「大丈夫」と言われて立ち去った場合の轢き逃げ容疑

刑事|地方公務員|ひき逃げ|過失運転致傷罪と信頼の原則の内容|救助義務違反と報告義務違反の要件|岡山簡裁昭和45年8月20日判決

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

 私は,公立高校で教師をしております。先日,通勤途中に,見通しの悪い交差点で右方から自転車が飛び出してきて,私が運転していた原付と接触して人身事故を起こしてしまいました。私が「大丈夫ですか。」と呼びかけると,「大丈夫です。」との応答があり,特に怪我をしている様子もなくそのまま立ち上がりましたので,警察に事故報告をすることなくその場を立ち去ってしまいました。

その翌日,警察の人から電話があり,事情を聴きたいので後日警察署まで出頭するようにと,指示されました。どうやら,私が去った後に被害者から警察に通報があったようです。また。被害者は事故後に痛みを訴えて病院に行き,腕の打撲と診断されたようです。

事故当時の状況ですが,被害者が出て来た右方道路には,交差点手前に停止線があり,被害者は当該停止線を無視して飛び出してきた経緯があります。私は,時速20~30kmで走行しており,被害者を発見してから急ブレーキをかけましたが,間に合わずぶつかってしまいました。

そのため,私の過失よりも被害者の過失の方が大きいと思いますし,刑事罰の対象となるのは納得がいかない面もあります。仮に前科が付いてしまうと,懲戒処分の危険もあり,家族を支えることができなくなってしまいます。何とか軽い処分で済ませることはできないでしょうか。

回答:

1.あなたは,人身事故を起こしていますから,自動車の運転上必要な注意を怠り,よって人を負傷させた者として,過失運転致傷罪の嫌疑がかけられている状況といえます(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(以下「自動車運転死傷行為処罰法」という。)5条)。これに加え,事故発生後に被害者を病院に連れて行く等の適切な救護を行っていない点及び警察に事故報告をしていない点が,それぞれ道路交通法(以下「道交法」といいます。)72条1項の救護義務違反(同項前段),報告義務違反(同項後段)に該当することになります。

2.今後の流れとしては,まず警察署での取調べや事故現場での現場検証が行われることになります。警察での必要な捜査が終わった段階で,今度は検察庁に事件が送致され,検察官による取調べが予想されます。その上で,担当検察官があなたの処分を決することになります。

あなたに対する被疑罪名は,自動車運転死傷行為処罰法違反(過失運転致傷),道路交通法違反(救護義務違反,報告義務違反)の2つになることが予想され,両者は併合罪(刑法45条前段)として扱われます。一般的に,いわゆる轢き逃げの事案は交通違反の中でも悪質性が高いと考えられており,前科がなくても公判請求されて公開の法廷で刑事裁判を受けることになってしまうケースも珍しくありません。そのため,早期に弁護人を選任して,被害者との示談交渉を始めとした適切な弁護活動をすることで,検察官の終局処分を軽減する緊急の必要があると考えられます。

3.この点,本件では,被害者側に一時停止をしなかったという過失が存在する可能性があり(捜査機関がこれを認めるかどうかは別問題です。),過失運転致傷罪の成否を争うことも考えるべきでしょう。具体的には,信頼の原則の適用により,同罪が成立しないとの主張を行うことが考えられます。その結果,検察官が当該主張を受け入れるかどうかは別として,少なくとも検察官に対して,このままでは公判を維持できないと思わせる一つの材料になるでしょう。このことにより,罪に問われるのが道交法違反の点だけになる可能性も秘めており,通常の轢き逃げ事案と比較して,公判請求を回避しやすい事案かと思います。

これに加えて被害者との示談が成立すれば,場合によっては罰金にすらならず,不起訴処分で終わる可能性も少ないながらあります(判例にならなくとも同種事案で不起訴を獲得したケースがあると思われます。)。なお,この場合における示談交渉は,過失運転致傷罪の成立を前提としないものとなりますので,被害者の方の理解を得るのが難しい交渉となります。ご自身で交渉するのは現実的ではありません。示談交渉に長けた弁護士に依頼するべきです。

後述の職場における懲戒処分回避のために,万全を期したいということであれば,交通違反への贖罪の気持ちを示すために,一定額の贖罪寄付を行うことも考えられます。

4.あなたは公立高校の職員ですので,地方公務員としての立場を有していることになります。本件事件に関する連絡が職場に行ってしまうと,当然,当該地方自治体の懲戒処分指針に照らして相応の懲戒処分を受ける危険が出てきます。そのため,早期段階から,弁護人を通じて,職場への連絡や報道機関への情報提供を差し控えるよう要請していくべきでしょう。

その上で,万が一職場に発覚してしまった場合に備えて,刑事処分を可能な限り軽くすべく,上記弁護活動を十分に行っておく必要があります。

以下,詳述します。

5.ひき逃げに関する関連事例集参照。

解説:

第1 本件で成立し得る犯罪

1.自動車運転死傷行為処罰法違反

あなたは,原動機付自転車で走行中,自転車に乗った被害者と接触し,その結果被害者は打撲傷を負っています。本件事故が「自動車の運転上必要な注意を怠」った結果発生したもので,当該事故によって被害者が負傷したといえる場合,あなたには過失運転致傷罪が成立することになります(自動車運転死傷行為処罰法5条)。

ただし,後述のとおり,本件では過失運転致傷罪の成否を争う余地があります。

2.道交法違反

また,交通事故があったときは,当該交通事故に係る車両の運転者は,直ちに車両等の運転を停止して,負傷者を救護し,道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならないとされています(救護義務・危険防止義務,道交法72条1項前段)。

後掲参考判例(岡山簡裁昭和45年8月20日判決)が,

「人身事故の発生を覚知したとき,直ちに車両の運転を停止し十分に被害者の受傷の有無程度を確かめ,全く負傷していないことが明らかであるとか,負傷が軽微なため被害者が医師の診療を受けることを拒絶した等の場合を除き,(本件には拒絶したことを認めるに足る証拠はない)少なくとも被害者をして速やかに医師の診療を受けさせる等の措置は講ずべきであり,この措置をとらずに,自身の判断で,負傷は軽微であるから救護の必要がないとしてその場を立ち去ることは許されず(最判昭四五・四・二一),また,他人が被害者を救護し交通秩序回復の措置を講じたために,結局警官が何ら措置を執る必要がなかつた場合でも,運転者らは報告義務を免れない(大高判昭四四・三・六)。」

と判断していることからすれば,被害者との接触後,被害者の「大丈夫です」との言葉を鵜呑みにして,そのまま立ち去っているあなたについても,救護義務違反が認められることになります。

さらに,当該車両等の運転者は,警察官が現場にいるときは当該警察官に,警察官が現場にいないときは直ちに最寄りの警察署の警察官に当該交通事故が発生した日時及び場所,当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の負傷の程度並びに損壊した物及びその損壊の程度,当該交通事故に係る車両等の積載物並びに当該交通事故について講じた措置を報告しなければならないとされています(報告義務)。あなたは,事故後に警察に事故の報告をすることなく立ち去っており,報告義務違反も認められることになります。

3.罪数関係

これらは全て併合罪として扱われます(刑法45条前段)。

第2 刑事手続の流れ 

1.あなたの置かれている状況  

既に警察から連絡が来ている様子から,あなたは自動車運転死傷行為処罰法違反及び道交法違反の嫌疑をかけられ,被疑者として扱われているものといえます。警察の出頭要請に応じ,取調べに協力的な態度を示せば,今後逮捕等の身体拘束はされずに,在宅事件として処理される可能性が高いでしょう。

今後の流れは以下のとおりです。

2.今後の流れ

 (1) 送検前

まずは,警察の方で本件事件について必要な捜査を進めることになります。今後あなたは何度か警察署に呼び出され,取調べを受け,供述調書が作成されることになります。

その際,供述調書が事実と異なる内容となっていないか,慎重に確認するべきです。特に,後述のとおり本件では過失運転致傷罪の成否を争う余地がありますので,被害者側の過失については,事実に反しない限りしっかりと伝えるべきです。また,信頼の原則適用の上で,あなたの信頼が保護に値するといえる必要があるところ,あなたが交差点にさしかかる直前のスピードは正確に伝えるべきです。たとえば,時速50キロメートルで進入したと記載されているのと,時速20~30キロメートルで進入したと記載されているのとでは,全く話が違ってきます。供述調書作成後に警察官による読み聞かせがありますので,その際にあなたの記憶のとおりの内容となっているか,確認することを忘れないようにしましょう。

また,人身事故の場合は,事故現場で実況見分が行われるのが通常です。あなたも事故現場に同行し,当時の状況について詳しく説明を求められることになります。被害者が一時停止しなかった事実等,あなたに有利な事情をしっかりと伝えることが肝要です。

 (2) 送検後

必要な捜査が完了した段階で,事件が検察庁に送致(送検)されることになります(刑事訴訟法246条本文)。

送検後は,担当の検察官があなたを呼び出して,更に供述調書を作成する場合があります。特に,被害者の言い分とあなたの言い分が食い違っているような場合は,その可能性が高まります。検察官による取調べにおいても,調書の内容をしっかりと確認することを心掛けましょう。

必要な捜査が全て完了した段階で,検察官があなたの終局処分を決定します。本件の終局処分は,①公判請求(懲役刑の選択),②略式起訴(罰金刑の選択),③不起訴処分(不起訴処分は,さらに嫌疑不十分と起訴猶予に分かれます。)のいずれかですが,後述のとおり,①の公判請求を回避できる可能性が高いと考えられます。②罰金すらも回避して③不起訴処分を獲得できる可能性は高くありませんが,全く狙えないわけではありません。

処分軽減のための弁護活動は第3をご参照ください。

第3 弁護活動の内容

1.犯情面に関する弁護活動

 (1) 概要

本件において,被害者は一時停止線で停止しないまま交差点に進入してきており,不適切な行動が介在しています。このような場合,以下のとおり,過失運転致傷罪の成否自体を争う余地があります。弁護人の詳細な意見書を検察官に提出することで,過失運転致傷罪の立件を諦めさせる活動をすべきでしょう。

 (2) 過失の構成要件と信頼の原則

過失運転致傷罪における「過失」とは,

①予見可能性を前提とした結果予見義務違反及び

②結果回避可能性を前提とした結果回避義務違反

を意味するものとされています。

そして,②に関しては,他の交通関与者が交通秩序に従った適切な行動をとることを信頼するのが相当である場合,その者の不適切な行動によって生じた交通事故について結果回避義務が免除され,加害者たる交通関与者は責任を負わないという判例法理が存在します(信頼の原則)。相手方が交通秩序に従った適切な行動をとることへの信頼が存在することを前提に,当該信頼が相当といえなければなりません。

 (3) ①予見可能性を前提とした結果予見義務違反の有無

本件において,①右方道路から進行してくる車両が一時停止線で停止せずに突っ込んできて,衝突するという事態をおよそ予見出来なかったというのは無理があるでしょう。およそ想像もつかない事故態様とは言い難く,そのような事故が発生し得ることは,運転車であれば誰もが予見しておくべきといえるからです。

 (4) ②結果回避可能性を前提とした結果回避義務違反の有無

ア 結果回避可能性について

本件において,結果回避可能性を否定することは困難でしょう。結果回避可能性がないということは,およそ不可抗力であったような場合を意味します。見透しの悪い交差点に進入するに際しては,徐行義務が課せられるところ,あなたが適切に徐行しながら右方道路の安全確認を十分に行ったとしても衝突が避けられないような,猛スピードで被害者が進入してきたといえない限り,結果回避可能性がないとは言えないからです。

イ 信頼の原則の適用の可否について

(ア)本件類似の事案で信頼の原則を適用した裁判例の存在

参考裁判例(岡山簡裁昭和45年8月20日判決)は,交通整理の行われていない見透しの悪い交差点内における直進者同士(自動車とバイク)の衝突事故という本件と同種の事案において,信頼の原則を適用して,業務上過失傷害罪を無罪としています。 

同裁判例は,信頼が客観的に不相当といえる場合として,

ⅰ)相手方の交通規則違反の行動を容易に予見しうる場合や,

ⅱ)被告人が遵守すべき注意義務に違背したような場合を挙げています。

ⅱ)については,左右の見透しの悪い交差点に進入するに際して法律上徐行義務が課されていることとの関係上,どこまでの注意義務が要求されるかが問題となりますが,参考裁判例は,「本件交差点が交通整理の行われていない,左右の見透しがかなりに悪いのであるから交差点を直進通過しようとする際の注意義務として,被告人も被害者も,互いに徐行義務免除の優先通行権が認められぬので,双方ともに徐行義務がある(最判昭四三・七・一六。東高判昭四四・五・一五参照)ところ,その徐行の程度は他の車両も徐行義務を果すことを期待し,これとの衝突を回避しうる程度に徐行すれば足りるものと解すべ」きとしています。

(イ)本件について本件において,あなたは,被害者が一時停止線で適切に一時停止するであろうことを信頼していたことは間違いないでしょう。

その上で,あなたの信頼が客観的に相当といえるかを検討する必要があります。

まず,ⅰ)については,本件交差点付近の見透しが悪く,交差点に差し掛かる手前の段階で被害者が一時停止線で停止しないことを具体的に予想できたとは言い難く,また容易に予見できたとも言い難いとの主張を行うべきでしょう。

ⅱ)については,被害者側には徐行義務を超えてさらに一時停止義務も課されていたのであり,あなたとしては,被害者が一時停止義務を果たすことを期待し,これとの衝突を回避し得る程度に徐行すれば足りたはずであるとの主張を行うことになります。その上で,あなたは時速10kmから20km程度の速度で交差点に進入した認識を有しているところ,当該スピードは,少なくとも,一時停止線で適切に一時停止をした上で交差点に進入する車両との衝突を回避し得る程度のスピードであったとの主張を行うことになるでしょう。これらの主張が検察官に受け入れられるか否かは定かでありませんが,少なくとも,公判請求に対する強い牽制になることは間違いないでしょう。

2.一般情状に関する弁護活動

 (1) 示談交渉

過失運転致傷罪の成否にかかわらず,被害者との間で至急示談を成立させ,宥恕(許すこと。)の意思を表明した被害者の上申書や被害届取下げを誓約する書類を獲得するべきです。検察官が過失運転致傷罪に関する上記主張を受け入れるか否かは未知数ですし,道交法違反(主に救護義務違反)の点でも,被害者との示談をしておけば処分の軽減が見込めるからです。また、一時停止について被害者側が捜査機関の取り調べに対してあいまいな態度をとっている可能性がある場合、十分な補償を提示してこの点を明確にするよう求めることも必要でしょう。

なお,この場合の示談は,過失運転致傷罪の成立を前提としない形で行う必要があるので,注意が必要です。被害者の納得を得にくいという意味では,示談交渉に長けた弁護士に依頼することをお勧めいたします。

 (2) 贖罪寄付

道交法上の救護義務規定は,負傷者の救護を運転者の義務とすることで,交通事故一般から生じる被害拡大の危険を防止するという意味で,社会的法益を保護する側面を有するとされています。そのため,検察官によっては,終局処分にあたって示談の成立を重視しないこともあるようです。

検察官との交渉の中で,処分の見通しを探りながら,場合によっては,交通遺児育英会等に贖罪寄付をすることで,社会への贖罪の意思を示す活動も必要となってくるでしょう。

 (3) 廃車処分

一般に,交通違反を犯した人が,今後自動車に乗らないとの決意を示している場合,有利な情状として考慮される傾向にあります。あなたについても,事故車両を廃車処分にして,当面は運転しないことを示すということも検討すべきでしょう。

第4 報道・職場連絡を阻止する活動

近年は,マスコミが面白おかしく事件を実名報道して,世間の好奇の目にさらされるケースが増えてきております。そのような事態は何としても避ける必要があります。また,同様に職場への不必要な連絡も懲戒処分等の重大な不利益に繋がりますので,阻止する必要があるでしょう。特に,あなたは,地方公務員の立場を有しており,本件が発覚した場合,ある程度重い懲戒処分が予想されるところです。

早期に弁護人を選任した上で,上申書等で報道機関や職場への情報提供を差し控えるよう要請していくことで,そういった危険は軽減できます。

第5 まとめ

以上述べてきたとおり,本件は,轢き逃げの事案の中でも,過失運転致傷罪の成否を争う余地があるという特殊性があり,被害者との示談交渉等適切な弁護活動を進めれば,公判請求は回避可能な事案といえます。場合によっては,不起訴処分を獲得できる可能性もありますので,早めに弁護人を選任して,万全を来すことをお勧め致します。

以上

関連事例集

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※参照条文

○刑法

(併合罪)

第四十五条  確定裁判を経ていない二個以上の罪を併合罪とする。ある罪について禁錮以上の刑に処する確定裁判があったときは,その罪とその裁判が確定する前に犯した罪とに限り,併合罪とする。

(有期の懲役及び禁錮の加重)

第四十七条  併合罪のうちの二個以上の罪について有期の懲役又は禁錮に処するときは,その最も重い罪について定めた刑の長期にその二分の一を加えたものを長期とする。ただし,それぞれの罪について定めた刑の長期の合計を超えることはできない。

○自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律

(定義)

第一条  この法律において「自動車」とは,道路交通法 (昭和三十五年法律第百五号)第二条第一項第九号 に規定する自動車及び同項第十号 に規定する原動機付自転車をいう。(過失運転致死傷)

第五条  自動車の運転上必要な注意を怠り,よって人を死傷させた者は,七年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。ただし,その傷害が軽いときは,情状により,その刑を免除することができる。

○道路交通法

(交通事故の場合の措置)

第七十二条  交通事故があつたときは,当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員(以下この節において「運転者等」という。)は,直ちに車両等の運転を停止して,負傷者を救護し,道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。この場合において,当該車両等の運転者(運転者が死亡し,又は負傷したためやむを得ないときは,その他の乗務員。以下次項において同じ。)は,警察官が現場にいるときは当該警察官に,警察官が現場にいないときは直ちに最寄りの警察署(派出所又は駐在所を含む。以下次項において同じ。)の警察官に当該交通事故が発生した日時及び場所,当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の負傷の程度並びに損壊した物及びその損壊の程度,当該交通事故に係る車両等の積載物並びに当該交通事故について講じた措置を報告しなければならない。第百十七条  車両等(軽車両を除く。以下この項において同じ。)の運転者が,当該車両等の交通による人の死傷があつた場合において,第七十二条(交通事故の場合の措置)第一項前段の規定に違反したときは,五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

2  前項の場合において,同項の人の死傷が当該運転者の運転に起因するものであるときは,十年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。

【参考裁判例】

岡山簡裁昭和45年8月20日判決

『いうまでもなく,道路交通法七二条一項の趣旨が道路における危険防止と安全円滑な交通確保にあつて,同条前段(負傷者の救護の要否,道路の危険の有無を確認さす義務を負わすのが法意―東高判昭三九・一〇・一三)と後段とを別個に独立させ,救護等の措置と報告義務を課したものと解するのが相当である。そして,事故を認識した以上,負傷者を救護する等の必要な措置は,他人や負傷者が必要な措置をなすとも,その余地が残つている限り,措置が全く完了するまでは依然として存するのであり,負傷の程度が結果的に何ら治療を要しないほど軽微でも,車両等の運転者等が車両を停止し負傷の状況を確認していない場合は,依然救護義務違反罪は成立する。もつとも衝突により死傷物損を生ずるのが経験則上通常であるから,衝突の認識があれば足りることも多く,衝突の結果必ずしも死傷,物損を伴わぬことも絶無でないので,少くとも未必的に,死傷か物損の認識が必要である(最判昭四〇・一〇・二七)ところ,本件被告人は後記認定のように相当程度に強度の衝突の認識があるというべく,従つて被告人は未必的傷害の認識が推認できるものといわねばならない。それで,報告義務についても,上記の未必的認識が被告人には推認できるのである。そして,報告義務もまた,他の者が通告したからといつて,それだけで直ちに運転者等が右責務を免れるものと解することはできない。けだし,法が報告義務を科すのは,人の死傷や物の損壊を伴う交通事故は,警官が被害者救護と交通秩序維持の適切な処置をさせる必要があるからで,犯罪捜査の目的ではなく,(最判昭三七・五・二),従つて本件で申告が遅延し,翌日実況見分が行われた結果,制動痕など消失し現状が不明になつた責をも被告人に帰すべきではないが,本件のように報告義務を尽し得るに拘らずこれをせず,または右義務を尽す意思が全くない場合には,直ちに報告義務違反罪が成立し,その後に他人(本件は被害者)が報告しても右犯罪の成否に影響がない。そして救護義務の内容は,人身事故の発生を覚知したとき,直ちに車両の運転を停止し十分に被害者の受傷の有無程度を確かめ,全く負傷していないことが明らかであるとか,負傷が軽微なため被害者が医師の診療を受けることを拒絶した等の場合を除き,(本件には拒絶したことを認めるに足る証拠はない)少なくとも被害者をして速やかに医師の診療を受けさせる等の措置は講ずべきであり,この措置をとらずに,自身の判断で,負傷は軽微であるから救護の必要がないとしてその場を立ち去ることは許されず(最判昭四五・四・二一),また,他人が被害者を救護し交通秩序回復の措置を講じたために,結局警官が何ら措置を執る必要がなかつた場合でも,運転者らは報告義務を免れない(大高判昭四四・三・六)。その上に,死傷の原因行為につき自己に故意過失有責違法の有無を問わないし,その程度が軽微でも,社会通念上危険防止・交通安全円滑上必要ある限り,加害者なると被害者なるとを問わず,運転者各自に報告義務が課せられているものと解すべきである(仙高判昭四三・七・一七)ところ,本件被告人には逃走の意思も,事故による民事・刑事の責任回避の意思も認め得ないし,被害者が洩した,さしたる受傷なき旨の言辞を信じ,立去つたに過ぎぬことが認められるとしても,被害者の転倒の模様を熟知する被告人に,事故等に関する報告義務を科すべき必要性なしとはいえない。

 なお,事実の認識の程度についても,その意味内容の認識で足り刑罰法規の認識や事実の法規に用いられた概念へのあてはめを必要としないから,それらの錯誤は本件犯罪の成立には何ら影響を及ぼす事柄ではない。それで,その他に事故報告等が不能または期待不可能の状態にあつたことも何ら認められない以上,その刑責がない旨の論旨は採用の限りでない。

 しかしながら,上記の情状は量刑上とくに考慮に価するものといわねばならない。

 というのは,事故の報告等はその「事故の内容」である発生日時場所,死傷者数,負傷程度,物の損壊及びその程度等事故の態様を交通事故処理に必要な限度でだけ義務づけそれ以上事故の原因やその他の事項には及ばないものと解せられ,その故にこそ事故報告等が自己に不利益な供述に当らぬため合憲と解せられる(最判昭三七・五・二)のであつて,救護の迅速が特別に必要なといえぬ場合や,事故報告等が実質的に余り意味をもたない場合すなわち交通の閑散な道路上で極めて軽微な傷害を負つたような場合にまで強要し,これを合憲とみる根拠はないからである。』

『ところで,本件は上記認定のように交差する道路幅員が全く広狭による優劣が認められず,他に車両交通の原則的ルール(東高判昭四四・四・二二)の存在など特段の事情もなく,本件交差点が交通整理の行われていない,左右の見透しがかなりに悪いのであるから交差点を直進通過しようとする際の注意義務として,被告人も被害者も,互いに徐行義務免除の優先通行権が認められぬので,双方ともに徐行義務がある(最判昭四三・七・一六。東高判昭四四・五・一五参照)ところ,その徐行の程度は他の車両も徐行義務を果すことを期待し,これとの衝突を回避しうる程度に徐行すれば足りるものと解すべく,本件では被害者が西川・駅前町通りを東進してきて,これと交差する富田町より磨屋町方面に至る町通りの道路を南進してきて既に交差点に入つている被告人よりも,遅れて交差点に入ろうとする被害者の右二輪車は,被告人の車両の進行を妨げてはならぬことは,道路交通法三五条一項の規定上明白である。そして,右二輪車を運転する干田としては,前示東側交差点に到る前に,自己の進路前方の交差点において,自己より先に被告人の運転する自動車が北側交差点に入ろうとしていることは,充分にこれを認識し得たはずであり,従つて被告人が運転する自動車の進行を妨げないよう,当該交差点入口において,一旦停車して被告人に進路を譲るべきであつたものというべく,このように道路交通法三五条三項が交差点の一応の通行順位を定めたことが,交差点に進入する際右方からくる車両の有無およびその動静に注意を払うべき義務までを免除するものとは解せられないので(東高判昭四二・四・一三),被害者干田の運転する右二輪車が,右交差点の入口において,減速または一旦停車をせずに被告人よりも遥かに高速度で交差点に進入してきたのを被告人が明らかに目撃したというのならともかく,(もし,そのような相手方の交通規則違反の行動を容易に予見しうる場合ならば,相手方が不適切な行動に出る蓋然性が大であつて,このことを容易に被告人が認識しうるところだから,相手方の規則遵守の適切な行動をあてにすることは社会的に不相当で信頼の原則は排除されるけれども,本件にはそのような特別な事情はない),自己が先に北側交差点に入ろうとし,かつ右方はるかに後方を交差点に向つて進行してくる二輪車が仮りにあつたとしても,交通法規を守り必ず右交差点で一旦停止または減速してくれ,衝突の危険を未然に防止するため適切な行動に出ることを信頼して運転したとしても無理がなく,(この場合当然に被告人は信頼に応じた適切な措置をとれば,注意義務を遵守したものとして過失なきに帰する)左右の見透しがよくない本件では,被告人が違法に進行してくる車両のあることを現認したという具体的事実は認められないし,被告人が遵守すべき注意義務違背の過失責任など,信頼の原則の適用を妨げる特別事情は何も認められないので,右二輪車が三〇キロ以上という高速で一旦停止することなく東進してくることまでも予測し,常時これに備え直ちに急停車できる程度に減速徐行し,これに対処する措置を講ずべき注意義はないというべきである。』