少年事件における簡易送致の可能性|窃盗事案の対応
少年事件|少年事件における簡易送致の要件・基準|窃盗と占有離脱物横領罪の区別|最高裁判所平成16年8月25日第三小法廷決定他
目次
質問
先日、私の孫が、ボウリング場で窃盗事件を起こしてしまいました。他のお客さんが置き忘れられていた鞄を持ってきて、中に入っていた財布(現金約8000円含む)を盗んでしまったそうです。翌日、警察が自宅に来て、孫は取調べでは犯行を全て認めました。逮捕はされませんでしたが、警察からは、今後家裁に送る、と言われています。
調べたところ、軽微な罪であれば、簡易送致という手続があるようなのですが、私の息子の場合はどうなるのでしょうか。
なお、息子は通信制の高校の為、登校は不要であり、基本的にいつも家にいます。父親は離婚しておらず、母親も別の男と生活しているため、私がほぼ面倒を見ている状況です。仮に家庭裁判所の調査を受ける場合、私が親の代わりに出頭することはできるでしょうか。
回答
1 お孫さんの行為は、窃盗罪又は占有離脱物横領罪に該当します。どちらの罪になるかは、持ち主がその近くにまだ居たか否か、またボウリング場の管理支配が及んでいたかによって決まります。
法定刑としては、窃盗罪の方が重い罪であるため、可能な限り、窃盗罪の成立を回避するよう主張した方が良いでしょう。
2 少年事件の場合、警察は、認知した事件について、全件を家庭裁判所に送致する必要があります(全件送致主義。少年法41条、42条)。しかし、実務上、一定の軽微な事件については、証拠書類等の添付を省略し、簡易な書類の送致だけで済む場合があります。これを「簡易送致」といいます。
簡易送致がされた場合、送致を受けた裁判所は、基本的に少年の呼び出し調査等をすることなく、書類上形式的な審判不開始決定をして、手続が終了とします。
簡易送致とならなかった場合には、家庭裁判所が呼び出し等をしながら、少年の家庭環境・犯罪(非行)のを実態調査し、必要に応じて少年審判を行い、最終的な処分(不処分、保護観察、少年院送致等)を決定します。
なお、家庭裁判所の調査は、祖母が保護者でも問題ありません。
3 簡易送致となる為の要件は、①事実が極めて軽微で、②犯罪の原因、動機、少年の性格、行状、家庭環境等から再犯の恐れがなく、③検察官からあらかじめ指定のあることであり、実務上は成人の場合の微罪処分類似の要件となっています(犯罪捜査規範214条)。
本件の場合、事案が占有離脱物横領罪であり、被害者との示談が成立していれば、簡易送致となる可能性は非常に高いでしょう。
尤も、少年事件の場合、上記②のとおり、少年の生活環境も重要な判断要素となります。学校に通学していない場合や、両親による監督が期待できない場合には、例え軽微な事案であっても、通常送致により家庭裁判所の手続に付されてしまうことは多いと言えます。
その為、通常送致を避ける為には、示談活動の他、適切な環境調整を警察段階から行う必要があります。
4 少年の刑事事件は、家庭裁判所も慎重な調査を行った上で処分を決めようとする為、思わぬ時間が掛ってしまい、長期間に渡って不安定な状態となる危険も大きい手続です。迅速な対処を行い、簡易送致等により早期に手続を終結させる為には、専門家に適切な方策と対応を依頼することをお勧め致します。
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解説
1 成立する罪名について
(1)所持者の占有
お孫さんの行為は、刑法上の窃盗罪(235条)又は占有離脱物横領罪(254条)に該当する可能性があります。
どちらの罪になるかは、被害品となった鞄について、窃盗罪成立の要件である「他人の占有」が存在しているか否かによって決まります。
ここでいう「他人の占有」とは、人が財物を実力的に支配する関係を意味しますが、例えその物を占有していた人が、物の所在を見失っていても、物が客観的にその者の実力的支配を及ぼせる範囲内にあれば、当該物に対しては、その者の占有が認められることになります。
どの程度の範囲であれば、実力的支配が及ぼせると判断できるかは、明確ではありまんが、時間的・距離的な要素を総合的に考慮して判断されることになります。
判例では、バス停に置き忘れた荷物について、5分程度の間であり、持ち主が20メートル程度しか離れていなかった場合に占有を認めたもの(最判昭和32年11月8日)や、公園のベンチにポシェットを忘れた被害者が27メートル離れた時点で窃取した場合(被害者は200メートル程度離れた時点で紛失に気付いた)に被害者の占有を認めたもの(最判平成16年8月25日)が存在します。
本件でも、被害者が立ち去って直ぐに鞄を取った場合等は、窃盗罪が成立する可能性は高いでしょう。
(2)場所管理者の占有
また、仮に所持者がその場を完全に立ち去っている場合でも、置き忘れられている場所の管理者(本件の場合は、ボウリング場の管理者)に占有が認められる場合があります。
例えば判例では、旅館の便所に遺失した財布について旅館の占有を認めたもの(大判8年4月4日)や、ゴルフ場のロストボールについてゴルフ場の占有を認めた例(最決昭和62年4月10日)があります。
一方で、電車内の遺失物(大判昭和15年11月2日)や、デパート内のベンチの遺失物(東京高判平成3年4月1日)については、列車乗務員やデパートの管理者の占有が否定されています。これらの判例によれば、比較的公共性が狭く、限られた利用者しか利用しないスペースにおいては、管理者の占有が認められ、逆に公衆の利用に供されていて不特定多数の人物が多く利用する空間においては、管理者の占有が否定される傾向にあります。
本件のようなボウリング場の場合、その管理体制にもよりますが、通常、不特定多数の人が出入り可能であるため、管理者の占有が否定されると推測されますが、利用者以外立ち入れない区域として区切られている場合には、ボウリング場の占有が認められる場合もあるでしょう。
(3)本件における主張
窃盗罪と占有離脱物横領罪は、法定刑の上限が大きく異なる為、どちらの罪が成立するかは、後述する簡易送致の成否においても影響することになります。その為、可能な限り、窃盗罪の成立を回避するよう主張した方が良いでしょう。
具体的には、現場の状況をよく確認した上で、お孫さん自信が持ち主の姿を見たのか、その時の時間、位置関係等良く調査し、警察に対して意見書等を提出する必要があります。
2 簡易送致について
(1)簡易送致とは
少年による刑事事件の場合、警察は、認知した事件について、全件を家庭裁判所に送致する必要があります。これを、少年事件における全件送致主義といいます(少年法41条、42条)。
しかし、全ての少年事件について捜査機関が証拠書類を整えて送致することは、負担が大きく、現実的に無理があります。
その為、法律上、一定の軽微な事件については、証拠書類等の添付を省略し、簡易な書類の送致だけで送致される場合があります。これを「簡易送致」といいます。
簡易送致がされた場合、送致を受けた裁判所は、基本的に少年の呼び出し調査等をすることなく、書類上形式的な審判不開始決定をして、手続が終了とします。
その為、少年にとっても負担が少なく、非行事実を争わない場合には、メリットが大きい手続であるといえます。
一方、簡易送致とならなかった場合には、送致を受けた家庭裁判所が、少年審判に向けて少年の身上調査を行うことになります。
身上調査は、少年や保護者を呼び出して事情を聞いたり、ケースによっては通学先と連携したりしながら、犯罪(非行)事実だけでなく、少年の家庭環境等の実態の調査も含めて行われます。
その結果を踏まえて、家庭裁判所は、少年審判を行うか否か、行うとすれば最終的な処分(不処分、保護観察、少年院送致等)をどうするかを決定することになります。
なお、家庭裁判所の調査は、少年の生活状況を把握している実際の保護者の方を対象として行われますのが、祖母の方が保護者でも問題ありません。
(2)簡易送致の要件
簡易送致となる為の要件は、「事実が極めて軽微で、犯罪の原因、動機、少年の性格、行状、家庭環境等から再犯の恐れがなく、検察官からあらかじめ指定のある」ことです(犯罪捜査規範214条)。
実務上は、成人事件における微罪処分と類似の基準によって運用されています(同条2項参照)。
微罪処分になるための基準は、明確には公表されておりませんが、実際上は、①被害金額が2万円以下②犯情が軽微③被害回復がなされている④被害者が処罰を希望していない⑤素行不良者でない者の偶発的犯行であること⑥再犯のおそれがない、などの条件を満たせば、微罪処分となります。
その為、本件で簡易送致となるためには、これらの条件を満たすよう、弁護活動を行う必要があります。尤も、少年事件の場合、犯罪捜査規範にも規定されているとおり、「少年性格、行状、家庭環境からの再犯のおそれ」といった点も重要な判断要素となります。
その為、学校に毎日通学していない場合や、両親による監督が期待できない場合には、例え軽微な事案であっても、通常送致により家庭裁判所の手続に付されてしまうことは多いと言えます。次項では、簡易送致となる為の具体的な弁護活動の内容について説明します。
(3)本件における主張と弁護活動
本件の場合、被害金額は、現金が8000円程度とのことですので、鞄や財布が高価なものでなければ①の条件は満たす可能性が高いといえます。
また②の点については、罪名が占有離脱物横領罪として認められれば、基本的に犯情軽微であると認められるでしょう。一方、窃盗罪となると、万引きの事案でない限りは、微罪処分や簡易送致となる例は多くありません。しかし、本件の場合、具体的な状況を分析し、占有離脱物横領罪に限りなく近い事案であることを説得的に主張することで、簡易送致の手続きとなる場合もあります。
③④の点は、もっとも重要であり、端的に被害者との間で示談を成立させる必要があります。本件のような場合、警察が処理方針を固める前に示談を成立させる必要がありますので、弁護人には、警察と折衝しつつ、迅速に示談を成立させる力量が求められます。その為、同種事件の経験が豊富な弁護士に依頼した方が良いでしょう。
⑤⑥の点も、少年事件においては非常に重視される傾向にあります。特に本件のように、少年自身が毎日学校に登校しておらず、両親による監督が期待できない場合には、生活環境に問題があるとして、通常の送致、ひいては少年審判開始決定となる可能性も高くなってしまいます。
その為、通常送致を避ける為には、示談活動の他、適切な環境調整を警察段階から行う必要があります。例えば、日中の空いている時間にアルバイト等の仕事を入れて規則正しい生活を習慣づけたり、祖母による監督として、毎日の行動を記録・報告すること等が考えられます。
これらの活動をしておけば、仮に家庭裁判所に通常送致された場合であっても、少年審判の不開始決定等によって、速やかな事件解決となることも期待できます。
3 まとめ
少年の刑事事件は、担当警察によって処理の方針に差が生じる場合も多く、それ故に、弁護活動次第で、事件の流れが大きく変わってくることも多い種類の事案です。
また、家庭裁判所に送致された場合は、慎重な調査を行った上で処分を決めようとする為、思わぬ時間が掛ってしまい、長期間に渡って不安定な状態が続いたり、学校へ事件が発覚したりする危険も大きいといえます。
そのような不利益を避け、迅速な対処を行い、簡易送致等により早期に手続を終結させる為には、専門家に適切な方策と対応を依頼することをお勧め致します。
以上