緊急措置入院の解除に向けた対策
行政|緊急措置入院の要件と解除のための活動|措置入院となった場合の不服申し立てと取消訴訟
目次
質問
私には中学二年生になる一人息子がいます。ただ精神的に幼いところがあり、アニメやネットサーフィンが好きです。引きこもり気味で学校を休むことも多いです。
ある日気分転換に散歩に行くとのことで外出し、なかなか戻ってこないので保護願いを出したところ、無事一人で帰ってきました。警察が確認に来たところ、本人が興奮してしまい、アニメの影響だと思うのですが「俺は二重人格だ。別の人格が出ていた。警察にも何をするか分からないぞ。」と咄嗟の言葉を話しました。この発言に警察の人が驚き、「危険性があるのでとりあえず入院してください。」と言われ、警察署まで連れて行かれました。
その後はとんとん拍子に警察署から病院に行ったのですが、危険性がないこと経緯を話したにもかかわらず緊急措置入院となってしまいました。息子はこのように幼いところがありますが、暴れたりすること病気ではありません。
今後息子はどうなってしまうのでしょうか。何とか措置入院を解除することはできないのでしょうか。
回答
1 息子さんは緊急措置入院の手続がとられてしまったとのことで、強制的に72時間入院させられ、その間に処分権限者である都道府県知事が通常の「措置入院」をとるかの判断をすることになります。
2 今後そのまま措置入院へ移行してしまう可能性が高いので、判断が出る前の段階で、都道府県知事に対して、措置入院をしないように上申することが考えられます。それにもかかわらず措置入院となってしまった場合には、措置入院の解除を上申する方法があります。
3 その他、措置入院というこうした行政処分に対する不服申立としての審査請求を申し立てる方法が有効といえます。また、最終的な手段としては措置入院の処分に対する取消訴訟を提起することも考えられますが、事案の性質上、措置入院の処分がなされないようにするそれ以前の活動で最善を尽くすべきです。お近くの弁護士事務所に早急に相談されることをお勧めします。
4 その他本件に関連する事例集はこちらをご覧ください。
解説
第1 緊急措置入院について
1 まず本件は緊急措置入院がとられているということですが、緊急措置入院とは都道府県知事が、措置入院の要件を満たすと判断した者に対して、緊急のため措置入院の手続きをとることができない場合に指定医一人の判断で精神障害やその疑いがある者に対して急速を要する場合で自傷他害のおそれが著しいと認めたときに、強制的に入院させることができる手続です(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下、単に「法」といいます。)第29条の2第1項)。
こうした緊急措置入院は、措置入院をさせるかを判断させるためのまさに「緊急」のための制度であり、後述する通常の措置入院と比べるとさらに人権に対する侵害のおそれが高い手続といえます。すなわち、通常の措置入院の手続においては、①都道府県知事が指定した2名以上の指定医が診察すること、②診察に都道府県等の職員が立ち会うこと(法27条3項)、③家族等の「本人の保護の任に当たっている者」に通知をすること(立会いも可、法28条)が要求されています。
しかし、都道府県知事が措置入院の要件に該当する(またはその疑いのある)者について、急を要する場合には上記の手続を経なくとも指定医一人の診察の結果、精神障害者で自傷他害のおそれが「著しい」と診察することを要件に強制的に緊急措置入院をさせることができる建前になっているのです(法29条の2第1項)。これを受けて、厚生労働省が告示している「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第28条の2の規定に基づき厚生労働大臣が定める基準 」内においても緊急措置入院ができる場合を「診察を実施した者について、第1の表に示した病状又は状態像により、自傷行為又は他害行為を引き起こすおそれが著しいと認めた場合」と限定的に定めています。なお、かかる緊急措置入院は72時間という時間制限があり、都道府県知事はその間に通常の措置入院をとるかの決定をすることになります(法29条の2第2項、3項)。
このように特に緊急措置入院においては、本人及び保護者に対する手続保障が十分でないことから、厳格な要件が定められているにもかかわらず、現実においてはやはり緩やかに運用されてしまっているようです。特に、本件では息子さんが確認した警察の面前で興奮のあまり二重人格を疑わせるような発言をしてしまったことが大きく、指定医も警察官の言い分に沿った診断をしてしまった可能性が高いといわざるを得ないのです。(事前に捜査機関が、指定医と面会して要件に該当する証拠等資料を交付する手続きになっています。)
2 では、そもそも措置入院がとられてしまうのはどういった場合なのでしょうか。ここで、措置入院とは、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(以下、単に「法」といいます。)第29条で定められている制度で、都道府県知事の判断で、医師2名以上の診察を受けた者が精神障害者であり、かつ、医療及び保護のために入院させなければその精神障害のために自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれ(自傷他害のおそれ)があるときに、精神科病院や指定病院に強制的に入院させることをいいます。
かかる措置入院の要件は①「精神障害者」でありかつ②「自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれ」があることです(法29条1項)。このうち、②の自傷他害のおそれの有無が一番のポイントになってきます。一般的に、処置入院は、刑事手続よりも簡単に身柄を拘束しますので、人身の自由(憲法18条、31条乃至40条)という観点から実害(例えば傷害、暴行の結果)が発生しているか、発生していると同程度の事態(未遂程度)が必要になるものと思われます。さらに、同種の前科前歴、行動等が求められるでしょう。手続的には警察官等が入院させなければ自傷他害のおそれがある精神障害者を発見した場合、保健所長を経由して都道府県知事へ連絡することになります。
通報・申請についても条文で定められており、以下のとおりです。
①一般人による通報(法22条1項)
②通報義務者
ア 警察官(警察官職務執行法により保護した場合、法23条)
イ 検察官(精神障害者又はその疑いで不起訴処分にした場合、法24条1項)
ウ 保護観察所長・矯正施設所長(法25条、26条)③精神科病院管理者の届出義務(措置入院以外の患者から退院請求があり、その患者が前記の要件に該当すると認められる場合、法26条の2)
以上の通報に基づき、都道府県知事は措置入院の必要性について、指定した2名以上の精神保健指定医の診断の結果が一致した場合は、厚生労働大臣の定める基準にしたがって、国または都道府県立病院及び指定病院へ、行政処分としての措置入院をさせることができることになります。そして、措置入院の場合は知事名での書面「措置入院の決定のお知らせ」によって告知されることになります。
なお、自傷他害の判断については法28条の2において厚生労働大臣の定める基準にしたがって判定を行わなければならないとされており、上記厚生労働大臣が定める基準とは、前述した「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第28条の2の規定に基づき厚生労働大臣が定める基準 」が厚生労働省告示として定めています。
かかる基準によれば、まず自傷他害については「自殺企図等、自己の生命、身体を害する行為(以下「自傷行為」という。)又は殺人、傷害、暴行、性的問題行動、侮辱、器物破損、強盗、恐喝、窃盗、詐欺、放火、弄火等他の者の生命、身体、貞操、名誉、財産等又は社会的法益等に害を及ぼす行為(以下「他害行為」といい、原則として刑罰法令に触れる程度の行為をいう。)を引き起こすおそれがあると認めた場合」のことをいうとされています。すなわちほとんどの粗暴行為が対象となります。
さらに、上記が「精神障害のため」といえるために表で病状や上記のおそれの認定事項が定められているのです。本件の息子さんのようなケースにおいては興奮の上、二重人格を疑わせるような発言を咄嗟にしてしまっていることから、たとえば「精神運動興奮状態」に該当する場合には、「欲動や意思の昂進又は抑制の減弱がみられ、これに思考の滅裂傾向を伴うことがしばしばあることから、このような病状又は状態像にある精神障害者は、多動興奮状態に陥りやすい結果、突発的に自傷行為又は他害行為を行うことがある。精神分裂病圏、中毒性精神障害、躁うつ病圏、心因性精神障害、症状性又は器質性精神障害等」という規定に該当すると判断されてしまう可能性が高いと思われます。特に本件では、要件が厳格であるはずの緊急措置入院においてすら認められてしまっている状況ですから、何も争わなければそのまま措置入院に移行してしまう可能性が極めて高いでしょう。
第2 緊急措置入院を争う方法
1 都道府県知事に対する措置入院回避の働きかけ
現在は緊急措置入院を受けている段階であるところ、前述のように都道府県知事は72時間の時間制限の間に通常の措置入院をとるかの決定をすることになります。緊急措置入院の手続き自体を違法なものとして争い、直ちに退院させるよう要求することが第一ですが、時間的な制約もあり現実的にはそうであるとすれば、まず知事に対して、措置入院の要件を満たさないとして、緊急措置入院後に措置入院をとらないよう上申することが考えられます。
具体的な主張内容としては、やはりそもそも息子さんは措置入院のための要件を満たさないことを詳細に主張すべきでしょう。特に問題となっている二重人格を疑わせるような発言については思春期特有の性質であることがうかがえ、その点を警察官が良く確認することすらせず通報に及んでいる疑いがあります。ましてや緊急措置入院の場合には自傷他害について「著しい」おそれが必要なのですから、こうした言葉の一端のみ捉えて厳格な要件を満たすとはいえないことを主張していくことになります。本件では、前科前歴等もないのであれば実害が発生しておらず要件を満たさないように思われます。
また、措置入院の要件となる指定医の診察の際、保護者あるいは弁護士の立ち会いを求め、措置入院の要件である、精神障害者ではないこと、また危険性がないことを説明する必要があります。ご本人は中学2年生ですし、また精神的に未成熟ということですから自ら措置入院の必要がないことを説明することは困難です。保護者や弁護士が立ち会って、措置入いの必要がないことを詳細に説明する必要があります。このように、精神学的観点のみならず、社会的・法的観点も踏まえた専門的な主張が必要であり、時間の制限もあることから弁護士に依頼するなど早急な対応が必要となります。
2 措置入院の解除
上記の活動が功を奏さず措置入院の決定が出た場合の退院の方法としては「措置入院の解除」という手続きがありますは存在します。すなわち、都道府県知事は、措置入院者について入院を継続しなくても自傷他害のおそれがないと認めるに至ったときは、直ちにその者を退院させなければならないとされています(法29条の4第1項本文)。ただし、措置入院の解除について申立権等があるわけではないため、解除するか否かについての意見を聞くとされている精神科病院又は指定病院の管理者(法29条の4第1項ただし書)に対して、解除措置をするよう働きかけてこれを促すことになると思われます。意見書を作成し、日頃の行動、前科前歴等詳細に説明することが必要です。
3 不服申立について
以上の法に基づく解除も認められない場合には解除とは別に、都道府県知事が下した(緊急)措置入院に対して、不服申立をすることが考えられます。すなわち、行政不服審査法(以下、「行服法」といいます。)2条によれば、「行政庁の処分に不服のある者は、・・・審査請求をすることができる。」と定めています。不服申立の対象となる「処分」については「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」(行服法1条2項)と定義されており、措置入院のような事実上の行為も含まれます(なお措置入院が「処分」であることを前提とした裁判例として鹿児島地判昭和54年10月26日があります。)。
ところで、行政不服審査法は平成26年(2014年)に全部改正されており、改正前にあった「異議申立て」については廃止され不服申立類型が「審査請求」に一元化されています。したがって、現在においては措置入院に対する不服申立は、処分庁である都道府県知事に対して「審査請求」をすることになります(この点について弊所の参考事例集1418の記載が古くなっており、訂正します。)。また、申立てが可能な主観的審査請求期間は「処分があったことを知った日の翌日から起算して三月」(行服法18条1項)となりました(改正前はこの期間が60日でしたので、この点の権利保護については厚くなったといえます。)。
その他、改正行政不服審査法においては新たに審理員の制度及び行政不服審査会等への諮問の制度が設けられました。審理員は処分に関与した職員を除く職員に不服申立の審理を主宰させる制度で、処分に関与した職員が審理にかかわることを可能としていた改正前に比べて公正性の確保が図られているといえます。また、行政不服審査会は、諮問を不要とする例外的事由に該当する場合を除き、審査庁から諮問を受け答申する機関であり、審理員・審査庁が行う一次的判断に対する二次的判断をすることになります。この制度も申立人の権利利益保護に資する新たな制度といえます。
改正前においては、簡易迅速の要請から不服申立てについての手続が形骸化している面も否定できませんでした。しかし、法改正がされ上記のような手続面での審理の充実化からは、後述するような取消訴訟のような抗告訴訟提起の前に、弁護士を入れて審査請求を申し立てることにより、実質的に都道府県知事に再考を促すことも十分に有効な手段といいうるでしょう(申立て費用がかからないのもメリットといえます)。
審査請求の審理は原則として書面中心主義です。そして、審査請求の審理の対象は当該処分の違法不当一般であり、前記1で述べたような本件息子さんが措置入院の要件にそもそも該当しないことを詳細に書面で主張しつつ、口頭意見陳述の機会(行服法31条1項)も求めていくことになるでしょう。
4 取消訴訟について
3までの手段が奏功しない場合には、最終的には抗告訴訟としての取消訴訟を提起することになります(行政事件訴訟法3条2項)。この場合措置入院は同条項の「処分」にあたることを前提とした前掲鹿児島地判昭和54年10月26日の裁判例がありますので、訴訟要件が争いになることはないと考えられます。
取消訴訟の場合は訴訟ですので、裁判所に判断してもらえるという点でもっとも公正性・手続保障に優れた手続とはいえます。しかし、やはり裁判費用がかかるということと審理に時間がかかること、行政処分については裁量権の逸脱があって初めて取り消しが認められること点から、特に本件のような急を要する場合には、それ以前、すなわち措置入院の処分が出前の段階で主張を尽くし、措置入院を阻止する解除してもらう必要があるでしょう。一刻も早くお近くの弁護士への相談をお勧めします。
以上