住居兼小規模店舗の立退料
民事|再開発|東京高裁平成12年3月23日判決|東京高裁平成12年12月14日判決
目次
質問:
親の代から駅前で住居兼店舗を賃借し、小さなタバコ屋を続けてきましたが、駅前周辺一帯が再開発に掛かるという計画が持ち上がり、大家から「この際、売却した いので退去して下さい」と求められました。応じなければならないでしょうか。
回答:
1、借地借家法で、居住者の利益を保護するために、建物賃貸借契約の更新拒絶や契約解除の意思表示に際して、正当事由が要件として求められています。正当事 由には、契約当事者双方の事情の他、立退料の提示の有無や金額も影響されます。
2、立退料の算定は、当事者の公平を図るために様々な方法が試みられてきましたが、特に居住用建物の場合は、転居費用と、1~2年分の賃料差額(近隣で同程度 条件の物件を賃借しようとした場合に掛かる追加費用)の合計額で足りるとした考え方が主流となりつつあります。同旨の高裁判例もあります。
3、住居兼小規模店舗の立退料についても、住居部分について、転居費用と2年分の賃料差額、店舗部分について、2年分の賃料差額の他に店舗の利益2年分と、改 装費用を減価償却した残額の合計を立退料として算定する方法があります。同旨の高裁判例もあります。
4、立退料の考え方は上記の通りですが、正当事由の有無については、店舗の規模や、営業期間・従来の経緯など、個別事情が大きく影響しますので、関係資料を用 意した上で弁護士に相談なさると良いでしょう。
5、当該区域が都市再開発法によるものであれば、安易に立ち退きに応ずることなく調停、訴訟を待ち、控訴、上告とご自分の主張を行って再開発手続のルールに参加して開発利益、賃借人の法的保護を十分に検討して自らの権利を守る必要があります。都市再開発手続に詳しい弁護士と是非協議、相談してください。
6、再開発・立退料に関する関連事例集参照。
解説:
1、借地借家法における建物賃貸借契約更新拒絶の正当事由
民法601条に定める賃貸借契約は、期間の満了による終了、あるいは期間の定めがない場合は契約当事者は何時でも契約解除を申し出ることにより終了するのが 原則(民法617条1項)ですが、建物賃貸借契約については、民法の特別法として、借地借家法が制定され、賃貸人の事情による契約の終了には正当事由が必要と され、建物賃借人が保護されています。これは、建物が人の居住や仕事(経済活動)の拠点となる重要な資産であるため、これを賃貸する建物賃貸借契約も、賃借人 にとって重要な契約であり、一般的に立場の弱い賃借人を保護する必要性が高いためです。
民法第601条(賃貸借)賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約すること によって、その効力を生ずる。第617条(期間の定めのない賃貸借の解約の申入れ)
第1項 当事者が賃貸借の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合においては、次の各号に掲げる賃貸借は、 解約の申入れの日からそれぞれ当該各号に定める期間を経過することによって終了する。
一 土地の賃貸借 一年
二 建物の賃貸借 三箇月
三 動産及び貸席の賃貸借 一日
第2項 収穫の季節がある土地の賃貸借については、その季節の後次の耕作に着手する前に、解約の申入れをしなければならない。
民法617条を修正して、借地借家法28条で、建物賃貸借契約の更新拒絶に正当事由が必要と定められています。この規定は強行規定と言って、当事者が契約書 で特約を定めても排除することができない規定となります。逆に、当事者が特約で排除できる規定を、任意規定と言います。
借地借家法第28条(建物賃貸借契約の更新拒絶等の要件)建物の賃貸人による第二十六条第一項の通知又は建物の賃貸借の解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借 人(転借人を含む。以下この条において同じ。)が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建 物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。
第30条(強行規定)この節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは、無効とする。
具体的な正当事由の内容は、次の事情を考慮して判断されます(借地借家法28条)。
(1)建物の賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情(2)建物の賃貸借に関する従前の経過
(3)建物の利用状況及び建物の現況
(4)建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出内容
ここで、「賃貸人が建物の使用を必要とする事情」という項目がありますが、これは、賃貸人自身が不動産を使用する必要性の他、建物を建て替えるために賃借人 の占有を排除する必要がある場合や、なるべく高く売却するために賃借人の占有を排除する必要がある場合も含むとされています。
上記(4)の「建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその 申出」とはいわゆる「立退料」の提示を意味します。立退料は、当事者の公平を調整するための金銭的な給付ですから、賃借人の損失を填補するような提案であるこ とが必要となります。
具体的に言えば、賃借人の損失には、転居する際に必要となる引っ越し業者の費用や、転居先を借りるために必要となる不動産業者の仲介手数料や、近隣物件を現 実に借りる際に必要となる賃料差額の1~2年分程度が含まれると解釈されています。
また、賃貸借契約の賃借人が有している権利(賃料を支払って物件を借り続けることができる法的地位)を「借家権」と呼ぶ事がありますが、この借家権を譲渡し て売却代金を得られるような事情がある場合や、入居時に多額の「権利金」を支払って入居しているような場合には、借家権価格が立退料の参考とされる場合もあり ます。借家権価格は、相続税の算定に使われる財産評価基本通達によって算出することもできますし、不動産鑑定士に利回り還元法などにより鑑定して貰うこともで きます。簡単な計算方法としては、建物の敷地の価格の20パーセント程度という計算で算出できます。但し、多くの居住用の建物賃貸借契約では、特約により「転 貸禁止、賃借権譲渡禁止」の特約が含まれており、借家権価格が立退料の算定に影響しにくくなっている事情もありますので注意が必要です。
2、具体的な立退料の算定方法
立退料の算定は、当事者の公平を図るために様々な方法が試みられてきましたが、特に居住用建物の場合は、転居費用と、1~2年分の賃料差額(近隣で同程度 条件の物件を賃借しようとした場合に掛かる追加費用)の合計額で足りるとした考え方が広がってきています。同旨の高裁判例もありますので、ご紹介致します。
東京高裁平成12年3月23日民事部判決 (建物明渡請求控訴事件)
40年経過したアパートをマンションにするための立ち退きについて,借家権価格の算定ではなく,引越料その他の移転実費と転居後の賃料と現賃料の差額の一, 二年分程度の範囲内の金額(200万円)を基準として認めています。
判決抜粋 『本件共同住宅が建築されてから四〇年を経過していること及び本件共同住宅が存する土地の地理的条件からすると,被控訴人が本件共同住宅及び隣接する建物の改 築計画を持つことには十分な合理性がある。そして,控訴人らの本件建物の使用の必要性は,住居とすることに尽きている。そのような場合の立退料としては,引越 料その他の移転実費と転居後の賃料と現賃料の差額の一,二年分程度の範囲内の金額が,移転のための資金の一部を補填するものとして認められるべきものである。 それ以上に,高額な敷地権価格と僅かな建物価格の合計額を基に,これに一定割合を乗じて算出されるいわゆる借家権価格によって立退料を算出するのは,正当事由 があり賃貸借が終了するのに,あたかも賃借権が存在するかのような前提に立って立退料を算定するもので,思考として一貫性を欠き相当ではない。被控訴人は,昭 和六三年一〇月以降賃料を据え置くなどの措置を採り,また,控訴人らが本件建物より高額な賃料の住居に移転するために当面必要な資金として十分と思われる立退 料二〇〇万円を提供する意思を示している。これらの賃料の据え置きと立退料の提供は,正当事由の補完たりうるのであって,被控訴人の解約申入れには正当の事由 があり,解約の申入れは,その効力を生じたものというべきである。そして,被控訴人の明渡しの請求を権利の濫用ということはできない。』
この判例では、賃貸人が、築40年を経過している共同住宅の改築を計画することに合理性があると判断しています。賃貸人として、経済合理性を追求し、所有資 産の有効活用をすることができると判断しているのです。
これに対し、入居者・賃借人の利益は、「住居とすることに尽きている」と判断しており、極端に言えば、「転居してもどこでも住むことができる」、と考えてい ることが分かります。賃貸人は建物の所有権者ですから、その物件の有効活用をするには、その物件をリフォームするなり、建て替えるしか方法がありませんが、入 居者は借りているだけですから、引っ越しすれば、その物件に限らず、どこでも住むことができるというわけです。その結果として、「立退料としては,引越料その 他の移転実費と転居後の賃料と現賃料の差額の一,二年分程度の範囲内の金額が,移転のための資金の一部を補填するものとして認められるべきものである」という 判断になっているものと思われます。
3、住居兼小規模店舗の立退料
住居兼小規模店舗の立退料についても、住居と同様に考え、住居部分について、転居費用と2年分の賃料差額、店舗部分について、店舗の利益2年分と、改装費 用を減価償却した残額の合計を立退料として算定する方法があります。同旨の高裁判例もありますので御紹介致します。
東京高裁平成12年12月14日判決『控訴人は、さくら銀行に対し2650万円の債務を負い、年間約72万円の利息を支払っている。この債務を返済するための資産としては本件建物とその敷地の借 地権しかない。本件建物を賃貸しているだけでは、元金の返済はおぼつかないのであるから、控訴人としては、元金の返済のためには、本件建物とその敷地の借地権 を売却する必要があるといわざるをえない。
そして、本件建物は、どんなに近くとも昭和8年ころ建築された建物であるから、経済的な効用を全うし、すでに建替時期が来ていることは明らかである。本件建 物のままでは、これを買い受けた者は1か月10万円程度の賃料が得られるのみである。それ以上の賃料を得、又は自己で使用することによって経済的利益を得よう とすれば建替えは不可避である。それのみならず、本件建物が朽廃することになれば、借地権を失うことになるのであるから、借地権を確保するためにも建替えが必 要である。
建物を建て替え、新たな建物で高い利益を得るためには、まず現在の賃借人の明け渡しを得る必要がある。建物に賃借人がいるままでは、正当な目的で、本件建物 とその敷地の借地権を買い受けようとする者は現れないものと予想される。
したがって、控訴人には、Aないし被控訴人らに対し本件建物の明け渡しを求める必要性と合理性がある。
一方、本件建物には、平成10年時点でA、被控訴人B、被控訴人Cが、平成11年6月21日以降は、被控訴人B、被控訴人Cが居住しているのみならず、一階 の店舗部分では、平成9年6月以降、被控訴人Cが清涼飲料水等の販売店を営んでいる。したがって、各時点で、Aないし被控訴人らには、本件建物を使用する必要 性が認められる。しかし、住居としての使用には原則として代替性が認められる。また、被控訴人Cが営む店舗は、本件建物でなければならない理由まではなく、生 計を維持するためには、清涼飲料水等の販売店でなければならないともいえない。
右の双方の必要性を比較すると、控訴人の必要性の方が高いものと認められる。しかし、Aないし被控訴人らに生ずる不利益には看過し得ないものもあるので、控訴 人が、Aないし被控訴人らに生ずる不利益をある程度補う立退料を支払うことにより、控訴人は解約申し入れの正当事由を具備するものというべきである。』・・中 略・・
『そこで、立退料の金額について検討する。
控訴人と被控訴人らとの間の賃貸借は、それぞれの前主ないし前々主からの期間を通算すると、50年以上にも及んでいる。したがって、賃貸借の目的は十分達した ともいいうるものである。
被控訴人らが本件建物を使用する必要性のうち、住居としての必要性についてみれば、引越料その他の移転実費と一定期間の転居後の賃料と現賃料との差額が、必 要性を補填するものとして認められるべきものである。また、店舗としての必要性についてみると、本件建物の一階店舗部分にかけた改装工事費と一定期間の所得の 補償が、必要性を補填するものとして認められるべきものである。
これ以上に、高額な敷地権価格とわずかな建物価格の合計額を基に、これに一定割合を乗じて算出されるいわゆる借家権価格によって立退料を算出するのは、正当 事由があり賃貸借が終了するのに、あたかも賃借権が存在するかのような前提に立って立退料を算出するもので、思考として一貫性を欠き相当ではない。
先のような観点から算定すると、立退料としては、600万円を上回ることはないものと認められる(改装工事費のうち240万円(一部は償却済みでありその残 額)と100万円の所得の2年分に移転実費(40万円)、賃料差額を1ヶ月5万円としてその2年分(120万円)を合計したものである。)。
したがって、600万円を提供することによって控訴人の解約申し入れは正当事由を具備するものと認めるべきである。』
賃貸人と、賃借人の当該物件の占有を必要とする事情を整理します。
賃貸人が占有を取得して、売却もしくは建て替えする必要性
(1)負債を抱えて、年間利息72万円に対して、唯一の資産である当該物件の賃料収入120万円の状態となっている。
(2)年金生活者であり、唯一の資産である当該物件の有効活用を図る必要性が高い。
(3)当該物件は築60年以上であり、現行の耐震基準を満たさない既存不適格の状態であり、建て替えもしくは、これを前提とした売却により、経済的価値を高め ることができる。その前提として、賃借人の明け渡しが必要である。
(4)借地権付き建物であるので、建物の朽廃により借地権を喪失する恐れがある。定期的な建物の更新により、借地権の確保を図る必要性がある。
賃借人が当該物件を占有・利用する必要性
(1)現に居住している(転居するには費用も掛かる)。
(2)個人営業の菓子・清涼飲料水等販売店を営んでいる。年間売上約1000万円で、年間申告所得は約100万円である。
(3)約3年前に298万円の店舗改装工事を行っており、この償却が完了していない。
このような状況でも、裁判所は「住居としての使用には、原則として代替性が認められる」「店舗は、本件建物でなければならない理由まではなく、生計を維持す るためには、清涼飲料水等の販売店でなければならないともいえない」として、借家権価格によらない立退料の算定を行っています。この判決は上告されることなく 確定しています。借家権価格による立退料の算定という考え方が最高裁判所で否定されたという状態ではありませんが、特に居住用建物と小規模店舗併用住居におい ては、借家権価格をベースとした高額の立退料を命じる引き換え給付判決が出る可能性は低くなっていると考えることができます。
また、この判例では、「控訴人と被控訴人らとの間の賃貸借は、それぞれの前主ないし前々主からの期間を通算すると、50年以上にも及んでいる。したがって、 賃貸借の目的は十分達したともいいうる」と判断していることも注目に値します。「賃貸借の目的」を達したかどうかも、立退料の算定に影響するというのです。 「賃貸借の目的」を達したかどうかが、借地借家法28条の「建物の賃貸借に関する従前の経過」に含まれると判断しているものと思われます。
確かに、賃借契約の賃借人たる地位は、財産的な価値があり、相続の対象とされ、今回の賃借権も相続を経て現賃借人に引き継がれているわけですが、契約当初に 想定された契約目的を考えた場合に、「目的を達した」といいうると判断しているのです。
建物賃貸借契約の「目的」とはどのようなものでしょうか。例えば、新婚夫婦が賃貸不動産を借りて入居した場合は、そこに一生住み続けたり、子供や孫の代まで 住み続けることまで期待していると言えるのでしょうか。もしかすると、当該物件の広さや、部屋の数を考えると、夫婦二人だけ、もしくは、子供が産まれたとして も、子供が1人か2人で、子供が小さい間の住居として住むことができれば良いと考えているかもしれません。学校を卒業して就職したばかりの新入社員がワンルー ムマンションに入居する場合は、結婚するまでの独身時代の住居を確保できればよいと考えているかも知れません。同様に、前記判例のケースでいえば、小規模店舗 併用住宅を借りた場合は、賃借人が年金生活に入るまでの期間の収入源を確保できれば良いと考えていたかも知れません。このように考えていくと、借家権・賃借権 が発生する賃貸借契約と言えども、居住用建物や小規模店舗併用住宅の場合には、永久に続く権利とまでは考えにくいことが分かります。契約当事者の公平を考えた 場合には、賃借人に退去を求めることができるかどうかを判断する際に、契約当初に当事者が期待していた「目的」が果たされているかどうかを考えることも有益な ことであると言えるでしょう。
4、まとめ
立退料の考え方は上記の通りですが、正当事由の有無については、店舗の規模や、営業期間・従来の経緯など、個別事情が大きく影響しますので、関係資料を用 意した上で弁護士に相談なさると良いでしょう。
弁護士に相談する際に持参した方が良い書類を列挙致しますので、参考になさって下さい。
(1)入居時の賃貸借契約書、その後の更新契約書(2)建物登記簿謄本
(3)当該不動産の価値を示す資料(不動産鑑定士の鑑定書など)
(4)当該賃借権の価値を示す資料(不動産鑑定士の鑑定書など)
(5)大家と連絡した全ての手紙・資料(更新拒絶通知、解除通知を含む)
(6)不動産業者と連絡した全ての手紙・資料
(7)弁護士など大家代理人がいる場合は連絡した全ての手紙・資料
(8)再開発・建替組合がある場合は、説明会資料など関係書類
以上