強姦事件の被害者側の対応

刑事|強姦罪|強制性交罪|刑事告訴|準強姦|準強制性交

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参考条文

質問:

おとといの夜,アルバイト先の同僚数名で飲みに行った帰り,そのうちの一人から性交渉を強要されました。飲みすぎてしまって歩けなくなっていた私を,強引にタクシーに乗せ,その人の家に連れ込まれたのです。抵抗した気がしますが,何しろ酩酊していたので,しっかりとした抵抗はできなかったと思います。朝になって意識がはっきりしてきたので,そのまま帰りました。その人が怖かったので,帰る際に特に抗議はできませんでした。

しかし,私は全くそのつもりはありませんでしたし,とてもショックを受けました。一日経ちましたが,忘れられません。

その人とはアルバイトの同僚という関係ですが,プライベートで会ったことはなく,もちろん交際などしていません。本当に悔しくて悲しい思いをしたので,その人には償ってほしいのですが,具体的にどうしていけば良いでしょうか。

回答:

1 あなたは,強姦(刑法177条)ないし準強姦(同法178条2項)の被害者,という立場にあります。

そのため,加害者であるその人に「償わせる」方法としては,(1)刑事処分を受けてもらうこと,(2)民事賠償金(主に慰謝料)を支払わせること,が考えられるところです。

両者の関係はタイミングによって変化するため複雑なのですが,刑事処分が科される前に慰謝料の支払いを受けると,処分の軽減あるいは処分の回避の効果が生じてしまう一方で,刑事処分が科された後に慰謝料の支払いを受けようとするとその支払いが担保されず,また金額も低額になりがち,というデメリットが考えられます。

そのため,どちらを優先するかを十分に検討する必要があるところです。

2 ただし,具体的にするべき行動としては,いずれにしても刑事告訴(刑事訴訟法230条)ということになります。告訴と慰謝料との関係については後述しますが,仮に慰謝料のみを求める場合であっても,告訴を検討するべきです。

3 他方,告訴は必ず受理されるわけではありません。受け取る側である捜査機関は,犯罪事実がある程度明確かつ立証可能な場合でなければ,告訴を受理しない傾向があります。

告訴が受理されるかどうかは,どれだけ捜査機関を説得できるかにかかっていますから,漠然とした被害申告では受理されないまま終わってしまう結果になりかねません。申告内容の整理や証拠の収集と併せて,捜査機関との交渉が必要です。

本件では,被害にあわれてから既に一日が経過している点が気になります。一般に,(準)強姦事件の告訴は,被害にあった日から時間が経過するほど告訴の受理が困難になるためです。

4 告訴が受理された後の対応は,上記のとおり被害者であるあなたが何を目的とするかによって異なります。慰謝料を支払わせる場合,加害者(あるいは加害者代理人)とのいわゆる示談交渉や,民事訴訟,損害賠償命令等の手続も必要になります。

5 以上,被害にあわれたばかりで精神的に苦しい時期に,何をもって加害者に償わせるのかを検討したうえで,告訴の準備をして,捜査機関との交渉により告訴を受理してもらい,加害者側と交渉,あるいは裁判をおこなう,ということになります。

法的にも精神的にも難しいところがありますので,可能な限り早く経験のある弁護士にご相談ください。

6 強制性交罪に関する関連事例集参照。

解説:

1 成立する犯罪と一般的な刑事事件の流れについて

本件について,被害者であるあなたがどのように対応するべきか,をご説明する前提として,本件はいかなる犯罪であるのか,捜査機関が事件を知った場合,どのように刑事手続が進行するのかについて簡単に説明します。

(1)成立する犯罪

本件では,酒に酔って抵抗できなくなったあなたに対して,無理に性行為をしていることから,準強姦罪(刑法178条2項)の成立が考えられます。強姦罪は「暴行または脅迫を用いて」[女子を姦淫し]したことにより成立する犯罪ですが、暴行、脅迫を用いなくても女性が心神喪失または抗拒不能の状態にある場合にそれに乗じて姦淫した場合は、準強姦罪が成立し強姦罪と同様に処罰されます。酒に酔って抵抗できない状態は抵拒不能の状態と言えますからそのような状態の女性を姦淫したということで同罪が成立し同法177条の強姦罪の罪となりますので,「3年以上の有期懲役」が法定刑となります。

(準)強姦罪は性犯罪の中でも重い罪で,初犯(前科がない場合)でも,いきなり実刑判決が下されることもある罪です。

(2)一般的な刑事事件の流れ

ア 捜査の端緒

捜査開始の原因を捜査の端緒といいます。本件のようなケースにおいて,捜査の端緒となるのは,告訴(刑事訴訟法230条)です。

一般的に被害届の提出(犯罪捜査規範61条)も捜査の端緒となりますが,(準)強姦罪は親告罪(刑法180条1項)であるため,起訴するためには告訴が必要です。また、被害届の提出では,検察官への事件の送付を義務付けている告訴(刑事訴訟法242条)と異なり,捜査機関に対して捜査義務が課されていないことからも,告訴をすることになります。

告訴とは,犯罪によって被害を被った人が,その被害の申告をしたうえで,刑事処分を求める意思表示をすることです(刑事訴訟法230条)。

つまり,あなた(あるいはその代理人)が,(準)強姦罪に該当する行為の被害を受けた捜査機関(警察)に申告し、処罰を求めることで,本件は刑事事件としてスタートすることになります。

ただし,告訴は簡単に認められないことがあります。法律上は、書面または口頭で警察官や検察官に告訴の意思を表示すれば受理されることになっていますが、捜査機関としては、告訴を受理すると捜査を開始せざるを得ないことから、受理に慎重な対応となる場合があります。告訴する際には受理されやすいよう準備する必要があります。告訴の具体的な方法や注意点については後述します。

イ 捜査について

捜査は,警察及び検察によって行われます。基本的には警察(担当警察官)が事実関係を取り調べ,証拠を集めて,それを指揮・監督する検察(担当検察官)の下に送り,担当検察官が起訴・不起訴の判断を決める,という流れをたどります。

警察から検察へ事件の資料・証拠を送ることを送検といい,検察官の起訴・不起訴の判断を終局処分といいます。

本件において,警察が集める事件の資料・証拠とは,例えば(1)被害者であるあなたの供述,(2)被疑者(容疑をかけられている者)である加害者の男性の供述,(3)あなたと加害者との関係を示すもの(二人のメール等のやり取りや通話履歴等),(4)犯行現場である加害者の部屋の遺留物,等が考えられます。

また,本件のようにあなたと加害者が顔見知りである場合で,加害者が犯罪(本件の場合は準強姦罪)を犯したことを疑う相当な理由が認められる場合には,(通常)逮捕(刑事訴訟法199条)及びそれに続く勾留(同法204条)によって身体拘束をしながら捜査をすることが考えられます。この場合,後述の終局処分まで最大23日間の時間制限ができることになります(そのため,後述の示談交渉に期限が生じることになります)。

上記のとおり強姦罪は比較的重い罪ですし,警察が逮捕に踏み切ることも十分にあり得るところです。

ウ 終局処分

上記の捜査を終えた検察官は,被疑者である加害者を起訴するか,不起訴にするかを決めることになります。これを終局処分といいます。

起訴とは,検察官が裁判所に対してその刑事事件の審判を求める意思表示(処分)をいい,不起訴とは,起訴をしないという処分をいいます。つまり,何らかの刑事処分を科すことを裁判所に求める場合は起訴し,それをしない(刑事処分を科さない)という判断をした場合は不起訴にするということになります。

不起訴には,細かく分けると4つの種類があって,(1)親告罪において告訴が取り消されたときのように訴訟条件を欠く場合,(2)被疑者が心神喪失状態で犯行に及んでいたときのように罪とならない場合,(3)犯罪の嫌疑がない場合あるいは嫌疑が不十分である場合,(4)種々の事情を鑑みて起訴をする必要性がないと検察官が判断する場合(起訴猶予)となります。

このうち起訴猶予は,あくまでも個別の検察官が判断することができます(起訴便宜主義といい,刑事訴訟法248条に規定があります)。

これらの区分は,単に分類上のものではあるのですが,本件との関係で重要なのは,親告罪である準強姦罪の場合,告訴が取り消されたら無条件に不起訴になる,ということです。

エ 刑事処分

さて,上記の終局処分において,検察官が起訴処分とした場合,強姦罪の法定刑の中に罰金がないため,公判請求となります(検察官が罰金を求刑する場合は、争いがない場合は略式命令という手続きをとるため公判請求にはなりません)。公判請求とは,公開の法廷で審理がなされることです。

公開の法廷での審理にはなりますが,本件のような性犯罪の場合,あなたの氏名等の被害者特定事項の秘匿を求めることができ,あなたの証言が必要である場合に,あなたの姿を傍聴人や被告人から遮蔽する措置やビデオを介した形にする措置等を採ることもできます。

他方,被害者の立場から,意見の陳述をする等,審理に積極的に参加することもできます(被害者参加制度,刑事訴訟法316条の33以下)。

被害者として審理に参加することは,被告人を償わせることについて直接的な影響を有しません。当然,被害者であるあなたの被害感情が明確に判決に反映されることになりますが,劇的に量刑に影響することは考え難いところです。もちろん,被告人や裁判官に,被害者(あなた)の気持ちや思いをわかってもらう,という意義はありますが,紙幅の関係で省略します。

審理が終われば,裁判官が判決を下すことになります。上記のとおり,本件の法定刑は3年以上の有期懲役です。執行猶予を付することができるのは,加害者に前科がないとしても,3年以下の懲役の場合ですから(刑法25条1項),酌量減刑(刑法66条)という特別な事情の斟酌により,実際の判決が法定刑の下限を下回ることがあったとしても,十分実刑判決が考えられる,ということがわかります。

以上の刑事処分までの流れを前提として,本件について検討していきます。

2 刑事処分と金銭請求の関係について

(1)本件における「償い」の内容

あなたは,加害者に「償ってほしい」と考えているようですが,具体的な「償い」として法律上認められている方法としては,①上記刑事処分の流れをたどらせ,加害者に刑事処分を受けさせること,②被害者であるあなたに対して,金銭を支払わせること,となります。

本来であれば,(1)刑事処分を受けさせることと,(2)金銭賠償を受けることは,直接の関連はありません。刑事処分を受けさせ,金銭賠償を受けることも可能です。

しかし,実際には両者は密接かつ若干複雑に関連しており,この点を看過して対応を決めてしまうと,十分な「償い」がなされない可能性すらあるのです。

以下では,まず本件のような犯罪被害における金銭賠償について説明した上で,刑事処分と金銭賠償の関連について説明します。

(2)損害賠償の内訳について

本件のような犯罪被害において,被害者であるあなたが加害者に金銭請求する権利(請求権)は,厳密には「不法行為に基づく損害賠償請求権」といい,民法709条に基づくものです。

この不法行為に基づく損害賠償請求権ですが,実際に生じた損害に対する賠償請求権と精神的苦痛に対する賠償請求権の二つを含みます。このうち,実際に生じた損害としては,例えば病院での治療費や会社を休んだ場合の休業損害があります。これは,実際に発生したお金を補てんする,という趣旨の請求権です。他方,精神的苦痛に対する賠償請求権ですが,これが良く言われる「慰謝料請求権」ということになります。本件の強姦のような犯罪被害の場合は,怪我等をされていなければ,通常この「慰謝料請求」が主なものになります。

この点,あなたが受けた精神的苦痛に対して,金銭で補てんをさせる,ということ自体に違和感があるかもしれませんが,現在の日本の法律では,精神的苦痛も含む損害は,金銭で賠償されるべき,とされています。このような金銭で解決しなければならない原則を金銭賠償の原則といい,民法417条,同法722条1項に規定があります。そのため,加害者の謝罪を求めて裁判等を起こすことはできない,ということになります。

つまり「精神的苦痛」を(無理に)金銭評価したものが慰謝料ということになります。

本件のような強姦事件における慰謝料ですが,事案ごとに変わるので,いわゆる明確な「相場」というものはありません。怪我を伴うようなもの,精神的苦痛が精神疾患を引き起こしたもの,被害が長期間・複数であるもの等は当然慰謝料の金額は高くなる傾向にありますが,一般的には,200万円程度になることが多い印象です。

(3)損害賠償請求の方法

後述の「示談」ではなく損害賠償を請求する場合,基本的に民事訴訟になります。例外的な手続きとして,損害賠償命令の制度がありますが,この点も後述します。

民事訴訟において,本件のような不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を起こした場合,これが認められるためには,事件の事実とその損害を請求者である被害者側が立証しなければなりません。

具体的に,いつ,どこで,誰が誰に対して,どのような行為をし,その結果どのような被害(精神的苦痛を含む)が生じたのか,を証明する必要がある,ということです。

民事訴訟においては,証拠の収集を含めて全て自ら行わなければなりませんが,本件のような場合極めて困難です。

そのため,通常は刑事事件の裁判が終わった後に民事訴訟を提起することになります。刑事事件においては,捜査機関が強制的に証拠を収集することができますし,刑事裁判において事実関係が認定された,という事実自体,民事訴訟における証拠になり得るものであるからです。刑事裁判の記録については,制限はありますが,刑事裁判中については,「犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律」の3条,判決後については刑事訴訟法53条により,閲覧が可能です(公判中については謄写も可能です)。

また,上記立証の困難を更に緩和することを目的とした制度として,損害賠償命令制度があります。これは,刑事事件の手続中に申立てることで,刑事事件を担当していた裁判官が,刑事裁判の記録をそのまま用いて,刑事裁判後に賠償金の判断(審理)を行う,というもので,犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律23条以下に規定があります。刑事裁判官による決定に異議が出ればそのまま民事訴訟に移行することになりますが,その場合でも別途民事訴訟を起こす必要はなくなります。

(4)示談について

犯罪被害を受けた人が得る金銭として,上記の慰謝料とは別に,「示談金」というものがあります。

「示談金」とは「示談」をする際に支払われる金銭です。「示談」自体は法律に根拠がある言葉ではありませんが,訴訟外の和解の一種で,刑事事件や交通事故等で良く用いられる言葉です。

上記のとおり,「示談金」は法定されている言葉ではないので,厳密な定義はないのですし,事案によって異なりますが,(1)加害者が被害者に支払う金銭で,(2)金銭の支払いによって事件を解決したものとする,と通常理解されています。

そのため,本件のような刑事事件であれば,示談金の支払い・受領を条件として,事件を宥恕し(許し),提出している被害届や告訴を取り下げること,これ以上当該事件について請求等をしないことを約することが通常です(その他の条件は双方の希望等によって変わります)。もちろん、告訴を取り下げないという内容の示談も、双方が納得すれば可能です。加害者とすれば示談して告訴を取り下げてもらい刑事処分を受けないということが第一の目的ですが、被害者とすれば刑事処分とは別に被害の賠償として示談金を受け取るという対応も当然考えられます。但し、処罰を求めて告訴を取り上げずに示談した場合、示談金額等によっては検察官が起訴猶予処分とすることもあることを考慮しておく必要があります。

双方の合意によるものですから,示談金も相場は基本的にありません。事案ごとに,全てを収めるために必要な金額を双方で話し合って決めることになります。

また,示談の場合,双方での合意による和解ですから,金銭の賠償以外にも,謝罪等の要求も可能です。この点は,金銭賠償の原則による損害賠償請求とは異なる,示談のメリットです。

(5)終局処分と示談との関係

本件のような事案において,終局処分,すなわち検察官が公訴を提起するまでの間に告訴の取り下げを含む示談をした場合,本件で加害者が刑事処分を受けることはありません。上記のとおり,本件のような強姦罪は親告罪ですから,告訴が取り下げられれば,検察官は起訴できず,不起訴処分となるからです。

なお,一度告訴を取り下げた場合,再度同一の事件で告訴することはできません(刑事訴訟法237条2項)。

つまり,検察官による起訴前に示談をおこなうことは,刑事処分を受けさせることを諦める,ということを意味します。そのため,告訴の取消しを含む場合の示談は慎重におこなう必要があります。

他方で,だからこそ,刑事処分を回避したいと考える加害者は,示談金の額を高額にすることがあります。この時点で示談をすれば,不起訴処分というもっとも有利な形で刑事処分を終えることができるからです。この観点から,一般に訴訟(損害賠償命令制度を含む)をして認められる賠償金よりも,示談金の方が高額になる傾向にあります。

なお,この時点で損害賠償請求が認められる,という事態は現実的ではありません。通常の民事訴訟ということになると,ある程度の期間(長くて1年から2年程度)はかかるため,その前に起訴・不起訴の判断は終了しているからです。

(6)刑事処分と示談,損害賠償請求との関係

仮に,検察官が起訴をした場合であっても,示談をすることは可能です。しかし,起訴後に示談をして,告訴が取り消されても,終局処分の際のような効力はありません。依然として刑事処分の対象になる,ということです。ただし,刑の重さ(量刑)には影響があります。特に,本件のような強姦罪において,執行猶予が付されるためには,原則として示談が不可欠です。

また,損害賠償請求については,基本的に判決後と言うことになりますから,これが認められても刑事処分に影響しません。ただし,注意が必要なのは損害賠償命令制度を利用した場合です。この制度の場合,短い審理(原則として4回以内の審理)で賠償決定がなされるので,①刑事裁判→②損害賠償命令制度による審理→③損害賠償命令→④刑事裁判についての控訴,という流れになると,控訴審において損害賠償命令によって被害が填補されたとして,第1審の刑事処分が軽減されることもあり得るところです。そのため,何としても重い刑事処分を,と考えている場合は,請求のタイミングを見極める必要があります。

(7)小括

以上をまとめると,①刑事処分手続きを進めるために告訴をした上で,②金銭的な賠償額をもっとも高額にしたい場合は,検察官による終局処分前に示談をする,③何よりも刑事処分を受けてもらいたい場合は,刑事処分終結まで示談に応じず,刑事裁判の判決確定後,損害賠償請求訴訟を起こすか,刑事裁判中に申立てておいて損害賠償命令制度を利用する,ということになります。

もちろん,上記は原則的なところですし,加害者の資力や反省の態度,示談金の額,示談に際して付したい条件等によっても異なるところです。例えば,上記のとおり一般的には終局処分前の示談が最も高額になり得るところですが,本件のような強姦罪の場合は,刑事処分として執行猶予なしの実刑が考えられるため,起訴後に金額が上がる可能性もあります。

重要なのは,示談をする時期や内容によって,大きく効果や金額が変わることがある,ということです。

3 具体的な対応と注意するべきポイントについて

(1)告訴について

上記のとおり,刑事処分を求め,それに連なる損害賠償請求を行うにしても,示談による金銭賠償を求めるにしても,告訴をすることが必要です(そもそも,強姦罪のような親告罪において,刑事処分を科すためには告訴は必須です)。

告訴は,どの警察署でもできますが,受理後,最終的には管轄の警察署に記録は移ります。そのため,捜査開始までの時間を早めたければ,近くの警察署ではなく,事件の現場の警察署に行くということも考えられるところです。

告訴がなされた場合,捜査機関は基本的に受理しなければなりません(犯罪捜査規範63条)。しかし,実はこの告訴受理のハードルは高く,ある程度の確からしさがなければ,告訴は受理されません。

ここで求められているのは,刑事訴訟法に定められている告訴の要件である,「犯罪により害を被つた者」の該当性です。もちろん,確実な証拠が求められている訳ではありませんが,抽象的すぎる被害申告では,該当性を判断してもらえないことになります。

そのため,少なくとも事件の日時,場所,被害態様等について,可能な限り特定していくことが必要です。そのため,告訴は,口頭でもできるのですが,書面に整理した上で提出することがより受理の可能性を高めることになります。

また,本件で気になるのは,加害者が元々知っている人であった点と,被害を受けてから1日経過している点です。ただし,これらの事情によって,告訴が100パーセント受理されない,ということではありません。これらの点について,①元々知っていたとはいえ,プライベートでの付き合いはないこと,②精神的なショックで,被害申告ができなかったことを説得的に主張しなければなりません。当時を思い出して,できる限り被害を特定することは精神的に苦しいと思いますし,書面に整理して,捜査機関と交渉する必要もありますから,代理人を立てることをお勧めします(代理人が告訴できる点については犯罪捜査規範66条1項)。

(2)示談交渉について

仮に,示談による金銭賠償を求める場合,示談は双方の合意によるものですから,示談金額を含む条件のすり合わせ,つまり交渉が必要になります。

具体的な流れとしては,①刑事告訴をおこなう,②加害者が示談を希望する,③加害者が依頼した弁護士か,警察等の捜査期間を通じて示談を希望している旨の連絡が被害者になされる,④示談交渉の上,双方の合意があれば示談金の授受をし,示談合意書や告訴の取消書を作成する,ということになります。

そのため,そもそも加害者が希望しない場合や,条件で折り合いがつかなければ示談はできず,その場合に金銭賠償を求めるのであれば,後述の訴訟等による事になります。

金額はもちろんのこと,金銭支払い以外の条件,例えば本件のように被害者と加害者が知己であるような場合には今後の接触を制限するような条項,事件の事実がSNS等に流出しないような条件を設定することも必要です。

ご自身が安心して示談を成立させ,十分な補償を得るためには,正に「交渉」が必要になります。難しい交渉になることも多く,また精神的にもつらい話になってしまいますから,この点についても基本的には代理人を立てて交渉をすることをお勧めします。

(3)損害賠償請求について

仮に,示談を望まない場合,あるいは示談で条件が折り合わなかった場合民事訴訟手続により損害賠償請求をするか,損害賠償命令制度を利用することになる,という点は上記のとおりです。

上記では触れていませんが,これらの請求が認められた後も重要です。示談も成立せず,損害賠償請求が認められたという状況においては,おそらく加害者は執行猶予なしの実刑判決を受けています。そのため,そもそも加害者に払うお金がない,あるいは意図的に財産を隠してしまった,という理由で認められた賠償額が回収できない,という事態があり得るためです。示談の場合は,実際の金銭の交付を受けることをもって示談成立,とするのが基本ですから,回収できないというリスクがない,という点は示談のメリットの一つになります。

4 まとめ

長くなりましたが,あなたのように性犯罪被害を受けた方は,その後の複雑な手続を積極的に進めることは精神的にも困難だと思います。時間の経過に応じて告訴受理のハードルは高くなってしまうので,すぐに弁護士に相談し,告訴から始まる手続きを進めていくべきです。

以上

関連事例集

Yahoo! JAPAN

※参照条文

刑法

第177条(強姦)暴行又は脅迫を用いて十三歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、三年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の女子を姦淫した者も、同様とする。

第178条(準強制わいせつ及び準強姦)

第1項 人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、わいせつな行為をした者は、第百七十六条の例による。

第2項 女子の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、姦淫した者は、前条の例による。

第180条(親告罪)

第1項 第百七十六条から第百七十八条までの罪及びこれらの罪の未遂罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。

第2項 前項の規定は、二人以上の者が現場において共同して犯した第百七十六条若しくは第百七十八条第一項の罪又はこれらの罪の未遂罪については、適用しない。

刑事訴訟法

第230条 犯罪により害を被つた者は、告訴をすることができる。

第237条第1項 告訴は、公訴の提起があるまでこれを取り消すことができる。

第2項 告訴の取消をした者は、更に告訴をすることができない。

第3項 前二項の規定は、請求を待つて受理すべき事件についての請求についてこれを準用する。

第241条第1項 告訴又は告発は、書面又は口頭で検察官又は司法警察員にこれをしなければならない。

第2項 検察官又は司法警察員は、口頭による告訴又は告発を受けたときは調書を作らなければならない。

犯罪捜査規範

第63条(告訴、告発および自首の受理)

第1項 司法警察員たる警察官は、告訴、告発または自首をする者があつたときは、管轄区域内の事件であるかどうかを問わず、この節に定めるところにより、これを受理しなければならない。

第2項 司法巡査たる警察官は、告訴、告発または自首をする者があつたときは、直ちに、これを司法警察員たる警察官に移さなければならない。

(被害者以外の者の告訴)

第66条

第1項 被害者の委任による代理人から告訴を受ける場合には、委任状を差し出させなければならない。

第2項 被害者以外の告訴権者から告訴を受ける場合には、その資格を証する書面を差し出させなければならない。

第3項 被害者以外の告訴権者の委任による代理人から告訴を受ける場合には、前二項の書面をあわせ差し出させなければならない。

第4項 前三項の規定は、告訴の取消を受ける場合について準用する。

犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律

第3条(被害者等による公判記録の閲覧及び謄写)

第1項 刑事被告事件の係属する裁判所は、第一回の公判期日後当該被告事件の終結までの間において、当該被告事件の被害者等若しくは当該被害者の法定代理人又はこれらの者から委託を受けた弁護士から、当該被告事件の訴訟記録の閲覧又は謄写の申出があるときは、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、閲覧又は謄写を求める理由が正当でないと認める場合及び犯罪の性質、審理の状況その他の事情を考慮して閲覧又は謄写をさせることが相当でないと認める場合を除き、申出をした者にその閲覧又は謄写をさせるものとする。

第2項 裁判所は、前項の規定により謄写をさせる場合において、謄写した訴訟記録の使用目的を制限し、その他適当と認める条件を付することができる。

第3項 第一項の規定により訴訟記録を閲覧し又は謄写した者は、閲覧又は謄写により知り得た事項を用いるに当たり、不当に関係人の名誉若しくは生活の平穏を害し、又は捜査若しくは公判に支障を生じさせることのないよう注意しなければならない。

第23条(損害賠償命令の申立て)

第1項 次に掲げる罪に係る刑事被告事件(刑事訴訟法第四百五十一条第一項 の規定により更に審判をすることとされたものを除く。)の被害者又はその一般承継人は、当該被告事件の係属する裁判所(地方裁判所に限る。)に対し、その弁論の終結までに、損害賠償命令(当該被告事件に係る訴因として特定された事実を原因とする不法行為に基づく損害賠償の請求(これに附帯する損害賠償の請求を含む。)について、その賠償を被告人に命ずることをいう。以下同じ。)の申立てをすることができる。

一 故意の犯罪行為により人を死傷させた罪又はその未遂罪

二 次に掲げる罪又はその未遂罪

イ 刑法 (明治四十年法律第四十五号)第百七十六条 から第百七十八条 まで(強制わいせつ、強姦、準強制わいせつ及び準強姦)の罪

ロ 刑法第二百二十条 (逮捕及び監禁)の罪

ハ 刑法第二百二十四条 から第二百二十七条 まで(未成年者略取及び誘拐、営利目的等略取及び誘拐、身の代金目的略取等、所在国外移送目的略取及び誘拐、人身売買、被略取者等所在国外移送、被略取者引渡し等)の罪

ニ イからハまでに掲げる罪のほか、その犯罪行為にこれらの罪の犯罪行為を含む罪(前号に掲げる罪を除く。)

第2項 損害賠償命令の申立ては、次に掲げる事項を記載した書面を提出してしなければならない。

一 当事者及び法定代理人

二 請求の趣旨及び刑事被告事件に係る訴因として特定された事実その他請求を特定するに足りる事実

第3項 前項の書面には、同項各号に掲げる事項その他最高裁判所規則で定める事項以外の事項を記載してはならない。

第30条(審理)

第1項 刑事被告事件について刑事訴訟法第三百三十五条第一項 に規定する有罪の言渡しがあった場合(当該言渡しに係る罪が第二十三条第一項各号に掲げる罪に該当する場合に限る。)には、裁判所は、直ちに、損害賠償命令の申立てについての審理のための期日(以下「審理期日」という。)を開かなければならない。ただし、直ちに審理期日を開くことが相当でないと認めるときは、裁判長は、速やかに、最初の審理期日を定めなければならない。

第2項 審理期日には、当事者を呼び出さなければならない。

第3項 損害賠償命令の申立てについては、特別の事情がある場合を除き、四回以内の審理期日において、審理を終結しなければならない。

第4項 裁判所は、最初の審理期日において、刑事被告事件の訴訟記録のうち必要でないと認めるものを除き、その取調べをしなければならない。

第31条(審理の終結)裁判所は、審理を終結するときは、審理期日においてその旨を宣言しなければならない。

第32条(損害賠償命令)

第1項 損害賠償命令の申立てについての裁判(第二十七条第一項の決定を除く。以下この条から第三十四条までにおいて同じ。)は、次に掲げる事項を記載した決定書を作成して行わなければならない。

一 主文

二 請求の趣旨及び当事者の主張の要旨

三 理由の要旨

四 審理の終結の日

五 当事者及び法定代理人

六 裁判所

第2項 損害賠償命令については、裁判所は、必要があると認めるときは、申立てにより又は職権で、担保を立てて、又は立てないで仮執行をすることができることを宣言することができる。

第3項 第一項の決定書は、当事者に送達しなければならない。この場合においては、損害賠償命令の申立てについての裁判の効力は、当事者に送達された時に生ずる。

第4項 裁判所は、相当と認めるときは、第一項の規定にかかわらず、決定書の作成に代えて、当事者が出頭する審理期日において主文及び理由の要旨を口頭で告知する方法により、損害賠償命令の申立てについての裁判を行うことができる。この場合においては、当該裁判の効力は、その告知がされた時に生ずる。

第5項 裁判所は、前項の規定により損害賠償命令の申立てについての裁判を行った場合には、裁判所書記官に、第一項各号に掲げる事項を調書に記載させなければならない。