新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1669、2016/02/08 16:12 https://www.shinginza.com/qa-hanzai-hosyaku.htm

【刑事、最高裁平成26年11月18日決定、最高裁平成27年4月15日決定】

否認事件における保釈請求


質問:
私の息子は,女性を酔わせてわいせつな行為をしたということで,逮捕勾留後に、準強制わいせつ罪で起訴されました。
先日,被害者の証人尋問が終了したため,弁護人の先生に保釈請求をして欲しいとお願いしたのですが,息子が否認している以上,証拠調べが全て終了するまでは,保釈請求をしても許可されることはない,と言って取り合ってくれません。
許可されることがない,とのことですが,本当にそうなのでしょうか?



回答:
被告人が公訴事実の全部あるいは一部を否認している場合(否認事件)、保釈は,「罪証隠滅のおそれ」があるという理由で保釈請求が認められないのが一般的でした(刑訴法89条4項参照)。しかし、最近では、否認事件であっても証人尋問の一部が終了しているような場合には、具体的に罪障隠滅の恐れを検討し、保釈金を高額なものとしたり、証人や共犯者との接触を禁止する条件を付すことによって罪障隠滅の恐れが低いと判断し、保釈を許可する裁判例が見られるようになりました(最高裁平成26年11月18日決定,最高裁平成27年4月15日決定等)。

これらの裁判例を考慮すれば、弁護人としては保釈の請求をすべきといえます。

否認事件と保釈関連事例集1580番1533番1491番1467番1398番1119番1142番1026番1102番1008番848番735番644番598番538番参照。


解説:

1 保釈

(1) 意義

ア 保釈とは,保釈保証金の納付等を条件として,被告人に対する勾留の執行を停止して,その身柄拘束を解く裁判及びその執行をいいます(刑訴法93条,同法94条)。

イ 保釈の制度趣旨は,以下のとおりです。

 すなわち,起訴された被告人を公判期日に出頭させることは裁判所の義務であり権限であるところ(原則として,被告人が公判期日に出頭しないときは,開廷することができません。刑訴法286条。),被告人の出頭を確保するもっとも有効な手段として被告人の身柄を裁判所の管理下に置く勾留が認められています(起訴前の被疑者の勾留とは異なります。)。

 他方で,被告人は,起訴されたからとって有罪が確定しているわけではありませんから,勾留されて自由を制限されるような事態は最小限に止められなくてはなりません。また,刑事裁判は,対等な立場にいる検察官と被告人が主張立証を行うことにより真実を発見するという当事者主義の訴訟構造を基本理念としていますから,一方当事者である被告人が裁判所に拘束されて自由を奪われていることは,それ自体,被告人を取調べの対象としていることになり,避けるべきことです。さらに,裁判を行っていく上にも身柄を拘束されていたのでは十分な弁護活動ができないことから,被告人の身柄はできる限り不拘束でなくてはなりません。従って、原則は保釈が認められることになります。

 保釈制度は,被告人の裁判への出頭を確保するための勾留がやむを得ないとしても,被告人の自由を尊重してその執行を停止し,被告人が召喚を受けても出頭しなかったり,逃亡したりした場合等には保証金を没取することとして,被告人に経済的・精神的負担を与えて被告人の出頭を確保することにより,上記2つの要請を調和させる制度となります。

ウ 保釈を請求できるのは、勾留されている被告人又はその弁護人,法定代理人,保佐人,配偶者,直系の親族若しくは兄弟姉妹です(同法88条1項)。

(2) 種類

保釈には,権利保釈(刑訴法89条)と裁量保釈(同法90条)があります。

ア 権利保釈

(ア) 権利保釈とは,保釈の請求(刑訴法88条)があったときは,一定の例外的場合を除いては,これを許さなければならない,という保釈をいいます(同法89条)。
前項で説明したとおり、勾留されていても,保釈を原則とするのが刑事訴訟法の建前です。

(イ) 例外的場合は,以下のとおりです。
@ 被告人が死刑又は無期若しくは短期1年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪を犯したものであるとき。
A 被告人が前に死刑又は無期若しくは長期10年を超える懲役若しくは禁錮に当たる罪につき有罪の宣告を受けたことがあるとき。
B 被告人が常習として長期3年以上の懲役又は禁錮に当たる罪を犯したものであるとき。
C 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
D 被告人が,被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏い怖させる行為をすると疑うに足りる相当な理由があるとき。
E 被告人の氏名又は住居が分からないとき。

上記@ないしB及びEは,該当性の判断はある程度明らかですから,実際に該当するか否かが問題となるのは上記Cとなります(上記Dは,上記Cの一場面といえるでしょう。)。

イ 裁量保釈

裁量保釈とは,裁判所が,適当と認めるときは,職権で許すことができる保釈をいいます(刑訴法90条)。権利保釈(上記ア)における例外的場合の該当性があるとしても,裁判所の裁量により許可され得る保釈となります。

2 「罪証隠滅のおそれ」の有無の判断

(1) 問題点

 実務上は「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」(以下「罪証隠滅のおそれ」といいます。)があるという理由により,保釈請求が却下されることが最も多いといえます。

 そして,特に否認事件では,罪証隠滅のおそれが強いとされ,検察官請求の証拠調べがすべて終了するまでは,保釈が認められないことが多いです。そのため,保釈を得るために否認をあきらめるという事態が生じているのですが,被告人にはいわゆる黙秘権が保障されていること(憲法38条1項,刑訴法198条2項)からすると,このような事態は深刻な問題があるといえます(いわゆる「人質司法」)。

 もっとも,近年,裁判所は「人質司法」から脱却しつつあるのではないかと思われる判例が出ております。

(2) 判例

ア 最高裁平成26年11月18日決定

 最高裁平成26年11月18日決定は,共謀して詐欺行為が行われたという事案で,原々審(受訴裁判所)が保釈を許可し,原審(抗告審)がその保釈を許可した原々審の決定を取り消したという状況において,以下のように述べました。

 まず,「抗告審は,原決定の当否を事後的に審査するものであり,被告人を保釈するかどうかの判断が現に審理を担当している裁判所の裁量に委ねられていること(刑訴法90条)に鑑みれば,抗告審としては,受訴裁判所の判断が,委ねられた裁量の範囲を逸脱していないかどうか,すなわち,不合理でないかどうかを審査すべきであり,受訴裁判所の判断を覆す場合には,その判断が不合理であることを具体的に示す必要があるというべきである。」

として一般的な規範を示しました。

同決定は,その上で,具体的事案について,

「原決定は,これまでの公判審理の経過及び罪証隠滅のおそれの程度を勘案してなされたとみられる原々審の判断が不合理であることを具体的に示していない。本件の審理経過等に鑑みると,保証金額を300万円とし,共犯者その他の関係者との接触禁止等の条件を付した上で被告人の保釈を許可した原々審の判断が不合理であるとはいえないのであって,このように不合理とはいえない原々決定を,裁量の範囲を超えたものとして取り消し,保釈請求を却下した原決定には,刑訴法90条,426条の解釈適用を誤った違法があり,これが決定に影響を及ぼし,原決定を取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる。」

として,原決定を取り消しました。

イ 最高裁平成27年4月15日決定

最高裁平成27年4月15日決定は,準強制わいせつの事案で,原々審(受訴裁判所)が保釈を許可し,原審(抗告審)がその保釈を許可した原々審の決定を取り消したという状況において,以下のように述べました。

「原々審が原審に送付した意見書によれば,原々審は,既に検察官立証の中核となる被害者の証人尋問が終了していることに加え,受訴裁判所として,当該証人尋問を含む審理を現に担当した結果を踏まえて,被告人による罪証隠滅行為の可能性,実効性の程度を具体的に考慮した上で,現時点では,上記元生徒らとの通謀の点も含め,被告人による罪証隠滅のおそれはそれほど高度のものとはいえないと判断したものである。それに加えて,被告人を保釈する必要性や,被告人に前科がないこと,逃亡のおそれが高いとはいえないことなども勘案し,上記の条件を付した上で裁量保釈を許可した原々審の判断は不合理なものとはいえず,原決定は,原々審の判断が不合理であることを具体的に示していない。そうすると,原々決定を裁量の範囲を超えたものとして取り消し,保釈請求を却下した原決定には,刑訴法90条,426条の解釈適用を誤った違法があり,これが決定に影響を及ぼし,原決定を取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる。」

(3) 検討

ア これらの二つの裁判例は、いずれも刑事裁判の第1審を担当する裁判所の保釈許可決定に対して、それを不服とする検察官が抗告し、裁判所が抗告を認めて保釈決定を取り消した抗告審の決定を、最高裁判所が取り消し保釈を認めたものです。主な理由は、保釈するか否かを決めるのは、第1審の刑事裁判を担当している裁判所が具体的に判断して決めるべきものであり、その判断には裁量が認められること、従って保釈の決定に対する検察官の抗告に理由があるか否かは、保釈を認める原決定が裁量の範囲を超えた不合理なものである場合に限られ、具体的に不合理なことを示す必要がある、ということです。

イ これらの二つの最高裁の決定の対象となっている保釈を認めた決定はいずれも否認事件です。そこで、否認事件でも否認していることから保釈が認められないということは当然のことであると、言えないことが分かります。

 そして、いずれの決定も「罪障隠滅の恐れ」について事件の内容、否認の程度、訴訟の進行状況に沿って具体的に検討し、保釈の条件をつけることにより、罪障隠滅を疑う合理的な理由がないとして保釈を認めていることが、今後の否認事件における保釈請求について参考にすべき点と考えられます。

 なお、これら二つの裁判例は、いずれも検察官の請求の証拠調べの一部が終わっている事例ですが、否認事件であっても裁判員裁判の場合は、公判前整理手続きにより、争点や証拠が明らかになり、裁判所が保釈の決定をする率が高くなったとされています。実際に保釈請求の75%が認められているというデータもあります。

 保釈請求をして認められなかったからと言って、被告人に不利益があることはありません(一度請求して認められない場合は、再度請求することも可能ですが、その場合は前回の請求が認められなかったことが考慮される点、不利益と言えば不利益です)。従って、保釈の請求は何時の段階でも検討し、準備する必要があります。ましてや、ご相談の場合は、被害者の証人尋問は終わっているということですから、保釈の請求をすべき事案と言えます。弁護人に保釈の請求を要求し、それでもしない場合は別に弁護人を選任すべきです。保釈後の出廷確保、及び裁判の公正を確保する方法は保釈金、被害者への連絡禁止等証拠隠滅防止の条件付与だけではありません。家族全員の誓約書、弁護人の法規遵守の誓約書等弁護人により又、事件の内容により方法は異なります。方策を変え可能性がある限り諦めず何度でも請求する必要があります。

 なお、国選弁護人の場合、まれに国選弁護では保釈の請求はできないと説明する弁護人がいます。しかし、これは間違いですのでそのような説明をされた場合は弁護士会に苦情を言う必要があります。また、保釈金が現金で用意できないという場合は、立て替えをする方法もありますから弁護士あるいは弁護士会に相談して下さい。

<参照条文>
憲法
〔自白強要の禁止と自白の証拠能力の限界〕
第38条 何人も,自己に不利益な供述を強要されない。
A 強制,拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は,これを証拠とすることができない。
B 何人も,自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には,有罪とされ,又は刑罰を科せられない。

刑法
(強制わいせつ)
第176条 13歳以上の男女に対し,暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は,6月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の男女に対し,わいせつな行為をした者も,同様とする。
(準強制わいせつ及び準強姦)
第278条 人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ,又は心神を喪失させ,若しくは抗拒不能にさせて,わいせつな行為をした者は,第176条の例による。
2 女子の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ,又は心神を喪失させ,若しくは抗拒不能にさせて,姦淫した者は,前条の例による。

刑事訴訟法
〔保釈の請求〕
第88条 勾留されている被告人又はその弁護人,法定代理人,保佐人,配偶者,直系の親族若しくは兄弟姉妹は,保釈の請求をすることができる。
A 第82条第3項の規定は,前項の請求についてこれを準用する。
〔当然保釈・保釈を許さない場合〕
第89条 保釈の請求があつたときは,次の場合を除いては,これを許さなければならない。
一 被告人が死刑又は無期若しくは短期1年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪を犯したものであるとき。
二 被告人が前に死刑又は無期若しくは長期10年を超える懲役若しくは禁錮に当たる罪につき有罪の宣告を受けたことがあるとき。
三 被告人が常習として長期3年以上の懲役又は禁錮に当たる罪を犯したものであるとき。
四 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
五 被告人が,被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏い怖させる行為をすると疑うに足りる相当な理由があるとき。
六 被告人の氏名又は住居が分からないとき。
〔職権保釈〕
第90条 裁判所は,適当と認めるときは,職権で保釈を許すことができる。
〔保証金額及び保釈の条件〕
第93条 保釈を許す場合には,保証金額を定めなければならない。
A 保証金額は,犯罪の性質及び情状,証拠の証明力並びに被告人の性格及び資産を考慮して,被告人の出頭を保証するに足りる相当な金額でなければならない。
B 保釈を許す場合には,被告人の住居を制限しその他適当と認める条件を附することができる。
〔保証金・保証書〕
第94条 保釈を許す決定は,保証金の納付があつた後でなければ,これを執行することができない。
A 裁判所は,保釈請求者でない者に保証金を納めることを許すことができる。
B 裁判所は,有価証券又は裁判所の適当と認める被告人以外の者の差し出した保証書を以て保証金に代えることを許すことができる。
〔被疑者の任意出頭供述録取〕
第198条 検察官,検察事務官又は司法警察職員は,犯罪の捜査をするについて必要があるときは,被疑者の出頭を求め,これを取り調べることができる。但し,被疑者は,逮捕又は勾留されている場合を除いては,出頭を拒み,又は出頭後,何時でも退去することができる。
A 前項の取調に際しては,被疑者に対し,あらかじめ,自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。
B 被疑者の供述は,これを調書に録取することができる。
C 前項の調書は,これを被疑者に閲覧させ,又は読み聞かせて,誤がないかどうかを問い,被疑者が増減変更の申立をしたときは,その供述を調書に記載しなければならない。
D 被疑者が,調書に誤のないことを申し立てたときは,これに署名押印することを求めることができる。但し,これを拒絶した場合は,この限りでない。
〔被告人出頭の原則〕
第286条 前3条に規定する場合の外,被告人が公判期日に出頭しないときは,開廷することはできない。

<参照判例>
最高裁平成26年11月18日決定
主文
原決定を取り消す。
原々決定に対する抗告を棄却する。
理由
1 本件抗告の趣意は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法433条の抗告理由に当たらない。
2 しかし,所論に鑑み,職権により調査すると,被告人の保釈を許可した原々決定を取り消して保釈請求を却下した原決定には,刑訴法90条,426条の解釈適用を誤った違法があり,取消しを免れない。その理由は,以下のとおりである。
(1) 本件公訴事実の要旨は,「被告人は,家庭用電気製品の販売等を目的とする会社の取締役であった者であるが,LED照明の製造会社やその販売会社の代表者ら4名と共謀の上,上記販売会社との間で売買基本契約を締結していた被害会社から仕入代金の先払い名目で金銭をだまし取ろうと考え,真実は,被告人が取締役を務める会社がLED照明の注文を受けた事実も,上記製造会社においてLED照明を製造して納品する意思もなく,かつ,被害会社から支払われる金銭は上記販売会社の借入金の返済等に充てる意思であるのにその情を秘し,上記販売会社の代表取締役が,被害会社の担当者に対し,「近いうちに被告人の会社から発注書が出る。受け取った前渡金は,全額,当社から製造会社に支払われ,製造費に充てることになる」旨うそを言い,さらに,被告人が,上記担当者に対し,「大型電球の注文があったので,上記製造会社の製品を納品することにした。その販売窓口が被害会社になったと聞いたので,注文書を持参した」旨うそを言い,LED照明7600点(販売価格2億3000万円余り)の注文書を交付するなどして,上記担当者及び被害会社の代表取締役らをして,被害会社がその注文を受け,上記販売会社に仕入注文をして購入代金の一部を先払いすれば,上記製造会社がその資金で上記LED照明を製造して納品するものと誤信させて,上記販売会社に対し上記LED照明の仕入注文をさせ,よって,その購入代金の先払い分及び残金として,2回にわたり,合計2億3000万円余りを上記販売会社名義の普通預金口座に振込入金させた」というものである。
(2) 原々審は,最重要証人である被害会社の担当者に対する主尋問が終了した段階(第10回公判期日が終了した段階)で,保証金額を300万円とし,共犯者その他の関係者との接触禁止等の条件を付した上で被告人の保釈を許可した。原々審が刑訴法423条2項後段に基づいて原審に送付した意見書によれば,原々審は,被告人と共犯者らとの主張の相違ないし対立状況,被告人の関係者に対する影響力,被害会社担当者の主尋問における供述状況等に照らせば,被告人がこれらの者に対し実効性のある罪証隠滅行為に及ぶ現実的可能性は高いとはいえないこと,本件における被告人の立場は,複数回の架空発注のうちの1件に発注会社の担当者として関与したにとどまること,被告人に対する勾留は既に相当期間に及んでおり,前述のような現実的でない罪証隠滅のおそれを理由にこれ以上身柄拘束を継続することは不相当であること等を考慮して保釈を許可したものと理解される。
(3) これに対し,原決定は,「被告人は,共謀も欺罔行為も争っているのであるから,共犯者らと通謀し,あるいは関係者らに働き掛けるなどして,罪証隠滅に出る可能性は決して低いものではない。そうすると,罪証隠滅のおそれは相当に強度というほかなく,被告人には刑訴法89条4号に該当する事由があると認められる。また,その罪証隠滅のおそれが相当に強度であることに鑑みれば,多数の証人予定者が残存する中にあって,未だ被害者1名の尋問さえも終了していない現段階において,被告人を保釈することは,原審の裁量の幅を相当大きく認めるとしても,その範囲を超えたものというほかない」として,保釈を認めた原々決定を取り消した。
(4) そこで検討すると,抗告審は,原決定の当否を事後的に審査するものであり,被告人を保釈するかどうかの判断が現に審理を担当している裁判所の裁量に委ねられていること(刑訴法90条)に鑑みれば,抗告審としては,受訴裁判所の判断が,委ねられた裁量の範囲を逸脱していないかどうか,すなわち,不合理でないかどうかを審査すべきであり,受訴裁判所の判断を覆す場合には,その判断が不合理であることを具体的に示す必要があるというべきである。
(5) しかるに,原決定は,これまでの公判審理の経過及び罪証隠滅のおそれの程度を勘案してなされたとみられる原々審の判断が不合理であることを具体的に示していない。本件の審理経過等に鑑みると,保証金額を300万円とし,共犯者その他の関係者との接触禁止等の条件を付した上で被告人の保釈を許可した原々審の判断が不合理であるとはいえないのであって,このように不合理とはいえない原々決定を,裁量の範囲を超えたものとして取り消し,保釈請求を却下した原決定には,刑訴法90条,426条の解釈適用を誤った違法があり,これが決定に影響を及ぼし,原決定を取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる。
3 よって,刑訴法411条1号を準用して原決定を取り消し,同法434条,426条2項により更に裁判すると,上記のとおり,本件については保釈を許可した原々決定に誤りがあるとはいえないから,それに対する抗告は,同条1項により棄却を免れず,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

最高裁平成27年4月15日決定
主文
原決定を取り消す。
原々決定に対する抗告を棄却する。
理由
1 本件抗告の趣意は,憲法違反,判例違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法433条の抗告理由に当たらない。
2 しかし,所論に鑑み,職権により調査する。
(1) 本件公訴事実の要旨は,「被告人は,柔道整復師の資格を有し,予備校理事長の職にあったものであるが,平成25年12月30日午後4時頃から同日午後5時15分頃までの間,予備校2階にある接骨院内において,予備校生徒である当時18歳の女性に対し,同女が被告人の学習指導を受ける立場で抗拒不能状態にあることに乗じ,施術を装い,その胸をもみ,膣内に指を挿入するなどのわいせつな行為をした」というものである。
(2) 一件記録によれば,被告人は,第1回公判期日において,「被告人と被害者が2人で犯行場所とされる部屋に入った事実はなく,公訴事実記載の行為は一切していない」旨述べて公訴事実を争ったこと,第2回公判期日において,被害者の証人尋問が実施され,被害者は公訴事実に沿う証言をしたことが認められる。また,今後の審理予定として,弁護人は,被告人質問のほか,犯行現場の使用状況等に関し,被害者証言を弾劾する趣旨で,本件当時,本件予備校に通っていた元生徒1名の証人尋問を請求する方針を示している。
(3) 原々決定は,第2回公判期日後に,保証金額を300万円と定め,被害者,上記元生徒及び本件予備校関係者らとの接触を禁止するなどの条件を付した上,被告人の保釈を許可した。
(4) これに対し,原決定は,弁護人が請求を予定している元生徒の証人尋問が未了であり,本件予備校理事長の職にあった被告人が,上記元生徒ら関係者に働き掛けるなどして罪証を隠滅することは容易で,その実効性も高いと指摘し,被告人の保釈を許可した原々決定を取り消した。
(5) しかしながら,原々審が原審に送付した意見書によれば,原々審は,既に検察官立証の中核となる被害者の証人尋問が終了していることに加え,受訴裁判所として,当該証人尋問を含む審理を現に担当した結果を踏まえて,被告人による罪証隠滅行為の可能性,実効性の程度を具体的に考慮した上で,現時点では,上記元生徒らとの通謀の点も含め,被告人による罪証隠滅のおそれはそれほど高度のものとはいえないと判断したものである。それに加えて,被告人を保釈する必要性や,被告人に前科がないこと,逃亡のおそれが高いとはいえないことなども勘案し,上記の条件を付した上で裁量保釈を許可した原々審の判断は不合理なものとはいえず,原決定は,原々審の判断が不合理であることを具体的に示していない。そうすると,原々決定を裁量の範囲を超えたものとして取り消し,保釈請求を却下した原決定には,刑訴法90条,426条の解釈適用を誤った違法があり,これが決定に影響を及ぼし,原決定を取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる。
3 よって,刑訴法411条1号を準用して原決定を取り消し,同法434条,426条2項により更に裁判すると,上記のとおり,本件については保釈を許可した原々決定に誤りがあるとはいえないから,それに対する抗告は,同条1項により棄却を免れず,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

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