新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1658、2016/01/05 12:00 https://www.shinginza.com/qa-jiko.htm

【民事 交通事故 弁護士へ依頼することによる損害賠償の増額の可能性 後遺症慰謝料 東京地方裁判所平成25年10月16日判決】

交通事故(人身事故)の被害者が請求可能な損害額の算定方法


質問:私の父親が,1年ほど前に交通事故に遭ってしまいました。交通事故で生じた損害賠償として何が請求できるのか,どのように請求できるのかという相談です。私の父は,見晴らしの良い道路の横断歩道を渡っていたのですが,前方不注視のトラックが父にぶつかってしまいました。父は脚を骨折し,また,頸椎を痛めてしまい,1カ月の入院と11カ月の通院を余儀なくされました。私も通院に何度も付き添っています。MRI検査などの画像上,頸椎症が認められるとのことで,最終的には外傷性頸部症候群ということで,後遺症になってしまったようです。父は55歳で会社員(年収700万)ですが,後遺症によってこれからの仕事にも影響が出てしまうでしょう。このような中で,何を請求できるのかを知りたいと思います。弁護士に依頼して交渉や裁判を起こしてもらうと,賠償される金額が上がるという話も聞きましたが,この点はどうでしょうか。



回答:

1 あなたのお父様は,交通事故の被害者として加害者及びその保険会社に対して,不法行為ないし自動車損害賠償補償法(自賠法)に基づいて損害賠償を請求しうる地位にあります。

  賠償内容としては,(1)後遺症が出る前の損害として,実際に支出した治療費や交通費などの積極損害,会社を休んだ分の休業損害,入通院を余儀なくされたことによる入通院慰謝料,といった損害を中心に請求できます。また,(2)後遺症がでてしまった後の損害として,後遺症が生じたこと自体による慰謝料(後遺症慰謝料),後遺症によって労働能力を喪失した分の損害(後遺症逸失利益)が請求可能です。

  今回の相談のケースでは,後遺障害等級としては12級か14級で,相当額の後遺症による賠償を求めることが可能です。

2 損害項目は以上のとおりですが,加害者の示談代行を行う保険会社は通常,自賠責基準ないし保険会社基準という比較的低額にとどまる支払基準を用いて,示談交渉を進めようとして来るのが通常です。一方,代理人として弁護士を入れた場合には,これらの基準とは異なる弁護士・裁判基準(いわゆる赤い本基準)を用いて,損害賠償を請求することになります。

  一般的にこれらの基準は,保険会社の用いる基準よりも高額です。具体的には,入通院慰謝料や休業損害,後遺症慰謝料,逸失利益などの損害について差が出てくることになります。

  したがって,代理人弁護士をいれて上記基準で保険会社(加害者)と交渉をすることによって,交通事故の賠償額が増加する可能性があります。交渉で保険会社が応じない場合には,裁判などの法的手続に移行することになるでしょう。

  交通事故の損害の把握,立証,金額面での主張方法などについては,一度弁護士に相談されることを強くお勧めします。

3 交通事故に関する事例集としては,その他159714891483148012251179902701373130等を参照してください。

解説:

第1 交通事故における被害者の地位

 1 あなた(の父親)が置かれている法的な地位

 (1)不法行為の被害者としての地位

    あなたの父親は,1年ほど前に自動車事故に遭ってしまったということですので,現在,どのような法的地位にあるかについて説明していきます。

    第三者の運転する自動車に轢かれてしまい,身体に怪我を負ったということになりますので,第三者の違法な権利侵害により,加害者にはそこから生じた損害について,不法行為に基づく損害賠償義務を負うことになります(民法709条,710条)。裏を返せば,あなたの父親は不法行為の被害者として,加害者に対し,不法行為に基づく損害賠償請求権を有することになります。

    ただ,不法行為が成立するためには,被害者側で加害者の故意(損害を加えることを認識して事故を起こしたこと)・過失(注意義務違反によって事故を起こしたこと)を主張立証しなければなりません。しかし,被害者側において加害者の故意・過失を立証することは容易ではありません。

    このような被害者の不利益を回避するために,自動車損害賠償補償法(以下「自賠法」といいます。)が制定されました。

 (2)自賠法に基づく損害賠償を請求しうる地位

    自賠法3条は,「自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。」としており,加害者の故意・過失を被害者で立証する必要がないことを規定しています(加害者において故意・過失がなかったことを証明する必要があります。立証責任の転換と呼ばれるものです。)

    ここにいう「運航の用に供する者」とはいわゆる運行供用者というものですが,運行供用者性は,運行支配と運行利益という2点から判断するものとされています。ただし,自分が所有者として管理する自動車において,自己が運転している際に事故が起きたような場合には,両者の要素を充たすことに争いなく,自賠法上の運行供用者に当てはまります。

(3)自賠責保険と任意保険について

   上記のとおり被害者に対して損害賠償義務を負うのは,原則として加害者本人になります。

   ただし,運転者は自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)への加入が義務付けられていますので,加害者に自賠法上の責任が認められる場合,自賠責の保険会社に支払を直接請求することも可能です(いわゆる被害者の直接請求権。自賠法16条参照)。ただし,ここで認められる損害はあくまで「自賠責基準」(後述)の範囲内に限られますので,損害賠償としては十分ではないことも多いでしょう。自賠責保険以上の賠償を求める場合には,加害者と直接交渉が必要になります。

   一方,加害者が任意保険(運転者が任意に加入する自動車損害賠償責任保険)に加入しているような場合には,自賠責保険を超える分の損害についても賠償を求めることが可能です。さらに,任意保険には示談代行サービスが付いていることが一般ですので,保険会社担当者と交渉すれば足り,加害者と直接交渉をする必要がありません。ただし,保険会社の示談代行の担当者(若しくはその代理人弁護士)は示談交渉に長けていますので,後述の「裁判基準」による賠償請求を希望するような場合には,弁護士への相談・依頼を検討すべきでしょう。

 2 交通事故における損害賠償の基準

 (1)相当因果関係の原則と損害額の定額化

   ア 以上より,あなたのお父様は,加害者であるトラックの運転者に対して損害賠償を請求しうる立場にあります。では,交通事故において生じた損害について,どのような範囲のものが賠償の対象になるのでしょうか。

   民事上の損害賠償の基本となる損害賠償の考え方は,交通事故が起きる前の財産状態と交通事故が起きた後の財産状態を比較して,両者の差額を損害としてとらえるものです(差額説)。

   ただし,交通事故と当該損害との間には「因果関係」が必要とされています。そして,交通事故のような不法行為においても,一般の債務不履行上の因果関係について定めた民法416条が類推適用されると判例上解されていますので,交通事故からその損害が生じることが社会通念上相当といえる関係(相当因果関係)にあることが要求されています。

   イ しかし,上記のように相当因果関係という概念のみで賠償されるべき損害を全て割り出すことは困難です。また,交通事故の被害者の数は膨大で,事故態様も類似する事例が多いものですから,同規模・同程度の交通事故について,損害賠償額がそれぞれ異なるのは望ましいことではありません。

     したがって,上記の損害賠償における相当因果関係のある損害について類型化し,損害額も併せて定額化する作業が必要不可欠になってきます。現在では,以下のように交通事故損害賠償については様々な基準が設けられているところであり,実際の損害賠償算定実務(保険会社や裁判所)も,概ねその基準に従って実際の賠償を行っています。

 (2)交通事故損害賠償算定基準

    損害賠償の算定基準として大きく分けると,概ね3つになります。
具体的には,(1)自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準(いわゆる「自賠責基準」),(2)自動車対人賠償保険支払基準(いわゆる「保険会社基準」),(3)日弁連交通事故相談センター著「民事交通事故訴訟・損害賠償額算定基準」による基準(いわゆる「裁判基準」,「赤い本基準」)となります。

   ア 自賠責基準

     これは,自賠責保険における損害額を算定する際に使用する基準になります。具体的な支払基準は,公表されています。

<参考HP> 国土交通省HP・自賠責支払基準
http://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/04relief/resourse/data/kijyun.pdf
 
   自賠責保険の支払基準は,自賠責保険への加入が義務付けられていることもあり,あくまで基本的な保障という性格を持つにとどまります。したがって,他の基準と比較すると,一般的にですが,金額自体は低額にとどまってしまいます。

   なお,保険会社はこの支払基準にしたがって支払わなければならないとされていますが(自賠法16条の3),必ずしも被害者と裁判所を拘束するものではないということが明言されています(最高裁平成18年3月30日判決)。

   イ 保険会社基準

     こちらは,自動車保険(任意保険)における損害額の算定基準であり,人身事故に関して保険会社が定めたものです。平成9年3月までは各会社共通の基準が用いられていましたが,現在では廃止されており,各保険会社が個別に支払基準を設けています。

     ただし,各保険会社の支払基準は公表されていません。もっとも,後述の「裁判基準(「赤い本」基準)と比べると,アの自賠責基準と共通する部分も多いようですので,やはり実際の損害賠償額としては低額にとどまってしまうことが多いといえるでしょう。

   ウ 裁判基準(「赤い本」基準)

     こちらは,日弁連交通事故相談センターが発行している「民事交通事故訴訟・損害賠償算定基準」にしたがった損害賠償算定基準になります。東京地方裁判所民事交通部やその他の判例を参考にしたもので,多くの裁判所が,訴訟においてこの基準を重要な資料として損害賠償額を算定しているようです。ただし,あくまで重要な参考資料にとどまりますので,事案ごとに判断は異なり得るところですので,注意が必要です。

     弁護士の多くがこの基準に従って,加害者及び保険会社との交渉や訴訟を行っていますので,上記相談のうち,弁護士に依頼した方が損害賠償金額が増額するというのは,このような意味になります。

     ただし,相手方保険会社(加害者)が,裁判基準(赤い本基準)にしたがって裁判外の示談に応じるかについては,事案及び弁護士の交渉内容によって異なり得るところです。交渉での早期解決を希望する場合には,ある程度の譲歩も必要になると思われます。
 
    仮に裁判外の示談が決裂するような場合には,速やかに訴訟やADRなどの法的手続に移行する必要がありますので,いずれにせよ,弁護士へ法律相談されることを強くお勧めします。

第2 交通事故において請求できる損害項目(赤い本基準による)

 1 これまでは損害賠償額の算定基準について検討してきました。次に実際,加害者及び保険会社に対して,どのような損害について賠償できるのか,上記の「赤い本」基準,裁判基準にしたがって,個別的に検討していきたいと思います。

 2 損害の種類

   上記のとおり,交通事故と相当因果関係のある法的な損害の種類は,かなりの類型化・定額化が図られているところです。

   本件のような人身事故の場合,いわゆる「症状固定」前後で損害の項目が全く異なってきます。

   症状固定とは,一般的に「これ以上治療を継続しても症状の改善が望めない状態になったとき」をいうものとされます。症状が固定したときに,まだ障害が残っているということであれば,それは「後遺症(後遺障害)」と呼ばれます。

   症状固定前に主に認められるのは,治療費や交通費など実際に支出した費用の賠償を求める「積極損害」,負傷の期間内に仕事ができなかったため受けた休業損害,通院や入院に伴って生じた慰謝料などの失われた利益の賠償を求める「消極損害」になります。

   一方,症状固定後に主に認められるのは消極損害ですが,後遺症に伴って生じた苦痛を慰謝料として請求する後遺障害慰謝料,また,後遺症が生じたことによって将来にわたって収入が減少した損害の賠償を求める逸失利益が大きな損害項目になります。以下,「赤い本」基準にしたがって,損害項目について具体的に検討していきます。

 3 症状固定前の損害

   まずは,症状固定前の損害について検討していきます。ここでは実際に支出した積極損害及び,入通院慰謝料や休業損害などの消極損害が中心となります。以下,検討していきます。

 (1)積極損害

  ア 治療関係費用

    入院や通院にかかった治療費が生じた場合には,「必要かつ相当な実費全額」が損害賠償の対象になります。通常は,医師が治療の必要性を認めた診断書を発行して治療を継続しているのであれば,治療の必要性,相当性のいずれも認められるといえます。例外的に過剰診療,過剰診療に該当する場合には,相当因果関係のある損害と認められないこともあります。

  イ 付添費用

    交通事故の被害者が単独では通院等が困難な場合,近親者等が通院に付き添うことがあります。診察に当たっての付添いが,医師の指示による場合,被害者の年齢等により必要があれば,付添費用が被害者本人の法的な損害として認められることがあります。

    付添人の種類によって異なるところで,職業付添人の場合には実際に支払った実費全額,近親者付添人であれば1日あたり最大6500円が損害として認められることがあります。

  ウ 雑費

    入院にあたって,雑費(おむつやエプロンなどの介護に必要な費用)が生じた場合には,1日あたり1500円程度の賠償が認められることがあります。

  エ 通院交通費・宿泊費

    通院にあたって移動した場合,交通費が損害として認められます。
基本的には,電車やバスといった公共交通機関の実費相当額が賠償の対象になります。ただし,症状が重くタクシーを利用しなければ通院が困難であるなどの事情があるような場合には,タクシー料金が賠償の対象になります。

    また,近親者付添人の交通費も,場合によっては被害者本人の損害として認められることがあります。

  オ 学習費,保育費,通学付添費

    被害者が学生で,交通事故によって被害者に進級遅れが生じたような場合,授業料や補習費が被害者本人の損害として認められることがあります。場合によっては,家庭教師への謝礼,怪我によって無駄となった支払済みの教育費〈授業料〉,通学定期代,保育料なども認められます。

    また,通学自体について近親者等の付添が必要になった場合には,通学付添費も損害として認められる場合があります。

    被害者の被害の程度・内容,子どもも年齢や家庭の状況を具体的に検討し,必要性が認められれば,社会通念上妥当な範囲が法律上の損害として認められます。

 (2)消極損害

  ア 休業損害

    休業損害とは,交通事故によって収入が減少した場合に,休業前の収入との差額を賠償するものです。休業損害の内容は,以下のとおりそれぞれの職業に応じて異なってきます。いずれにせよ,どのような証拠に基づいて休業損害を立証するかが重要になってきます。

  (ア)給与所得者

    給与所得者の場合,事故前の収入を基礎として受傷によって休業したことによる現実の収入減分について,賠償の対象となり得ます。直近の給与明細書,源泉徴収票が主要な証拠になるでしょう。

    実際には収入減が無くても,有給休暇を利用した場合には,休業損害として賠償の対象になります。

(イ)事業所得者

    事業所得者の場合には,現実に収入減が生じた場合に限って,休業損害としての賠償の対象になり得ます。証明手段としては,前年度の確定申告書や会計(帳簿)関係資料が基本になります。

(ウ)会社役員

    会社役員の報酬については,利益配当の実質を持つ部分は休業損害として認められない傾向にあります。一方,会社役員であっても,労務提供の対価部分については休業損害として認められる余地があります。

(エ)家事従事者

    家事従事者の場合は,給与所得者のように事故前の収入と実際に比較検討することは困難ですが,「赤い本」基準によれば,「賃金センサス第1巻第1表の産業計,企業規模計,学歴系,女性労働者の全年齢平均の賃金額を基礎として,受傷のため家事労働に従事できなかった期間」について休業損害として認められるとしています。

イ 入通院慰謝料(傷害)

    入通院慰謝料(傷害慰謝料)とは,入通院に伴って受けた精神的苦痛を慰謝料として算定し,損害賠償を認めるものです。入通院慰謝料は,自賠責保険基準(通院1日あたり4200円)と大きく異なるところで,金額にかなりの差異が生じてきます。

    入通院慰謝料の算定においては,入通院期間を基礎として「赤い本」に記載されている別表Tの基準によることになります。詳細については同本を参照されるか,実際の計算について弁護士にご相談ください。例えば,今回の事案でいえば1月の入院,11月の通院ということですので,別表Tによれば,入通院慰謝料(傷害慰謝料)としては金179万円が相当ということになります。

    ただし,交通事故で受けた傷害の内容がいわゆる「むちうち症」(頸部挫傷ともいます。)であり,かつ,他覚症状がない(自覚症状のみで,画像所見など第三者の客観的な所見による判定が困難)場合には,別表Tの基準よりも低額な別表Uの基準を用いることになります。なお,別表Uに従った場合,入通院慰謝料は金135万円が相当ということになります。

    入通院慰謝料については,特に保険会社の算定基準と金額に差が出るところですので,保険会社との交渉時には特に問題になることが多いものです。あまりにも金額に差が出るようで交渉による解決が難しいということであれば,裁判ないしADRなどの法的手続に速やかに移行することが必要でしょう。

4 症状固定後の損害

    次に症状固定後の損害について検討していきます。症状固定ということですので,後遺症に基づく消極損害(後遺障害慰謝料,後遺症逸失利益)が中心となります。

(1)積極損害

 ア 症状固定後の治療費

    一般的には,症状が固定したのであればその後は治療をしても意味がありませんので,症状固定後に通院して治療を行ったとしても,それが相当因果関係のある損害としては認められません。しかし,その支出が相当と認められるような場合には,損害として認められることもあります。足を切断し症状固定した後に,義足の作成のために通院をしたことは相当因果関係有とされています。

    リハビリに要した費用については,症状の内容,程度に応じてケースバイケースとされています。

 イ 将来介護費

   重大な後遺症が生じた場合など,将来にわたって介護が必要となった場合には,医師の指示または症状の程度により,将来介護費が,必要に応じ被害者本人の損害として認められます。

   上記の付添い人と同じく,職業付添人であれば実費相当額の賠償が認められ,近親者付添人であれば1日当たり8000円程度が,被害者本人の損害として認められます。

(2)消極損害

 ア 後遺症慰謝料

   「後遺症」が生じた場合には,後遺障害診断書が医師により作成されます。そして,後遺障害の内容に応じて,後遺障害別等級表(自賠法施行令の別表第1及び第2)の後遺障害一覧のどの等級に該当するかによって,慰謝料金額が変わってきます。具体的には,以下のとおりです。

   第1級  ・・・ 2800万円
   第2級  ・・・ 2370万円
   第3級  ・・・ 1990万円
   第4級  ・・・ 1670万円
   第5級  ・・・ 1400万円
   第6級  ・・・ 1180万円
   第7級  ・・・ 1000万円
   第8級  ・・・  830万円
   第9級  ・・・  690万円
   第10級 ・・・  420万円
   第12級 ・・・  290万円
   第13級 ・・・  180万円
   第14級 ・・・  110万円

   どのような後遺障害が,どのような等級に該当するかは下記HPを参照して下さい。

  <参考HP>国土交通省HP・後遺障害等級表
http://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/04relief/jibai/payment_pop.html

裁判例においても,上記の基準を重視するものが多いといえます。参考裁判例として挙げた東京地方裁判所平成25年10月16日判決は以下のように述べています。

「原告Aに自賠法施行令別表第二第14級9号に該当する頚部痛等の神経症状が後遺障害として残存したと認められるが,これ以上に,精神症状を含め,原告Aに本件事故による後遺障害が残存したとは認められない。これに反する当事者の主張はいずれも採用できない。
 上記に照らせば,後遺障害慰謝料として110万円を認めるのが相当である。」
    
    とし,上記「赤い本」基準にしたがい,14級相当として後遺障害慰謝料110万円を認めているところです。すなわち,「赤い本」基準は,裁判上も極めて重要な指標になっているのです。

    上記の等級のうち,どの級に該当するかによって,後遺症慰謝料の金額は大きく変わってくるところです。後遺症の認定については,一般的に「損害保険料率機構」という機関が行うものですが,後遺障害診断書及び画像や診断経過などの一見資料を総合的に考慮し,基本的には書面審理のみによって決定されるものです。ここで重要なのは,やはり後遺障害診断書の記載上,上位の等級を認定するのに十分といえるかという点です。

   後遺障害等級を認定してもらうにはどのような所見(自覚症状,他覚所見),機能障害が生じているかを正確に把握するとともに,後遺障害診断書に適切な記載をしてもらうことが必要になります。場合によっては,交通事故の後遺障害に精通した弁護士から医師に照会してもらい,相談の上で後遺障害診断書を作成してもらうことが有用といえるでしょう。

    今回の事案で言えば,いわゆる外傷性神経根症(むち打ち)が後遺症ということですので,該当するのは後遺障害12級13号の「局部に頑固な神経症状を残すもの」か,14級9号の「局部に神経症状を残すもの」のいずれかとなります。もちろん,後遺症に該当しないという判断もあり得るところでしょう。

医師から他覚所見,自覚症状,機能障害を正確に診断書に記載してもらうことが極めて重要になります。

 イ 後遺症逸失利益

   後遺症が生じてしまった場合,後遺症によって将来にわたって得られるはずであった利益を「逸失利益」といいます。

   逸失利益の算定には,「赤い本」上は,「労働能力の低下の程度,収入の変化,将来の昇進・転職・失業等の不利益の可能性,日常生活の不便等を考慮して行う。」とされています。実際には,被害者の「基礎収入」と,上記の後遺障害等級に応じた「労働能力喪失率」を算定します。

   そしてここに「労働能力喪失期間」をかけて逸失利益を計算しますが,逸失利益は将来の損害を一括で受け取るものですので,得た金額を運用によって将来取得し得る利益(利息)をあらかじめ控除しておく作業が必要になります。

   このような作業は「中間利息控除」といいます。この作業を経た上で,最終的な逸失利益が算定します。中間利息控除の計算には,現在は一般的にライプニッツ式によるのが通例です。ライプニッツ係数は,労働能力喪失期間に対応して大きくなる,中間利息を考慮に入れた係数です。

   以上の逸失利益の算定方法を計算式にすると,以下のようになります。

   (計算式)
    逸失利益額 = 基礎収入額 × 労働能力喪失率 × 労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数

   (ア)基礎収入の算定は事故前の収入を基礎とします。ただ,現実の収入が賃金センサスを下回る場合には,平均賃金額を得られる蓋然性があれば,賃金センサスによることが許されます。家事従事者の基礎収入は,休業損害と同様に賃金センサスを用います。
   (イ)労働能力喪失率は,後遺障害別等級表にしたがって判定されます。例えば,後遺障害等級14級の場合労働能力喪失率としては5%,12級の場合には14%となります。
   (ウ)労働能力喪失期間は,症状固定日から67歳までとするのが通例です。67歳を超える者については,簡易生命表の平均余命の2分の1を喪失期間とします。
      なお,むち打ち症の場合には,12級で10年程度,14級で5年程度に制限する場合が多いですが,あくまで具体的事案に応じて判断されます。
   (エ)ライプニッツ係数は,労働能力喪失期間に応じて数値が決まっています。

   (参考HP)国土交通省HP・ライプニッツ係数
http://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/04relief/resourse/data/syuro.pdf

    今回の件で逸失利益を計算すると,以下のようになります(後遺症としては,12級を前提とします)。総額の逸失利益は868万6034円です。ただし,むち打ち症ですので,労働能力喪失期間については10年程度に短縮される可能性があります。
    
    700万円 × 14% × 8.8633 = 868万6034円
※ 67歳 − 55歳 = 8.8633(喪失期間12年のライプニッツ係数)

5 示談交渉,訴訟などの法的手続による請求(弁護士介入による損害額の増額の交渉)

(1)弁護士を通じた示談交渉の必要性

   以上のとおり,交通事故が生じた場合,症状固定の前後を通じて,様々な損害項目を請求できることになります。

   加害者が任意保険に加入しているような場合には,任意保険会社の示談代行の担当者が損害賠償のための示談の提案をしてくるので,それに対して対応を行うことになります(そのような対応がない場合には,加害者と直接交渉を行う必要があります)。

   既に述べたように,保険会社は独自の保険会社基準によって損害を算定してくるのが通例ですが,基本的には,上記裁判基準(赤い本基準)と比較して高額な示談案を提示してくることはありません。裁判基準での示談を目指す場合には,弁護士を通じて示談交渉を行う必要があるでしょう。

(2)適切な証拠収集,示談交渉・訴訟による請求

   保険会社及び加害者との交渉,最終的に裁判で有利な結果を得るためには,適切な証拠資料の収集が必要不可欠です。

  ア 損害の立証に必要な資料の取得

    積極損害を立証するための治療費,交通費については,関係資料(診断書,領収書)を発行してもらう必要があります。また,消極損害の内,休業損害や逸失利益を主張するためには収入関係の資料が必要になりますので,最低限給与明細や源泉徴収票,確定申告などの資料は取得しておく必要があります。休業損害を主張する場合には,雇用主に休業損害証明書を発行してもらう必要もあります。

    後遺症について重要な証拠としては,やはり後遺障害診断書になります。上で述べたとおり,各後遺障害等級に応じて認定すべき後遺症の内容は異なってくるわけですから,個別の後遺症に応じて適切に他覚所見,自覚症状,機能障害,後遺症名等を記載してもらう必要があります。この点は,担当の医師とよく相談して作製する必要があります。場合によっては,交通事故の専門的知見を有する弁護士から医師と面談をし,診断書の内容を吟味する必要もあります。

  イ 過失相殺の立証に必要な資料の取得

    本稿では詳細に述べていませんが,加害者としては被害者にも一定の落ち度があったとして,損害から一定額の過失相殺を求めるのが通常です。過失相殺について,適切な主張を行うためには,事故現場の状況を正確に把握する必要があります。人身事故の場合には,通常,警察によって実況見分を行い,その結果を実況見分調書として作成しますので,これを取り寄せて検討をすることが有用です。

(3)まとめ

   以上の適切な証拠収集を経た上で,弁護士を通じて裁判基準で交渉を行います。保険会社も,代理人弁護士が就任した場合には交渉態度が軟化し,比較的増額に応じる傾向もあります。ただし,交渉で解決しないような場合には,速やかに裁判等の法的手続に移行した方が良いのは述べたとおりです。

   交通事故の損害賠償は,損害項目の種類が多く,また後遺症も関係してくると,主張内容如何によって実際の賠償額が大きく異なってきます。裁判基準での保険会社との交渉を希望する場合には,なるべく早めに弁護士に相談された方が良いでしょう。

<参照条文>
民法
第五章 不法行為

(不法行為による損害賠償)
第七百九条  故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

(財産以外の損害の賠償)
第七百十条  他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。

自動車損害賠償補償法
(自動車損害賠償責任)
第三条  自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があつたこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことを証明したときは、この限りでない。

(民法 の適用)
第四条  自己のために自動車を運行の用に供する者の損害賠償の責任については、前条の規定によるほか、民法 (明治二十九年法律第八十九号)の規定による。

(保険会社に対する損害賠償額の請求)
第十六条  第三条の規定による保有者の損害賠償の責任が発生したときは、被害者は、政令で定めるところにより、保険会社に対し、保険金額の限度において、損害賠償額の支払をなすべきことを請求することができる。
2  被保険者が被害者に損害の賠償をした場合において、保険会社が被保険者に対してその損害をてん補したときは、保険会社は、そのてん補した金額の限度において、被害者に対する前項の支払の義務を免かれる。
3  第一項の規定により保険会社が被害者に対して損害賠償額の支払をしたときは、保険契約者又は被保険者の悪意によつて損害が生じた場合を除き、保険会社が、責任保険の契約に基づき被保険者に対して損害をてん補したものとみなす。
4  保険会社は、保険契約者又は被保険者の悪意によつて損害が生じた場合において、第一項の規定により被害者に対して損害賠償額の支払をしたときは、その支払つた金額について、政府に対して補償を求めることができる。




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