業務執行性を有する建造物損壊事案における対応
刑事|建造物損壊罪|最決平成19年3月20日|最判昭和44年11月18日|最判昭和51年7月8日
目次
質問:
先日,カフェで勤務会社の上司と面談を行ったところ,私の営業成績が落ち込んでいることを強く叱責されました。元々頭に血が上りやすい性格なところもあり, イライラを抑えることができず,帰り際に,つい入口のドアを蹴ってしまいました。そうしたところ,ドアが取れて破損してしまいました。
カフェの店長に謝罪しましたが,許してもらえる気配はなく,後日会社の代表者も交えて話し合いをするということになりました。ドアの修理等弁償するつもりで すが、弁償すれば解決するのでしょうか。犯罪になるのでしょうか。また会社との関係はどうなるのでしょうか。
回答:
1 カフェの入り口のドアを蹴って損壊しているということですから、単なる器物損壊罪(刑法261条)ではなく,建造物損壊罪(刑法260条前段)に該当する 可能性が高いと思われます。建造物損壊罪の法定刑は5年以下の懲役とされており,器物損壊罪と異なり,法定刑に罰金刑が含まれていません。そのため,被害届や 告訴状を出されてしまうと,公開の法廷で正式裁判を受ける危険が出てきてしまいます。
これを回避するためには,刑事事件化させないよう,早期に建物の所有者ないし管理者との間で示談を成立させ,被害届や告訴状の提出をしない約束を取り付け る必要があります。
2 示談を行う前提として,民事上の損害賠償責任を負っていることを確認しておく必要があります。すなわち,あなたは民事上の責任として,建物の所有者に対 し,不法行為に基づく損害賠償債務(民法709条)を負っており,被害弁償が必要な状態ということができます。
また,本件損壊行為は,業務時間中に行われたものであり,「事業の執行について」第三者に損害を加えた場合といえますので,会社も使用者責任に基づく損害賠 償債務を負っているものといえます(民法715条1項本文)。
3 会社にも損害賠償の責任があるとはいえ、刑事責任があるのはあなたですから、まずは、自ら賠償額を負担して示談する必要があります。仮に、賠償金額が高額 となり、あなた一人ではすぐに弁償できないというような場合は会社にも弁償、示談について協力してもらわざるを得ない、ということも予測しておく必要はあるで しょう。
その場合,会社が被害弁償金を支払うことを条件に,建物所有者があなたに対する刑事責任を追及しないことを,三者間で確認するような合意書の取り交わしを目指 すことになりますが,会社が協力的な態度をとってくれるかについては未知数と言わざるを得ません。
なお、会社が被害弁償を行った場合,あなたに対する求償が可能とされていますが(民法715条3項),その範囲は合理的な範囲に制限されるというのが実務上 の考え方です(最判昭和51年7月8日民集30巻7号689頁)。
4 本件に関する関連事例集参照。
解説:
第1 刑事上の責任について
1 成立する犯罪について
あなたは,カフェの入り口のドアを足蹴りにして損壊していますが,ドアは取り外しが可能であるから単なる器物損壊罪(刑法261条)が成立するに止まる のか,それともより重い建造物損壊罪(刑法260条1項前段)が成立することになるのか,検討していくことにしましょう。
この点,建造物に取り付けられた物が建造物損壊罪の客体に当たるかどうかは,①当該物と建造物との接合の程度のほか,②当該物の建造物の機能上の重要性を も考慮すべきであるとの最高裁決定が存在します(最決平成19年3月20日・刑集61巻2号66頁)。
最高裁の判例は市営住宅の玄関ドアを棄損したケースですが、「本件ドアは,住居の玄関ドアとして外壁と接続し,外界とのしゃ断,防犯,防風,防音等の重要 な役割を果たしている」として玄関ドアの機能面の重要性を認め,建造物損壊罪の建造物に当たると判断しています。本件カフェの入り口ドアについては,具体的に ドアの形状により判断されますが、最高裁の事案と同様,外界と接続し,外界との遮断,防風,防音等重要な役割を果たしているのが通常でしょうから,仮に適切な 工具を使用すれば損壊せずに取り外し可能であり、建物との接合の程度が低いとしても,建造物損壊罪の客体(「建造物」)に当たると評価されるでしょう。
そのため,建造物損壊罪(刑法260条前段)が成立し得ることになります。
2 あなたの置かれている状況
建造物損壊罪の被害者は,当該建造物の所有者と考えられるところ,仮に建物の所有者から本件について被害届や告訴状の提出がされると,あなたは警察の捜査対 象となり,その後は送検先の検察官が終局処分を決定することになります。なお、カフェの営業者と建物の所有者が異なる場合は、建造物損壊罪の被害者である建物 所有者との示談が第一ですが、カフェの営業者も被害を被っているでしょうから、謝罪や賠償が必要になるでしょう。
器物損壊罪の法定刑は,三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料とされており,罰金刑の選択の余地が残されていますが,建造物損壊罪の法定刑は五 年以下の懲役とされており,罰金刑の定めがありません。器物損壊罪の保護法益である一般動産よりも、建造物損壊罪の保護法益である建造物の方が人の社会生活上 重要な資産であることに鑑みて、このような法定刑の差異がつけられていると考えられます。
そのため,本件が刑事事件化された場合,何もしなければ,検察官の温情により起訴猶予とされない限りは公開の法廷で正式裁判を受けることになる可能性が高い といえます。
起訴され裁判となった場合、あなたに前科前歴がなければ執行猶予付きの懲役刑に止まる可能性は高いですが,公開の法廷で裁かれることは精神的にもかなりの負 担となりますし,立派な前科となってしまいます。また,器物損壊罪と異なり,その法定刑の重さから,罪証隠滅や逃亡のおそれが高いと判断され,捜査段階で逮 捕・勾留されてしまう可能性も十分に考えられ,十分に注意が必要な状況といえます。
そのため,あなたがすべきことは,逮捕勾留を避けること、起訴猶予処分を目的とすることで、具体的には①早急に示談をして,被害届や告訴状の提出をしない ことの約束を取り付けてしまう(刑事事件化の回避),②仮に刑事事件化してしまった場合でも,示談成立を含めた有利な事情を最大限主張して,不起訴処分(起訴 猶予)を狙っていく,ということに尽きます。
示談の進め方を考える前提として,民事上の責任を検討しておく必要がありますので,まずは民事上の責任について簡単にご説明いたします。
第2 民事上の責任について
1 あなたの法的責任
あなたの前記行為は,建造物損壊罪という刑法上の罪に該当する違法な行為ですので,当然,建物所有者に対して,不法行為に基づく損害賠償責任を負うことに なります(民法709条)。
損害の範囲については,修理代金に加え,カフェの営業に何らかの支障が発生しているような場合は,その点に関する営業上の損失に関しても,合理的な範囲で (相当因果関係のある範囲で)併せて賠償義務を負うことになります。
2 会社の責任
⑴ 使用者責任の発生
ある事業のために他人を使用する者は,被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負うものとされています(使用者責任,民法 715条1項本文)。
「事業の執行について」の要件の判断基準については,本来の事業の範囲に限らず,当該事業と密接な関連性を有する等,客観的・外形的に使用者の支配領域下 にあれば良いと解釈されています(外形標準説)。
たとえば,事業の執行行為を契機とし,これと密接な関連を有すると認められる行為によって加えた暴行について事業執行性を肯定した最高裁判例があります (最判昭和44年11月18日民集23巻11号2079頁)。この判例の事実関係は、土木建築業を営む会社の配管工として働いていた人が、現場で上水道管敷設 工事に従事中、同じ現場で作業をしていた被害者に対し、作業に使用するため「鋸を貸してくれ」と声を掛けたところ、被害者が自分の持つていた鋸を投げ渡したこ とから、口論となり暴行を加えてしまったというものでした。このような判例の傾向に照らせば,本件の損壊行為も,上司の部下に対する業務上の叱責が契機となっ て発生した違法行為ということができ,事業執行性が認められるものと考えられます。
以上から,あなたに不法行為が成立することを前提として,会社も使用者責任に基づく損害賠償責任を負うと考えられます。
なお,この場合の使用者と被用者の関係は,不真正連帯債務の関係と考えられており,それぞれ全額についての支払い義務を負うことになります。
⑵ 免責について
なお,民法715条1項但書きは,「使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき,又は相当の注意をしても損害が生ずべきであっ たときは,この限りでない」として,選任監督上の注意を尽くした場合の免責の余地を与えていますが,但書きの適用は現実的には容易でなく,本件においても免責 が認められる可能性は低いと思われます。
⑶ 求償について
民法715条3項は,使用者から被用者への求償が可能であることを規定しています。従って、会社が弁償金を支払った場合あなたに対して支払った金額を返す よう請求されることになります。但し、その範囲については全額という訳ではなくが,「使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働 条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から 信義則上相当と認められる限度において,被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべき」と判示した最高裁判例が存在するように (最判昭和51年7月8日民集30巻7号689頁),実務上は,求償権が広く制限される扱いとなっています。
本件でも,あなたの建造物損壊行為を引き起こした要因の一つとして,上司による叱責行為が存在しますので,仮に会社が被害弁償を行った場合,あなたに求償 してきても,全額の支払いは拒むことができます。但し、会社に支払ってもらう場合は、あなたに金銭的な余裕がないという場合でしょうから、会社としては弁償す る場合は、全額求償することを事前に約束するよう請求することも考えらます。その場合は示談を早く終わらせるという観点から後日分割ででも全額支払うという約 束をすることも検討する必要があります。
第3 示談交渉の進め方(本件の主たる弁護活動)
以上,民事上の責任の概要をご説明しましたが,実際の示談交渉はどのように進めでいけば良いでしょうか。
1 交渉の窓口を引き受けること
使用者と被用者はそれぞれ全額の賠償義務を負うことになりますので(不真正連帯債務),被害者にあたる建物所有者は,会社とあなたのいずれに被害弁償を請 求しても構わないことになります。
ただし,あなたの目的が刑事事件化の回避にある以上,交渉の窓口は,原則としてあなた自身(現実的には,あなた自身で示談交渉を進めることは難しいですの で,代理人弁護士を付けるべきでしょう)とすべきです。
会社に任せたままにしておくと,当然,被害届や告訴状を提出しないという約束を取り付けてくれるはずもありませんし,むしろ会社の責任を否定する方向で動 くかもしれません。
そのため,先方に対して示談の申入れを積極的に行うのみならず,会社に対しても,交渉の窓口をまずはこちらで担当させてもらうという点を伝えておくべきで しょう。
2 会社との協力関係の構築と3者間合意の締結
あなたの刑事責任を免れるという点からすれば、あなただけで被害者と示談交渉して弁償金を支払うというのが第一の方法です。刑事事件の場合、示談金、弁償 金は一括で現金で支払うという原則です。玄関ドアの損傷ということですから数100万円になるということは考えられないでしょうから、現金を渡して示談という のが原則です。問題は一括で現金が用意できないという場合です。その場合は、完全に会社を排除することは得策ではありません。たとえば,先方から提示された被 害弁償金の額があなたの支払い能力を超えているという場合,先方には会社への請求を検討して貰わざるを得ない事態となります。請求を受けた会社としては当然出 し渋るでしょうが,使用者責任を負っている以上,最終的には支払わざるを得ないことになると思われます。
その際,単に被害弁償をして終わりというのでは,あなたの刑事責任の回避が達成できませんので,可能な限り会社と良好な関係を築きながら(一定の求償には 応じる姿勢を見せる等),被害弁償を会社が行う代わりに,建物所有者があなたへの刑事責任を一切追及しないことを確認する3者間での合意書の取り交わしを目指 すことが肝要です。
勿論,先方から提示された金額が現実的なもので,あなたに支払い能力がある場合は,あなたと所有者との単純な示談合意書を取り交わすことで目的は達成でき ますので,まずはあなたが、一括で支払ことができるよう金額の交渉を含めて通常の示談交渉を目指すべきでしょう。
第4 まとめ
以上のとおり,あなたには比較的法定刑の重い建造物損壊罪が成立しており,刑事事件化する前に,先回りして示談してしまうことをお勧めいたします。
ただし,今回のような会社も巻き込んでの交渉をあなた自身で行うことは困難ですので,弁護士に依頼されるのが安全でしょう。
以上