新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1659、2016/01/06 12:00 窃盗・万引きを犯してしまった場合
万引きと余罪多数の場合の手続、対応と黙秘権、弁護人の役割
先日,地元の大手スーパーで牛肉4パックを手持ちかばんに入れ,レジを通さないまま店外に出るところを,店員に見られてしまいました。怖くなって走り去ったのですが,その日の夜,警察の方が自宅まで来てしまいました。警察署まで一緒に来て欲しいとのことでしたので,同行し,警察署で取調べを受けました。
警察の方からは,その日の牛肉の万引き以外にも盗んだことはあるかと聞かれましたので,3ヶ月前くらいから何回か盗んだことがあると言いました。しかし,実際は3年程前から週に数回,継続的に万引きをしてきており,被害金額は100万円を超えていると思います。
私は今後どうなってしまうのでしょうか。初犯の人は,示談すれば起訴猶予になると聞いたことがあるのですが,私の場合,余罪が非常に多く,実刑になってしまうのではないかと心配でなりません。
また,私は家族を養わなければならないので,今の会社を辞めるわけにはいきません。何とか,職場への連絡を阻止することはできないでしょうか。
1 あなたは,牛肉のパックを手もちカバンに入れ、レジを通さずに店外に出ていますので、店主の意思に反して店主管理にかかる商品の占有を自己に移転させていたことが認められ,窃盗罪が成立します。
2 警察に被害届が出された場合の万引きの終局処分についてですが,初犯の(前科前歴がない)場合,適切な被害弁償をして示談をすれば起訴猶予となる可能性が極めて高いといえます。逆に,何もしなければ,罰金となって前科が付いてしまう可能性が出てきます。早急に弁護人を選任した上で,店主との間で示談をまとめる必要があります。
なお,あなたには大量の余罪がありますが,過去の万引き行為については一般的に立証が困難なことから立件される可能性は低いといえるでしょう。しかし、捜査機関において、余罪を考慮し重い処分にするということは考慮しておく必要があります。念のため,弁護人を通じて,余罪を含めて示談申入れの準備があることを早期段階から捜査機関に伝えておき,反省を示しておくことが望ましいです。
3 示談における留意点として,大型チェーン店の場合,会社の方針で示談に応じない店舗が多いという点が挙げられます。しかし,オーナー型のフランチャイズ店であれば店長の裁量で示談に応じてくれる場合もあります。できることは全てやるべきです。仮に示談が難しい場合は,法務局に相当と考える被害弁償金を供託することになります。
以上の活動によって,あなたが不起訴処分を獲得できる可能性が高まるでしょう。
4 さらに,余罪多数で犯情が重いとして,担当警察官がマスコミに安易に本件事件の情報提供をしたり,会社に連絡してしまったりする危険があります。日常茶飯事で起きている万引き事件だからといって,油断はできません。軽微と思われる事件が地元の新聞紙等に載ってしまうことは度々あります。
このような事態となると,会社で懲戒処分を受ける危険が出てきてしまいますので,何としても避けたいところです。早期段階から弁護人を通じて,マスコミや会社への情報提供を差し控えるよう要請することが肝要です。
他人の財物を窃取すると窃盗罪が成立し,10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられます(刑法235条)。
窃盗罪の実行行為である「窃取」とは,他人の意思に反して財物の占有を自己に移転させることを意味するところ,あなたはスーパーの商品である牛肉4パックを手持ちかばんに入れ,レジを通さないまま店外に出ていますので,店主の意思に反して商品の占有を自己に移転させていると評価できます。よって,窃盗罪が成立していることになります。
あなたは,既に本件事件に関して警察での取調べを受けておられますから,刑事手続き上の被疑者として扱われている状況にあります。刑事事件というと,必ず逮捕されるかのような誤解を持つ方もおられますが,それは誤りであって,身柄を拘束されないまま事件の捜査が進められる在宅事件の方が,身柄事件よりも割合が多いとされています。
今後の流れは以下のとおりです。
(1)送検
あなたは現在警察での取調べの対象となっておりますが,原則として,必要な捜査等が完了した段階で,事件が検察庁に送致されることになります(刑事訴訟法246条本文)。
(2)微罪処分
例外的に,警察が微罪事件として処理した場合は,送検されずに刑事手続が終了します(刑訴法246条ただし書。罰金等の刑罰は何も受けません。)。微罪事件とは,「①被害額僅少かつ犯罪軽微で,盗品等の返還その他被害の回復が行われ,被害者が処罰を希望せず,かつ素行不良者でない者の偶発的犯行であって,再犯のおそれのない窃盗,詐欺又は横領事件及びこれに準ずべき事由がある盗品等に類する事件,②得喪の目的である財物が極めて僅少かつ犯情も軽微で,共犯者の全てに再犯のおそれのない初犯者の賭博事件,③検事正が特に指示した特定罪種の事件をいいます。
あなたの場合,余罪が多数あって,本件被疑事実以外の被害金額が高額であることや,被害店舗の店主が非常に怒っており処罰を希望している可能性が高いことから,初犯とはいえ,微罪処分で終わる可能性は低いといえます。ただし,送検前の段階で店主との間で示談が成立すれば,微罪処分としてもらえる可能性が無くはないですので,後述のとおり,示談交渉を直ちに開始すべきです。
(3)送検後の流れ
送検された場合,検察官が終局処分を決定することになります。初犯の万引き事案の終局処分については,示談が成立していれば(示談が終局処分前にできない場合は、法務局に供託をすることで)起訴猶予となる可能性が高く,何もしなければ罰金の可能性がある程度あるといったところです。いきなり正式裁判ということは考え難いでしょう。
(1)一般論
一般的に,被害者がいる犯罪においては,被害者との間で示談が成立すれば,検察官の終局処分に事実上影響して,処分が軽くなる傾向にあります。
示談といっても,検察官に具体的な資料を提示する関係上,口頭ではなく,被害者の方に複数の書面に署名・捺印してもらう必要があります。弁護人が示談交渉をする際は,示談合意書という客観的な書面を作成し,被疑者のことを許す旨の宥恕文言を取り入れます。また,可能であれば,被害届取下げと告訴取消を確約する誓約書に署名してもらうことで,万全を期します。
これらの書面を揃えることで,被害者がもはや処罰を望んでいないことを示すことができ,検察官の終局処分に影響を与えることができるのです。影響を与えることができると表現したのは,被害者の告訴が訴訟条件である親告罪(たとえば,強姦罪(刑法177条,180条1項)等が挙げられます。)以外の犯罪については,たとえ告訴の取消しがあっても,検察官は起訴・不起訴の決定を自由にできるためです。しかし,示談合意書等の書類の写しを検察官に提出すれば,終局処分を一定程度軽くする効果があることは,実務上の慣行となっています。
(2)万引き事案の量刑相場と示談の影響
万引きの事案に関しては,以下のとおり,実務上ある程度の量刑相場が出来上がっています。同じような犯罪を犯した人を比較した時に,人によって処分を殊更に重くしたり軽くしたりするのは平等原則からして好ましくないとの判断に基づくものと思われます。
しかし,そうはいっても所詮目安に過ぎません。大量の余罪が立件されてしまった場合,最初から公判請求されてもおかしくありません。
ア 初犯の場合
何もしなくても起訴猶予としてもらえる可能性が一定程度ありますが,罰金の可能性も十分にあります。示談をすれば起訴猶予はほぼ確実でしょう。
イ 2回目(前歴があり)で罰金前科なしの場合
何もしなければ罰金の可能性が高いでしょう。示談成立で不起訴にしてもらえる可能性がありますが,罰金になってしまう可能性もあります。
ウ 罰金前科が1件ある場合
何もしない場合,前回の罰金額よりも高額の罰金刑となる可能性が高いですし,場合によっては正式裁判の危険も出てきます。示談成立によって不起訴を獲得できる可能性は低いですが,少なくとも正式裁判の危険を回避できる可能性が高いです。
エ 複数回目で罰金前科が2件以上ある場合
示談を成立させたとしても,懲役刑を求刑する必要があると判断され、公判請求を避けるのは極めて困難といえます。但し、実刑になることは少ないですし、示談が成立していれば,執行猶予は付くでしょう。
但し、前回の罰金の時期にもよりますが、被害者に特別な上申書を書いてもらえれば例外的に不処分もあり得ます。
余罪については、立件されるか否か、立件されないとして本件の処分に影響があるかという2点からの検討が必要です。一般論として,余罪が多数あるからといって,現在の被疑事実の処分が直ちに重くなるわけではありません。余罪を処罰する趣旨で量刑の資料とすることは禁じられているからです。しかし,本件の終局処分に考慮されることは間違いありませんし、大量の余罪が立件されてしまった場合,それぞれ処罰されるわけですから,当然に量刑は重くなります。
では,万引きの場合はどうでしょうか。万引きの場合,住居侵入窃盗、いわゆる空きす狙いなどと比較して現行犯的状況で証拠が揃っているような場合でない限り,過去の余罪については立件されにくい傾向があります。防犯カメラの映像も直近のものしか保存されていない可能性が高く,現行犯でなければ立証が難しいのです。また,万引きは非常に再犯率が高い犯罪類型で,何度か繰り返している人の方が圧倒的に多いことが分かっていることから,捜査機関は,よほど悪質と判断しない限り,過去の余罪について細かく捜査をしたりはしないのです。調書上余罪を一括して記載して情状として重罰を求める方法がとられます。
弁護活動に当たっては、余罪について立件される可能性があるか否か、立件はないとして捜査機関において余罪を考慮し重い処分が必要と判断されるか否か、という点について注意する必要があります。あなたの場合も,過去の万引き行為について立件される可能性は低いといえますが,念のため,弁護人を通じて,余罪に関しても示談申入れの準備があることを早期段階から捜査機関に伝えておくべきでしょう。そのことによって,反省の様子が伝わり,余罪を細かく追及することはしないでおこうといった方向に働きやすくなるのです。
また,捜査機関の取調べにおいて,余罪の話を細かく聞かれてしまった場合は,覚えている範囲で正直に話してしまうことをお勧めいたします。嘘を付くことはできませんし、捜査官の心証が悪くなりますので,どうしても言いたくない場合は,よく覚えていない、あるいは黙秘するという回答に止めるべきです。憲法上の黙秘権(憲法38条)の行使は余罪についても適用されます。行使については慎重に行う必要があり弁護院との協議が必要です。余罪について回答する場合も弁護人を選任していれば、弁護人から回答するという弁解ができますから心理的にも楽になるでしょう。
あなたは,本件が初犯という扱いとなりますので,被害店舗との間で示談を進めれば,起訴猶予となる可能性が非常に高いです。前述のとおり,余罪について細かく追及される可能性はそう高くありませんが,早期に示談交渉を開始し,余罪の立件を阻止してしまうのがよいでしょう。
ここで,示談交渉を開始する前提として,被害店舗が本件のようなチェーン店である場合,本社のルールで示談を一切受け付けない方針を採用していることが多いです。しかし,チェーン店だからといって一切望みがないわけではありません。本社直営店ではないフランチャイズ店舗の場合,店長にある程度の独立性が与えられていることが多く,示談に応じるか否かも店長の自己判断で決定できる場合があるのです。また,仮に示談が難しい場合でも,被害弁償金を法務局に供託することで,弁済したのと同じ効果を生じさせることができます。
以上の示談交渉活動に加えて,示談の際に店長に渡す謝罪文や不接近誓約書,さらには身元引受人(通常は家族)による監督誓約書等を準備する必要があります。その上で,示談が無事に成立すれば,検察官宛てに終局処分に関する弁護人の意見書を提出し,少しでも起訴猶予で済む可能性を高める活動を行います。
近年は,比較的軽微な事件であっても,マスコミが面白おかしく事件を実名報道して,世間の好奇の目にさらされるケースが増えてきております。そのような事態は何としても避ける必要があります。また,同様に職場への不必要な連絡も懲戒処分等の重大な不利益に繋がりますので,阻止する必要があるでしょう。
早期に弁護人を選任した上で,上申書等で報道機関や職場への情報提供を差し控えるよう要請していくことで,そういった危険は軽減できます。
以上述べてきたとおり,あなたの場合,余罪がたくさんあり被害総額が100万円位になる場合でも、早期に弁護人を選任して示談交渉を開始すれば,余罪の追及可能性を軽減できます。また,示談成立あるいは供託によって不起訴処分を獲得できる可能性も極めて高いといえます。
罰金前科が付いてしまって,懲戒処分等の危険に晒されるのは望ましくありませんので,早急に弁護人を選任することをお勧めいたします。
以上
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憲法
(黙秘権の行使)
第三十八条 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
刑法
(強姦)
第百七十七条 暴行又は脅迫を用いて十三歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、三年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。
(親告罪)
第百八十条 第百七十六条から第百七十八条までの罪及びこれらの罪の未遂罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
2 前項の規定は、二人以上の者が現場において共同して犯した第百七十六条若しくは第百七十八条第一項の罪又はこれらの罪の未遂罪については、適用しない。
(窃盗)
第二百三十五条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。