質問:
私はこの数年間、幼なじみの男性と同居し内縁関係を続けてきました。お互いに離婚歴が有り、子供ができるような年齢でもないので結婚入籍の必要は無いねと話 し合ってきたのです。しかし最近彼が重い病気に掛かり入院してから、亡くなることを予期してか、「一緒のお墓に入りたいから結婚してくれ」と言われ、私も同じ 気持ちでしたので、正式に入籍しました。しかし、私の夫は、結婚届出を出した後すぐに亡くなってしまいました。その後、突然夫の叔父が原告となって婚姻無効確 認請求の訴えを起こし,家庭裁判所から訴状が私のところに届きました。夫の両親は既に亡くなっており,私と夫との間に子供はいませんでした。また,私の夫に兄 弟はいませんし、子供もいません。叔父は,私と夫の婚姻届は私が夫に無断で作成したものであり,偽造であるとの主張をしています。私の夫の財産を取得しようと しているのかもしれません。しかし,第三者である叔父さんが私と夫との婚姻関係が無効であるなどと主張することはできるのでしょうか。感情的にも納得いかない ところがあります。訴訟になってしまったので,弁護士さんに相談をしたほうが良いでしょうか。
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回答:
1 婚姻無効確認請求の訴え(訴訟)に対して,仮に何ら反論を行わず,期日にも出頭しないような場合には,相手の提出する証拠だけで相手の主張の通りの事実 認定がなされてしまい,婚姻が無効であるとの判断が出されてしまう可能性があります。
そういった意味で,この裁判には請求を棄却あるいは却下する判決を求める答弁書を提出し、適切に反論していく必要があるでしょう。
2 今回の訴訟は,婚姻当事者ではない第三者が起こしてきた身分関係の訴訟ですので,婚姻が有効か否かを判断する前に訴えの利益(本訴えが紛争解決にとって有
効かどうか)があるかが問題となります。訴えの利益がない場合、原告の請求は却下されます。この点,最高裁およびその他裁判例によれば,訴えの利益が認められ
るためには、原告となる第三者に「自己の身分関係に関する地位に直接影響を受けること」が必要となります。
本件で,原告である叔父は、婚姻が無効となったからと言って亡夫の相続人になるわけではありませんから、叔父に訴えの利益があるとすれば,あなたとの姻 族関係があるので,お互いに扶養義務が生じてしまう可能性があるという点です。扶養義務は身分関係に直接の影響ありとして,婚姻関係を争う訴えの利益が出てき てしまう可能性があります。
そのような場合に備え,あらかじめ姻族関係を終了させ、訴えの利益がないという反論をする方法があります。また,実体的な内容(婚姻が有効であること、 婚姻意思があることなど)についても適切に反論を行っていく必要があります。訴えの利益がどのような場合に否定されるのかは,様々な裁判例を検討して,慎重に 主張を行っていく必要があります。
当事者以外の第三者から,身分関係に関する訴え(今回のような婚姻無効確認の訴え,養子縁組無効確認の訴え,遺言無効確認の訴えなど)を起こされてし まった場合には,一度弁護士に相談されることを強くお勧めします。
3 その他,訴えの利益に関する事例集としては、536番、904番、1020 番などを参照してください。
解説:
第1 婚姻無効確認の訴えと,第三者が訴える場合の訴えの利益
1 現在あなたが置かれている法的な地位(婚姻無効確認の訴え)
(1) まず,現在あなたが置かれている法的な地位について検討していきます。
今回,家庭裁判所から訴状が届いたとのことですので,あなたは原告である夫の叔父が原告となって提起した訴えの被告ということになります。
訴えの内容は,婚姻無効確認請求ということですので内容についてみていきます。この点,民法上,法律上の夫婦関係については,以下の場合に限り無効とする
ことができるとしています。
第七百四十二条 婚姻は、次に掲げる場合に限り、無効とする。
一 人違いその他の事由によって当事者間に婚姻をする意思がないとき。
二
当事者が婚姻の届出をしないとき。ただし、その届出が第七百三十九条第二項に定める方式を欠くだけであるときは、婚姻は、そのためにその効力を妨げられない。
このように,一度婚姻届を提出して法律上の夫婦となった場合,その夫婦に「婚姻をする意思がないとき」(婚姻意思といいます。),若しくは,「婚姻の届出を
しないとき」でない限り,その無効を主張できないこととなります。法律上,婚姻関係の無効となる場合を限定的に解することによって,夫婦間の法的な安定性を図
る(法律婚の保護)というところにその趣旨があります。
あなたの夫の叔父の主張によれば,あなたの夫に無断で婚姻届が出されたということですから,夫婦間に婚姻意思がないこととなりますので,民法上の婚姻無効 事由となります。叔父は,この民法の規定に基づいて婚姻関係が無効であるとの主張をしているということになります。
(2)それでは,相手の叔父の訴えに対して,そのまま放置してしまった場合にはどうなるのでしょうか。
今回の婚姻無効確認請求訴訟は,家族間の身分関係に関する訴訟(人事訴訟)であり,通常の民事訴訟法ではなく,人事訴訟法による規律を受けることになりま
す。人事訴訟法には,以下のような規定があり,一部民事訴訟法の適用を除外しています。
人事訴訟法
(民事訴訟法 の規定の適用除外)
第十九条 人事訴訟の訴訟手続においては、民事訴訟法第百五十七条
、第百五十七条の二、第百五十九条第一項、第二百七条第二項、第二百八条、第二百二十四条、第二百二十九条第四項及び第二百四十四条の規定並びに同法第百七十九条
の規定中裁判所において当事者が自白した事実に関する部分は、適用しない。
2 人事訴訟における訴訟の目的については、民事訴訟法第二百六十六条 及び第二百六十七条 の規定は、適用しない。
<参考> 民事訴訟法
(自白の擬制)
第百五十九条
当事者が口頭弁論において相手方の主張した事実を争うことを明らかにしない場合には、その事実を自白したものとみなす。ただし、弁論の全趣旨により、その事実を争ったも
のと認めるべきときは、この限りでない。
2 相手方の主張した事実を知らない旨の陳述をした者は、その事実を争ったものと推定する。
3
第一項の規定は、当事者が口頭弁論の期日に出頭しない場合について準用する。ただし、その当事者が公示送達による呼出しを受けたものであるときは、この限りでない。
通常の民事訴訟の場合,「擬制自白」という制度があり,一方当事者が相手の主張した事実を争うことを明らかにしない場合には,その事実を自白したこと (認めること)とみなすことにしています。すなわち,裁判所の指定した弁論期日に出頭したり,反論の答弁書などを提出しない限り,こちらは相手の事実を認めた ことになってしまい,敗訴判決になってしまうのです。
一方,今回のような人事訴訟の場合,上記の条文のとおり,擬制自白の条文は適用しないものとされています。
ただ,一切反論をしなくてもよいという趣旨では全くありません。裁判所は,相手方の言い分(主張)や証拠のみで,婚姻関係が無効であると合理的に判断できるよ
うな場合には,相手の請求をそのまま認めてしまうことが多いでしょう。実質的には,あなたの叔父の陳述書(言い分を記載した書面)も証拠となりますので,相手
の主張通りの判決になってしまうことも十分に想定できます。擬制自白の条文は適用されないのですが、事実上の擬制自白と同様の結論になってしまうことは有り得
ることなのです。
したがって,今回の訴訟についてもしっかりと対応していく必要があります。
2 「訴えの利益」について
(1)では,相手の主張に対して,どのような反論をしていく必要があるでしょうか。ここでポイントとなるのは,相手はあくまであなたの夫の叔父であり,夫 婦の一方当事者などではない(第三者であること)ことです。第三者が,他人の権利関係について訴えを起こすことについて,限定される場合がないかを検討してい くこととなります。
今回のような,婚姻関係が無効であることを「確認」する訴えの場合,訴訟要件の一つである「訴えの利益」というものが厳格に判断されることとなりま す。
訴えの利益とは,個々の請求内容について,判決による紛争解決の必要性および実効性(有効性、適切な効果が認められるか)があるかどうかをいいます。
すなわち,今回の訴えによって,当事者間の紛争解決において意味があることが必要とされています。民事訴訟法とは、国家機関である裁判所が私的紛争を公的、強
制的に解決するための法的手続きであり、国家が、これを行う以上、手続は適正公平、迅速、低廉(訴訟経済)が当然求められることになります(民訴2条)。国家
が国民の税金により手続きを行う以上、訴において、当事者間の紛争解決のために必要性、実効性、が求められるのは民事訴訟手続の性質から自ずと求められる要件
(訴訟要件となります。具体的争いの解決を判断する本案判決の前提となる要件ということになります。)になります。
特に今回のような訴訟3類型(給付、形成、確認)の中で「確認の訴え」のような場合,金銭の支払を命じたりする給付の訴えとは異なり,確認する対象は無
限定となるおそれがあります。したがって,確認の訴えにおける訴えの利益(確認の利益)については,訴訟経済上からも特に限定的に解釈される必要があるので
す。
(2)今回の訴えは夫婦間の権利関係である婚姻関係を,本来無関係のはずの第三者がその無効を訴えてくるということで,訴えの利益がそもそもあるのかといった
点が問題となります。
この点,上記の民法の規定においては,無効事由が記載されているのみで,特段無効を主張できる対象を限定していません。また,無効というのは,対第三 者との間においても効力を生じないことを意味しますから,第三者であっても無効を主張することはできるのではないかとも思われます。
しかし,あくまで訴えというのは,原告被告間の法律上の権利関係・法律関係に紛争が生じる場合に,これを解決する手段であることから,無関係の第三者
であっても常にその無効を主張できると解するのは一定の縛りをかけるべきです。特に,民法上,婚姻関係の無効事由については限定的に解釈し,法律婚の保護を
図っていますので,この趣旨からも無限定な訴えは避けるのが望ましいといえるでしょう。
(3)第三者が訴えた身分関係の訴訟の訴えの利益の判断については,最高裁昭和63年3月1日判決が参考となります。
この裁判例は養子縁組の無効確認訴訟に関する判断ですが,縁組の無効に関する民法上の条文枠組みは婚姻関係と類似していますので,大きく参考になるとこ ろです。
そして,最高裁は以下のように述べています。
「養子縁組無効の訴えは縁組当事者以外の者もこれを提起することができるが、当該養子縁組が無効であることにより自己の身分関係に関する地位に直接影響を受 けることのない者は右訴えにつき法律上の利益を有しないと解するのが相当である。」
すなわち,縁組無効の主張は,第三者であってもこれを起こすことができるものの,それは縁組が無効になることによって,「自己の身分関係に関する地位
に直接影響を受けること」が必要であるとされています。その理由としては,縁組の無効は対第三者との関係でも効力が認められるところ(対世効といいます。),
自己の財産上の権利義務しか影響を受けないものについては,その個別の権利義務の争いの中で縁組の無効を主張すれば足り,わざわざ縁組無効の訴えを起こして対
世的に無効を主張する必要はないからとされています。身分関係はあくまで当事者の意思が尊重されるのが原則であることからすると,第三者が介入する余地は少な
くされるべきであり,身分関係の尊重を図ったものといえます。
(4)では,この最高裁のいう「自己の身分関係に直接影響を受けること」とはいかなる場合を指すのでしょうか。どのような地位の変動であれば,「直接」の影響
であるのか,影響を受けるであろう個別の権利義務の内容・性質を詳細に検討していく必要があるでしょう。
上記の最高裁判例では,訴えた原告が四親等以上の親族であることをまず指摘しています。これは,四親等の親族であれば,養子縁組の無効によって相続権 に影響がないことを意味するものでしょう。今回も,叔父には相続権がありませんので,この点から訴えの利益が肯定されることはないといってよいでしょう。
また,原告が「特別縁故者」(亡くなった人の療養看護など特別の貢献をしたものに対し,家庭裁判所が一定の相続財産を分与する制度。民法958条)と なる地位を有していることについては,直接の身分関係の影響にはならないとしました。これは,特別縁故者の認定は家庭裁判所の許可が別途なければならず,養子 縁組の無効から直接導かれるわけではないためであると推測されます。この点は,遺言無効確認の訴えに関する最高裁平成6年10月13日判決においても,同様の 判断がなされています。
以上より,今回でも婚姻関係の無効により相続権に影響がある場合でなければ,身分関係に直接影響があるものではないとして,訴えの利益がないと判断さ
れる可能性があります。今回の夫の叔父も,いずれの相続順位もなく(相続順位は,それぞれ子,親,兄弟姉妹の順になります。配偶者は常に相続人になりま
す。),身分関係に直接の影響はなさそうです。
(5)しかし,次のような点が懸念されます。あなたの夫と婚姻をしたことによって,あなたの夫の叔父とは姻族関係が生じることとなります。姻族とは,婚姻関係
を契機として,配偶者側の親族と生じる親族関係をいいます。
そして,三親等内の姻族の場合,一定の場合に家庭裁判所の扶養義務が生じてしまいます(民法877条2項)。この点,仙台高裁平成5年7月29日判決 は,「民法八七七条二項に基づき、家庭裁判所によって、被控訴人の扶養を命ぜられることが有り得る地位にあるが、この身分的地位は、本件婚姻が無効であると、 失われることになる。そうすると、控訴人は、本件婚姻が無効であることにより、自己の身分関係に関する地位に直接影響を受けるものというべきである。」として おり,扶養義務があることを直接の身分関係への影響であると判断しています。この裁判例は,姻族間の扶養義務は家庭裁判所の許可が必要な点で,上記最高裁と同 じように直接の影響であるというには疑問が残りますが,このような裁判例があることは事実ですので,考慮に入れることが必要でしょう。
この点については,あなたの夫の叔父との間の姻族関係を終了させておくことが有用といえるでしょう。具体的な終了の手続については,第2以下で述べま
す。
第2 具体的な対処方法について
1 訴訟における対応
(1)以上述べたとおり,叔父の訴えについては,姻族関係を終了させることによって,訴えの利益がないと判断される可能性が残されています。
この訴えの利益とは,訴訟を維持するための要件(訴訟要件)といわれるものです。訴訟要件を欠けば,訴えは不適法なものとして却下されます。
このような訴訟要件は,裁判所が職権でその有無を判断するのが原則となっていますが,訴えの利益のような当事者の個別の権利関係に関する訴訟要件につ いては,裁判所も当事者の主張を待ってから判断するという可能性があります(請求を認容する判決をするためには訴訟要件が必要ですから、仮に被告の方で訴えの 利益の利益がないという主張をしなくても、婚姻無効という判決は出ません。請求を棄却する判決ができるか否かについては学説上争いがあります。)裁判を早期に 終了させるためには相手方の訴えの利益がないことを積極的に主張していく必要があるでしょう。
訴訟要件の主張は,法的な専門性のある判断になりますし,様々な裁判例を検討の上で慎重に主張する必要があります。したがって,一度,このような事件
に関して専門性のある弁護士に相談されることを強くお勧めします。
(2)以上の主張については,訴訟手続の中で準備書面(答弁書)において,詳細に主張を行うことが必要です。主張内容によっては,訴えの利益が認められてしま
うという判断もありうるところですので,実体的な内容(婚姻意思があったこと,届出意思があったこと)についても,主張立証を尽くすことが必要です。場合に
よっては,婚姻届提出時の事情について,当事者尋問・証人尋問も必要となってくるでしょう。
2 姻族関係の終了について
上で述べた通り,本件では夫の叔父との姻族関係を終了させることによって,先方の訴訟については,訴えの利益を欠くという判断がなされる可能性があり ます。
姻族関係を終了させるためには,本籍地を管轄する市役所に対して,姻族関係終了届(民法728条2項)を提出することによって行います。書式について
は,各市役所に問い合わせれば確認可能です。
※参考URL、姻族関係終了届について
https://www.shinginza.com/keywords/inzokukankei.htm
民法728条
第1項 姻族関係は、離婚によって終了する。
第2項 夫婦の一方が死亡した場合において、生存配偶者が姻族関係を終了させる意思を表示したときも、前項と同様とする。
なお,姻族関係終了届を出した場合,叔父以外の全ての姻族との関係が終了し,姻族関係が終了したことが戸籍に記載されることとなります。ただし,配偶者
との関係は特に終了することはありませんので,一度得た相続財産などには影響はありません。
姻族関係を終了させたのち,その旨が記載された戸籍謄本を裁判所に提出し,訴えの利益がない旨の主張を行うこととなります。
3 最後に
上記の通り,本件では,訴えの利益がないという判断がなされる可能性がありますが,相手の主張内容,具体的にはどのような身分関係に直接の影響を受ける
のか,その権利利益の内容によって主張を吟味しながら反論していく必要があるでしょう。訴訟要件の判断は,裁判所の裁判例を詳細に検討した上で,適切に主張を
行う必要があります。
第三者から身分関係に関する訴訟(裁判所の訴え)を起こされてお困りの場合には,専門的知見を有する弁護士への相談を強くお勧め致します。
<参照条文>
民法第742条(婚姻の無効)婚姻は、次に掲げる場合に限り、無効とする。
一号 人違いその他の事由によって当事者間に婚姻をする意思がないとき。
二号 当事者が婚姻の届出をしないとき。ただし、その届出が第七百三十九条第二項に定める方式を欠くだけであるときは、婚姻は、そのためにその効力を妨げられ
ない。
第877条(扶養義務者)
第1項 直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。
第2項 家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合のほか、三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。
第3項 前項の規定による審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その審判を取り消すことができる。
民事訴訟法(平成八年六月二十六日法律第百九号)
第2条(裁判所及び当事者の責務) 裁判所は、民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め、当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない。
<参照判例>
最高裁昭和63年3月1日判決、養子縁組無効確認請求事件
『養子縁組無効の訴えは縁組当事者以外の者もこれを提起することができるが、当該養子縁組が無効であることにより自己の身分関係に関する地位に直接影響を受け
ることのない者は右訴えにつき法律上の利益を有しないと解するのが相当である。けだし、養子縁組無効の訴えは養子縁組の届出に係る身分関係が存在しないことを
対世的に確認することを目的とするものであるから(人事訴訟手続法二六条、一八条一項)、養子縁組の無効により、自己の財産上の権利義務に影響を受けるにすぎ
ない者は、その権利義務に関する限りでの個別的、相対的解決に利害関係を有するものとして、右権利義務に関する限りで縁組の無効を主張すれば足り、それを超え
て他人間の身分関係の存否を対世的に確認することに利害関係を有するものではないからである。
これを本件についてみるに、原審が適法に確定した事実によれば、上告人は養親の高橋みすゝと伯従母(五親等の血族)、養子の被上告人高橋邑二と従兄弟(四親
等の血族)という身分関係にあるにすぎないのであるから、右事実関係のもとにおいて、上告人が本件養子縁組の無効確認を求めるにつき前示法律上の利益を有しな
いことは明らかであり、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。なお、所論のように、本件養子縁組が無効であるときは上告人が民法九五八
条の三第一項のいわゆる特別縁故者として家庭裁判所の審判により養親の高橋一郎の相続財産の分与を受ける可能性があるとしても、本件養子縁組が無効であること
により上告人の身分関係に関する地位が直接影響を受けるものということはできないから、右判断を左右するものではない。
そうすると、原判決に所論の違法はなく、また、所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、以上と異なる見解に立つて原判決を非難するもの
にすぎず、採用することができない。』
最高裁平成6年10月13日判決、遺言無効確認等請求事件
『1 本件記録によれば、被上告人AR春夫、同AR松子(以下「被上告人春夫ら」という。)の本件訴えは、亡Bf松夫の昭和六〇年八月一四日付けの自筆証書遺
言(以下「本件遺言」という。)が意思能力を欠いた状態で作成されたものであるとして、本件遺言に受遺者と記載された上告人らに対し、その無効確認を求めるも
のであるが、原審の確定した事実関係によると、被上告人春夫は松夫のいとこ(四親等の血族)、被上告人松子は被上告人春夫の妻であり、松夫には相続人のあるこ
とが明らかでない、というのである。
2 原審は、右事実関係の下において、被上告人春夫らは民法九五八条の三第一項所定の特別縁故者に当たり、本件遺言の無効確認を求める原告適格があると判断し
た。
3 しかし、原審の右判断は是認することができない。けだし、本件遺言が無効である場合に、被上告人春夫らが民法九五八条の三第一項所定の特別縁故者として相
続財産の分与を受ける可能性があるとしても、右の特別縁故者として相続財産の分与を受ける権利は、家庭裁判所における審判によって形成される権利にすぎず、被
上告人春夫らは、右の審判前に相続財産に対し私法上の権利を有するものではなく、本件遺言の無効確認を求める法律上の利益を有するとはいえないからである。そ
うすると、被上告人春夫らの本件訴えは不適法であるから、これを適法として本案の判断をし、その請求を認容すべきものとした原判決には、法令の解釈適用を誤っ
た違法があり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。右の違法をいう論旨は理由があるから、原判決中の被上告人春夫らの請求に関する部分を破棄
し、右訴えにつき本案の判決をした第一審判決を取消した上、右訴えを却下することとする。』
仙台高等裁判所平成5年7月29日判決
『婚姻無効確認の訴えは、婚姻当事者以外の第三者もその利益がある限りこれを提起することができるが、第三者の提起する婚姻無効確認の訴えは、婚姻が無効であ
ることによりその者が自己の身分関係に関する地位に直接影響を受けないときは、訴えの利益を欠くものと解するのが相当である(第三者の提起する養子縁組無効の
訴えの利益に関するものではあるが、最高裁昭和六三年三月一日第三小法廷判決・民集四二巻三号一五七頁参照)。
これを本件についてみると、控訴人は、亡一郎の養子として、養親である同人の嫡出子たる身分を有しており、亡一郎の相続人であるところ、本件婚姻が無効であ
ると、被控訴人は、亡一郎の相続人でないことになるから、控訴人の相続人たる身分的地位に基づく法定相続分は、多くなる。また、控訴人は、亡一郎と被控訴人の
婚姻が有効である限り、被控訴人とは姻族一親等の身分関係を有し、民法八七七条二項に基づき、家庭裁判所によって、被控訴人の扶養を命ぜられることが有り得る
地位にあるが、この身分的地位は、本件婚姻が無効であると、失われることになる。そうすると、控訴人は、本件婚姻が無効であることにより、自己の身分関係に関
する地位に直接影響を受けるものというべきである。したがって、この限りでは、控訴人は、本件婚姻無効確認の訴えにつき、訴えの利益を有するものである(最高
裁昭和三四年七月三日第二小法廷判決・民集一三巻七号九〇五号参照)。』