勾留請求却下に向けた弁護活動
刑事|夫が逮捕|最高裁平成26年11月17日第一小法廷決定
目次
質問:
夫が万引きで逮捕されました。かかりつけの薬局で万引きし店を出た時点で呼び止められ、すぐにとったものは返しましたが、そのまま駆け付けた警察官に逮捕さ れたそうです。夫は、いわゆる主夫状態で,私が働いています。また,病気の小さな子どもが一人いて、夫が面倒を見ています。今後,夫はどうなるのでしょうか。 夫はうつ病で薬が必要です。まずは早期に家に帰り,子どもの面倒を見て欲しいし、薬の確保をしたいです。
回答:
1 まず,ご主人は逮捕されている状況ですので,何ら活動をしなければ,その後勾留という手続に移行し,最低でも10日間の身柄拘束を受ける可能性が高いと 言えます。
2 勾留を回避するためには直ちに弁護人を依頼し,まずは検察官に働きかけ勾留請求阻止の上申書を提出すべきです。本件の特殊事情は、病気のお子さんの面倒 を主にご主人が見ていること、本人の病気、体調のことですので,それを強く主張すべきです。また,それと並行して,一般的な事項ですが被害者との示談、身元引 受人の存在が重要ですので,それらの点について弁護人に依頼して準備する必要があります。
3 上記の活動が功を奏さず、検察官による勾留請求なされてしまった場合でも勾留決定をする裁判官に対して弁護人が面談等して勾留決定の必要がないことを説 明して勾留請求を却下するよう説得する方法があります。弁護人には裁判官による勾留質問前に、裁判官と面会をすることが認められています。いずれにせよ,弁護 人の力は必須ですので,経験のある弁護士に依頼するようにしてください。
4 勾留請求に関する関連事例集参照。
解説:
第1 逮捕・勾留請求に対する対応
1 重要な最初の接見
まず,一刻も早く弁護士に依頼してご主人と接見(刑事訴訟法(以下,「法」といいます。)39条1項)してもらい,事件についての状況、罪を認めているの か否かを、御主人から把握することが重要です。そして,ご主人が逮捕されてから勾留という手続までされてしまった場合に,公訴提起まで最大23日間身柄を拘束 される可能性、その後の刑事手続きがありますので,明確な弁護方針を立てる必要があります。
特に,警察に逮捕されて検察庁に送致された(これを阻止することは事実上不可能です。)後,検察官は24時間以内に10日間の勾留請求をするかを判断 し,それを受けた裁判所は通常は当日ないしは翌日に勾留決定をするかの判断をすることになります。現在、万引きの現行犯で逮捕されているということですが、万 引きの場合、前科がある場合や住所不定等の特別な場合を除いて逮捕されるということはありません。ご主人の場合、住所不定ということはありませんから、容疑を 否認しているあるいは何らかの事情で逃亡や罪障隠滅の等の可能性が高いと判断され逮捕されたものと考えられます。そのため,このまま弁護人をつけずに何もしな ければ勾留決定されてしまう可能性が極めて高いといえます。
2 逮捕から48時間で送検、そこから24時間で勾留請求
警察は,留置の必要があるときは逮捕から48時間以内に検察庁に送致しなければならず(法203条1項),これを受けた検察官は上述したように24時間 以内に勾留する場合には勾留請求をすることになります(法205条1項)。弁解の機会の後直ちに勾留請求ということもありうるので,検察庁に送致されると分か れば直ちに担当検事を聞きだして面談の機会及び勾留請求をしないよう働きかける上申書を提出すべきことになります。この場合に上申すべき内容としては,勾留を 見据えてその要件に当てはまらないことを明記すべきです。
勾留が認められるのは(1)勾留の理由(刑訴法60条1項)と,(2)勾留の必要性(刑訴法87条1項)という2つの要件を満たす場合です。(1)勾留 の理由とは,罪を犯したことを疑うに足る相当な理由ことと、法60条1項各号に定められたいずれかに該当することです。特に問題となるのが2号の罪障隠滅のお それがあるかという要件で,これについては近時重要な決定が最高裁から出されているので後述します。次に(2)勾留の必要性とは,起訴の可能性(事案の軽 重),捜査の進展の程度,被疑者の個人的事情などから判断した勾留の相当性であり,一般的に,扶養家族がいる場合や,被疑者の心身の状態が悪い場合に認められ 難いといわれています。本件でもまさに,あなたを含めた家族がおり,ましてやお子さんの様子を見なければいけない喫緊の必要性があります。こうした個別具体的 な事情を可能な限り検察官に対して訴えることが大事です。
ただし,検察官は取り調べ等の必要性から,被疑者であるご主人が本件行為自体を争わない場合であっても,実務上は勾留請求する場合が多いのではないかと思われます。
3 勾留請求却下の弁護人上申書
さて、これまでの活動にもかかわらず残念ながら勾留請求されてしまった場合に,裁判官に対して勾留請求却下の上申書を提出することが考えられます。裁判官は被疑者に対して勾留質問をして(法207条1項,61条),勾留決定するか否かの判断をします。前述したように,東京地裁の場合には勾留請求のあった翌日 に勾留質問をして裁判官が判断するのが通常ですので,その間にも弁護人、家族の協力で勾留の要件を欠くことを裁判官に納得してもらうための用意をする必要があ ります。
家族の協力としては、自ら身元引受人となる、あるいはご主人を監督できる人にも身元引受人なってもらい身元引受所書を裁判所に提出することが重要となります。ただ,残念ながら,これまで実務上は勾留請求が却下される例はほとんどなかったようです。逃亡のおそれや罪証隠滅のおそれという勾留の要件に関して抽象 的に判断して、検察官の勾留請求を安易に認めていた傾向がありました。
しかし、勾留の要件に関して近時実務上極めて重要な決定が最高裁で出されました。その内容は以下の通りです。
この最高裁のケースは、電車内の痴漢行為についての、いわゆる迷惑防止条例の事案ですが、被疑者と被害者の供述が真っ向から対立していた事案でした。にも かかわらず,最一小決平成26・11・17は「被疑者は,前科前歴がない会社員であり,原決定によっても逃亡のおそれが否定されていることなどに照らせば,本 件において勾留の必要性の判断を左右する要素は,罪証隠滅の現実的可能性の程度と考えられ,原々審が,勾留の理由があることを前提に勾留の必要性を否定したの は,この可能性が低いと判断したものと考えられる」と述べ,このような勾留請求を却下した原々審の判断が「不合理であるとはいえない」として,検察官の準抗告 による勾留決定をした原決定を取り消し、勾留請求を却下した原々審の決定に対する検察官の準抗告を棄却するという画期的な判断をしました。
以上の内容からすれば,勾留請求の判断にあたっても,令状裁判官には具体的な罪証隠滅の現実的可能性の判断が求められることになります。被疑事実を否認してい るからと言って、証拠を隠滅する可能性があるなどという抽象的な危険性は勾留の理由にはなりません。検察官と裁判官は別の機関ですので検察官の判断とは異なる 観点から判断されることは十分あります。特に上記のような最高裁判所の決定は法律家の中でも特に重要な意義を持ちますし,裁判官は特にその先例性を意識するこ とは多いといえます。
したがって,本件でも具体的な罪証隠滅の恐れがないことを積極的に主張すべきです。すなわち,取ったとされる薬は返品済みであること,目撃者や防犯カメ ラ等により万引き行為に関する証拠は既に確保されていることを前面に押し出していくべきです。さらに、容疑を否認しているということであれば、本人からよく話 を聞いて本当に万引きをしていないのか否か、良く話し合い仮に万引きしたのであれば、罪を認める旨の上申書等を提出するか、容疑を否認しているのであればその 旨の詳しい事実関係を記載した上申書等を提出する必要があります。また、被害にあった薬局についても詳細を調査し,被害者や目撃者に対して働きかけるなどによ る罪証隠滅のおそれがないことの説明も重要な要素になりえます。
また、罪を認める場合はもちろんですが、否認する場合も被害者と示談をすることが大切です。罪を認めて示談ができれば勾留請求が却下される可能性は高く なります。また、勾留決定後でも示談が成立したのであれば、その点を理由に勾留決定に対する準抗告も可能です。
4 「逃亡のおそれ」について
他方,「逃亡のおそれ」というもう一つの要件に関しては、定職についていること、身元引受人がいること、等の具体的な事実を説明して勾留の理由がないこと を主張することになります。
本件でも奥様や家族の方が身元引受人となる書面を検察庁や裁判所宛に出すことは効果的な方法と言えます。
全く身元引受人が存在しない場合には,弁護人に身元引受人になってもらうことも検討したほうがよいでしょう。
5 裁判官面接
では,そうした事情をどのように伝えれば裁判官に理解してもらえるでしょうか。勾留決定に先立って,前述したように,勾留質問(法207条1項,61条) というものが行われます。これは被疑者に対して弁解の機会を与え,勾留の可否の判断をするためのものです。もっともこの中で,上記述べたようなあなたに有利な 事情を十分に説明するのは困難といわざるをえないでしょう。
勾留質問の際の弁解の他に,実務上,勾留質問の前に,弁護人が裁判官と面会をすることが許されています。そこで,その機会を最大限に活用し,弁護人を通 じて本件の特殊事情を伝えてもらうべきです。身元引受人がいたとしても,弁護人が付き添う形で身柄を釈放してもらい,その後も連絡先を把握することを裁判官に 約束するといった弁護活動が功を奏する場面がないとはいえません。
6 まとめ
以上のように,勾留請求段階に至ってしまった場合には,できる限りの事情を集めて,却下の上申をし,勾留質問がされる前に裁判官との面会も行うべきです。 ここまでの弁護活動はやはり弁護士の積極的な弁護活動が必須です。
繰り返しになりますが,従来,万引犯で逮捕されているような場合、被害者と示談が成立していない場合や、身元引受書が提出できないような事案は勾留が認 められるケースがほとんどでした。しかし,上記の判例が出て以降少なくとも個々の裁判官の意識の変化はうかがうことができ,法60条の要件を満たさないことを 弁護人の活動を通じてしっかりと判断者である裁判官に伝えることで勾留請求が却下される事案も増加する可能性は増えてきているということはできるでしょう。
万が一,勾留請求が認められた場合には,さらに準抗告する(刑事訴訟法第429条)という方法がありますが,ここでは割愛します(1430番など関連事例集をご参考ください)。
第2 身柄解放後の活動について
無事に,勾留請求が却下されたとしても,検察官による最終的な処分がされたわけではありませんので,引き続き被害者との間で示談交渉を進めていくことが大事 です。もちろん捜査機関の呼び出しにはしっかりと応じて,被疑者本人が弁護人の活動が無に帰すようなことをしない努力も怠ってはいけません。
以上述べてきたような弁護活動を実践すれば,早期の身柄解放及び社会復帰は実現不可能とはいえないでしょう。いずれにせよ,早期の身柄解放には弁護人を通 じての活動が必須なので,早急に経験のある弁護士事務所に相談されることをお勧めします。
以上