新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1638、2015/10/01 12:00 https://www.shinginza.com/qa-roudou.htm
【労働事件、残業代請求の具体的な計算,立証手段と請求の方法、付加金の請求方法、最高裁平成26年3月6日判決、最高裁平成27年5月19日決定】
残業代請求の具体的な計算,立証手段と請求の方法
質問:
私は,精密機械の部品メーカー会社に月給制の正社員として勤務しており,現在課長代理の地位にあります。月給の賃金は住宅手当を除いて,40万円です。契約書上の労働時間は,休憩時間を除いて7時間30分です。また,1年間の所定労働日数は270日です。
しかしながら実際は激務であり,労働契約上の勤務時間を大幅に超えて残業をしています。ところが,社長の指示により現在まで一切の残業代(残業手当)が支払われていません。もう辞めようと思い,会社に対して退職の意向を伝えました。
今後,会社に対して残業代を請求するために必要なことを教えていただければと思います。
また、付加金という制度があると聞いたのですが、どのような場合に請求できるのでしょうか。弁護士に依頼した方がよいでしょうか。
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回答:
1 残業代請求のためには,まず残業をしたこと,すなわち労働契約で定められた所定労働時間以上に労働した事実を立証できなければなりません。労働時間を立証するための証拠をしっかりと集める必要があります。具体的には,最も重要なタイムカード,これを補強するものとして業務日誌,通勤履歴,パソコンの立ち上げ・送受信の履歴などです。これらがない場合には,出勤・退勤時間をその都度メモしておいてください。原則として,これらの証拠収集作業は会社に在籍している間に,行っておく必要があります。
2 残業時間を証明できる証拠が揃ったら,残業代を具体的に計算する必要があります。労働基準法(以下「労基法」といいます。)における基準に従い,基本となる1時間当たりの賃金額に,割増率を掛けて,そこに時間外労働時間をかけて,具体的な請求額を算定していく必要があります。本件では,40万円 ÷ 168.75時間 = 2370.37円が基本賃金となり,ここに割増率,時間外労働時間をかけて請求額を計算していくこととなります。
3 残業代の具体的な計算ができたら,会社に具体的な請求をしていく必要があります。請求の手段としては,訴訟外の交渉,労働基準監督署への申告,訴訟の提起,労働審判の申立て,などの手段があります。それぞれメリット・デメリットがありますので,弁護士の適切なアドバイスを受けて,証拠収集と法的な請求手段を採るべきであると考えられます。
4 残業代請求に関する他の事例集としては,その他1283番,1166番,1133番,1062番,762番,書式ダウンロードページの残業代計算シート等を参照してください。
5 また、付加金は、残業代の支払いに附帯して付加金の支払いを裁判で請求し、裁判所が判決でその支払いを命じた時に初めて認められます(労基法114条本文)。請求できる付加金の額は,未払分の賃金と同額を請求することができます。
但し、付加金を付けるかどうかについては,裁判所の裁量に委ねられており,会社の労基法違反の程度・態様,労働者の受ける不利益の性質・内容など諸般の事情を見て裁判所が決めるとされています。
また、付加金制度の対象となるのは,残業代のほか,解雇予告手当,休業手当,年次有給期間中の賃金です。
解説:
第1 残業代の計算方法
本稿では,残業代請求についての制度趣旨を述べた後,具体的な残業代の計算,争う手段,収集すべき証拠について検討していきます。
1 残業代(残業手当)の制度とは
使用者である会社が,労基法に定める時間外・休日労働の規定(同法33条1項,2項,36条)によって,労働者の労働時間を延長したり,休日に労働させた場合や,午後10時から午前5時までの間の深夜の労働をさせた場合には,その延長された時間もしくは休日・深夜分の労働について,通常の労働時間または労働日の賃金に一定の割増率を乗じた割増賃金を労働者に支払わなければなりません(同法37条)。
このように,通常の労働時間(契約書等に定められた所定労働時間を指します。)外の一定の時間外労働,休日労働に対して,通常の賃金以上に支払われる割増賃金のことを,残業代といいます。残業代,残業手当など,様々な呼び方がありますが,ここでは残業代と一括していいます。
通常の賃金よりも付加して割増賃金が支払われる法の趣旨は,以下の2点にあります。@時間外労働・休日労働は,通常の労働時間または労働日よりも更に追加された特別な労働となりますので,そのような特別な労働をさせた労働者には一定の補償・補填をすべきであること,Aまた,使用者に追加の経済的負担を課すことにより,不必要な時間外・休日労働を抑制するというものです。
2 残業代(残業手当)の計算方法
以上述べたところが残業代制度の趣旨となりますが,残業代請求の前提として,まずは請求できる残業代がいくらになるのかを具体的に計算する必要があります。賃金の支払方法(月給制,時間給など)によって計算方法は変わりますが,大多数の企業で採用されている月給制を例にとってみますと,計算式は以下のとおりです。
(1)基礎となる1時間当たりの賃金手当をまず計算し,
(2)そこに法定の割増率を掛けて(1時間当たりの残業代),そこに,
(3)時間外労働時間を掛けることで請求額を導き出すという作業が基本になります。
(計算式1)
請求額 = 1時間当たりの賃金額(基礎となる賃金手当)
× (1 + 法定の割増率)
× 時間外労働時間
次に,ここにいう1時間当たりの賃金額(基礎の賃金手当)は,以下のとおり計算されます。
(計算式2)
1時間当たりの賃金額 = 1カ月の賃金手当の合計額
÷ 1カ月の所定労働時間
以下で,具体的な算定方法について,順を追って検討していきます。
(1) 「1時間当たりの賃金額」(基礎となる賃金手当)の計算
ア 基礎となる賃金手当の「合計額」の計算
まず,残業代請求における割増賃金の基礎となる,1か月ごとの賃金手当の計算をする必要があります(本件は月給制ですので,それに即して計算していきます)。
ここにいう「賃金」には,基本給,付加給,各種手当(役付手当,経験手当,調整給など)が含まれ,これらをすべて合計した1か月分の金額となります。
もっとも,労基法37条4項で「賃金」の中には,家族手当,通勤手当,労基法施行規則21条に定める賃金(別居手当,子女教育手当,住宅手当,臨時に支払われた賃金,1カ月を超える期間に支払われる賃金)といったものは含まれないことになっていますからこれらの手当ては計算から除外する必要があります。これらの手当ては労働の対価ではなく福利厚生的な目的から支払われるものであることから,労働の対価としての残業代の計算からは控除するのがその趣旨です。従って,手当の名目はともかく支給の実態が労働の対価としての支払われている手当であれば,残業代の計算に加算されることになります。個別の手当等が含まれるかどうかについては,手当の名称だけでなく,支払いの実態についての具体的な検討が必要です。
上記「賃金」の裁判上の立証としては,1カ月ごとの給与明細書,雇用契約書によって立証する必要があるので,こちらは最低限手元に取っておく必要があります。
本件は月給制であり,1カ月あたりの賃金,基本給の合計40万円が1か月の賃金手当として,「1時間当たりの賃金額」として計算の基本となります。
イ 「1カ月の所定労働時間」の計算
(ア)上記の基本給が計算できたら,割増賃金の基礎となる1時間当たりの時間賃金を算定する必要があります。具体的には,労基法施行規則19条1項に定めがあり,賃金の支払形態によって,以下の区分で計算される必要があります。
@ 時間給 その金額
A 日給 基礎となる賃金手当を「1日の所定労働時間」(不定の場合は1週間での1日平均)で割った金額
B 週給 基礎となる賃金手当を「1週間の所定労働時間」(不定の場合は4週間での1週間平均)で割った金額
C 月給 基礎となる賃金手当を「1カ月の所定労働時間」(不定の場合は1年での1か月平均)で割った金額
D 請負給 賃金算定期間の賃金総額をその間の「総労働時間」で割った金額
@からDまでの複数の賃金支払形態が組み合わさっている場合は,各計算方法で算出された金額の合計額となりますので,支払形態ごとに一つずつ残業代を計算していく必要があります。
(イ)本件では月給制ですので,まず,「1カ月あたりの平均所定労働時間」を計算してから,1時間当たりの賃金額を計算する必要があります。
(計算式3)
「1カ月あたりの所定労働時間」(1カ月当たりの所定労働時間が月ごとに変動し,不定の場合)
= 契約(就業規則)上の所定労働時間 × 年間所定労働日数 ÷ 12月
@ 契約(就業規則)上の所定労働時間の計算
「所定労働時間」とは,契約(就業規則)上定められている始業時間から終業時間までの時間から,休憩時間を差し引いた時間となります。契約上,通常労務を提供しているとされる時間を意味します。
ここでは,1日あたりの労働契約上の所定労働時間を把握する必要があります。こちらは労働契約書,就業規則に記載がありますので,比較的容易に確認できるものと思われますが,手元にない場合には会社等に請求する必要があります。
本件では,契約書上,出勤時間から退勤時間までの時間から休憩時間を引いた時間が7時間30分ということなので,これが「所定労働時間」になります。
A 「年間所定労働日数」の計算
1日当たりの所定労働時間を算定したら,「1カ月の所定労働時間」を算定する必要がありますが,契約に定められた休日(通常,土日祝日とされる場合が多いと思われます)については一月毎に異なるので,1月ごとの所定労働時間数は異なる場合がほとんどであると思われます。
したがって,この場合,「1カ月の所定労働時間」としては,1年間における1月の平均所定労働時間をまず計算する必要があります(上記労基法施行規則19条1項)。1年間における,契約(規則)上の所定休日(土日祝日,年末年始,夏季休暇等)を引いて計算してください。
本件では,年間の所定労働日数は270日なので,それが計算の根拠となります。
B 「1カ月の所定労働時間」の計算
@にAを掛けて,12で割れば1月毎の月間所定労働時間が計算できます。
本件では,7,5時間×270日÷12日なので,168.75時間が「1カ月の所定労働時間」となります。
ウ 「1時間当たりの賃金額」の計算
ア,イで「1カ月当たりの賃金」,「1カ月当たりの所定労働時間」計算できたら,上記計算式2にしたがって,「1時間当たりの賃金額」を算定してください。
本件では,40万円 ÷ 168.75時間
= 2370.37円
が1時間当たりの賃金額となります。
(2) 法定の割増率
基礎となる「1時間当たりの賃金額」が計算できたら,残業代における法定の割増率を掛ける必要があります。
割増率は,労基法に定められており,それに従って計算していく必要があります(同法37条参照)。具体的には,以下のとおりです。
ア 1カ月の合計が60時間までの時間外労働及び午後10時から午前5時までの深夜労働については2割5分以上の率
イ 1カ月の合計が60時間を超えた時間外労働が行われた場合の60時間を超える部分の時間外労働については5割以上の率
ウ 休日労働については3割5分以上の率
ただし,上記の割増率については一定の例外もありますので注意が必要です(労基法37条3項)。
(3) 超過労働時間数の算定
最後に,時間外労働(残業)の時間を算定することになります。残業代請求の対象となる時間外労働は「法定時間外労働」とよばれます。労働契約や就業規則に定められた出勤時間から退勤時間まで(休憩時間除く)の時間を超えて労務を提供したり,所定休日に労務を提供した時間を意味します。
時間外に労働した事実については,タイムカードなどの証拠をもって,労働者の方でしなければなりません。具体的な勤務時間の立証については,後述します。
例えば,本件において,休日労働以外の時間外労働を50時間行ったと仮定しますと,残業代請求の具体的金額としては以下のとおりになります。
2370.37円 × 1.25 × 50
= 148148,1円
(4) 以上,残業代の計算方法について概観してきましたが,具体的な計算については,個々の会社の就業規則,労働協約,労働者の労働状況によって算定方法が異なります。詳細については,弁護士に相談された方がよいでしょう。
第2 残業代請求,労働時間算定のための立証活動
1 労働時間の算定
残業代の計算は上記のとおりですが,使用者(会社)に対して法的に残業代の支払請求をするには,残業代請求の前提となる時間外労働の事実,すなわち「労働時間」を立証しなければなりません。判例上も,労働者がどの時間から勤務を開始し,どの時間まで会社に勤務していたかの立証責任は,労働者にあるとしています。すなわち,時間外労働をしたこと,その具体的時間について立証できなければ,残業代請求が認められることはありません。
では,具体的にどのように勤務時間を立証していくのでしょうか。これらの証拠については,会社に在籍している間に,可能な限り収集しておく必要があります。証拠収集については,会社の業務内容によって異なるところですので,弁護士に事前に相談しておくことをお勧めします。
2 具体的な証拠について
(1) 労働契約書,給与明細書,就業規則の取得
上述のとおり,残業代請求の前提として,労働契約上の所定労働時間と,算定の根拠となる労働賃金を算定する必要があります。
これを証明する端的な方法は,労働契約書,就業規則となります。これらの書面には賃金と終業時間の具体的内容が記載されておりますので,最低限取得しておく必要があるでしょう。個々の月の賃金の支払額を明確にするためには,1月毎の給与明細書の取得も必要となるでしょう。
就業規則については,労働者に周知しなければならず閲覧できるような環境になければならないのですが,取得が容易にできないような場合には会社に請求する必要があります。場合によっては,訴訟や労働審判を提起し,その手続の中で開示を求める必要があるでしょう。
労働契約書も就業規則もないという場合は,労基法で定められている週40時間(同法32条)を所定労働時間として計算することになります。
(2) タイムカードの取得
次に,労働時間の算定のために最も重要なのがタイムカードとなります。タイムカードは,個々の労働者の出勤時間,退勤時間を使用者(会社)が管理するために作成するもので,まさに労働時間を立証するための客観的な資料となります。
現在の裁判所実務においても,タイムカードは信用性の高い資料とされており,特段の事情がない限り,タイムカードの打刻時間が実労働時間と事実上推定される扱いがなされています。
したがって,タイムカードには自己が出勤,退勤した時間に正確に打刻しておくとともに,正式に会社に残業代を請求したいと考えている場合にはタイムカードを手元に置いておく必要があるでしょう。
もっとも,タイムカードが手元にない場合であっても,会社には労働者の労働時間を管理する義務があり,さらに使用者側に通常あることが想定される証拠ですから,裁判所に訴えを提起した際に使用者側に提出を求めることもできます。
(3) その他の証拠の取得
上記のとおり,タイムカードが労働時間のためには極めて重要な証拠となります。しかし,手元にタイムカードがない場合も多いといえますし,タイムカードの打刻を忘れた日でも労働している場合もあります。
その場合,証拠価値としては落ちる可能性がありますが,タイムカード以外の証拠によって労働時間を立証する必要があります。
具体的には,以下のような証拠が考えられます。
ア 業務日誌,作業日報
勤務時間を管理するために作成されたタイムカードよりは証拠価値は落ちますが,その日の業務の内容について記載された業務日誌については,時間が記載されている場合には労働時間の立証に一定程度役立ちます。
イ 会社のパソコンの起動履歴
会社がパソコンを管理している場合には,管理ツールから2カ月程度前までの履歴については復元(復元を求める)が可能です。会社のパソコンを立ち上げたということは,会社内に在籍しており,ひいては労働していたことの証明に役立つこととなります。
ウ 会社のパソコンからのメールの送受信履歴
同様に,会社のパソコンからのメールの送受信履歴も会社内に在籍しており,労働に従事していたことの証明に役立ちます。
メールの送受信履歴については,会社が任意に開示をしないような場合には,パソコンの画面をスクリーンショットで保存しておくか,メール自体をファイルとして保存しておく必要があるでしょう。
エ 入退室記録,乗車記録
会社において入退室の記録がされているような場合には,タイムカードと同じように労働時間の立証に役立つでしょう。定期券に記録されている,会社と自宅の間の乗車記録についても,証拠価値は落ちますが会社に在籍していた時間の立証には役立ちます。
オ 労働者作成の日記,メモなど
上記のような証拠がない場合には,労働者が出勤・退勤時間をメモすることで対応する必要があります。もっとも,労働者の手書きのものですので,証拠価値としては相当程度低くならざるを得ません。証拠価値を高めるためには,出勤,退勤の都度に記載しておく必要があります。
第3 会社への請求の方法
最後に,残業代請求の手段についてみていきます。大まかに分けて,裁判所を使う方法と使わない方法に分けられます。
1 訴訟外の交渉
会社に対して残業代を支払うように求める内容証明郵便を送り,支払を求める方法です。内容証明には,@残業代請求の金額,算定根拠を記載することはもちろんのこと,A支払わない場合にはどうするのか(訴訟の提起,労働基準監督署への申告)などといった事実を記載する必要があります。詳しくは,弁護士に相談された方がよいでしょう。
なお,残業代請求権の時効期間は,2年とされています(労基法115条)。そのため,上記内容証明郵便等による請求(「催告」といいます。)により時効期間の徒過を防ぐことができるのは遡って2年以内に生じている残業代であり,さらに完全な時効中断効を生じさせるためには催告から6か月以内に訴訟提起等裁判上の手段に訴える必要があります(民法147条1号,同法153条)。
会社が交渉に応じる姿勢を見せた場合,裁判所の手続を利用する場合と比較して早期解決のメリットはあります。もっとも,会社には何らの拘束力も生じないので支払いに応じない姿勢を見せた場合には別の手段を考える必要があります。
2 労働基準監督署の利用
未払賃金がある場合には,労働基準監督署への申告をすることが考えられます。労働基準監督署は,労働者の言い分に理由があると考えた場合には,使用者である会社を調査します。会社を調査するためには、残業代の未払いがあるということを労働者の方で証明する必要がありますから、資料をそろえておく必要があります。その結果,残業代の未払いがあるという結果になった場合には支払の勧告をすることによって,会社が未払い残業代を支払う可能性があります。
もっとも,労働基準監督署が調査したからと言って必ず支払勧告をするわけではありません。労働基準監督署は事実関係に争いがある場合(使用者から残業代を支払う根拠がないなどの主張があった場合)支払い勧告を避ける傾向があります。さらに,支払勧告があったからといって会社がこれに従わずに支払を行わないケースも散見されます。使用者、会社の対応を予想し、労基署からの行政指導では支払いには応じないような悪質な使用者と考えられる場合は、訴訟等の裁判手続きが必要になります。
3 裁判所の手続の利用
会社が支払拒否の姿勢を崩さない場合には,裁判所の手続の利用を考えることとなります。裁判所の審判,判決には強制力があり,これに会社が従わない場合には強制執行をすることが可能ですので,支払を最も期待できるといえます。裁判所の手続としては,労働審判と訴訟の2つがあります。
(1) 労働審判
早期解決を目指したいということであれば,労働審判という手続の利用が挙げられます。労働審判は,裁判所において当事者双方の言い分を聞きながら,裁判官及び労働者・使用者側双方の審判官の3名によって合議により判断をくだします。労働審判の最大のメリットは,期日が3回までと決められており,それまでに最終的な結論を決めなければならないことから,早期解決を十分に期待することができます。また,労働審判においては審判という形で裁判所の判断が下される前に和解の勧告もされることも多いので,この点でも早期解決を期待することができます。
もっとも,労働審判が3回で終結する前提として,申立てには相当の準備が必要となります。そのためにも,上記のような証拠についてはしっかりと収集しておき,詳細な申立書を作成する準備がありますので,注意が必要です。申立てに当たっては,弁護士への相談が必要でしょう。
また,労働審判において強制的な審判が下されたとしても,2週間以内に不服を申し立てることができ,その場合訴訟に移行することとなりますので,この点も注意が必要です。
争点が少なく,証拠も揃っていて不服申し立てが予想できない場合には労働審判を選択することになります。
(2) 訴訟,仮処分
ア 訴訟
(ア) 強制力
最終的には,裁判所の手続として残業代請求の訴訟を提起する必要があります。訴訟のメリットとしては,裁判所の強制力のある判断を得ることができることにあり,判決が確定した場合にはこれに従わなくてはなりません。従わない場合には強制執行をすることができます。
(イ) 付加金
a さらに,訴訟においては,残業代の他に「付加金」の請求が可能です(労基法114条本文)。付加金制度によって,未払分の賃金と同額分を付けて(2倍)請求することができます。もっとも,付加金を付けるかどうかについては,裁判所の裁量に委ねられており,会社の労基法違反の程度・態様,労働者の受ける不利益の性質・内容など諸般の事情を見て裁判所が決めるとされています。
付加金制度の対象となるのは,残業代のほか,解雇予告手当,休業手当,年次有給期間中の賃金です。
b 付加金の発生時期について,最高裁平成26年3月6日判決は,「付加金の支払義務は,使用者が未払割増賃金等を支払わない場合に当然発生するものではなく,労働者の請求により裁判所が付加金の支払を命ずることによって初めて発生する」とします。そこで,「使用者に同法37条の違反があっても,裁判所がその支払を命ずるまで(訴訟手続上は事実審の口頭弁論終結時まで)に使用者が未払割増賃金の支払を完了しその義務違反の状況が消滅したときには,もはや,裁判所は付加金の支払を命ずることができなくな」ります(上記最高裁平成26年判決)。
上記最高裁平成26年判決の「(訴訟手続上は事実審の口頭弁論終結時まで)」の「事実審」には,控訴審も含まれることには注意が必要です。すなわち,第一審で付加金の支払を命じる判決が下されたとしても,控訴審の口頭弁論終結時までに残業代の支払が完了したならば,付加金の支払は命じられなくなってしまうのです。
c 付加金の請求は,違反のあった時から2年以内にしなければなりません(労基法114条ただし書)。
この2年という期間は,時効期間ではなく,除斥期間と解されています。すなわち,残業代請求権の時効期間の徒過は,内容証明郵便等による請求によってとりあえず防ぐことができますが(前記1参照),付加金請求権の2年経過による消滅は訴訟提起をしない限り防ぐことができません。
d 付加金の請求にきその価額が当該訴訟の目的の価額に算入されるのであれば,残業代請求の訴え提起において付加金を請求した場合は貼用印紙額が2倍となり,その負担は軽視できません。
この点,東京地裁は価額算入否定,大阪地裁は価額算入肯定というように,長らく地域により運用が分かれていました。このような状況の中,最高裁平成27年5月19日決定は,「労働基準法114条の付加金の請求については,同条所定の未払金の請求に係る訴訟において同請求とともにされるときは,民訴法9条2項にいう訴訟の附帯の目的である損害賠償又は違約金の請求に含まれるものとして,その価額は当該訴訟の目的の価額に算入されないものと解するのが相当である。」として,価額算入を肯定した原決定(大阪高裁平成26年7月24日決定)を破棄しました。
すなわち,価額算入を否定していた東京地裁の運用に正当性が認められたわけで,残業代請求訴訟を提起する労働者は,貼用印紙額の負担を気にして付加金請求をためらう必要などはなくなったわけです(特に大阪地裁に訴訟提起する場合)。
(ウ) 期間
訴訟には上記のようなメリットはありますが,裁判期日はおよそ月に1回開かれることとなり,比較的終結まで長期間かかることとなります(平均10か月程度)ので,この点を踏まえて訴訟にする必要があります。
イ 仮処分
上記のように訴訟の提起だけでは時間がかかってしまいますので,結論が出るまで賃金の未払いなどで経済的に著しい不利益が発生する場合には,訴訟の前提として仮処分という簡易な手続も利用することができます。具体的には,賃金仮払いの仮処分というものです。労働者に収入がなく,判決の確定まで待つと生活が困窮するような場合,保全の必要性ありとして,賃金の支払の仮処分命令を受けることができます。残業代の請求の場合,転職して収入があるというような場合は,通常は保全の必要性がないとして仮処分は認められませんので限定されるでしょう。
4 最後に
残業代請求をするための手段としては上記のとおりです。それぞれの手段のメリット,デメリットを踏まえ,いずれかの手段を選択していく必要があるでしょう。いずれの手段をとるにしろ残業代請求において最も重要なのは,上述の通り労働時間の立証ができるか否かということになります。もっとも簡単な方法として考えられる労基署への申告にしても、相談の時点で残業代発生の根拠となる残業時間について資料を持って説明する必要があります。すなわち,会社に在籍しているうちに,必要な証拠資料については収集しておくことが必要と言えるでしょう。
また,法的な請求に際しては残業代の法制度に関する詳細な知識が必要となりますので,残業代請求をしようとこれから考えている場合には,専門家である弁護士等に一度相談してみてください。
<参照条文>
労働基準法
第四章 労働時間,休憩,休日及び年次有給休暇
(労働時間)
第三十二条 使用者は,労働者に,休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて,労働させてはならない。
○2 使用者は,一週間の各日については,労働者に,休憩時間を除き一日について八時間を超えて,労働させてはならない。
(災害等による臨時の必要がある場合の時間外労働等)
第三十三条 災害その他避けることのできない事由によつて,臨時の必要がある場合においては,使用者は,行政官庁の許可を受けて,その必要の限度において第三十二条
から前条まで若しくは第四十条の労働時間を延長し,又は第三十五条の休日に労働させることができる。ただし,事態急迫のために行政官庁の許可を受ける暇が
ない場合においては,事後に遅滞なく届け出なければならない。
○2 前項ただし書の規定による届出があつた場合において,行政官庁がその労働時間の延長又は休日の労働を不適当と認めるときは,その後にその時間に相当する休憩又は休日を与えるべきことを,命ずることができる。
○3 公務のために臨時の必要がある場合においては,第一項の規定にかかわらず,官公署の事業(別表第一に掲げる事業を除く。)に従事する国家公務員及び地方
公務員については,第三十二条から前条まで若しくは第四十条の労働時間を延長し,又は第三十五条の休日に労働させることができる。
(休憩)
第三十四条 使用者は,労働時間が六時間を超える場合においては少くとも四十五分,八時間を超える場合においては少くとも一時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなければならない。
○2 前項の休憩時間は,一斉に与えなければならない。ただし,当該事業場に,労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合,労働者の
過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定があるときは,この限りでない。
○3 使用者は,第一項の休憩時間を自由に利用させなければならない。
(休日)
第三十五条 使用者は,労働者に対して,毎週少くとも一回の休日を与えなければならない。
○2 前項の規定は,四週間を通じ四日以上の休日を与える使用者については適用しない。
(時間外及び休日の労働)
第三十六条 使用者は,当該事業場に,労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合,労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては
労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし,これを行政官庁に届け出た場合においては,第三十二条から第三十二条の五まで若しくは第四十条の労働
時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この項において「休日」という。)に関する規定にかかわらず,その協定で定めるとこ
ろによつて労働時間を延長し,又は休日に労働させることができる。ただし,坑内労働その他厚生労働省令で定める健康上特に有害な業務の労働時間の延長は,
一日について二時間を超えてはならない。
○2 厚生労働大臣は,労働時間の延長を適正なものとするため,前項の協定で定める労働時間の延長の限度,当該労働時間の延長に係る割増賃金の率その他の必要な事項について,労働者の福祉,時間外労働の動向その他の事情を考慮して基準を定めることができる。
○3 第一項の協定をする使用者及び労働組合又は労働者の過半数を代表する者は,当該協定で労働時間の延長を定めるに当たり,当該協定の内容が前項の基準に適合したものとなるようにしなければならない。
○4 行政官庁は,第二項の基準に関し,第一項の協定をする使用者及び労働組合又は労働者の過半数を代表する者に対し,必要な助言及び指導を行うことができる。
(時間外,休日及び深夜の割増賃金)
第三十七条 使用者が,第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し,又は休日に労働させた場合においては,その時間又はその日の労働については,通常の
労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただ
し,当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては,その超えた時間の労働については,通常の労働時間の賃金の計算額の五割
以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
○2 前項の政令は,労働者の福祉,時間外又は休日の労働の動向その他の事情を考慮して定めるものとする。
○3 使用者が,当該事業場に,労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合,労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を
代表する者との書面による協定により,第一項ただし書の規定により割増賃金を支払うべき労働者に対して,当該割増賃金の支払に代えて,通常の労働時間の賃
金が支払われる休暇(第三十九条の規定による有給休暇を除く。)を厚生労働省令で定めるところにより与えることを定めた場合において,当該労働者が当該休
暇を取得したときは,当該労働者の同項ただし書に規定する時間を超えた時間の労働のうち当該取得した休暇に対応するものとして厚生労働省令で定める時間の
労働については,同項ただし書の規定による割増賃金を支払うことを要しない。
○4 使用者が,午後十時から午前五時まで(厚生労働大臣が必要であると認める場合においては,その定める地域又は期間については午後十一時から午前六時まで)の間において労働させた場合においては,その時間の労働については,通常の労働時間の賃金の計算額の二割五分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
○5 第一項及び前項の割増賃金の基礎となる賃金には,家族手当,通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない。
(付加金の支払)
第百十四条 裁判所は,第二十条,第二十六条若しくは第三十七条の規定に違反した使用者又は第三十九条第七項の規定による賃金を支払わなかつた使用者に対して,労働者の請求により,これらの規定により使用者が支払わなければならない金額についての未払金のほか,これと同一額の付加金の支払を命ずることができる。ただし,この請求は,違反のあつた時から二年以内にしなければならない。
(時効)
第百十五条 この法律の規定による賃金(退職手当を除く。),災害補償その他の請求権は二年間,この法律の規定による退職手当の請求権は五年間行わない場合においては,時効によつて消滅する。
民法
(時効の中断事由)
第百四十七条 時効は,次に掲げる事由によって中断する。
一 請求
二 差押え,仮差押え又は仮処分
三 承認
(催告)
第百五十三条 催告は,六箇月以内に,裁判上の請求,支払督促の申立て,和解の申立て,民事調停法若しくは家事事件手続法による調停の申立て,破産手続参加,再生手続参加,更生手続参加,差押え,仮差押え又は仮処分をしなければ,時効の中断の効力を生じない。
民事訴訟法
(併合請求の場合の価額の算定)
第九条 一の訴えで数個の請求をする場合には,その価額を合算したものを訴訟の目的の価額とする。ただし,その訴えで主張する利益が各請求について共通である場合におけるその各請求については,この限りでない。
2 果実,損害賠償,違約金又は費用の請求が訴訟の附帯の目的であるときは,その価額は,訴訟の目的の価額に算入しない。
<参考判例>
最高裁平成26年3月6日判決
『主文
一 原判決中,労働基準法114条の付加金に係る反訴請求に関する部分を破棄し,同部分につき第一審判決中上告人敗訴部分を取り消す。
二 前項の取消部分に関する被上告人の反訴請求を棄却する。
三 上告人のその余の上告を棄却する。
四 訴訟の総費用はこれを5分し,その3を上告人の負担とし,その余を被上告人の負担とする。
理由
上告代理人・・・の上告受理申立て理由第一点について
一 本件は,上告人が,本訴として,被上告人を相手に,被上告人に対する未払賃金債務が173万1919円を超えて存在しないことの確認を求め,被上告人が,反訴として,上告人を相手に,未払賃金の支払等を求めるとともに,労働基準法37条所定の割増賃金の未払金(以下「未払割増賃金」という。)に係る同法114条の付加金の支払を求める事案である。
二 記録によれば,本件訴訟の上記付加金請求に係る経緯等は次のとおりである。
(1) 被上告人は,第一審係属中の平成22年10月18日,上告人に対し,反訴請求として,未払割増賃金181万6902円及びこれに対する同年3月1日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の支払を求める(以下「本件割増賃金請求」という。)とともに,上記未払割増賃金に係る労働基準法114条の付加金124万2344円(上記未払割増賃金のうち同条ただし書所定の期間が経過していない部分に係るもの)及びこれに対する判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた(以下「本件付加金請求」という。)。
(2) 第一審は,本件割増賃金請求につき,173万1919円及びこれに対する平成22年3月1日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でこれを認容するとともに,本件付加金請求につき,86万5960円及びこれに対する判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でこれを認容する旨の判決をした。これに対し,上告人のみが控訴を提起した。
(3) 上告人は,原審の口頭弁論終結前である平成24年7月19日,被上告人に対し,本件割増賃金請求につき第一審判決が認容した金額の全額(未払割増賃金173万1919円及びこれに対する同22年3月1日から同24年7月19日まで年6分の割合による遅延損害金の合計額198万0066円)を支払い,被上告人はこれを受領した。これを受けて,被上告人は,本件割増賃金請求に係る訴えを取り下げ,上告人はこれに同意した。
(4) 原審は,上記(3)の事実等を認定した上,本件付加金請求を上記(2)の限度で認容すべきものと判断した。
三 しかしながら,本件付加金請求に関する原審の上記二(4)の判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
労働基準法114条の付加金の支払義務は,使用者が未払割増賃金等を支払わない場合に当然発生するものではなく,労働者の請求により裁判所が付加金の支払を命ずることによって初めて発生するものと解すべきであるから,使用者に同法37条の違反があっても,裁判所がその支払を命ずるまで(訴訟手続上は事実審の口頭弁論終結時まで)に使用者が未払割増賃金の支払を完了しその義務違反の状況が消滅したときには,もはや,裁判所は付加金の支払を命ずることができなくなると解すべきである(最高裁昭和・・・35年3月11日第二小法廷判決・・・,最高裁昭和・・・51年7月9日第二小法廷判決・・・参照)。
本件においては,上記二(3)のとおり,原審の口頭弁論終結前の時点で,上告人が被上告人に対し未払割増賃金の支払を完了しその義務違反の状況が消滅したものであるから,もはや,裁判所は,上告人に対し,上記未払割増賃金に係る付加金の支払を命ずることができないというべきである。
四 以上によれば,被上告人の本件付加金請求を一部認容すべきものとした原審の上記二(4)の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,この点に関する論旨は理由がある。そして,上記に説示したところによれば,被上告人の本件付加金請求は理由がないから,原判決中本件付加金請求に関する部分を破棄し,同部分につき第一審判決中上告人敗訴部分を取り消し,同取消部分に関する被上告人の請求を棄却すべきである。なお,その余の請求に関する上告については,上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので,これを棄却することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。』
最高裁平成27年5月19日決定
『主文
原決定を破棄し,原々決定を取り消す。
抗告人に対し,4万8000円を還付する。
手続の総費用は抗告人の負担とする。
理由
抗告人の抗告理由について
1 本件は,使用者を相手に雇用契約上の地位の確認等を求める訴訟(以下「本案訴訟」という。)を提起した抗告人が,本案訴訟において労働基準法26条の休業手当の請求及びこれに係る同法114条の付加金の請求(以下「本件付加金請求」という。)を追加する訴えの変更をした際に,本件付加金請求に係る請求の変更の手数料(民事訴訟費用等に関する法律3条1項,別表第1の5項,4条1項)として4万8000円を納付した後,付加金の請求の価額は民訴法9条2項により訴訟の目的の価額に算入しないものとすべきであり,上記手数料は過大に納められたものであるとして,民事訴訟費用等に関する法律9条1項に基づき,その還付の申立てをした事案である。
2 原審は,労働基準法114条の付加金は民訴法9条2項にいう損害賠償又は違約金に当たるとは解されず,同項にいう果実又は費用にも当たらないことは明らかであるから,付加金の請求について同項の適用はなく,本件付加金請求の価額は訴訟の目的の価額に算入するのが相当であるとして,上記還付の申立てを却下すべきものとした。
3 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
訴訟の目的の価額は管轄の決定や訴えの提起等の手数料に係る算定の基準とされているところ,民訴法9条2項は,果実,損害賠償,違約金又は費用(以下,併せて「果実等」という。)の請求が訴訟の附帯の目的であるときは,その価額を訴訟の目的の価額に算入しない旨を定めている。同項の規定が,金銭債権の元本に対する遅延損害金などのように訴えの提起の際に訴訟の目的の価額を算定することが困難な場合のみならず,それ以外の場合を含めて果実等の請求をその適用の対象として掲げ,これらの請求が訴訟の附帯の目的であるときはその価額を訴訟の目的の価額に算入しないものとしているのは,このような訴訟の附帯の目的である果実等の請求については,その当否の審理判断がその請求権の発生の基礎となる主たる請求の当否の審理判断を前提に同一の手続においてこれに付随して行われることなどに鑑み,その価額を別個に訴訟の目的の価額に算入することなく,主たる請求の価額のみを管轄の決定や訴えの提起等の手数料に係る算定の基準とすれば足りるとし,これらの基準を簡明なものとする趣旨によるものと解される。
しかるところ,労働基準法114条は,労働者に対する休業手当等の支払を義務付ける同法26条など同法114条に掲げる同法の各規定に違反してその義務を履行しない使用者に対し,裁判所が,労働者の請求により,上記各規定により使用者が支払わなければならない休業手当等の金額についての未払金に加え,これと同一額の付加金の労働者への支払を命ずることができる旨を定めている。その趣旨は,労働者の保護の観点から,上記の休業手当等の支払義務を履行しない使用者に対し一種の制裁として経済的な不利益を課すこととし,その支払義務の履行を促すことにより上記各規定の実効性を高めようとするものと解されるところ,このことに加え,上記のとおり使用者から労働者に対し付加金を直接支払うよう命ずべきものとされていることからすれば,同法114条の付加金については,使用者による上記の休業手当等の支払義務の不履行によって労働者に生ずる損害の?補という趣旨も併せ有するものということができる。そして,上記の付加金に係る同条の規定の内容によれば,同条所定の未払金の請求に係る訴訟において同請求とともにされる付加金の請求につき,その付加金の支払を命ずることの当否の審理判断は同条所定の未払金の存否の審理判断を前提に同一の手続においてこれに付随して行われるものであるといえるから,上記のような付加金の制度の趣旨も踏まえると,上記の付加金の請求についてはその価額を訴訟の目的の価額に算入しないものとすることが前記の民訴法9条2項の趣旨に合致するものということができる。
以上に鑑みると,労働基準法114条の付加金の請求については,同条所定の未払金の請求に係る訴訟において同請求とともにされるときは,民訴法9条2項にいう訴訟の附帯の目的である損害賠償又は違約金の請求に含まれるものとして,その価額は当該訴訟の目的の価額に算入されないものと解するのが相当である。
4 これを本件についてみるに,抗告人は,本案訴訟の第1審において,労働基準法26条の休業手当の請求とともにこれに係る同法114条の付加金の請求をしたのであるから,本件付加金請求の価額は当該訴訟の目的の価額に算入されないものというべきである。したがって,本件付加金請求に係る請求の変更の手数料として納付された4万8000円は過大に納められたものであるといえるから,これを抗告人に還付すべきこととなる。
5 以上と異なる原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,上記の趣旨をいうものとして理由があり,原決定は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,抗告人の手数料還付の申立ては理由があるから,これを却下した原々決定を取り消し,抗告人に対し4万8000円を還付することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。』