新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1645、2015/10/16 12:33 https://www.shinginza.com/qa-seikyu.htm

【民事、準消費貸借契約の旧債務の立証責任、最高裁昭和43年2月16日判決、大判大正2年1月24日判決】

特殊な関係における準消費貸借契約

質問:私には先日別れた女性がいます。女性とは10年間以上交際し,そのほとんどは同棲していました。交際中には,女性の生活費や,カードの支払い,アメリカへの留学費,旅行費等を立替えていました。これは,交際する前,交際中は別々に生計を立てることにして,女性が必要なお金については,私から全て貸すことにして,仮に結婚すれば返さなくてよい,ということを女性と二人で決めたからです。
ただ,この度交際を解消することになりましたので,約束通り,これまでの貸し付けを返してもらうことにしました。これまで貸し付けた金額は,合計で1000万円になります。特に,留学費用が高くついています。女性と話し合い,これまでの立替金をまとめて,1000万円の借用書を作成してもらいました。この借用書には,女性が,私からこれまで1000万円の借金をしたことと併せて,今後毎月5万円ずつ返済していく,ということが署名付きで記載されています。
借用書を作成してから半年ほど経ちますが,女性は1円も支払いません。そればかりか,「お金を返す必要はない,お金を借りたことなどない」と言ってくるのです。
このお金を回収することはできますか。10年間の個別的貸し借りの証拠は紛失したものも多いのですがそれでも請求は可能でしょうか。



回答:
1、 結論から言うと基本的に貴方は 1000万円の準消費貸借契約を締結したという事実関係を立証すればよく原因となった元の個別的消費貸借の事実(旧債務)を立証する責任はありませんので借用書がある以上請求は可能と思われます。個別的消費貸借の事実については原則それを争う相手方である女性にその不存在を立証する責任があります。立証責任分配の原則は当事者の公平に基づきますので1000万円の請求により利益を受ける貴方がその責任を負いますが、旧債務の存在は条文上規定されていても準消費貸借契約を結ぶに至った単なる原因であり、相手方である彼女が1000万円の新債務を承諾している以上この本契約の事実(1000万円支払という合意の事実)さえ立証すれば法的効果を認めるのが公平だからです。旧債務は、新債務成立の原因であり、その原因の不存在という主張は、新債務の効力を消滅させる主張であり(新債務発生と両立する事実であり)あたかも抗弁(抗弁を主張する女性がその利益を受けますので立証責任を負います。)と同様に考えることができると思われます(旧債務が公序良俗に違反する場合の無効に準じて考えることが可能です。)。判例も同様です。

2、 本件のように女性がお金の貸し借りを否定し,1円も支払わない以上,話し合い等での解決は難しいところです。そうすると,採る手段としては,民事訴訟の提起ということになります。本件における民事訴訟は,女性に対する「準消費貸借契約に基づく貸金返還請求訴訟」ということになりますが,この訴訟におけるポイントは@10年間に亘る金銭の立替の事実,A女性が先日作成した借用書にかかる契約(準消費貸借契約)が有効であることの2点です。
 これらのポイントについて,あなたと相手方である女性のどちらが証明をしなければならないか,またどの程度の主張をしなければならないか,という点については,若干の争いがあるところです。理論的には,請求を争う女性側が,@の立替金の不存在とA借用書に書いてある契約の不存在を証明する必要がある,とされていますが,実際の訴訟では完全に女性側に証明の責任が委ねられるような形にはなりません。特に@立替金の存在については,あなたの方で,ある程度積極的に裁判所を説得することが必要になってきます(下記解説で詳述します)。
 また,Aについても,なぜ女性が「お金を返す必要はない,お金を借りたことなどない」と言ったのか,その理由が問題となります。本件では具体的な事情が明らかではないため,その点も確認が必要です。
さらに,本件のような金銭請求が問題になる場面では,請求が認められた後,回収することも見据えることも重要です。この点で,女性の現在の収入や経済状況も気になるところです。
いずれにしても,訴訟が必要な可能性が高く,その内容も複雑ですから,一度資料をもって弁護士にご相談されることをお勧めします。

3、 挙証(立証責任)の分配に関連して当事務所事例集1244番1140番1072番1014番1022番964番720番704番322番参照。


解説:

1 はじめに

(1)金銭を回収するためには,原則として訴訟(給付訴訟)をして,それが認められた判決を得て,判決に基づいて執行(回収)を行う,というプロセスをたどることになります。

  しかし,訴訟や執行は時間的,経済的なコストが発生しますし,回収するためには当然回収先である女性に財産がなければなりません。預金口座等の財産の調査も無制限にできるわけではありません。また,もちろん訴訟に負けてしまえば1円も回収はできません。

  そのため,話し合い(交渉)によって自発的に返済を受けることができるのであれば,それが最も良い手段ということになります。しかし,本件のようにその責任を否定する相手に対して交渉を続けても,あまり意味がありません。かえって時間ばかりかかってしまいますし,相手の財産状況も悪化する可能性もあります。したがって,お金と時間をかけて訴訟や執行をして,結局赤字ということにならないように,事前に訴訟の帰趨や相手の財産状況を確認したうえで,上記プロセスを進めることになります。

  本件では相手の財産状況は明らかではありませんので,訴訟の見通しを中心に検討いたします。

(2)本件の訴訟は,「準消費貸借契約に基づく貸金返還請求」訴訟ということになります(利息や遅延損害金を除く)。

  「準消費貸借契約」とは民法588条に規定があり,金銭等を支払う(給付する)債務があるときに,これを基礎として,債権者と債務者との合意によって新たに消費貸借契約上の債務にする契約をいいます。このうち,基礎となる債務を「旧債務」といい,本件では女性が負っている立替金支払い債務を指します。

  本件における「立替金」ですが,法的には立て替えの都度,消費貸借契  約が成立していることになりますから,その時点では立て替えた回数分の契約とそれに基づく債務がある,ということになります。これをまとめて基礎として,新たに1つ債務にした,というのが本件の準消費貸借契約ということになります。

  なお,民法588条は旧債務を「消費貸借によらないで金銭その他の物を給付する義務」と規定しているため,旧債務として消費貸借契約に基づく債務を認めていないようにも読めますが,判例上これを認めています(大判大正2.1.24民録19巻11号)。これを受けて現在議論が進んでいる民法改正法案の中間試案では,同条の「消費貸借によらないで」という文言が削除されています。準消費貸借の趣旨は、要物性を緩和して代替物の給付(旧債務)に新たな信用等の経済的機能(例えば、利息、担保 違約金 期限 をつけるなど)を付加して契約するところに特色があり旧債務から消費貸借債務を除く理由はないからです。


(3)以上を踏まえて,本件のような「準消費貸借契約に基づく貸金返還請求」について,事案における特殊性等も踏まえて詳述します。

2 準消費貸借契約の構造について

  本件では準消費貸借契約が成立するか,というところが問題となりますが,上記のとおり,準消費貸借の重要な要素は,@基礎となるべき旧債務の存在,A旧債務を債務とする,新たな準消費貸借契約の(有効な)締結ということになります。

  なお,準消費貸借契約に基づいて貸金の返済を求める場合,上記の@,Aのほかに,いつ返済の約束をしたか(あるいはしていないか)という点(弁済期の定め)も問題となり得るのですが,返済を求めることができる時期に差異が生じるだけですので,ここでは割愛いたします。

  また,一般的には@,Aが認められても,既にお金は返した等の相手方の反論が考えられるところですが,本件における女性の言い分からすると,本件ではあまり問題とならないと考えられます。

  したがって,基本的には@旧債務の存在とA(有効な)準消費貸借契約締結の事実を裁判所が認めれば,あなたの請求は認められることになります。

  そこで,@,Aに分けて,本件において具体的にどのような主張・立証をすれば良いのか,説明していきます。

3 旧債務について

(1)準消費貸借における旧債務の存在を,請求する側とされる側のどちらが立証しなければならないか,という点には争いがあります。つまり,準消費貸借契約に基づいて貸金の返済を請求する側(本件ではあなたのことです)が,旧債務の存在を立証しなければならないのか,請求される側(本件では女性のことです)が旧債務の不存在を証明しなければならないのか,という問題です。

   この点については,判例上,請求される側が旧債務の不存在を証明しなければならない,とされています(最判昭和43.2.16最高裁判所民事判例集22巻2号217頁)。

   これは,本来は請求する側に立証させるべきところ,新たに準消費貸借契約を締結する場合には,元の債務に関する証拠を捨てることが多いことから,その責任を転換する必要があったため,と考えられています。

   そのため,この考え方(請求される被告が立証しなければならない,ということから「被告説」といわれています)に基づけば,請求する側であるあなたは,旧債務が存在していることについて,立証する必要はない,ということになります。

しかし,実際に請求する場合の実務上の考え方,処理は若干異なるため注意が必要です。

(2)まず,たとえ上記の被告説に立っても,請求する側は最低限旧債務を特定する必要がある,といわれています。つまり,「いつ,誰と誰との間で,どのような(金額,内容)の債務を生じさせたか」ということは,請求する側で示さなければなりません。これは,いくら請求される側に立証の責任があるとしても,特定がなければいかなる債務の不存在を証明しなければならないか,その攻撃対象(争点)が不明ということになってしまうからです。すなわち、立証責任の分配は、当事者の公平が判断基準となりますので「ないことの証明」に加え、証明する事実さえ特定できなければ被告にとって著しく不利益になるということです。

   ただ,この債務の特定については,本来あまり問題になることはありません。通常であれば,元となった旧債務についての認識があるからこそ,新しく準消費貸借契約を締結することになるからです。

   しかし,本件のようなケースだと問題となります。つまり,長期間,多数回に亘って貸し付けをおこなっているような場合,上記のとおりその都度消費貸借契約が成立し,その回数分旧債務が存在している,ということになりますので,その全ての金額と時期を特定しなければならないからです。

(3)また,一般的に事実の不存在を立証させることは困難であることから,実際の裁判では,裁判官が立証の程度を下げて,請求する側に上記の特定を超えた証拠の提出を求める傾向があります。

   特に,本件のような交際中の男女間や,家族間における金銭の移動については,そもそも貸し借りではなく,援助(贈与)ではないか,という一般的な経験則に基づく疑問を裁判所は抱くところです。

   そのため,その疑問を払拭する必要はどうしても出てきてしまいます。

(4)これらの点で,判例が被告説を採用していても,実際の実務において請求する側の負担はあまり変わりません。そこで,本件において実際にどのような主張・立証を考えるべきか,ということになります。

   まずは特定が必要ですから,過去にさかのぼって,可能な限り詳細に立て替え(貸し付け)の時期と金額を明確にしなければなりません。
上記のとおり,攻撃対象を明確にする趣旨での特定ですから,例えば具体的な日にちの特定までは必要ありません。ただし,「10年間でおよそ1000万円貸した」というだけでは特定になっていないと考えられます。時系列に沿って,いつ,いくら女性に貸したかを説明していく必要があります。このとき,何のために貸したか,を明らかにすれば,より説得力が出てきます。例えば,本件の場合留学費用の立替え,ということであれば,時期やその金額もある程度明確になってきます(少なくとも,求められる特定の程度としては十分です)。

   また,これらを裏付けるものとしては,直接的には契約書ですが,本件のようにそもそも口頭で約束をしているような場合には,立て替えた際の領収書や,あなたの預金口座の取引履歴等が考えられるところです。領収書や取引履歴があれば,少なくとも主張に合致した出金が裏付けられることになります。預金口座の取引履歴については,各銀行によって異なりますが,過去10年程度は取得できるところです。

   加えて,上記「交際中の男女間での金銭のやり取りなのだから,貸し借りではなく贈与ではないのか」という経験則に基づく疑問を払拭するために,なぜ貸し借りということにしたのか,その約束を女性と結ぶまでの経緯等を詳細に説明する必要があります。貸し借りにした理由を裏付ける客観的な証拠は通常ないため,この部分については,いかに合理的・説得的な理由を説明できるか,ということになります。

   ただし,本件においては女性が作成したという借用書があります。この借用書は,後述の準消費貸借契約締結の事実を示す証拠ですが,それにとどまらず,旧債務の存在を推認させる証拠になります。これは,「そもそも貸し借りが一切なかった場合には,普通新たに借用書など作成しない」という経験則があるためです。

   もっとも,準消費貸借契約に関する借用書があっても,やはり旧債務の特定は必要です。また,本件のようにそもそも貸す側,借りる側に交際関係や親族関係等の特別な関係がある場合,その力関係によって借用書の作成を強要されるケースもあるため(と裁判所は考えるため),相手方である女性の主張内容によっては注意が必要です。

4 (有効な)準消費貸借契約について

(1)準消費貸借契約締結の事実については,旧債務の存在のような特別な考え方は用いられず,請求する側であるあなたが立証する必要があります。

   ただし,本件では借用書があります。「借用書」といっても単に「1000万円借りた」という記載にとどまるものではなく,本件の場合は「今後毎月5万円ずつ返済していく」という金銭の返還についての約束が記載されている借用書であることが重要です。

   金銭の返還を約するという意思表示が記載されている書面は,「処分証書」といいますが,この「処分証書」はその作成者が自分で記載したものである場合,特段の事情がない限り,そこに記載されている意思表示通りの行為があったことが認められます。つまり,本件ではこの借用書を女性自らがその意思に基づいて書いたことが認められれば,金銭の返還の約束が認められることになります。そして女性が自分の意思を書面に記載したこと(文書の成立の真正といいます)については,女性の署名があれば推認されます(民事訴訟法228条4項)。

   なお,本件でその締結を立証しなければならないのは準消費貸借契約ですが,「準消費貸借契約」という記載がなくても,民法588条の規定ぶりから,準消費貸借契約自体は推認されると考えられているところです。
以上をまとめると,あなたから借りていた金銭を返還することを約束した記載がある女性の署名付きの本件借用書によって,特別な事情がない限り準消費貸借契約の存在が認められる,ということになります。

(2)これに対する女性の反論として考えられるのは,@女性の署名が偽造であること,A本件借用書に記載されているような意思表示はなかったという「特段の事情」があること,です。

   女性の反論は明確ではありませんが,本件のようなケースでは,特にAの「特段の事情」が主張される事が多くあります。上記のとおり,交際関係(あるいは親族関係)といった密接な関係の場合,その力関係に差があるため強制的に書かされた,あるいは密接な関係性の中で何らかの理由により騙されて書かされた,ということがあり得ると裁判官は考えるからです。そのため,本件のような場合では,借用書の存在を過信することはできない,ということになります。

   ただ,あくまでも「特段の事情」の存在を女性に求めるものですから,原告であるあなたの立証としては処分証書たる本件借用書でまずは足りるところです。訴訟の見通しを立てるという観点からは,訴訟に至る前段階の話し合いの中で,女性の主張である「特段の事情」について確認しておくことも考えられるところです。

   なお,以上の説明は,準消費貸借契約が有効に締結されたかどうか,という点に絞って説明しており,その他の女性の主張として,実際に準消費貸借契約は締結したが,その契約には瑕疵があるというものが考えられます。具体的には,無理やり契約を締結させられたというもの(強迫)や,だまされた(詐欺)というもの(民法96条第1項及び2項)等がありますが,内容が上記の本件における「特段の事情」と重複するため,ここでは省略します(事前に主張の当たりをつけておく必要性についても同様です)。

5 まとめ

  以上が,本件における重要なポイントです。

特に,本件の様なケースにおける旧債務の特定については見落としがちであるため,十分な確認と準備が必要です。

また,訴訟後の女性からの金銭の回収という観点を併せて考えると,和解の可能性等も検討する必要があります。

いずれにしても,個別の事情に応じた対応が必要ですので,一度弁護士にご相談ください。

【参考判例】
最判昭和43年2月16日
「準消費貸借契約は目的とされた旧債務が存在しない以上その効力を有しないものではあるが、右旧債務の存否については、準消費貸借契約の効力を主張する者が旧債務の存在について立証責任を負うものではなく、旧債務の不存在を事由に準消費貸借契約の効力を争う者においてその事実の立証責任を負うものと解するを相当とするところ、原審は証拠により訴外居藤と上告人間に従前の数口の貸金の残元金合計九八万円の返還債務を目的とする準消費貸借契約が締結された事実を認定しているのであるから、このような場合には右九八万円の旧貸金債務が存在しないことを事由として準消費貸借契約の効力を争う上告人がその事実を立証すべきものであり、これと同旨の原審の判断は正当であり、論旨は理由がない。」

【参照条文】
民法
(準消費貸借)
第五百八十八条 消費貸借によらないで金銭その他の物を給付する義務を負う者がある場合において,当事者がその物を消費貸借の目的とすることを約したときは,消費貸借は,これによって成立したものとみなす。
民事訴訟法
(文書の成立)
第二百二十八条 文書は、その成立が真正であることを証明しなければならない。
2  文書は、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認めるべきときは、真正に成立した公文書と推定する。
3  公文書の成立の真否について疑いがあるときは、裁判所は、職権で、当該官庁又は公署に照会をすることができる。
4  私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。
5  第二項及び第三項の規定は、外国の官庁又は公署の作成に係るものと認めるべき文書について準用する。

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