マンション建替え円滑化法における借家権者の保護

民事|マンション建替え円滑化法の権利変換手続きにおける借家権の保護について|手続と対策

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

私が賃借しているマンションが、「マンションの建替え等の円滑化に関する法律」の手続きに従って建替えられることが決まったようです。貸主から「賃貸借契約更新拒絶通知」という内容証明郵便が送られてきました。8カ月後の契約更新時期に契約を更新しないので立ち退きを求めるという内容でした。

私は立ち退きしなければならないのでしょうか。私の権利はどのように保護されますか。

回答:

1.建物の老朽化に伴い、また建築基準関係法令の耐震基準の更新に伴い既存不適格マンションが増えており、建替えを促進するために「マンションの建替え等の円滑化に関する法律(以下、マンション建替円滑化法)」が平成14年に制定され、法改正を重ねて手続きが整備されています。

2.この法律によれば、法令要件を満たす場合、借家人にとって、建替えについては強制的に進行していくものと言わざるをえません。

3.他方、マンション建替円滑化法には借家権者の保護規定(法60条4項)があり、建替え前の建物(施行マンション)に借家権を持つ者に対しては、建替え後の新建物(施行再建マンション)の部分に借家権が与えられることとなるように、権利変換計画において定めるべきことが規定されています。要するに、あなたの賃借権を、新しい建物に移行させることができるのです。

4.これとは別に、貸主側からの更新拒絶の意思表示が有効かどうか、つまり、貸主側の正当事由が認められ賃貸借契約が期間満了により終了するかどうかは、借地借家法28条の法解釈の問題となり、当事者それぞれの建物を使用収益する必要性の度合いや、貸主側から提示された立ち退き料の金額などを総合的に勘案して判断されます。「賃貸借契約更新拒絶通知」を受領している場合は、正当事由を具備しないため更新拒絶通知は無効である旨を反論する通知書を作成して送付すると良いでしょう。そして賃貸借契約更新期日後に、貸主側が賃料を受領しないときは法務局に対して賃料供託を継続し、借家権の存否について主張し続ける必要があります。

5.貸主側から将来提起される「建物明け渡し請求訴訟」においては、貸主の更新拒絶に正当事由があるか否かが争点となりますが、当該建物がマンション建替え円滑化法の権利変換手続きを用いて建替えられることから、権利変換計画には、借家権者には新たな建物に借家権を与えられるべきことが法定されており、建替えの必要性は今回の物件では契約終了の理由にはならなりません。そこで、貸主としてはその他の正当事由の存在を主張して来ることが予測されますので、貸主の主張を待って検討する必要が出てきます。御心配であれば、お近くの法律事務所に御相談なさり対応なさると良いでしょう。

6.マンション建替え円滑化法に関する関連事例集参照。

解説:

1.マンション建替円滑化法

建物の老朽化に伴い、また建築基準関係法令の耐震基準の更新に伴い既存不適格マンションが増えており、建替えを促進するために「マンションの建替え等の円滑化に関する法律(以下、マンション建替円滑化法)」が平成14年に制定され、法改正を重ねて手続きが整備されています。

マンション建替円滑化法第1条の目的規定を引用します。

『この法律は、マンション建替組合の設立、権利変換手続による関係権利の変換、危険又は有害な状況にあるマンションの建替えの促進のための特別の措置等マンションの建替えの円滑化等に関する措置を講ずることにより、マンションにおける良好な居住環境の確保を図り、もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。』

明記されてはいませんが、1981年以前に建築された建物(いわゆる旧耐震基準建物)を、大規模地震に対応しうる新耐震基準の建物に建替える事を促進するのが目的とされていると思われます。

マンションの区分所有者の合意により、マンション建替組合を結成し、権利変換計画を作成することができます。

建替組合の設立条件は次の通りです(円滑化法9条)。

1)区分所有者が5名以上共同して申請すること。

2)定款及び事業計画を定めて都道府県知事に申請し認可を受ける。

3)区分所有者の人数及び議決権の4分の3以上の同意が必要。

定款に定めることにより、建替え組合には、マンションデベロッパー業者や建設会社など、一部の床面積を所有し共同売主となる、参加組合員を事業協力者として加入させることができます(円滑化法17条)。

認可された建替組合は、普通の会社のように法人格を持ち(円滑化法6条1項)、設立登記をして(民法36条)、資金の借り入れや、工事などの契約名義人となったり、不動産の所有をすることができます。

2.マンション等の明渡し

この法律によれば、法令要件を満たす場合、借家人にとって、建替えについては強制的に進行していくものと言わざるをえません。つまり、建替えに反対して建築工事を阻止することはできません。

 具体的に言えば、権利変換計画に定められ、都道府県知事に認可された権利変換期日に、従来の借家権が消滅しますので、それ以降の占有(居住)は不法占拠の状態となり、保全命令により裁判所から立ち退きを命じられ、それも拒否していると、強制執行により立ち退きさせられてしまうことになります。

 マンション建替え円滑化法では、権利変換期日後に、マンション建替組合は、占有者(賃借人)に対して30日以上の猶予期日を定めて、建物の明け渡しを請求することができる旨規定しています。

マンション建替え円滑化法第80条(施行マンション等の明渡し)

第1項 施行者は、権利変換期日後マンション建替事業に係る工事のため必要があるときは、施行マンション又はその敷地(隣接施行敷地を含む。)を占有している者に対し、期限を定めて、その明渡しを求めることができる。

第2項 前項の規定による明渡しの期限は、同項の請求をした日の翌日から起算して三十日を経過した後の日でなければならない。

 貴方が任意の退去を拒否していると、裁判所の執行官が執行補助者を連れて自宅に来て、強制的に家財道具全てと貴方を家の外から追い出すことになります。貴方がもしも、執行官や執行補助者の体に触れたり暴行を加えて強制執行を妨害しようとすると、刑法95条1項の公務執行妨害罪で逮捕されるなど検挙されてしまう恐れがありますので、ご注意なさって下さい。

刑法第95条(公務執行妨害及び職務強要)

第1項 公務員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えた者は、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。第2項 公務員に、ある処分をさせ、若しくはさせないため、又はその職を辞させるために、暴行又は脅迫を加えた者も、前項と同様とする。は禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。

3.借家権者の保護規定

他方、マンション建替円滑化法には借家権者の保護規定(法60条4項)があり、建替え前の建物(施行マンション)に借家権を持つ者に対しては、建替え後の新建物(施行再建マンション)の部分に借家権が与えられることとなるように、権利変換計画において定めるべきことが規定されています。要するに、あなたの賃借権を、新しい建物に移行させることができるのです。

マンション建替円滑化法第60条(区分所有権及び敷地利用権等)

第4項 権利変換計画においては、第五十六条第三項の申出をした者を除き、施行マンションの区分所有者から施行マンションについて借家権の設定を受けている者(その者が更に借家権を設定しているときは、その借家権の設定を受けている者)に対しては、第一項の規定により当該施行マンションの区分所有者に与えられることとなる施行再建マンションの部分について、借家権が与えられるように定めなければならない。ただし、施行マンションの区分所有者が第五十六条第一項の申出をしたときは、前項の規定により施行者に帰属することとなる施行再建マンションの部分について、借家権が与えられるように定めなければならない。

 この規定により、権利変換計画には、あなたの大家さんが取得する建替え後の建物の部分について借家権をあなたが取得できる旨が定められることになります。あなたの大家さんが権利変換を受けずに補償金を受領して建替えから抜ける場合(法56条1項の申出をした場合)には、建替組合が保有することとなる建物の部分について借家権が取得できることになります。

 マンション建替円滑化法では、都市再開発法97条のような「損失補償」について直接規定した条文はありませんが、権利変換計画への同意手続き(法57条2項)を通じて、事実上借家人の保護が図られています。建替組合は、権利変換計画の決定に際して、借家人の同意を得る必要があり(法57条2項)、同意が得られない場合は、権利変換計画に「同意を得られない者の権利に関し損害を与えないようにするための措置を記載した書面」を添付すべきことが法律(法57条3項)に明記されています。建替えマンションの所有権者は建替えにより、容積率の割り増しや耐震強度の更新などにより経済的利益を受けますが、借家人は毎月賃料を払って入居しているだけで経済的利益を受けることができませんので、借家人に転居費用などの損失を一方的に押し付けるのは不公平と考えられるからです。

 法57条3項の書面では、借家人が受ける転居費用(転出と転入の2回分)などの損失額を具体的に見積もり、これを借家人に提供(または供託)すべきことが記載されることになります。借家人から建替組合に対して、法57条3項の添付書面に記載すべき借家人の損失について内容証明郵便で事前に通知しておく手段が考えられます。

マンション建替円滑化法第57条第2項(抜粋)

 施行者は、前項後段の規定による認可を申請しようとするときは、権利変換計画について、あらかじめ、組合にあっては総会の議決を経るとともに施行マンション又はその敷地について権利を有する者(組合員を除く。)及び隣接施行敷地がある場合における当該隣接施行敷地について権利を有する者の同意を得、個人施行者にあっては施行マンション又はその敷地(隣接施行敷地を含む。)について権利を有する者の同意を得なければならない。

同57条第3項 前項の場合において、区分所有権等以外の権利を有する者から同意を得られないときは、その同意を得られない理由及び同意を得られない者の権利に関し損害を与えないようにするための措置を記載した書面を添えて、第一項後段の規定による認可を申請することができる。

 具体的に言えば、借家人が転居に要する費用や、建設中の期間の仮住まいを用意するのに必要な費用で、従来の賃借が継続した場合に比べて増加したと考えられる費用(都市再開発法の損失補償と事実上同義と考えられます)の補償を建替組合に対して請求することができ、組合は同意が得られない場合は、「同意を得られない者の権利に関し損害を与えないようにするための措置」を講ずるべきことが規定されています。この代償措置でも損失補償が不足していると借家人が考える場合は、権利変換計画の認可決定の取り消し訴訟を通じて法的に争うことが可能となっています。

 権利変換計画では、具体的な借家条件については記載されませんので、具体的な借家条件は、当事者の協議に委ねられることになりますが、その際、従前の経緯や、建物使用の目的などが考慮されるべきことが法83条3項に明記されています。協議が整わない場合は、建替組合が裁定を下すことができますが、これに不服がある場合は、裁定変更の訴えを裁判所に提起することができます(法83条6項)。

マンション建替え円滑化法第83条(借家条件の協議及び裁定)

第1項 権利変換計画において施行再建マンションの区分所有権が与えられるように定められた者と当該施行再建マンションについて第六十条第四項本文の規定により借家権が与えられるように定められた者は、家賃その他の借家条件について協議しなければならない。

第2項 第八十一条の公告の日までに前項の規定による協議が成立しないときは、施行者は、当事者の一方又は双方の申立てにより、審査委員の過半数の同意を得て、次に掲げる事項について裁定することができる。

一  賃借の目的

二  家賃の額、支払期日及び支払方法

三  敷金又は借家権の設定の対価を支払うべきときは、その額

第3項 施行者は、前項の規定による裁定をするときは、賃借の目的については賃借部分の構造及び賃借人の職業を、家賃の額については賃貸人の受けるべき適正な利潤を、その他の事項についてはその地方における一般の慣行を考慮して定めなければならない。

第4項 第二項の規定による裁定があったときは、裁定の定めるところにより、当事者間に協議が成立したものとみなす。

第5項 第二項の裁定に関し必要な手続に関する事項は、国土交通省令で定める。

第6項 第二項の裁定に不服がある者は、その裁定があった日から六十日以内に、訴えをもってその変更を請求することができる。

第7項 前項の訴えにおいては、当事者の他の一方を被告としなければならない。

4.更新拒絶の意思表示が有効かどうか

これとは別に、貸主側からの更新拒絶の意思表示が有効かどうか、つまり、貸主側の正当事由が認められ賃貸借契約が期間満了により終了するかどうかは、借地借家法28条の法解釈の問題となり、当事者それぞれの建物を使用収益する必要性の度合いや、貸主側から提示された立ち退き料の金額などを総合的に勘案して判断されます。

「賃貸借契約更新拒絶通知」を受領している場合は、正当事由を具備しないため更新拒絶通知は無効である旨を反論する通知書を作成して送付すると良いでしょう。そして賃貸借契約更新期日後に、貸主側が賃料を受領しないときは法務局に対して賃料供託を継続し、借家権の存否について主張し続ける必要があります。

 マンション建替え円滑化法は、マンション建替えの権利変換手続きなどを規定した法律ですが、個々の借家権の存否については具体的な規定が一切ありません。個々の借家権が存続するかどうかは、民法と借地借家法の規定を解釈して判断されることになります。

 借地借家法26条1項で、貸主は契約期間満了の1年~半年前に更新拒絶の意思表示をすることにより、期間満了で契約を終了させることができますが、同法28条で、正当事由が必要とされています。条文では

「建物の賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して」正当事由の有無が判断されるとされています。

借地借家法第26条(建物賃貸借契約の更新等)

第1項 建物の賃貸借について期間の定めがある場合において、当事者が期間の満了の一年前から六月前までの間に相手方に対して更新をしない旨の通知又は条件を変更しなければ更新をしない旨の通知をしなかったときは、従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなす。ただし、その期間は、定めがないものとする。

(建物賃貸借契約の更新拒絶等の要件)

第28条  建物の賃貸人による第二十六条第一項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。

建物老朽化による解約申し入れが有効とされた判例を御紹介致します。

東京地方裁判所平成25年9月17日判決

「(1) 前記前提事実(2),(7),(10)及び弁論の全趣旨によれば,本件建物の所在する地域は,平成17年12月28日,都市再生緊急整備地域に指定され,以後,都市再生事業が進められ,本件土地を含む○○a丁目21地区については,平成25年1月23日,都市再生法37条1項に基づく都市再生特別地区の都市計画の素案が東京都において受理され,同年6月17日には,都市計画決定が告示されたこと,本件建物が存在する本計画の計画地には,新たに構想ビル等の建築が予定されていることが認められる。そして,本件建物は直ちに建て直さなければならない状況にあるとまでは認められないものの,築後40年以上が経過して老朽化が進行し,その維持管理には,相当の費用を要するものと認められることからすれば,原告において,今後相当額の費用をかけて本件建物を存続させるのではなく,本件土地を周辺の土地と一体として有効利用し,本件新ビル内の権利を取得するという原告の計画には,合理性,相当性を認めることができるから,本件賃貸借契約の解約の必要性は認められるというべきである。なお,被告は,本件建物及び新たに原告が取得することとなる予定の高層ビル内の権利は,賃貸に供するものであることをもって本件賃貸借契約の解約の必要性が認められない旨の主張をするが,原告は賃貸業を営む法人であって,上記事情をもって原告における必要性が否定されるということはできない。

(2) 他方,前記前提事実(3)ないし(6)のとおり,被告は,遅くとも昭和59年7月13日以降本件建物を賃借し,継続して留学生の出航手続き及び介護事業を営んできたものであり,今後も同事業を継続する予定であると認められることからすれば,被告が本件建物を明け渡した場合には,移転費用等の諸費用を要するのみではなく,従来からの顧客の継続手続きに関連して経済的損失が発生するものと推認される。

しかし,本件建物は,築後40年以上が経過して老朽化が進行していること,本件土地の周辺の開発状況からすれば,被告が,今後も長期に亘って本件賃貸借契約を継続していくことは困難と推認されること,証拠(甲41ないし43,62,乙1ないし8,13,14,16,17ないし25)によれば,c駅から徒歩5分程度で,かつ,従前の電話番号を継続使用できる賃貸物件を探すことは比較的容易であり,被告が,従前の従業員をそのまま継続して雇用し,住所変更については,ホームページの更新をし,また,把握している顧客への通知等を行うことによって,代替物件において,従前と同様の事業を行うことは可能と認められる。

(3) 以上の事情を総合考慮すると,原告による本件賃貸借契約の解約の申入れには必要性,合理性が認められ,他方,被告が本件貸室を使用する必要性は認められるものの,移転に伴って発生する被告の損害を立退料として支払って,移転に伴う損害を填補すれば,原告の本件賃貸借契約解約の申入れは正当事由が認められるというべきである。」

もうひとつ、耐震補強により建替えが必須ではないとして、正当事由を認めなかった裁判例を御紹介致します。

東京地方裁判所平成25年12月25日判決

「証拠(乙4)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,本件貸室を住居として使用しているほか,自ら及び弟子のための笛の稽古場として使用し,生計を立てていることが認められる(なお,原告は,本件貸室を弟子のための稽古場として使用することは,本件賃貸借契約上認められていないと主張するが,被告がa社と取り交わした建物賃貸借契約書(甲3)の特約条項として,被告が横笛の練習をすることは認められていて,上記契約書を取り交わす際,仲介業者から交付を受けた重要事項説明書(乙5)においては,「ふえ奏者の為,練習,指導の為午前10時~午後8時まで使用可。」とされていることからすると,本件貸室を弟子に対する指導の稽古場として使用することも,本件賃貸借契約上認められていたと解される。)。

 上記のとおり,本件貸室は被告によって住居というだけではなく,生計を維持するための笛の稽古場という使用目的があり,このような笛の稽古場という目的で他の賃借物件を探すことは困難が予想されることからすると,被告が本件貸室を自己使用する必要が高いといえる。

 他方,本件マンションの耐震性に問題があることは争点1において説示したとおりであって,入居者や第三者の生命,身体に対する危険を未然に除去するため,原告において本件マンションを取り壊して,新たに耐震性のある建物を建築する必要性があることも一概には否定できない。

 しかしながら,争点1において説示したとおり,原告において本件マンションの耐震補強工事を行うことが不可能であるか否か未だ明らかでない上,仮に,耐震補強工事を行うことが不可能であるとしても,原告が本件マンションの建て替えを行うだけの能力を有していることの立証もなく,このような事情を踏まえると,原告が主張する本件マンションの建て替えの必要性が,被告の自己使用の必要性を上回るとは認められず,原告が正当事由の補完として,675万円の支払を申し出ていることを考慮しても,本件更新拒絶に正当な理由があると認めるには足りないというべきである。」

5.「通常の建替え事案」と「マンション建替円滑化法が適用される建替え事案」の違い

このように、借地借家法28条の正当事由の有無の判断に際して、通常、建替えの必要性の有無は重要な要素となりますが、今回の建替えのようにマンション建替え円滑化法の権利変換手続きを用いる場合は、前記の判例の論理が適用されないことに注意すべきでしょう。

 つまり、通常の建替えとは異なり、マンション建替円滑化法の手続きによる建替えでは、貸主側が賃貸借契約を終了させないと建替えができず貸主が大きな損失を被るという事情が生じないのです。マンション建替円滑化法によれば、建替えは権利変換手続きにより進行しますので、賃貸借契約は新たな建物に自動的に引き継がれることになりますので、必ずしも賃貸借契約を終了させなくても、建替えには何ら支障が無いということになるからです。これは、通常の建替え事案と、マンション建替円滑化法が適用される建替え事案の大きな違いです。立ち退き交渉する場合も、このことに留意しつつ権利主張することが必要です。

 従って、貸主側から「建物明け渡し請求訴訟」を提起された場合には、当該建物がマンション建替え円滑化法の権利変換手続きを用いて建替えられることから、権利変換計画には、借家権者には新たな建物に借家権を与えられるべきことが法定されており、建替えのための明け渡し手続きも整備されており、建替えの必要性は契約終了の理由にはならないことを主張することが必要です。借地借家法28条の法解釈について、被告側から答弁書や準備書面で詳細に主張する必要があるでしょう。御心配であれば、お近くの法律事務所に御相談なさり対応なさると良いでしょう。

以上

関連事例集

Yahoo! JAPAN

※参照条文

マンションの建替え等の円滑化に関する法律

(権利変換計画の決定及び認可)

第五十七条  施行者は、前条の規定による手続に必要な期間の経過後、遅滞なく、権利変換計画を定めなければならない。この場合においては、国土交通省令で定めるところにより、都道府県知事等の認可を受けなければならない。

2  施行者は、前項後段の規定による認可を申請しようとするときは、権利変換計画について、あらかじめ、組合にあっては総会の議決を経るとともに施行マンション又はその敷地について権利を有する者(組合員を除く。)及び隣接施行敷地がある場合における当該隣接施行敷地について権利を有する者の同意を得、個人施行者にあっては施行マンション又はその敷地(隣接施行敷地を含む。)について権利を有する者の同意を得なければならない。ただし、次に掲げる者については、この限りでない。

一  区分所有法第六十九条の規定により同条第一項に規定する特定建物である施行マンションの建替えを行うことができるときは、当該施行マンションの所在する土地(これに関する権利を含む。)の共有者である団地内建物の区分所有法第六十五条に規定する団地建物所有者(第九十四条第三項において単に「団地建物所有者」という。)

二  その権利をもって施行者に対抗することができない者

3  前項の場合において、区分所有権等以外の権利を有する者から同意を得られないときは、その同意を得られない理由及び同意を得られない者の権利に関し損害を与えないようにするための措置を記載した書面を添えて、第一項後段の規定による認可を申請することができる。

4  第二項の場合において、区分所有権等以外の権利を有する者を確知することができないときは、その確知することができない理由を記載した書面を添えて、第一項後段の規定による認可を申請することができる。

(権利変換計画の決定基準)

第五十九条  権利変換計画は、関係権利者間の利害の衡平に十分の考慮を払って定めなければならない。

(区分所有権及び敷地利用権等)

第六十条  権利変換計画においては、第五十六条第一項の申出をした者を除き、施行マンションの区分所有権又は敷地利用権を有する者に対しては、施行再建マンションの区分所有権又は敷地利用権が与えられるように定めなければならない。組合の定款により施行再建マンションの区分所有権及び敷地利用権が与えられるように定められた参加組合員に対しても、同様とする。

2  前項前段に規定する者に対して与えられる施行再建マンションの区分所有権又は敷地利用権は、それらの者が有する施行マンションの専有部分の位置、床面積、環境、利用状況等又はその敷地利用権の地積若しくはその割合等とそれらの者に与えられる施行再建マンションの専有部分の位置、床面積、環境等又はその敷地利用権の地積若しくはその割合等を総合的に勘案して、それらの者の相互間の衡平を害しないように定めなければならない。

3  権利変換計画においては、第一項の規定により与えられるように定められるもの以外の施行再建マンションの区分所有権及び敷地利用権並びに保留敷地の所有権又は借地権は、施行者に帰属するように定めなければならない。

4  権利変換計画においては、第五十六条第三項の申出をした者を除き、施行マンションの区分所有者から施行マンションについて借家権の設定を受けている者(その者が更に借家権を設定しているときは、その借家権の設定を受けている者)に対しては、第一項の規定により当該施行マンションの区分所有者に与えられることとなる施行再建マンションの部分について、借家権が与えられるように定めなければならない。ただし、施行マンションの区分所有者が第五十六条第一項の申出をしたときは、前項の規定により施行者に帰属することとなる施行再建マンションの部分について、借家権が与えられるように定めなければならない。

(認可の基準)

第六十五条  都道府県知事等は、第五十七条第一項後段の規定による認可の申請があった場合において、次の各号のいずれにも該当すると認めるときは、その認可をしなければならない。一  申請手続又は権利変換計画の決定手続若しくは内容が法令に違反するものでないこと。

二  施行マンションに建替え決議等があるときは、当該建替え決議等の内容に適合していること。

三  権利変換計画について区分所有権等以外の権利を有する者の同意を得られないことについて正当な理由があり、かつ、同意を得られない者の権利に関し損害を与えないようにするための措置が適切なものであること。

四  区分所有権等以外の権利を有する者を確知することができないことについて過失がないこと。

五  その他基本方針に照らして適切なものであること。

(占有の継続)

第七十九条  権利変換期日において、第七十一条第一項の規定により失った権利に基づき施行マンションを占有していた者及びその承継人は、次条第一項の規定により施行者が通知した明渡しの期限までは、従前の用法に従い、その占有を継続することができる。第七十条第二項の規定により、権利を失い、又は敷地利用権を設定された者及びその承継人についても、同様とする。

(施行マンション等の明渡し)

第八十条  施行者は、権利変換期日後マンション建替事業に係る工事のため必要があるときは、施行マンション又はその敷地(隣接施行敷地を含む。)を占有している者に対し、期限を定めて、その明渡しを求めることができる。

2  前項の規定による明渡しの期限は、同項の請求をした日の翌日から起算して三十日を経過した後の日でなければならない。

3  第五十八条第三項の規定は、同項の相当の期限を許与された区分所有者に対する第一項の規定による明渡しの期限について準用する。

4  第一項の規定による明渡しの請求があった者は、明渡しの期限までに、施行者に明け渡さなければならない。ただし、第七十五条の補償金の支払を受けるべき者について同条の規定による支払若しくは第七十六条の規定による供託がないとき、第十五条第一項(第三十四条第四項において準用する場合を含む。)若しくは第六十四条第一項(第六十六条において準用する場合を含む。)若しくは区分所有法第六十三条第四項(区分所有法第七十条第四項において準用する場合を含む。)の規定による請求を受けた者について当該請求を行った者による代金の支払若しくは提供がないとき、又は第六十四条第三項(第六十六条において準用する場合を含む。)の規定による請求を行った者について当該請求を受けた者による代金の支払若しくは提供がないときは、この限りでない。

借地借家法

(建物賃貸借契約の更新等)

第二十六条  建物の賃貸借について期間の定めがある場合において、当事者が期間の満了の一年前から六月前までの間に相手方に対して更新をしない旨の通知又は条件を変更しなければ更新をしない旨の通知をしなかったときは、従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなす。ただし、その期間は、定めがないものとする。

2  前項の通知をした場合であっても、建物の賃貸借の期間が満了した後建物の賃借人が使用を継続する場合において、建物の賃貸人が遅滞なく異議を述べなかったときも、同項と同様とする。

3  建物の転貸借がされている場合においては、建物の転借人がする建物の使用の継続を建物の賃借人がする建物の使用の継続とみなして、建物の賃借人と賃貸人との間について前項の規定を適用する。

(解約による建物賃貸借の終了)

第二十七条  建物の賃貸人が賃貸借の解約の申入れをした場合においては、建物の賃貸借は、解約の申入れの日から六月を経過することによって終了する。

2  前条第二項及び第三項の規定は、建物の賃貸借が解約の申入れによって終了した場合に準用する。

(建物賃貸借契約の更新拒絶等の要件)

第二十八条  建物の賃貸人による第二十六条第一項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。