No.1635|

運転免許取消の不服申し立て|執行停止申立ての具体的手続

行政事件|運転免許取消に対する審査請求と取消訴訟|執行停止の申立ての要件および主張内容|横浜地裁平成22年10月29日決定他

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文
  6. 参照判例

質問

私は、先日歩行者の方と衝突する交通事故を起こしたとして、違反点数が基準値に達してしまい、運転免許の取消処分を受けてしまいました。

しかし、実際には私の車と被害者の方は接触しておらず、私は、被害者の方が保険金目当てで事故を主張しているのだと考えています。

私は、この運転免許取消処分に納得しておりませんので、裁判で争いたいと思っていますが、裁判には長い時間がかかると聞いています。私は、タクシーの運転手ですので、長い時間免許が使えないと生活できません。

良い方法は無いでしょうか。

回答

1 あなたは、既に運転免許の取消処分を受けているとのことですので、その処分の効力を争うためには、法律上の審査請求又は取消訴訟を提起することが出来ます。

審査請求は、行政不服審査法に基づく手続であり、処分を行った各都道府県の公安委員会に対して、処分の再検討を要求する比較的簡易な手続です。

これに対して取消訴訟は、行政事件訴訟法に基づく手続であり、公平中立な裁判所が充実した審理を行い、処分の効力について終局的に判断する手続です。

道路交通法は不服申し立て前置主義を採用しておりませんので、あなたは、どちらの手続を選択することも可能です。

一般的にいえば、事件の事実認定等について処分庁との間で大きな争いが存在する場合には、処分庁自身が判断する審査請求よりも、取消訴訟を提起した方が、より直接的な解決が可能であると考えられます。

なお、行政不服審査法は昨年改正されておりますが、新法の施行は公布から2年以内の日とされています。下記の解説は新法に基づき記載しておりますが、具体的な事件についてどちらの法律が適用されるかは、弁護士にご相談下さい。

2 上記の不服申立ての手続を行う場合、併せて運転免許取消処分の執行停止を申立てることができます。処分の執行の停止の申立ては、処分の違法性の審理には通常長い期間を要することから、一定の場合に限り、処分の効力、執行又は手続の続行を一旦停止することを認めた制度です。

本件でも、当該申立が認められれば、比較的早期に運転免許の効力の回復させることが可能です。

3 取消訴訟の提起に伴い執行停止が認められる要件は、「(1)処分の執行又は手続の続行により生じる重大な損害を避けるため緊急の必要がある」ことに加えて、消極的要件として、(2)公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとはいえない、(3)本案について理由がないとはみえないこと、という二つの条件が必要です。

運転免許取消処分の場合、(2)が問題となることは余りなく、主に(1)の「重大な損害を避けるための緊急の必要」の有無が問題となります。

(1)の要件については、申立人の側に高度の疎明が求められていますが、運転免許が業務において必須で有り、免許が無いと生活が成り立たない場合等のケースでは、執行停止が認容される例も見られます。

判断に当たっては、条文上「損害の回復の困難の程度」「損害の性質及び程度」「処分の内容及び性質」を勘案するものとされています。

各要件に沿った詳細な主張が必要となりますので、詳しくは下記の解説をご覧ください。

4 処分の執行停止の手続は、一般的には認容が難しい手続ではありますが、早期かつ実質的な救済手段として重要な方法の一つです。処分による損害を最小限にするためにも、早期に弁護士へ相談してみて下さい。

5 その他関連する事例集はこちらをご覧ください。

解説

1 運転免許取消処分に対する不服申し立て手続

あなたは、既に運転免許の取消処分を受けているとのことですが、処分の基礎となった事故が実際には発生していないのであれば、当該処分は重大な事実誤認に基づく無効な処分と言うことになります。

そのような処分の効力を争う方法としては、法律上の①審査請求又は、②処分の取消訴訟、の二つの方法が考えられます。

(1) 審査請求

審査請求は、行政不服審査法(以下「行審法」といいます。)に基づく手続であり、処分を行った各都道府県の公安委員会に対して、処分の再検討を要求する手続です(行審法2条、4条1号)。

この手続は、処分を行った行政庁自身が判断を行うため、審理にそれほどの時間を要せず、比較的早期(数か月以内)には、決定が出されることになります。また、違法な処分でなくとも、不当な処分であれば、是正の対象になるとされています(行審法1条1項)。

一方で、行政庁が一度下した処分を自ら撤回することはそれほど期待できず、実効性の面では疑義が残ります。特に本件のように、事実認定について警察側と相談者様の間で正面から食い違いが生じている場合には、取消処分自体の変更は難しいでしょう(欠格期間の減免等の軽微な改善は期待できます)。

(2) 処分の取消訴訟

取消訴訟は、行政事件訴訟法に基づく手続であり、(「以下「行訴法」といいます。)管轄の地方裁判所に対して、処分の取消を請求する訴えとなります(行訴法3条2項)。

この手続きは、公平中立な裁判所が、証拠に基づいて充実した審理を行った上で、処分の効力について終局的に判断する手続です。

その為、判決までは長期間を要しますが、処分の効力については、双方の主張も踏まえた詳細な認定が期待できます。

①②のうちどちらの手続を選択するかについて、道路交通法では、審査請求を前置すべき旨を特に定めておりませんので、当事者が自由に選択することが可能です(行訴法8条)。

本件では、公安委員会の事故認定とあなたの言い分が食い違っており、処分庁による是正が期待し難い面もあるため、審査請求を行わずに、直ちに取消訴訟を提起することも検討すべきでしょう。

2 処分の執行停止の申立ての手続

しかし、上述のような不服申立ての手続をとったとしても、行政処分には執行不停止の原則があるため、運転免許取消処分の効力に直ちに影響が有るわけではありません(行審法34条1項、行訴法25条1項)。

運転免許を早期に使用可能とするためには、不服申立てとは別に、別途運転免許取消処分の執行停止の申立てをすることが必要です。

執行停止の申立ては、審査請求と取消訴訟のいずれの方法を選択した場合でも申し立てることが可能ですが、必ずこれらの申立てや訴訟提起を先行させる必要があります。

執行停止が認められるための共通する基本的な要件としては「処分の執行又は手続の続行により生じる重大な損害を避けるため緊急の必要があること」が挙げられます(行審法34条4項、行訴法25条2項)。

そのため、下記3では、主にこの要件について解説します。

なお、審査請求に伴い執行停止を申し立てる場合には、処分庁である公安委員会自身が「必要と認める場合」にも、処分の執行停止又は「その他の措置」が可能とされています(行審法34条2項)。この点においては、審査請求を選択した方が、柔軟な対応が期待できると考えられます。

一方で、やはり処分庁自身が処分の是正を行うことが期待できない場合には、取消訴訟において客観的な審理を求める方が、直截的であると思われます。

3 執行停止の要件

以下では、執行停止が認められる為の主な要件について、具体的な主張の内容も踏まえて検討します。

(1) 重大な損害を避けるため緊急の必要性|行審法34条4項、行訴法25条2項

ア 要件の解釈について

当該要件は、執行停止において中核的な要件となるため、申立ての際も最も詳細な主張が必要とされます。

この要件の判断については、法律上、「損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとする(行審法34条5項、行訴法25条3項)」とされています。

この点、平成16年改正前の行訴法では、執行停止の要件が「回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」とされており、「損害回復の困難性」が要件となっていました。しかし、それでは余りに執行停止の要件が厳格に過ぎ、判断が硬直的になることから、同改正において、要件としては「回復の困難な損害であること」までは要求せず「重大な損害」で足りるものとし、回復の困難性は考慮要素の一つに留めることとなりました。

この要件の緩和は、横浜地裁平成22年10月29日決定でも「当該処分の執行を停止することにより停滞する一定の行政目的と申立人が当該処分により被る損害の性質及びその程度とを比較考量できるようにしたものと解される。」と指摘されているとおりです。

すなわち現在では、たとえ生じる損害の事後的な回復が可能であっても、それが行政目的の重要性と比較して、救済すべき重大な損害であると認められれば、執行停止が認められることになります。

以下では、当該要件について、運転免許取消処分の場合にどのような主張をすべきか、裁判例とも比較しながら検討します。

イ 重大な損害についての裁判例

まず、「重大な損害」については、運転免許の喪失が、単なる生活上の不便・不利益にとどまらず、処分対象者の仕事や生活の根幹に関わるような場合には、その存在が認定されている例が多いと言えます。

例えば、前述の横浜地裁決定では、被処分者がタクシーの運転手であり、処分により必然的に収入が無くなり、家族の生活が困窮し、心身に大きな圧迫が生じる可能性があることを指摘し、重大な損害の存在を認めています。

一方、仙台地方裁判所平成22年5月14日判決では、被処分者の職業は養鶏場の社員でしたが、勤務先が山中にあり公共交通機関等を利用しての通勤が不可能であり、運転免許がなければ勤務の継続が不可能であること、家族が被疑者の収入に依存していること等から、重大な損害を認定しています。

さらに、京都地方裁判所平成21年4月28日判決の事例は、被処分者は専門学校生であり、特に業務上自動車が必要な事例ではありませんでしたが、祖母の介護の為には、日用品の購入や病院への送迎に自動車が必須であることを認め、重大な損害を肯定しています。

これらの判例に共通する指摘としては、自動車の運転以外に、生活上の目的を達成する「代替手段」があるか否かです。

これらの事例は、いずれも公共交通機関の利用や家族の支援による代替が不可能で、執行停止が認められなければ損害を回避することができない事案であるといえます。判決の中でもその点が強く指摘されています。

そのため、重大な損害を主張するにあたっては、生活環境(道路状況、最寄りの駅やバス停までの距離、運行代ダイヤ等)、家族の状況(収入への影響、必要な通院の頻度)等を詳細に主張した上で、代替手段が無いことを積極的に述べるが、重要であると言えます。

その他、前記横浜地裁判決や京都地裁判決では、本人だけでなく家族の状況、特に年老いた親の介護等の事情について、詳細に言及しています。身体に影響のある不利益は、重大な損害として認められ易いため、積極的に診断書等を提出すべきでしょう。

(2) 執行停止をしても公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがないこと|行審法34条4項、行訴法25条4項

上記要件は、執行停止における消極的要件であり、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある場合には、執行停止が認められないことになります。

同要件は、裁判においても原則として行政側が疎明の責任を負うため、申立人の側で特別な主張をする必要性は小さいといえます。

しかし、この要件にも関連して、(1)の積極的要件である「重大な損害の発生」を判断する際に、当該処分を停止することによる社会への影響が重視されることはあり得ます。

すなわち、(1)の積極的要件の判断が、その損害の内容のみならず「行政目的の達成との比較衡量」で判断されることは上述のとおりですが、その比較衡量の中では、当該「処分を停止することの社会への影響の大きさ」が一つの重要な要素となります。

特に運転免許取消処分の場合、行政側は、「違反行為をした危険な運転者が運転をすれば、将来における道路交通の危険を防止し、交通の安全と円滑を図るという道路交通法の目的が損なわれる」との主張をすることが多くあります。

そのため、申立人としては、そのような道路交通の安全への阻害が無いことを、予め主張しておくべきです。

具体的には、争点となる違反行為の悪質性が低いこと、違反・事故歴が無く運転者としての適格性に問題が無いこと等を申立ての際に記載しておくと良いでしょう。

(3) 本案について理由がないとは言えないこと|行審法34条4項、行訴法25条4項

この要件も、執行停止の消極的要件となります。

当該要件は、最終的に有効な可能性が高い行政処分にまで執行停止を認めてしまうと、執行不停止の原則に反し行政目的の達成を阻害するため、本案について理由がないと認められるような濫訴に近い申立てを排除する趣旨で設けられた要件と考えられます。

この要件についても、本案について理由がないことは行政側に疎明責任があると捉えられますが、通常、行政側はある程度客観的な証拠に基づいて行政処分を下している場合が殆どであるため、実質的には、申立人の側で、ある程度行政処分の違法性を疑わせる事情を具体的に示す必要があります。

特に、本要件によって申立てが却下されている例の中で多いのが、捜査 段階で違反行為を自白する供述調書が作成されているケースです(東京高等裁判所平成21年1月8日判決等)。

このような場合には、そのような自白調書が作成された経緯について、詳細な説明と反論が必要になります。

本件のように、事実関係を争っているような事例の場合には、自己に有利な認定の根拠となる証拠(実況見分調書、自己の供述調書等)を可能な限り準備する必要があります。

警察の資料については、訴訟で被告から提出されるのを待たずとも、刑事事件の処分が出ていれば、検察庁で確定記録(警察の作成した証拠)を閲覧謄写することができます。不服申し立ての際には、必ず事前に取得した上で対策を練るべきでしょう。

加えて、刑事事件で無罪や不起訴処分となっている場合には、非常に有利な状況となります。取消訴訟本案における判断(行政処分の効力)は、あくまで刑事事件の判断とは別個になされるのが原則ですが、本要件における「本案の見込み」の段階であれば、刑事処分で無罪又は不起訴処分になっていることは、本案の理由があることに直接的につながると言えます(前述京都地裁判決等)。

4 まとめ

解説は以上となります。処分の執行停止の手続は、一般的には認容が難しい手続ではありますが、早期かつ実質的な救済手段として重要な方法の一つです。

処分による損害を最小限にするためにも、早期に弁護士へ相談なさって下さい。

以上

関連事例集

  • その他の事例集は下記のサイト内検索で調べることができます。

Yahoo! JAPAN

参照条文
行政不服審査法

第一章 総則
(この法律の趣旨)
第一条 この法律は、行政庁の違法又は不当な処分その他公権力の行使に当たる行為に関し、国民に対して広く行政庁に対する不服申立てのみちを開くことによつて、簡易迅速な手続による国民の権利利益の救済を図るとともに、行政の適正な運営を確保することを目的とする。
2 行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為に関する不服申立てについては、他の法律に特別の定めがある場合を除くほか、この法律の定めるところによる。

(定義)
第二条 この法律にいう「処分」には、各本条に特別の定めがある場合を除くほか、公権力の行使に当たる事実上の行為で、人の収容、物の留置その他その内容が継続的性質を有するもの(以下「事実行為」という。)が含まれるものとする。
2 この法律において「不作為」とは、行政庁が法令に基づく申請に対し、相当の期間内になんらかの処分その他公権力の行使に当たる行為をすべきにかかわらず、これをしないことをいう。

(処分についての不服申立てに関する一般概括主義)
第四条 行政庁の処分(この法律に基づく処分を除く。)に不服がある者は、次条及び第六条の定めるところにより、審査請求又は異議申立てをすることができる。ただし、次の各号に掲げる処分及び他の法律に審査請求又は異議申立てをすることができない旨の定めがある処分については、この限りでない。
一 国会の両院若しくは一院又は議会の議決によつて行われる処分
二 裁判所若しくは裁判官の裁判により又は裁判の執行として行われる処分
三 国会の両院若しくは一院若しくは議会の議決を経て、又はこれらの同意若しくは承認を得た上で行われるべきものとされている処分
四 検査官会議で決すべきものとされている処分
五 当事者間の法律関係を確認し、又は形成する処分で、法令の規定により当該処分に関する訴えにおいてその法律関係の当事者の一方を被告とすべきものと定められているもの
六 刑事事件に関する法令に基づき、検察官、検察事務官又は司法警察職員が行う処分
七 国税又は地方税の犯則事件に関する法令(他の法令において準用する場合を含む。)に基づき、国税庁長官、国税局長、税務署長、収税官吏、税関長、税関職員又は徴税吏員(他の法令の規定に基づき、これらの職員の職務を行う者を含む。)が行う処分
八 学校、講習所、訓練所又は研修所において、教育、講習、訓練又は研修の目的を達成するために、学生、生徒、児童若しくは幼児若しくはこれらの保護者、講習生、訓練生又は研修生に対して行われる処分
九 刑務所、少年刑務所、拘置所、留置施設、海上保安留置施設、少年院、少年鑑別所又は婦人補導院において、収容の目的を達成するために、これらの施設に収容されている者に対して行われる処分
十 外国人の出入国又は帰化に関する処分
十一 専ら人の学識技能に関する試験又は検定の結果についての処分
2 前項ただし書の規定は、同項ただし書の規定により審査請求又は異議申立てをすることができない処分につき、別に法令で当該処分の性質に応じた不服申立ての制度を設けることを妨げない。

(審理の方式)
第二十五条 審査請求の審理は、書面による。ただし、審査請求人又は参加人の申立てがあつたときは、審査庁は、申立人に口頭で意見を述べる機会を与えなければならない。
2 前項ただし書の場合には、審査請求人又は参加人は、審査庁の許可を得て、補佐人とともに出頭することができる。

(執行停止)
第三十四条 審査請求は、処分の効力、処分の執行又は手続の続行を妨げない。
2 処分庁の上級行政庁である審査庁は、必要があると認めるときは、審査請求人の申立てにより又は職権で、処分の効力、処分の執行又は手続の続行の全部又は一部の停止その他の措置(以下「執行停止」という。)をすることができる。
3 処分庁の上級行政庁以外の審査庁は、必要があると認めるときは、審査請求人の申立てにより、処分庁の意見を聴取したうえ、執行停止をすることができる。ただし、処分の効力、処分の執行又は手続の続行の全部又は一部の停止以外の措置をすることはできない。
4 前二項の規定による審査請求人の申立てがあつた場合において、処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があると認めるときは、審査庁は、執行停止をしなければならない。ただし、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき、処分の執行若しくは手続の続行ができなくなるおそれがあるとき、又は本案について理由がないとみえるときは、この限りでない。
5 審査庁は、前項に規定する重大な損害を生ずるか否かを判断するに当たつては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとする。
6 第二項から第四項までの場合において、処分の効力の停止は、処分の効力の停止以外の措置によつて目的を達することができるときは、することができない。
7 執行停止の申立てがあつたときは、審査庁は、すみやかに、執行停止をするかどうかを決定しなければならない。

(執行停止の取消し)
第三十五条 執行停止をした後において、執行停止が公共の福祉に重大な影響を及ぼし、又は処分の執行若しくは手続の続行を不可能とすることが明らかとなつたとき、その他事情が変更したときは、審査庁は、その執行停止を取り消すことができる。

行政事件訴訟法

第一章 総則
(この法律の趣旨)
第一条 行政事件訴訟については、他の法律に特別の定めがある場合を除くほか、この法律の定めるところによる。

(行政事件訴訟)
第二条 この法律において「行政事件訴訟」とは、抗告訴訟、当事者訴訟、民衆訴訟及び機関訴訟をいう。

(抗告訴訟)
第三条 この法律において「抗告訴訟」とは、行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟をいう。
2 この法律において「処分の取消しの訴え」とは、行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為(次項に規定する裁決、決定その他の行為を除く。以下単に「処分」という。)の取消しを求める訴訟をいう。
(略)

(処分の取消しの訴えと審査請求との関係)
第八条 処分の取消しの訴えは、当該処分につき法令の規定により審査請求をすることができる場合においても、直ちに提起することを妨げない。ただし、法律に当該処分についての審査請求に対する裁決を経た後でなければ処分の取消しの訴えを提起することができない旨の定めがあるときは、この限りでない。
2 前項ただし書の場合においても、次の各号の一に該当するときは、裁決を経ないで、処分の取消しの訴えを提起することができる。
一 審査請求があつた日から三箇月を経過しても裁決がないとき。
二 処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる著しい損害を避けるため緊急の必要があるとき。
三 その他裁決を経ないことにつき正当な理由があるとき。
3 第一項本文の場合において、当該処分につき審査請求がされているときは、裁判所は、その審査請求に対する裁決があるまで(審査請求があつた日から三箇月を経過しても裁決がないときは、その期間を経過するまで)、訴訟手続を中止することができる。

(執行停止)
第二十五条 処分の取消しの訴えの提起は、処分の効力、処分の執行又は手続の続行を妨げない。
2 処分の取消しの訴えの提起があつた場合において、処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があるときは、裁判所は、申立てにより、決定をもつて、処分の効力、処分の執行又は手続の続行の全部又は一部の停止(以下「執行停止」という。)をすることができる。ただし、処分の効力の停止は、処分の執行又は手続の続行の停止によつて目的を達することができる場合には、することができない。
3 裁判所は、前項に規定する重大な損害を生ずるか否かを判断するに当たつては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものとする。
4 執行停止は、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき、又は本案について理由がないとみえるときは、することができない。
5 第二項の決定は、疎明に基づいてする。
6 第二項の決定は、口頭弁論を経ないですることができる。ただし、あらかじめ、当事者の意見をきかなければならない。
7 第二項の申立てに対する決定に対しては、即時抗告をすることができる。
8 第二項の決定に対する即時抗告は、その決定の執行を停止する効力を有しない。

参照判例
横浜地裁平成22年10月29日決定

1 重大な損害を避けるため緊急の必要があると認められるか否かについて

(1)「重大な損害を避けるため緊急の必要がある(行政事件訴訟法25条2項)」という要件は、平成16年法律第84号による改正前の行政事件訴訟法25条2項が「回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるとき」、すなわち、申立人側の損害について事後的な救済では回復できないものであることを要件としていたところ、それでは、損害の事後的回復が困難か否かという損害の性質の判断のみで執行停止の可否が決せられる点で硬直的、かつ、申立人にとり厳格に過ぎ、個々の事案ごとの事情に即した適切な判断を確保することができないと考えられたことから、同要件を緩和する趣旨で定められ、その有無を判断するにあたっては、第1次的に、損害の回復の困難の程度を、第2次的に、損害の性質及び程度並びに当該処分の内容及び性質を勘案するものとして(同条3項)、当該処分の執行を停止することにより停滞する一定の行政目的と申立人が当該処分により被る損害の性質及びその程度とを比較考量できるようにしたものと解される。

(2)ところで、本件処分の執行停止がされたときには、期限の更新が許可されたこととなるのではなく、本件更新許可申請に対する可否の判断が一時的に保留される効果が生じるにとどまり、このような事態は、期限更新の許否の審査が更新期限を越えてされる場合にも起こりうるものであり、現に本件処分も

前記第2の2の(2)及び(5)のとおり本件新規許可期限を約11か月越えてされ、その結果として、申立人は、個人タクシー経営をその間継続することができたのである。そうすると、本件処分について執行停止がされたとしても、本件処分による行政目的の停滞による影響が必ずしも重大であるとはいい難い。他方、本件処分の執行が停止されなければ、申立人がその生業である個人タクシー事業経営を続行することができず、申立人が約13年間のタクシー運転士としての経験があるにしても満58才に達していることは前記第2の2(1)のとおりであって、年齢不問であることの多いタクシー会社への再就職事情

に照らしても不利であり、かつ、転業が困難なことは自明であるから、その収入がなくなり又は著しく減少することは想像に難くない。そして、前記第2の2(6)の事実並びに疎明資料(疎甲13)及び審尋の全趣旨によれば、申立人が本件処分後の手続及びD協会の除名処分により事業再開にあたり再投資費用の支出を余儀なくされることが一応認められる。そうすると、本案事件における認容判決が確定するまでに、事業の再開をすることができない程に経済的に困窮することがないとはいえず、必ずしも国家賠償請求訴訟における認容判決の確定によって当該損害の回復がもたらされるとはいうことはできない。また、前記第2の2(1)の事実と疎明資料(疎甲13)及び審尋の全趣旨によれば、仮に申立人の老父母が医療費補助を受け、かつ、年金収入を得ていたとしても、老父が○に罹患して入退院を繰り返しているため、老父母がその生活を申立人に依存していることが一応認められるのであり、申立人が無収入化し、又は、その収入が著しく減少することにより、申立人及び老父母の生活が一層困窮し、老父母が物心両面で圧迫を受け、回復し難い損害が発生するに至る可能性もあり得るというべきである。

(3)以上によると、本件では、本件処分による重大な損害を避けるため緊急の必要があると認められる。

仙台地方裁判所平成22年5月14日判決

2「重大な損害を避けるため緊急の必要」があるか否かについて

(1)申立人は申立人の家族はその生計を申立人の賃金収入に依存しているところ、本件処分の効力が認められれば、通勤手段としてタクシーを利用するか実母の送迎に頼るしかなく、タクシーの利用はその負担(1日約9000円の出費の見込み)から経済的に困難である一方、申立人の実母による送迎も、同人が高齢であることやその生活状況、健康状態等に照らし、同人の生命身体を脅かす危険が極めて高いことからすると、いずれにしても申立人に回復し難い重大な損害を生じる旨主張するのに対し、相手方は、現時点で申立人が自動車の運転をしていないことによる損害は発生しておらず、仮に損害が発生しても金銭賠償によって回復できるものである旨主張して、申立人の主張を争っている。 そこで検討するに、疎明資料(疎甲1、4、8、疎乙3の1及び2、11)によれば以下の事実を一応認めることができる。

ア 申立人(昭和43年生)は、平成10年に離婚した後、長女(平成4年生)を養育して現在に至っており、上記離婚に伴い、配偶者から養育費や慰謝料等の支払は受けておらず、申立人の長女の生活も、申立人の賃金収入に依存している。申立人の長女は、平成22年3月に高校を卒業し、丙市内の短大に進学しており、その学費も申立人において確保する必要がある。[疎甲1、4、8]

イ 申立人は、平成13年から現在に至るまで、株式会社Bファーム(以下「勤務先」という。)において勤務し、養鶏作業等に従事している。申立人の勤務の状況は、月の半分は早出で午前7時までに出勤し、その他の日においても午前7時半までには出勤し、その後、午後5時まで養鶏作業を行った後、事務所においてデータ入力作業を行ってから退社するのが通例となっている。上記勤務を通じて、申立人の収入は、月額20万円を超えることはほとんどなく、年収にして220万円程度である。[疎甲4]

ウ 勤務先は、甲県乙市内の山中にあり、申立人の自宅(甲県乙市丁町)付近から勤務先付近まで公共交通機関を利用することは困難であるから、交通手段として自家用車がなければ生活に著しい不便が生じる。申立人は、本件処分により運転免許が取り消された後、65歳になる申立人の実母に勤務先まで送迎

してもらっているところ、仮に、申立人の自宅から勤務先までタクシーを利用した場合には、往復1回につき8500円程度の料金がかかる。[疎甲4、8、疎乙3の1及び2、8、11]

エ 申立人の祖母は日常生活上の介助が必要であるところ、現在は申立人の実母が申立人の祖母の自宅まで赴いて介助を行っているが、申立人の実母自身も、高血圧の治療等のため、週に1日、病院に通院している状況にある。このような状況の下で、申立人の実母は、冬場の運転の際には脱輪しかけたこともある

など運転技能に衰えが見え始めており、特に冬場の運転については避けるようになっている。[疎甲4、8、疎乙3の1]

オ 他方、申立人は、普通自動車運転免許を取得してから本件事故を起こすまでの間、無事故・無違反であった。[疎乙3の2]

カ 申立人は、本件事故の原因について、警察官による取調べ及び本件処分に対する異議申立てにおいて、毎日のように通勤で通っている場所で慣れており、他の通行車両もいなかったことから、多少脇見をしながら運転しても、対向車線にはみ出すことなく、また、他の車とぶつかることなく進行できると油断したなどと供述している。[疎乙3の2、11]

(2)以上の事実を基に検討するに、上記(1)アの事実によれば、申立人が現時点で職を失った場合には、その生活が困窮し、申立人に生計を依存している長女の学校生活にも支障をきたす可能性が高く、昨今の経済状況や申立人の年齢等に照らせば、申立人の生活にとって、勤務先での仕事を継続する必要性は高いといえる。

そして、上記(1)アないしウの事実によれば、申立人の勤務先への通勤手段としては自家用車を用いるほかないところ、申立人の長女に送迎を期待することは現実的に困難とみられることから、申立人の免許が取り消されている現状においては、申立人の実母が申立人の送迎を毎日行わざるを得ない状況にあ

る。

このような状況の下で、上記(1)エの事実のとおり、申立人の実母は、申立人の祖母の介助を行いながら日常生活を送っているのであって、65歳という年齢に加え、高血圧で通院中であることを考慮すると、同人が毎日早朝及び夕方に申立人の送迎を継続することとなれば、疲労の蓄積により、高血圧を原因とする脳疾患や心疾患等に罹患することもあながちあり得ないことではない。さらに、申立人の実母について、加齢に伴う運転技能の低下がみられ、特に冬場の運転は避けるようになっていた状況も考え併せると、申立人の実母にとって、冬場に限らず、自動車の運転によるストレス等の負荷が相当程度高まることは容易に推測されるところであって、これは脳疾患や心疾患等への罹患のリスクを一層高める要因となりうるものといえる。

そうすると、申立人は、本件処分により、勤務先での勤務を断念するか申立人の実母の生命身体への悪影響を受忍するかの二者択一を迫られている状況にあるといえるのであって、いずれを選択するにしても、申立人にとって金銭による事後的回復が困難な損害を生じ得るものと認められる。

(3)もっとも、上記損害のうち、申立人の実母の生命身体への悪影響による損害については、現時点で現実に発生しているものではないことから、損害を避けるための緊急の必要があるか否かについてはさらに検討する必要があるところ、上記(1)及び(2)でみた申立人の実母の生活状況、健康状態及び申立人の送迎のための自動車の運転によって高まり得るストレス等の事情を勘案すれば、現時点においても、少なくとも、申立人の実母の生命身体への悪影響が生じる相当程度の可能性があるということができる。

そして、脳疾患や心疾患については、罹患すると回復が困難な場合もあり、事前の予防が重要とされているところであって、その疾病の性質等に照らせば、上記損害の未実現を理由に、損害を避けるための緊急の必要性を否定することは相当とはいえない。

(4)そして本件事故の態様か、らみて、本件事故を引き起こした申立人の道路交通法違反の危険性は決して低いものではないものの、悪質であるとは言い難く、上記(1)オの事実のとおり、申立人がこれまで無事故、無違反で交通法規に違反したことがなく、申立人の交通規範に対する遵法精神が低いとまではいえないことからすると、本件処分により申立人を道路交通の場から排除する必要性が高いとはいえない。

(5)以上の検討によれば、後記3で説示するように、本案に理由がないとはいえない可能性が相当程度認められるという本件事情の下においては、運転免許の取消処分による行政目的達成の必要性を考慮してもなお、申立人に生じる重大な損害を避けるため本件処分の執行を停止する緊急の必要があると認めるのが相当である。

京都地方裁判所平成21年4月28日判決

1「重大な損害を避けるため緊急の必要がある」といえるかについて

(1)重大な損害を避けるため緊急の必要があるか否かについては、処分の執行等により維持される行政目的の達成の必要性を踏まえた処分の内容及び性質と、これによって申立人が被ることとなる損害の性質及び程度とを、損害の回復の困難の程度を考慮した上で比較衡量し、処分の執行等による行政目的の達成を一時的に犠牲にしてもなおこれを停止して申立人を救済しなければならない緊急の必要性があるか否かという観点から検討すべきである。

したがって、運転免許取消処分の効力の停止を求める申立てにおいて、重大な損害を避けるため緊急の必要があるというためには、運転免許取消処分の存続に伴って申立人の被る不利益が、道路交通上危険のある運転者を道路交通の場から排除して、将来における道路交通上の危険を防止し、道路交通の安全と円滑を図ることを目的とする運転免許取消処分の行政目的を達成すべき必要性を勘案してもなおその効力の存続を是認することができない程度の損害に当たることを要すると解するのが相当である。

(2)一件記録によれば、以下の事実を一応認めることができる。

ア 申立人の住所地は、周囲を山と田畑に囲まれた地域である。住所地から最寄りの駅までは自動車で約15分であり、また、駅や市役所等への路線バスの最寄りの停留所まで徒歩で約20分であり、その本数は1時間ないし2時間に1本程度で、最寄り駅発の最終バスの発車時刻は午後6時40分である(なお、

住所地の前には、幹線以外の地域を巡回する巡回バスの停留所はあるが、その本数は1日2~5本である。)。スーパーマーケットやコンビニエンスストア、医療機関も住所地の周囲にはない。(甲3、疎乙35ないし37)

イ 申立人は、住所地に祖母(B)と母親(C)の3人で居住しているところ、祖母は、90歳を超え、寝たきり状態で要介護5の認定を受けており、数年前から○を発症し、その他、様々な疾病に罹患しており、健康状態も悪化している。他方、母親は、運転免許を取得しているが、整形外科や眼科に通院し、○

にも罹患している。(甲3ないし5、6の1・2)

ウ 申立人の母方の実家は家業として代々農業を営んでおり、母親が農作業に当たっている。申立人は、専門学校にアルバイトとして勤務しているが、アルバイトが休みの時には、農作業を手伝っている。(甲3、疎乙28)

(3)上記のとおりの申立人の住所地の地理的状況や公共交通機関の現状にかんがみれば、自動車の利用は、申立人の日常生活にとって必須ともいい得るものであり、本件処分により、日用品や食料品等の購入、病気や怪我の際の通院等、申立人の日常生活に重大な支障を来すことになることは明らかというべき

である。

加えて、申立人の祖母の健康状況からすれば、本件処分の結果、祖母の介護においても重大な支障が生じ、申立人にも損害が生ずるものといわざるを得ない。相手方は、公共交通機関やタクシー会社の存在に加えて、デイサービスや高齢者福祉の充実を挙げ、祖母の介護が不可能となり、生活破綻に通じるとはいえないと主張するが、前記のとおりの祖母の健康状態では、緊急に祖母を医療施設等に搬送することが容易に想定されるのであり、相手方主張の事実が、代替手段になるとはいい難い。

そして、本件においては刑事事件において申立人の救護義務違反について無罪の判決が確定しているという事情があることをも併せ考慮すれば、上記損害は、運転免許取消処分の行政目的を達成すべき必要性を勘案してもなおその効力の存続を是認することができない程度の損害に当たるというべきである。

よって重大、「な損害を避けるため、緊急の必要がある」との疎明があるといえる。