(2)類似の裁判例
本件の類似事件に対する判断として,ぽるぷ事件の裁判例(東京地方裁判所平成9年8月1日判決)が挙げられます。この裁判例では,出版社の社員が,年に数回,ホテル等で行われる会社の絵画の展覧会で労働したという事案で,@労働者が原則として会場を離れることはなかった,A展覧会の会場の開閉時間は定められている,B支店長等は会場に赴いているといった本件と似た事情が存在します。
この裁判例では,まず,事業場外労働のみなし制について,「…本来使用者には労働時間の把握算定義務があるが,事業場の外で労働する場合にはその労働の特殊性から,すべての場合について,このような義務を認めることは困難を強いる結果になることから,みなし規定による労働時間の算定が規定されているものである。したがって,本条の規定の適用を受けるのは労働時間の算定が困難な場合に限られる…」として,事業場外労働のみなし制の適用は,労働時間の算定が困難な場合に限られるという判断枠組みを示しています。
そして,上記判断枠組みを前提とした具体的検討では,「本件における展覧会での展示販売は,…,業務に従事する場所及び時間が限定されており,被告の支店長等も業務場所に赴いているうえ,会場内での勤務は顧客への対応以外の時間も顧客の来訪に備えて待機しているもので休憩時間とは認められないこと等から,被告がプロモーター社員らの労働時間を算定することが困難な場合とは到底言うことができず,労基法三八条の二の事業場外みなし労働時間制の適用を受ける場合でないことは明らかである」として,事業場外労働のみなし制の適用を否定しています。
5 結論
以上から,本件では,使用者側の管理職が展覧会場に存在し,具体的指導監督可能性があって労働時間の把握が可能であること,業務に時間的場所的限定が存在することといった事情を考慮すれば,労働時間の算定が困難であるとは認められないと考えられます。
したがって,本件では,事業場外労働のみなし制の適用を否定される可能性が高いと考えられ,相談者による所定労働時間外の賃金請求が認められる可能性は十分存在すると考えられます。
<参考文献>
菅野和夫「労働法」第9版
東京大学労働法研究会編「注釈労働基準法」下巻
厚生労働省労働基準局編「労働基準法」上
<参考条文>
民法
(雇用)
第六百二十三条 雇用は,当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し,相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって,その効力を生ずる。
労働基準法
(時間外,休日及び深夜の割増賃金)
第三十七条 使用者が,第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し,又は休日に労働させた場合においては,その時間又はその日の労働については,通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし,当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては,その超えた時間の労働については,通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
第三十八条の二 労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において,労働時間を算定し難いときは,所定労働時間労働したものとみなす。ただし,当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては,当該業務に関しては,厚生労働省令で定めるところにより,当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。
2 前項ただし書の場合において,当該業務に関し,当該事業場に,労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合,労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定があるときは,その協定で定める時間を同項ただし書の当該業務の遂行に通常必要とされる時間とする。
3 使用者は,厚生労働省令で定めるところにより,前項の協定を行政官庁に届け出なければならない。
(作成及び届出の義務)
第八十九条 常時十人以上の労働者を使用する使用者は,次に掲げる事項について就業規則を作成し,行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても,同様とする。
一 始業及び終業の時刻,休憩時間,休日,休暇並びに労働者を二組以上に分けて交替に就業させる場合においては就業時転換に関する事項
※都道府県労働基準局長あて労働省労働基準局長、労働省婦人局長通知、昭和63年1月1日基発第1号(特に「事業場外労働に関するみなし労働時間制」の項目)
イ 趣旨
事業場外で労働する場合で,使用者の具体的な指揮監督が及ばず,労働時間の算定が困難な業務が増加していることに対応して,当該業務における労働時間の算定が適切に行われるように法制度を整備したものであること。
ロ 事業場外労働の範囲
事業場外労働に関するみなし労働時間制の対象となるのは,事業場外で業務に従事し,かつ,使用者の具体的な指揮監督が及ばず,労働時間を算定することが困難な業務であること。したがって,次の場合のように,事業場外で業務に従事する場合であっても,使用者の具体的な指揮監督が及んでいる場合については,労働時間の算定が可能であるので,みなし労働時間制の適用はないものであること。
[1] 何人かのグループで事業場外労働に従事する場合で,そのメンバーの中に労働時間の管理をする者がいる場合
[2] 事業場外で業務に従事するが,無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら労働している場合
[3] 事業場において,訪問先,帰社時刻等当日の業務の具体的指示を受けたのち,事業場外で指示どおりに業務に従事し,その後事業場にもどる場合
ハ 事業場外労働における労働時間の算定方法
(イ) 原則
労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において,労働時間を算定し難いときは,所定労働時間労働したものとみなされ,労働時間の一部について事業場内で業務に従事した場合には,当該事業場内の労働時間を含めて,所定労働時間労働したものとみなされるものであること。
(ロ) 当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合
当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合には,当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなされ,労働時間の一部について事業場内で業務に従事した場合には,当該事業場内の労働時間と事業場外で従事した業務の遂行に必要とされる時間とを加えた時間労働したものとみなされるものであること。なお,当該業務の遂行に通常必要とされる時間とは,通常の状態でその業務を遂行するために客観的に必要とされる時間であること。
(ハ) 労使協定が締結された場合
(ロ)の当該業務の遂行に通常必要とされる時間については,業務の実態が最もよくわかっている労使間で,その実態を踏まえて協議した上で決めることが適当であるので,労使協定で労働時間を定めた場合には,当該時間を,当該業務の遂行に通常必要とされる時間とすることとしたものであること。
また,当該業務の遂行に通常必要とされる時間は,一般的に,時とともに変化することが考えられるものであり,一定の期間ごとに協定内容を見直すことが適当であるので,当該協定には,有効期間の定めをすることとしたものであること。
なお,突発的に生ずるものは別として,常態として行われている事業場外労働であって労働時間の算定が困難な場合には,できる限り労使協定を結ぶよう十分指導すること。
ニ みなし労働時間制の適用範囲
みなし労働時間制に関する規定は,法第四章の労働時間に関する規定の範囲に係る労働時間の算定について適用されるものであり,第6章の年少者及び第6章の2の女子の労働時間に関する規定に係る労働時間の算定については適用されないものであること。
また,みなし労働時間制に関する規定が適用される場合であっても,休憩,深夜業,休日に関する規定の適用は排除されないものであること。
ホ 労使協定の届出
事業場外労働のみなし労働時間制に関する労使協定は,規則様式第12号により所轄労働基準監督署長に届け出なければならないものであること。ただし,協定で定める時間が法定労働時間以下である場合には,届け出る必要がないものであること。
なお,事業場外労働のみなし労働時間制に関する労使協定の内容を規則様式第9号の2により法第36条の規定による届出に付記して届け出ることもできるものであること。
労使協定の届出の受理に当たっては,協定内容をチェックし,必要に応じて的確に指導すること。
また,事業場外労働のみなし労働時間制に関する労使協定の締結に当たっては,事業場外労働のみなし労働時間制の対象労働者の意見を聴く機会が確保されることが望ましいことはいうまでもなく,その旨十分周知すること。
<参考判例>
東京地方裁判所平成9年8月1日判決(ぽるぷ事件)
1 被告は,就業規則三二条二項但書が,プロモーター社員につき「事業所外勤務のため,前項の終業時刻を越えた場合,通常の労働時間勤務したものとみなす」と規定しているので,プロモーター社員である原告薄及び同小峰には,展覧会における展示販売の場合の所定時間外労働は発生しない旨を主張する。そこで,右展示販売が労基法三八条の二で規定する要件に該当するか否かを検討する。
2 展覧会における展示販売の状況等については,証拠…及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(一)被告の本社又は各支店は,年間に数回程度,画廊やホテル等の特定の会場を設けて絵画の展覧会を行い(会場の開閉時間は定められている),右会場内でプロモーター社員らにより,絵画の展示販売を行っている。
(二)展覧会における展示販売は,プロモーター社員らの通常の販売活動をより容易にして売上を増加させること,そして被告の売上を増加させることを目的としており,被告の業務として行われている。被告は,展覧会の展示販売を行うに際し,プロモーター社員に参加するように働き掛けるものの,参加を強制することはなく,参加しないことによりペナルティーを課すことはない。
(三)被告は,展覧会の企画の段階で,売上目標,販売人数,顧客の予想等を具体的に立案し,プロモーター社員らが顧客に招待状や案内状を送って集客に努めるように推進している。また,被告の支店長等は,現場責任者として展覧会の会場に赴いている。
(四)プロモーター社員は,展覧会での展示販売に参加する場合,会場内で顧客の対応をするため,原則として会場を離れることはなかった。
3 労基法三八条の二は,事業場外で業務に従事した場合に労働時間を算定し難いときは所定労働時間労働したものとみなす旨を規定しているところ,本来使用者には労働時間の把握算定義務があるが,事業場の外で労働する場合にはその労働の特殊性から,すべての場合について,このような義務を認めることは困難を強いる結果になることから,みなし規定による労働時間の算定が規定されているものである。したがって,本条の規定の適用を受けるのは労働時間の算定が困難な場合に限られるところ,本件における展覧会での展示販売は,前記二2で認定のとおり,業務に従事する場所及び時間が限定されており,被告の支店長等も業務場所に赴いているうえ,会場内での勤務は顧客への対応以外の時間も顧客の来訪に備えて待機しているもので休憩時間とは認められないこと等から,被告がプロモーター社員らの労働時間を算定することが困難な場合とは到底言うことができず,労基法三八条の二の事業場外みなし労働時間制の適用を受ける場合でないことは明らかである(したがって,就業規則三二条二項但書のプロモーター社員について,事業場外での業務について,通常の労働時間勤務したものとみなす旨の規定は,労働時間の算定が困難な場合に限っての規定と限定して解釈する限りにおいて有効と認められる)。なお,被告はプロモーター社員が展覧会での展示販売へ参加するか否かは自由であり,また展示販売の時間中は自由に利用できる休憩時間を増やし,労働時間を増やすことのないように指導していると主張するが,展示販売は被告の業務として行われているものであるし,プロモーター社員が展示販売業務に従事しているか否かを把握して労働時間を算定することは,右のとおり本来容易に出来ることであるから,この点に関する被告の主張は理由がない。
4 したがって,原告薄及び同小峰には事業場外みなし労働時間制の適用により,展覧会における展示販売の場合の所定時間外労働は発生しない旨の被告の主張は理由がない。
最高裁平成26年1月24日判決
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人・・・の上告受理申立て理由第2ないし第5について
1 本件は,上告人に雇用されて添乗員として旅行業を営む会社に派遣され,同会社が主催する募集型の企画旅行の添乗業務に従事していたXが,Y社に対し,時間外割増賃金等の支払を求める事案である。Y社は,上記添乗業務については労働基準法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるとして所定労働時間労働したものとみなされるなどと主張し,これを争っている。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) Y社は,一般労働者派遣事業等を目的とする株式会社である。
Xは,株式会社A(以下「本件会社」という。)がその企画に係る海外旅行として主催する募集型の企画旅行(本件会社の定める旅行業約款においては,旅行業者が,あらかじめ,旅行の目的地及び日程,旅行者が提供を受けることができる運送又は宿泊のサービスの内容並びに旅行者が旅行業者に支払うべき旅行代金の額を定めた旅行に関する計画を作成し,これにより旅行者を募集して実施する旅行をいうものとされている。以下,個別の当該旅行を「ツアー」という。)ごとに,ツアーの実施期間を雇用期間と定めてY社に雇用され,添乗員として本件会社に派遣されて,添乗業務に従事している。Y社が,Xを雇用するに当たり作成している派遣社員就業条件明示書には,就業時間につき,原則として午前8時から午後8時までとするが,実際の始業時刻,終業時刻及び休憩時間については派遣先の定めによる旨の記載がある。
なお,Y社から本件会社に派遣されてその業務に従事しているXについて,派遣先である本件会社は,就業日ごとの始業時刻,終業時刻等を記載した派遣先管理台帳を作成し,これらの事項を派遣元であるY社に通知する義務を負い(労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律(平成24年法律第27号による改正前の法律の題名は労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律)42条1項,3項),Y社は,本件会社から上記の通知を受けて時間外労働の有無やその時間等を把握し,その対価である割増賃金を支払うこととなる。
(2) 本件会社が主催するツアーにおいては,ツアーに参加する旅行者(以下「ツアー参加者」という。)の募集に当たり作成されるパンフレット等が,本件会社とツアー参加者との間の契約内容等を定める書面であり,出発日の7日前頃にツアー参加者に送付される最終日程表が,その契約内容等を確定させるものである。最終日程表には,発着地,交通機関,スケジュール等の欄があり,ツアー中の各日について,最初の出発地,最終の到着地,観光地等(観光施設を含む。以下同じ。)の目的地,その間の運送機関及びそれらに係る出発時刻,到着時刻,所要時間等が記載されている。
また,本件会社の依頼を受けて現地手配を行う会社が英文で作成する添乗員用の行程表であるアイテナリーには,ホテル,レストラン,バス,ガイド等の手配の状況(手配の有無,現地ガイドとの待ち合わせ場所等)や手配の内容に係る予定時刻が記載されている。
(3) 本件会社が主催するツアーにおける添乗員の業務(以下「本件添乗業務」という。)の内容は,おおむね次のとおりである。
ツアーの担当の割当てを受けた添乗員は,出発日の2日前に,Y社の事業所に出社して,パンフレット,最終日程表,アイテナリー等を受け取り,現地手配を行う会社の担当者との間で打合せを行うなどする。出発日当日には,ツアー参加者の空港集合時刻の1時間前までに空港に到着し,航空券等を受け取るなどした後,空港内の集合場所に行き,ツアー参加者の受付や出国手続及び搭乗手続の案内等を行い,現地に向かう航空機内においては搭乗後や到着前の時間帯を中心に案内等の業務を行った上,現地到着後はホテルへのチェックイン等を完了するまで手続の代行や案内等の業務を行う。現地においては,アイテナリーに沿って,原則として朝食時から観光等を経て夕食の終了まで,旅程の管理等の業務を行う。そして,帰国日においても,ホテルの出発前から航空機への搭乗までの間に手続の代行や案内等の業務を行うほか,航空機内でも搭乗後や到着前の時間帯を中心に案内等の業務を行った上,到着した空港においてツアー参加者が税関を通過するのを見届けるなどして添乗業務を終了し,帰国後3日以内にY社の事業所に出社して報告を行うとともに,本件会社に赴いて添乗日報やツアー参加者から回収したアンケート等を提出する。
(4) 本件会社が作成した添乗員用のマニュアルには,おおむね,上記(3)のような内容の業務を行うべきことが記載されている。
また,本件会社は,添乗員に対し,国際電話用の携帯電話を貸与し,常にその電源を入れておくものとした上,添乗日報を作成し提出することも指示している。添乗日報には,ツアー中の各日について,行程に沿って最初の出発地,運送機関の発着地,観光地等の目的地,最終の到着地及びそれらに係る出発時刻,到着時刻等を正確かつ詳細に記載し,各施設の状況や食事の内容等も記載するものとされており,添乗日報の記載内容は,添乗員の旅程の管理等の状況を具体的に把握することができるものとなっている。
(5) ツアーの催行時において,ツアー参加者の了承なく,パンフレットや最終日程表等に記載された旅行開始日や旅行終了日,観光地等の目的地,運送機関,宿泊施設等を変更することは,原則として,本件会社とツアー参加者との間の契約に係る旅行業約款に定められた旅程保証に反することとなり,本件会社からツアー参加者への変更補償金の支払が必要になるものとされている。そのため,添乗員は,そのような変更が生じないように旅程の管理をすることが義務付けられている。
他方,旅行の安全かつ円滑な実施を図るためやむを得ないときは,必要最小限の範囲において旅行日程を変更することがあり,添乗員の判断でその変更の業務を行うこともあるが,添乗員は,目的地や宿泊施設の変更等のようにツアー参加者との間で変更補償金の支払など契約上の問題が生じ得る変更や,ツアー参加者からのクレームの対象となるおそれのある変更が必要となったときは,本件会社の営業担当者宛てに報告して指示を受けることが求められている。
3 上記事実関係の下において,本件添乗業務につき,労働基準法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるかどうかについて検討する。
本件添乗業務は,ツアーの旅行日程に従い,ツアー参加者に対する案内や必要な手続の代行などといったサービスを提供するものであるところ,ツアーの旅行日程は,本件会社とツアー参加者との間の契約内容としてその日時や目的地等を明らかにして定められており,その旅行日程につき,添乗員は,変更補償金の支払など契約上の問題が生じ得る変更が起こらないように,また,それには至らない場合でも変更が必要最小限のものとなるように旅程の管理等を行うことが求められている。そうすると,本件添乗業務は,旅行日程が上記のとおりその日時や目的地等を明らかにして定められることによって,業務の内容があらかじめ具体的に確定されており,添乗員が自ら決定できる事項の範囲及びその決定に係る選択の幅は限られているものということができる。
また,ツアーの開始前には,本件会社は,添乗員に対し,本件会社とツアー参加者との間の契約内容等を記載したパンフレットや最終日程表及びこれに沿った手配状況を示したアイテナリーにより具体的な目的地及びその場所において行うべき観光等の内容や手順等を示すとともに,添乗員用のマニュアルにより具体的な業務の内容を示し,これらに従った業務を行うことを命じている。そして,ツアーの実施中においても,本件会社は,添乗員に対し,携帯電話を所持して常時電源を入れておき,ツアー参加者との間で契約上の問題やクレームが生じ得る旅行日程の変更が必要となる場合には,本件会社に報告して指示を受けることを求めている。さらに,ツアーの終了後においては,本件会社は,添乗員に対し,前記のとおり旅程の管理等の状況を具体的に把握することができる添乗日報によって,業務の遂行の状況等の詳細かつ正確な報告を求めているところ,その報告の内容については,ツアー参加者のアンケートを参照することや関係者に問合せをすることによってその正確性を確認することができるものになっている。これらによれば,本件添乗業務について,本件会社は,添乗員との間で,あらかじめ定められた旅行日程に沿った旅程の管理等の業務を行うべきことを具体的に指示した上で,予定された旅行日程に途中で相応の変更を要する事態が生じた場合にはその時点で個別の指示をするものとされ,旅行日程の終了後は内容の正確性を確認し得る添乗日報によって業務の遂行の状況等につき詳細な報告を受けるものとされているということができる。
以上のような業務の性質,内容やその遂行の態様,状況等,本件会社と添乗員との間の業務に関する指示及び報告の方法,内容やその実施の態様,状況等に鑑みると,本件添乗業務については,これに従事する添乗員の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認め難く,労働基準法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるとはいえないと解するのが相当である。
4 原審の判断は,以上と同旨をいうものとして是認することができる。論旨は採用することができない。
なお,その余の上告については,上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので,棄却することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。