No.1644|犯罪被害を受けた時

銀行口座の第三者による悪用と口座凍結の解除

民事|預金口座が第三者に悪用されて犯罪と無関係な口座も凍結及び取引停止となった場合の対策|犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律|東京地裁平成22年7月23日判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文
  6. 参照判例

質問

私は、酔っ払って運転免許証を落としてしまいました。後日、銀行口座でお金を下ろそうとしたら、行員の人から、「あなたの口座は犯罪に利用されている可能性があり凍結されている。」といわれ、お金を下ろせませんでした。

私は現在どういった状況に置かれているのでしょうか。お金を下ろすことはできないのでしょうか。口座の凍結を解除することはできないのでしょうか。

回答

1 行員の回答からすると、何者かが、あなたが落とした運転免許証を利用して銀行口座を作り、それが「おれおれ詐欺」などの犯罪に利用され、そのため、あなた名義の従来の銀行口座も犯罪に利用されている疑いがあると判断され「犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律(以下、「法」といいます。)」3条1項による停止の措置(口座の凍結)が取られたものと考えられます。

2 現在の正確な状況は預金保険機構のHPで確認することができます。法に基づく手続の進行状況によっては、凍結されたままでも相当額の預金の払い戻しを求めることは可能です。

3 一方、預金口座そのものについての凍結の解除については法の定めがないため、凍結の解除は保証されていません。ただし、口座凍結や、他の口座が作れないことの不利益の大きさに鑑み、凍結の解除について金融機関と交渉をする余地はあります。又、口座凍結、口座開設停止の原因をとなった情報提供を行った捜査機関に対し直接当該情報提供取下げの交渉も行うべきです。現在の状況や今後の交渉を含めてお近くの法律事務所に相談されることをお勧めします。

4 その他本件に関連する事例集はこちらをご覧ください。

解説

第1 現在おかれている状況及び今後の流れ

1 取引停止措置

あなたが全く犯罪等に無関係であるのに口座が凍結されてしまっていたというような場合に、考えられる可能性が高いのは、あなたの運転免許証を誰かしらが悪用して別の口座を作成し、それが振り込み詐欺等の犯罪に利用されてしまったのが原因と思われます。その口座が犯罪の捜査により犯罪に使用された銀行口座であることが捜査によって明らかになり、「犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律(以下、「法」といいます。)3条1項2項」による停止の措置が取られたものと思われます。

すなわち、法3条2項で「金融機関は、当該金融機関の預金口座等について、捜査機関等から当該預金口座等の不正な利用に関する情報の提供があることその他の事情を勘案して犯罪利用預金口座等である疑いがあると認めるときは、当該預金口座等に係る取引の停止等の措置を適切に講ずるものとする。」と規定されている、取引停止措置が取られていると考えることができます。

金融機関は、前項の場合において、同項の預金口座等に係る取引の状況その他の事情を勘案して当該預金口座等に係る資金を移転する目的で利用された疑いがある他の金融機関の預金口座等があると認めるときは、当該他の金融機関に対して必要な情報を提供するものとする。」と定められています。したがって、この定めによって、あなたの従来からある口座は犯罪に利用していないとしても、同条1項により運転免許証が悪用されて開設された口座が取引の停止の措置を取られ、同2項によって、「他の金融機関」であるあなたの口座にも金融機関間の情報提供があり、これによってあなたの口座も停止したものと考えられるのです。

振り込め詐欺に利用された口座以外の同じ名義の口座であっても直ちに取引が停止されるということはありません。取引の停止前に金融機関からあなたに問い合わせの電話があったはずです。電話に出ない、連絡が取れない等の事情があったことや、その他の事情から取引が停止されてしまったのではないかと推測されます。

2 凍結された預金相当額の払い戻しの可否

こうした状態(取引停止=口座の凍結)にあなたが置かれているとして、今後どうなるかですが、法第3章以下の「預金等に係る債権の消滅手続」が進むことになります。すなわち、あなたがなにもしないでいると預金は被害者の弁償に充てられてしまい、あなたが払い戻すことはできなくなってしまいます。

まず、法4条により債権の消滅手続の公告の求めが金融機関から預金保険機構という機関に出され、これを受けた預金保険機構によって、法5条各号に定められた事項が公告されることになります。預金保険機構のHPで公告が行われますのでネット上で状況を確認することができます(参考ページ:預金保険機構)。

ここで大事なのは同条5号の「対象預金口座等に係る名義人その他の対象預金等債権に係る債権者による当該対象預金等債権についての金融機関への権利行使の届出又は払戻しの訴えの提起若しくは強制執行等(以下「権利行使の届出等」という。)に係る期間」です。この期間内に権利行使の届出等がなされ、犯罪利用預金口座でないことが明らかになったときは、債権の消滅手続を終了させることができます(法6条)。反対にこの期間内に権利行使の届出等をしないと預金債権は消滅することになります(法7条)。

したがって、あなたが現状を把握するためには預金保険機構のHPで公告の状況を確認して、期間内であれば、権利行使の届出等をすることが必要になってくるでしょう。

仮に、法5条5号の期間内に権利行使の届出等ができなかった場合であっても、「権利行使の届出を行わなかったことについてのやむを得ない事情その他の事情、当該対象預金口座等の利用の状況及び当該対象預金口座等への主要な入金の原因について必要な説明が行われたこと等により、当該対象預金口座等が犯罪利用預金口座等でないことについて相当な理由があると認められる場合には、当該金融機関に対し、消滅預金等債権の額に相当する額の支払を請求することができる。」とされています(法25条1項)。

そこで、すでに債権の消滅手続が済み、その次のステップである被害回復金の支払手続(法8条以下)が終了してしまった場合であっても、当該対象預金口座等が犯罪利用預金口座等でないことについて相当な理由があることが認められれば、預金債権相当額の支払を請求できることができます。もっとも、ここまで手続が進行している場合には、上記の立証は詳細に行う必要があり、弁護士に依頼されることをお勧めします。

第2 銀行口座の凍結解除及び新たな口座開設の可否

1 凍結の解除方法

(1)以上のように、法3条に基づく預金口座の取引等の停止の措置がとられていたとしても、その内容ともいえる預金債権については犯罪利用口座でないことを証明できれば、相当額についての返金自体は求めることができます。しかし、これにより直ちに預金口座の取引等の停止の措置が解かれるわけではありません。

一度、こうした預金口座の取引等の停止の措置が取られた場合に、これを解除する定めは法や下位規範にも定められていないのです。また、法3条2項により他の金融機関にも情報提供がある場合には他の金融機関でも新たな口座を作ることができなくなるおそれもあります。

(2)これはあまりに大きな不利益なので、口座内の預金とは別途今後の口座の凍結解除や新規開設についても活動の必要性は高いといえます。

本件のように法3条1項に基づいて金融機関側が「犯罪利用預金口座等である疑いがあると認め」た場合に停止の措置がとられることになるわけですが反対にどのような場合に「犯罪利用預金口座等である疑いがあると認める」(法3条1項)かについて検討することが問題解決の糸口になります。すなわち「犯罪利用預金口座等である疑い」とは何かを明らかにし、その疑いを晴らすことにより凍結の解除等金融機関と交渉ができることになります。

上記の判断、すなわち犯罪利用預金口座等の疑いがあるか否かについては基本的に各金融機関の判断に任されているようです。ただ、これに関する基準として全銀協ガイドラインが定められています。これによれば、以下の①~④のいずれかの場合には、「犯罪利用預金口座等である疑いがあると認め」、当該預金口座等について取引停止等の措置を実施することとされています。

① 捜査機関等から、当該預金口座等が犯罪利用預金口座等として使用されている旨を書面または電話等により通報された場合

② 当該預金口座等について、被害申出人から犯罪利用預金口座等である旨の具体的な申出があり、当該申出人から当該預金口座等への振込みが行われたことを確認できるとともに、他の取引の状況、口座名義人との連絡状況等から犯罪利用預金口座等であると判断でき、直ちに取引の停止等の措置を講ずる必要がある場合

③ 当該預金口座等が犯罪利用預金口座等であるとの疑いがある旨、または、当該預金口座等が振込利用犯罪行為に利用される可能性がある旨の情報提供があった場合において、以下のa~cのいずれかまたは全ての連絡・確認を行った場合

a 当該預金口座の名義人の届出電話番号へ連絡を行い、名義人本人から、口座を貸与・売却した、紛失した、口座開設の覚えがないとの連絡が取れた場合

b 当該預金口座等の名義人の届出電話番号へ複数回。異なる時間帯に連絡を実施したが、連絡が取れなかった場合

c 一定期間内に、通常の生活口座取引と異なる入出金または過去の履歴と比較すると異常な入出金が発生している場合

④ 本人確認書類の偽造・変造が発覚した場合

(3) このように、全銀協ガイドラインでは、捜査機関等から当該預金口座等が犯罪利用預金口座等として使用されている旨が書面または電話等により通報された場合には、それだけで「犯罪利用預金口座等である疑いがあると認める」ことができ、当該預金口座等について取引停止等の措置を実施することとなっています。

したがって、本件でも金融機関側としては捜査機関から通報があったことをもって、法3条1項・2項により停止の措置をとったものと考えられます。そうだとすれば、交渉の相手方としては元々の情報提供をした捜査機関ということになるでしょう。すなわち、捜査機関に対して、犯罪行為等利用口座でないことを証明して、法3条に基づく情報提供をやめてもらうように交渉することにより、新たな口座を作ることができる余地があるのです(情報提供のリストから外れれば、少なくとも新たな口座を作るのに建前上障害はなくなるからです。一方、既に停止されている口座の解除については、最終的には金融機関の判断と思われるので、停止の解除の手続が法定されていない現状では第1で述べたような預金の払い戻しを求めるのが限界かもしれません。)。

上記交渉にはもちろん犯罪等利用口座でないことの証拠(例えばあなたが運転免許証を落としていたことや犯罪利用口座の作成の機会がなかったことを示す客観的なアリバイの存在等)が必要ですし、停止や新たな口座が作れないことによる不利益も詳細に照明する必要があるでしょう。特に、こうした状態が続く場合には不当な財産への侵害であるとして憲法29条1項等を手がかりに情報提供を警察に停止してもらうよう掛け合うといったことが考えられます。

2 参考裁判例

(1)なお、1で示した交渉にかかる参考裁判例として、東京地裁平成22年7月23日判決があります。これはインターネットウェブサイト等で競馬情報(的中予想)の販売を行う事業者であった原告に関して、山形県の警察署長から同人名義の銀行口座に対して、「懸賞金詐欺」にかかる犯罪利用預金口座等の疑いがあるとして口座凍結の依頼を受けたため、法3条1項に基づき口座取引停止措置を取られ、強制解約されたことに対して、預金払戻請求訴訟を提起したものです。

争点は、このような状況下で金融機関が預金払戻請求を拒めるかで、結論としてかかる裁判例では、拒めると判断しました。その理由の中で、「被告(金融機関)において、警察署長から上記のような依頼を受けたことは、本件口座について「犯罪利用預金口座等である疑いがあると認める」べき事情であるから、被告がとった本件取引停止措置は、上記規定に基づく正当なものということができる」ことが一つ挙げられています。また、憲法29条の財産権侵害の主張に対しては「憲法の規定は、私人間の法律関係である本件取引停止措置に直接適用されるものではない」という理由で否定されている点が注目されます。

参考判例は金融機関が相手方であり、また、当事者も完全に白であるとはいえない事案であったので、本件と異なるところはあります。

(2)口座凍結の問題を考える上で、①捜査機関からの依頼があった場合には金融機関において「犯罪利用預金口座等である疑いがあると認める」べき正当な理由が認められることを裁判所が判示しており、金融機関に対して口座の凍結解除等を求めることは難しいことを示唆しています。翻って、情報提供のリストから外してもらうといった交渉も基本的には捜査機関を相手として犯罪等利用口座でないことを立証していく手段によるべきことも示唆しているといえるでしょう。また、②憲法違反の主張について私人である金融機関との関係での適用を否定しているにとどまり、捜査機関との関係での財産権侵害についての主張を否定までするものではありません。したがって、捜査機関に対しては情報提供リストから外してもらう交渉をする上で財産権に対する制約を理由とすることまでを否定するものではないという意味において重要な意義を有するといえるでしょう。

第3 まとめ

1 以上見てきたように、本件ではあなたの運転免許証が悪用され、銀行口座が作られた可能性があり、その捜査の過程で従来からあるあなたの銀行口座も法3条に基づいて取引停止等の措置が取られた可能性が高いといえます。

そこで、なるべく速やかに預金保険機構のHPで公告の情報を確認し、どのような状況に置かれているかを確認することが重要です。

その上で、預金債権の消滅手続の段階であれば、権利行使の届出をして支払いを求めることになります。そして、さらに被害回復分配金の支払手続まで終了していた場合には、犯罪利用口座でないことを証明して相当額の支払いを金融機関に対して請求することになるでしょう。

2 一方、銀行口座の凍結解除については、明文の定めがないため、凍結解除の手続を強制することはできません。もっとも、口座が作れなくなる状況が続くことは社会生活を送る上での不利益が甚だしく、法3条1項に基づく情報提供をやめてもらうことを捜査機関と交渉することが考えられます。これにより新たな口座の作成も考えられうるということです。

いずれの段階・手続を踏むにしても、法的観点からの主張が要求されますので、早急に弁護士事務所に相談されることをお勧めします。

以上

関連事例集

  • その他の事例集は下記のサイト内検索で調べることができます。

Yahoo! JAPAN

参照条文
犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律

第二章 預金口座等に係る取引の停止等の措置
第三条 金融機関は、当該金融機関の預金口座等について、捜査機関等から当該預金口座等の不正な利用に関する情報の提供があることその他の事情を勘案して犯罪利用預金口座等である疑いがあると認めるときは、当該預金口座等に係る取引の停止等の措置を適切に講ずるものとする。
2 金融機関は、前項の場合において、同項の預金口座等に係る取引の状況その他の事情を勘案して当該預金口座等に係る資金を移転する目的で利用された疑いがある他の金融機関の預金口座等があると認めるときは、当該他の金融機関に対して必要な情報を提供するものとする。

(公告等)
第五条 預金保険機構は、前条第一項の規定による求めがあったときは、遅滞なく、当該求めに係る書面又は同項に規定する主務省令で定める書類の内容に基づき、次に掲げる事項を公告しなければならない。
一 前条第一項の規定による求めに係る預金口座等(以下この章において「対象預金口座等」という。)に係る預金等に係る債権(以下この章において「対象預金等債権」という。)についてこの章の規定に基づく消滅手続が開始された旨
二 対象預金口座等に係る金融機関及びその店舗並びに預金等の種別及び口座番号
三 対象預金口座等の名義人の氏名又は名称
四 対象預金等債権の額
五 対象預金口座等に係る名義人その他の対象預金等債権に係る債権者による当該対象預金等債権についての金融機関への権利行使の届出又は払戻しの訴えの提起若しくは強制執行等(以下「権利行使の届出等」という。)に係る期間
六 前号の権利行使の届出の方法
七 払戻しの訴えの提起又は強制執行等に関し参考となるべき事項として主務省令で定めるもの(当該事項を公告することが困難である旨の金融機関の通知がある事項を除く。)
八 第五号に掲げる期間内に権利行使の届出等がないときは、対象預金等債権が消滅する旨
九 その他主務省令で定める事項
2 前項第五号に掲げる期間は、同項の規定による公告があった日の翌日から起算して六十日以上でなければならない。
3 預金保険機構は、前条第一項の規定による求めに係る書面又は同項に規定する主務省令で定める書類に形式上の不備があると認めるときは、金融機関に対し、相当の期間を定めて、その補正を求めることができる。
4 金融機関は、第一項第五号に掲げる期間内に対象預金口座等に係る振込利用犯罪行為により被害を受けた旨の申出をした者があるときは、その者に対し、被害回復分配金の支払の申請に関し利便を図るための措置を適切に講ずるものとする。
5 第一項から第三項までに規定するもののほか、第一項の規定による公告に関し必要な事項は、主務省令で定める。

(預金等に係る債権の消滅)
第七条 対象預金等債権について、第五条第一項第五号に掲げる期間内に権利行使の届出等がなく、かつ、前条第二項の規定による通知がないときは、当該対象預金等債権は、消滅する。この場合において、預金保険機構は、その旨を公告しなければならない。

(犯罪利用預金口座等でないことについて相当な理由があると認められる場合における支払の請求等)
第二十五条 対象預金口座等に係る名義人その他の消滅預金等債権に係る債権者(以下この条において「名義人等」という。)は、第八条第三項又は第十八条第二項の規定による公告があった後において、対象預金口座等に係る金融機関に対し第五条第一項第五号に掲げる期間内に同号の権利行使の届出を行わなかったことについてのやむを得ない事情その他の事情、当該対象預金口座等の利用の状況及び当該対象預金口座等への主要な入金の原因について必要な説明が行われたこと等により、当該対象預金口座等が犯罪利用預金口座等でないことについて相当な理由があると認められる場合には、当該金融機関に対し、消滅預金等債権の額に相当する額の支払を請求することができる。
2 名義人等は、対象預金口座等について、当該対象預金口座等に係る金融機関に対し第五条第一項第五号に掲げる期間内に同号の権利行使の届出を行わなかったことについてのやむを得ない事情その他の事情について必要な説明を行った場合において、対象犯罪行為による被害に係る財産以外の財産をもって当該対象預金口座等への振込みその他の方法による入金が行われているときは、第八条第三項又は第十八条第二項の規定による公告があった後において、当該対象預金口座等に係る金融機関に対し、消滅預金等債権の額から当該入金以外の当該対象預金口座等へのすべての入金の合計額を控除した額の支払を請求することができる。ただし、当該消滅預金等債権の額が当該合計額以下であるときは、この限りでない。
3 金融機関は、前二項の規定による支払を行おうとする場合において、第四条第一項の規定の適用その他の前章に規定する手続の実施に関し過失がないと思料するときは、その旨を預金保険機構に通知しなければならない。
4 第一項又は第二項の規定による支払を行った金融機関は、主務省令で定めるところにより、第四条第一項の規定の適用その他の前章に規定する手続の実施に関し過失がないことについて相当な理由があると認められるときは、預金保険機構に対し、第一項又は第二項の規定により支払った額に相当する額の支払を請求することができる。ただし、当該支払に係る預金口座等について被害回復分配金が支払われている場合において、この章に規定する手続の実施に関し金融機関に過失があるときは、その請求することができる額は、第一項又は第二項の規定により支払った額から金融機関の過失により支払った被害回復分配金の額の合計額を控除した額とする。
5 金融機関は、第一項又は第二項の規定による支払に係る預金口座等が犯罪利用預金口座等その他不正に利用された預金口座等である疑いがあると認めるときは、当該支払を停止する措置を講ずることができる。

参考判例
東京地裁平成22年7月23日判決
主文

1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求

被告は、原告に対し、2050万7431円を支払え。

第2 事案の概要

本件は、原告が被告に対し、普通預金2050万7431円の払戻しを求めたのに対し、被告が、犯罪利用預金口座等に係る資金による被害回復分配金の支払等に関する法律(以下、単に「法」という。)3条1項及び被告の普通預金規定に基づく取引停止措置を理由として、上記払戻請求を拒絶しているという事案である。

1 前提事実(争いのない事実のほかは、各項に掲記の証拠及び弁論の全趣旨により認める。)

(1) 原告は、被告高円寺支店に普通預金口座(口座番号〈省略〉。以下「本件口座」という。)を開設した。

(2) 被告の普通預金規定(以下、単に「普通預金規定」という。)には、預金が法令や公序良俗に反する行為に利用され、又はそのおそれがあると認められる場合には、被告が預金取引を停止し、又は預金者に通知することにより預金口座を解約することができる旨の規定がある(乙11[12条2項])。

(3) 被告は、平成22年2月15日、本件口座について取引停止措置をとった(弁論の全趣旨。以下「本件取引停止措置」という。)。

(4) 被告は、同年3月4日、本件口座を強制解約し、その時点の残高を別段預金口座に移管した(弁論の全趣旨)。

(5) 本件口座の残高は、上記(3)の時点から現在(ただし、上記別段預金口座の残高)に至るまで、2050万7431円である(弁論の全趣旨)。

2 争点

被告は、本件口座に係る原告の預金払戻請求を拒むことができるか。

(被告の主張)

(1) 法3条1項は、金融機関に対し、当該金融機関の預金口座等について、捜査機関等から当該預金口座等の不正な利用に関する情報の提供があることその他の事情を勘案して「犯罪利用預金口座等」(法2条4項)である疑いがあると認めるときは、当該預金口座等に係る取引の停止等の措置をとることを求めている。

そして、上記規定に基づいて金融機関が負う、取引停止等の措置をとるべき法的義務は、預金者が預金の払戻請求訴訟を提起した場合でも消滅することはない(法4条2項1号参照)。

(2) 被告は、平成22年2月15日、山形県寒河江警察署長から、本件口座につき、「懸賞金詐欺」に係る犯罪利用預金口座等の疑いがあるとして、口座凍結の依頼を受けた。

そこで、被告は、同日、本件取引停止措置をとった。

その後、被告は、同年3月3日、寒河江警察署の担当者に架電し、口座凍結解除の可否について照会したところ、「現状凍結依頼を解除する予定はない」との回答であった。

その後も現在まで、寒河江警察署からは、本件口座に係る凍結依頼の解除又は撤回の通知は来ていない。

(3) 本件取引停止措置は、法3条1項に基づく法律上の義務として、また普通預金規定に基づく権利として行われたものであるから、被告の払戻拒絶には法律上正当な理由がある。

(原告の主張)

(1) 法の規定内容について

ア 法4条1項は、「金融機関は、当該金融機関の預金口座等について、・・・犯罪利用預金口座等であると疑うに足りる相当な理由があると認めるときは、・・・当該預金口座等について現に取引の停止等の措置が講じられていない場合においては当該措置を講ずるとともに、・・・当該債権の消滅手続の開始に係る公告をすることを求めなければならない。」と規定し、同条2項は、「前項の規定は、次の各号のいずれかに該当するときは、適用しない。」として、その1号で「前項に規定する預金口座等についてこれに係る預金等の払戻しを求める訴え・・・が提起されているとき」としているところ、本件訴訟が上記「預金等の払戻しを求める訴え」に該当することは明らかであるから、被告が主張するところの法3条1項に基づく法的義務は、本件訴訟の提起により消滅している。

イ 法は、「預金等に係る債権の消滅手続」(法4条ないし7条)が開始された後ですら、また、単なる「金融機関への権利行使の届出」(法5条1項5号)によってすら、預金者の権利行使を認めている。

法は、「金融機関への権利行使の届出」があった場合、「預金等に係る債権の消滅手続」が終了すると規定し(法6条)、金融機関が支払拒絶できるかについては規定していない。そうである以上、金融機関が支払拒絶できる理由はないというべきである。

ウ また、法25条は、「預金等に係る債権の消滅手続」における権利行使の届出期間内に権利行使の届出がなかった場合についてすら、期間内に届出をしなかった事情、利用状況、入金原因等の説明をすることにより「犯罪利用預金口座等でないことについて相当な理由があると認められる場合」には支払請求を認めている。

そして、同条5項は、この場合、すなわち届出期間内に権利行使の届出がなかった場合については、「金融機関は、第1項又は第2項の規定による支払に係る預金口座等が犯罪利用預金口座等その他不正に利用された預金口座等である疑いがあると認めるときは、当該支払を停止する措置を講ずることができる。」と規定しており、この反対解釈からすると、届出期間内に権利行使の届出がなかった場合を除いては、金融機関は支払停止はできないといえる。

エ いわんや、「預金等に係る債権の消滅手続」が開始されず、かつ訴訟手続による場合に、預金払戻請求が拒否される理由は全くない。

(2) 実質的考察

ア 日本国憲法は、財産権を保障し(29条)、裁判所が発する令状がない場合には所持品について押収を受けることがないとしている(35条)。

被告の主張するところは、裁判所の令状によらない、単なる警察署長の依頼のみをもって財産の差押えを認めるのと同じであり、憲法違反である。

イ 原告の事業は、インターネットウェブサイト等で競馬情報(的中予想)の販売を行うことであり、「懸賞金詐欺」ではない。したがって、本件口座は「犯罪利用預金口座等」ではない。しかし、これを立証することは不可能である。

なお、現在に至るまで、原告につき、いわゆる参考人聴取や逮捕勾留といった実質的な捜査は行われていない。

(3) 普通預金規定について

本件においては、預金契約自体は既に強制解約となっているようであり、普通預金規定の適用を受けるか疑問である(契約終了後にも余後効がある旨の規定は普通預金規定にない。)。

なお、普通預金規定によれば、預金が強制的に解約となった場合、通帳と届出印鑑を持参の上申し出れば払戻しに応じることとなっている。

第3 争点に対する判断

1 証拠(乙6)によれば、被告は、平成22年2月15日、山形県寒河江警察署長から、本件口座につき、「懸賞金詐欺」に係る犯罪利用預金口座等の疑いがあるとして口座凍結の依頼を受けたため、本件取引停止措置をとったことが認められる。

そして、法3条1項は、「金融機関は、当該金融機関の預金口座等について、捜査機関等から当該預金口座等の不正な利用に関する情報の提供があることその他の事情を勘案して犯罪利用預金口座等である疑いがあると認めるときは、当該預金口座等に係る取引の停止等の措置を適切に講ずるものとする。」と規定しているところ、被告において、警察署長から上記のような依頼を受けたことは、本件口座について「犯罪利用預金口座等である疑いがあると認める」べき事情であるから、被告がとった本件取引停止措置は、上記規定に基づく正当なものということができる。

また、被告が警察署長から上記依頼を受けたことは、普通預金規定における「預金が法令や公序良俗に反する行為に利用され、又はそのおそれがあると認められる場合」にも該当するものと解されるから、本件取引停止措置は、普通預金規定に基づくものとしても正当ということができる(なお、原告は、本件口座が既に強制解約されていることから、普通預金規定の適用を受けるか疑問であると主張するが、普通預金規定が預金取引の停止を認めた趣旨に照らし、同規定が契約終了により直ちに効力を失うものと解することはできない。)。

2(1) これに対し、原告は、法4条の規定から、法3条1項に基づく被告の法的義務は本件訴訟の提起により消滅していると主張するが、法4条は、預金等に係る債権の消滅手続における公告の求めについて規定したものにすぎず、金融機関のとった取引停止措置について何ら規定するものではないから、上記主張は失当である。

また、原告は、法5条及び6条についても主張するが、これらの規定も、上記と同様、金融機関による取引停止措置について何ら規定するものではないから、この点の主張も採用することができない。

さらに、原告は、法25条5項についても主張するが、この規定は、「犯罪利用預金口座等でないことについて相当な理由があると認められる場合における支払」の停止措置について規定したものにすぎず、被告がとった本件取引停止措置とは無関係であるから、この主張も失当である。

(2) また、原告は、被告のとった本件取引停止措置が憲法29条及び35条に違反すると主張するが(法が憲法違反であるとまでは主張していないものと解される。)、憲法の規定は、私人間の法律関係である本件取引停止措置に直接適用されるものではないから、原告の主張は採用の限りでない。

さらに、原告は、原告が「懸賞金詐欺」を行っていないことを主張するが、預金口座等に係る取引の停止等の措置をとるべきであるか(あるいは、とることができるか)は、前記のとおり、当該預金口座等が「犯罪利用預金口座等である疑いがある」か否か(法3条1項)、あるいは、「法令や公序良俗に反する行為に利用され、又はそのおそれがあると認められる」か否か(普通預金規定)によって決せられるのであり、原告が現実に「懸賞金詐欺」を行っているか否かによって左右されるものではない。

(3) このほか、原告は、普通預金規定によれば、預金が強制的に解約となった場合、通帳と届出印鑑を持参の上申し出れば払戻しに応じることになっていると主張するが、原告の主張する規定(甲7[13条2項、4項]、乙11[12条2項、4項])は、本件のような取引停止措置がとられている場合における払戻請求を認めたものと解することはできないから、この主張も採用することができない。

3 以上によれば、被告は、本件口座に係る原告の預金払戻請求を拒むことができる。

よって、本訴請求は理由がない。