否認事件における保釈請求
刑事|最高裁平成26年11月18日決定|最高裁平成27年4月15日決定
目次
質問:
私の息子は,女性を酔わせてわいせつな行為をしたということで,逮捕勾留後に、準強制わいせつ罪で起訴されました。
先日,被害者の証人尋問が終了したため,弁護人の先生に保釈請求をして欲しいとお願いしたのですが,息子が否認している以上,証拠調べが全て終了するまでは,保釈請求をしても許可されることはない,と言って取り合ってくれません。
許可されることがない,とのことですが,本当にそうなのでしょうか?
回答:
被告人が公訴事実の全部あるいは一部を否認している場合(否認事件)、保釈は,「罪証隠滅のおそれ」があるという理由で保釈請求が認められないのが一般的でした(刑訴法89条4項参照)。
しかし、最近では、否認事件であっても証人尋問の一部が終了しているような場合には、具体的に罪障隠滅の恐れを検討し、保釈金を高額なものとしたり、証人や共犯者との接触を禁止する条件を付すことによって罪障隠滅の恐れが低いと判断し、保釈を許可する裁判例が見られるようになりました(最高裁平成26年11月18日決定,最高裁平成27年4月15日決定等)。
これらの裁判例を考慮すれば、弁護人としては保釈の請求をすべきといえます。
保釈に関する関連事例集参照。
解説:
1 保釈
(1) 意義
ア 保釈とは,保釈保証金の納付等を条件として,被告人に対する勾留の執行を停止して,その身柄拘束を解く裁判及びその執行をいいます(刑訴法93条,同法94条)。
イ 保釈の制度趣旨は,以下のとおりです。
すなわち,起訴された被告人を公判期日に出頭させることは裁判所の義務であり権限であるところ(原則として,被告人が公判期日に出頭しないときは,開廷することができません。刑訴法286条。),被告人の出頭を確保するもっとも有効な手段として被告人の身柄を裁判所の管理下に置く勾留が認められています(起訴前の被疑者の勾留とは異なります。)。
他方で,被告人は,起訴されたからとって有罪が確定しているわけではありませんから,勾留されて自由を制限されるような事態は最小限に止められなくてはなりません。また,刑事裁判は,対等な立場にいる検察官と被告人が主張立証を行うことにより真実を発見するという当事者主義の訴訟構造を基本理念としていますから,一方当事者である被告人が裁判所に拘束されて自由を奪われていることは,それ自体,被告人を取調べの対象としていることになり,避けるべきことです。さらに,裁判を行っていく上にも身柄を拘束されていたのでは十分な弁護活動ができないことから,被告人の身柄はできる限り不拘束でなくてはなりません。従って、原則は保釈が認められることになります。
保釈制度は,被告人の裁判への出頭を確保するための勾留がやむを得ないとしても,被告人の自由を尊重してその執行を停止し,被告人が召喚を受けても出頭しなかったり,逃亡したりした場合等には保証金を没取することとして,被告人に経済的・精神的負担を与えて被告人の出頭を確保することにより,上記2つの要請を調和させる制度となります。
ウ 保釈を請求できるのは、勾留されている被告人又はその弁護人,法定代理人,保佐人,配偶者,直系の親族若しくは兄弟姉妹です(同法88条1項)。
(2) 種類
保釈には,権利保釈(刑訴法89条)と裁量保釈(同法90条)があります。
ア 権利保釈
(ア) 権利保釈とは,保釈の請求(刑訴法88条)があったときは,一定の例外的場合を除いては,これを許さなければならない,という保釈をいいます(同法89条)。前項で説明したとおり、勾留されていても,保釈を原則とするのが刑事訴訟法の建前です。
(イ) 例外的場合は,以下のとおりです。
① 被告人が死刑又は無期若しくは短期1年以上の懲役若しくは禁錮に当たる罪を犯したものであるとき。
② 被告人が前に死刑又は無期若しくは長期10年を超える懲役若しくは禁錮に当たる罪につき有罪の宣告を受けたことがあるとき。
③ 被告人が常習として長期3年以上の懲役又は禁錮に当たる罪を犯したものであるとき。
④ 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
⑤ 被告人が,被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏い怖させる行為をすると疑うに足りる相当な理由があるとき。
⑥ 被告人の氏名又は住居が分からないとき。
上記①ないし③及び⑥は,該当性の判断はある程度明らかですから,実際に該当するか否かが問題となるのは上記④となります(上記⑤は,上記④の一場面といえるでしょう。)。
イ 裁量保釈
裁量保釈とは,裁判所が,適当と認めるときは,職権で許すことができる保釈をいいます(刑訴法90条)。権利保釈(上記ア)における例外的場合の該当性があるとしても,裁判所の裁量により許可され得る保釈となります。
2 「罪証隠滅のおそれ」の有無の判断
(1) 問題点
実務上は「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」(以下「罪証隠滅のおそれ」といいます。)があるという理由により,保釈請求が却下されることが最も多いといえます。
そして,特に否認事件では,罪証隠滅のおそれが強いとされ,検察官請求の証拠調べがすべて終了するまでは,保釈が認められないことが多いです。そのため,保釈を得るために否認をあきらめるという事態が生じているのですが,被告人にはいわゆる黙秘権が保障されていること(憲法38条1項,刑訴法198条2項)からすると,このような事態は深刻な問題があるといえます(いわゆる「人質司法」)。
もっとも,近年,裁判所は「人質司法」から脱却しつつあるのではないかと思われる判例が出ております。
(2) 判例
ア 最高裁平成26年11月18日決定
最高裁平成26年11月18日決定は,共謀して詐欺行為が行われたという事案で,原々審(受訴裁判所)が保釈を許可し,原審(抗告審)がその保釈を許可した原々審の決定を取り消したという状況において,以下のように述べました。
まず,「抗告審は,原決定の当否を事後的に審査するものであり,被告人を保釈するかどうかの判断が現に審理を担当している裁判所の裁量に委ねられていること(刑訴法90条)に鑑みれば,抗告審としては,受訴裁判所の判断が,委ねられた裁量の範囲を逸脱していないかどうか,すなわち,不合理でないかどうかを審査すべきであり,受訴裁判所の判断を覆す場合には,その判断が不合理であることを具体的に示す必要があるというべきである。」
として一般的な規範を示しました。
同決定は,その上で,具体的事案について,
「原決定は,これまでの公判審理の経過及び罪証隠滅のおそれの程度を勘案してなされたとみられる原々審の判断が不合理であることを具体的に示していない。本件の審理経過等に鑑みると,保証金額を300万円とし,共犯者その他の関係者との接触禁止等の条件を付した上で被告人の保釈を許可した原々審の判断が不合理であるとはいえないのであって,このように不合理とはいえない原々決定を,裁量の範囲を超えたものとして取り消し,保釈請求を却下した原決定には,刑訴法90条,426条の解釈適用を誤った違法があり,これが決定に影響を及ぼし,原決定を取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる。」
として,原決定を取り消しました。
イ 最高裁平成27年4月15日決定
最高裁平成27年4月15日決定は,準強制わいせつの事案で,原々審(受訴裁判所)が保釈を許可し,原審(抗告審)がその保釈を許可した原々審の決定を取り消したという状況において,以下のように述べました。
「原々審が原審に送付した意見書によれば,原々審は,既に検察官立証の中核となる被害者の証人尋問が終了していることに加え,受訴裁判所として,当該証人尋問を含む審理を現に担当した結果を踏まえて,被告人による罪証隠滅行為の可能性,実効性の程度を具体的に考慮した上で,現時点では,上記元生徒らとの通謀の点も含め,被告人による罪証隠滅のおそれはそれほど高度のものとはいえないと判断したものである。それに加えて,被告人を保釈する必要性や,被告人に前科がないこと,逃亡のおそれが高いとはいえないことなども勘案し,上記の条件を付した上で裁量保釈を許可した原々審の判断は不合理なものとはいえず,原決定は,原々審の判断が不合理であることを具体的に示していない。そうすると,原々決定を裁量の範囲を超えたものとして取り消し,保釈請求を却下した原決定には,刑訴法90条,426条の解釈適用を誤った違法があり,これが決定に影響を及ぼし,原決定を取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる。」
(3) 検討
ア これらの二つの裁判例は、いずれも刑事裁判の第1審を担当する裁判所の保釈許可決定に対して、それを不服とする検察官が抗告し、裁判所が抗告を認めて保釈決定を取り消した抗告審の決定を、最高裁判所が取り消し保釈を認めたものです。主な理由は、保釈するか否かを決めるのは、第1審の刑事裁判を担当している裁判所が具体的に判断して決めるべきものであり、その判断には裁量が認められること、従って保釈の決定に対する検察官の抗告に理由があるか否かは、保釈を認める原決定が裁量の範囲を超えた不合理なものである場合に限られ、具体的に不合理なことを示す必要がある、ということです。
イ これらの二つの最高裁の決定の対象となっている保釈を認めた決定はいずれも否認事件です。そこで、否認事件でも否認していることから保釈が認められないということは当然のことであると、言えないことが分かります。
そして、いずれの決定も「罪障隠滅の恐れ」について事件の内容、否認の程度、訴訟の進行状況に沿って具体的に検討し、保釈の条件をつけることにより、罪障隠滅を疑う合理的な理由がないとして保釈を認めていることが、今後の否認事件における保釈請求について参考にすべき点と考えられます。
なお、これら二つの裁判例は、いずれも検察官の請求の証拠調べの一部が終わっている事例ですが、否認事件であっても裁判員裁判の場合は、公判前整理手続きにより、争点や証拠が明らかになり、裁判所が保釈の決定をする率が高くなったとされています。実際に保釈請求の75%が認められているというデータもあります。
保釈請求をして認められなかったからと言って、被告人に不利益があることはありません(一度請求して認められない場合は、再度請求することも可能ですが、その場合は前回の請求が認められなかったことが考慮される点、不利益と言えば不利益です)。従って、保釈の請求は何時の段階でも検討し、準備する必要があります。ましてや、ご相談の場合は、被害者の証人尋問は終わっているということですから、保釈の請求をすべき事案と言えます。弁護人に保釈の請求を要求し、それでもしない場合は別に弁護人を選任すべきです。保釈後の出廷確保、及び裁判の公正を確保する方法は保釈金、被害者への連絡禁止等証拠隠滅防止の条件付与だけではありません。家族全員の誓約書、弁護人の法規遵守の誓約書等弁護人により又、事件の内容により方法は異なります。方策を変え可能性がある限り諦めず何度でも請求する必要があります。
なお、国選弁護人の場合、まれに国選弁護では保釈の請求はできないと説明する弁護人がいます。しかし、これは間違いですのでそのような説明をされた場合は弁護士会に苦情を言う必要があります。また、保釈金が現金で用意できないという場合は、立て替えをする方法もありますから弁護士あるいは弁護士会に相談して下さい。
以上