新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1691、2016/06/24 15:00 https://www.shinginza.com/qa-souzoku.htm
【相続、相続人の不存在と特別縁故者、大阪高裁平成4年3月19日決定】
特別縁故者に対する財産分与
質問:私は、中学卒業後、Xさんの経営する衣料品の小売店で店員として働き始め、Xさんがこのお店を廃業するまで30年間、働いていました。Xさんは結婚をしていなかったため、私は店の仕事だけではなく、Xさんの食事、洗濯、そのほか身の回りの世話をしていました。Xさんが病気のときには病院への付き添いや看病をしたことがあります。そのXさんが先月、亡くなりました。Xさんには店舗として利用していた土地建物など相当な遺産があると思いますが、Xさんは結婚したことがないため、子供もおらず、両親も既に亡くなっており、Xさんの兄弟もいないので、Xさんには相続人はいないようです。このままでは、Xさんの遺産は国に入ってしまうとも聞いています。
私はXさんとは血縁関係はありませんが、小売店で働いたり、Xさんの身辺の世話をしたりで、Xさんの財産形成には多少協力していると思っています。Xさんの遺産が国に入る前に、少しでも私に分けてもらうことはできないのでしょうか。
回答:
1 相続人がいない場合は、特別縁故者と言って、「被相続人と生計を同じくしていた者」「被相続人の療養看護に努めた者」「その他被相続人と特別の縁故があった者」(民法第958条の3第1項)は、相続族財産の一部または全部の分与を請求することができます。ご相談者も特別縁故者として財産の分与を請求できると考えられます。
2 この財産分与の請求は家庭裁判所に対して行うのですが、その前に相続人がいることが明らかでない場合は(相続人がいないことが明らかな場合も含まれます)、亡くなった人の財産はそれだけで法人となりその管理は相続財産管理人を選任して行うことないなっています。そして、相続財産に利害関係を有する者は、相続財産管理人の選任を被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所に申立てることができます。ご相談者様も、相続財産に対する財産分与の申し立てを行う利害関係人として相続財産管理人の申し立てをする必要があります。
3 家庭裁判所に選任された相続財産管理人による相続人の捜索の結果、相続人のいないことが判明した場合、相続財産管理人は、被相続人の負債等を支払って清算をし、清算して残った財産についてご相談者様は特別縁故者として財産分与の申立てを家庭裁判所にすることができます。
4 具体的な手続き、関連事例集は本稿のほかに、当事務所事例集1228番、1027番、670番、651番、233番、118番参照。
解説:
1 被相続人に相続人がいない場合、被相続人の遺産は、法人となり、家庭裁判所が選任した相続財産管理人が清算して、精算後残った財産は、最終的に国庫に帰属することになります(民法第959条)。しかし、国庫に帰属する前に、相続財産管理人による相続人調査と清算手続き並びに特別縁故者による財産分与請求という制度が認められています。
日本の私法制度は私有財産制(憲法29条)と私的自治の原則により成り立っています。従って、相続の場合も被相続人の財産処分の意思、及び推定的意思(遺志)に基づき遺言自由優先の原則(民法960条以下)、法定相続制(同900条)により遺産が分配されます。
しかし、遺産の分配の時には、当の本人はこの世には存在しないので最も重要な意思確認が不可能です。そのため、遺言は厳格な方式が取られていますし、法定相続も利害関係人の混乱を避けるため戸籍により画一的に決定されることになります。不条理でも例えば内縁、事実上の養子、未認知の子に相続権はありませんし、厳格な遺言の方式を踏まなければ遺産を法定相続人以外に分け与えることはできません。
しかし、病気等の事情により突然お亡くなりになり遺言もなく相続人も不存在であるという不測の事態が生じることもあり得るわけです。遺言も、相続人もいなければ、権利者が存在しない以上例外的に国庫に帰属するといっても不都合はないようにも思います。しかし、私有財産制の原則を貫くのであれば、あくまで被相続人の推定的意思(遺志)を推し量りこれに基づいて財産を分配することが理論的であり、画一的に決定する法定相続制度以外に被相続人が有したであろう意思をさらに総合的に考慮し利害関係人に遺産を公平に分与することが必要です。
勿論、遺産には債権者でなくても実質的に見て財産的精神的に遺産の形成に貢献した者もありますから遺産の清算という側面も考慮しなければいけません。以上が
特別縁故者への財産分与の根拠です。従って、縁故者の解釈に当たっては、被相続人の財産分配意思が推定されるような関係があるかどうかと、遺産の実質的清算という面から判断されることになります。特別縁故者として財産分与を請求する場合、そのような観点から申立の証拠資料を収集し、書面にて主張することが必要となるでしょう。
2 では、具体的にどのような基準で特別縁故者と認められるのでしょうか。
民法第958条の3第1項では、「被相続人と生計を同じくしていた者」「被相続人の療養看護に努めた者」「その他被相続人と特別の縁故があった者」を列挙しています。
「被相続人と生計を同じくしていた者」には、内縁の妻、事実上の養子などが考えられ、「被相続人の療養看護に努めた者」は、被相続人の疾病に対して献身的に療養看護を努めた者が考えられます。さらに「その他被相続人と特別の縁故があった者」について、判例(大阪高決昭和46年5月18日)は、「(民法第958条の3)に例示する二つの場合に該当する者に準ずる程度に被相続人との間に具体的且つ現実的な精神的・物質的に密接な交渉のあつた者で、相続財産をその者に分与することが被相続人の意思に合致するであろうとみられる程度に特別の関係にあつた者をいうものと解するのが相当である」としています。
ご相談者様の場合、Xさんと「生計を同じくしていた」わけでもなく、又、Xさんの「療養看護に努めていた」とも言い切れません。ただし、ご相談者様はXさんとは雇用関係を超えて身の回りの世話をしたりしていたのですから、「被相続人との間に具体的且つ現実的な精神的・物質的に密接な交渉のあつた者で、相続財産をその者に分与することが被相続人の意思に合致するであろうとみられる程度に特別の関係にあつた者」と言える可能性があります。
次の項で、被相続人の経営する店舗で長年働きながら、同人の身の回りの世話も相当していた方について、裁判所が特別縁故者として相当額の財産分与を認めた判例を紹介します。同判例の申立人Aさんについての裁判所の判断について、ご相談者様の参考になるでしょう。
3 大阪高裁平成4年3月19日決定(特別縁故者に対する相続財産の分与審判に対する即時抗告申立事件)
【当事者と各人に関する経過】
被相続人:明治28年10月21日出生。平成2年2月28日93歳で死亡。死亡当時、妻は亡く、子供はおらず、両親も亡くなっているので、相続人はいない。
衣類雑貨の小売店を経営し、戦時中に一旦中断するも、小売店を再開し、昭和62年に廃業。
遺産は、共同住宅内にある店舗兼住宅(平成元年当時の評価額は約7400万円)、預金約8080万円。現金約97万円。負債は相続財産管理人が立替えた3万円。
申立人A:被相続人経営の小売店に、学生時代からアルバイトとして働き、その後、昭和31年から39年まで住み込み店員として働き、結婚後も被相続人から頼まれたときは店番を手伝い、さらに昭和48年から被相続人が小売店を廃業する昭和62年まで住み込み店員として被相続人の小売店で働く。被相続人の妻が病気入院したときは、被相続人の家事・雑用にも従事し、被相続人の妻が亡くなった後は、住居の世話のほか、炊事、洗濯、食事等の身辺の世話、病気の介護にあたった。被相続人からの信頼も厚かった。また、被相続人の死亡後も供養をしている。
申立人B:被相続人の妻のいとこにあたる。被相続人とその妻の結婚当時、被相続人に対し、毎週一度、被相続人宅で帳簿の記帳、税務申告の手伝いなどをした。戦時中は被相続人の小売店の商品を自分の実家に疎開させたり、また、戦後一時期は被相続人夫婦を自宅に引き取った。
【裁判所の決定内容】
申立人A:特別縁故者として被相続人の財産から4000万円を分与することを認めた。被相続人との血縁関係はなくても、被相続人に対する貢献度も相当高く、また、被相続人の信頼も厚かったことから、特別縁故の程度も相当高いと裁判所は評価した。
申立人B:特別縁故者として被相続人の財産から2000万円の分与を認めた。戦中戦後の被相続人の生活困難な時代に援助をし、貴重な商品も自分の実家に非難させ戦災から守り、被相続人の営業再会に貢献した。申立人Aほどの貢献度はないとしても2000万円程度の金額を分与するのが相当であるとした。
4 家庭裁判所の手続きの概要
相続財産管理人の申立や特別縁故者の申立てについて、裁判所のHPに書式等があげられていますのでご参照ください。
相続財産管理人の選任
http://www.courts.go.jp/saiban/syurui_kazi/kazi_06_15/index.html
特別縁故者に対する相続財産分与
http://www.courts.go.jp/saiban/syurui_kazi/kazi_06_16/index.html
相続財産管理人の申立から特別縁故者への財産分与の申立に至るまでの時間的経過は次のようになります。
(1) 家庭裁判所は,相続財産管理人選任の審判をしたときは、相続財産管理人が選任されたことを知らせるための公告をします(民法第952条)。
↓(2ヶ月経過)
(2) 1の相続財産管理人選任の公告から2か月が経過してから、相続財産管理人は、相続財産の債権者・受遺者を確認するための公告をします(民法第957条1項)。
↓(2ヶ月経過)
(3) 2の公告から2か月が経過してから、家庭裁判所は,財産管理人の申立てにより、相続人を捜すため、6か月以上の期間を定めて公告をします(民法第958条)。期間満了までに相続人が現れなければ,相続人がいないことが確定します。
↓(3ヶ月以内)
(4) 3の公告の期間満了後,3か月以内に特別縁故者に対する相続財産分与の申立てがされることがあります。
5 さいごに
ご相談者様は、Xさんに相続人がいない場合に特別縁故者として、裁判所に相続財産の一部について財産分与を認められる可能性が高いと言えます。他方、相続財産管理人選任申し立てには、管理人に就任する弁護士などの費用として予納金を20万円以上納付する必要があります。これは相続財産の清算が終わったときに共益費として戻って来ますが、相続財産を換価した額から相続財産管理人の報酬を控除した残額が予納金に満たない場合は配当を受けることはできませんので注意が必要です。また、特別縁故者に対する財産分与の審判は、相続人に対する遺産分割とは異なり、生前の貢献が評価されたとしても、一般的に言って、分与されるのは数百万円以内が多いのが実情です。前記の判例の様なケースもありますが、相続人が相続するような、何分の1というようなものにはならないのが一般的です。
そのため、特別縁故者の申し立てを行う前に、被相続人に対して権利行使の可能性が無いかどうか、弁護士にご相談なさると良いでしょう。特別縁故者の財産分与は、家庭裁判所が家事審判により認めて初めて権利を生じるもので、強い権利とは言えません。しかし、被相続人に対して下記のような権利が認められるのであれば、これらの権利行使は請求権ですので、資料があれば受領出来る可能性が高まります。いくつかの法律構成を列挙致しますので、ご参考になさって下さい。
(1)貸し金返還請求(民法587条)
(2)不当利得返還請求(民法703条)
(3)準委任契約に基づく報酬請求(民法656条)
(4)名義貸し清算請求
具体的にどのような場合にどのような主張をすればよいのか、どのような資料を準備すればよいのか、等、具体的にお近くの弁護士に相談されると良いでしょう。なお、このような権利行使の場合も相続財産管理人の選任が必要なことは変わりありませんのでいずれにしろ、相続財産管理選任の申し立てから手続きを始めることになります。
≪参照条文≫
民法
(相続財産法人の成立)
第九百五十一条 相続人のあることが明らかでないときは、相続財産は、法人とする。
(相続財産の管理人の選任)
第九百五十二条 前条の場合には、家庭裁判所は、利害関係人又は検察官の請求によって、相続財産の管理人を選任しなければならない。
2 前項の規定により相続財産の管理人を選任したときは、家庭裁判所は、遅滞なくこれを公告しなければならない。
(不在者の財産の管理人に関する規定の準用)
第九百五十三条 第二十七条から第二十九条までの規定は、前条第一項の相続財産の管理人(以下この章において単に「相続財産の管理人」という。)について準用する。
(相続財産の管理人の報告)
第九百五十四条 相続財産の管理人は、相続債権者又は受遺者の請求があるときは、その請求をした者に相続財産の状況を報告しなければならない。
(相続財産法人の不成立)
第九百五十五条 相続人のあることが明らかになったときは、第九百五十一条の法人は、成立しなかったものとみなす。ただし、相続財産の管理人がその権限内でした行為の効力を妨げない。
(相続財産の管理人の代理権の消滅)
第九百五十六条 相続財産の管理人の代理権は、相続人が相続の承認をした時に消滅する。
2 前項の場合には、相続財産の管理人は、遅滞なく相続人に対して管理の計算をしなければならない。
(相続債権者及び受遺者に対する弁済)
第九百五十七条 第九百五十二条第二項の公告があった後二箇月以内に相続人のあることが明らかにならなかったときは、相続財産の管理人は、遅滞なく、すべての相続債権者及び受遺者に対し、一定の期間内にその請求の申出をすべき旨を公告しなければならない。この場合において、その期間は、二箇月を下ることができない。
2 第九百二十七条第二項から第四項まで及び第九百二十八条から第九百三十五条まで(第九百三十二条ただし書を除く。)の規定は、前項の場合について準用する。
(相続人の捜索の公告)
第九百五十八条 前条第一項の期間の満了後、なお相続人のあることが明らかでないときは、家庭裁判所は、相続財産の管理人又は検察官の請求によって、相続人があるならば一定の期間内にその権利を主張すべき旨を公告しなければならない。この場合において、その期間は、六箇月を下ることができない。
(権利を主張する者がない場合)
第九百五十八条の二 前条の期間内に相続人としての権利を主張する者がないときは、相続人並びに相続財産の管理人に知れなかった相続債権者及び受遺者は、その権利を行使することができない。
(特別縁故者に対する相続財産の分与)
第九百五十八条の三 前条の場合において、相当と認めるときは、家庭裁判所は、被相続人と生計を同じくしていた者、被相続人の療養看護に努めた者その他被相続人と特別の縁故があった者の請求によって、これらの者に、清算後残存すべき相続財産の全部又は一部を与えることができる。
2 前項の請求は、第九百五十八条の期間の満了後三箇月以内にしなければならない。
(残余財産の国庫への帰属)
第九百五十九条 前条の規定により処分されなかった相続財産は、国庫に帰属する。この場合においては、第九百五十六条第二項の規定を準用する。
家事事件手続法
(特別縁故者に対する相続財産の分与の審判)
第二百四条 特別縁故者に対する相続財産の分与の申立てについての審判は、民法第九百五十八条
の期間の満了後三月を経過した後にしなければならない。
2 同一の相続財産に関し特別縁故者に対する相続財産の分与の審判事件が数個同時に係属するときは、これらの審判の手続及び審判は、併合してしなければならない。