質問:
今回、不動産を購入しようとしているのですが、売主である現在の登記名義人の所有権取得の際の登記原因が「相続」となっています。この場合気をつけることは ありますか。
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回答:
1.現所有者の当該不動産取得の際の登記原因が「相続」となっている場合、単独相続(相続人が一人の事例)であれば、問題はありませんが、共同相続(相続人
が複数の事例)である場合、相続が有効に行われたか否かの確認をしておく必要があります。共同相続の事例で、単独相続登記あるいは共同相続人の一部による共有
名義の登記であった場合には、万一遺産分割が未了で偽造された協議書で虚偽の登記がなされている可能性があり、その場合貴方のように善意の第三取得者(相続が
正しく行われたと信じていた場合)であっても、当該不動産の所有権の全部を有効に取得できない場合がありますので注意が必要となります。つまり、売買代金を全
額支払って、所有権移転登記を受けても、後日この登記名義を失う可能性があるということです。
2.これは、当該不動産の所有権移転登記の原因となった「相続」が共同相続(登記名義人以外にも相続人がいる場合)であった場合に、現在の登記名義人が遺産分
割協議書を偽造するなどして不正に単独相続の登記名義を得ていた場合には、他の相続人の法定相続分について貴方は有効に所有権を取得することができないとされ
ているからです(最判昭38.2.22判決)。
3.通常、不動産の登記については民法177条により登記を取得すれば、それをもって第三者に対抗できるとされていますが、上記の判例では、法定相続人は法定
相続分については登記なくして第三者に対抗できるとされていますので、売買により貴方が所有権全部について登記を得たとしても、対抗できるのは現在の登記名義
人の「法定相続分のみ」ということになってしまいます。
4.従って、現所有者の登記名義の登記原因が相続登記であり、かつ、その相続登記がされたのが比較的直近である場合(その相続登記がなされてから相当の年月を
経ている場合にはもしその登記に何らかの問題があれば既に他の相続人から訴訟等が提起され、その旨が登記簿に記載(仮処分等)されていると考えられます)に
は、現在の登記名義人の相続登記が有効なものであるか否かを確認する必要があります。
5 登記関連事例集1706番、1699
番、1518番、1492
番、1477番、1148
番、905番、857
番、733番、712
番、554番、394
番、391番、75
番、68番参照。
解説:
1 登記の効力
民法177条は、不動産については、不動産登記法に基づく登記をしないと不動産の得喪及び変更を第三者に対抗することができない、と規定しています。つま
り、不動産を購入した場合にその旨を登記して自分の名義を公示しない限り、その後に前の所有者がその不動産を二重譲渡した場合の買主や前の所有者がお金を借り
る際の抵当権を取得し設定登記した第三者に、自分の不動産であること(抵当権の負担の無い所有権を有していること)を主張できないとされているのです。
民法第177条(不動産に関する物権の変動の対抗要件)不動産に関する物権の得喪及び変更は、不動産登記法
(平成十六年法律第百二十三号)その他の登記に関する法律の定めるところに従いその登記をしなければ、第三者に対抗することができない。
これを登記の公示力といい、公示がなければ(登記簿に変更がなければ)物権変動もないだろうという第三者の消極的な信頼を保護しています。一方で動産の物件
変動については、公信力といわれるものもあります(民法192条)。こちらは公示(登記簿の内容)を信頼して取引に入った第三者を保護するものですが、不動産
登記にはこの公信力はないとされています。我が国の民法典では、不動産については登記の公示力による第三者保護、動産については占有の引き渡しの公信力による
第三者保護の制度を採用しています。このように取引の対象物によって異なる第三者保護の制度を採用しているのは、不動産の方が一般的に価値が大きい重要な資産
であることが多いため、真の権利者を保護する必要性が動産に比べて高いためであると言われています。
民法第192条(即時取得)取引行為によって、平穏に、かつ、公然と動産の占有を始めた者は、善意であり、かつ、過失がないときは、即時にその動産について行
使する権利を取得する。
例えば、不動産を購入する場合には、売主である所有権登記名義人から購入し、登記名義を買主である自分に変更します。これは売主が現在の所有権登記名義人で
ある以上、実は既に売主が買主以外の第三者にその不動産を売却していて第三者が所有者となっていることはないだろうという買主の信頼を保護しているのが公示力
です。不動産が二重に売却された場合に、第一買主と第二買主とで、所有権の取得を主張できるのは、先に登記名義を取得した買主ということになります。登記名義
が誰になっているかは、法務局で登記簿謄本(登記事項証明書)交付申請を行えば、何時でも誰でも確認することができるので、第三者に不測の損害を与える危険性
が少ないというわけです。
なお、不動産の売買等をしてもその登記名義を変更することについてまでは法律で強制されていません(ちなみに、売買に伴って登記・登録を変更することを要求
する考え方を要式主義と言います)。このため、このままでは不動産登記簿上の名義人と真の所有者が異なる可能性が大きくなってしまい、不動産取引の安全を図る
ことができなくなります。そこで民法は177条を定めることにより、第三者に自分の権利を主張するためには登記が対抗要件であるとして、登記をしないと不利益
を被るとして登記をすることを促し、不動産取引の安全と円滑化を図っているのです。
一方で公信力は、ある不動産について売買があり所有者が変わったが買主名義への変更登記をしなかった場合に、売主(無権利者)名義の登記を信用して別の第三
者がその不動産を買い受けた場合にはその第三者の権利を積極的に保護して取引の安全を図るというものですが、不動産登記には公信力がないため、このケースでは
民法177条の対抗要件の問題として先に登記を備えたほうが所有権を主張できるということになります。
2 「売買」と「相続」の違い
不動産登記に公示力を認める現行民法においても、例えば、真実の権利者が登記済み証(登記識別情報)と、実印と印鑑証明書を全部盗まれて、知らないうちに
「売買」を原因とする所有権移転登記がなされていたようなケースでは、現在の登記名義人である無権利者から譲り受けた譲り受け人は、真実の権利者(前の名義
人)から、所有権移転登記抹消請求訴訟を起こされて敗訴してしまうことになります。但し、このようなことは通常はレアケースであると考えられており、一般に、
現在の登記名義人が売買により所有権を取得しているケースでは、登記を譲り受けることができれば、後日権利を失うリスクは低いと考えてよいでしょう。(勿論、
現在の名義人が権利を取得してから時間が経過していないなど特別の事情がある場合は、前所有者に対して照会を掛けた方が安全性が高まるということは言えま
す。)
しかし、判例は「相続」を取得原因とする登記については、相続人の一人が遺産分割協議書を偽造するなどして単独名義の登記を得ていた場合には、その登記簿を
信用して取引に入った第三者について、登記に公信力がないことから無権利者(登記名義人以外の法定相続人)からの権利取得はできないのはもちろん、第三者が善
意無過失で、かつ、対抗要件である登記を備えていた場合であっても、他の共同相続人は登記なくしてその法定相続分については第三者に主張できるとしているので
す(最判昭和38.2.22)。遺産分割協議書を偽造するという行為は、犯罪でありまれなケースですが、同じ相続人の実印や印鑑証明書を用意することは他人の
印鑑等を用意することと比較すれば容易と言え、売買の登記のための書類を偽造するよりは比較的簡単と言えます。
このため、ベテランの不動産業者の中には「相続直後の売却には気をつけろ」という格言を持つ方もおられるようです。
【最判昭和38.2.22判決(抜粋):登記抹消等登記手続請求事件】
『相続財産に属する不動産につき単独所有権移転の登記をした共同相続人中の乙ならびに乙から単独所有権移転の登記をうけた第三取得者丙に対し、他の共同相続人
甲は自己の持分を登記なくして対抗しうるものと解すべきである。けだし乙の登記は甲の持分に関する限り無権利の登記であり、登記に公信力なき結果丙も甲の持分
に関する限りその権利を取得するに由ないからである。』
3 以上の通り、売主の不動産の取得原因が「相続」となっていて、共同相続登記(法定相続人全員名義による法定相続分どおりの登記)以外の場合には、その相続
登記手続に瑕疵がなかったかを調査する必要があります。もし、その相続登記を売主が他の相続人の意思を無視して勝手に申請したものであったような場合には、貴
方は売主名義以外の相続人の法定相続分については、たとえ登記を得ていたとしてもその所有権を主張することができないからです。
被相続人が亡くなり、相続が開始すると、相続人は様々なところ(銀行、郵便局、生命保険会社、損害保険会社、役所等)から署名、実印の押印、印鑑証明書の 提出等を求められます。一つ一つの書類についてじっくりと内容を確認し、署名押印ができればいいのですが、悲しみの中を他の相続人から言われるまま、流れ作業 のように押印してしまうこともあるでしょうし、一時的に預けておいた印鑑証明書と実印を悪用されて、遺産分割協議書が作成されてしまったということも十分に考 えられます。登記手続きにおいてであれば、「遺産分割協議書」という書類に署名押印していないけれども「特別受益証明書」という書類に署名押印させられてし まった場合には、この書類を添付すれば、その相続人の名義を外した相続登記が可能となってしまうのです。
遺言によって相続人が単独相続することとなった場合にも登記原因は「相続」となります。遺言による単独相続登記があって、これを売買により譲り受けた後
に、他の共同相続人から遺留分減殺請求があっても、民法1040条1項で、譲受人の権利は保護されますが、譲受人が何らかの事情により遺留分権利者(共同相続
人の遺留分)を侵害することを知っていた場合には、遺留分減殺請求により権利を失う場合がありますので注意が必要です。遺留分減殺請求後に、権利を買い受けた
場合は、民法177条の対抗関係になりますので、譲り受け人が登記名義を先に備えれば保護されることになります。但し相続人が複数の場合の単独相続登記にはど
うしても遺留分減殺請求の可能性がつきまとうことになりますので、実務上、遺留分減殺期間である相続開始後1年以内には、相続財産である不動産を買い受けるこ
とは一般的に避けた方が良いということは言えると思います。
民法第1040条(受贈者が贈与の目的を譲渡した場合等)
第1項 減殺を受けるべき受贈者が贈与の目的を他人に譲り渡したときは、遺留分権利者にその価額を弁償しなければならない。ただし、譲受人が譲渡の時において
遺留分権利者に損害を加えることを知っていたときは、遺留分権利者は、これに対しても減殺を請求することができる。
第2項 前項の規定は、受贈者が贈与の目的につき権利を設定した場合について準用する。
相続登記が実際の相続手続に則ってなされたかどうかの具体的な調査方法は、売主に対して、遺産分割協議書の提出を求め記載してある相続人に連絡して、各相続
人に今回の相続登記の内容について問題がないか否かを確認するという方法になります。相続人全員から今回の相続登記について問題がないという回答が得られれ
ば、当該不動産を買い受けて登記を備えれば、相続人はもちろん、他の第三者にも所有権を主張することができますし、万一にもこれが覆されるようなことは無いと
いうことになります。例えば、「問題があれば2週間以内に当職まで事情をお知らせ下さい」という通知文を配達記録郵便で共同相続人全員に対して送付して、書面
到達後2週間を経過して何の返答も無い場合は、当該相続登記に問題が無かったと主張できる可能性が高まるでしょう。
従って、不動産の購入をお考えの場合に、現在の所有者の登記名義が、相続を原因として単独相続されているような場合であって、かつ、その相続登記がされた
のが比較的直近である場合(その相続登記がなされてから相当の年月を経ている場合にはもしその登記に何らかの問題があれば既に他の相続人から訴訟等が提起さ
れ、その旨が登記簿に記載(仮処分等)されていると考えられます)には、現在の登記名義人の相続登記が有効なものであるか否か確認しておく必要があります。具
体的には、不動産売買の仲介業者がいる場合は仲介の作業の中で行うことになります。但し、他の相続人に対して遺産分割協議書に納得されているのか、実印を押捺
して印鑑証明書を渡したのか、と確認しても回答が得られない場合もありますそのような場合は、を「売買契約締結にかかる法律関係調査」としてお近くの弁護士に
相談・依頼されると良いでしょう。