No.1727|離婚に関する問題

 

肉体関係を伴わない不倫関係の慰謝料請求

民事|性交渉を伴わない不倫関係における不法行為の成否および慰謝料の金額|性交渉の推認可能性および立証責任|東京簡裁平成15年3月25日判決他

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文
  6. 参照判例

質問

関西圏に住んでいる会社員(32歳・女性)です。私には、2か月ほど前から交際開始した会社の同僚で妻帯者の男性がいます。世間的には不倫と思われるのかもしれませんが、肉体関係があるわけではなく(彼との関係はキスまでです。)、終業後終電の時間まで連日一緒に飲みに行ったり、休日には一緒に遠出したり、といった関係を続けていました。

そうしたところ、先日、交際男性の妻の代理人を名乗る弁護士から私宛てに、私が彼とホテル内で肉体関係を持ったとして、慰謝料300万円を請求する内容証明郵便が届きました。不貞の証拠として、ホテルでの2名分の宿泊領収証と私と彼との親密なやり取りが記録されたメールの存在が指摘されています。

確かに、彼と一度だけビジネスホテルで同泊したことはありますが、それは、私が飲み過ぎて気分が悪くなってしまい、終電も乗り過ごしてしまったため、休憩するため、やむを得ず近くのホテルに連れて行ってもらったものです。メールも、恋愛感情の表現としてはやや過激なやりとりが含まれていたかもしれませんが、字義通りの性的関係を持ったことは一切ありません。

私は、相手方の請求に対して、どのように対応していったらよいのでしょうか。

回答

1 夫婦の一方の配偶者と第三者との間で不貞があった(肉体関係が持たれた)場合、夫婦の一方が相手方に対して有する貞操権を侵害し、平穏な夫婦関係を破壊させることになり、当該第三者は他方の配偶者に対して、その精神的苦痛に相当する損害を賠償する義務(慰謝料の支払義務)を負うことになります(民法709条、710条)。

2 あなたの場合、交際男性と肉体関係になかったとのことですから貞操権の侵害はありませんが、慰謝料支払義務の法的根拠が平穏な夫婦関係の侵害に求められる以上、平穏な夫婦関係を破壊しうる態様の不適切な交際関係があれば、肉体関係(貞操権の侵害)の有無にかかわらず損害賠償責任を負うことになります。

裁判例上も、認容額は通常の不貞慰謝料の相場(150万円ないし200万円程度)を下回ることが多いものの、肉体関係までは認定できなくとも平穏な夫婦関係の侵害があったと評価し得る事案においては不法行為責任が認められています。但し、学説には有力な反対説もあります。

3 本件における慰謝料支払義務の有無についてですが、終業後終電の時間まで連日一緒に飲みに行ったり、休日には一緒に遠出したりといった関係を続けていたという事情からすると、少なくとも社会通念上相当な男女の関係を超えていたものと考えるのが自然であり、夫婦生活の平穏を害する態様の違法な行為であった(不法行為が成立する)と判断される可能性が相当程度あるものと考えられます。

もっとも、適正な慰謝料額を含めたより正確な判断のためには、詳細な事実関係を伺った上で、証拠関係から推測される裁判所の事実認定や裁判例との事案比較等も踏まえ、相手女性の夫婦生活の平穏を害した程度(精神的苦痛の程度)について法的検討を経る必要があります。弁護士から請求書面が送られてきた時点で、まず一度は法的専門家である弁護士にご相談されることをお勧めいたします。

4 交渉による早期解決を目指す場合、肉体関係の有無を争いつつ和解に応じさせる必要があるため、相手方に、民事訴訟を提起したとしても肉体関係の存在の立証が困難である、と早い段階で思ってもらうことが出来るかどうかがポイントとなってくるでしょう。弁護士を立てて対応することが望ましいですが、やむを得ずご本人で対応する場合には、肉体関係があったことの間接事実となり得る不利益な事実について言質を取られたりすることのないよう、十分注意を払う必要があります。

5 なお、本事例集の内容は民法改正(2020年4月1日施行)の影響を受けるものではありません。

解説

第1 不貞事案における慰謝料支払義務

あなたの交際男性の妻は、交際男性との不貞(肉体関係の存在)を理由に慰謝料請求をしてきていますが、この請求は民法709条を法的根拠とするものです。

(不法行為による損害賠償)
民法 第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

配偶者以外の者と不貞(肉体関係の存在)があった場合、夫婦の一方が相手方に対して有する貞操権を侵害し、平穏な夫婦関係を破壊させることになります。

これらは判例上「他人の権利又は法律上保護される利益」として民法709条による保護の対象とされており、不貞を行った者はこれらの権利、利益を侵害された夫婦の一方に対し、その精神的苦痛に相当する慰謝料の支払義務を負うことになります。

具体的に、「夫婦の一方の配偶者と肉体関係を持つた第三者は、故意又は過失がある限り、右配偶者を誘惑するなどして肉体関係を持つに至らせたかどうか、両名の関係が自然の愛情によつて生じたかどうかにかかわらず、他方の配偶者の夫又は妻としての権利を侵害し、その行為は違法性を帯び、右他方の配偶者の被つた精神上の苦痛を慰謝すべき義務があるというべきである。」と指摘されています(最高裁昭和54年3月30日判決)。

第2 肉体関係がない場合における不法行為の成否

上記の判例は、夫婦の一方の配偶者と肉体関係が持たれた場合について判断を示したものですが、交際の態様、程度が肉体関係を持つに至らないものであるからといって、必ずしも慰謝料の支払義務を免れるわけではありません。

慰謝料支払義務の法的根拠が平穏な夫婦関係という法律上保護される利益(民法709条参照)の侵害に求められる以上、平穏な夫婦関係を破壊しうる態様の不適切な交際関係があれば、肉体関係(貞操権の侵害)の有無にかかわらず損害賠償責任を負うことになる、というのが理論的帰結となります。

裁判例上も、証拠上、肉体関係があったとまでは認められないとしながらも、具体的事情の下で不法行為責任を認めているものが見られます。

一例として、東京簡裁平成15年3月25日判決は、原告の夫と被告が、2、3万円程度するプレゼントの交換をしたり遠方まで日帰り旅行に行ったりするといった交際関係を持っていた事案において、「思慮分別の十分であるべき年齢及び社会的地位にある男女の交際としては、明らかに社会的妥当性の範囲を逸脱するものであると言わざるを得ず、恋愛感情の吐露と見られる手紙を読んだ原告が、被告とAとの不倫を疑ったことは無理からぬところである。被告のこれらの行為が、原告とAとの夫婦生活の平穏を害し原告に精神的苦痛を与えたことは明白であるから、被告は原告に対し不法行為責任を免れるものではない。」として、被告に対して慰謝料の支払いを命じています。

もっとも、慰謝料の額としては、交際期間が約半年にとどまっていること、被告が一定の社会的制裁を受けていること、婚姻関係が最終的には破綻することなく維持されていること等の具体的事情を勘案して、通常の不貞慰謝料の相場(150万円ないし200万円程度)を大幅に下回る10万円とされています。

慰謝料の金額はあらゆる事情を基に総合判断されるため、事案によって幅がありますが、夫婦関係を破壊した程度が大きくなると慰謝料も高額となります。

一例として、東京地裁平成17年11月15日判決は、「婚姻関係にある配偶者と第三者との関わり合いが不法行為となるか否かは、一方配偶者の他方配偶者に対する守操請求権の保護というよりも、婚姻共同生活の平和の維持によってもたらされる配偶者の人格的利益を保護するという見地から検討されるべきであり、第三者が配偶者の相手配偶者との婚姻共同生活を破壊したと評価されれば違法たり得るのであって、第三者が相手配偶者と肉体関係を結んだことが違法性を認めるための絶対的要件とはいえないと解するのが相当である」との考えを前提に、「被告Y1は、Aと肉体関係を結んだとまでは認められないものの、互いに結婚することを希望してAと交際したうえ、周囲の説得を排して、Aとともに、原告に対し、Aと結婚させてほしい旨懇願し続け、その結果、原告とAとは別居し、まもなく原告とAが離婚するに至ったものと認められるから、被告Y1のこのような行為は、原告の婚姻生活を破壊したものとして違法の評価を免れず、不法行為を構成するものというべきである」として、70万円の慰謝料を認めています。

あなたの場合、交際男性との間で肉体関係は存在しないとのことですが、慰謝料の支払義務の有無(不法行為の成否)や金額の判断にあたっては、交際関係が夫婦生活の平穏を害するような内容及び程度であったかどうかを具体的に検討する必要があります。

より正確な判断のためには追加で詳細な事情を伺う必要がありますが、終業後終電の時間まで連日一緒に飲みに行ったり、休日には一緒に遠出したりといった関係を続けていたという事情からすると、少なくとも社会通念上相当な男女の関係を超えていたものと考えるのが自然であり、夫婦生活の平穏を害する態様の違法な行為であった(不法行為が成立する)と判断される可能性が相当程度あるものと考えられます。

もっとも、その場合であっても、交際期間が約2か月と比較的短期間であることや、交際男性とはキスまでの関係であったこと等からすれば、肉体関係を前提とした300万円の請求額は高額に過ぎるといえ、請求額を大幅に減額できる余地が十分にあるものと考えられます。

第3 性行為の事実が推認されるか

本件では、相手女性に代理人の弁護士が付いており、証拠を整理した上で内容証明を用いて請求をしてきていますので、一切の支払いを拒否する等の対応をとった場合、慰謝料の支払いを求めて民事訴訟を提起される可能性が高いと考えられます。

本件では、相手女性側からの請求書面の中でホテルでの同泊と親密なメールのやりとりについて指摘されているとのことですが、本件が民事訴訟に移行した場合、相手女性の主張するような性行為の有無に関する裁判所の事実認定は、証拠に基づいてなされることになるため、真実に反して肉体関係があったとの認定がなされる危険性があるかどうかについて、メールのやりとりを含めた証拠関係と詳細な事実関係を基に検討する必要があります。

肉体関係があったことの立証責任は請求者側にある(裁判官に確信を抱く程度の心証を得させることができない限り、肉体関係があったとは認められない)ため、裁判官に誤った心証を与え得るような証拠の有無、内容等について確認しておく必要があります。

一般論として申し上げますと、宿泊先がビジネスホテルであり、ラブホテル等性的行為を目的とした施設とは異なること、同泊したのが一度きりであることからすると、ホテルでの同泊の事実をもって直ちに肉体関係があったことが推認されるとは考えにくいところです。

また、メールについても、交際関係にある男女間でのメールのやり取りは時として過激な表現となりがちであることからすると、仮に性的行為を示唆するような表現が多少含まれていたとしても、それによって直ちに肉体関係が推認されるものではないと考えられます。この点については、東京地裁平成25年3月15日判決(本稿末尾に参照判例として引用)における事例判断等が参考になります。

ただし、慰謝料減額のための交渉過程で、肉体関係の存在を推認し得るような事実について不用意に認めるような発言等をした場合、そのやりとりが録音等の形で証拠として提出され、結果として実際にはない不貞の事実が認定されてしまう、といった事態も十分考えられるため、無防備で交渉に臨むことはできません。相手方の代理人と直接折衝するような場合には、不利益な事実についての言質を取られたりすることのないよう、特に注意して対応する必要があります。

第4 本件における対応

弁護士から請求書面が送られてきた時点で、まず一度は法的専門家である弁護士にご相談されることをお勧めいたします。

慰謝料支払義務の有無(不法行為の成否)及びその適正額についてある程度把握した上でなければ納得のいく方針決定(交渉で和解による早期解決を目指すのか、相手女性による訴え提起を待って裁判所に請求棄却を求めて争うのか等)がしづらいのではないかと思います。

そのためには、詳細な事実関係を伺った上で、証拠関係から推測される裁判所の事実認定や裁判例との事案比較等も踏まえ、相手女性の夫婦生活の平穏を害した程度(精神的苦痛の程度)についての法的検討を行うことが不可欠です。

専門家による法的検討を踏まえ、もし合意による早期解決を目指すということであれば、交渉の中であなたの側から一定の慰謝料(解決金)を提示することが不可欠となります。

その場合であっても、まずは交際男性との間で肉体関係がなかったことや交際の実態に関するあなたの具体的な事実主張を明確にしておく必要があります。肉体関係の有無について争いがある以上、民事訴訟に移行した場合を想定して、具体的主張内容を交渉段階の早期から一貫させておくことが望ましいためです。

この点を争いつつ和解を目指すのであれば、裁判所に訴え提起したとしても証拠上肉体関係の存在の立証が困難である、と交渉の早い段階で思ってもらうことが出来るかどうかがポイントとなってくるでしょう。

ただし、前述のとおり、事実認定上、肉体関係があったことの間接事実となり得る不利益な事実について言質を取られたりすることのないよう、十分注意を払う必要があります。そのためには、あなたの方でも代理人として弁護士を立てて対応することが望ましいでしょう。

和解による解決の際に作成する合意書に盛り込むべき内容としては、解決金の支払い、清算条項(後の紛争を回避するため、当事者間で合意書に定める他何らの債権債務関係が存在しないことを相互に確認する条項)の他、あなたの名誉やプライバシーを保護する見地から、本件を第三者に口外しない旨の誓約条項を入れること等が考えられます。

また、相手女性側から、不適切な交際を認めて謝罪する条項や今後正当な理由なく交際男性に接触しないことの誓約、当該誓約に違反した場合の違約金の定め等を要求される可能性が考えられます。

弁護士と協議しながらあなたの置かれている法的状況について十分理解した上、納得のできる形での解決を目指されることをお勧めいたします。

以上

関連事例集

  • その他の事例集は下記のサイト内検索で調べることができます。
参照条文

民法

(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

(財産以外の損害の賠償)
第七百十条 他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対 しても、その賠償をしなければならない。

参照判例

東京地裁平成25年3月15日民事第26部判決

「1 主たる争点(1)(不貞の有無)について
(1)証拠(甲3、4、乙2、原告)及び弁論の全趣旨によれば、被告(名古屋在住)とC(東京在住)は、愛知教育大学附属名古屋小学校の同級生であったこと、Cは、平成23年(以下、同年の記載は省略する。)8月20日、同小学校の同期会に出席するため名古屋に赴き、被告と共に同期会及び二次会に出席し、同日夜の新幹線で東京に戻ったこと、被告とCは、その前後頃から10月下旬頃までの間、頻繁にメールのやり取りを行ったこと、原告は、8月下旬頃から、Cが携帯電話を肌身離さず持ち、着信をしきりに気にし、着信に直ちに返信しているのを不審に思い、その後、Cの携帯電話の記録を見たところ、被告とのメールのやり取りを発見し、Cが被告と不貞をはたらいていると確信したことがそれぞれ認められる。

(2)原告は、〔1〕被告とCは、別紙記載のとおり、性交渉を強く示唆する内容のメールを頻繁にやり取りし、「愛してる」、「大好き」等の、親密な男女間でしかあり得ない愛情表現も頻繁に交わしていること(甲3、4)、〔2〕被告が、Cに対し、被告からのメールや手紙を廃棄するよう指示しており(甲3・6頁〔8月22日〕、13頁〔9月2日〕)、Cが、9月から1か月半ほどの送信メールを削除していること、〔3〕被告とCは、双方の家族の不在時を見計らい、電話でも頻繁に会話していること(甲3、4)から、被告がCと不貞をはたらいたことは明らかである旨主張する。

しかしながら、メールは往々にして過激な表現になりがちなものであり、また、被告とCは、小学校の同級生であるという気安さから、気晴らしに際どい内容を含むメールや電話のやり取りを楽しんでいたとも考えられ、別紙記載のとおり、被告とCとの間で交わされたメールに性交又は性交類似行為を示唆するような表現が多数あるからといって、被告とCが実際にこれらの行為に及んでいたと断定することは躊躇される。

また、実際に性交又は性交類似行為に及んでいないとしても、異性との間でこれらを示唆するようなメールのやり取りをしていることを、相手の配偶者に知られたくないと考えるのは自然であり、被告がCに対し、これらのメールや手紙を廃棄するよう指示し、Cが送信メールを削除したからといって、直ちに性交又は性交類似行為の存在が推認できるわけでもない。

さらに、被告とCは、名古屋と東京という遠隔地に居住しており、双方の家族に知られないように密会することは困難であると考えられる上、被告とCとのメールのやり取り(甲3、4)を子細に検討しても、被告とCが密会した事実をうかがわせるような記載は見当たらず、Cが被告との不貞行為を自認したような事情もうかがわれない。

以上によれば、原告が指摘する上記〔1〕ないし〔3〕の点をもってしても、被告とCが、実際に不貞、すなわち性交又は性交類似行為に及んでいたとまでは未だ認めることができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。」