No.1736|少年事件について

 

少年事件における簡易送致の可能性|窃盗事案の対応

少年事件|少年事件における簡易送致の要件・基準|窃盗と占有離脱物横領罪の区別|最高裁判所平成16年8月25日第三小法廷決定他

目次

  1. 質問
  2. 回答
  3. 解説
  4. 関連事例集
  5. 参照条文
  6. 参照判例

質問

先日、私の孫が、ボウリング場で窃盗事件を起こしてしまいました。他のお客さんが置き忘れられていた鞄を持ってきて、中に入っていた財布(現金約8000円含む)を盗んでしまったそうです。翌日、警察が自宅に来て、孫は取調べでは犯行を全て認めました。逮捕はされませんでしたが、警察からは、今後家裁に送る、と言われています。

調べたところ、軽微な罪であれば、簡易送致という手続があるようなのですが、私の息子の場合はどうなるのでしょうか。

なお、息子は通信制の高校の為、登校は不要であり、基本的にいつも家にいます。父親は離婚しておらず、母親も別の男と生活しているため、私がほぼ面倒を見ている状況です。仮に家庭裁判所の調査を受ける場合、私が親の代わりに出頭することはできるでしょうか。

回答

1 お孫さんの行為は、窃盗罪又は占有離脱物横領罪に該当します。どちらの罪になるかは、持ち主がその近くにまだ居たか否か、またボウリング場の管理支配が及んでいたかによって決まります。

法定刑としては、窃盗罪の方が重い罪であるため、可能な限り、窃盗罪の成立を回避するよう主張した方が良いでしょう。

2 少年事件の場合、警察は、認知した事件について、全件を家庭裁判所に送致する必要があります(全件送致主義。少年法41条、42条)。しかし、実務上、一定の軽微な事件については、証拠書類等の添付を省略し、簡易な書類の送致だけで済む場合があります。これを「簡易送致」といいます。

簡易送致がされた場合、送致を受けた裁判所は、基本的に少年の呼び出し調査等をすることなく、書類上形式的な審判不開始決定をして、手続が終了とします。

簡易送致とならなかった場合には、家庭裁判所が呼び出し等をしながら、少年の家庭環境・犯罪(非行)のを実態調査し、必要に応じて少年審判を行い、最終的な処分(不処分、保護観察、少年院送致等)を決定します。

なお、家庭裁判所の調査は、祖母が保護者でも問題ありません。

3 簡易送致となる為の要件は、①事実が極めて軽微で、②犯罪の原因、動機、少年の性格、行状、家庭環境等から再犯の恐れがなく、③検察官からあらかじめ指定のあることであり、実務上は成人の場合の微罪処分類似の要件となっています(犯罪捜査規範214条)。

本件の場合、事案が占有離脱物横領罪であり、被害者との示談が成立していれば、簡易送致となる可能性は非常に高いでしょう。

尤も、少年事件の場合、上記②のとおり、少年の生活環境も重要な判断要素となります。学校に通学していない場合や、両親による監督が期待できない場合には、例え軽微な事案であっても、通常送致により家庭裁判所の手続に付されてしまうことは多いと言えます。

その為、通常送致を避ける為には、示談活動の他、適切な環境調整を警察段階から行う必要があります。

4 少年の刑事事件は、家庭裁判所も慎重な調査を行った上で処分を決めようとする為、思わぬ時間が掛ってしまい、長期間に渡って不安定な状態となる危険も大きい手続です。迅速な対処を行い、簡易送致等により早期に手続を終結させる為には、専門家に適切な方策と対応を依頼することをお勧め致します。

5 その他関連する事例集はこちらをご覧ください。

解説

1 成立する罪名について

(1)所持者の占有

お孫さんの行為は、刑法上の窃盗罪(235条)又は占有離脱物横領罪(254条)に該当する可能性があります。

どちらの罪になるかは、被害品となった鞄について、窃盗罪成立の要件である「他人の占有」が存在しているか否かによって決まります。

ここでいう「他人の占有」とは、人が財物を実力的に支配する関係を意味しますが、例えその物を占有していた人が、物の所在を見失っていても、物が客観的にその者の実力的支配を及ぼせる範囲内にあれば、当該物に対しては、その者の占有が認められることになります。

どの程度の範囲であれば、実力的支配が及ぼせると判断できるかは、明確ではありまんが、時間的・距離的な要素を総合的に考慮して判断されることになります。

判例では、バス停に置き忘れた荷物について、5分程度の間であり、持ち主が20メートル程度しか離れていなかった場合に占有を認めたもの(最判昭和32年11月8日)や、公園のベンチにポシェットを忘れた被害者が27メートル離れた時点で窃取した場合(被害者は200メートル程度離れた時点で紛失に気付いた)に被害者の占有を認めたもの(最判平成16年8月25日)が存在します。

本件でも、被害者が立ち去って直ぐに鞄を取った場合等は、窃盗罪が成立する可能性は高いでしょう。

(2)場所管理者の占有

また、仮に所持者がその場を完全に立ち去っている場合でも、置き忘れられている場所の管理者(本件の場合は、ボウリング場の管理者)に占有が認められる場合があります。

例えば判例では、旅館の便所に遺失した財布について旅館の占有を認めたもの(大判8年4月4日)や、ゴルフ場のロストボールについてゴルフ場の占有を認めた例(最決昭和62年4月10日)があります。

一方で、電車内の遺失物(大判昭和15年11月2日)や、デパート内のベンチの遺失物(東京高判平成3年4月1日)については、列車乗務員やデパートの管理者の占有が否定されています。これらの判例によれば、比較的公共性が狭く、限られた利用者しか利用しないスペースにおいては、管理者の占有が認められ、逆に公衆の利用に供されていて不特定多数の人物が多く利用する空間においては、管理者の占有が否定される傾向にあります。

本件のようなボウリング場の場合、その管理体制にもよりますが、通常、不特定多数の人が出入り可能であるため、管理者の占有が否定されると推測されますが、利用者以外立ち入れない区域として区切られている場合には、ボウリング場の占有が認められる場合もあるでしょう。

(3)本件における主張

窃盗罪と占有離脱物横領罪は、法定刑の上限が大きく異なる為、どちらの罪が成立するかは、後述する簡易送致の成否においても影響することになります。その為、可能な限り、窃盗罪の成立を回避するよう主張した方が良いでしょう。

具体的には、現場の状況をよく確認した上で、お孫さん自信が持ち主の姿を見たのか、その時の時間、位置関係等良く調査し、警察に対して意見書等を提出する必要があります。

2 簡易送致について

(1)簡易送致とは

少年による刑事事件の場合、警察は、認知した事件について、全件を家庭裁判所に送致する必要があります。これを、少年事件における全件送致主義といいます(少年法41条、42条)。

しかし、全ての少年事件について捜査機関が証拠書類を整えて送致することは、負担が大きく、現実的に無理があります。

その為、法律上、一定の軽微な事件については、証拠書類等の添付を省略し、簡易な書類の送致だけで送致される場合があります。これを「簡易送致」といいます。

簡易送致がされた場合、送致を受けた裁判所は、基本的に少年の呼び出し調査等をすることなく、書類上形式的な審判不開始決定をして、手続が終了とします。

その為、少年にとっても負担が少なく、非行事実を争わない場合には、メリットが大きい手続であるといえます。

一方、簡易送致とならなかった場合には、送致を受けた家庭裁判所が、少年審判に向けて少年の身上調査を行うことになります。

身上調査は、少年や保護者を呼び出して事情を聞いたり、ケースによっては通学先と連携したりしながら、犯罪(非行)事実だけでなく、少年の家庭環境等の実態の調査も含めて行われます。

その結果を踏まえて、家庭裁判所は、少年審判を行うか否か、行うとすれば最終的な処分(不処分、保護観察、少年院送致等)をどうするかを決定することになります。

なお、家庭裁判所の調査は、少年の生活状況を把握している実際の保護者の方を対象として行われますのが、祖母の方が保護者でも問題ありません。

(2)簡易送致の要件

簡易送致となる為の要件は、「事実が極めて軽微で、犯罪の原因、動機、少年の性格、行状、家庭環境等から再犯の恐れがなく、検察官からあらかじめ指定のある」ことです(犯罪捜査規範214条)。

実務上は、成人事件における微罪処分と類似の基準によって運用されています(同条2項参照)。

微罪処分になるための基準は、明確には公表されておりませんが、実際上は、①被害金額が2万円以下②犯情が軽微③被害回復がなされている④被害者が処罰を希望していない⑤素行不良者でない者の偶発的犯行であること⑥再犯のおそれがない、などの条件を満たせば、微罪処分となります。

その為、本件で簡易送致となるためには、これらの条件を満たすよう、弁護活動を行う必要があります。尤も、少年事件の場合、犯罪捜査規範にも規定されているとおり、「少年性格、行状、家庭環境からの再犯のおそれ」といった点も重要な判断要素となります。

その為、学校に毎日通学していない場合や、両親による監督が期待できない場合には、例え軽微な事案であっても、通常送致により家庭裁判所の手続に付されてしまうことは多いと言えます。次項では、簡易送致となる為の具体的な弁護活動の内容について説明します。

(3)本件における主張と弁護活動

本件の場合、被害金額は、現金が8000円程度とのことですので、鞄や財布が高価なものでなければ①の条件は満たす可能性が高いといえます。

また②の点については、罪名が占有離脱物横領罪として認められれば、基本的に犯情軽微であると認められるでしょう。一方、窃盗罪となると、万引きの事案でない限りは、微罪処分や簡易送致となる例は多くありません。しかし、本件の場合、具体的な状況を分析し、占有離脱物横領罪に限りなく近い事案であることを説得的に主張することで、簡易送致の手続きとなる場合もあります。

③④の点は、もっとも重要であり、端的に被害者との間で示談を成立させる必要があります。本件のような場合、警察が処理方針を固める前に示談を成立させる必要がありますので、弁護人には、警察と折衝しつつ、迅速に示談を成立させる力量が求められます。その為、同種事件の経験が豊富な弁護士に依頼した方が良いでしょう。

⑤⑥の点も、少年事件においては非常に重視される傾向にあります。特に本件のように、少年自身が毎日学校に登校しておらず、両親による監督が期待できない場合には、生活環境に問題があるとして、通常の送致、ひいては少年審判開始決定となる可能性も高くなってしまいます。

その為、通常送致を避ける為には、示談活動の他、適切な環境調整を警察段階から行う必要があります。例えば、日中の空いている時間にアルバイト等の仕事を入れて規則正しい生活を習慣づけたり、祖母による監督として、毎日の行動を記録・報告すること等が考えられます。

これらの活動をしておけば、仮に家庭裁判所に通常送致された場合であっても、少年審判の不開始決定等によって、速やかな事件解決となることも期待できます。

3 まとめ

少年の刑事事件は、担当警察によって処理の方針に差が生じる場合も多く、それ故に、弁護活動次第で、事件の流れが大きく変わってくることも多い種類の事案です。

また、家庭裁判所に送致された場合は、慎重な調査を行った上で処分を決めようとする為、思わぬ時間が掛ってしまい、長期間に渡って不安定な状態が続いたり、学校へ事件が発覚したりする危険も大きいといえます。

そのような不利益を避け、迅速な対処を行い、簡易送致等により早期に手続を終結させる為には、専門家に適切な方策と対応を依頼することをお勧め致します。

以上

関連事例集

  • その他の事例集は下記のサイト内検索で調べることができます。

Yahoo! JAPAN

参照条文
刑法

(窃盗)
第二百三十五条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

(遺失物等横領)
第二百五十四条 遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は、一年以下の懲役又は十万円以下の罰金若しくは科料に処する。

少年法

(司法警察員の送致)
第四十一条 司法警察員は、少年の被疑事件について捜査を遂げた結果、罰金以下の刑にあたる犯罪の嫌疑があるものと思料するときは、これを家庭裁判所に送致しなければならない。犯罪 の嫌疑がない場合でも、家庭裁判所の審判に付すべき事由があると思料するときは、同様である。

(検察官の送致)
第四十二条 検察官は、少年の被疑事件について捜査を遂げた結果、犯罪の嫌疑があるものと思料するときは、第四十五条第五号本文に規定する場合を除いて、これを家庭裁判所に送致しな ければならない。犯罪の嫌疑がない場合でも、家庭裁判所の審判に付すべき事由があると思料するときは、同様である。
2 前項の場合においては、刑事訴訟法 の規定に基づく裁判官による被疑者についての弁護人の選任は、その効力を失う。

犯罪捜査規範

第二百十四条(軽微な事件の処理)
第1項 捜査した少年事件について、その事実が極めて軽微であり、犯罪の原因及び動機、当該少年の性格、行状、家庭の状況及び環境等から見て再犯のおそれがな く、刑事処分又は保護処分を必要としないと明らかに認められ、かつ、検察官又は家庭裁判所からあらかじめ指定されたものについては、被疑少年ごとに少年事件簡 易送致書及び捜査報告書(家庭裁判所へ送致するものについては、別記様式第二十二号。ただし、管轄地方検察庁の検事正が少年の交通法令違反事件の捜査書類の様 式について特例を定めた場合において、当該都道府県警察の警察本部長が管轄家庭裁判所と協議しその特例に準じて別段の様式を定めたときは、その様式)を作成 し、これに身上調査表その他の関係書類を添付し、一月ごとに一括して検察官又は家庭裁判所に送致することができる。
第2項 前項の規定による処理をするに当たつては、第二百条(微罪処分の際の処置)に規定するところに準じて行うものとする。

参照判例
最高裁判所平成16年08月25日第三小法廷決定

1 原判決の認定及び記録によれば、本件の事実関係は、次のとおりである。

(1)被害者は、本件当日午後3時30分ころから、大阪府内の私鉄駅近くの公園において、ベンチに座り、傍らに自身のポシェット(以下「本件ポシェット」とい う。)を置いて、友人と話をするなどしていた。

(2)被告人は、前刑出所後いわゆるホームレス生活をし、置き引きで金を得るなどしていたものであるが、午後5時40分ころ、上記公園のベンチに座った際に、 隣のベンチで被害者らが本件ポシェットをベンチ上に置いたまま話し込んでいるのを見掛け、もし置き忘れたら持ち去ろうと考えて、本を読むふりをしながら様子を うかがっていた。

(3)被害者は、午後6時20分ころ、本件ポシェットをベンチ上に置き忘れたまま、友人を駅の改札口まで送るため、友人と共にその場を離れた。被告人は、被害 者らがもう少し離れたら本件ポシェットを取ろうと思って注視していたところ、被害者らは、置き忘れに全く気付かないまま、駅の方向に向かって歩いて行った。

(4)被告人は、被害者らが、公園出口にある横断歩道橋を上り、上記ベンチから約27mの距離にあるその階段踊り場まで行ったのを見たとき、自身の周りに人も いなかったことから、今だと思って本件ポシェットを取上げ、それを持ってその場を離れ、公園内の公衆トイレ内に入り、本件ポシェットを開けて中から現金を抜き 取った。

(5)他方、被害者は、上記歩道橋を渡り、約200m離れた私鉄駅の改札口付近まで2分ほど歩いたところで、本件ポシェットを置き忘れたことに気付き、上記ベ ンチの所まで走って戻ったものの、既に本件ポシェットは無くなっていた。

(6)午後6時24分ころ、被害者の跡を追って公園に戻ってきた友人が、機転を利かせて自身の携帯電話で本件ポシェットの中にあるはずの被害者の携帯電話に架 電したため、トイレ内で携帯電話が鳴り始め、被告人は、慌ててトイレから出たが、被害者に問い詰められて犯行を認め、通報により駆けつけた警察官に引き渡され た。

2 以上のとおり、被告人が本件ポシェットを領得したのは、被害者がこれを置き忘れてベンチから約27mしか離れていない場所まで歩いて行った時点であったこ となど本件の事実関係の下では、その時点において、被害者が本件ポシェットのことを一時的に失念したまま現場から立ち去りつつあったことを考慮しても、被害者 の本件ポシェットに対する占有はなお失われておらず、被告人の本件領得行為は窃盗罪に当たるというべきであるから、原判断は結論において正当である。

よって、刑訴法414条、386条1項3号、181条1項ただし書、刑法21条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

東京高等裁判所平成3年4月1日刑事第一一部判決

右認定の事実に徴すると、被害者は、開店中であって公衆が客などとして自由に立ち入ることのできるスーパーマーケットの六階のベンチの上に本件札入れを置き 忘れたままその場を立ち去って、同一の建物内であったとはいえ、エスカレーターを利用しても片道で約二分二〇秒を要する地下一階まで移動してしまい、約一〇分 余り経過した後に本件札入れを置き忘れたことに気付き引き返して来たが、その間に被告人が右ベンチの上にあった本件札入れを不法に領得したというのである。

このような本件における具体的な状況、とくに、被害者が公衆の自由に出入りできる開店中のスーパーマーケットの六階のベンチの上に本件札入れを置き忘れたま まその場を立ち去って地下一階に移動してしまい、付近には手荷物らしき物もなく、本件札入れだけが約一〇分間も右ベンチ上に放置された状態にあったことなどに かんがみると、被害者が本件札入れを置き忘れた場所を明確に記憶していたことや、右ベンチの近くに居あわせたA子が本件札入れの存在に気付いており、持ち主が 取りに戻るのを予期してこれを注視していたことなどを考慮しても、社会通念上、被告人が本件札入れを不法に領得した時点において、客観的にみて、被害者の本件 札入れに対する支配力が及んでいたとはたやすく断じ得ないものといわざるを得ない。

そうすると、被告人が本件札入れを不法に領得した時点では、本件札入れは被害者の占有下にあったものとは認め難く、結局のところ、本件札入れは刑法二五四条 にいう遺失物であって、「占有ヲ離レタル他人ノ物」に当たるものと認めるのが相当である。