公務員の不起訴処分と懲戒処分の争い方|教職員による窃盗事案
刑事・行政|起訴猶予となった場合における懲戒処分の争い方|教育委員会による懲戒処分の流れおよび量定|窃盗と占有離脱物横領罪の区別|東京高裁平成3年4月1日判決他
目次
- 質問
- 回答
- 解説
- 関連事例集
- 参照条文
- 参照判例
質問
私は、東京都の公立中学で教師をしています。次の事情により、懲戒処分を心配しています。どのように対応すべきでしょうか。
昨年、大きなショッピングモールに行った際、モール内にあるベンチで隣に座っていた人が財布を置き忘れて立ち去ってしまいました。すぐに追いかけて渡せば良かったのですが、しばらく待っても取りに戻らなかったため、つい魔が差して懐に入れてしまいました。
その後、防犯カメラ等から私が分かったらしく、モールの出口で警備員に静止され事務室に同行を求められ、駆け付けた警察官に窃盗罪の容疑でそのまま逮捕されてしまいました。財布には現金1万円が入っていたとのことです。捜査機関に対しては上記の事実関係は全て認める話をしています。逮捕後すぐに外には出られましたし、当番弁護士を通じて持ち主との間で示談をした結果、起訴猶予として不起訴になりました。
しかし、逮捕された時点で警察から職場に連絡がなされたようです。校長から、今後少なくとも1回は事情聴取をして、最終的に都の教育委員会が懲戒処分をすると言われています。
今後が不安です。どのようにすれば良いでしょうか。
回答
1 警察から、報告を受けた学校長は、まず市町村教育委員会に報告し、報告を受けた市町村教育委員会が懲戒処分対象者から事情を確認し、確認した情報をまとめて報告書を作成し、都道府県教育委員会に内申します。これを受けた都道府県教育委員会が、最終的な懲戒処分を決する、ということになります。これは法令及び各自治体の条例と内規に定められた公式の手続です。この手続きを今から止めることはできませんから、事情聴取の際に、できるだけあなたに有利な事情を説明する必要があります。
2 本件ではそもそも逮捕時の罪名である窃盗罪が成立するか微妙な事案です。「落し物」を取ってしまった、というのであれば、より軽い遺失物横領罪(占有離脱物横領罪)が成立することになるからです(但し、建物内のベンチなどに忘れた物を取ったのであれば、建物の管理者の占有が認められる可能性もありますので、窃盗罪が成立する可能性も否定できません)。
東京都の場合、懲戒処分の基準として万引きを免職として厳しく処分する一方で、占有離脱物を横領した場合は、停職あるいは減給とされています。
そのため、本来であれば、示談等と並行して、かかる主張を検察官にする必要がありました。示談の成立によっていずれにしても不起訴処分となる公算が高い、ということで、主張されなかったのかもしれません。あるいは、あなたが知らないだけで、当番弁護士は検察官にその旨主張していた可能性もあります。
3 起訴猶予として不起訴処分になるのであれば、刑事処分との関係では罪名の違いに実際上の不利益はありません。しかし、懲戒処分の場面では大きく異なります(下記解説欄で詳述します)。そのため、可能であれば刑事処分の段階で被疑罪名を変えることを試みるべきだったといえます。ただし、不起訴の場合、検察官も積極的に成立罪名の検討・変更をすることはありませんし、不起訴処分に対して、罪名を不服として控訴等の手続きを取ることはできません。翻って、刑事処分と行政処分は、その処分根拠も異なりますし、判断権者も事実認定・法的評価の仕方(資料の収集方法)も異なります(この点も後述します)。そこで、懲戒処分に際して、改めて(新たに)成立罪名の主張をする必要があります。
4 他方で、罪名に関する主張だけでは足りません。認定事実(法的評価)がどうなるかは不透明ですし、いずれにしても懲戒処分の対象ではあるため、懲戒処分における考慮要素を踏まえて、できる限りの有利な事情を主張することが必要です。場合によっては、既に示談が終わっているとしても、被害者と再度接触する必要も出てくるところです。
5 いずれにしても、主張を固めるためにも、事情聴取を受ける前に十分に弁護士と相談して方針を決めることが不可欠です。有利な事情の収集にも時間がかかることがありますし、一刻も早く相談されることをお勧めします。
6 その他本件に関連する事例集はこちらをご覧ください。
解説
1 本件の成立罪名について
本件については、既に不起訴処分という形で刑事処分は終了しています。この結果だけ見ると、特に問題なさそうですが、今後予定される懲戒処分を勘案すると、成立罪名についての(再)検討が必要です。
(1) 窃盗罪と占有離脱物横領罪の区別
「忘れ物の財布」を自分のものにしようとして取得した時点で、何らかの犯罪が成立することは確かですが、窃盗罪(刑法235条)が成立する場合と占有離脱物横領罪(遺失物横領罪、同法254条)が成立する場合があります。窃盗罪の法定刑は10年以下の懲役または50万円以下の罰金である一方、は1年以下の懲役または10万円以下の罰金です。占有離脱物横領罪の方が窃盗罪よりも軽い罪、ということになります。
両者を分けるのは、「占有」の有無です。刑法における占有とは、「財物に対する事実上の支配」ということになります。これは、客観的要素としての事実的支配、主観的要素としての支配意思(いわゆる占有の意思)の相関関係によって決せられることになります。
両罪の区別はかなり微妙で、例えば①バスに乗るために待合室の通路の行列に並んでいたところ、改札口の手前で30cmのところに置いていたカメラを忘れ、当該カメラを取られた、という事案で、カメラを置き忘れてから気がつくまでの時間が5分間、離れた距離が19.58mであった、という場合に「占有」を認めて窃盗罪の成立を肯定した判例(最判昭和32年11月8日)がある一方、②スーパーマーケットの買い物客が6階のベンチに札入れを置き忘れて、10分あまり経過後、地下1階で気がついたが、既に取られた、という事案では、占有を認めずに占有離脱物横領罪の成立を認めています(東京高裁平成3年4月1日判決 判例時報1400号128頁)。
二つの裁判例の違いとしては、財物と所有者の距離と離れた時間、第3者の出入り(多数の人が出入りする場所かどうか)等によるものだと考えられますが、明確な基準があるわけではありません。
窃盗と占有離脱物横領罪の成立関係については、当事務所ホームページ事例集『ATM機に置き忘れた現金の窃盗と弁護人の活動』をご参照ください。
(2) 本件の検討
本件においては、比較的②の裁判例と類似しているといえますが、持ち主と財布との距離、離れた時間、ショッピングモールの人の出入りやベンチの位置等が不明なため、いずれの犯罪が成立するか断定はできません(仮にこれらの事情が明確になっても、いずれの犯罪が成立するか、については断定できかねるところもあります)。ただ本件では、ビデオカメラによるベンチ付近の監視が行われていたということですので、前記判例よりも若干建物管理者による占有が認められる可能性が高い事案とも言えます。
罪名が「断定できない」以上、より刑の軽い占有離脱物横領罪の適用を目指して、検察官と交渉するべき、ということになります。ただし、仮に不起訴処分となる場合、両罪のいずれが成立するかの判断を裁判所がすることはないですし、仮に検察官が窃盗容疑のまま不起訴処分にしても、これを不服として変更を求める手段はありません。不起訴処分は、罪名に関わらず、最大限あなたにとって有利な判断とされているからです。
そのため、いずれの犯罪が成立するにしても、被害者(財布の持ち主)とは示談しなければならず、示談が成立した場合、いずれにしても不起訴になる公算が高いような場合には、この点についてあえて強い主張をしない、ということもあり得なくはないところです。また、予防的に、建物管理者との間で迷惑を掛けたことについて(間接的に窃盗罪の被害者との間での)示談成立させておくことも有益と言えるでしょう。
後述のとおり、懲戒処分において被疑罪名は重要ですし、もちろん、いくら不起訴になるとしても弁護人には原則としてしっかり主張してもらうべきではありますし、見込み違いによって起訴・不起訴の分水嶺となることもあります。公務員事案の場合は、不起訴かどうかだけでなく、罪名も重要であることに注意が必要です。
いずれにしても以下では、窃盗罪として取り扱われ、結果不起訴になった場合の、懲戒処分における対応等について説明していきます。
2 教職員に対する懲戒処分の流れと処分量定
(1) 懲戒処分の流れ
まず、本件のような教育公務員(公立校の教員等)に対する懲戒処分の流れについて説明します。
ア 本件のように犯罪行為が懲戒処分の対象事実となる場合、その端緒(発覚)は捜査機関(警察)から学校長への連絡です。公務員の場合は、各担当警察官から関係機関(本件のような場合には学校長)に対して報告する、という協定があるようです。
事件の内容や成立する犯罪の重さ等によっては、早期に警察官と交渉することによって、警察からの連絡を止めることが可能であるケースもあります。もっとも、本件のように逮捕事案であるとその難易度は更に高くなってしまいます。
また、警察官は、被疑者が公務員であった場合、報道機関等に情報を流すことがあります。報道がなされた場合、報道された事実及びその内容も懲戒処分の端緒となります。報道についても、警察との交渉によって止められるケースがあること、他方で、身柄拘束を受けている場合やあなたのような教師である場合等については止めることが困難であることは、職場への連絡と同様です。
イ 事件(懲戒処分の対象となる非違行為)を認知した学校長は、任命権者である教育委員会に報告をすることになります。教育委員会には、都道府県が設置するもの(都道府県教育委員会)と特別区を含む市町村の設置するもの(市町村教育委員会)があります(地方教育行政の組織及び運営に関する法律2条)が、一般的な公立の小中学校の教員(厳密には市町村立学校職員給与負担法1条及び2条の規定する教職員)の任命権者は都道府県教育委員会であり(地方教育行政の組織及び運営に関する法律37条)、懲戒処分についても都道府県教育委員会がおこないます(同法38条)。
このとき、市町村教育委員会は、都道府県教育委員会に対して、「内申」つまり報告をおこなう必要があると規定されています(同条1項)。
ウ そのため、報告を受けた学校長は、まず市町村教育委員会に報告し、報告を受けた市町村教育委員会がまず懲戒処分対象者から事情を確認し、確認した情報をまとめて報告書を作成し、都道府県教育委員会に内申をする。これを受けた都道府県教育委員会が、最終的な懲戒処分を決する、ということになります。
なお、東京都においては、市町村教育委員会による事情聴取と、都教育委員会による事情聴取を別途おこなう運用になっているようです。つまり、いわゆる告知・聴聞の機会が二度与えられていることになります。
地方公務員の懲戒処分については、処分事由を記載した説明書の交付が定められています(地方公務員法49条1項)が、聴聞の機会を与えなければならない規定はありません。それにも関わらず、このような運用になっているのは、懲戒の公正を定めた地方公務員法27条1項は憲法上の適正手続の保障(憲法31条)を意識したものだと考えられます(地方公務員に対する懲戒免職処分については告知・聴聞の機会が与えられなければならない、とした裁判例として旭川地判平成23年10月4日 判例タイムズ1382号100頁 なお、結論は棄却)。
エ 以上が懲戒処分手続に関する一連のプロセスになります。端緒からどのくらいの期間で処分が決まるかについては、調査の方法や各都道府県の制度によって全く異なりますが、少なくともある程度の時間(数か月程度)はかかるのが通常です。
(2) 想定される懲戒処分の内容及び考慮要素
続いて、想定される懲戒処分の内容及び考慮要素について説明します。各都道府県でその基準は異なるため、本件に即して東京都における懲戒処分の考慮要素を取り上げます。
ア 前提として、公務員全体の懲戒処分における考慮要素については、最判昭和52年12月20日・民集31巻7号1101頁が、「懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきか、を決定することができるものと考えられるのであるが、その判断は、右のような広範な事情を総合的に考慮してされる」としています。
イ 東京都教育委員会も、上記の判例による考慮要素と類似の「教職員の主な非行に対する標準的な処分量定」を作成しています。
これによれば、「①非違行為の態様、被害の大きさ及び司法の動向など社会的重大性の程度」、「②非違行為を行った職員の職責、過失の大きさ及び職務への影響など信用失墜の度合い」、「③日常の勤務態度及び常習性など非違行為を行った職員固有の事情」のほか、「非違行為後の対応等も含め、総合的に考慮のうえ判断する」としたうえで、主な非行についての処分量定を定めています
本件に関連するところですと、万引きを含む免職と厳しい一方で、占有離脱物を横領した場合は、停職あるいは減給とされています。
もちろん、この処分量定はあくまでも目安であり、都教育委員会も「表の処分量定はあくまでも標準であり、個別の事案の内容や処分の加重によっては、表に掲げる処分量定以外とすることもあり得る。」としていますが、基本的には「窃盗」に対する懲戒処分は極めて重い、ということになります。
なお、この処分量定は教職に対するもので、一般の公務員に対する処分量定(懲戒処分の指針)よりも重く定められています。
ウ 実際に公表されている東京都の教職員に対する懲戒処分をみると、エステサロンに設置してあったロッカーから二度に渡って財布の中の現金(計28、000円)を窃取したという事案に対しては懲戒免職としている(平成28年3月22日発令)ものの、同じ窃盗であるスーパーマーケットでの食料品7点(1、796円相当)の万引き事案に対して、停職6月の懲戒処分としています(同年3月9日発令)。
また、いわゆる自転車窃盗の事案についても、停職6月としています(平成28年1月20日発令及び同年4月15日発令)。自転車窃盗については、例えば路上に放置されているような場合は占有離脱物横領罪となることが原則ですが、置き場所によっては窃盗罪となるため、これも上記万引き同様、処分量定の基準とは異なっています。詳しくは『微罪処分と公務員の特殊性|自転車窃盗の事案』をご覧ください。
また、懲戒免職の事例では実名が公表されている一方で、停職事例については実名公表がされていません。
なお、万引きの事案及び自転車窃盗の事案2件のいずれも、処分対象者から退職願いが提出され、受理されており、発令日付けで退職が認められています。これは、いわゆる「諭旨退職」である可能性が高いところです。これは、事前に「自主的に退職すれば、停職にとどめる」という話があり、これに応じた、ということです(諭旨退職については後述します)。
3 懲戒処分における事実認定・法的評価
以上、本件において、成立が考えられる犯罪と、考えられる処分の程度及びその考え方について説明しました。
「総合考慮」されることになる各事情(主張するべき事実)については後述しますが、処分を決める上でまず重要であるのは、窃盗罪なのか占有離脱物横領罪なのか、であることは上記から明らかです。
そこで、この本件の事実関係及び法的評価(成立罪名)についてどのような主張をするべきなのか(できるのか)をまず説明します。
(1) 教育委員会による事実認定の方法
前提として、そもそも教育委員会は、どのように本件について事実関係を把握して、法的評価を加えるのか、という問題があります。例えば、刑事処分の段階では、警察が捜査をして証拠を収集し、検察官が証拠から認定できる事実を固めたうえで法的評価を加えることになりますが、懲戒処分の場面ではどうなっているのかが重要です。
この点、教育委員会は不起訴に終わった事件について、原則として捜査段階の記録、例えば供述調書を閲覧することはできません。また、検察官が事件の内容や、事件に関する所感を教育委員会に伝えることもありません。
そのため、教育委員会による懲戒処分の根拠となる事実認定は、①担当警察官からのリーク(逮捕事実、捜査状況)、②報道内容、③最終的な(不起訴)処分結果、④事情聴取に対する処分対象者本人の供述、ということになります。
実際、下記参照判例③によれば、窃盗被疑での逮捕事案において、①警察署副所長から教育委員会総務課長に対する逮捕された旨の電話連絡、②新聞報道、③警察署刑事課長から教育委員会職員に対する逮捕事実、逮捕に至った経緯の説明、④処分対象者本人が教育委員会宛てに書いた手紙、⑤教育委員会からの質問に対する、処分結果に関する検察官からの回答(処分係る資料の提供はされず)を元に事実認定をし、懲戒免職処分をしています。
この裁判例では、次のように判示し懲戒免職処分を取り消す判断をしています。
教育委員会等において、原告に対し本件非違行為の事実関係等について直接調査等がされたのは、身柄拘束中の1回の接見と、本件処分を告知する直前における事実の確認のわずか2回にとどまり、しかも、告知直前における事実確認は、処分内容が決定された後の処分書交付式において形式的にされたにすぎないのであるから、本件処分がされるまでの間に、原告に対して意見陳述ないし弁明の機会が付与されたことはなかったといえる。
本件処分時において教育委員会が把握していた事実はほぼ新聞報道の域を出るものではなかったにもかかわらず、本件非違行為の動機、態様、結果等の処分をするに当たっての重要な考慮要素について、原告から直接聴取しなかったというのであるから、調査の程度として極めて不十分であったというほかない。
この裁判例からも、教育委員会ができる事実調査の方法はかなり限定されていること、その帰結として、懲戒免職処分をするにあたっては、刑事捜査とは別個に、処分対象者本人からの十分な事情聴取(弁明)が不可欠であることが分かります。
そしてこれは、事実認定だけではなく法的評価についても同様であると考えられます。教育委員会が知ることができるのは「窃盗罪について不起訴処分(起訴猶予処分あるいは嫌疑不十分)となった」という事実だけで、法的にいかなる罪が成立するか、という点について検察官がどのように考えるのか知ることはできません。そのため、教育委員会としては、逮捕時の被疑事実と併せて、処分対象者の意見(弁明)をある程度斟酌せざるを得ないことになります。
(2) 本件における主張内容
以上を踏まえると、仮に窃盗罪を被疑事実としたまま不起訴処分を得た場合であっても、別途懲戒処分の場面においては、占有離脱物横領罪の成立にとどまる旨の主張をしなければならない(することができる)、ということになります。
また、事実関係についても、警察からの簡単な報告や、報道が認定のベースになってしまわないように、こちらから詳細な経緯や行為態様等の事実関係をまとめて主張することが不可欠です。
そして、そこでは成立罪名に関する主張を意識して整理することが求められるところです。例えば、本件の場合、占有離脱物横領罪の成立を主張するのであれば、重要なのは上記のとおり占有の有無、すなわち財物と持ち主との距離、離れた時間、場所、人の出入り等ということになります。
これらの事情は、成立罪名との関係では重要ですが、単に窃盗罪として問議するだけであれば必ずしも必要ではないため、例えば警察からの報告には含まれていないことが考えられます(また当然、報道されることも考え難いところです)。そのため、事実関係及びそこから導かれる罪名についての主張をせず、単に反省等に終始してしまえば、捜査機関からの第一報を前提した懲戒処分がなされることになってしまいます。
なお、仮に本件のように法的評価等について争いがない場合であっても、上記裁判例③のいうところである「本件非違行為の動機、態様、結果等の処分をするに当たっての重要な考慮要素」(処分対象者にとって有利な事実関係)の全てについて教育委員会は自力で把握できない以上、処分対象者側で整理して主張することはいずれにしても不可欠ということになります。
4 懲戒処分における弁護活動
事実関係や法的評価に関する主張をするだけでは、懲戒処分における処分対象者の主張としては十分ではありません。上記のとおり、懲戒処分は「①非違行為の態様、被害の大きさ及び司法の動向など社会的重大性の程度」、「②非違行為を行った職員の職責、過失の大きさ及び職務への影響など信用失墜の度合い」、「③日常の勤務態度及び常習性など非違行為を行った職員固有の事情」のほか、「非違行為後の対応等」(東京都の場合)を総合考慮して判断されることになるため、これらに対応した主張が必要になるからです。以下ではそれぞれについて簡単に説明していきます。
(1) 社会的重大性
まず「①非違行為の態様、被害の大きさ及び司法の動向など社会的重大性の程度」です。
具体的には、非違行為の態様(違法性・悪質性)が軽微であること、被害が小さいこと、刑事処分が軽いこと、に分けることができます。
本件のような窃盗あるいは占有離脱物横領においては、それぞれ、衝動的であり計画性のない行為であることや住居侵入窃盗等に比べて侵害の程度が小さいこと、被害額が小さいこと、不起訴処分になっていること等が当てはまります。
(2) 信用失墜の度合
次に「②非違行為を行った職員の職責、過失の大きさ及び職務への影響など信用失墜の度合い」です。
教師の場合は世間の目も厳しく、だからこそ報道価値があると考えられ、小さな刑事事件でも報道されてしまうことからもわかる通り、「信用失墜の度合い」という面ではかなり不利に取り扱われてしまう可能性があります。ただ、処分対象行為(非違行為)が報道されなかった場合(回避できた場合)や、報道されたとしても取り上げられ方が小さい場合、実名報道でない場合等には、大々的に実名報道されてしまった場合と比較して「信用失墜の度合い」が小さいという主張が成り立つところです。
(3) 職員固有の事情
続いて「③日常の勤務態度及び常習性など非違行為を行った職員固有の事情」です。
処分対象者の普段の勤務態度が真面目であったことや処分対象行為が初めてであること等を主に主張することになりますが、その他の「職員固有の事情」は多岐にわたります。
裁判例を見ると、例えば非違行為当時に処分対象者が精神疾患を患っていたことや、定年間近で懲戒免職処分を受けると甚大な不利益を受ける結果になること等も懲戒処分を決するうえで斟酌されています。ほかにも、同僚らの嘆願書等の提出も主張としてはあり得るところです。
(4) 非違行為後の対応等
最後に「非違行為後の対応等」ですが、これは大きく分けて処分対象者の事情聴取への対応や反省の程度と、被害回復を指すと考えられます。
被害回復とは、例えば本件のような被害者のいる犯罪が非違行為である場合には示談を意味します。
なお、刑事処分との関係で示談する際は、示談合意書と被害届取下書のみを作成することも多いのですが、あなたのように公務員で、後の懲戒処分が確実であるような場合には、被害者に懲戒処分に関して重い処分を求めない上申書を書いてもらうよう交渉することも有用です。
5 おわりに
本件のような法的評価に争う余地があるような場合はもちろん、懲戒処分に際してこちらに有利な事実関係を認定してもらうためには説得的かつ整理された主張が必要ですし、その他の主張するべき主張も多岐にわたります。
できる限り早く懲戒処分対応の経験のある弁護士に相談することが必要です。
以上
参照条文
刑法
(窃盗)
第二百三十五条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
(遺失物等横領)
第二百五十四条 遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は、一年以下の懲役又は十万円以下の罰金若しくは科料に処する。
地方教育行政の組織及び運営に関する法律
(設置)
第二条 都道府県、市(特別区を含む。以下同じ。)町村及び第二十一条に規定する事務の全部又は一部を処理する地方公共団体の組合に教育委員会を置く。
(任命権者)
第三十七条 市町村立学校職員給与負担法(昭和二十三年法律第百三十五号)第一条及び第二条に規定する職員(以下「県費負担教職員」という。)の任命権は、都道府県委員会に属する。
2 前項の都道府県委員会の権限に属する事務に係る第二十五条第二項の規定の適用については、同項第四号中「職員」とあるのは、「職員並びに第三十七条第一項に規定する県費負担教職員」とする。
(市町村委員会の内申)
第三十八条 都道府県委員会は、市町村委員会の内申をまつて、県費負担教職員の任免その他の進退を行うものとする。
2 前項の規定にかかわらず、都道府県委員会は、同項の内申が県費負担教職員の転任(地方自治法第二百五十二条の七第一項の規定により教育委員会を共同設置する一の市町村の県費負担教職員を免職し、引き続いて当該教育委員会を共同設置する他の市町村の県費負担教職員に採用する場合を含む。以下この項において同じ。)に係るものであるときは、当該内申に基づき、その転任を行うものとする。ただし、次の各号のいずれかに該当するときは、この限りでない。
一 都道府県内の教職員の適正な配置と円滑な交流の観点から、一の市町村(地方自治法第二百五十二条の七第一項の規定により教育委員会を共同設置する場合における当該教育委員会を共同設置する他の市町村を含む。以下この号において同じ。)における県費負担教職員の標準的な在職期間その他の都道府県委員会が定める県費負担教職員の任用に関する基準に従い、一の市町村の県費負担教職員を免職し、引き続いて当該都道府県内の他の市町村の県費負担教職員に採用する必要がある場合
二 前号に掲げる場合のほか、やむを得ない事情により当該内申に係る転任を行うことが困難である場合
3 市町村委員会は、次条の規定による校長の意見の申出があつた県費負担教職員について第一項又は前項の内申を行うときは、当該校長の意見を付するものとする。
地方公務員法
(不利益処分に関する説明書の交付)
第四十九条 任命権者は、職員に対し、懲戒その他その意に反すると認める不利益な処分を行う場合においては、その際、その職員に対し処分の事由を記載した説明書を交付しなければならない。
2 職員は、その意に反して不利益な処分を受けたと思うときは、任命権者に対し処分の事由を記載した説明書の交付を請求することができる。
3 前項の規定による請求を受けた任命権者は、その日から十五日以内に、同項の説明書を交付しなければならない。
4 第一項又は第二項の説明書には、当該処分につき、人事委員会又は公平委員会に対して不服申立てをすることができる旨及び不服申立期間を記載しなければならない。
参考判例
①最判昭和52年12月20日 判時874号3頁
「国家公務員につき懲戒事由がある場合において、懲戒権者が懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分のうちいずれの処分を選ぶべきかは、その判断が、懲戒事由に該当すると認められる行為の性質、態様等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、広範な事情を総合してされるべきものである以上、平素から庁内の事情に通暁し、部下職員の指揮監督の衝にあたる懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきであり、懲戒権者が右の裁量権を行使してした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきである。したがつて、裁判所が右の処分の適否を審査するにあたつては、懲戒権者と同一の立場に立つて懲戒処分をすべきであつたかどうか又はいかなる処分を選択すべきであつたかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである(最高裁昭和四七年(行ツ)第五二号同五二年一二月二〇日第三小法廷判決参照)。」
②大阪地裁平成24年1月16日判決 労働判例ジャーナル2号14頁
「(1)地方公務員につき、地公法所定の懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、平素から庁内の事情に通暁し、職員の指揮監督の衡に当たる懲戒権者の裁量に任されているというべきである。すなわち、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の上記行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を総合的に考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを、その裁量的判断によって決定することができるものと解すべきである。したがって、裁判所が右の処分の適否を審査するに当たっては、懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権の範囲を逸脱しこれを濫用したと認められる場合に限り、違法であると判断すべきものである(最高裁平成2年1月18日第一小法廷判決・民集44巻1号1頁、同昭和52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁)。
そして、懲戒免職処分は、被懲戒者の公務員たる地位を失わせるという重大な結果を招来するものであるから、懲戒処分として免職を選択するに当たっては、他の懲戒処分に比して特に慎重な配慮を要するものである。
(2)以上の見地を踏まえて、本件処分について検討するに、本件処分の対象となった本件行為は刑法犯であり、原告は教育公務員として法令を遵守するように生徒に指導し、自ら模範となるべき立場にあることからすれば、そのような教育公務員の行動が生徒に与える影響は大きく、原告の本件行為がα高校の生徒や保護者のみならず、大阪府民の教職員に対する信頼を裏切ったものとして、その責任は重いといわざるを得ない。
なお、原告は、本件行為時、十分な事理弁識能力を有しておらず、本件行為はうつ病により引き起こされたものであると主張し、その旨の供述をしているし、G医師も本件審査請求の口頭審理(甲16)や陳述書等(甲17の1、18、32)において、本件行為にうつ病が強く影響していると供述している。しかしながら、そもそもG医師においても、上記において、うつ病と万引き等の窃盗行為との関連性について言及した文献はなく、そのような症例も聞いたことがないことを認めているところである。また、原告は、職場復帰してから本件当日までの約半年間は、従前、原告がうつ病に罹患していた際に見られた突然大声を出すなどの同疾病の発作と評価できる行動を起こしたことはなく、ほとんど休暇も取得していなかった。そして、前記1(2)及び(3)で認定したとおり、原告は、本件行為から約2か月後に行われた本件事情聴取において、本件行為の内容や動機、その前後の状況について明確に供述し、その動機はうつ病に罹患していない者が万引きをする場合の動機と大きく異なるものではないし、それによれば、原告は、本件行為を行うに当たって、商品の金額や大きさを考慮して窃盗の対象物を選定するなど合理的な行動をとっている上、発覚直後も、警察に引き渡されれば公務員としての職を失う事になるかもしれないことを明確に認識した上で警察に引き渡されることを回避するための謝罪行為を行っていること、原告の夫も特段原告が問題行動を起こす危険性や、原告に入院治療を受けさせる必要性までは感じておらず、本件当日においても原告が一人で本件店舗で買い物をすることを容認していたことをも考慮すれば、本件行為当時、原告は自己の行っている行為の内容やその結果について十分認識し、理解していたことが認められ、本件行為は、従前の疾病の発作行為とは明らかに性質を異にし、原告自身も、うつ病により休職等を繰り返していた時期に本件行為と同種行為に及んだことはないと供述していることに照らしても、原告において本件事件当時、本件行為に及ばないようにすることができなかった又はその能力が減退していたともいえず、本件行為がうつ病により引き起こされたものであるとまでは認めることができない。
したがって、原告の本件行為は信用失墜行為の禁止を定める地公法33条に違反し、懲戒事由を定める同法29条1項1号に該当する上、同項3号にいう「全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあった場合」にも該当するというべきである。
(3)しかしながら、原告は、有給ではあったものの、約3年近くうつ病での病気休暇・休職を繰り返しており、本件事件前は約半年間職場復帰できていたとはいえ、依然として定期的に通院して薬を服用中で、うつ病が治癒したわけではなく、その具体的な目処も立っていなかったことに加えて、母親の介護や持病のため週2日間の部分休業を取得したことにより収入も減少していたことが認められる(乙10)のであって、原告も本件事情聴取の際に提出した顛末書に記載しているとおり、収入が減少し、将来に不安に感じていたと述べている。もちろん、原告は、本件審査請求における口頭審理において、そのことが本件行為の直接の動機となったわけではないことを認めているものの(甲15の21頁)、本件行為当時に存在した上記背景事情について、酌むべき事情がないとはいえない。
また、本件行為の被害額は766円と少額であり、直後に原告の夫により商品の代金が支払われている。原告は本件行為発覚直後から事実を素直に認め、反省の態度を示している上、後日、夫や弁護士とともに被害店舗の店長に謝罪に訪れており、本件処分後ではあるが、同店店長も原告に対する寛大な処分を求めて嘆願書を提出している。
そして、原告は、本件処分以前には処分歴はなく、同僚からは、真面目で生徒の指導に熱心に取り組んでいるとの評価も受けており、α高校の常勤教職員(校長、教頭、事務長を除く)63名から、寛大な処分を求めて嘆願書が提出されている。
以上判示した原告に有利な事情に加え、原告は、懲戒免職により、大阪府の教職員としての地位を失うばかりか、教員の資格を失うことになること、原告は昭和26年○○月○○日生まれであり、平成24年には定年退職を迎える時期となっていたところ、本件処分により、定年間際になって退職金の受給資格をも喪失することとなり、本件処分時に普通退職した場合に原告に支給される退職手当額が約1836万円であることからしても(第2の2(2)ウ(ウ))、原告が受ける打撃は極めて大きいことを考慮すると、本件処分は重きに失するものといわざるを得ず、社会観念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を逸脱しこれを濫用したものというべきであって、違法なものとして取消しを免れないというべきである。」
③鹿児島地裁平成27年10月13日判決
(1)認定事実
ア 前記前提事実に加え、証拠(甲3、14、16、乙3~6、8~13、16、19、21、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(ア)原告には、記録の残っている昭和58年以降、本件非違行為以外に非違行為は見当たらない。教育委員会は、原告の勤務態度等について、「欠勤や遅刻もなく勤務態度は良好でした。」、「日常誠実に職務を遂行していた。」、「常に冷静で事務対応も丁寧であった。」と評価していた。
(イ)原告は、平成24年4月頃から視界が歪んで見えるように感じ始め、同年5月には医師から加齢黄斑変性との診断を受けた。
原告は、同年6月から、月1回、眼球に対する注射を3回続け、その後は経過観察を受けるという治療を行うこととなり、同月6日、1回目の注射を受けた。
(ウ)原告は、同月25日午後8時頃、宮崎県小林市内のコンビニエンスストア駐車場に止まっていた軽四輪乗用自動車から、印鑑等在中の手提げバッグを持ち去った(本件非違行為)。
(エ)原告は、平成25年1月16日、本件非違行為により、小林警察署において逮捕され、同月17日に勾留された。
原告は、小林警察署の取調官に対し、バッグは川に捨てた旨供述した。
(オ)同月16日午後4時頃、小林警察署副所長は、被告総務課長に対し、原告が逮捕された旨を電話で連絡した。
(カ)翌17日の南日本新聞、朝日新聞及び読売新聞に、原告が窃盗容疑で逮捕された旨の記事が掲載された。なお、これらの新聞記事には、原告が犯行動機につき、「車内に手提げバッグがあるのを見て欲しくなった。」と供述しているとの記載があった。
また、同日、被告職員が小林警察署に出向き、同署刑事課長から逮捕事実の説明、逮捕に至った経緯等につき説明を受けた。
(キ)同月22日、被告職員が小林警察署に出向き、同署刑事課長から捜査状況について説明を受けたほか、原告と接見したが、原告は、「ご迷惑を掛けてすみません。」と繰り返すのみで、犯行動機についての話は一切なかった。
(ク)同月23日、原告と本件被害者との間で、弁護人を介し、示談が成立した。
(ケ)同月25日、原告が湧水町長に宛てた手紙(乙9)が湧水町役場に届いた。この手紙には、「事の内容につきましては、テレビ、新聞等で報道されたとおりであります。現在、宮崎県小林警察署におきまして事情聴取(取調べ)を受けております。」、「決して許されることではないと解っています。」、「いろいろ厳しい環境となることは覚悟しています。」などと記載されていた。
(コ)同日、原告は、起訴猶予を理由とする不起訴処分を受けて釈放され、教育委員会の次長兼管理課長に対し、その旨を電話で連絡した。
(サ)同月26日の南日本新聞及び朝日新聞に、原告が起訴猶予処分とされた旨の記事が掲載された。
(シ)同月28日、教育委員会は、宮崎地方検察庁都城支部検察官に対し、原告の窃盗容疑の事件内容が分かる資料及び起訴猶予処分の結果に関する資料の提供について照会を行ったところ、同月31日、同検察官から、原告の処分結果については回答を受けたが、処分に係る資料については提供されなかった。
(ス)同月29日、湧水町臨時教育委員会が開催され、原告の処分について議論された。一部の委員からは停職処分とすべきとの意見もあったが、協議の結果、懲戒免職処分が相当との結論となった。
(セ)同年2月2日午前8時から湧水町臨時教育委員会が開催され、原告につき懲戒免職処分、次長兼管理課長及び教育長につき、それぞれ文書訓告処分とすることが決定され、同日午前9時から処分書交付式を行うこととなった。
(ソ)同日午前9時、本件処分に関する処分書交付式が行われた。本件処分書を交付するに当たり、教育長が原告に対し、本件非違行為に係る刑事事件についての経過及び事実を読み上げて確認を求めたところ、原告は、「間違いありません。」と答えた。その後、直ちに、教育委員会の委員長から本件処分書が、次長兼管理課長から本件説明書が朗読され、本件処分が告知された。
イ 上記アの事実を総合すると、教育委員会等において、原告に対し本件非違行為の事実関係等について直接調査等がされたのは、身柄拘束中の1回の接見と、本件処分を告知する直前における事実の確認のわずか2回にとどまり、しかも、告知直前における事実確認は、処分内容が決定された後の処分書交付式において形式的にされたにすぎないのであるから、本件処分がされるまでの間に、原告に対して意見陳述ないし弁明の機会が付与されたことはなかったといえる。そして、上記アの事実によれば、本件処分時において教育委員会が把握していた事実はほぼ新聞報道の域を出るものではなかったにもかかわらず、本件非違行為の動機、態様、結果等の処分をするに当たっての重要な考慮要素について、原告から直接聴取しなかったというのであるから、調査の程度として極めて不十分であったというほかない。
ウ したがって、教育委員会等がした調査等によっては、原告に対して意見陳述ないし弁明の機会を付与したものとは到底認めることはできない。
(2)弁明の機会の付与により処分の内容に影響を及ぼす可能性があったか
ア 証拠(甲16、原告本人)によれば、原告は、本件処分がされるまでの間に弁明の機会が付与されれば、本件非違行為に至る経緯及び動機等について説明しようとする意思があり、説明をするために一定の準備をしていたこと、そのような機会があれば実際に説明をしたであろうこと、また、本件処分に先立って自主退職の申出をすることも考えていたことが認められる。
イ また、上記(1)アの事実関係に照らすと、本件非違行為が利欲犯的犯行でなかったと断言することはできないが、本件非違行為を起こした当時、原告が目の疾患を抱え精神的に不安定な状況にあったことなどにつき、原告から弁明がされれば、教育委員会においてそのような事情の有無について調査がされ、また、原告自身からもこれを裏付ける資料等が提出されることにより、上記事情が明らかにされたといえる。仮に、教育委員会において、原告の精神状態と本件非違行為との間の因果関係を認めるに至らなかったとしても、本件非違行為当時において、原告が目の疾患を抱え、不安な心境にあったという事情の限りにおいては、情状事実として本件処分を決する際の検討事項になったということができる。
ウ 以上のように、本件処分までの間に、本件非違行為に至る経緯や動機が明らかになり、又は少なくとも、原告の認識という限度で弁明がされ、さらに、原告から自主退職の申出があり、これらの事情が検討されたとすれば、前記前提事実(7)ウ(ア)記載のとおり、指針において軽い処分とする「〔2〕非違行為を行うに至った経緯その他の情状に特に酌量すべきものがあると認められるとき」に該当し得るものであるから、処分の判断に当たって、重要な酌量要素になったといえる。そして、前記前提事実(3)及び(4)記載のとおり、本件非違行為に係る刑事事件について原告が不起訴処分となったこと、本件被害者との間で示談が成立したこと、示談において本件被害者が宥恕の意を示していること、記録の残っている昭和58年以降、本件非違行為以外には原告に非違行為がなかったことといった原告に有利な事情も他に多数存在しているのであるから、これらの事情に、弁明の機会の付与によって原告から示される上記の重要な酌量要素を併せ考えれば、上記指針からしても、また、現に、平成25年1月29日の臨時教育委員会において一部の委員から停職処分とすべき旨の意見が出されていたことからしても、原告に対する懲戒処分が停職処分にとどまった可能性は十分にある。
エ したがって、本件では、原告に弁明の機会を付与していれば、処分の内容に影響を及ぼす可能性があったということができる。
④大阪地裁平成26年7月9日判決 労働判例ジャーナル32号41頁
「1 認定事実
前記前提事実のほか、争いのない事実及び証拠(甲5、9、乙1、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件非行について以下の事実が認められる。
(1)本件非行前日から本件非行に至る経緯
ア 原告は、5月22日、顧問を務めるソフトテニス部の練習のため午後6時頃登校し、練習が終了した後午後10時30分頃下校し、練習に参加していた卒業生を自宅まで送り届けたり、コンビニエンスストアで飲食物を購入するなどし、午前0時過ぎに帰宅した。その後、原告は、食事をしたり、テレビやパソコンを見たり、入浴した後、午前5時頃に就寝した。
イ 原告は、5月23日午後4時頃起床し、同日午後6時頃に自宅を出て自動車で携帯電話販売店に赴き、注文していた携帯電話の付属品である充電パックの蓋を購入した。その後、食事をしようと思い飲食店の前を通ったが、混雑していたのと、それ程空腹ではなかったので、飲食店を通り過ぎ、飲食物を購入するため本件店舗に赴いた。
(2)本件非行の態様等
ア 原告は、5月23日午後6時30分頃本件店舗の駐車場に駐車し、その際、本件店舗の雑誌コーナーで立ち読みをしている本件女性客がいることを認識した。
イ 原告は、車内でズボンのチャックを下ろして性器を露出し、傘をもって車から降りて本件女性客の方に近づき、本件店舗の軒下に移動した。
ウ 原告は、本件女性客の前に立ち、体を右に向け、左手に持った傘で正面と右側面を覆うようにした。
エ そして、原告は、性器を露出している際に、スリルや性的な興奮を覚えた。
オ すると、本件女性客が、原告が性器を露出していることに気付き、嫌そうな表情をしたため、原告はその場にしゃがみこみ、性器をしまい、ズボンのチャックを上げた。ただ、本件女性客は、その際、大声を上げたり、誰かに助けを求めたりはしなかった。
カ 原告は、本件店舗内に入り、本件女性客に近づき、「すみませんでした。お話できないですか」と話しかけたが、本件女性客は「警察を呼びます」と答え、本件店舗の店員に警察への通報を依頼し、両親を呼び寄せた。
キ 原告は、本件女性客、本件女性客の両親らと本件店舗内で警察官の到着を待ち、本件店舗に臨場した警察官に現行犯逮捕され、その後、本件非行を犯したことを一貫して認めている。
2 本件処分の裁量権逸脱・濫用の有無
(1)公務員につき懲戒事由がある場合に、懲戒権者が、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をするときにいかなる処分を選択すべきかを決するについては、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、動機、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定することができるものと考えられるのであるが、その判断は、上記のような広範な事情を総合的に考慮してされるものである以上、平素から内部事情に通暁し、職員の指揮監督の衝にあたる者の裁量に任せるのでなければ、到底適切な結果を期待することができないものといわなければならない。それ故、公務員につき懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行うかどうか、懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきである。もとより、その裁量は、恣意にわたることを得ないものであることは当然であるが、懲戒権者がその裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして違法とならないものというべきである(最高裁昭和52年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁参照)。
(2)本件非行について
ア これを本件についてみると、原告が行った本件非行は公然わいせつ罪に該当するところ、その法定刑は6月以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料であり(刑法174条)、健全な性秩序ないし性風俗を保護法益とするものであるが、原告は、生徒の人格の完成を目指し、その道徳心を培うことをも目標とする教育をつかさどる公立高校の教員として、自己の崇高な使命を深く自覚し、絶えず研究と修養に励み、その職責の遂行に努めなければならず(教育基本法1条、2条、9条1項)、率先して生徒に範を示して、その規範意識を涵養すべき立場にあった。
イ にもかかわらず、原告が、本件非行において性器を露出している際にスリルや性的な興奮を覚えていたこと(認定事実(2)エ)からすれば、原告が本件非行に及んだ動機はスリルや性的な興奮を得るためであったことがうかがわれ、見ず知らずの男性から性器を目撃させられた女性が不快感を抱くことは容易に推察できるにもかかわらず、自らの欲求を満たすために躊躇なく本件非行に及んだその自己中心的かつ身勝手な動機に酌むべき余地はなく、このことは、仮に原告が主張するとおり、本件女性客に性器を見せる意思がなかったとしても左右されるものではない。
ウ また、原告は、本件非行のような行為は初めてであり、本件女性客と目が合ったときに我に返ったなどと述べ、ストレスと疲労により発作的に敢行したかのように供述するものの(甲5、9、乙1、原告本人)、認定事実(2)のとおり、本件店舗の駐車場に到着し、駐車場に停車した自車内から本件店舗の雑誌コーナーで本件女性客が立ち読みをしているのを発見すると、自己の職業に照らして逡巡することもなく、駐車した車内においてチャックを下ろして性器を露出し、傘を持って自車から降りて本件店舗の軒下に移動し、本件女性客の前に右を向いて立ち、傘で自らの正面と右側面を覆うようにし、露出した自己の性器が、本件店舗の外にいる通行人等からは見えないようにしつつ、本件女性客からは見えるようにしている。
かかる原告の行為態様に照らせば、発作的に行われた行為であるとは到底評価できず、むしろ、原告の性癖には根深いものがあることがうかがわれ、本件非行のような行為を行うのは今回が初めてであるとする原告の上記供述をそのまま採用することには疑問が残る(なお、仮に、原告が供述するとおり、本件非行が初めてであるのならば、規範意識が余りにも希薄すぎるといわざるを得ない。)。
エ そして、原告が健全な性秩序ないし性風俗を害する本件非行を行った結果、それがマスコミで報道されたことが認められ(乙1)、それにより、原告の所属する和泉総合高校の生徒や保護者が大きな衝撃を受けたことは想像に難くなく、被告の教職員ひいては公務員一般に対する信頼を傷つけたことは明らかであり、上記アで述べた立場の教員の行った本件非行が地域社会に与えた影響も看過することはできない。」