した被相続人の立場に立って、財産の分与に関する協議をすることも実際上は可能であること、第三に、該義務の相続を肯定したとしても、相続放棄・限定承認など民法上の他の制度によりその責任を相続財産の限度にとどめることが可能であること、第四に、扶養に関する一般規定たる民法八八一条は「扶養を受ける権利は、これを処分することができない。」と規定するだけであって、同条も明文上は扶養「義務」の「相続」を否定してはいないこと、などの諸点に鑑みると、扶養的財産分与義務についても、その相続を肯定するのが相当であるといわなければならない。
四 以上によると、本件財産分与義務が原告らに相続されないことを理由とする原告の請求は理由がない。