新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1680、2016/04/15 12:33 https://www.shinginza.com/yakuzaishi.htm

【行政、看護師の行政処分】

長期間経過後の行政処分事案報告依頼について


質問:
 私は現在,ある病院の看護師長をしています。約10年前に大麻を所持し刑事裁判を受け,前科前歴もなかったことから懲役1年、執行猶予3年に付されました。その後は,心を入れ替え,看護の仕事にまい進し、現在の地位に就くことができました。もちろん刑事裁判となったことはありません。
 しかし,つい先日関係庁から行政処分の対象となりうるとして必要書類の提出を求める依頼が来ました。行政処分については判決が出た当時チラッと話は聞いていましたが,その後10年間連絡がなく今更になってこのような通知が来るなんて青天の霹靂です。処分を何とか回避することはできないものでしょうか。



回答:
1 看護師の行政処分については、保健師助産師看護師法第14条に規定があり、「罰金以上の刑に処せられた者」については、労働大臣が戒告、3年以内の業務停止、あるいは免許取り消し、という行政処分をすることができることになっています。あなたは、懲役1年の刑に処せられたということですから罰金以上の刑に処せられたとして行政処分の対象となります。
  しかし、刑の執行猶予の言渡しを取り消されることなく猶予の期間を経過したということですから、刑法27条で「刑の言渡しは,効力を失う。」ことになり、「罰金以上の刑に処せられた者」には該当しないと考えることができます。

2 但し、保健師助産師看護師法第14条は「罰金以上の刑に処せられた者」のほかに、「看護師としての品位を損するような行為のあつたとき」も行政処分の対象となる旨規定していますので、この要件に該当しないか検討する必要があります。
  対象となる行為について、法律上は時効の規定はありませんから何年たったら処分の対象とはならない、という決まりはありません。しかし、無制限に処分の対象となるとするのは疑問です。この点は具体的な行為を検討し、長期間経過したことにより行政処分の対象とはならない場合もあると考えられます。

3 ご相談では「先日関係庁から行政処分の対象となりうるとして必要書類の提出を求める依頼が来ました」ということですが、関係庁も行為の時点からかなり時間がたっていることから、そもそも行政処分の対象となるかいなか疑問を持っていると推測されます。あなたとすれば、関係庁に依頼の趣旨を確認し、そもそも10年前の事件であり、行政処分の対象とはならない旨の主張をする必要があります。行政処分手続は刑事裁判手続きとは異なりますが、内容によっては、刑事処分以上の不利益を受ける可能性があるので行政処分手続きにも迅速な裁判(憲法37条)の趣旨は類推されるべきでしょう。
 いずれにしても,法的な観点からの丁寧な主張が必須であり,行政処分の対象となるか否か予断を許さない状況にあることは間違いありませんので,すぐに経験のある法律事務所に相談されることをお勧めします。

4 行政処分関連事例集 1634番1614番1540番1538番1500番1489番1485番1411番1343番1325番1303番1288番1245番1241番1144番1085番1102番1079番1042番1034番869番735番653番551番313番266番246番211番48番 参照。


解説:

第1 保健師助産師看護師法に基づく行政処分について

 1 保健師助産師看護師法(以下,単に「法」といいます。)14条は,「保健師,助産師若しくは看護師が第九条各号のいずれかに該当するに至つたとき,又は保健師,助産師若しくは看護師としての品位を損するような行為のあつたときは,厚生労働大臣は,次に掲げる処分をすることができる。」と定め,その行政処分の内容として具体的に各号で「一  戒告 ,二  三年以内の業務の停止,三  免許の取消し」という三種類を定めています。

   そして,行政処分の具体的な手続の流れについては,法15条以下で定められています。内容について噛み砕いて説明すると,免許の取消,業務停止,戒告の場合には,処分権者である厚生労働大臣は医道審議会の意見を聞かなければならないとされています。実際には医道審議会保健師助産師看護師分科会看護倫理部会に諮問し,処分内容の答申を受けて行われます。厚生労働大臣は都道府県知事に対して,免許の取消の場合には該当者から意見の聴取,業務停止ないし戒告の場合は弁明の聴取を行うように依頼します。看護倫理部会では以上の手続を踏まえ,資料を参考にして審議されることになります。

   あなたは現在、この医道審議会保健師助産師看護師分科会看護倫理部会から必要書類の提出を求められている段階です。看護師の刑事処分に関しては、検察庁から厚生労働省に刑事処分に関して逐次連絡するという体制にはなっていませんので、何時処分に関して事実関係の問い合わせが対象者にあるのか不明で、数年たってから来ることもあり得ます。しかし、執行猶予期間も経過して更に行為の時から10年もたっているということは希有な事例と言えるでしょう。しかし、必要書類の提出を求められているということは、行政処分の対象としての事実関係の調査を受けていると考えられます。従って、行政処分を受けない、あるいは処分を軽くするためには適正な回答をする必要があります。

 2 ここで,万が一処分の対象となってしまった場合に,どのような処分が下されるかについて、先に知っておく必要があります。条文上は先ほど指摘した法14条で三種類の「処分をすることができる」とされており,厚生労働大臣に広い裁量が認められているように読めます。

   もっとも,実質的な判断をしている医道審議会保健師助産師看護師分科会看護倫理部会では,「保健師助産師看護師の行政処分の考え方」をまとめ,総括的に行政処分の考え方を示した後,全部で8項目の看護職員に比較的多い罪の考え方を示しています。項目を列記すると以下のとおりです。

(1)身分法違反
(2)麻薬及び向精神薬取締法違反,覚せい剤取締法違反及び大麻取締法違反
(3)殺人及び障害
(4)業務上過失致死傷(医療過誤)
(5)業務上過失致死傷(交通事犯)
(6)危険運転致死傷
(7)わいせつ行為等(性犯罪)
(8)詐欺・窃盗

   本件で,あなたはA大麻取締法違反について処分の対象となり得るとされているので,特に個別に行政処分の考え方が示されています。すなわち,「保健師助産師看護師の行政処分の考え方」によれば,「麻薬等の違法行為に対する司法処分は基本的には懲役刑(情状により懲役及び罰金)であり,その裁量は,不法譲渡,不法所持した麻薬等の量,施用期間の長さ等を勘案して決定されている。累犯者についても重い処分となっている。行政処分に当たっては,麻薬等の害の大きさを十分認識している看護師等が違法行為を行ったこと,麻薬等を施用して看護業務を行った場合には患者の安全性が脅かされること,さらに,他の不特定の者への犯罪が伝播する危険があること等を重くみるべきである。」とされています。

   こうした定めからすれば,こうした薬物事犯では人の命を預かる立場にある看護師が違法な薬物に手を染めること自体重く考えられているといえます。したがって,行政処分の対象となった場合には上記の考え方にしたがって,相応の処分が下されることになるでしょう。こうした処分が下された後に,前記の裁量の逸脱濫用を取り消し訴訟で争うといった手段もないわけではありませんが,判例の傾向から見ても裁量処分について権限の逸脱濫用を訴訟で認められることは稀であり取り消すのは難しいのが現状です。

   特に本件では、執行猶予期間を経過していること、また10年以上前の行為であることから,本件ではあなたは特殊な立場にあるわけで,処分が下される前にあらかじめ具体的な行動をすべきです。以下詳述します。

第2 書類提出に対する対応(具体的な争い方)

1 本件であなたに特殊な状況は刑の執行猶予期間が経過し,それのみでは なく10年間もの間何も処分がされずにいたにもかかわらず,突然行政処分の対象とされうることになったという点です。

   刑の執行猶予の言渡しを受けた者が,さらに犯罪を犯すなどにより刑の執行猶予の取消をされることなく猶予の期間が満了したときには,刑の言渡しは効力を失うとされています(刑法27条)。これは将来に向かって刑の言渡しの効力が消滅することを意味し,たとえば執行猶予との関係においては「前に禁固以上の刑に処せられたことがない者」(刑法25条1項1号)にあたることとなり,再度の執行猶予が許されることになります。もっとも,刑の言渡しがあった事実までが消滅するわけではないとされ,執行猶予確定判決があったことを後の量刑において考慮することは許されるし,既に発生した法律効果の効力にも影響を及ぼさないとされます。

 2 それでは,こうした執行猶予期間の経過が本件にも影響するといえるでしょうか。刑の消滅の効果はすでに述べたように将来に向かって効果を失わせるものです。刑の言い渡し自体の効力が将来的に失われるということです。そうであるとすれば,行政処分をする時点では、あなたは保健師助産師看護師法14条の前提となる法9条1号の「罰金以上の刑に処せられた者」には条文上あたらないということになります。これについて,法律が異なる場合には定められている言葉が同じであっても,法の趣旨に照らして違う解釈を行う必要がある場合もあります。

   保健師助産師看護師法の趣旨目的は「保健師,助産師及び看護師の資質を向上し,もつて医療及び公衆衛生の普及向上を図ることを目的とする」(法1条)ことにあります。かかる趣旨に照らして,執行猶予期間中であればその資質に疑いがあるということはできるかもしれませんが,猶予期間を経過することにより,少なくとも品行が保たれたことを意味し,それにより将来に向かって刑の言渡しも効力を失うのであり,資質が損なわれたことにはならないといえるでしょう。

   よって,本件でも,刑の言渡しは効力が失われており,保健師助産師看護師法上も「罰金以上の刑に処せられた者」(法9条1号)には該当しないので,「第9条各号のいずれかに該当するに至つたとき」(法14条1項柱書)とはいえないので,そもそも処分権発動の前提としての要件を満たさないことを主張するべきです。

3 以上のような主張については確定的な判例等は存在しませんが,十分に取りうる解釈ですし,少なくとも字義通りに解釈すればこのような主張が通ることは十分あるといえるでしょう。一方,こうした主張のみで全く処分がされなくなるかというと法14条は別に「保健師,助産師若しくは看護師としての品位を害するような行為のあつたとき」にも処分をすることができるという定め方をしています。そのような行為が所部の対象となる訳ですから,この処分の要件に関しても万全を期してフォローすることが重要です。

  そこで,(1)まずこの「品位を害する」という文言自体が解釈がいくらでもでき,明確性がなくこの文言のみで処分をすること自体慎重であるべきこと,(2)刑の言渡しがあった事実自体が失われるわけではないとしても,その期間が経過しており,刑に処されたことがないことになるにもかかわらず「品位を害する」ということはできないことを主張することが考えられます。

4 さらに,本件の特殊事情から適正手続の観点からも処分対象とすることには疑問があることを主張することも考えられます。すなわち,刑の言い渡しから10年以上も経過しており,現にあなたは熱心に看護師業にまい進し,その結果婦長に就任するまでになっており,その地位を危うくするような処分をすること自体が裁量権の逸脱濫用にあたりうること,また,必要書類の提出を求めるとのことですが,刑事記録には保管期間が定められており,5年未満の懲役の場合には5年とされています(刑事確定訴訟記録法2条2項,別表二1(5))。そうであるとすれば,仮にあなたが処分の対象となった場合に,当時の刑事訴訟記録を確認することもできず,十分に意見弁明の準備をすることもできないことになります。こうした状況では意見弁明の機会における処分対象者の権利利益の保護という趣旨が果たされず,適正手続の観点からも処分がされた場合の違法性を基礎付けることになるでしょう。

第3 まとめ

   以上みてきたように,本件ではあなたは刑の執行猶予期間が経過しており,実体法上刑の言渡しの効果が消滅しており,「罰金以上の刑に処せられた者」(法9条1号)には該当しないので,「第9条各号のいずれかに該当するに至つたとき」(法14条1項柱書)とはいえないと主張することができます。また,文言の不明確性,刑の言渡しの消滅との均衡から「保健師,助産師若しくは看護師としての品位を害するような行為のあつたとき」にもあたらないとして,要件該当性がないことを書類提出以前に主張すべきです。

   加えて,本件が事件から10年も経過しており,既に問題なく看護師としての地位も得ており,それを覆すことは法の趣旨にかえって反することになることや,刑事記録等の取得も困難な状況では実質的な防御の機会を得ることができず適正手続の観点から問題があることを併せて主張することで,そもそも行政処分の対象から外れることができる可能性は十分にあるといえます。

   したがって,刑事の判決を受けたことがあるとはいえ,以上述べてきたような主張を丁寧に実践すれば,行政処分の対象となることを避け,現在の地位を維持することは実現不可能とはいえないでしょう。あなたは事案調査の対象者自身ですから、あなた自身が行政庁に対して回答すると、回答内容が調査資料とされてしまい、回答時の言動により不慮の結果を招いてしまう危険もありますので、代理人弁護士など第三者経由で回答された方が良いでしょう。いずれにせよ,前述したように書類の提出を求められている段階で予断を許さない状況にあることは間違いありませんので,早急に経験のある弁護士事務所に相談されることをお勧めします。


<参照条文>

刑法
第27条(猶予期間経過の効果)
刑の執行猶予の言渡しを取り消されることなく猶予の期間を経過したときは,刑の言渡しは,効力を失う。

保健師助産師看護師法
第1条  この法律は,保健師,助産師及び看護師の資質を向上し,もつて医療及び公衆衛生の普及向上を図ることを目的とする。
第9条  次の各号のいずれかに該当する者には,前二条の規定による免許(以下「免許」という。)を与えないことがある。
一  罰金以上の刑に処せられた者
二  前号に該当する者を除くほか,保健師,助産師,看護師又は准看護師の業務に関し犯罪又は不正の行為があつた者
三  心身の障害により保健師,助産師,看護師又は准看護師の業務を適正に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの
四  麻薬,大麻又はあへんの中毒者
第14条  保健師,助産師若しくは看護師が第九条各号のいずれかに該当するに至つたとき,又は保健師,助産師若しくは看護師としての品位を損するような行為のあつたときは,厚生労働大臣は,次に掲げる処分をすることができる。
一  戒告
二  三年以内の業務の停止
三  免許の取消し
第15条  厚生労働大臣は,前条第一項又は第三項に規定する処分をしようとするときは,あらかじめ医道審議会の意見を聴かなければならない。
9  厚生労働大臣は,前条第一項の規定による業務の停止の命令をしようとするときは,都道府県知事に対し,当該処分に係る者に対する弁明の聴取を行うことを求め,当該弁明の聴取をもつて,厚生労働大臣による弁明の機会の付与に代えることができる。
10  前項の規定により弁明の聴取を行う場合において,都道府県知事は,弁明の聴取を行うべき日時までに相当な期間をおいて,当該処分に係る者に対し,次に掲げる事項を書面により通知しなければならない。
一  前条第一項の規定を根拠として当該処分をしようとする旨及びその内容
二  当該処分の原因となる事実
三  弁明の聴取の日時及び場所
11  厚生労働大臣は,第九項に規定する場合のほか,厚生労働大臣による弁明の機会の付与に代えて,医道審議会の委員に,当該処分に係る者に対する弁明の聴取を行わせることができる。この場合においては,前項中「前項」とあるのは「次項」と,「都道府県知事」とあるのは「厚生労働大臣」と読み替えて,同項の規定を適用する。
12  第十項(前項後段の規定により読み替えて適用する場合を含む。)の通知を受けた者は,代理人を出頭させ,かつ,証拠書類又は証拠物を提出することができる。
13  都道府県知事又は医道審議会の委員は,第九項又は第十一項前段の規定により弁明の聴取を行つたときは,聴取書を作り,これを保存するとともに,報告書を作成し,厚生労働大臣に提出しなければならない。この場合において,当該処分の決定についての意見があるときは,当該意見を報告書に記載しなければならない。

刑事確定訴訟記録法
(訴訟の記録の保管)
第2条  刑事被告事件に係る訴訟の記録(犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律 (平成十二年法律第七十五号)第二十条第一項 に規定する和解記録については,その謄本)は,訴訟終結後は,当該被告事件について第一審の裁判をした裁判所に対応する検察庁の検察官(以下「保管検察官」という。)が保管するものとする。
2  前項の規定により保管検察官が保管する記録(以下「保管記録」という。)の保管期間は,別表の上欄に掲げる保管記録の区分に応じ,それぞれ同表の下欄に定めるところによる。
3  保管検察官は,必要があると認めるときは,保管期間を延長することができる。



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