新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1651、2015/11/06 12:00 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm

【登記、印鑑証明に代わる海外在住相続人のサイン証明、印鑑証明との違いによる手続き上の問題点】

海外在住相続人の相続登記手続き


質問:父が亡くなりました。相続人は3人兄弟です。遺産として唯一不動産が残されたので、これを法定相続分で相続したあとに第三者に売却して売却代金を分けるつもりです。
 しかし、私は海外に居住している為、相続登記に必要な住民票や第三者への売却の際に必要な印鑑証明書が取得できません。この場合、どのような書類が必要になるのでしょうか?そもそも、印鑑証明書が取得できない場合の「実印」はどのような取り扱いになるのでしょうか。売却手続きに際して注意すべきことも教えてください。



回答:

1、共同で相続した不動産を売却する場合は、相続人全員で相続登記をした後で、第三者との間で、不動産売買契約を締結し、代金決済と同時に登記義務者として所有権移転登記申請をすることになります。

2、不動産登記令第16条で、所有権移転登記申請の登記義務者の申請意思を確認するために、登記申請書に実印を押印し、かつ、印鑑証明書の添付が求められています。印鑑証明書は、住民登録している市区町村が発行する公的証明書です。登記官は権利関係の実質的審査権を持っていないので、これで虚偽の申請による登記の出現を防止し、国民の重要な財産である不動産が勝手に処分されないように守っているわけです。

3、御相談者様のように、海外居住者の方は、住民登録できる市区町村がありませんので、不動産登記規則48条1項2号で、市区町村の印鑑証明書に代えて、在外大使館、領事館が作成する「サイン証明書」という書類を添付して、登記申請できる制度があります。この制度を用いて、司法書士・弁護士に依頼して、所有権移転登記申請を行うことができます。この証明書は、日本国内で発行される印鑑証明書とは異なり、「意思表示の内容が特定されていて」、「発行して貰うためには、領事館に本人が出頭して」「書記官の面前でサインする必要がある」という特性がありますので注意が必要です。このような特性から印鑑証明と異なり事前に(買主、価格が決まる前から)貰ておく方法がとりにくい状況にあります。通常の登記申請書類の準備期間よりも、期間を要することが多いということになります。概ね2週間以上の余裕を見ておく必要があります。海外では大使館が限定されておりその不便性も考慮に入れないと債務不履行など思わぬ責任が生じます。不動産仲介業者や、司法書士・弁護士で在外邦人が売主となる案件を手掛けた経験に乏しい場合は予定の期日に決済できなくなってしまうなどのトラブルを生じる危険がありますので注意が必要です。

4、さらに、売買契約締結や、売買決済・代金受領についても、他の相続人に手続きを一任してしまうと、兄弟間であっても相手に売買代金を独り占めされてしまい、相続分に応じた売買代金を受領できないケースもありますので注意しましょう。弁護士は売買契約締結の代理人となることもできますので、相続登記に関する手続きはもちろん、契約締結に関する手続きを含めて日本の法律事務所に依頼して処理されることも御検討されると良いでしょう。


解説:

1 相続人に在留邦人を含む相続登記の必要書類

 相続人が外国に居住して日本国内に住所を持たない場合の法定相続分による相続登記について説明します。なお、法定相続分と異なる相続をする場合は、下記の書類の他に相続人全員が実印を押捺した遺産分割協議書と全員の印鑑証明書がさらに必要となります。

 法定相続分による相続登記に必要な基本的な書類は以下のとおりです。

@被相続人が産まれてから亡くなるまでの戸籍簿謄本
これは、被相続人の戸籍をたどることにより、相続人全てを確定するために必要な書類です。子どもの有無、あるいは人数等を確定する関係から養子縁組や認知などの事情がなければ、「産まれてから亡くなるまで」ではなく生殖可能年齢とされる「7,8歳頃から亡なるまでの」のものでも足りるとされています。転籍や、婚姻による新戸籍編製などがある場合は、遡って、7〜8歳から亡くなるまで全ての戸籍を取り寄せる必要があります。

A被相続人の戸籍の附票あるいは本籍地付住民票
 不動産登記簿に記載されている所有者の住所と当該相続登記にかかる被相続人の住所と本籍地をつなげることで、今回申請する相続登記の被相続人が登記簿上の所有者と同一人物であることを証明します。

B相続人の戸籍謄本
 相続人全員が生きていること(代襲相続が発生していないこと)及び廃除がなされていないこと(相続権があること)を証明します。

C相続人全員の住民票
 登記簿上に記載する住所を証明します。
 
 相続人が外国に居住している場合に問題となる書類は、Cの書類となります。相続人が国内に住所を有していない場合は住民登録が抹消されますので、当然住民票を取得することができません。この場合に提出する書類が、各国にある領事館の発行する「在留証明書」となります。

 この「在留証明書」には、現在の住所が記載され、居住の事実が証明されます。平成18年4月1日以前はこの在留証明書に本籍地も記載されていましたので、あわせて本籍地についても証明を受けることができました(本籍地付住民票)。しかし、現在では様式が変更され、居住地のみを証明する様式となっています。ただ、本籍地については都道府県までは記載され、都道府県以下の詳細な所在については提出先の要請等により記載するか否かを選べるようになっています。登記では、本籍地の記載が必要となるケースも出てきますので、本籍地の記載が必要か否かを確認したうえで発給を受ける必要があります。

 本籍地の記載が必要となるのは、外国に居住していた日本人が亡くなり、国内の不動産の相続登記を申請する場合、あるいは、不動産の売却に際して登記簿上の住所は日本で、現在の住所が外国にある場合などです。


2 不動産を第三者に売却する場合の売主の必要書類

通常、不動産を売却する際に売主が用意する主なものは下記のとおりです。

@1の相続登記によって取得した登記識別情報通知書

 法定相続分による相続登記は相続人の代表一人からでも申請できますが、登記の申請人とならない場合(申請書に押印、あるいは、委任状に押印していない場合)には、登記別情報の通知を受けられません。登記識別情報の通知を受けていない場合でも、本人限定受取郵便による事前通知による本人確認手続きや、資格者代理人による本人確認情報を提供して、移転登記申請をすることは可能ですが、以後に予定されている売却手続の際の登記手続きをスムーズに進めるためにも、1の相続登記に際して必ず代理人に委任状を交付して登記識別情報の通知を受けられることをお勧めします。

A発行日から3ヶ月以内(申請時点で)の印鑑証明書及び実印

 不動産登記法は、売主である登記義務者の登記申請意思を確認する為、不動産登記令第16条1項から3項(申請書への実印の押印)同令第17条1項から3項(代理人の委任状への実印の押印)において申請書または委任状への実印の押印と発行日から3ヶ月以内の印鑑証明書の添付を義務付けています。法が3ヶ月以内の印鑑証明書を要求するのは、登記義務者の申請意思が申請時点で翻意されていないことを確認するためです。委任状がかなり以前に作成押印され、その時点で印鑑証明書についても交付を受けたとしても、半年後の登記申請時には申請意思をなくしていたような場合には登記義務者の意思に反する不実の登記がなされてしまうからです。

不動産登記令
第16条 (申請情報を記載した書面への記名押印等)
第1項 申請人又はその代表者若しくは代理人は、法務省令で定める場合を除き、申請情報を記載した書面に記名押印しなければならない。
第2項 前項の場合において、申請情報を記載した書面には、法務省令で定める場合を除き、同項の規定により記名押印した者(委任による代理人を除く。)の印鑑に関する証明書(住所地の市町村長(特別区の区長を含むものとし、地方自治法第二百五十二条の十九第一項 の指定都市にあっては、市長又は区長とする。次条第一項において同じ。)又は登記官が作成するものに限る。以下同じ。)を添付しなければならない。
第3項 前項の印鑑に関する証明書は、作成後三月以内のものでなければならない。
4 、5(略)

第18条 (代理人の権限を証する情報を記載した書面への記名押印等)
第1項 委任による代理人によって登記を申請する場合には、申請人又はその代表者は、法務省令で定める場合を除き、当該代理人の権限を証する情報を記載した書面に記名押印しなければならない。復代理人によって申請する場合における代理人についても、同様とする。
第2項 前項の場合において、代理人(復代理人を含む。)の権限を証する情報を記載した書面には、法務省令で定める場合を除き、同項の規定により記名押印した者(委任による代理人を除く。)の印鑑に関する証明書を添付しなければならない。
第3項 前項の印鑑に関する証明書は、作成後三月以内のものでなければならない。
4  (略)


3 在外邦人の印鑑証明書

 ここで国外に居住する売主が問題となるのは、Aの印鑑証明書です。

 印鑑証明書も住民票と同様、住所が日本国内にないことにより住民登録が抹消された時に印鑑登録も抹消されますので印鑑証明書を取得することができません。これについて不動産登記規則が印鑑証明書の添付を要しない場合として、不動産登記規則第48条1項2号、同規則第49条1項2号、2項2号等により、登記申請において印鑑証明書が必要な場合において、これに代わる方法を定めています。この方法が「サイン証明書(署名証明書)」になります。

 サイン証明書とは、申請者が領事の面前で当該書面に署名(及び拇印)を確かになしたことを領事が証明するものです。同規則48条1項2号中の「これに準ずる者」とは、公証人法8条の公証人の職務を行う法務事務官、日本国領事、外国官署等とされていていますので、「サイン証明書」は日本国領事の認証による証明書となりますので印鑑証明書に代わる書面として登記に添付することができるのです。この証明によりその書面への証明が申請者の真意に基づいてなされたことが領事により証明されますので、日本国内において書面に実印を押印し、印鑑証明書を添付したのと同様の効果が認められることになります。

 このサイン証明書には二種類あります。1つ目は、申請者の用意してきた書面に申請者が領事の前で署名し、それと在外公館が発行する証明書(申請者本人が確かに領事の面前で署名したことに相違ない旨を証明)を合綴して割印をするもの、つまり、証明する文書の意思表示の内容を特定するサイン証明書です。2つ目は、申請者の署名を単独で証明するものです。

 登記に際しては1つ目の形式の証明書を用意することが必要です(2つ目の方式によるサイン証明書では登記ができない法務局もあります)。通常外国に居住する売主が日本国内の不動産を売却する場合には、登記申請について代理人を委任しますので、ここで証明をもらう書類は委任状となります。この委任状を領事館に持参して領事の面前で署名し、それについて領事の証明書を合綴してもらいます。委任状には登記申請行為の具体的内容が記載され特定されている必要がありますので、売買契約に先立って白紙の委任状にサイン証明をして貰い登記申請用として使うことはできません。売買契約を締結し、売主と買主が特定した段階でないと、委任状を作成することができません。従って、売買をしようとしていても、買主価格が決まる前にサイン証明をもらっておくことができないので(買主が委任状を作成する司法書士を決定するので)決済期日を長めに取っておく必要があります。例えば、ヨーロッパなら領事館の位置、航空便等で2週間以上は必要でしょう。

不動産登記規則
(申請書に印鑑証明書の添付を要しない場合)
第四十八条  令第十六条第二項 の法務省令で定める場合は、次に掲げる場合とする。
一 (略)
二  申請人又はその代表者若しくは代理人が記名押印した申請書について公証人又はこれに準ずる者の認証を受けた場合
三 〜五(略)
(委任状への記名押印等の特例)
第四十九条  令第十八条第一項 の法務省令で定める場合は、次に掲げる場合とする。
一  申請人又はその代表者若しくは代理人が署名した委任による代理人の権限を証する情報を記載した書面(以下「委任状」という。)について公証人又はこれに準ずる者の認証を受けた場合
二 、三(略)
2  令第十八条第二項 の法務省令で定める場合は、次に掲げる場合とする。
一  略
二  申請人又はその代表者若しくは代理人が記名押印した委任状について公証人又はこれに準ずる者の認証を受けた場合
三 から五(略)
3  (略)

 ここで不動産登記令第16条、18条各3項に定める印鑑証明書に関する3ヶ月以内という有効期限がサイン証明書にも適用されるか否かが問題となります。これについて昭和48年11月17日付民三第8525号により、外国在住の日本人の印鑑証明書の有効期限を6ヶ月に延ばすことはできないが、署名証明書については3ヶ月以内の期間制限は適用しないと通達がされています。この先例により、海外在住者が印鑑証明書を取得できる場合でもその有効期限は同令の定める3ヶ月以内の有効期限に服するが、サイン証明書を提出する場合にはそれについて有効期限はないものと取り扱われることになりました。

「昭和48年11月17日民三第8525号法務局民事行政部長、地方法務局長宛民事局第三課長通知」より抜粋
 別紙甲号
外国に在留する邦人の在留証明、印鑑証明及び署名証明の有効期間に関する取扱方検討依頼について
1.略
2.不動産登記に必要な印鑑証明は発給されて3ヶ月以内のものと規定(不動産登記法施行細則第44条)されている。これは本邦においては交通、通信、商取引の実情、法務局の数等諸般の要素から合理的な期間と考えられるが、交通、通信、その他本邦とは全く異なる外国居住という環境下にある邦人の提出すべき印鑑証明書についても本邦と同様その有効期間を一律3ヶ月とすることは申請者にとり困難な事情も生ずることが十分考えられる。よつて、これら在留邦人の場合は6ヶ月程度に有効期限を延長するよう例外規定を設定くださるようお願いする。
 別紙乙号
外国に在留する邦人の在留証明、印鑑証明及び署名証明の有効期間に関する取扱方検討依頼について(回答)
一 略
二 印鑑証明書について
 申し越しの措置をとることは、できないものと考える
 なお、印鑑証明書に代えて提出する申請人のなした署名についてそれが本人のなしたものである旨の証明書(署名証明書)については、不動産登記法施行規則第44条の規定の適用はないので、念のため申し添える。


4 最後に

 以上の通り、海外に在住されている相続人の方が相続した不動産を売却することは可能です。ただし、手続が国内にいる他の相続人より手間がかかることもちろんですが、売買当日の決裁において売却代金の受け取り方法や受け取り後の相続人間での分配等でもめる可能性もあります。もめた場合には海外にいることは決して有利な事情とはなりませんので、もし不安等がある場合には、売買契約締結はもちろん、締結後の売買代金の受け取りについてまで弁護士に依頼されるとよいでしょう。御心配な場合は、経験のある法律事務所に御相談なさることをお勧め致します。


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