医療観察法に基づく入院審判申立てへの対応
行政|医療観察法に基づく入院審判申立てへの対応|措置入院|保護入院|最高裁平成21年8月7日決定
目次
質問:
先日,私の息子(29歳)が,道端で突然すれ違った人を殴ったという傷害の事件で逮捕されました。息子は,子供の時から優秀でしたが、かなり前からうつ病の様な症状にかかっており,それが原因で事件を起こしてしまったようです。現在まで同様の事件が2年前にあり措置入院の経験もあり、精神科にも通院したことがあります。
息子は逮捕後,勾留を継続されていましたが,今回,医療観察法という法律に基づき,強制的に入院させるため鑑定入院の決定がされたと聞きました。
この手続はどのような手続なのでしょうか。何とか息子の強制入院を回避することはできないでしょうか。今までの精神科の医師とも相談して自宅での治療を希望しています。確かに息子はうつ病ですが,近所のスーパーでアルバイトをできていましたし,入院までさせる必要はないと思います。
回答:
1 刑事事件を犯してしまった場合は、刑罰を科せられるの一般原則ですが、精神障害があるため刑罰を科すことができない、あるいは刑が減軽される方の処遇については,「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」(以下,「医療観察法」といいます。)という法律が存在します。
この法律は,一定の重大な事件(医療観察法第2条1項)を起こしてしまった精神に障害があると認められる方(対象者)に対して,その病状を改善して社会復帰することを促進するために,法律上規定された医療行為(入院,通院による)を受けさせる制度を定めています。
2 一般的な手続の流れとしては,まず事件を担当した検察官が,裁判所に対して,対象者に対する入院・通院の審判の申立てを行います。多くの場合,裁判所は,鑑定や医療観察の為に対象者を2~3か月程度入院させ(同法34条1項 鑑定入院命令),鑑定医を任命し,鑑定医が対象者に対する処遇について意見を述べることになります。 裁判所は鑑定医の意見を参考にしつつ,対象者に入通院の処遇を行うか否かの審判を行います。医療観察法上の処遇の決定が出される要件は,まず(1)対象者に完全責任能力が無いことが前提として,(2)①疾病性(犯行時と同様の精神障害の存在),②治療反応性(治療により精神障害の改善が期待できるか),③社会復帰阻害要因の3要素を総合的に考慮して判断されます。
実際上は,鑑定医の意見が審判に大きな影響を及ぼしていると言って良いでしょう。
これに対して、以前息子さんにとられた措置入院は、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第29条によるものであり、精神障害者であり,かつ,医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれがある場合に検察官等の申し立てにより手続的には医師2名の判断により裁判所の関与なくして行われます。要件的に医療観察法が厳格になっています。
3 息子さんが入院を回避するためには(自宅等からの通院を希望する場合。),裁判所に対して,上記要件を満たさないことを積極的に主張することが必要です。医療観察法に基づく審判においては,それら対象者に有利な事情を主張するために,本人や保護者が弁護士を付添人として選任することが可能です
具体的な主張としては,(1)依頼者の責任能力や(2)①疾病性②治療反応性の要件の存在を争う場合には,鑑定医から十分な意見聴取を行ったり,こちらの有利な証拠として使える意見を出してくれる協力医を捜したりすることが必要です。本件では,事件前まで問題無く働けていたことを証明する報告書等を準備する必要があるでしょう。③社会復帰阻害要因の点については,対象者が容易に社会復帰できることを主張するため,専門の受け入れ機関や勤務先の準備といった環境調整を積極的に行う必要があります。本件では,勤務先のスーパー等に雇用を継続して貰えれば非常に有利な事情となるでしょう。
また,審判に備えて裁判所主導でカンファレンス(打合せ)が行われる場合も多く存在しますので,適宜裁判所や鑑定医の意見を把握しつつ,鑑定入院命令の段階から3条件に関する詳細な意見書を繰返し提出することが必要です。審判当日は,対象者に対する付添人や裁判官からの質問もありますので,その準備も十分にする必要があります。尚、被害者との示談、補償は不可欠です。被害弁償は通院しながらでも社会生活を送ろうとするうえで当然の行為であり、裁判所に対し反省と今後の社会人としての生活態度を示す重要な要素と評価されることになるからです。
4 これらの準備を十分に行うことができれば,審判において長期の入院決定を回避できる可能性もあります。
医療観察法に基づく審判は,対象者に長期の拘束を強いるものですので,付添人を通じて有利な事情を十分に主張する必要があります。
弁護士等に相談し,適切なご対応をお取り下さい。
5 入院に関する関連事例集参照。
解説:
1 医療観察法の手続について
(1)医療観察法の概要
精神障害がある方が刑事事件を犯してしまった場合,その処遇については,「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(以下,「医療観察法」といいます。)」という法律による規定があります。
この法律は,一定の重大な他害行為(対象行為)を行った精神に障害があると認められる方(対象者)に対して,適切な処遇(入院,通院等)を行うことによって,その病状を改善及びこれに伴う同様の行為の再発の防止を図り,もって社会復帰することを促進することを目的とするとされています(医療観察法(以下「法」といいます。)1条)。
簡単に言えば,対象行為を行った対象者に対して裁判所が審判を行い,必要と判断される入通院等の処遇を強制的に受けさせる手続を定めていいます。
なおこの法律では,対象者及び保護者が弁護士を付添人として選任することを認めています(法30条1項)。付添人となった弁護士は,対象者が不当に入通院による身体拘束を受けることが無いように,又対象者にとって最も利益となるように,検察官や裁判所に対して意見を述べることとなります。
付添人は,対象者や保護者が自ら私選で選任することができます。私選の付添人がいない場合には,検察官が審判を申立てた後に,裁判所が国選付添人を選任することになります。
以下では,まず具体的な本法の対象範囲について解説しつつ,具体的な付添人の活動について述べます。
※厚生労働省による心神喪失者等医療観察法の解説ページ
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/shougaishahukushi/sinsin/gaiyo.html
(2)対象範囲
医療観察法の対象となる「一定の重大な他害行為」の範囲については,法2条1項で定義されています。具体的には,放火,強制わいせつ,強姦,殺人,傷害,強盗のそれぞれの罪(未遂含む)を犯した場合が,法の対象となります(法2条1項)。
そして,これらの罪を犯した者のうち,心神喪失または心神耗弱が認められて不起訴処分になった者,心神喪失を理由に無罪判決を受けた者及び心神耗弱を理由に刑が減軽され執行猶予の判決を受けた者が,本法の手続の「対象者」となります(法2条2項)。つまり,刑事処罰の基礎となる責任能力が無く,刑事処罰を科すことができない者(適切でない者)が,本法の対象になるということです。
但し,「この法律による医療を受けさせる必要が明らかにないと認められる場合」については,審判の申立ては行われません(法33条1項)。具体的には,心神喪失等の理由がアルコール等による一時的なものに限られる場合や,認知症等入通院による治療では改善が期待できない場合には,審判の対象となりません。
2 審判手続の概要と弁護士による対応
(1)検察官による審判申立て
ア ここからは,一般的な審判手続の流れについて説明します。
審判の申立権者は検察官です。通常申立ての際には,「入院を求める」や「通院を求める」等の具体的な申立ては無く,単に法42条1項の決定を求めるとの申立てが為されることが多いようです。
検察官は,「この法律による医療を受けさせる必要が明らかにないと認められる場合を除き」,裁判所に対して審判を申し立てなければならないとされていますので,刑事手続の様に,検察官に広汎な裁量権が与えられているものではありません。
しかし,通常検察官は,刑事事件の処分を決める段階において,「責任能力ありと見なして刑事手続(公訴提起)を科すか」又は「責任能力無しと見なして医療観察法の審判を申し立てるか」を検討の上で選択することになります。
その為,刑事処分が未決定の段階において,検察官と協議し,医療観察法に基づく審判を回避できるよう働きかけることも十分可能と見込まれます。
刑事手続になった場合に強制入院よりも軽微な結果(罰金刑等)となることが見込まれる場合には,「刑事責任能力がある」旨の主張をした方が結果的に本人の利益となることも考えられます。本件も,前科の無い傷害の事案ですので,刑事処罰としては罰金刑の可能性が見込めます。担当弁護人と良く協議し,主張の方向性を検討すべきでしょう。
イ また,仮に責任能力が無いことを前提とした場合でも,本件のような傷害事件の場合,特例として「傷害が軽い場合であって,当該行為の内容、当該対象者による過去の他害行為の有無及び内容並びに当該対象者の現在の病状、性格及び生活環境を考慮し、その必要がないと認めるとき」は、申立てをしないことができるとされています(法33条3項)。
そのため本件でも,責任能力が無いことを前提としつつも,検察官に対して日常の生活態度が問題無いことなどを主張することで,審判の申立てを回避できる可能性があります。その為には,職場での日常での勤務態度や,本人のこれまでの素行について,関係者の嘆願書等の資料を準備した上で警察に提出することが必要となるでしょう。
いずれにせよ,どのような主張をするのが当人にとって,最も利益となるかは,事案によって判断が難しい部分もありますので,弁護人と良く協議し検討する必要があります。
(2)鑑定入院命令及び鑑定命令
ア 検察官が審判の申立てをした場合,申立てを受けた裁判所の裁判官は,「この法律による医療を受けさせる必要が無いと明らかに認められる場合を除き,鑑定その他医療的観察のため」に対象者を入院させることを命令しなければならないとされています(法34条1項)。これを鑑定入院命令といいます。
実際には,ほぼ全ての事例で鑑定入院命令が行われており,その期間は2~3か月とされています(法34条3項)。
対象者には,鑑定命令により鑑定医が選任され(法37条1項),当該鑑定医が,「対象者が精神障害者であるか」「この法律による医療を受けさせる必要があるか」と行った点について鑑定を行うことになります。
実際の審判では鑑定医の意見が判断に大きな影響を及ぼすため,鑑定医による病状や治療反応性の意見は積極的に把握に努める必要があります。
イ なお,鑑定入院命令は,対象者を長期間拘束する手続ですので,発令される際には対象者本人に対して告知・聴聞の機会が与えられることが必要とされています(法34条2項)。
しかし,対象者本人は,そもそも精神に何らかの障害をかかえている者が多い上に,国選付添人が鑑定入院命令が発令後に選任されることがほとんどですので,この告知・聴聞の機会は形式的な手続となってしまうのが実情です。鑑定入院命令を阻止するためには,早い段階で私選の付添人を選任し,告知・聴聞の機会に説得的な主張が出来るよう準備を整える必要があります。
また,鑑定入院命令に対しては,対象者本人,保護者,付添人から,裁判所の決定に対する不服申立てを行うことが可能です。この不服申し立てにおいては,明文上,「この法律による医療を受けさせる必要がないこと」等を理由とすることができないとされているため,不服申立ての理由が,手続の違背や鑑定入院先での不当処遇等の限られた理由に実質上限定されてしまい,実務上の批判も大きいところです。
しかし,判例によれば,裁判所が鑑定入院の必要性がないと認める場合には,職権で鑑定命令を取り消すことができ,対象者,保護者又は付添人は,その職権発動を促すことができるとされています(最高裁平成21年8月7日決定)。
その為付添人としては,職権の発動を促すべく,医療が不必要である点についても裁判所に対して積極的に主張することが必要といえるでしょう。
(3)審判手続までの流れ
当時者を鑑定入院に処した後,裁判所は,上記鑑定入院命令の期間内に対象者に対する処遇を決定することになります。裁判所は,上記鑑定医への鑑定命令の他,社会復帰調整官による生活環境調査を行い(法38条),概ね審判申立から1か月程度で,鑑定書や生活環境調査報告書が提出されます。その上で,裁判官及び精神保健審判員,検察官、付添人、鑑定医が参加するカンファレンス等を実施します。そして,入院期間の1~2週間前頃に審判期日を設定し,入院期間満了の直前に最終的な処遇を決定します。
審判では,対象行為の存否,責任能力の有無,そして処遇要件(次項参照)が審理の対象となります。付添人としては,これらの点で対象者に有利な主張ができるよう準備する必要があります。
処遇の決定は,裁判官1名と精神保健審判員(精神科医)1名の2名からなる合議体で行われます(法11条1項)。この合議体が,処遇の前提及び要件があると認めた場合には,対象者に対して,指定医療機関への入通院を命じる決定が為されることになります(法42条)。
以下においては,実際の審判に向けた入通院の決定を避けるための具体的な付添人活動について解説します。
3 審判まですべき主張及び活動
(1)対象行為の存否や責任能力を争う場合
この法律に基づく手続は,対象となる重大な行為が存在すること及び対象者に責任能力が無いことが前提とされていますので,これらの前提条件を欠く場合,審判申立は却下されます(法40条1項)。ただし,既に対象者が刑事裁判において確定判決を経ている場合には,審理の重複を避けるため,対象行為の存否や責任能力の有無について争うことはできません。
対象行為の存否については,刑事訴訟法が準用されており(法24条4項),別の合議体による審理を求めることもできますが(法41条),実際に認められることは少なく,裁判官一人による判断が為されてしまいます(11条2項)。しかも,事実の取調べは必要な場合に行うとされており(24条1項),刑事裁判のような伝聞法則の適用も無く(同2項),職権主義により審理が進められてしまいます。
その為,事実関係を争う場合には,付添人が積極的に事実取調べの職権発動を促したり,検察官に対して必要な証拠の開示・資料の提出を請求したり(法25条)する等して,できる限り刑事訴訟法に準じるような厳格な事実認定を求める必要があるでしょう。
なお,審判において対象行為時に責任能力があったと判断された場合,検察官は,被疑者に対して刑事責任を追及することも考えられますので,主張の方針については,付添人と慎重に検討する必要があります。
(2)処遇要件を争う場合
上記前提に争いが無い場合,審理の中心である入通院の処遇要件について争うことになります。
対象者に対して入通院の決定をするための要件は,法文上「対象行為を行った際の精神障害を改善し、これに伴って同様の行為を行うことなく、社会に復帰することを促進するため、この法律による医療を受けさせる必要があると認める場合」とされていますが(法42条1項),具体的には①疾病性②治療反応性③社会復帰訴外要因,というの三つの要件からなると解釈されています。
以下では,3つの要件についての主張のポイントについて解説します。
① 疾病性について
疾病性とは,対象者が,対象行為時の心神喪失・耗弱の原因となった精神障害と同様の障害を審判時に有していることを意味します。
つまり,鑑定入院の期間内の治療等により,精神障害が改善して責任能力が回復している場合等には,この要件を満たしません。
この要件の存否の判断に当たっては,鑑定医の意見が大きな影響を有していますが,付添人としても,対象者の病状については良く理解した上で,事件直前まで仕事が問題無く出来ていた事等を主張する必要があります。
② 治療反応性について
治療反応性とは,対象者にこの法律による医療を受けさせることによって,対象行為の原因となった精神障害が改善される可能性が存在することを意味します。
知的障害者や認知症,人格障害等,医療による改善が見込まない場合もあり,このような対象者に対して強制的に医療を科すことは,この法律も目的に合致しないことになりますので,この要件が必要とされています。
実際には,医療によって多少なりとも改善される見込みがある場合や,投薬等により一時的に症状抑え込める場合等には,治療反応性の要件が緩やかに認められてしまうことも多いといえます。
しかし,この法律の目的は,あくまで定められ医療により積極的に対象者の障害が治療し社会復帰を促進することにあるため,一時的な抑制や多少の治療結果しか見込めない場合には,治療反応性の要件を満たすとはいえません。
付添人としては,以前のかかりつけの医師の意見書等を取得する等して,治療反応性の要件について十分な審理を求める必要があります。
③ 社会復帰訴外要因について
社会復帰訴外要因とは,この法律による医療を受けさせなければ,対象者を社会に復帰させることが困難であることを意味します。つまり,この法律による強制医療を行わなくとも,対象者の社会復帰を促進することが可能であれば,入通院命令を出すことはできないことになります。
①②の要件は,その存否につき医学的見地からの判断が大部分を占めることになりますので,付添人が入通等の命令を回避することを目的とする場合,多くはこの③の要件の存否について積極的に主張することになります。
具体的には,審判の期日までに,対象者が復帰した後の環境の調整を十分に行うことが必要です。本件では,事件前に働いていた勤務先で継続して雇用してもらえるように,担当者の方に積極的にお願いに行く事が必要です。当然家族等による支援も不可欠ですので,できるだけ多くの家族に,協力を約束する陳述書等を作成してもらうと良いでしょう。また,利用可能な公的給付についても調査すべきです。更には,指定医療機関以外の医療機関で,対象者に対して効果的な治療を行うことが可能な場合は,そのような治療を担当してくれる主治医や協力医による意見書等を準備できれば大きな事情となります。
また,当人の裁判所が選任した社会復帰調整官とも連携し,綿密な打ち合わせを行うことも重要です。社会復帰調整官の報告書は,審判においても大きな影響力を持ちますので,入院を避けた場合の調整官の懸念事項等があれば,逐一対策を練って対案や資料を提供する必要があります。対象者の社会復帰後の生活環境を示す為にも,上記のような資料をできるだけ豊富に準備すべきでしょう。
加えて仮にこの法律による医療が必要不可欠であるとしても,入院ではなく通院とすべき事情も細くて主張しておいた方が良い場合もあります。例えば,指定医療機関に近接した住居を容易できる等の事情があれば,入院迄を回避する理由の一つになると考えられます。
これらの準備を十分に行うことができれば,審判において長期の入院決定を回避できる可能性もあります。
4 審判に対する不服
裁判所の為した入通院等の処遇決定に対して不服がある場合には,抗告により争うことができます(法64条)。対象者側の抗告権者は,対象者本人の他,保護者や付添人による抗告も可能です(同条2項)。
抗告期間は2週間とされておりますので,迅速な対応が必要となります。
5 最後に
医療観察法に基づく審判は,対象者に長期の拘束を強いるものである一方,その手続は職権主義に基づくものであり,対象者の利益に最大限配慮した手続が保障されているとは必ずしも言い難い側面もあります。
その為,対象者又そのご家族としては,不当に長期の入院を強要されないためにも,付添人を通じて有利な事情を十分に主張する必要があります。
経験のある弁護士等に相談し,適切なご対応をお取り下さい。
以上