新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1686、2016/05/18 12:00 https://www.shinginza.com/qa-hanzai.htm

【刑事、被害届け前の被害者との示談と職場への連絡の可能性、示談と捜査機関の了解】 

被害届け提出前の示談

質問:
 九州地方在住の会社員(26歳)です。昨日、終業後の飲み会の帰り道、ふとした出来心から、とあるアパートの廊下部分に立ち入り、新聞受けから室内を覗き込む、ということをしてしまいました。その部屋のベランダに女性物の衣類が干してあったことから、女性の姿態を期待して覗いていたのですが、その女性の夫と思われる屈強な男性に見つかって取り押さえられ、女性に警察を呼ばれました。警察署では簡単な事情聴取を受けただけで返されたのですが、私自身の職業について聞かれた際、とっさに大学院生と嘘をついてしまいました。実は、私は1年前にも下着窃盗をしてしまい、同じ警察署で取り調べを受けており、調べればその時の記録から、私の嘘は簡単に分かってしまうと思います。下着窃盗の際は、刑事手続は不起訴処分で終了しましたが、職場では停職3月の懲戒処分を受けた上、次に犯罪行為を行った場合は懲戒解雇処分に処されることについて異存ない旨の念書を書かされています。警察から私の身分確認のため、何時職場に連絡され、会社にこの件が知れてしまうのか、とても不安です。



回答:

1.あなたがアパートの室内を新聞受けから覗き込んだ行為は軽犯罪法1条23号のいわゆる窃視罪に、覗き目的でアパートの廊下部分に立ち入った行為は、刑法130条前段の住居侵入罪にそれぞれ該当し、仮に本件が起訴された場合、3年以下の懲役及び拘留・科料の範囲内で刑が量定されることになります(刑法54条1項後段、53条1項本文)。

2.もっとも、侵入したのがアパートの廊下部分にとどまり、室内に立ち入ったわけではないこと、居住者が衣服をつけないでいる場面を実際に目にしたわけではないこと、といった事情の下では、同種事案の前科が多数ある等の特段の事情がない限り、不起訴処分となる可能性が高いものと考えられるため(軽犯罪法4条参照)、刑事処分についてはそれほど心配する必要はないように思われます。

3.しかし、本件が職場の知るところになる可能性という観点から見ると、警察による捜査の一環として、以前の事件の記録を参考に、あなたの職場に問い合わせがなされる危険性が相当程度あるように思われます。警察が捜査開始した場合に必ず作成される身上調書が作成されることなく返されているところを見ると、未だアパート住民から被害届は出されていないものと推測されますが、今後、被害届が提出された場合、警察は過去の事件記録から、事件直後のあなたの身上に関する説明が虚偽であることに容易に気付き、あなたの身上についての裏付け捜査を行うことを検討すると思われます。その過程で、警察が職場関係者に対してあなたの就業関係に関する情報提供を求めることは十分考えられ、事実上、職場にあなたに対する懲戒処分の対象となる非行事実について把握する機会を与えてしまう事態が容易に想像できます。

4.かかる事態を回避するためには、速やかにアパートの住民との間で示談を行い、被害届の提出そのものを回避してしまうことが最も確実でしょう。万が一、被害届提出後であったとしても、示談によって被害届取下げの同意を得ることができれば、警察において当初から遡って被害届の提出がなかったものとして扱い、捜査開始することなく事件終結させるという処理が実務上行われることがあるため、速やかな示談成立により職場連絡等を回避できる可能性も十分見込めます。

5.あなたの不安を解消するためには、直ちに被害者宅に赴いて示談交渉開始するなど、最短での示談成立に向けて活動してくれる弁護士の協力が不可欠と思われます。代理人として示談交渉にあたる弁護士には一刻も早い示談成立に向けた行動力が求められますので、弁護士への依頼にあたっては適任者を吟味して選任されることをお勧めいたします。

6.示談関連事例集1646番1627番1541番1345番1258番1031番595番459番359番258番158番参照。  


解説:

1.(罪名と予想される処分について)

はじめに、あなたの行為により成立する犯罪について確認しておきたいと思います。

(1)窃視罪

あなたがアパートの室内を新聞受けから覗き込んだ行為は軽犯罪法1条23号のいわゆる窃視罪に該当します。

軽犯罪法
第一条  左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。
二十三  正当な理由がなくて人の住居、浴場、更衣場、便所その他人が通常衣服をつけないでいるような場所をひそかにのぞき見た者

本罪は、人が裸でいる可能性のある場所に対するいわゆる「のぞき」行為を禁止することで、個人の秘密を保護して私生活の平穏を確保し、もってプライバシー権(憲法13条の保障する個人の尊厳を維持するために不可欠な重要な権利と位置付けられます。)の保護を図ることを目的としており、あなたが行ったような居室内に対する覗き行為は、まさに本罪の適用が予定されている典型的な場面といえます。

(2)住居侵入罪

あなたが覗き目的でアパートの廊下部分に立ち入った行為は、刑法130条前段の住居侵入罪に該当します。

刑法
第百三十条  正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。

 今回あなたが立ち入ったのは、アパートの区画された部屋それ自体ではなく、集合住宅の共用部分である廊下ということですが、建物共用部分を「人の住居」と捉えるか「人の看守する邸宅」と考えるかは裁判例上判断が分かれるところではありますが、共用部分への「侵入」が住居侵入罪を構成することにつき争いはありません。

 ここでの「侵入」の意義については、本罪の保護法益を自己の管理する住居等への他人の立入りを認めるか否かの自由と捉え、管理権者の意思に反する立入りを意味すると考えるのが判例の立場であり(最判昭和58年4月8日判決)、「管理権者が予め立入り拒否の意思を積極的に明示していない場合であっても、該建造物の性質・使用目的・管理状況・管理権者の態度・立入りの目的などからみて、現に行われた立入り行為を管理権者が容認していないと合理的に判断されるときは、他に犯罪の成立を阻却すべき事情が認められない以上、同条の罪の成立を免れない」とされます。通常、室内の覗き目的でアパートの廊下部分等に立入ることを管理権者が容認するはずはありませんので、あなたの廊下部分への立ち入りが「侵入」にあたることについても問題ないといえます。

(3)両罪の関係

 あなたの行った覗き行為は、その手段としてアパートの廊下部分への侵入を伴っているため、住居侵入罪と窃視罪とは、罪質上、手段と結果の関係にあることになります。このような関係にある犯罪は「牽連犯」として、両罪をまとめて重い方(本件では住居侵入罪)の刑によって処断することとされ(刑法54条1項後段)、一方「拘留又は科料と他の刑とは、併科する。」とされているため(刑法53条1項本文)、仮に本件が起訴された場合、3年以下の懲役及び拘留・科料の範囲内で刑が量定されることになります。

(4)刑事処分の見通し

 もっとも、本件は犯罪事実としては比較的軽微な事案に属するものといえ、警察から事件の送致を受けた検察官としては、本件で刑事訴追まで行う必要性は乏しいとして、不起訴処分とする可能性が高いものと思われます。特に軽犯罪法は、国民の道徳心、社会的倫理を向上させるとともに、悪質重大犯罪を未然に防止することを目的として、社会一般の常識や道徳に反するような行為(社会的非難の度合いが比較的軽微な行為)に対して敢えて刑罰で臨んでいるものであることから、その解釈、適用にあたっては、国民の権利、自由が不当に侵害されることのないよう慎重な姿勢で臨むこととされており(軽犯罪法4条)、よほど悪い情状がない限り不起訴処分とされるのが通例となっています。

 本件で言うと、侵入したのがアパートの廊下部分にとどまり、室内に立ち入ったわけではないこと、居住者が衣服をつけないでいる場面を実際に目にしたわけではないこと、といった事情の下では、同種事案の前科が多数ある等の特段の事情がない限り、不起訴処分となる可能性が高いものと考えられます。したがって、刑事処分との関係でいえば、本件が起訴され、前科が付くことについては、それほど心配する必要はないように思われます。

2.(警察による職場連絡の可能性)

 しかし、本件が職場の知るところになる可能性という観点から見ると、警察による捜査の一環として、以前の事件の記録を参考に、あなたの職場に問い合わせがなされる危険性が相当程度あるように思われます。

 まず、本件についての警察の捜査状況についてですが、特に供述調書等を作成することなく、厳重注意のみで返されたというところを見ると、その時点では未だ被害届が提出されていなかったものと推測されます。法律上、捜査機関は被害届の提出の有無にかかわらず捜査開始できることになってはいますが(刑事訴訟法189条2項参照)、特に軽犯罪法違反のような軽微事案の場合、実務上は捜査の開始にあたって被害者に被害届を提出させることが通例となっています。警察が捜査を開始した場合、被疑者の身上に関する調書を必ず作成するため、それが作成されることなく事情聴取が終了したということは、未だ警察が捜査を開始していない状態である可能性が高いと考えられるのです。

 被害届が提出されておらず、捜査が開始していない状態であることを前提とすれば、このまま被害届の提出が行われなかった場合、警察が自発的に捜査開始することは現実的には考え難く、あなたの身上についての捜査が進行することも考え難いといえるでしょう。しかし、もし覗きの被害を受けたアパートの住民が被害届の提出を行った場合(事件が軽微な場合捜査機関が事件発生後被害届け提出を説得しに行くことはよくあることです。又、被害者が捜査協力に時間が取られることを回避するため一時的に被害届けを出さない場合がありますので安心できません。)、警察は過去の事件記録から、事件直後のあなたの身上に関する説明が内容虚偽であることに容易に気付き、あなたの身上についての裏付け捜査を行うことを検討するでしょう。その過程で、警察が職場関係者に対してあなたの就業関係に関する情報提供を求めることは十分考えられ、事実上、職場にあなたに対する懲戒処分の対象となる非行事実について把握する機会を与えてしまう事態が容易に想像できます。

 あなたは、以前にも下着窃盗の事件を起こしたことで停職3月の懲戒処分を受けているということですが、僅か1年後に再度刑事事件を起こしたとなると、懲戒解雇や諭旨解雇等の重大な処分を受ける可能性が高いといえ、ましてや、次に犯罪行為を行った場合は懲戒解雇処分に処されることについて異存ない旨の念書を会社に書かされ提出しているということですから、会社としては懲戒解雇処分とする可能性が極めて高いと言といえます。ています仮に解雇処分を免れたとしても、実際上職場に居づらくなり、自主的に退職せざるを得なくなるような事態も考えられるところです。本件は刑事事件としては比較的軽微な事案であるということができても、警察が本件について捜査を開始するか否かは、前科が付くか否か以上にあなたの今後の生活に重大な影響を及ぼす危険性がある、ということが言えると思います。

3.(職場連絡を回避するための対応)

 上記のような、何時被害届が提出されて捜査が開始され、職場連絡がされるかどうか分からない不安定な状態を回避するためには、速やかにアパートの住民との間で示談を行い、被害届の提出そのものを回避してしまうことが最も確実でしょう。未だ被害届が提出されていないということは、裏を返せば、アパート住民が本件を刑事事件にするかどうか検討中である可能性があります。そこで、被害届が提出されるよりも前に被害届不提出の内容を含む示談を成立させ、示談関係書類を警察に提出する等の対応ができれば、警察による捜査そのものを回避できる(すなわち、警察があなたの身上関係について捜査する必要がなくなる)ことになります。

 万が一、被害届提出後であったとしても、示談によって被害届取下げの同意を得ることができれば、警察において当初から遡って被害届の提出がなかったものとして扱い、捜査開始することなく事件終結させるという処理が実務上行われることがあるため、速やかな示談成立により職場連絡等を回避できる可能性も十分残されているといえます。

 ところで、本件のような刑事事件としては軽微な事案にありがちですが、刑事手続が開始することに対する不安を訴える相談者に対して、「軽微事案で示談せずとも不起訴処分が見込まれるので、弁護活動としてできることはない。」、あるいは、「実際に被害届が出されて、刑事事件になってから相談しにきて下さい。」といった対応をする弁護士がいるように思われます。しかし、何もせずにいたところで、何時職場に本件が知れるか分からない不安定な状態が解消されるわけもなく、むしろ時間の経過に伴い、被害届が提出され、実際に警察が捜査開始する危険性を増大させるだけであり、このような弁護士の対応は、相談者の抱く不安の本質から目を逸らすものであって、不相当な対応と言わざるを得ないでしょう。

 また、本件の場合、最短での示談成立を目指すのであれば、代理人の弁護士において、直ちに覗きの被害に遭ったアパートに直接出向き、住民に謝罪と被害弁償の提案を行い、交渉開始すべきことになりますが、どうも直接被害者宅に赴くことに抵抗感を持つ弁護士もいるようです。通常の刑事事件の場合、被害者の連絡先等の情報が不明であることが多く、弁護人は捜査機関を通じて被害者の同意を得た上で連絡先情報の開示を受けることが多いため、捜査機関による被害者への意思確認を待たずに被害者に接触することに対して躊躇する気持ちがあるのかもしれません。しかし、警察に被害住民との連絡の仲介を依頼したところで、警察が必ずしも示談に協力的であるとは限らないですし、最短での解決のために必要なことを考えれば、代理人弁護士としてとるべき行動は自ずと明らであるはずです。

 他稿でも度々指摘しているところではありますが、そもそも刑事事件の加害者は被害者に対して民事上の損害賠償義務を負っており(民法709条)、速やかに履行すべき立場にあります。弁護士が加害者の代理人として被害弁償申入れのために早期に被害者との接触を試みることは、正にかかる民事上の責任を全うしようとする行動に他ならず、法的にも道義的にも何ら責められるべきことではありませんし、むしろ人道に沿った行動といえます。もちろん、かかる民事上の責任を果たすにあたって、前もって警察による被害者への意思確認を経なければならない合理的理由も見出せません。代理人として示談交渉にあたる弁護士には、一刻も早い示談成立に向けた行動力が求められます。

 あなたの不安を解消するためには、最短での示談成立に向けて活動してくれる弁護士の協力が不可欠と思われますので、本件を弁護士に依頼するにあたっては、示談交渉の進め方に関する弁護士の考え方や方針をよく確認の上、速やかに示談交渉を開始してくれる適任者を選任されることをお勧めいたします。


≪参照条文≫
憲法
第十三条  すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

刑法
(拘留)
第十六条  拘留は、一日以上三十日未満とし、刑事施設に拘置する。
(科料)
第十七条  科料は、千円以上一万円未満とする。
(拘留及び科料の併科)
第五十三条  拘留又は科料と他の刑とは、併科する。ただし、第四十六条の場合は、この限りでない。
(一個の行為が二個以上の罪名に触れる場合等の処理)
第五十四条  一個の行為が二個以上の罪名に触れ、又は犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れるときは、その最も重い刑により処断する。
(住居侵入等)
第百三十条  正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。

軽犯罪法
第一条  左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。
二十三  正当な理由がなくて人の住居、浴場、更衣場、便所その他人が通常衣服をつけないでいるような場所をひそかにのぞき見た者
第二条  前条の罪を犯した者に対しては、情状に因り、その刑を免除し、又は拘留及び科料を併科することができる。
第四条  この法律の適用にあたつては、国民の権利を不当に侵害しないように留意し、その本来の目的を逸脱して他の目的のためにこれを濫用するようなことがあつてはならない。

刑事訴訟法
第百八十九条  警察官は、それぞれ、他の法律又は国家公安委員会若しくは都道府県公安委員会の定めるところにより、司法警察職員として職務を行う。
○2  司法警察職員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査するものとする。
第二百四十六条  司法警察員は、犯罪の捜査をしたときは、この法律に特別の定のある場合を除いては、速やかに書類及び証拠物とともに事件を検察官に送致しなければならない。但し、検察官が指定した事件については、この限りでない。
第二百四十七条  公訴は、検察官がこれを行う。
第二百四十八条  犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。

民法
(不法行為による損害賠償)
第七百九条  故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。



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