公務員の退職願の撤回

行政|公務員と地方公共団体の法的関係|処分に対する手続的保証|広島地裁昭和60年4月25日判決|徳島地判平成15年12月16日|名古屋地判平成2年5月28日労働判例577号62頁

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文

質問:

私は,5年ほど前から市役所で働いている地方公務員です。3日ほど前,上司と喧嘩をして,怒りにまかせて役所の中にあるコピー機を壊してしまいました。

壊してしまった次の日,弁償をしたうえで謝罪をしたのですが,謝罪は受け入れてもらえず,上役から自主退職をするよう求められました。決して許してもらえない雰囲気でしたので,その場で退職願に署名・押印をして提出をしてしまいました。

しかし,家に帰って冷静になって考えましたが,やはり生活もありますので市役所で勤務を続けていきたいのです。今更なのですが,この仕事を続けることはできますでしょうか。

一度退職願を提出して,相手に受け取られてしまうと,もう撤回はできないと聞いたこともありますので,心配です。

そもそも,今回の件が退職相当であるか,今後,具体的にどうすればよいか,という点と併せて教えてください。

回答:

1 今の段階であれば,退職願の撤回は間に合う可能性が高いといえます。

ただ,時間が経ってしまうと,撤回が認められないことがありますので,できる限り早い段階で,明確に撤回の意思表示を書面ですることが重要です。

2 ただ,退職の撤回をしただけでは不十分です。退職の撤回をした時点で,改めて懲戒処分の対象となるからです。

本件の事情からすれば,懲戒免職処分を受ける可能性は高くはありませんが,免職のリスクを回避し,また可能な限り懲戒処分の程度を軽減するため,あなたに有利な事情を十分にまとめて,懲戒権者に働きかける必要があります。

具体的な手続としては,①具体的な処分対象事実を確認した上で,②あなたに有利な事情を意見書等にまとめて,③懲戒権者に提出する,ということになります。場合によっては聴聞の機会を求めることも考えられるところです。

いずれにしても,あなたの場合,本件において自主退職をすることは,あまりに不利益が大きいと言わざるを得ません。退職願の撤回が間に合ううちに,行動を始めるべきです。

上記の流れや見通しは,具体的な事情によっても変わってくるところですので,可能な限り早く経験のある弁護士に相談されることをお勧めいたします。

3 退職願の撤回に関する関連事例集参照。

解説:

1 はじめに

本件は,大きく,①すでに提出してしまった退職願の撤回が認められるか,②認められたとして,懲戒処分はどのようなものになるのか,という問題に分けることができます。

そこで,以下では,これらを順に説明したうえで,③本件で懲戒処分を軽減する(懲戒免職を回避し,より軽微な処分にとどめる)ために採るべき対応についても,ご説明します。

2 退職の撤回について

(1)「退職の意思表示」の法的性質

ア いわゆる民間企業の場合,使用者と被用者(労働者)との関係は,いわゆる労働契約(労働契約法6条)に基づくものです。2者間の契約である,ということから考えると,労働者が使用者に対して退職願を提出するということは,この労働契約の(合意)解約の申し入れか解除の意思表示のいずれかを意味する,ということになります。

ここで,退職願の提出を,労働契約の解約申し入れであると考えた場合は,使用者の承諾があって初めて労働契約が終了することになりますし,労働契約の解除の意思表示(辞職)であると考えた場合は,使用者の承諾を要せず当然に労働契約は終了となります。

退職願の提出が①と②のいずれと判断されるか,という点については,提出までの経緯や,書面の内容,使用者とのやり取り等を総合的考慮したうえで基本的には①と判断される,とするのが裁判例(下記参照裁判例①及び②)です。これは,労働者の生活基盤である職を失わせる結果については,できる限り慎重にその効力について判断することで,労働者の権利を守る,という趣旨に基づくものであると考えられます。

なお,民間企業における退職の意思表示の撤回については,本ホームページ事例集1201番及び1328番に詳述しておりますので,ご参照ください。

イ 一方,あなたは市役所の職員であり,すなわち公務員ですので,民間企業における上記の考え方は当てはまりません。あなたのような公務員は,労働契約の締結ではなく,任命権者(地方公務員法6条)により任命されることで(地方)公務員となるからです(同法17条)。

この「任命」については,契約ではなく「特許」という行政行為であると通常考えられています。裁判例(徳島地判平成15年12月16日)にも「地方公共団体における職員の任用行為のうち採用行為は,公法的規律に服する公法上の勤務関係を新たに設定する行為であるから,その法的性質は,行政庁が公益目的のためになす行政行為(ただし,相手方の同意を要する。)と解するのが相当」であるとしたものがあります。

あくまでも任命権者による行政行為によって生じた関係である以上,契約とは異なり,公務員からの退職の意思表示によって一方的にその関係(公務員関係)が終了することはなく,退職の意思表示を受けた任命権者が(依願)免職処分をおこなって初めて公務員としての職を解かれる,ということになります。

なお,国家公務員の場合は,人事院規則によって,「任命権者は,職員から書面をもって辞職の申出があったときは,特に支障のない限り,これを承認するものとする。」と定められていてますが(人事院規則八―一二の51条),公務員の場合の辞職の申し出については任命権者の「承認」を要することを前提とした規定になっています。

(2)「退職願」の撤回

ア 上記を前提として,退職願を提出して退職の意思表示をした場合の撤回の可否について説明します。

まず,民間企業においては,退職願の提出が労働契約の解約申し入れであり,かつ解約について使用者の応答がない場合に,退職の意思表示の撤回が認められる,ということになります。

一方,公務員の場合は,上記のとおり任免のいずれも行政行為である以上,公務員からの退職願の提出が一方的な解除の意思表示であると解釈する余地がないため,任命権者の免職処分(免職辞令書の交付)がなされるまでは,撤回が可能,ということになります。

下記参考裁判例③も,同趣旨の判断をしています。ただし,参考裁判例③は,免職処分がなされるまで,いかなる場合も撤回を認めるのではなく,「免職辞令の交付前においても,退職願を撤回することが信義に反すると認められるような特段の事情がある場合には,その撤回は許されないものと解するのが相当である。」と撤回に制限をつけています。

ここでいう「信義に反すると認められるような特段の事情」ですが,同判例は,退職の意思表示に至った理由とその撤回に至った理由,そして撤回を受けた任免権者の不都合について総合的に検討しています。他の判例等からすると,任命権者側からの退職勧告を受けた退職の意思表示を撤回しているような場合には,基本的に信義に反しない,と判断する傾向にあるようです。

イ 撤回の方法については,参考判例③では口頭でもよい,と判示されていますが,参考判例④のように撤回と任命権者の免職処分との先後関係が問題になることもありますし,口頭での撤回と併せて確実を期するために書面(内容証明郵便等)でするべきです。

撤回の書面の提出先は任命権者となります。

なお,参考判例④は,免職処分は,口頭では足りず,辞令書の交付によって効力が生じる,と判示しています。

(3)本件における撤回の可否

本件の場合は,退職勧告も受けていますし,特に信義に反するような事情も存しないため,任命権者(地方公共団体の長)による免職処分(免職辞令書の交付)がなされる前であれば,提出してしまった退職願の撤回も原則として可能,ということになります。

参考判例④のように,退職を確実なものにするため,任命権者側が免職処分を急ぐようなケースもありますから,可能な限り早く撤回の意思表示をするべき,ということになります。

3 懲戒処分について

(1)本件における懲戒処分について

ア 本件行為について

仮に退職の意思表示の撤回に成功したとしても,それだけでは不十分です。

地方公務員法29条1項は,①地方公務員法もしくは同法57条に規定する特例を定めた法律又はこれに基づく条例,地方公共団体の規則もしくは地方公共団体の機関の定める規程に違反した場合,②職務上の義務に違反し,又は職務を怠った場合,③全体の奉仕者たるにふさわしくない非行があった場合のいずれかに該当することを要件として,戒告,減給,停職または免職の懲戒処分を科することができる,と定めているところ,コピー機を壊してしまったあなたの本件行為は,器物損壊(刑法261条)に該当するため,少なくとも③に該当しますし,公共の財産(公物といいます)を毀損するものとして,②にも該当しうるところです。

したがって,事実関係に相違がない限り,自主退職を勧められたことからして何らかの懲戒処分を受けることになってしまいます。

イ 懲戒処分に関する基準

具体的な懲戒処分に関する基準は各役所で異なりますが,公表されている処分の指針を参照すると大まかには,①処分対象行為の態様,生じた被害の大きさ,刑事処分等の社会的影響の程度,②処分対象者の地位,処分対象者の過失の程度及び職務や社会からの信用低下の程度,③処分対象者の日ごろの勤務態度,処分対象行為後の対応その他の事情(過去の処分歴等)の総合考慮,となります。

また,本件のような故意による公物毀損は,減給から停職を「標準例」としているところが多く認められます。

ウ 本件において予想される懲戒処分

上記のとおり,本件においては,減給から停職が予想される懲戒処分ということになります。したがって,やはり本件は一般的に懲戒免職相当ということはできず,自主的に退職することは在職を希望していたあなたにとって「もったいない」ということになります。

また,そもそも懲戒処分によって免職にできないからこそ,上役はあなたに対して自主的な退職(依願免職)を求めた,ということも考えられるところです。上記であげた人事院規則8-12の51条の,特に支障がない限り辞職を認める旨の規定における「支障」とは懲戒免職等の処分に付するべき相当の理由がある場合を指す,と考えられていることからも分かるとおり,そもそも懲戒免職相当であれば,基本的に自主的な退職を認めないからです。

なお,これはあくまでも一般的なケースです。あなたの場合も,詳しい経緯や理由,損壊の程度や損壊が公務に与えた影響,これまでのあなたの勤務態度等によっては,戒告になることもありますし,逆に懲戒免職相当と判断されることもありうるところです。

いずれにしても,本件において確実に懲戒免職を回避し,かつ最も軽い戒告処分を得るためには,単に退職願を撤回するだけでは不十分,ということになります。以下では,本件で採るべき具体的な対応を説明した上で,主張するべき事実を簡単に説明します。

(2)懲戒処分への対応について

ア 本件における具体的な対応

上記のとおり,口頭及び書面で退職の意思表示の撤回をおこない,これが認められた場合,撤回の事実を確実なものとするため,提出した退職願については返還を受けるべきです。

また,退職の撤回と並行して,まずは役所が把握している処分対象を確認,特定することが重要です。処分対象事実の特定については,やはり役所に確認することが最も確実です。

これを踏まえて,あなたにとって有利な事情を主張することになります。主張の方法としては,口頭及び書面で行うことになりますが,不利益な行政処分が科される前には,弁明の機会ないし聴聞の手続を採ることを定めている行政手続法13条は,同法3条1項9号によって地方公務員の身分に関する処分には適用がないことに注意が必要です。

そのため,条文上は,本件のような場合に,事前に弁明の機会を与える必要はない,ということになります。しかし,懲戒免職が予定されているような場合には聴聞の機会を与えるべきとした裁判例(甲府地判昭和52年3月31日判タ355号225頁)や,弁明の機会(聴聞の機会)が与えられることによって処分内容が変わる場合には,聴聞の機会を付与しなければならない(ものの内容が変わらないので聴聞のない当該処分でも有効)とした裁判例(名古屋高判平成20年2月20日判例地方自治307号65頁),憲法31条の趣旨に則って適正な手続の保証がされるべきであるから,原則として聴聞の機会が与えられるべき,と判断した裁判例(名古屋地判平成2年5月28日労働判例577号62頁)もあるため,少なくとも弁明の機会が与えられるように要求することが重要です。

加えて,条文上弁明の機会を与える必要がない,ということは,突然懲戒処分がなされてしまうことがある,ということですから,少なくとも,あなたの知らない間に懲戒処分がなされてしまわないように,その時期を役所に確認し,すくなくとも速やかに主張書面の提出をしなければなりません。

なお,万が一すでに懲戒処分がなされてしまい,長期間の停職や免職等の重いものであった場合には,60日以内に,不服申立てをすることになります(地方公務員法49条の2,同法49条の3)。

イ 本件において特に主張するべき内容

上記のとおり,懲戒処分の内容は,これまでの勤務態度等の様々な事情を総合的に考慮して判断されます。そのため,十分に有利な主張をするためには,事前に詳しい事情を確認しなければ,詳細については判断できないところです。

もっとも,本件のようなケースにおいては,①公物の損壊の程度や,それによって生じた公務への影響の程度が小さいこと,②器物損壊罪は親告罪であり(刑法264条),申告がされていない本件においては刑事処分の対象ではないこと,③すぐに謝罪し,弁償をしていることを中心に主張していくことになろうかと思います。

また,主張書面を提出する際には,弁償した際の領収書や,改めて事実関係をまとめて反省の意向を記載した反省文等を,資料として添付することも考えられるところです。

4 おわりに

以上のとおり,本件のようなケースでは,①依願免職処分がなされる前に退職の意思表示を撤回することと,②懲戒処分がなされる前に任命権者に対して有利な事情を主張することが重要ということになります。一刻も早い対応が必要となりますので,すぐにでも経験のある弁護士にご相談ください。

以上です。

3 なお,関連するものとして,1079番,1008番,1007番,947番,734番,657番,600番,538番も併せてご参照ください。

解説:

関連事例集

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参照判例・条文

①広島地判昭和60年4月25日

「労働者が使用者の同意を得なくても辞めるとの強い意思を有している場合を除き,合意解約の申込みであると解するのが相当」

②大阪地判平成10年7月17日

「辞職の意思表示は,生活の基盤たる従業員の地位を,直ちに失わせる旨の意思表示であるから,その認定は慎重に行うべきであって,労働者による退職又は辞職の表明は,使用者の態度如何にかかわらず確定的に雇用契約を終了させる旨の意思が客観的に明らかな場合に限り,辞職の意思表示と解すべきであって,そうでない場合には,雇用契約の合意解約の申込みと解すべき」

③最判昭和34年6月26日?民集第13巻6号846頁

「論旨の一半は,被上告人の提出した退職願に対し任免権者である村教育委員会において退職承認の決議をなし爾後行政手続を進行させた以上(或いは承認決議を議事録に記載し固定化した以上)これにより依願免職処分はすでに成立したものと解すべきであるから,爾後退職願の撤回は許されないものと解すべきである旨主張するものである。

そこで考えてみるに,公務員の退職願の撤回がいつまで許されるかは,この点につき明文の規定を欠く現行法の下では,一般法理上の見地からこれを決定せざるを得ない。この見地から考えれば,退職願の提出者に対し,免職辞令の交付があり,免職処分が提出者に対する関係で有効に成立した後においては,もはや,これを撤回する余地がないと解すべきことは勿論であるが,その前においては,退職願は,それ自体で独立に法的意義を有する行為ではないから,これを撤回することは原則として自由であると解さざるを得ず,退職願の提出に対し任命権者の側で内部的に一定の手続がなされた時点以後絶対に撤回が許されないとする論旨の見解は,明文の規定のない現行法の下では,これをとることはできない。ただ,免職辞令の交付前において,無制限に撤回の自由が認められるとすれば,場合により,信義に反する退職願の撤回によつて,退職願の提出を前提として進められた爾後の手続がすべて徒労に帰し,個人の恣意により行政秩序が犠牲に供される結果となるので,免職辞令の交付前においても,退職願を撤回することが信義に反すると認められるような特段の事情がある場合には,その撤回は許されないものと解するのが相当である。本件において,原審の認定する事情によれば,退職願の提出は,被上告人の都合に基き進んでなされたものではなく五五才以上の者に勇退を求めるという任免権者の側の都合に基く勧告に応じてなされたものであり,撤回の動機も,五五才以上の者で残存者があることを聞き及んだことによるもので,あながちとがめ得ない性質のものである。しかも,撤回の意思表示は,右聞知後遅怠なく,かつ退職願の提出後一週間足らずの間になされており,その時には,すでに任免権者である村教育委員会において内部的に退職承認の決議がなされていたとはいえ,被上告人が退職願の提出前に右事情を知つていた形跡はないのみならず,任免権者の側で,本人の自由意思を尊重する建前から撤回の意思表示につき考慮し善処したとすれば,爾後の手続の進行による任免権者の側の不都合は十分避け得べき状況にあつたものと認められる。かような事情の下では,退職願を撤回することが信義に反すると認むべき特段の事情があるものとは解されないから,被上告人の退職願の撤回は,有効になされたものと解すべきである。

論旨の他の一半は,本件の退職願の撤回の申出は,口頭をもつて任免権者でない教育長に申し出られたものに過ぎないから,適法・有効な撤回があつたものと解すべきでない旨を主張するものである。

しかし,退職願の撤回の方式につき明文の規定のない現行法の下では,その撤回は,口頭でも差支ないものと解さざるを得ない。そして,教育長は「教育委員会の指揮監督を受け,教育委員会の処理するすべての教育事務をつかさどる」(旧教育委員会法五二条の三,地方教育行政の組織及び運営に関する法律一七条)職務権限を有するのであるから,教育長は,教育委員会の補助機関として退職願及びその撤回の意思表示を受領する権限を有するものと解すべきことは勿論である。従つて,本件において,撤回の意思表示が村教育長に対しなされた昭和二九年三月二六日に村教育委員会自体に撤回の意思表示がなされたのと同一の効果を生じたものと解すべきであるから,所論のように,本件撤回の意思表示が不適法・無効であるということはできない。」

④最判昭和38年11月26日民集17巻11号1429頁

「論旨は,原判決が地方公務員の依願免職処分は辞令書の交付によつてはじめてその効力を生ずるものであるから,上告人が被上告人に対して辞職を承認する旨の意思表示をしたとしても,ただそのことだけによつては免職の効力は生じないと判示したことが,法令の解釈を誤まり,判例に違背し,理由不備の違法をおかしたものであるという。

一般に,地方公務員の依願免職処分が要式行為であるかどうかについては,争いの余地がないわけではなく,所論引用の昭和二九年八月二四日第三小法廷判決(刑集八巻八号一三七二頁)も,この問題に答えたものではない。しかし,地方公務員の依願免職処分といえども,処分内容の明確,後日の証明等のために辞令書の交付によつて行われる場合には,それが本来要式行為であるかどうかの論にかかわりなく,辞令書の交付のときに処分の効力が発生すると解すべきことは多言を要しないところである。

原判決の確定した事実によれば,上告人は被上告人の辞職願を受領するや,被上告人に対し辞令書を交付するから,それを作成する間しばらく別室で待機しているよう申し渡し,係員に命じて被上告人を願により免職する旨の辞令書を作成させ,即時これを被上告人に交付しようとしたが,すでに被上告人が退去した後であつたので,取り急ぎ書留郵便に付してこれを被上告人に送付したというのである。従つて,本件依願免職処分が辞令書の交付によつて行われ,所論のごとく口頭の意思表示によつてなされたものでないことは明らかである。それ故,原判決が右の事実関係の下において本件依願免職処分は辞令書が被上告人に送達されたときにその効力を生じたと認めたことは相当たるを失わず,地方公務員の依願免職処分の効力発生時期に関する一般的説示のごときは,無用の傍論に過ぎないものであつて,その違法をいう論旨は,結局理由がなく,排斥を免かれない。」

「論旨は,町長の勧告に応じて辞職願を提出した者が,町長より辞令書を交付するからそれを作成する間しばらく別室で待機するよう申し渡され,それを承諾して別室に退出した場合には,その者が故意に辞令書の受領を回避するためその場を立去つたとしても,町長が辞令書交付の準備を完了したときに辞令書の交付と同一の法律効果が生ずるものであると主張し,そのことを前提として,この点に関する原判示には実験則違背,証拠の取捨判断の範囲を逸脱し,理由不備の違法があるという。

しかし,依願免職処分が辞令書の交付によつて行われる場合には,その書面が相手方に到達することによつて処分の効力が発生することは前段説示のとおりであつて,所論のごとき事情の存する場合においても,単に辞職承認の意思を表白したことのみによつて処分の効力の発生を認めることは許されないと解するのが相当である。それ故,所論摘示の被上告人が辞令書を交付するからそれを作成する間別室で待機すべき旨の上告人の申出を拒否したかどうかというようなことは,本件依願免職処分の効力発生時期の認定には関係のない事柄であるというべく,この点に関する原判示に所論の違法があるとしても,その違法は判決の結論に影響を及ぼすものではない。」

「論旨は,原判決が本件辞職願の撤回を信義に反するものでないと認めたことに審理不尽の違法があるという。

しかし,原判決の確定した事実によれば,被上告人は,昭和三四年九月五日突然深浦町長たる上告人から町長室に呼び出しを受け,その場で,上告人から被上告人が(イ)前町長の片腕として活躍していたこと,(ロ)かつて深浦町と大戸瀬村との合併に反対したこと,(ハ)旧大戸瀬村の村長選挙の際,上告人とともに立候補者として争つたことがあることの三点を挙げて,町長の交替した現在被上告人が大戸瀬支所長の職にとどまることは自己の政治理念に反するものではないかといつて辞職を勧められ,若しそれに応じなければ,被上告人が履歴書に物価統制令違反と暴行罪により各罰金一万円に処せられた事実を記載していなかつたことをとらえて,強制解職も辞さない意図をほのめかし,執ように任意退職方を迫られたので,上告人挙示の前記事実が法定の免職事由に該当することにいちまつの疑念をいだきながらも,上告人の差出した用紙に同人の口述するままに辞職願の書面をしたため,これを上告人に提出したが,即日大戸瀬支所に帰えり,直ちに地方公務員法を調べてみたところ,前示事実はいずれも免職事由たり得ないことを知るに及び,右辞職願を撤回すべきことを決意し,その日のうちに上告人に宛てて辞職願を取り消すとの書面を作成し,これを翌六日午前中同町役場に送付し,同日若しくは少なくともその翌七日(月曜日)朝には上告人の了知し得べき状態に置いた,一方上告人は,被上告人より辞職願を受け取ると,直ちに係員に命じて依願免職の辞令書を作成させ,これを郵便に付し,同書面は翌々七日午后四時三〇分頃被上告人の許に送達された,また,上告人は翌六日付で被上告人の後任事務取扱を任命したが,当時の客観的状勢の下では,性急に後任者の発令をなすべき必要は認められなかつた,というのである。

右の事実関係の下において,原判決が被上告人の辞職願の撤回を信義に反するものでないと判断したことは正当であつて,その認定の過程に所論の違法は見い出し得ない。」

【参照条文】

労働契約法

(労働契約の成立)

第六条 労働契約は,労働者が使用者に使用されて労働し,使用者がこれに対して賃金を支払うことについて,労働者及び使用者が合意することによって成立する。

地方公務員法

(任命権者)

第6条 地方公共団体の長,議会の議長,選挙管理委員会,代表監査委員,教育委員会,人事委員会及び公平委員会並びに警視総監,道府県警察本部長,市町村の消防長(特別区が連合して維持する消防の消防長を含む。)その他法令又は条例に基づく任命権者は,法律に特別の定めがある場合を除くほか,この法律並びにこれに基づく条例,地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規程に従い,それぞれ職員の任命,休職,免職及び懲戒等を行う権限を有するものとする。

2 前項の任命権者は,同項に規定する権限の一部をその補助機関たる上級の地方公務員に委任することができる。

(任命の方法)

第17条 職員の職に欠員を生じた場合においては,任命権者は,採用,昇任,降任又は転任のいずれか一の方法により,職員を任命することができる。

2 人事委員会(競争試験等を行う公平委員会を含む。以下この条から第19条まで,第21条及び第22条において同じ。)を置く地方公共団体においては,人事委員会は,前項の任命の方法のうちのいずれによるべきかについての一般的基準を定めることができる。

3 人事委員会を置く地方公共団体においては,職員の採用及び昇任は,競争試験によるものとする。但し,人事委員会の定める職について人事委員会の承認があつた場合は,選考によることを妨げない。

4 人事委員会を置かない地方公共団体においては,職員の採用及び昇任は,競争試験又は選考によるものとする。

5 人事委員会(人事委員会を置かない地方公共団体においては,任命権者とする。以下第18条,第19条及び第22条第1項において同じ。)は,正式任用になつてある職についていた職員が,職制若しくは定数の改廃又は予算の減少に基く廃職又は過員によりその職を離れた後において,再びその職に復する場合における資格要件,任用手続及び任用の際における身分に関し必要な事項を定めることができる。

(懲戒)

第29条 職員が次の各号の一に該当する場合においては,これに対し懲戒処分として戒告,減給,停職又は免職の処分をすることができる。

一 この法律若しくは第57条に規定する特例を定めた法律又はこれに基く条例,地方公共団体の規則若しくは地方公共団体の機関の定める規程に違反した場合

二 職務上の義務に違反し,又は職務を怠つた場合

三 全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあつた場合

2 職員が,任命権者の要請に応じ当該地方公共団体の特別職に属する地方公務員,他の地方公共団体若しくは特定地方独立行政法人の地方公務員,国家公務員又は地方公社(地方住宅供給公社,地方道路公社及び土地開発公社をいう。)その他その業務が地方公共団体若しくは国の事務若しくは事業と密接な関連を有する法人のうち条例で定めるものに使用される者(以下この項において「特別職地方公務員等」という。)となるため退職し,引き続き特別職地方公務員等として在職した後,引き続いて当該退職を前提として職員として採用された場合(一の特別職地方公務員等として在職した後,引き続き一以上の特別職地方公務員等として在職し,引き続いて当該退職を前提として職員として採用された場合を含む。)において,当該退職までの引き続く職員としての在職期間(当該退職前に同様の退職(以下この項において「先の退職」という。),特別職地方公務員等としての在職及び職員としての採用がある場合には,当該先の退職までの引き続く職員としての在職期間を含む。次項において「要請に応じた退職前の在職期間」という。)中に前項各号のいずれかに該当したときは,これに対し同項に規定する懲戒処分を行うことができる。

3 職員が,第28条の4第1項又は第28条の5第1項の規定により採用された場合において,定年退職者等となつた日までの引き続く職員としての在職期間(要請に応じた退職前の在職期間を含む。)又はこれらの規定によりかつて採用されて職員として在職していた期間中に第1項各号の一に該当したときは,これに対し同項に規定する懲戒処分を行うことができる。

4 職員の懲戒の手続及び効果は,法律に特別の定がある場合を除く外,条例で定めなければならない。

(不服申立て)

第49条の2 前条第1項に規定する処分を受けた職員は,人事委員会又は公平委員会に対してのみ行政不服審査法による不服申立て(審査請求又は異議申立て)をすることができる。

2 前条第1項に規定する処分を除くほか,職員に対する処分については,行政不服審査法による不服申し立てをすることができない。職員がした申請に対する不作為についても,同様とする。

3 第1項に規定する不服申立てについては,行政不服審査法第2章第1節から第3節までの規定を適用しない。

(不服申立期間)

第49条の3 前条第1項に規定する不服申立ては,処分があつたことを知つた日の翌日から起算して60日以内にしなければならず,処分があつた日の翌日から起算して1年を経過したときは,することができない。

人事院規則八―一二(職員の任免)

(辞職)

第五十一条 任命権者は,職員から書面をもって辞職の申出があったときは,特に支障のない限り,これを承認するものとする。

刑法

(器物損壊等)

第二百六十一条 前三条に規定するもののほか,他人の物を損壊し,又は傷害した者は,三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する。

(親告罪)

第二百六十四条 第二百五十九条,第二百六十一条及び前条の罪は,告訴がなければ公訴を提起することができない。

行政手続法3条1項9号

(適用除外)

第三条 次に掲げる処分及び行政指導については,次章から第四章の二までの規定は,適用しない。

一 国会の両院若しくは一院又は議会の議決によってされる処分

二 裁判所若しくは裁判官の裁判により,又は裁判の執行としてされる処分

三 国会の両院若しくは一院若しくは議会の議決を経て,又はこれらの同意若しくは承認を得た上でされるべきものとされている処分

四 検査官会議で決すべきものとされている処分及び会計検査の際にされる行政指導

五 刑事事件に関する法令に基づいて検察官,検察事務官又は司法警察職員がする処分及び行政指導

六 国税又は地方税の犯則事件に関する法令(他の法令において準用する場合を含む。)に基づいて国税庁長官,国税局長,税務署長,収税官吏,税関長,税関職員又は徴税吏員(他の法令の規定に基づいてこれらの職員の職務を行う者を含む。)がする処分及び行政指導並びに金融商品取引の犯則事件に関する法令に基づいて証券取引等監視委員会,その職員(当該法令においてその職員とみなされる者を含む。),財務局長又は財務支局長がする処分及び行政指導

七 学校,講習所,訓練所又は研修所において,教育,講習,訓練又は研修の目的を達成するために,学生,生徒,児童若しくは幼児若しくはこれらの保護者,講習生,訓練生又は研修生に対してされる処分及び行政指導

八 刑務所,少年刑務所,拘置所,留置施設,海上保安留置施設,少年院,少年鑑別所又は婦人補導院において,収容の目的を達成するためにされる処分及び行政指導

九 公務員(国家公務員法 (昭和二十二年法律第百二十号)第二条第一項 に規定する国家公務員及び地方公務員法 (昭和二十五年法律第二百六十一号)第三条第一項 に規定する地方公務員をいう。以下同じ。)又は公務員であった者に対してその職務又は身分に関してされる処分及び行政指導

十 外国人の出入国,難民の認定又は帰化に関する処分及び行政指導

十一 専ら人の学識技能に関する試験又は検定の結果についての処分

十二 相反する利害を有する者の間の利害の調整を目的として法令の規定に基づいてされる裁定その他の処分(その双方を名宛人とするものに限る。)及び行政指導

十三 公衆衛生,環境保全,防疫,保安その他の公益に関わる事象が発生し又は発生する可能性のある現場において警察官若しくは海上保安官又はこれらの公益を確保するために行使すべき権限を法律上直接に与えられたその他の職員によってされる処分及び行政指導

十四 報告又は物件の提出を命ずる処分その他その職務の遂行上必要な情報の収集を直接の目的としてされる処分及び行政指導

十五 審査請求,異議申立てその他の不服申立てに対する行政庁の裁決,決定その他の処分

十六 前号に規定する処分の手続又は第三章に規定する聴聞若しくは弁明の機会の付与の手続その他の意見陳述のための手続において法令に基づいてされる処分及び行政指導

2 次に掲げる命令等を定める行為については,第六章の規定は,適用しない。

一 法律の施行期日について定める政令

二 恩赦に関する命令

三 命令又は規則を定める行為が処分に該当する場合における当該命令又は規則

四 法律の規定に基づき施設,区間,地域その他これらに類するものを指定する命令又は規則

五 公務員の給与,勤務時間その他の勤務条件について定める命令等

六 審査基準,処分基準又は行政指導指針であって,法令の規定により若しくは慣行として,又は命令等を定める機関の判断により公にされるもの以外のもの

3 第一項各号及び前項各号に掲げるもののほか,地方公共団体の機関がする処分(その根拠となる規定が条例又は規則に置かれているものに限る。)及び行政指導,地方公共団体の機関に対する届出(前条第七号の通知の根拠となる規定が条例又は規則に置かれているものに限る。)並びに地方公共団体の機関が命令等を定める行為については,次章から第六章までの規定は,適用しない。

行政手続法13条

(不利益処分をしようとする場合の手続)

第十三条 行政庁は,不利益処分をしようとする場合には,次の各号の区分に従い,この章の定めるところにより,当該不利益処分の名あて人となるべき者について,当該各号に定める意見陳述のための手続を執らなければならない。

一 次のいずれかに該当するとき 聴聞

イ 許認可等を取り消す不利益処分をしようとするとき。

ロ イに規定するもののほか,名あて人の資格又は地位を直接にはく奪する不利益処分をしようとするとき。

ハ 名あて人が法人である場合におけるその役員の解任を命ずる不利益処分,名あて人の業務に従事する者の解任を命ずる不利益処分又は名あて人の会員である者の除名を命ずる不利益処分をしようとするとき。

ニ イからハまでに掲げる場合以外の場合であって行政庁が相当と認めるとき。

二 前号イからニまでのいずれにも該当しないとき 弁明の機会の付与