過大な財産分与の要求がある場合
家事|離婚|離婚交渉と財産分与|名古屋高平成18年5月31日決定|東京家裁平成19年8月31日判決|月報61巻5号55頁
目次
質問:
20年近く別居している妻と離婚したいのですが、妻は別居の原因が私の不貞であることを理由に離婚を拒否しており、離婚するなら高額の慰謝料を請求すると言っています。相当の金銭は負担するつもりですが、離婚はできないでしょうか。
事実関係の詳細は次のとおりです。私は、現在56歳、妻は60歳で、成人した子供2人がおります。
妻はヒステリー持ちで,日頃から暴言や暴力がひどく,同棲期間は結婚後5年だけで、別居は20年近くなります。私は常々離婚したいと言ってきましたが,妻は私の不貞行為を理由に,有責配偶者からの離婚請求は簡単に認められないと主張し,これに応じてくれない状況が続いてきました。
ところが,先日,妻の代理人に就任したという弁護士から受任通知が届き,離婚をする場合は扶養的財産分与と慰謝料を請求する,具体的な条件は,(1)現金5400万円の一括支払い,(2)購入価額7800万円のマンション(妻に懇願されて購入した物件で,現在妻の居住場所となっている物件)の妻への所有権移転と残ローン返済,(3)年金分割(0.5)を請求するということが記載されていました。
たしかに私は収入が高い方ですが,私の収入が高額となったのは,妻との別居開始後10年程度経過してからであり,妻との別居開始時点における財産はせいぜい1000万円程度でした。私が現在保有する財産は,妻の協力があって得られたものではありません。また,私は月々60万円という相場からすると十分過ぎる婚姻費用を毎月払い続けてきましたので,妻には相当な貯金があるはずで,生活の困窮とは程遠いと思います。
私の一番の希望は,離婚を成立させることですので,ある程度の経済的負担はやむを得ないと思っています。しかし,妻の要求はあまりに法外だと思いますので,もう少し妥当な条件での合意を目指したいです。
私は今後どうすれば良いでしょうか。
回答:
1. あなたと奥様の別居期間は20年程度にまで及んでいるとのことですから,既に「婚姻を継続し難い重大な事由」(民法770条1項5号)が発生しており,裁判上の離婚原因が存在すると考えて良いでしょう。
これに対し,奥様は有責配偶者からの離婚請求の抗弁を主張してくることが考えられます。奥様があなたの不貞行為を立証できるか否かはさておき,仮にあなたに不貞行為が存在したことを前提としても,判例(最大判昭和62年9月2日民集41巻6号1423頁)の考え方に徴すると,奥様の抗弁は認められない可能性が高いと思われます。
そうすると,仮に離婚訴訟にまで発展した際,あなたの離婚請求が認められる可能性が高いことになります。
2. あなたとしては,離婚訴訟を提起すれば離婚が認められるという前提で交渉を進めるべきでしょう。
すなわち,裁判上の離婚が認められる可能性が高いということになると,あなたは,協議離婚の交渉や離婚調停において奥様の法外な請求を受け入れる必要はなく,いざとなれば財産分与は裁判所の審判に委ね,離婚については審判あるいは訴訟で達成すれば良いことになります。そのため,裁判官が認定するであろう財産分与の額よりも奥様に多少有利な条件を提示して,早期解決を目指すというのが基本的な流れになるでしょう。
奥様としても,調停や訴訟という迂遠な手続を採ったところで,あなたの提示する条件よりも悪い条件になってしまう恐れがありますから,協議離婚に応じてしまった方が良いと考える強い動機付けがあります。
3. 離婚の協議において問題となるのは財産分与、慰謝料、妻の将来の生活保障と言って金銭的な問題となりますが、最終的に,あなたの希望の範囲内で離婚の条件を整えることは十分可能と思われます。
ただし,先方に既に代理人が就いておりますので,あなたも弁護士を通じた交渉を考えるべきでしょう。奥様がマンションに無償で住み続けるとなると,使用貸借契約を締結することになりますが,将来あなたに予期せぬ負担が発生したり思わぬ事態を招いたりしないよう,専門家の観点から万全な契約条項を作成しておく必要がございます。また,離婚公正証書の作成に当たって,先方代理人が作成した条項が知らぬ間にあなたにとって不利な条件となっている可能性もあります。そういった観点からも,弁護士への事前相談、依頼を検討する必要があると思われます。
4. 財産分与に関する関連事例集参照。
解説:
第1 裁判上の離婚原因と有責配偶者からの離婚請求の抗弁
1 はじめに
あなたは,奥様の代理人から高額の財産分与を請求されておりますが,これへの対応を検討するにあたって,あなたが有利な立場にあるかどうかを判断する必要があります。弁護士代理人からの請求であることから、この要求を受け入れざるを得ないのではないかと考える方もおられますが、弁護士が代理人となっていたとしても必ずしも正当あるいは妥当な請求とは限りません。具体的には,離婚訴訟となった場合、あなたが強制的に離婚を実現できる地位にあるか否か、財産分与等の金銭の支払いはどうなるのか、という検討が必須です。
2 裁判上の離婚原因について
離婚訴訟で離婚判決を得るためには,民法770条1項各号に定めた事由のいずれかを満たすことが必要です。各号の内容は以下のとおりです。
一 配偶者に不貞な行為があったとき。
二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
三 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
四 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。
裁判例上,別居期間が5~10年程度存在すれば,既に婚姻関係は破綻しているものとし,5号の事由を満たすと判断される傾向にあるようです。あなたの場合,別居期間が20年にも及んでいることから,基本的には5号の事由を満たすことになります。
3 有責配偶者からの離婚請求の抗弁
実務上,離婚原因を作り出した側(有責配偶者)からの離婚請求は,原則として認められないと考えられています。なぜなら,これを容易に認めてしまうと,離婚をしたければ自分から不貞などの破綻原因を作れば良い,ということになってしまい,正義公平の観念から許されませんし、不貞,暴力その他の理不尽な行為を助長することになりかねないからです。
しかし,だからといって,婚姻関係が破綻してやり直しができないことが明らかであるのに、有責配偶者であるとの一事をもって離婚請求を全て封じてしまうのも不合理です。この点に関しては判例があり,
「有責配偶者からされた離婚請求であっても、夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及び、その間に未成熟の子が存在しない場合には、相手方配偶者が離婚により精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態におかれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情の認められない限り、当該請求は、有責配偶者からの請求であるとの一事をもって許されないとすることはできないものと解するのが相当である。」
との判断が示されているところです(最大判昭和62年9月2日民集41巻6号1423頁)。
あなたの場合,別居期間が20年であり,5年の同居期間との対比において相当長期間に及ぶものといえますし,既に未成熟子もいません。そして,あなたがこれまで十分過ぎる婚姻費用を別居期間中支払い続けてきたことや,奥様は今後年金分割等で最低限の生活レベルは保証されることから,離婚により奥様が精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態におかれるなどとは到底いえず,特段の事情も認められないと考えられます。
したがって,奥様から予想される抗弁は認められない可能性が高いことになります。
4 小括
よって,裁判上の離婚が認められる可能性が高いといえ,あなたは,交渉を進める上で有利な立場にあるということができそうです。
第2 財産分与の条件交渉
1 財産分与の概要
協議上の離婚をした者の一方は,相手方に対して財産の分与を請求することができるとされております(民法768条1項)。
本来,財産分与とは,婚姻生活中に夫婦で協力して築き上げた財産を,離婚の際にそれぞれの貢献度に応じて分配することをいい,これを講学上,清算的財産分与と呼びますが,この他に扶養的財産分与,慰謝料的財産分与という概念もあります。扶養的財産分与とは,離婚をした場合に夫婦の片方が生活に困窮してしまうという事情がある場合に,その生計を補助するという扶養的な目的により財産が分与されることをいい,慰謝料的財産分与とは,慰謝料と財産分与を明確に区別せずにまとめて請求する際の請求のことをいいます。
財産分与の原則的形態である清算的財産分与における分与対象財産確定の基準時は別居時とされており,対象財産は夫婦の共有財産や実質的共有財産(名義は一方に属するが夫婦が協力して取得して得られた財産)に限られ,特有財産(名実ともに一方が所有する財産)は含まれません。
2 扶養的財産分与について
民法は離婚後の扶養を前提としていないため,扶養的財産分与というのは本来の財産分与の概念(清算的財産分与)から外れるものであり,裁判例上も簡単に認められるものではありません。扶養的財産分与を認めた裁判例として,たとえば使用借権の設定を命じた名古屋高決平成18年5月31日月報59巻2号134頁や婚姻費用3年分相当額の支払いを命じた東京家裁平成19年8月31日月報61巻5号55頁等がありますが,清算的財産分与で得られる額が極めて低額で,離婚が成立すると妻側が路頭に迷ったり,罹患している疾病の治療が継続できなくなったりといった重大な不利益が想定される場合が念頭に置かれています。
あなたの場合,奥様はこれまで十分な婚姻費用を貰っており,相当額の貯金があること,また,清算的財産分与として別居開始時の財産を双方半分ずつにすると,500万円程度は獲得できること,年金分割による毎月の最低限の生活費も確保できること等から,審判まで進んだ際に,扶養的財産分与が認められる可能性はそれ程高くないように思われます。
3 慰謝料的財産分与について
あなたの不貞行為を具体的に立証する証拠がなければ審判等で認定されることはありませんが,仮に認定されたとしても,一般的な不貞に伴う慰謝料の相場として300万円前後の金額となるのではないかと予想されます。
4 交渉の進め方
以上を前提にすると,まずは最低限の提案として,別居開始時の共有財産の半額である500万円程度の支払いを提案することになるでしょう。奥様は現在居住しているマンションに離婚後も無償で居住することを希望しているようですが、離婚訴訟において、そのような結論が認められることはありませんから、協議においても,そのまま当然に住み続けて良いとは考えていない旨主張しておくのが望ましいでしょう。
ただし,先方の要求との差があまりにも大きいことから,早期解決を希望される場合は,最終的にはある程度歩み寄りが必要となります。
なお,マンションの使用貸借契約の締結を行う場合は,管理費・修繕積立金の負担はどうするのか,地震や火災で居住できなくなった場合はどうするのか,契約の終了事由はどのように定めるか(再婚の場合は終了とするのか,無断転貸の場合はどうか),奥様が亡くなった際の原状回復はどうするのか等,あらかじめ考えておくべき問題点が多数あります。法律の専門家である弁護士に全て任せてしまうのが安全でしょう。
第3 離婚手続
以下では,協議離婚の場合を念頭に置いて論じます。
条件について折り合いがついた段階で,離婚公正証書の条項案を作成します。離婚届をどちらが出すのか,財産分与はどのように履行するのか(送金か小切手か,離婚届の交付と同時履行にできるか等)をしっかりと明記しておくべきです。
双方で問題ないことが確認できた段階で,最寄りの公証役場に問い合わせ,公証人に公正証書案のチェックを依頼します。その後,公証人から送られてきた最終的な条項案について改めて各当事者が確認し,問題なければ公証役場での調印期日を決めます。期日に調印すると公正証書が完成します。
但し、離婚公正証書ができたからと言って、離婚が成立するわけではありません。あくまで、離婚届出書が役所に提出された時に離婚が成立しますから、離婚届の提出は確実に行うようにする必要があります。公正証書に、協議離婚届出を提出すると定められていたとしても、これを強制することはできません。本来であれば、公正証書を作成時、あるいは財産分与等の支払時に相手方の署名捺印のある離婚届出書を預かって、自分で役所に提出するべきでしょう。相手が、自分で離婚届出をしたいというような場合もありますが、その場合は離婚届出の提出が確実になるよう注意が必要です。
第4 まとめ
以上述べてきたとおり,離婚のための交渉や手続はかなり煩雑で,また専門的な知識も必要とします。弁護士に交渉段階から任せてしまうのが安全です。
たしかに弁護士費用はかかってしまいますが,財産分与等による最終的な経済的負担をなるべく低廉に抑えることができ,結果的にはご自身で進められるよりも有利な形で終わることができます。
以上