新銀座法律事務所 法律相談事例集データベース
No.1700、2016/08/01 12:11
【民事、登記、本人の所有権移転の意思確認欠如と司法書士の責任、東京高裁昭和47年12月21日判決、横浜地裁平成25年12月25日、東京地裁平成13年5月10日判決】
司法書士の賠償責任
質問: 先日、同居している息子が私の所有する土地の権利証と私の印鑑カード、実印を持ち出し、その土地を勝手に売却してしまっていたことが発覚しました。息子は私の代理人と偽って司法書士に手続きを依頼したようです。司法書士に責任追及をすることはできますか?調べたところ、その土地は既に第三者に売却されていました。
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回答:
1、 あなたが息子さんに、委任状を渡していたとか、登記申請に必要な書類を渡していたなどの事情が無ければ表見代理は成立しませんので、息子さんの代理行為は無権代理行為として、あなたにその効果が帰属することはありません。
2、 あなたは、必要に応じて、買主を債務者として処分禁止の仮処分申請を行い、買主を被告とする、所有権移転登記抹消登記請求訴訟を提起して、所有権の登記を取り戻すことができます。
3、 これらの手続きを全て自分だけで行うことは難しいでしょう。通常は、弁護士に依頼して裁判手続きを代理して貰うことになります。この場合の手続き費用は、本来負担する必要のない費用ですから、息子さんと、本人の「意思確認」を怠った司法書士に損害賠償請求をすることができます。息子さんが無資力で賠償能力が無い場合は、全損害を司法書士に対して請求することができます。
4、 司法書士は、法律により登記に関する手続きを代理することを業としており、「業務に関する法令及び実務に精通して公正誠実にその業務を行うことを要求し、その資格を厳しく制限する一方で前記業務に関してはほぼ独占的な地位を付与(大阪地裁昭和62年2月26日判決)」されています。故に、代理人として登記申請に関する委任を受けた場合は、人(当事者)、物(不動産)、意思(売買)を確認し、依頼を受けた登記を実現することについて善管注意義務を負います。司法書士がこの義務に違反して、不正な登記がなされたことに関与した場合は、損害を受けた第三者に対して賠償責任を負うことになります。判例も前述の大阪地裁昭和62年2月26日判決のほか、代理人と称する者からの依頼で代理権の存在を疑うに事情がある場合に代理権授与の事実確認をしなかった場合にはその不実の登記を信頼して取引に入った者に対して司法書士が不法行為責任を負担することを認めています(東京高裁昭和47年12月21日判決)。不動産を失ったことによる損害として、不動産の時価相当の損害賠償ができます。
5、 なお、平成20年3月に施行された「犯罪による収益の移転防止に関する法律」(通称「ゲートキーパー法」)により、本人確認については厳格に行うことが求められていますが、当該法律で確認すべきこととされているのは、本人の実在性とその同一性であって、本人の意思確認については要求されていませんので、本件のような場合には、本法による責任を直接問うのは難しいと思われます。
6、 登記関連事例集1518番、1492番、1477番、1148番、905番、857番、733番、712番、554番、394番、391番、75番、68番参照。
解説:
1 無権代理行為
貴方が息子さんに本件土地の売却に関する代理権を与えていた場合には、今回の息子さんの法律行為(売買契約)の効果は本人である貴方に直接帰属します(民法第99条)。この場合は、売買契約の効果により土地の所有権は買主に移転します。
今回、貴方は本件土地の売却について代理権を息子さんに与えていないにもかかわらず息子さんが代理人と名乗って勝手に売却してしまったのですから、息子さんの行為は無権代理行為となり、土地の売買契約の効力はあなたに帰属しないことになります。
よって、あなたは買主に対してその売買契約の効果を拒絶して、土地の所有権を主張することができます。買主に対して、所有権移転登記抹消請求訴訟を提起することができます。また、息子さんと司法書士に対して、所有権移転登記を戻すために掛かった費用について、損害賠償請求をすることができます。
民法第99条(代理行為の要件及び効果)
第1項 代理人がその権限内において本人のためにすることを示してした意思表示は、本人に対して直接にその効力を生ずる。
第2項 前項の規定は、第三者が代理人に対してした意思表示について準用する。
2 表見代理行為
無権代理であっても、貴方と息子さんとの間に基本権限となりうるような一定の事由がある場合には表見代理が成立します(民法109条、110条)。表見代理とは、無権代理行為があった場合に、本人に一定の帰責性が認められる場合に、無権代理人に真正な代理権があるだろうと信頼して取引をした相手方(買主)を保護する制度です。表見代理の要件となる「本人の帰責性」には、委任状交付など「代理権授与表示(民法109条)」や、基本代理権付与による「権限外行為(民法110条)」や、委任状回収漏れによる「代理権消滅後の代理行為(民法112条)」などがあります。
権限外行為に関する表見代理(民法110条)について、基本代理権は、契約代理権などの私法上の権限に限らず、登記必要書類の交付申請代理権など公法上の権限でも表見代理が成立しうると解釈されています。例えば、貴方がその土地を買主以外の第三者に譲るつもりで、息子さんに土地の権利証や印鑑証明書、実印、委任状などを預けていたなどの公法上の事由しかない場合でも、この表見代理が成立する可能性があります(最判昭和46.6.3)。表見代理が成立すると、今回の売買契約の効果は貴方に帰属し(つまりあなたが売買契約を締結したのと同じことになり)、貴方は土地の所有権を買主に主張することができなくなりますので注意が必要です。あなたは、買主に対して所有権を主張できませんが、息子さんと司法書士に対して所有権を失った損害について賠償請求することができます。但し、前記の通り表見代理の成立要件に本人の帰責性がありますから司法書士から過失相殺(民法722条2項)の主張がなされ、賠償額が減殺される可能性があります。
民法第109条 (代理権授与の表示による表見代理) 第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、その責任を負う。ただし、第三者が、その他人が代理権を与えられていないことを知り、又は過失によって知らなかったときは、この限りでない。
第110条 (権限外の行為の表見代理) 前条本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。
第112条(代理権消滅後の表見代理) 代理権の消滅は、善意の第三者に対抗することができない。ただし、第三者が過失によってその事実を知らなかったときは、この限りでない。
最高裁判所昭和46年6月3日判決(約束手形金請求事件)
『登記申請行為が公法上の行為であることは原判示のとおりであるが、その行為は右のように私法上の契約に基づいてなされるものであり、その登記申請に基づいて登記がなされるときは契約上の債務の履行という私法上の効果を生ずるものであるから、その行為は同時に私法上の作用を有するものと認められる。そして、単なる公法上の行為についての代理権は民法一一〇条の規定による表見代理の成立の要件たる基本代理権にあたらないと解すべきであるとしても、その行為が特定の私法上の取引行為の一環としてなされるものであるときは、右規定の適用に関しても、その行為の私法上の作用を看過することはできないのであつて、実体上登記義務を負う者がその登記申請行為を他人に委任して実印等をこれに交付したような場合に、その受任者の権限の外観に対する第三者の信頼を保護する必要があることは、委任者が一般の私法上の行為の代理権を与えた場合におけると異なるところがないものといわなければならない。したがつて、本人が登記申請行為を他人に委任してこれにその権限を与え、その他人が右権限をこえて第三者との間に行為をした場合において、その登記申請行為が本件のように私法上の契約による義務の履行のためになされるものであるときは、その権限を基本代理権として、右第三者との間の行為につき民法一一〇条を適用し、表見代理の成立を認めることを妨げないものと解するのが相当である。』
3 司法書士の善管注意義務
司法書士が、登記申請の当事者から依頼を受けて、法務局に対して登記申請書を提出するのは、代理人として登記申請の意思表示を行う行為です。これは、登記申請の当事者と司法書士との間で、登記申請行為を代理してください、という委任契約(民法643条)が締結されて、この委任契約に従って、司法書士が代理行為を行っているのです。司法書士は、司法書士法3条1項1号で、業として登記申請の代理を行う権限が付与されています。これは罰則規定で担保された業務独占規定です。これは国民の重要な財産である不動産の得喪に関する業務なので専門家により確実に遂行されるべきであるという制度趣旨です。
民法第643条(委任) 委任は、当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方がこれを承諾することによって、その効力を生ずる。
司法書士法第3条(業務)
第1項 司法書士は、この法律の定めるところにより、他人の依頼を受けて、次に掲げる事務を行うことを業とする。
一号 登記又は供託に関する手続について代理すること。
司法書士が登記申請の依頼を受けた場合、その専門的な知識をもって、速やかに依頼された登記を実現し、かつ、登記にかかる紛争が生じることを前もって防ぐという依頼者との委任契約に基づく委任契約上の善管注意義務を負います。善管注意義務とは、受託者の属する職業、社会的地位に応じて客観的、一般的に期待される注意義務です(これに類似するものとして注意義務の程度が低い自己の財産を保管すると同一の注意義務があります。民法659条「自己の財産に対するのと同一の注意」)。司法書士の場合は、登記申請代理業務を職業として行う立場の者として、客観的に期待されるべき注意義務ということになります。自分にはその様な能力がないということは責任を逃れる理由にはなりません。例えば、不動産売買契約に基づく所有権移転登記申請の場面で言えば、所有権移転登記に必要な書類がそろっているか否か、売買代金の授受(決済)、当事者本人の同一性と申請意思を確認して、間違いなく所有権の移転登記を申請するということが期待されていると言えるでしょう。この時の確認のレベルは、プロとして一般に期待されているレベルということになります。例えば、同様の髪型や服装の場合に、一卵性双生児で顔写真も対面したときも他人には区別が困難というようなレアケースでは、本人の同一性を見誤ったとしても、注意義務違反の責任を問われない可能性もあると考えられます。
判例において、司法書士の善管注意義務は、「依頼者の権利が速やかに実現されるように登記に必要な書類の徴求を指示し,依頼者が用意した書類相互の整合性を点検して,その所期の目的に適った登記の実現に向けて手続的な誤謬が存しないかどうかを調査確認する義務を負うほか,委任者が本人であるか否か,登記意思があるか否かを確認する義務を負う(横浜地裁平成25年12月25日)」とされています。
司法書士に課されている具体的な注意義務としては、本人の確認、当該物件及び登記意思の確認、登記添付書類である権利証、印鑑証明書等の真偽の判断、等が挙げられます。判例では、司法書士がこれらについて善管注意義務を尽くさず、それにより申請人に損害を与えたような場合には、委任契約上の債務不履行責任を負い、損害賠償責任を負うとされています。
東京地裁平成13年5月10日判決:「売買契約に立ち会った際、本件登記済証の真偽を確認して偽造である疑いがあることを原告に告げていたとすれば、原告は、本件土地の購入を思い止まり、本件売買契約の締結を中止したであろうことは容易に推認される。 したがって、原告が本件売買契約の際に売買名下に騙取された金員及び支出した諸費用(前判示第二の一の(5)掲記の乙野ファイナンスの融資手数料、戊田プラニングの仲介手数料、登録免許税等の登記費用、司法書士手数料)の合計二億八九五八万六一五〇円は、被告の前記債務不履行と相当因果関係にある損害であると認められる」(但し過失相殺60%)、
東京地裁平成9年9月9日判決:
「二 登記申請書類の点検を依頼された司法書士には、単に形式的に登記申請に必要な書類が整っているか否か確認するのみならず、有効に登記が経由できるように依頼者から示された書類の真否についても善良な管理者としての注意を尽くすべき義務があるところ、原告代表者から示された本件土地の登記簿謄本の表題部によれば、本件土地は、昭和五一年五月一日に区画整理された結果、所在の表示が「川口市十二月田町」から「川口市朝日五丁目」に変更されたにもかかわらず、昭和四八年二月二二日に作成された本件土地の登記済権利証の物件の表示欄においては、所在が変更後の「川口市朝日五丁目」と表示されていたというのであるから、専門的知識を有する司法書士に要求される善管注意義務を尽くせば、当然に登記済権利証が偽造であることを看破し得たというべきであり、この点を看過した被告は債務不履行責任を免れないといわなければならない。
前記認定事実によれば、原告は、平成七年一二月四日、自称田中らに一億円を貸し付け、平成八年一月九日、被告に報酬及び登記手続費用として七六万三四五〇円を支払ったことが認められるが、これらの金員の支出は、被告による登記申請書類の点検に過誤がなく根抵当権設定登記が有効にされるものと信じたことによるものであって、根抵当権設定登記が有効にされないのであれば支出されなかったであろうから、右合計一億〇〇七六万三四五〇円は被告の債務不履行と相当因果関係が認められる。七六万三四五〇円は、原告に偽造の事実が事実上判明した後に支出されているが、まだその段階では登記申請が正式に拒否されたわけではなく、偽造の疑いが事実上濃厚になったにすぎないというべきであるから、これを理由に相当因果関係を否定するのは相当でない。なお、登録免許税六〇万円は、原告に還付されているから、本件訴訟の弁護士費用を除く原告の現在の損害額は、一億〇〇一六万三四五〇円である。
三 争点である過失相殺について判断する。
前記認定事実によれば、本件契約の締結に直接携わった原告代表者は、約一五年の不動産取引の経験を有し、本件契約と同様の取引をこの四、五年の間、年に四、五回はしていたというのであるから、不動産を業務上扱う者として不動産の権利関係や担保提供者の意思について慎重に調査すべきことが要求されているというべきである。特に、本件契約は、二か月ほど前に知り合った森本が持ち込んだものであり、森本が最初に持ち込んだ柴田との業務委託契約においては委託者である柴田から約定の委託料が支払われなかったというのであるから、そのようなことのないように本件契約の委託者については十分に調査すべきであったということができる。しかしながら、原告は、二億円という金額からすれば疑ってかかる余地があるにもかかわらず、「家族には内緒でまとまったお金を調達しなければならない。」という森本の説明を安易に信じ、本件土地の担保価値を調査しただけで、田中本人に事前に直接確認することをせず、森本に言われるままに本件契約の締結を急ぎ、森本から話が持ち込まれたほぼ半月後の平成七年一二月四日には、本来の資金調達先でない株式会社二十一世紀コーポレーションから一時的に借り入れた八千万円に手持資金を加えた一億円を自称田中に貸し付けているのであって、原告には過失があるといわなければならない。
しかしながら、被告の善管注意義務違反の過失が登記済権利証と登記簿謄本の比較という基本的な審査を十分にしなかった点にあることからすると、契約者の本人性の確認について原告が本来責任を負うべきであるという点を考慮しても、原告の損害額から三割五分を減額するにとどめるのが相当である。そうすると、被告の負担すべき損害賠償額は、六五一〇万六二四二円となる。
弁論の全趣旨によれば、原告は、本件訴訟を原告訴訟代理人らに委任し、相当額の費用及び報酬の支払を約束しているものと認められるが、本件事案の性質、審理の経過、認容額に照らし、原告が相当因果関係のある損害として賠償を求め得る額は、三〇〇万円と認めるのが相当である。」
民法第415条 (債務不履行による損害賠償)
債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。
第416条(損害賠償の範囲)
第1項 債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。
第2項 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見し、又は予見することができたときは、債権者は、その賠償を請求することができる。
損害賠償の範囲は、民法416条で、当該債務不履行によって通常生ずべき損害と、当事者が予見可能な特別損害が含まれると解釈されています。当事者が予見可能な損害であれば、契約当事者として結果回避義務を負うのであり、義務違反によって相手に損害を与えたので帰責性があると考えられるのです。これを相当因果関係にある損害についての賠償責任と言います。
更に、司法書士が登記義務者の代理人と称する者の依頼により代理権の存在を確かめないでした登記申請については、「司法書士が登記義務者の代理人と称する者の依頼により本人のため登記関係書類を作成する場合において、依頼者の言動により代理権の存否に疑のあるような場合は、単に必要書類について形式的な審査をするに止まらず、本人について登記原因証書作成についての真意の有無および登記申請についての代理権授与の事実の有無を確かめ登記手続に過誤なからしめるよう万全の注意を払う義務があるものというべき(東京高裁昭和47年12月21日判決)」としてその代理権の存在について疑うような事情があったにもかかわらず、代理権授与の事実を確かめなかった場合には、その代理権に基づきなされた不実の登記によって損害を受けた第三者に対して不法行為責任を負うとしています(最判昭和50年11月28日)。
民法第709条(不法行為による損害賠償)
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
前記の通り司法書士には、法令により業として登記申請の代理業務を行う権限が与えられているのであり、登記申請に際して当事者の申請意思を確認して不正登記や過誤登記を出現させないように注意すべき職務上の義務を負っていると考えられ、故意過失によりこの注意義務に違反して、第三者に不測の損害を与えた場合は賠償責任を負うと考えられます。不法行為で第三者に対して賠償義務を負う場合の賠償責任の範囲については、民法416条が類推適用され、当該不法行為によって通常生ずべき損害と、当事者が予見可能であった特別損害について賠償責任を負うと解されています(最高裁判所昭和48年6月7日判決)。例えば、不法行為により土地の所有権を失ってしまったのであれば、当該土地の時価相当額が損害額と解釈されることになります。
4 御相談の事例について
ご相談のケースでは、当該登記に関与した司法書士は、貴方と息子さんが同居していることにより、登記に必要な書類がどこに保管されているのかを把握している、更に言えば、勝手に持ち出せる状況であるかもしれないことも念頭において、貴方から息子さんへの代理権授与の事実を何らかの方法で貴方に直接確かめるべきであったと考えられます。
この点において司法書士が司法書士に課せられている注意義務を尽くしておらず、善管注意義務違反があったとして不法行為による損害賠償責任を負うと言えます。
いずれにしても実際に損害賠償請求を司法書士にした場合には、相手方も貴方にも落ち度(過失)があったことを主張し、過失相殺による損害賠償額の減額を主張してくることが予想されますので、訴訟を踏まえて早めに弁護士に依頼されることをお勧めします。
<参考判例抜粋>
東京高等裁判所昭和47年12月21日判決
『司法書士が登記義務者の代理人と称する者の依頼により本人のため登記関係書類を作成する場合において、依頼者の言動により代理権の存否に疑のあるような場合は、単に必要書類について形式的な審査をするに止まらず、本人について登記原因証書作成についての真意の有無および登記申請についての代理権授与の事実の有無を確かめ登記手続に過誤なからしめるよう万全の注意を払う義務があるものというべきであり、このような場合保証人として不動産登記法四四条の保証書を作成する者についても右と同様のことがいえる。(前出昭和二〇年一二月二二日大審院判決)ところで本件においては、前認定のように武彦は控訴人大沢武に対し愛子の代理人として本件土地の自己への所有権移転登記手続を依頼するにあたり、本人である愛子の印鑑と印鑑証明書を持参したほかには、委任状等代理権授与に関する事実を推知せしめるような何らの証憑書類を示すことなく、持参した愛子の印鑑により登記原因証書たる贈与証書ならびに登記申請委任状の作成を依頼し、このように愛子の権利書も所持せず、そのため保証書の作成の必要があるのみならずその後法務局から愛子に対する保証書による登記申請につき本人の意思を確かめる照会に対する回答書の作成までも右控訴人に依頼するなど甚だ異例な態度をとつているのであつて、しかも愛子と武彦は義理の親子の関係にあることは控訴人も知つていたことを考え合せると、控訴人大沢武としては武彦の右代理権の有無につき疑をさしはさむことは容易であつたと考えられ、このような場合は何らかの方法で本人たる愛子についてこれを調査確認すべきであつたといわなければならない。しかるに控訴人大沢武は、ひたすら武彦の言を軽信し同人の代理権限について疑念を抱かず、本人たる愛子にこれを確かめることなく前記の所有権移転登記の申請手続をなし、よつて不実の登記がなされる結果を招来したことは、司法書士として善良な管理者の注意義務を怠つたものといわなければならない。』
最高裁判所昭和50年11月28日判決
『司法書士は、登記義務者の代理人と称する者の依頼を受け所有権移転の登記申請をするにあたり、依頼者の代理権の存在を疑うに足りる事情がある場合には、登記義務者本人について代理権授与の有無を確め、不正な登記がされることがないように注意を払う義務があるものというべきである。また,このような場合には、保証人として不動産登記法四四条の保証書を作成する者も、同様の義務があるものというべきである。
本件において原審の適法に確定したところによれば、(一)訴外TTは、その義母TAの印鑑と印鑑証明書等を持参し、司法書士である上告人OTに対し、「家族の中で男は自分一人だから、自分が土地の贈与を受けたので登記してほしい。権利証は紛失した。」旨申し向けて本件土地につき贈与を原因としてTAからTTへ所有権移転登記手続をすることを依頼し、同上告人は、TAとTTは義理の親子の関係にあることを知つていたところ、右TTの言を軽信し、かねて面識のあるTAにその真意を確かめることなく、TTが持参したTA及び訴外TYの印鑑を用いてTA代理人OT名義の本件土地贈与証書、同上告人を受任者とするTA名義の登記申請委任状及び不動産登記法四四条所定のTY名義の保証書を作成し、更にその妻である上告人OSをしてその承諾のもとに同条所定のOS名義の保証書を作成させ、これらの書類を登記申請書とともに千葉地方法務局船橋出張所に提出し、その後右出張所からTAに宛てた同法四四条の二による照会の書面を持参したTTの依頼により、TAの記名押印をしてその回答書を作成のうえ右出張所にこれを送付し、よつて昭和四二年六月二六日本件土地につきTAよりTTへの所有権移転登記がされた。上告人OSは、OS名義の保証書の作成について、TAにその真意を確めなかつた。TTが持参したTAの印鑑はTTが偽造したもので、印鑑証明は右偽造にかかる印鑑を行使して交付を受けたものであり、また、保証書を作成するためTTが持参したTYの印鑑も偽造したものである。
(二) 被上告人は、本件土地が真実TTの所有であると信じ、昭和四二年六月二九日TTに対し一〇〇万円を、利息年一割五分、弁済期同年一〇月二九日の約で貸与し、同日TTとの間で右債務を担保するため本件土地につき抵当権を設定するとともに、右債務不履行の場合には代物弁済として本件土地の所有権を被上告人に移転し、かつ、被上告人のために賃借権を設定することを約し、翌三〇日右抵当権設定登記、停止条件付所有権移転仮登記及び停止条件付賃借権仮登記を経由した。その後、TAが被上告人とTTとを被告として提起した千葉地方裁判所昭和四二年(ワ)第四八三号登記抹消請求事件において被上告人らは敗訴し、本件土地はTAの所有であり、TTの所有でないことが確定し、被上告人のため本件土地についてされた前記各登記はいずれも抹消され、被上告人はこれによつて損害を受けた、というのであつて、右事実関係のもとにおいて、TTの代理権の存在を疑うに足りる事情があり、上告人らは本人について代理権授与の有無を確めるべきところ、これを怠つた点に過失があるとした原審の判断は、正当として是認することができる。』
<参考条文>
※司法書士法
第3条(業務)
第1項 司法書士は、この法律の定めるところにより、他人の依頼を受けて、次に掲げる事務を行うことを業とする。
一号 登記又は供託に関する手続について代理すること。
二号 法務局又は地方法務局に提出し、又は提供する書類又は電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によつては認識することができない方式で作られる記録であつて、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。第四号において同じ。)を作成すること。ただし、同号に掲げる事務を除く。
三号 法務局又は地方法務局の長に対する登記又は供託に関する審査請求の手続について代理すること。
四号 裁判所若しくは検察庁に提出する書類又は筆界特定の手続(不動産登記法
(平成十六年法律第百二十三号)第六章第二節
の規定による筆界特定の手続又は筆界特定の申請の却下に関する審査請求の手続をいう。第八号において同じ。)において法務局若しくは地方法務局に提出し若しくは提供する書類若しくは電磁的記録を作成すること。
五号 前各号の事務について相談に応ずること。
六号 簡易裁判所における次に掲げる手続について代理すること。ただし、上訴の提起(自ら代理人として手続に関与している事件の判決、決定又は命令に係るものを除く。)、再審及び強制執行に関する事項(ホに掲げる手続を除く。)については、代理することができない。
イ 民事訴訟法 (平成八年法律第百九号)の規定による手続(ロに規定する手続及び訴えの提起前における証拠保全手続を除く。)であつて、訴訟の目的の価額が裁判所法
(昭和二十二年法律第五十九号)第三十三条第一項第一号
に定める額を超えないもの
ロ 民事訴訟法第二百七十五条 の規定による和解の手続又は同法第七編
の規定による支払督促の手続であつて、請求の目的の価額が裁判所法第三十三条第一項第一号
に定める額を超えないもの
ハ 民事訴訟法第二編第四章第七節 の規定による訴えの提起前における証拠保全手続又は民事保全法
(平成元年法律第九十一号)の規定による手続であつて、本案の訴訟の目的の価額が裁判所法第三十三条第一項第一号
に定める額を超えないもの
ニ 民事調停法 (昭和二十六年法律第二百二十二号)の規定による手続であつて、調停を求める事項の価額が裁判所法第三十三条第一項第一号
に定める額を超えないもの
ホ 民事執行法 (昭和五十四年法律第四号)第二章第二節第四款第二目
の規定による少額訴訟債権執行の手続であつて、請求の価額が裁判所法第三十三条第一項第一号
に定める額を超えないもの
七号 民事に関する紛争(簡易裁判所における民事訴訟法
の規定による訴訟手続の対象となるものに限る。)であつて紛争の目的の価額が裁判所法第三十三条第一項第一号
に定める額を超えないものについて、相談に応じ、又は仲裁事件の手続若しくは裁判外の和解について代理すること。
八号 筆界特定の手続であつて対象土地(不動産登記法第百二十三条第三号
に規定する対象土地をいう。)の価額として法務省令で定める方法により算定される額の合計額の二分の一に相当する額に筆界特定によつて通常得られることとなる利益の割合として法務省令で定める割合を乗じて得た額が裁判所法第三十三条第一項第一号
に定める額を超えないものについて、相談に応じ、又は代理すること。
第2項 前項第六号から第八号までに規定する業務(以下「簡裁訴訟代理等関係業務」という。)は、次のいずれにも該当する司法書士に限り、行うことができる。
一号 簡裁訴訟代理等関係業務について法務省令で定める法人が実施する研修であつて法務大臣が指定するものの課程を修了した者であること。
二号 前号に規定する者の申請に基づき法務大臣が簡裁訴訟代理等関係業務を行うのに必要な能力を有すると認定した者であること。
三号 司法書士会の会員であること。
第3項 法務大臣は、次のいずれにも該当するものと認められる研修についてのみ前項第一号の指定をするものとする。
一号 研修の内容が、簡裁訴訟代理等関係業務を行うのに必要な能力の習得に十分なものとして法務省令で定める基準を満たすものであること。
二号 研修の実施に関する計画が、その適正かつ確実な実施のために適切なものであること。
三号 研修を実施する法人が、前号の計画を適正かつ確実に遂行するに足りる専門的能力及び経理的基礎を有するものであること。
第4項 法務大臣は、第二項第一号の研修の適正かつ確実な実施を確保するために必要な限度において、当該研修を実施する法人に対し、当該研修に関して、必要な報告若しくは資料の提出を求め、又は必要な命令をすることができる。
第5項 司法書士は、第二項第二号の規定による認定を受けようとするときは、政令で定めるところにより、手数料を納めなければならない。
第6項 第二項に規定する司法書士は、民事訴訟法第五十四条第一項
本文(民事保全法第七条 又は民事執行法第二十条
において準用する場合を含む。)の規定にかかわらず、第一項第六号イからハまで又はホに掲げる手続における訴訟代理人又は代理人となることができる。
第7項 第二項に規定する司法書士であつて第一項第六号イ及びロに掲げる手続において訴訟代理人になつたものは、民事訴訟法第五十五条第一項
の規定にかかわらず、委任を受けた事件について、強制執行に関する訴訟行為をすることができない。ただし、第二項に規定する司法書士であつて第一項第六号イに掲げる手続のうち少額訴訟の手続において訴訟代理人になつたものが同号ホに掲げる手続についてする訴訟行為については、この限りでない。
第8項 司法書士は、第一項に規定する業務であつても、その業務を行うことが他の法律において制限されているものについては、これを行うことができない。